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鎌倉 佐助の風街便り

陶芸、街歩き、クルマ、オーディオ・・。思いのまま徒然に

9月になっても暑さは続きますが、そこかしこに秋の気配も…

2025-09-03 10:51:09 | 日記

ただひたすら「暑い、暑い」と顔をしかめながら暮らしているうちに、9月・長月を迎えました。気象庁によるところの四季の概念では、この9月から「秋」となるのだとか。さりとて6月末からず~と続いている「命にかかわる危険な暑さ」は9月になっても簡単には収まりそうにはありません。新聞によるところでは

なのだそうです。

あらためまして、残暑お見舞い申し上げます。というか、酷暑お見舞い申し上げます…

この暑さゆえ、というワケでもないのですが、この夏はこのお料理を

ひたすら作って食していたような感があります。少し前までは具として供するきゅうりや錦糸卵はもっと細く切っていたのですが、ある時から「細すぎると歯応えが劣るかなも…」ということで、細く切り揃えるのではなくサクサクと噛み応えのある食感を心がけるようになりました。ウチの女房どのも「研究熱心ですね、まったく…」と少々呆れ気味です。

そしてこのところ、9月の味覚の代表でもある秋刀魚に心を奪われています。今年は早や3回目…。

市内のいろいろなお店で買い求めていますが、今回、鎌倉駅前の東急ストアで購入した2匹税抜き480円のこの秋刀魚は大きさ、油の乗り具合ともにとても良い感じで、この週末にも「また秋刀魚…」で行きたい気分。

閑話休題。

一昨日の日曜日は8月の締めの一日、そして小学児童や中学生にとっても夏休み最終日。7月半ばに街の小学生が体験陶芸し、9月の新学期に「夏休みの自由研究」として間に合わせるべく必死に削り成型と二度にわたる窯焚きをした結果、なんとか8月中にちびっ子陶芸家さん達の作品が完成しました。








作陶してるチビッ子の笑顔を思い出しながら完成に向けて手を加えている時は暑さを忘れて作業まっしぐらと言いたいところですが、じつのところは暑さに翻弄されながらなんとか新学期に間に合ってほっと一息…。老齢になっても毎年、チビッ子の夏休みの宿題に追われるとは思いもよりませんでした…。

この夏の記録的な暑さゆえか、ワタシのまわりでは各所に不具合のオンパレード。

愛車メガーヌは電気系統やプラグが経年劣化によって不具合寸前となり、部品を自己調達してルノー厚木さんで修理し


さらにはかねてより縣案だったミッションマウントを交換し、

ミッションの振動がボデイに伝わることが大幅に抑えられて、まさに新車の乗り心地!? スムーズなドライビングは、しばし猛暑を忘れさせてくれます。

そして、この夏の猛暑はエアコンにも悪さを及ぼし? ある時、リビングのエアコン室内機から一筋の水が白い壁をスルスルと下っているではありませんか。壁を流れ落ちる水を受け止めるべく紙コップを壁に貼り


エアコン屋さんに修理を依頼してみましたが、おりからの猛種で修理の予定が立ちません。症状を伝えると、「エアコン作動時の排水パイプが詰まっています。倉田さん、やってみますか?」ということで、エアコンの水抜きにチャレンジ…。偶然にも、作業に欠かせないパイプクリーナーという器具ははるか以前に買い求めていました。そのパイプクリーナーに透明ホースを繋いで


裏庭にあるエアコン排水ダクトに粘着テープで接続して

パイプクリーナーのレバーをサクサクと押したり引いたりすると、排水パイプの中に詰まっていた水垢等が吸い出されて、すっきりクリーンな状態に。作業時間30分ほどで、不調だったエアコンが甦りました。猛暑、酷暑の中、リビングが再び涼しい空間に戻ったのですが、ウチの女房どのは「う~ん、良かった、良かった」というばかりです。少しでも誉めてくれたら、家の手入れにもっと励むと思うのですが、ね…。

とにもかくにも、まだまだ続きそうな暑さと折り合いをつけながら、陶芸その他、いろいろ語らいながら9月の工房の日々の始まり。

秋恋し されど夏の日名残惜し 狭間に感ず秋刀魚の焼き香… 

さあ、今月も暑さに負けずに日々過ごしましょう。
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横浜の丘と海辺を巡り、「フェンスの向こうのアメリカ」に思いをはせて思う平和…

2025-08-16 15:44:30 | 日記
ここ一か月以上にわたり、気象庁やマスコミ媒体からは「身に危険を及ぼすほどの暑さに注意を」と、しきりに注意喚起し続けていました。統計上からも今年の暑さは観測史上例を見ないほどの猛暑とのことで「8月、9月も暑さとの対決が続くのか…」と覚悟を決めていました。陶芸教室にかよって来ている会員さんとの会話の中でも「今年のお盆休みはひたすら暑さを逃れて、休養にかぎります…」というような声が一様に聞かれました。

ところが8月7日の「立秋」を迎えたころからあら不思議、かの猛暑は幾分おさまってきたような感もあり、ワタシが住まう佐助のあたりでは朝夕ともなると涼しい風が庭の木の葉を揺らしています。そしてお盆ともなると、陶芸教室にかよって来ている会員さんもいわゆる「非日常」を少しばかり味わいたい気持ちになるのでしょうか。「お盆の陶芸の後、あのお店に連れて行ってください…」とおねだりされて、午前中からの陶芸教室をそそくさと切り上げて晴れて昼飲みにまっしぐら…。
工房から徒歩10分、今回も天井が高くさわやかな雰囲気いっぱいのあのお店へ


シニア・ソムリエと称するシェフのお料理を堪能することはもちろんですが、シェフのワインの解説もまた、このお店の魅力のひとつ

ほろ酔い気分ながらも、ワインボトルに記された解説文をしっかり読みたくなってしまうくらい美味しいワインが揃っています。蛇足ながら普段、ウチの女房どのと二人だけでちょっと素敵なお店で食事やお酒を楽しむことはまずありません。それゆえ、陶芸教室会員さんや友人知人の皆さんからの食事のお誘いは、家庭内平和の源という側面もあります…。

