ここ一か月以上にわたり、気象庁やマスコミ媒体からは「身に危険を及ぼすほどの暑さに注意を」と、しきりに注意喚起し続けていました。統計上からも今年の暑さは観測史上例を見ないほどの猛暑とのことで「8月、9月も暑さとの対決が続くのか…」と覚悟を決めていました。陶芸教室にかよって来ている会員さんとの会話の中でも「今年のお盆休みはひたすら暑さを逃れて、休養にかぎります…」というような声が一様に聞かれました。
ところが8月7日の「立秋」を迎えたころからあら不思議、かの猛暑は幾分おさまってきたような感もあり、ワタシが住まう佐助のあたりでは朝夕ともなると涼しい風が庭の木の葉を揺らしています。そしてお盆ともなると、陶芸教室にかよって来ている会員さんもいわゆる「非日常」を少しばかり味わいたい気持ちになるのでしょうか。「お盆の陶芸の後、あのお店に連れて行ってください…」とおねだりされて、午前中からの陶芸教室をそそくさと切り上げて晴れて昼飲みにまっしぐら…。
工房から徒歩10分、今回も天井が高くさわやかな雰囲気いっぱいのあのお店へ

シニア・ソムリエと称するシェフのお料理を堪能することはもちろんですが、シェフのワインの解説もまた、このお店の魅力のひとつ

ほろ酔い気分ながらも、ワインボトルに記された解説文をしっかり読みたくなってしまうくらい美味しいワインが揃っています。蛇足ながら普段、ウチの女房どのと二人だけでちょっと素敵なお店で食事やお酒を楽しむことはまずありません。それゆえ、陶芸教室会員さんや友人知人の皆さんからの食事のお誘いは、家庭内平和の源という側面もあります…。
そして昨日、いわゆるお盆真っ只中の8月15日の昼前の頃、ウチの女房どのの母方の菩提寺にお墓参りに向かいました。

横浜市保土ヶ谷の丘の上に位置する臨済宗のこのお寺からは、さほど遠くないところに横浜ランドマークタワーが望めます。

ふりかえれば女房どのの父方のお墓のある横浜のお寺の墓地も丘の上にあり、横浜ベイブリッジや東京湾、そして房総半島が一望出来ます。女房どのの遥かなるルーツは凧に乗って街を見下ろして街の沿海図を描く浮世絵師だったのでは…と思うくらい、両家のご先祖さんはともに高台の見通しの良い所に眠っています。炎暑の中、さわやかな風に吹かれながらのお墓まいりは、新たなる日々へ向けての思いを新たにしてくれます。
保土ヶ谷の丘の上のお寺に詣でた時は市内海沿いの街・本牧や根岸界隈を通って帰途に就くことがお約束のようになっています。今からだいぶ前に根岸の街で生まれ、本牧の小学校にかよっていた海沿いの街は、うちの女房どのにとってはまさにホームタウン。三渓園界隈から本牧、根岸の旧道を愛車メガーヌで走らせると、女房どのの口からは次から次から子ども時代の思い出話がついて出てきます。「あ~、その話は前に聞いたことがあるんだけど…」などとは、間違っても言うことはできません。「ちゃんと、聞いてください」と怒られるのが関の山です、トホホ…。
昨日の帰路、ちょうどお昼時だったこともあり本牧からほんの少し進路を東にとって山下地区の倉庫と物流基地が集まる一角に佇む「レストランバーUSSシーメンスクラブ」という古びたお店でお清め代わり?のランチタイム。

このお店は元々は米国の「社団法人ユナイテッドシーメンスサービス」という組織が開設した外国人専用の施設のようです。太平洋戦争が終わった1945(昭和20)年から数年後に横浜・馬車道に施設がオープンし、1974(昭和49)年に現在の山下地区に移ってきたとのことです。
建物裏側の駐車場の横にはバスケットボールも出来るテニスコートもあります。

