鎌倉 佐助の風街便り

陶芸、街歩き、クルマ、オーディオ・・。思いのまま徒然に

今年もいろいろありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

2016-12-31 22:34:13 | 日記

今年も残り数時間となりました。はじめて迎えた? 還暦の一年はまさにアッという間に過ぎていったような気がします。還暦の年は同時に本厄なのだそうで、多くの方々から「今年は体に気をつけなよ。そろそろ、くたびれる頃だから…」と注意されてきましたが、どうにかこうにかカラダも身の周りにも大過なく大晦日を迎えることができました。

この年の瀬を振り返ってみると、そこにはやはりいろいろと感じ入るひと時が待っていました。

世の中が「仕事納め」の28日。北鎌倉の知り合いのお宅では「毎年恒例」のお餅つき。自分の田んぼで伝統的な農法で収穫したもち米約40升を「朝10時から夜の11時くらいまでかけて」一気に搗き続けるのだそうです。

北鎌倉駅からほど近い、木々に囲まれたお宅の庭の一角に、圧倒的な「昭和モード」な光景が展開されていました。



ついたお餅を少しだけおすそ分けいただき、翌日、まだ柔らかいうちに焼いて食べたのですが、もち米の濃厚な香りと味にびっくり!。

北鎌倉の大地の恵みから作られた鏡餅ともに大晦日と年明けを迎えることになり、少しは根っからの鎌倉人に近づけたような気にも。

「来年は良いことが!」あったらいいなぁ…。

平成28年の陶芸教室、最後のお客さんはこの二人。6年ほど前から教室にかよってきてくれていたお嬢さんがめでたく今年ゴールインし、以来二人で仲良く陶芸しにきてくれます。

北鎌倉のお餅に続いて、この二人からはシアワセをおすそ分けしてもらってます。

今年最後の陶芸のお仕事は、ご近所のお店仲間「甘味処 こまめ」さんでの打ち合わせ。市内で飲食店を営むお知り合いから「この小鉢と同じような器を作ってください」というご依頼を受けて、どうにかこうにか作り上げた試作品を披露するドキドキの時間です。

じつのところ、飲食関係のお店を営んでいる方が実際にそのお店で使っている器を前に「これと同じような器を…」との依頼は、最も難易度の高いケースのひとつでもあります。ちなみに奥の器はお客様のお店の器。そして手前はワタシの試作品。今回も「これで進めてください」とのお言葉をいただき、ホッと安堵のため息ひとつ。これで、安心して年を越せます…。

そして本日の大晦日、お昼前の鶴岡八幡宮は大祓式。

この式の後に「おはらいさん」を頂戴して、一年が終わる感慨にすこしばかり浸ります。

家に戻ると、命じられるままに掃除やおつかいもこなします…。

暮れとは思えないくらい暖かで穏やかな陽射しが、せめてもの救いです。

今年最後の夕餉は、もちろん年越しそばがメインディッシュ。

年のころなら我が子世代にあたる イイジマくん、ワダちゃん夫妻とチビッ子・アーちゃんを主賓に、ウチとしてはかなり豪華な夕食となりました。ちなみに年越しそばは、イイジマくんが昨日 故郷・茨城で手打ちしてきてくれた超特別品。イイジマくんのお父さんがそば打ちの名人だったこともあり、直伝の手打ちそばが絶品だったことは言うまでもありません。

そして今、紅白歌合戦は終盤を迎えつつあります。つい先ほどは、タモリさんの声がテレビをとおして流れていました。このブログをシコシコ作り上げている傍ら、チビッ子・アーちゃんが「マキジイ、おしごと?」としきりに声をかけてきます。

ここで今年最後の一句:乳飲み子に 「マキジイ」と もてあそばれる大晦日…

あらためまして、今年もいろいろありがとうございました。そして、来年もよろしくお願いいたします。











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have Yourselfなクリスマス、それぞれのGreetingに想いをよせて・・・

2016-12-25 21:45:05 | 日記

師走、年の瀬、クリスマス…ということで、東京都心では丸の内や表参道、渋谷公園通りをはじめ各所で鮮やかなイルミネーションがきらめき、ファミリーが、そしてカップルがプレゼントの交換なんかをしちゃってるのでしょうね…。ひるがえって当地の駅西口 イブの夜はといえば、ちっちゃなイルミネーションがポツポツあるだけ。午後7時前だというのに、街行く人影もまばらでクリスマス特有の華やかな光景はあまり感じられません。

そして我が家においてはワタシも同居人さんも「プレゼント」の「プ」の字もありません。クリスマスや誕生日のプレゼントは「想定外」「規格外」、さらにいえば「企画外」に他なりません。

我が家の「プレゼント事情」を知ってか知らずか、ワタシの横を歩いていた母は「鎌倉のクリスマスは、いつも盛り上がりはいまひとつねぇ」とポツリ。80年間にわたって東京で暮らしてきた母にとって、ここ7年間ほど見聞きしていた鎌倉のクリスマスはなんとも物足りないようにも感じられるのでしょう。

まあ、年に一度のクリスマス・イブということもあり、母親を伴って駅前のお馴染みのお店「六弥太」さんへ。知り合いの方々のささやかなクリスマス&忘年会にこっそり乱入の巻…。ワタシがカウンターに座ってお店の大将を相手に飲っている間に、母は一番奥のテーブルに座らされてしっかり場に馴染んでしまっています。多分、良いイブのひと時となったことでしょう。