そして昨日、いわゆるお盆真っ只中の8月15日の昼前の頃、ウチの女房どのの母方の菩提寺にお墓参りに向かいました。

横浜市保土ヶ谷の丘の上に位置する臨済宗のこのお寺からは、さほど遠くないところに横浜ランドマークタワーが望めます。

ふりかえれば女房どのの父方のお墓のある横浜のお寺の墓地も丘の上にあり、横浜ベイブリッジや東京湾、そして房総半島が一望出来ます。女房どのの遥かなるルーツは凧に乗って街を見下ろして街の沿海図を描く浮世絵師だったのでは…と思うくらい、両家のご先祖さんはともに高台の見通しの良い所に眠っています。炎暑の中、さわやかな風に吹かれながらのお墓まいりは、新たなる日々へ向けての思いを新たにしてくれます。

保土ヶ谷の丘の上のお寺に詣でた時は市内海沿いの街・本牧や根岸界隈を通って帰途に就くことがお約束のようになっています。今からだいぶ前に根岸の街で生まれ、本牧の小学校にかよっていた海沿いの街は、うちの女房どのにとってはまさにホームタウン。三渓園界隈から本牧、根岸の旧道を愛車メガーヌで走らせると、女房どのの口からは次から次から子ども時代の思い出話がついて出てきます。「あ~、その話は前に聞いたことがあるんだけど…」などとは、間違っても言うことはできません。「ちゃんと、聞いてください」と怒られるのが関の山です、トホホ…。

昨日の帰路、ちょうどお昼時だったこともあり本牧からほんの少し進路を東にとって山下地区の倉庫と物流基地が集まる一角に佇む「レストランバーUSSシーメンスクラブ」という古びたお店でお清め代わり?のランチタイム。

このお店は元々は米国の「社団法人ユナイテッドシーメンスサービス」という組織が開設した外国人専用の施設のようです。太平洋戦争が終わった1945(昭和20)年から数年後に横浜・馬車道に施設がオープンし、1974(昭和49)年に現在の山下地区に移ってきたとのことです。

建物裏側の駐車場の横にはバスケットボールも出来るテニスコートもあります。


開設以来約半世紀ということで、館内はいにしえ感いっぱいで、フロアの一角にはバーカウンターやビリヤード台も設けらていて

店内にさりげなく掲げられている星条も相まって、アメリカの香りがほのかに伝わってきます。

照明控えめの店内。スープやドリンクその他さまざまサービスはセルフ方式ですが、店内は照明が控えめで人の動きもさほど気になりません。


水のグラスのロゴは「樽ハイ倶楽部」…。これはこれでなんとなく良い感じです。


ハンバーグやステーキ、カレーライス等のメニューの中から、今回選んだのは小さなステーキとエビフライのランチ。お値段はライスとスープ、そしてコーヒーつきで1,500円ジャストと超リーズナブル。

今から50年くらい前、高校時代からの仲間が集まってお茶やお酒を飲んだりランチしたりしていた東京・向島の「パーラーいいの」のセットメニューを思い出させる懐かしい味に大満足。女房どのもやはり自らの若かりし頃にかよっていたお店とランチを思いだしたようで、気がつけば東京と横浜の昔話に花が咲いていました…。

山下ふ頭に近いこのレストランを後にし、家路につく途中の本牧通り右側は瀟洒な住宅と様々な商業施設が立ち並んでいます。ふと、助手席の女房どのが「私が若い頃、この本牧通りの右側は米軍の人が住む白い家と緑の芝生が広がるまさにフェンスの向こうのアメリカ、という光景が広がっていた…」とつぶやきながら、遠い昔を眺めるように目を細めていました。

おりしも昨日の8月15日は、かの大戦後80回目の終戦の日。


ご先祖様の眠るお寺に赴いて手を合わせ、フェンスの向こうのアメリカに想いを馳せることが出来るのも、これすべて平和があればこそ。2022年の年の瀬、テレビ朝日「徹子の部屋」に出演したタモリさんが当時の世の中を評して「新しい戦前」と発言し、話題になりました。

あれから約2年半たった現在、日本を取り巻く「新しい戦前」というモードはそのまま、というか、もうすでにウクライナや中東の混乱を見るにつけ「新しい戦中」といっても大袈裟ではないようにも感じます。戦後80年のこの夏、「新しい戦後」へ向けての足がかりとなることを願わずにはいられません。

自由と富の象徴のように見えたかつての「フェンスの向こうのアメリカ」の景色が、不自由で貧富の差多き「フェンスの向こうのロシア」になってしまうのはまっぴらです…。





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鎌倉3大洋館のひとつ・鎌倉文学館見学会開催。鎌倉の未来へ向けて少なからず危惧の念をいだいた真夏の日…

2025-08-05 07:01:47 | 日記

今を去ること約2カ月前の6月初旬頃からにわかに夏めき、以来、連日のように「命にかかわる危険な暑さ」とか、「観測史上記録的な猛暑到来か…」との報道が続きながら、早や8月を迎えました。

8月最初の週末となった先の土日曜日、鎌倉駅周辺や小町通りは鎌倉散策の家族連れや中国人と思われるインバウンド客でごった返していました。おりしも3日の日曜日の朝10時前、江ノ電で3つ目の長谷駅からほど近い住宅街の奥には、地元の方々と思しき人々が静々と集まってきていました。


この日、かつての昭和時代に川端康成や吉屋信子をはじめとする名だたる作家たちが住んでいた長谷の瀟洒な住宅街の一角に佇む洋館・鎌倉文学館にて鎌倉市による「鎌倉文学館と洋館(旧前田邸)見学説明会」が、開催されました。この説明会は文学館の一角に残る旧前田邸が取り壊される計画に基づいて旧前田邸が無くなる前に披露紹介する意向によるものと思われます。市の担当部局が作成したパンフレットには、

・この鎌倉文学館はそもそもは加賀百万石の藩主・前田利家公の系譜を引き継ぐ第16代当主・前田利為侯爵が鎌倉別邸として現在の建物を建設。
・今から40年ほど前の昭和57(1982)年に前田家第17代当主・前田利建(としたつ)氏がこの鎌倉別邸を鎌倉市に寄贈。
・その後、鎌倉市は古くから市内には与謝野晶子、川端康成、大佛次郎をはじめ名だたる作家達が暮らしながら数多くの文学作品を生み出したことに鑑み、昭和60(1985)年にこの洋館を鎌倉文学館としてオープンした…

との概略をはじめ、加賀前田藩とのかかわりを織り交ぜて鎌倉文学館の沿革をわかり易くひも解いてくれています。


そして邸内に入る手前では、市内の歴史的景観や建造物の保存に向けて精力的に活動を続けている瀧下嘉弘さんが、旧前田邸の保存活用に向けてのアンケート用紙を配布していました。


説明会が始まる約20分ほど前、市役所の方々によって旧前田邸に導かれましたが、建物の前には見学の方々でまさに鈴鳴り…。

入口の両側の白い壁には赤い鉄錆が浮かび、なんとも物悲しい感じがあります。

近寄ってみると、バルコニーの雨樋やヨレヨレのパラソルには枯葉や枯れ枝がこびりついていたりして、この建物がほぼ放置プレーだったことが伺い知れます。

それでも後ろに並んでいた人によると「数年前に見た時よりもだいぶ綺麗になった」とか。はたして数年前はどのような状態だったのか、怖くて想像もしたくありません…。

午前10時に旧前田邸の見学に来た人の数は、200人以上はいたでしょうか。いっぺんには邸内に入ることは出来ないので、30人ずつ約15分で時間を区切るカタチとなりました。ワタシと女房どのは幸運にも第1回目に邸内に入ることとなりました。入口上方の照明カバーからして、歴史的文化財的な趣きを醸し出しています。


1階から3階まであるスペースの各部屋の照明器具は、まさに「昭和モード」そのものです。












所々、壁にはステンドグラスも配されています。




この旧前田邸には加賀前田藩の系譜を引き継ぐ前田家一族とともに、日々の暮らしを支える方々も住まわれていたとか。それ故か、邸内にはこのようなトイレをはじめ

各階にトイレが設えられています。

そして緑色のタイルを施した洗面所は、まさに「昭和レトロ」感満載。


朽ち果てつつあるキッチンも、かつてワタシ達が見慣れた「昭和の台所」を彷彿とさせてくれます。


それにつけても、ひとつ気になったことが…。和室の畳部分に見学者が踏み込む際に床と畳が傷まぬようにブルーシートが敷かれていました。

この見学会にあたり、旧い建物の雰囲気を損なわぬように、ブルーシートではなく、せめてもグレー系のシートで養生していたら良いのになあ…、と思った次第です。

旧い建物とはいえ、いっぺんに大人30名・総重量としては大型乗用車なみの約1,8トンもの重量がかかっても3階建てのこの建物は、きしみ音ひとつたてません。きちんと整備してみれば、歴史的建造物として人々の心に残ることは確実だと思うのですが…。

ちなみに市の担当部局によると
・旧前田邸はいわゆる邸宅仕様の3階建て住宅のために公共施設としての利活用が難しく、たとえ保存活用する場合でも多額の改装費用や維持管理費を要する。
・建物の背後が土砂災害特別警戒区域に指定されており、安全面で問題がある
その他の理由によって、解体の決定に至ったようです。

旧前田邸を見学した後、現在改装中のために近づくことが出来なかった鎌倉文学館の前に久しぶりに足を運ぶことが出来ました。


今から約4年後の再オープンの際には、この門から文学館へ入場することとなるようです。


旧前田邸内には、鎌倉文学館再オープンに合わせて新設される予定の休憩棟や券配所棟のイメージ画像も紹介されていました。これがなんともスターバックスカフェのようで、微妙というか問題ありかなぁ、という感じ満載です。

「利便施設」という位置づけも、首をかしげざるを得ません。文学館という文化施設に「利便」を求める人がいるのでしょうか…?

そして、あらためて見学説明会のパンフレットの表紙を見ると、文学館から館内前庭の南側にスターバックスカフェと見まごうばかりの休憩棟と券配所棟のイメージがくっきり描かれています。その右側には、間もなく取り壊し予定の旧前田邸がうっすらと認められます。


市内・扇ヶ谷の古我邸、浄明寺の旧華頂宮邸と並ぶ鎌倉3大洋館のひとつであるこの鎌倉文学館にスターバックスカフェテイストの建物は似つかわしくないと思うのは、ワタシだけではないと思います。鎌倉市の行政をつかさどる市の首脳陣は鎌倉の未来予想図どのように描いているのだろうか…、と果てしなき疑問をいだきつつ鎌倉文学館を後にする道すがら、少なからず悲しい気持ちと真夏の陽射しが瘦せ身に染みた日曜の昼…でした。













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津波に翻弄された一日、チー坊がいた夏に想いをはせて…

2025-07-31 07:22:09 | 日記
それは10年前の今頃、わが家の初代黒猫チー坊が12年でその生涯を閉じました。初夏に体調を崩し、その後わずか3か月後に天に召されて行きました。チー坊は今から22年前に当時ウチの二人が暮らしていた神奈川県綾瀬市の家の庭で生まれて生後10日ほどで親猫からはぐれ、助けてあげた時には手のひらにすっぽり収まるくらいの小さなカラダでした。綾瀬市の家で育ったあとに鎌倉に移り住み、陶芸教室にかよってくるちびっ子たちのマスコット的な存在でもありました。

チー坊逝去10年の節目にあたり、ウチの女房どのも自らが展開しているインスタ;chibounoirに、チー坊の思い出をアップしています。現在暮らしている2代目黒猫ノワールの写真も織り交ぜながら、アップした文章の一端を…




チー坊逝去以来10年の夏の日、特段のネコ好きではないにしても そこそこネコ派のワタシとしても、チー坊の思い出を回顧…と思いつつの昨日の朝、作陶に向けてまずはわが心の友・野村邦丸さんが番組MCを務める文化放送「くにまる食堂」を聴き始めると、邦丸さんが「カムチャッカ半島の地震によって、太平洋岸に津波注意報が出ています」とアナウンス。


番組ゲストの脳科学者・中野信子さんと邦丸さんの津波に向けての避難指示や注意喚起が実に的確です。普段、番組の中でとかくオチャラケたテイストを醸し出している邦丸さんが慎重に言葉を選びながら避難のススメを説き、そして中野信子さんも専門分野の脳科学の面からの解析も併せて、津波の波のスピードや引き波の強さ等を数字をもとにひも解いてくれます。気象庁の職員さんの会見よりもはるかに科学的で、分析と実証に基づく脳科学者の底力の一端をみたような感があります。

その一方、お昼前のテレビ朝日「大下容子ワイド!スクランブル」では、関西大学の先生が今回の津波による影響に関して「3メートル程度の津波ではさしたる被害は出ない…」という趣旨の発言をはじめ、「素人に何がわかる…」というニュアンスのコメントが散見し、番組MCの大下容子アナも戸惑いの表情の連続。ほんの数分のやり取りでしたが、津波に対する不安よりもはるかにモヤモヤするひと時でした。

邦丸さんのラジオ番組では避難グッズが収められた防災リュック等の準備を唱えていましたが、ワタシもさっそく再確認。と思ったのですが、どこに収納してあるのかがわからなくなり、しばし大捜索の末にやっとのことで赤いリュックを発見。

こんなことではイザという時に即座に役に立ちません、ただただ反省…。

そしてふと気がつくと、街には市役所からの津波避難を呼びかけるアナウンスとサイレンが鳴り響き、テレビ画面も

時ならぬ雰囲気を醸し出しています。

そうこうしているうちに太平洋岸の各地に津波の影響が…


わが家の2階に暮らす母が「こんな時だから非常用の食料と、あっ、そうだ、お昼ご飯に焼きそばも食べたい…」と、なんとも絶妙な言いまわしで昼食を所望します。ということで、駅前の東急ストアに向かうと

津波警報によって、臨時休業となっています。

しかしながら、東急ストアの地下にあるサイゼリヤは何事もなかったかのように営業しています。

津波による影響においては、地下1階のサイゼリヤの方がはるかに危険度は高いと思うのですが、なんだか訳が分かりません。

駅周辺でも鎌倉郵便局も早々に休業。


JR横須賀線や江ノ電も運休し、江ノ電鎌倉駅はシャッターが閉じられて、入場は断固阻止、の感があります。

こんな時こそ、駅員さんが優しく応対してくれたら良いのに、と思わずにはいられません。

母親の焼きそばを買おうにも、駅前のファミマもそして紀ノ国屋も臨時休業しています。

駅前から少々離れた地にあるセブンイレブンでどうにかこうにか買い物を済ませましたが、お店も道路も大混雑。

ちなみに作日は兵庫県丹波市でわが国の気象観測史上最高の41.2℃を観測するほどの猛暑だったようです。津波が無ければ、この猛暑と石破総理の進退、そして首都圏に近づく台風の行方に耳目が集まるところでした。

そして津波騒ぎから一夜明けた今朝は3時過ぎに目覚めてしまい、条件反射的にテレビを点けて

津波の状況を確認。なぜかノワもやって来て、ワタシの反応をジ~っとうかがっていました…。

さてさて本日、海の状況とともに忘れてならないのは学歴詐称の疑いのある静岡県伊東市市長の自らの進退に関する会見が有りや無しや…。かの市長のことゆえ、「昨日の津波による予測不能の事態に備えて全力を尽くす」との理由で、会見を拒否するのでは…?。

津波で世の中が揺れたこんな時こそ、世間を騒がせ続けている伊東市長が市域の沿岸部に向けてどのような津波対応を行なったのかを伝える報道があっても良いのに…。

百条あって一理なし? 意問う声 木っ端微塵の伊東市長…










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間もなく梅雨明け、鎌倉花火大会を前にさまざまなフェイズがチェンジの時‥?

2025-07-17 08:49:32 | 日記
このところ、いわゆる梅雨末期の豪雨が日本各地を襲っています。我が家が位置する神奈川も例外ではなく、昨日も激しい雨が降ったり

かと思うとにわかに強い日差しが降り注いだりし、陶芸教室で作陶した方々の作品を乾かす際も屋外に置くのは急な雨にさらされる怖れがあるゆえに工房の中でゆっくりと乾燥…。


うっとうしい雨が續く中、やはり大相撲や野球の中継を観るのは、暑さを忘れさせてくれる限りなく清涼なひとときに他なりません。中でも、ワタシ自身も子供の頃からプレーしてきた野球というスポーツはまさに別格です。

今から3年前の春、ワールドベースボールクラシックで大谷翔平選手をはじめとするプレーヤーを要した日本代表が優勝した時から

日本中のエンターテインメントに関するフェイズが激変し、大谷選手がプレーするメジャーリーグが俄然、注目の的となりました。ウチの陶芸教室にかよって来ている会員さんの間でも、あのワールドベースボールクラシック優勝以来、大谷さんのメジャーリーグが、作陶の間でももっぱら会話の中心となっています。

おりしも昨日、かつてのアメリカ映画の名作「風と共に去りぬ」の舞台となったジョージア州アトランタでメジャーリーグのオールスターゲームが開催されました。テレビ画面をとおしての試合前のセレモニーはラップやヒップホップ系のさまざまなパフォーマンス。

ヒップホップやラップといった現在のアメリカの文化は認めるところではあります。しかしながら、メジャーリーグのオールスターゲームは古くから「Midsummer Classic」としてアメリカの野球ファンの間で認識されており、そこはやはり Classic に基づき「格調高き、旧き良き時代からの様式美」の一端として、規律あふれるしきたりにのっとった進行によるオールスターゲームを観たかった、というのは間もなく古希を迎える高齢者になり果てたワタシのたわ言なのでしょうか…。

今年のメジャーリーグ・オールスターゲームで大谷選手はヒットを放ち、そのキャリアに新たなる一歩を加えました。それとともにワタシ的には、今年のオールスターゲームではあらたに「おっ、これは良い!」と思ったことが。かつてオールスターゲームでは選ばれたメジャーリーガーが自らのチームのユニフォームを身にまとってプレーすることが習わしとなっていました。メジャーリーグの各チームのユニフォームを一堂のもとに観ることが出来ることもオールスターゲームの魅力のひとつでした。ところが数年前から、オールスターゲームではア、ナ両リーグの選手はあらかじめ用意されたリーグおそろいのそれこそパジャマのようなチープなユニフォームでプレーすることとなり

「なんとも、イケてないよなぁ…」という感は否めませんでした。

そのような中、今年からまた選ばれた選手は自らのチームのユニフォームでプレーすることとなり

ゲームを観ていても年に一度、たった一試合のこのオールスターゲームでメジャーリーグの多種多彩なユニフォームを観ることが出来ることはまさに珠玉のひととき…。

フェイズが変わった、といえば…。6月はじめに歌舞伎界をテーマにした「国宝」という映画が公開されて以来、日本中がこの映画の話題で満ち満ちています。

その影響はウチの陶芸教室も例外ではなく、陶芸教室会員さんはもとよりお越しになるお客様との間でもしきりに「国宝、観ました?」「あの映画、すご過ぎます…」との会話で持ち切りです。

歌舞伎の家に生まれながら女性ゆえに歌舞伎の舞台に立てなかった寺島しのぶさんが、歌舞伎の世界は血統が優先される…という役回りを絶妙の演技で演じたり、まさに3時間があっという間…。吉沢亮さんが演ずる喜久雄の出自や身に施した意匠、その他、重要無形文化財・人間国宝として認定されるにあたり果たして少々無理があるかなとも思いつつも、映画史に残る名作のひとつだと感嘆。この映画を見た後に横浜の駅前で食した昼食の味がまったく記憶に残っていないほど、心に残った名作です…。

そして、人間国宝というつながりでいえば、今から400年以上前に日本ではじめて磁器が焼かれた佐賀県有田町の名工で人間国宝に認定されていた井上萬二先生がつい先ごろ逝去されました。朝日新聞の訃報欄で知った時、思わず「えっ…」と息を呑んでしまいました。

今から約半世紀前のワタシが大学時代当時に佐賀県有田町で陶芸を始めた折、井上先生からわずか二か月ほどでしたが最初に陶芸の手ほどきを受けた経緯があります。考古学を生業としていた父が大学時代の尊敬する大先輩で東洋史の巨匠たる三上次男さんとともに有田町の天狗谷窯の発掘に携わった経緯から町役場の知り合いをとおして、ワタシが有田で陶芸を学ぶにあたり、井上先生のもとで2か月間期間限定で氏の工房にて陶芸の手ほどきを受けることと相成ったしだいです。

当時、井上先生は自らの工房でお弟子さんとともに作陶、ならびに街の駅近くの丘の上にある窯業試験場で陶芸を志す若者にロクロの技法を教える教官として活動していました。

井上先生の工房での修業は本当に厳しく、そしてある面でとても民主的で、凛とした雰囲気に中にも笑いが満ち溢れるなんとも不思議な空間でした。先生はお弟子さんに「陶芸家などとエバりくさるな。我々は茶碗作りということを忘れないように…」と言っていました。ワタシは2か月間お世話になった間の一か月半は朝8時から夕方6時までもっぱら土コネ、土コネといった具合に肉体作業に明け暮れるばかり。工房の先輩諸氏は「あぁ、3日も持たずに来なくなる…」と思っていたそうですが、なんの因果か一か月以上どうにかこうにか恐怖の土コネに耐え忍ぶことが出来、栄えて電動ロクロの指導をちょっぴり受けることとなりました。

何もわからずに電動ロクロで粘土に翻弄される中、井上先生からは「土コネこそが焼き物の基本。土を捏ねていると、ある瞬間から粘土がキュッと締まるようになり、その手応えを感じることが出来るようになった時こそが陶芸の始まり」「ロクロ作業の時には、水がびちゃびちゃ跳ねないように気をつけて。手の甲を汚さないようにすることが上達の早道」などと説かれましたが、20代前半で陶芸初心者のワタシにはなんとも理解し難いことばかり。その後、次なる窯で修行をはじめて、先生の言わんとすることがおぼろげながら解かるようになり。そして現在、陶芸を生業としてみると、井上先生の短い言葉のひとつひとつがとても素直に、そして実感として手に心に沁みてきます。

ひるがえって、国が認定する重要無形文化財・人間国宝たる陶芸界の巨匠・井上萬二先生逝去に際し、新聞紙上の訃報欄の他にはさしたる報道は見受けられません。そのような状況をもってしてあらためて、重要無形文化財たる人間国宝という存在とは日本という国にとって、そしてこの国に暮らすみんなにとっていかなる存在なのだろうか、となんともモヤモヤした気持ちにつつまれてもいます。

閑話休題。

時あたかも明日にも、関東地方は梅雨明けとか。そしてその18日の夜、ここ鎌倉の地では、材木座と由比ガ浜の海岸を舞台に花火大会が開催されます。さしずめ、この花火大会を機に、フェイズは真夏へ…・

梅雨明けを機に我が家のフェイズも真夏仕様に向けて、玄関先の「おはらひさん」も夏仕様にチェンジ・ザ・フェイズ…

いたしましょう…


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早いもので今年も一年の半分が終わり、鎌倉の夏もいよいよ本番…

2025-06-30 06:01:59 | 日記
それは一か月ほど前、「まだ梅雨にもなっていないのに、暑い、暑い…」と、日々顔をしかめていたと思っていたら、本日で6月も終了。鶴岡八幡宮では半年に一度の「大祓式」が執り行われます。早朝、式の舞台となる八幡宮境内は連日の日中の暑さとはうって変わって、新緑萌える若葉の頃を思わせる爽やかな風が吹いていました。


すでにニュース番組等で報道されていましたが、本日の6月末を迎える2日前の土曜日深夜、鎌倉市東部の浄明寺・竹寺で有名な報国寺にほど近い道路に埋設されていた水道管が破砕して未明から午後まで市内東部から鎌倉駅周辺の小町、雪ノ下をはじめとする旧市街が断水してしまいました。

そのなんとも息が詰まるような緊急事態の折、ワタシの大学の野球部OB会重鎮ご夫妻が鎌倉にお越しになりランチに…という運びになっていました。「たぶん、あのお店も断水で、閉店だろうな…」との思いとともにお店に問い合わせると、なんと奇跡的に水道が通水していて、「なんとか、営業出来ています」との嬉しいお言葉。

大先輩夫妻とともに、つい先ごろの東都大学野球1,2部入れ替え戦で1部最下位の日大に勝利して1部復帰を果たした野球部の話題をはじめさまざまな思い出話とともに、絶品のお料理とワインを堪能するひと時。




ランチを済ませて小町通りに向かう道すがら、レストランやカフェの入口には「本日は断水のため、休業いたします」との張り紙が貼られていました…。

小町通りで


向かった先は、鎌倉きんつばで有名な「鎌倉いとこ」さん。


大先輩夫妻は鎌倉のお土産として、きんつば各種をたっぷりお買い上げてとても満足そうでした。


未明の断水事件から始まり、大学のレジェンド大先輩とのランチを経て帰宅した頃、時は早や有夕刻を迎え、ふと気がつくと午後9時のテレビ東京「アド街ック天国」極楽寺・稲村ケ崎編がスタートしています…。

番組では、ウチの女房どのがブランディングしている「鎌倉スパイス」を製造してもらっているバッラツ青年

とともに、活動の拠点としている趣きあふれる和風住宅のアナン邸

はもとより、バラッツさんのお父さんであるアナンさんの在りし日の姿も。

街で出会った時、「くらぁたさ~ん、げんきです~か?」と明るく声をかけてくれたアナンさんの在りし日の姿を思い出します…。

さらには、極楽寺駅前のお気に入りのパン屋さん

もしっかり放映され、「身近な人やお店だけど、やっぱりみんないい感じ…」と、ただただ納得。

そして、今回の「アド街・極楽寺 稲村ケ崎」編での極めつけのスポットは第3位にランク付けされた稲村ケ崎の和食処「つきやま」さん。

ご主人が手がけるお料理はそのいづれも「ただただ素晴らしい」のひと言に尽きます。昨今流行りのインスタ映えとは対極をなす 華美にならずきっちりとした設えのお料理はいつもオナカとココロを満タンにしてくれます。


女将さんのお料理を運んで来てくれるタイミングもこれまた絶妙。

ちなみに、こちらのお店でも鎌倉スパイスをお求めいただけますので、よろしくお願いいたします。

まさに先の週末、誰も予期せぬ「断水事件」から始まり、大学のレジェンド大先輩夫妻との「弾水?」、そして稲村の谷戸の段々を登りつめた地に位置するお忍びスポットに至る一日は、松任谷由実さんの楽曲「DANG DANG」 の歌詞になぞらえれば

♪断々と弾々、段々と果てに砕け散って…

な感じです。

とにもかくにも6月の1カ月間、北鎌倉明月院通りでの「鎌倉いとこ期間限定店舗」さんでの鎌倉スパイス販売も終了し、週明けからいつものように平穏な陶芸の日々が戻ってくると思っていたところ、なんと今年3月に鎌倉の裏小町の「バルカ」さんで手作りカレー試食会でカレーをいただいたラサール石井さんが

間もなく行なわれる参議院議員選挙に社民党比例区公認候補として出馬するという報が入ってきました。

ただでさえ暑さ厳しきこの夏、世の中では暴君トランプの乱行、中東情勢や米騒動をはじめとする難題山積みの中、ラサール石井さんの参議院選挙出馬によって、ワタシのココロの真夏日はいつまでも続く…のかなぁ。


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夏至迎え、いよいよ夏本番、緊迫の世界情勢を横目に佐助の暑い日々これから…

2025-06-23 10:58:14 | 日記

ふと気がつくと今から2日前、一年のうちで昼間の時間が最も長いとされる「夏至」を迎えていました。その日は土曜日で陶芸教室が始まる前に市内・腰越で用事を済ませて帰途に。途中、愛車メガーヌの車外温度計はなんと40℃を越えています…。


かのとても有名になった江ノ電・鎌倉高校前駅前の踏切は今やすっかり見慣れた光景の如く、インバウンドの若い人達で溢れかえっていました。


バックミラー越しに見る江ノ島も、夏の様相を呈しています。


鎌倉高校前駅から渋滞のネックとなっている行合橋交差点までの数百mを通過するまでになんと30分を要するとは…。

海開きまであと1週間ほどあるのですが、里山の杜も海街も気分はすっかり夏本番…。

陶芸教室でも、数年ほど前から伊藤園のミネラル麦茶やオレンジジュースが必需品となっています⁉


陶芸教室での作陶指導とともに教室の会員さんとの間では、お互いの近況や世情の話で盛り上がること常で、夏至のこの日は数日前の新聞第1面が話題に。

緊迫の度を増す中東情勢とともに日米関税問題等の硬いニュースとともに、大谷選手の投打二刀流という嬉しい話題満載の紙面を会員さんに見ていただきながら、約2時間の陶芸とお話タイムはあっという間に過ぎてゆきます。

真夏へ向けてまっしぐらモードのかたわら、気になっていた中東情勢が昨日、アメリカがイランの核関連施設を攻撃するというショッキングな展開を迎えてしまいました。


トランプ大統領がイラン空爆成功を表明する会見のまさに同じ時、メジャーリーグは何事もなかったかのように試合が続けられていました。

この状況をもってしてアメリカのおおらかさと捉えるか、はたまた大雑把さの象徴と感じるか、なんとも微妙な感もあります。

アメリカのイラン攻撃の報を受け、テレビやラジオのニュース番組では状況の推移や今後の情勢の分析を報道しています。そのような中、日曜夕刻のBS-テレ朝「田原総一郎 激論」では、一昨日土曜日に収録した「イスラエル・イランの今後、アメリカのイラン攻撃はあるか…」という番組を放映していました。

かつてなら、番組の企画テーマに関する状況が急変した際には番組構成を変更して現状に即応した報道態勢を構えることが常だったように思います。田原総一郎さん、今頃 無念の思いでアタマを抱え込んでいるのでは…と心配になってきます。

と言いつつも時間が過ぎて現在6月23日の午前5時過ぎ、海の向こうのドジャースタジアムでは大谷選手が今季2度目の投打二刀流に挑んでいます。



ちなみに、バックネット前のフェンスに描かれたスポンサーは日本のDAISOとANA。かつてのチカラが落ちたとはいえ、日本企業の底力はまだまだ健在…と、少しばかりながら嬉しくなります。

緊迫する世界情勢を気にしながらもメジャーリーグのプレーに釘付け…。自らの興味に浸ってしまう我が身の軽さをしばし反省しつつ、夏の暑さと戦う新たな週明け。今年の夏は例年以上に暑く、激動の波に揺れる日々が続くことになりそうです。
 