開設以来約半世紀ということで、館内はいにしえ感いっぱいで、フロアの一角にはバーカウンターやビリヤード台も設けらていて

店内にさりげなく掲げられている星条も相まって、アメリカの香りがほのかに伝わってきます。
照明控えめの店内。スープやドリンクその他さまざまサービスはセルフ方式ですが、店内は照明が控えめで人の動きもさほど気になりません。

水のグラスのロゴは「樽ハイ倶楽部」…。これはこれでなんとなく良い感じです。

ハンバーグやステーキ、カレーライス等のメニューの中から、今回選んだのは小さなステーキとエビフライのランチ。お値段はライスとスープ、そしてコーヒーつきで1,500円ジャストと超リーズナブル。

今から50年くらい前、高校時代からの仲間が集まってお茶やお酒を飲んだりランチしたりしていた東京・向島の「パーラーいいの」のセットメニューを思い出させる懐かしい味に大満足。女房どのもやはり自らの若かりし頃にかよっていたお店とランチを思いだしたようで、気がつけば東京と横浜の昔話に花が咲いていました…。
山下ふ頭に近いこのレストランを後にし、家路につく途中の本牧通り右側は瀟洒な住宅と様々な商業施設が立ち並んでいます。ふと、助手席の女房どのが「私が若い頃、この本牧通りの右側は米軍の人が住む白い家と緑の芝生が広がるまさにフェンスの向こうのアメリカ、という光景が広がっていた…」とつぶやきながら、遠い昔を眺めるように目を細めていました。
おりしも昨日の8月15日は、かの大戦後80回目の終戦の日。

ご先祖様の眠るお寺に赴いて手を合わせ、フェンスの向こうのアメリカに想いを馳せることが出来るのも、これすべて平和があればこそ。2022年の年の瀬、テレビ朝日「徹子の部屋」に出演したタモリさんが当時の世の中を評して「新しい戦前」と発言し、話題になりました。
あれから約2年半たった現在、日本を取り巻く「新しい戦前」というモードはそのまま、というか、もうすでにウクライナや中東の混乱を見るにつけ「新しい戦中」といっても大袈裟ではないようにも感じます。戦後80年のこの夏、「新しい戦後」へ向けての足がかりとなることを願わずにはいられません。
自由と富の象徴のように見えたかつての「フェンスの向こうのアメリカ」の景色が、不自由で貧富の差多き「フェンスの向こうのロシア」になってしまうのはまっぴらです…。
ところが8月7日の「立秋」を迎えたころからあら不思議、かの猛暑は幾分おさまってきたような感もあり、ワタシが住まう佐助のあたりでは朝夕ともなると涼しい風が庭の木の葉を揺らしています。そしてお盆ともなると、陶芸教室にかよって来ている会員さんもいわゆる「非日常」を少しばかり味わいたい気持ちになるのでしょうか。「お盆の陶芸の後、あのお店に連れて行ってください…」とおねだりされて、午前中からの陶芸教室をそそくさと切り上げて晴れて昼飲みにまっしぐら…。
工房から徒歩10分、今回も天井が高くさわやかな雰囲気いっぱいのあのお店へ

シニア・ソムリエと称するシェフのお料理を堪能することはもちろんですが、シェフのワインの解説もまた、このお店の魅力のひとつ

ほろ酔い気分ながらも、ワインボトルに記された解説文をしっかり読みたくなってしまうくらい美味しいワインが揃っています。蛇足ながら普段、ウチの女房どのと二人だけでちょっと素敵なお店で食事やお酒を楽しむことはまずありません。それゆえ、陶芸教室会員さんや友人知人の皆さんからの食事のお誘いは、家庭内平和の源という側面もあります…。
そして昨日、いわゆるお盆真っ只中の8月15日の昼前の頃、ウチの女房どのの母方の菩提寺にお墓参りに向かいました。

