今を去ること約2カ月前の6月初旬頃からにわかに夏めき、以来、連日のように「命にかかわる危険な暑さ」とか、「観測史上記録的な猛暑到来か…」との報道が続きながら、早や8月を迎えました。
8月最初の週末となった先の土日曜日、鎌倉駅周辺や小町通りは鎌倉散策の家族連れや中国人と思われるインバウンド客でごった返していました。おりしも3日の日曜日の朝10時前、江ノ電で3つ目の長谷駅からほど近い住宅街の奥には、地元の方々と思しき人々が静々と集まってきていました。

この日、かつての昭和時代に川端康成や吉屋信子をはじめとする名だたる作家たちが住んでいた長谷の瀟洒な住宅街の一角に佇む洋館・鎌倉文学館にて鎌倉市による「鎌倉文学館と洋館(旧前田邸)見学説明会」が、開催されました。この説明会は文学館の一角に残る旧前田邸が取り壊される計画に基づいて旧前田邸が無くなる前に披露紹介する意向によるものと思われます。市の担当部局が作成したパンフレットには、

・この鎌倉文学館はそもそもは加賀百万石の藩主・前田利家公の系譜を引き継ぐ第16代当主・前田利為侯爵が鎌倉別邸として現在の建物を建設。
・今から40年ほど前の昭和57(1982)年に前田家第17代当主・前田利建(としたつ)氏がこの鎌倉別邸を鎌倉市に寄贈。
・その後、鎌倉市は古くから市内には与謝野晶子、川端康成、大佛次郎をはじめ名だたる作家達が暮らしながら数多くの文学作品を生み出したことに鑑み、昭和60(1985)年にこの洋館を鎌倉文学館としてオープンした…
との概略をはじめ、加賀前田藩とのかかわりを織り交ぜて鎌倉文学館の沿革をわかり易くひも解いてくれています。

そして邸内に入る手前では、市内の歴史的景観や建造物の保存に向けて精力的に活動を続けている瀧下嘉弘さんが、旧前田邸の保存活用に向けてのアンケート用紙を配布していました。

説明会が始まる約20分ほど前、市役所の方々によって旧前田邸に導かれましたが、建物の前には見学の方々でまさに鈴鳴り…。

入口の両側の白い壁には赤い鉄錆が浮かび、なんとも物悲しい感じがあります。
近寄ってみると、バルコニーの雨樋やヨレヨレのパラソルには枯葉や枯れ枝がこびりついていたりして、この建物がほぼ放置プレーだったことが伺い知れます。

それでも後ろに並んでいた人によると「数年前に見た時よりもだいぶ綺麗になった」とか。はたして数年前はどのような状態だったのか、怖くて想像もしたくありません…。
午前10時に旧前田邸の見学に来た人の数は、200人以上はいたでしょうか。いっぺんには邸内に入ることは出来ないので、30人ずつ約15分で時間を区切るカタチとなりました。ワタシと女房どのは幸運にも第1回目に邸内に入ることとなりました。入口上方の照明カバーからして、歴史的文化財的な趣きを醸し出しています。

1階から3階まであるスペースの各部屋の照明器具は、まさに「昭和モード」そのものです。






所々、壁にはステンドグラスも配されています。


この旧前田邸には加賀前田藩の系譜を引き継ぐ前田家一族とともに、日々の暮らしを支える方々も住まわれていたとか。それ故か、邸内にはこのようなトイレをはじめ

各階にトイレが設えられています。
そして緑色のタイルを施した洗面所は、まさに「昭和レトロ」感満載。

朽ち果てつつあるキッチンも、かつてワタシ達が見慣れた「昭和の台所」を彷彿とさせてくれます。

それにつけても、ひとつ気になったことが…。和室の畳部分に見学者が踏み込む際に床と畳が傷まぬようにブルーシートが敷かれていました。

この見学会にあたり、旧い建物の雰囲気を損なわぬように、ブルーシートではなく、せめてもグレー系のシートで養生していたら良いのになあ…、と思った次第です。
旧い建物とはいえ、いっぺんに大人30名・総重量としては大型乗用車なみの約1,8トンもの重量がかかっても3階建てのこの建物は、きしみ音ひとつたてません。きちんと整備してみれば、歴史的建造物として人々の心に残ることは確実だと思うのですが…。
ちなみに市の担当部局によると
・旧前田邸はいわゆる邸宅仕様の3階建て住宅のために公共施設としての利活用が難しく、たとえ保存活用する場合でも多額の改装費用や維持管理費を要する。
・建物の背後が土砂災害特別警戒区域に指定されており、安全面で問題がある
その他の理由によって、解体の決定に至ったようです。
旧前田邸を見学した後、現在改装中のために近づくことが出来なかった鎌倉文学館の前に久しぶりに足を運ぶことが出来ました。

今から約4年後の再オープンの際には、この門から文学館へ入場することとなるようです。

旧前田邸内には、鎌倉文学館再オープンに合わせて新設される予定の休憩棟や券配所棟のイメージ画像も紹介されていました。これがなんともスターバックスカフェのようで、微妙というか問題ありかなぁ、という感じ満載です。

「利便施設」という位置づけも、首をかしげざるを得ません。文学館という文化施設に「利便」を求める人がいるのでしょうか…?
そして、あらためて見学説明会のパンフレットの表紙を見ると、文学館から館内前庭の南側にスターバックスカフェと見まごうばかりの休憩棟と券配所棟のイメージがくっきり描かれています。その右側には、間もなく取り壊し予定の旧前田邸がうっすらと認められます。

市内・扇ヶ谷の古我邸、浄明寺の旧華頂宮邸と並ぶ鎌倉3大洋館のひとつであるこの鎌倉文学館にスターバックスカフェテイストの建物は似つかわしくないと思うのは、ワタシだけではないと思います。鎌倉市の行政をつかさどる市の首脳陣は鎌倉の未来予想図どのように描いているのだろうか…、と果てしなき疑問をいだきつつ鎌倉文学館を後にする道すがら、少なからず悲しい気持ちと真夏の陽射しが瘦せ身に染みた日曜の昼…でした。