くれぐれも熱中症には気をつけなければ…。

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長嶋茂雄さん逝きて3日、栄光の男は永久に不滅です…

2025-06-06 15:07:21 | 日記
巨星堕つ…、と言ったらよいのでしょうか…。概報のとおり今から半世紀前の昭和30年代初頭に東京六大学野球の大スターとして名をはせ、その後ほどなく同33年にプロ野球の読売巨人軍に入団して以来さまざまな記録と記憶を残してきた「ミスタープロ野球」長嶋茂雄さんが6月3日に逝去されました。


お亡くなりになられた翌日の4日、駅前にあるコンビニにスポーツ紙を買いに行った時、スポーツ紙はもとより一般紙も氏の逝去を大きく伝えていました。


ふりかえれば今から約60年ほど前、ワタシが小学3年生の時に地元・東京都葛飾区の少年野球チームに入団した時、すでに長嶋さんは巨人軍の四番打者として大活躍していました。ワタシにとって、当時から長嶋さんとともに巨人の主軸だった王さんの二人はまさに永遠のスーパースターでした。このお二人の全盛期を、テレビ中継や球場でリアルタイムで観てきた数々のシーンが昨日のことのようによみがえってきます。

現在、野球といえば日本のプロ野球と高校野球、そして大谷選手が大活躍するメジャーリーグが真っ先にアタマに浮かんできます。しかしながら、昭和の初頭に生まれて古くから野球や相撲、落語…に親しんできたわが父によると、かの太平洋戦争の前、そして戦中戦後も長らく野球といえば東京六大学野球と都市対抗が野球ファンの一番大きな関心のマトで、現在のプロ野球にあたる職業野球は人気、関心度ともに大きく引けを取っていたのだとか。

昭和33年に東京六大学野球のスーパースターである立教大学の長嶋茂雄選手が巨人に入団したときから、日本のプロ野球ががぜん注目されるようになつたのだそうです。そしてその翌年の昭和34年に天皇皇后両陛下が史上はじめて「天覧試合」として後楽園球場に足を運ばれ、

長嶋さんが劇的なサヨナラアーチを放ったことで、プロ野球は多くの国民にその存在を認知されて今日の興隆に至った…そうです。

ワタシが子供時代、今は亡き後楽園球場での思い出…。当時、長嶋さんが所属していた巨人の本拠地は東京・水道橋の後楽園球場でした。この野球場は現在の東京ドームの真横に位置していました。あの頃、内野のフィールドに芝生が張られているのはこの後楽園球場と、東京都荒川区にあった東京スタジアムだけで、子供心にもその内野の良く手入れされた芝生の緑を見るのも野球観戦の魅力のひとつでした。


そして長嶋さんが後楽園球場での三塁の守備の折、グラウンドの内野の芝生と土の境に打球が弾んでイレギュラーし、長嶋さんは大げさにそっくり返って捕球しそこなったことがありました。その時、長嶋さんはイレギュラーバウンドの原因となった芝生と土の境目をそっと触りながら、満員の観客に向けて「この境目がエラーの原因なんですよ,トホホ」ともいうように打球がイレギュラーした芝生と土の境目をナゼナゼしていたことがありました。このようなチャーミングというか、オチャメなしぐさも、世代を超えて「ミスター」と呼ばれる由縁なのかとも思います。

長嶋茂雄選手の雄姿を観ながら少年時代を過ごし、大人になりつつあったワタシ達世代にとって、昭和49年秋の長嶋選手の現役最終試合とともに、「わが巨人軍は永久に不滅です…」との名言を残した引退セレモニーは永遠に記憶に刻まれるメモリアルな日であることは言うまでもありません。


そしてこのたびの長嶋茂雄さん逝くの報を受け、ワタシのアタマに真っ先に浮かんだことは、サザンオールスターズ・桑田佳祐さんが歌うこの楽曲

今からちょうど10年前の春にリリースされた「葡萄」というCDに納められていますが、現在も愛車メガーヌで街を駆る時に好んで聴くお気に入りの曲です。

以前、この曲が車の中で流れた時、助手席に座っていた女房どのが「この曲は長嶋さんの引退セレモニーの時のことを詩にしているのでしょ。でも『永遠に不滅』なのに『信じたモノはみんなメッキが剥がれる…』って、桑田さんは長嶋さんを批判してるの?」と問いかけていました。言わんとするところは何となくわかります…。
しかしながら「昭和の時代から長らく人々に夢を与えてくれた栄光の男・長嶋茂雄さんは永遠に不滅だけれど、対照的に平成の世になって身の回りの多くの事柄への信頼がガラガラと音を立てて崩れていく…」という、絶望にも似た気持ちを詩に託しているようにも思えます…。昨日、あらためて「栄光の男」を聴いてみたのですが、アップテンポでメロディアスな曲の中にちりばめられた「立ち食いそば屋」「割箸」といった歌詩には少々似つからぬ言葉がすぅ~と心に入って来ます。

この「葡萄」というCDに納められている楽曲「はっぴいえんど」の中で桑田佳祐さんは「♪歌うことしかない 人生だけど」と唄っています。そして長嶋茂雄さんも「野球というスポーツは人生そのもの」と言っていました。活動するジャンルこそ違え、「この道 あるのみ…」と言い切れることこそ、ともに栄光の男…

あらためまして、昭和、平成、令和の三代をスーパースターとして駆け続けた長嶋茂雄さんに合掌。







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今年も明月院の紫陽花とともに、鎌倉スパイスはいかがですか…

2025-06-01 16:22:41 | 日記
雨と風が時折激しく降り吹きまくった昨日の肌寒い一日を経て、本日は朝から真夏を思わせる強い陽射しとともに6月がスタートしました。あらためて言うまでもなくこの6月は「水無月」、「みなづき」として知られています。「まもなく梅雨がやってくるのに、なぜ水無月?」という疑問とそれに対する答えは諸説数々あるようです。

たとえば、目下のところ世の中を席捲している米騒動は、いずれにせよさまざまな思惑と妥協によって収まることになるのでしょう。それに対して、「6月は梅雨がやってくるのに、なぜ水無月?」ということに対する解は永遠に導けそうもありません。