横浜市保土ヶ谷の丘の上に位置する臨済宗のこのお寺からは、さほど遠くないところに横浜ランドマークタワーが望めます。

ふりかえれば女房どのの父方のお墓のある横浜のお寺の墓地も丘の上にあり、横浜ベイブリッジや東京湾、そして房総半島が一望出来ます。女房どのの遥かなるルーツは凧に乗って街を見下ろして街の沿海図を描く浮世絵師だったのでは…と思うくらい、両家のご先祖さんはともに高台の見通しの良い所に眠っています。炎暑の中、さわやかな風に吹かれながらのお墓まいりは、新たなる日々へ向けての思いを新たにしてくれます。
保土ヶ谷の丘の上のお寺に詣でた時は市内海沿いの街・本牧や根岸界隈を通って帰途に就くことがお約束のようになっています。今からだいぶ前に根岸の街で生まれ、本牧の小学校にかよっていた海沿いの街は、うちの女房どのにとってはまさにホームタウン。三渓園界隈から本牧、根岸の旧道を愛車メガーヌで走らせると、女房どのの口からは次から次から子ども時代の思い出話がついて出てきます。「あ~、その話は前に聞いたことがあるんだけど…」などとは、間違っても言うことはできません。「ちゃんと、聞いてください」と怒られるのが関の山です、トホホ…。
昨日の帰路、ちょうどお昼時だったこともあり本牧からほんの少し進路を東にとって山下地区の倉庫と物流基地が集まる一角に佇む「レストランバーUSSシーメンスクラブ」という古びたお店でお清め代わり?のランチタイム。

このお店は元々は米国の「社団法人ユナイテッドシーメンスサービス」という組織が開設した外国人専用の施設のようです。太平洋戦争が終わった1945(昭和20)年から数年後に横浜・馬車道に施設がオープンし、1974(昭和49)年に現在の山下地区に移ってきたとのことです。
建物裏側の駐車場の横にはバスケットボールも出来るテニスコートもあります。

開設以来約半世紀ということで、館内はいにしえ感いっぱいで、フロアの一角にはバーカウンターやビリヤード台も設けらていて

店内にさりげなく掲げられている星条も相まって、アメリカの香りがほのかに伝わってきます。
照明控えめの店内。スープやドリンクその他さまざまサービスはセルフ方式ですが、店内は照明が控えめで人の動きもさほど気になりません。

水のグラスのロゴは「樽ハイ倶楽部」…。これはこれでなんとなく良い感じです。

ハンバーグやステーキ、カレーライス等のメニューの中から、今回選んだのは小さなステーキとエビフライのランチ。お値段はライスとスープ、そしてコーヒーつきで1,500円ジャストと超リーズナブル。

今から50年くらい前、高校時代からの仲間が集まってお茶やお酒を飲んだりランチしたりしていた東京・向島の「パーラーいいの」のセットメニューを思い出させる懐かしい味に大満足。女房どのもやはり自らの若かりし頃にかよっていたお店とランチを思いだしたようで、気がつけば東京と横浜の昔話に花が咲いていました…。
山下ふ頭に近いこのレストランを後にし、家路につく途中の本牧通り右側は瀟洒な住宅と様々な商業施設が立ち並んでいます。ふと、助手席の女房どのが「私が若い頃、この本牧通りの右側は米軍の人が住む白い家と緑の芝生が広がるまさにフェンスの向こうのアメリカ、という光景が広がっていた…」とつぶやきながら、遠い昔を眺めるように目を細めていました。
おりしも昨日の8月15日は、かの大戦後80回目の終戦の日。

ご先祖様の眠るお寺に赴いて手を合わせ、フェンスの向こうのアメリカに想いを馳せることが出来るのも、これすべて平和があればこそ。2022年の年の瀬、テレビ朝日「徹子の部屋」に出演したタモリさんが当時の世の中を評して「新しい戦前」と発言し、話題になりました。
あれから約2年半たった現在、日本を取り巻く「新しい戦前」というモードはそのまま、というか、もうすでにウクライナや中東の混乱を見るにつけ「新しい戦中」といっても大袈裟ではないようにも感じます。戦後80年のこの夏、「新しい戦後」へ向けての足がかりとなることを願わずにはいられません。
自由と富の象徴のように見えたかつての「フェンスの向こうのアメリカ」の景色が、不自由で貧富の差多き「フェンスの向こうのロシア」になってしまうのはまっぴらです…。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます