「心ゆたかな暮らしを」  ~Shu’s Page

小説のレビュー、家族の出来事、趣味の事、スポーツ全般など、日々の出来事をつづりながら、一日一日を心豊かに過ごせれば・・・

やっちまった!「WEEKLY AUTO ORIENT KING DIVER 25」

2011年07月22日 | 腕時計
今年の3月4日付の記事「CITIZEN SEVENSTAR Deluxe 25JEWELS(シチズン セブンスター デラックス 25石)」で書いたとおり、国産アンティーク腕時計の魅力にドップリ?とまではいかないものの、片足は軽く突っ込んでいる今日この頃・・・

あれ以来、仕事で新都ホテルに行くたびに、地下1Fの一番奥にあるお店「ルチクル・ヴィンテージウォッチ」に寄っては、何も買わずに店長さんの仕事の邪魔をしておりますが、行くたびに新しい商品が入荷されていて、店長さんの「アンティークウォッチ愛」溢れるお話を聞かせてもらいながら、グイグイとその魅力に引き込まれております

そして、確か4月の中旬やったと思いますが、お店に入るなり「おおっこれはカッコエエっ
」と、目を引いたのが、オリエントの「WEEKLY AUTO ORIENT KING DIVER 25」でした。

その堂々とした姿に、まさに「一目惚れ」しまして・・・、

「これ、メッチャいいッスねぇ~
「いいでしょうこれはなかなか手に入りませんよこのアロー針がイカすでしょう?」
「いかしてますねぇ~メチャメチャ好みの顔ですわ!でも高いですよね~

というやりとりをこの3カ月間、何回繰り返したことでしょう

お店に顔を出す度に「いいよねぇ~コレ・・・」、「まだ売れませんか?」、「欲しいんですけどねぇ~」と言い続ける僕に、店長さんも根負けしてくれはったのか?とうとう「もう、○万円でいいですよ」と、出血大サービスしてくれはりました

早速、家に帰って嫁さんに、「あのぅ・・・夏のボーナスが入ったら・・・いかがでしょうか?」と、尋ねましたところ、何とかOKがでまして、お蔭様で、この逸品を手に入れることができました

ホンマに格好エエ腕時計でしょ (せっかく格好いい時計なんですが、写真の技術がないために、こんな画像しかありません。くわしくはルチクルさんのHPの中のオリエントのページを見て下さい)

ORIENT」って、あまり聞きなれない響きの国内ブランドでしょうけど、SEIKO、CITIZENに次ぐ、「業界の三男坊」と呼ばれていた時代もあった、なかなかオモシロい時計を世に出してきたメーカーなんです。 現在は「SEIKO・EPSONグループ」の傘下に入り、当時の復刻版や海外向けモデルなどを相次いで発表し、業績も上向いているみたいです。

ORIENTが世に出した名作の中でも、1960年代~70年代にかけて出された「KING DIVER」シリーズは、とても沢山の種類のダイバーズモデルが出ていて、同じ名前でも文字盤のデザインや色、石の数が少し違ったり、日付・曜日表示の位置が少し違っていたりという感じで、なかなか全てを把握するのが難しいです。

僕が好んで拝見させていただいてるブログ「時計莫迦一代」さんの「Orient Collection」や、アーカイブの「ORIENT」の項目見ていただければ、ORIENT・ダイバーズモデルの魅力を共感していただけると思います  本当に格好エエ時計を出してますよね。(それにしても、時計莫迦一代さんのORIENTコレクションの数とセンスには畏れ入りました

セイコーやシチズンにも、もちろんアンティークのダイバーズモデルは沢山ありますし、中には格好エエのもありますが、このORIENTのキングダイバー・アローハンズ(弓矢型針)は、最高にイカす格好いいモデルだと思ってます。 一日に何度も自分の腕に嵌っている時計を眺めては悦に入ってます
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平成の次の年号を考えよう!

2011年07月22日 | 雑感・日記的な

東日本大震災や、国会の迷走、景気の低迷ぶりをみると、まさに世紀末の様相を呈している日本ですが、日本の歴史を紐解けば、「世紀末」ならぬ「元号末」には、大きく世の中が動いているんですね。

取って付けたような話しですが、江戸から明治になる頃には、皆さんご存知の「明治維新」があり、日本の国の形が大きく変わった時でした。

明治から大正なる頃に、日清・日露戦争に勝って調子に乗り続けた日本は「韓国併合」までやり、第一次世界大戦へと続く戦争の道を開きました。

大正から昭和に変わる、1920年~30年ごろには、大正12年に関東大震災があり、大正14年には「普通選挙法」、「治安維持法」という日本の国の仕組みを変える大きな二つの法案が通り、ラジオ放送が始まり、昭和2年には、「金融恐慌」が起こりました。

いまの日本の状況と照らし合わせると、今回の東日本大震災から数年後に、↑こういう事態が起こってもおかしくないと思いますよ

そして記憶に新しい、昭和の最後~平成初期にかけては「バブル景気~バブル崩壊」があり、日本は「絶頂からどん底」までを一気に味わい、湾岸戦争勃発~PKO法案の成立で国会が大きく揺れ、日本新党が生まれたりして新党ブームが起こりました。 ヘアヌードが解禁されたのもこの頃ですな

そう考えると、近代史の元号が変わるときに、日本も大きく動いてきたということが言えると思います(こじつけですが

さてさて、「元号(年号)」について調べると、江戸時代以前の年号は、1年~10年ぐらいでコロコロと変わっており、「大化の改新」の「大化」から年号制度が始まり、「和銅」、「天平」、「応仁」、「慶長」、「寛政」、「享保」、「慶応」など、よく年表で目にしたような年号があります。

そして、現在、西暦制度以外に、年号制度を取っている国は、なんと!日本だけ!なんですよ まさに「オンリーワン」の国ですよ。 「ワールドワイド」とか「グローバル」とか言われますが、こういう日本古来の伝統・文化を守り、後の世代に引き継いでいくことは、何よりも大切なことだと思います

そこでっ! 思い切って次の「年号」を提案しておきたいと思います!!

役所等に出す書類や、プロフィール欄に、「M、T、S、H」と書いてあって、○印で囲う箇所がありますが、これはもちろん「M=明治」、「T=大正」、「S=昭和」、「H=平成」ですよね。

となると、次の年号の頭文字が「M、T、S、H」では、採用されないわけですよ。

誰が決めたのか知りませんが、「平成」も、それなりによく考えられた年号だと思いますが、最近の日本を取り巻く重く苦しい状況や、未来に明るい兆しが見えない現状を考えると、「安」とか、「永」とか、「康」などの優しい感じではなく・・・、

「未来に希望が持てる
「国威が発揚される
「日本人として誇りが持てる

年号でなければなりません

今日、仕事でお付き合いのある方と昼飯を食べながら検討した結果、次の年号が決まりましたその名は・・・・、


「神風」

ですよ 「神風」と書いて「じんぷう」と読みます。 まさに力強く、日本古来の雰囲気、そして何より、今の時代にこそ「神風」が必要とされ、日本国民が一丸となって「神風」を起こす時ですよ

「神風元年(じんぷうがんねん)」良い響きでしょう! 

「あなたは何年生まれ?」、「僕は、神風五年(じんぷうごねん)生まれですよ

格好良いでしょ こういうワクワクするような、しょうもないことを考えながら、毎日を真面目に生きております

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