6月は「水無月」のほかにも、「青水無月」「涼暮月」はじめさまざまな呼称があるようですが、いろいろ調べてみるとワタシのブログ「鎌倉 佐助の風街便り」の「風街」と同じ響きの「風待月」という呼称を見つけました。この「風待月」は旧暦の六月は風が吹いてくることをひたすら待つ月ということから生まれた異称のようです。

そしてワタシのブログ「佐助の風街便り」というタイトルは、今から半世紀以上前の昭和40年代に結成された日本の伝説のバンド「はっぴいえんど」が制作したレコードアルバム「風街ろまん」

の一部をそっといただいて名付けた経緯があります。

「風待ち」と「風街」の由来と意味こそ違えども? 梅雨を控えながらも、6月はさわやかな風と共に…。

当地の6月といえば、紫陽花。そして今年も、市内の長谷と小町通りにお店を構える「鎌倉いとこ」さんの6月期間限定店舗が北鎌倉の明月院通りにてオープンしました。


紫陽花の名所・明月院へ向かう道すがら、

牛煮込み専門フレンチ「紫 Yukari」さんの地階部分で、本日から6月末まで「鎌倉いとこ」さんのきんつば


そして長谷の石渡商店さんの乾物各種


ならびにウチの女房どのがブランディングしている「チー坊ノワール」発の鎌倉スパイスや鎌倉紅茶等も一緒に販売の運びとなっています。


例年、6月のはじめになると明月院の紫陽花はほんのり青く染まった紫陽花の花がそろそろ咲きそろっていたように思います。されど今年は開花の具合、そして青い花の色の濃さともに、まだまだ本番へは少々時間を要する感があります。



天気予報では6月の訪れとともに気温が上昇して夏空が広がる日々が続くと予想されています。

北鎌倉の明月院や鎌倉の長谷寺をはじめ市内各所の紫陽花も日に日に花も色合いもその彩りを増してきます。今まさに、この街が一年のうちで最も輝く季節…。

そしてこちらも…。

本日6月1日、東京都府中市の東京競馬場で「日本ダービー」が開催されました。競走馬が3歳の時にしか出走できない、一生に一度の晴れ舞台で1番人気のクロデュノールが栄冠を手にしました。ちなみに、ワタシは馬券外してしまいました、トホホ。しかしながらこの後、午後5時にスタートするこちらのレースを秘かに注目しています。

3歳の若馬の頂点を競う「日本ダービー」の後、4歳以上の百戦錬磨の戦いを経て来たお馬さん達のこの「目黒記念」という重賞レースが同日開催されるようになったのは2006年からのようですが、ワタシならずとも「目黒記念」に注目している競馬ファンは多いと聞いています…。

さらに本日は夕刻から鎌倉駅近くの会場で


ワタシがこよなく愛するラジオ番組・文化放送「くにまる食堂」金曜日メインMCを務める春風亭一蔵さんの師匠である春風亭一朝師匠の高座を楽しむ…という算段となっています。

朝から紫陽花に陶芸、そして昼からは競馬に落語…。「水無月」のスタートは、かくの如く「暇無し」そして馬券の「ツキ無し」…。



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一年のうちで最も鎌倉が美しく萌える時、間もなく「メゾン・ド・マルシェ」開幕です!

2025-05-20 11:52:19 | 日記
今から約2ヶ月ほど前に「間もなくソメイヨシノが開花…」との声とともにほどなく若宮大路・段葛の桜が開花、満開を迎えたのがつい昨日のことのよう。その後に続いて新緑が萌え、ツツジの華やかな花が街中を彩りました。そして今、この鎌倉の街ではそろそろ、紫陽花の花の話題で持ちきりに成りつつあります。桜の開花から紫陽花の季節が幕を閉じる6月末までのこの3カ月間こそが、鎌倉の街が最もすがすがしく輝き映える一年のうちで最も素敵な季節であることは間違いありません。

そしてこのところ、週末になると街はさまざまなイベントが盛りだくさん。一昨日の日曜日は、鎌倉山のお住まいの有志の方々が主宰する「鎌倉山ミュージックデイ2025」が初開催されました。

「地域の人々をつなげる新たな場にしたい」との主催者の方々の願いのもと、鎌倉山を代表する「椿亭」「カフェ・ル ミュウ」をはじめとする各所で音楽会が開かれました。

私もこのイベントに際して、鎌倉山集会場でのコンサートでヴァイオリンを演奏するとてもチャーミングなお嬢さんを会場まで私の愛車メガーヌで送り届けるお役目を…。鎌倉駅から鎌倉山集会場までクルマでほんの10分ほどの道中、ワタシがこよなく愛するフランスの今は亡きポピュラー・ヴァイオリストであるステファン・グラッぺリの話題で盛り上がり、若い人ともまだまだ少しは話題を共有できるかな…と、ほんの少しばかりでも嬉しいひと時も体験できました。

とてもチャーミングなヴァイオリニスト嬢を鎌倉山集会場の送り届けた午後4時前、会場はこのように大盛況。


このイベントの実行委員を務める友人女性と話す機会があり、「大成功でしたね」とお伝えした時に彼女が浮かべた満面の笑顔が、来年のイベントの成功も予感させてくれました。鎌倉の街にまた一つ、嬉しく楽しいイベントの誕生です…。

場内にしつらえられた80席を越える椅子席は、一日中 満員御礼のようでした。


そしてウチの工房&カフェにおいても、今週の23日・金曜日から来週26日の月曜日まで「メゾン・ド・マルシェ お気に入りを探しに」というイベントが開催されます。イベントをコーディネイトするウチの女房どのはじめ出展する淑女3名様ともども、皆様のお越しを心よりお待ちしています。

出品する3名様の作品の一端は以下のとおり(敬称略)

MINTS


naoco


tsugumi*noir




若葉の候、お時間ありましたら 鎌倉市佐助1-14-1 カフェ・チー坊ノワールまで是非お出かけください。
・マルシェ期間の限定ランチを予約受付中です。☎090-2226-7117
・[Instagram] chibounoir

開催2日目の土曜日から最終日の月曜日まで、ワタシもきっちりと会場に詰めています。お暇でしたら、ワタシの話し相手になってくださいませ…
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