お店の心のこもったセットメニューを経てケーキが出てきて、あらためて「メリー・クリスマス」と思っていたら、メンバーの「ハッピー・バースデイ」でもあったようです。

はたして誰の誕生日だったのでしょうか さっぱりわかりません。記憶がありません。ただし、近所にあるスイーツのお店のデコレーションケーキと参加者の方手作りのレモンケーキがあまりに美味だったことだけははっきり覚えています。

一夜明けて本日はクリスマス。昨夜のイブの余韻というか、醒めやらぬ深酒の憂いを引きずりながら、いつものように朝刊を取りに玄関ドアを開けると、朝6時前の暗闇の中、傘立ての上にクリスマス・プレゼントとおぼしき謎のラッピング。

見た瞬間、「あっ、今年も…」「嬉しい♡…」と思わず、絶句。

このところのあわただしさにかまけて、まったく予想だにしていませんでした。それは、ご近所のお店仲間として、還暦仲間として、そしてクルマをとおしていろいろとお世話になっている「ブンブン紅茶店」のマスター・小木曽さんからの、今年も嬉しいクリスマス・プレゼント。包みを開けると、小木曽さんが今から約30年前にクルマ仲間と立ち上げた「湘南ヒストリックカークラブ」のラベルを冠した日本酒小瓶とネコの絵柄をあしらったお猪口2客、そしてボトル・ストッパーが出てきました。

ラベルに「湘南ヒストリックカークラブ」の頭文字であるSHCCの文字とチェッカーフラッグがあしらわれた超レアな日本酒はワタシの家のお墓がある福島県喜多方市の酒蔵のお酒。この妙な偶然が、これまた心躍ります。クルマ好きとして、ワタシの佐助での日々は、小木曽さんとの「クルマ話」抜きには成り立ちません。あらためて、小木曽さんと「ブンブン紅茶店」さんに深々と「感謝」…。

時あたかもクリスマスとあって、「ちょっと寄ってみてよ」といろいろな所からお呼びがかかり、街なかを愛車メガーヌで巡る折り、若宮大路の段葛には日の丸が。

「クリスマスなのに、日の丸?」ということで鶴岡八幡宮に問い合わせてみると「お正月や祝祭日には段葛に国旗を掲揚しています。本日はお正月の準備に向けての掲揚で、年末まで続きます」ということでした。クルマで信号待ちの間、鎌倉散策の若い人達が「クリスマスに日の丸、かわいい!!」と連呼していました。ワタシ的には「お正月の準備に向けて日の丸」と言われても少々戸惑うばかりなのですが、明日を担う若い人達にとっては「やばい!」ということなのでしょう。時代は確実に変わりつつあるクリスマス…。

暮れも押し迫った日曜日は、競馬界の一年を締めくくる大レース「有馬記念」が行なわれる日でもあります。今年はクリスマスも重なったので、さしたるクリスマスイベントも無いワタシであったも、なんとなく気ぜわしい心持ちで「馬柱」に目を馳せます。

「たぶん、1着はサトノダイアモンド。2着が、あ~、決まらない…」と、イブの夜から考え続けますが、ここ20年ばかり、馬券は全く買っていません。いわゆる「予想上手の馬券下手」というヤツですから。

「有馬記念」を巡って「ああでもない、こうでもない」とアタマを巡らしているうちに、この番組がオンエアの時間となってしまいます。ホント、年末、押しも押し迫った日曜日は、ただただ慌ただしい限り。

毎年恒例の山下達郎・竹内まりや年末夫婦放談を聴きながら、この一年に触れ合った楽しい日々の思い出や苦しかった時の記憶が映画のエンドロールのようにアタマに浮かび、遙か彼方に消え去っていきます。

例年、この年末夫婦放談は二人のデュエット曲「LET IT BE ME」で終わるのですが、今回はクリスマス当日ということもあり達郎さんの「Have Yourselh A Merry Little Christmas」でジ・エンド。あらためて、今年1年もアッという間に過ぎて行きました…。

「サンデー・ソングブック」のクリスマスモードに浸る余韻もつかの間、競馬界のグランプリ・レース「有馬記念」の行方は…。

サトノダイヤモンドの1着はきっちり当たったのですが、2着以下が…。今ではすっかり「予想下手の馬券無し」に成り下がってしまいました。

ともあれ、なにかと忙しく、はたまた自らバタバタと動きまわったクリスマスも終わりを告げ。午後の陽が傾いてきた工房では、ワタシの、そして陶芸教室の方々の作品が窯出しを終えて、表面の磨き、撥水加工を待つばかり。年内にはこの後、もう1回、窯出しを控えています。

とにもかくにも、今年も残すところあと数日。しだいにほぐれ行く心のままに As Time Goes By…

と、しみじみ感じ入っていたら、いきなり陶芸教室会員さんでもある市内に住むお嬢さんが、和服姿で我が家に乱入してきて「メリー・クリスマス!」。


キリストも首をかしげる段葛 帯の間に間にユニオンジャック…
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大学時代の蒼い記憶の日々を経て、気分はすっかり「絶好調!!」

2016-12-18 08:28:30 | 日記

暮れも押し迫まり、今年も残すところちょうど2週間。例年のことながら、お歳暮、挨拶回り、そして年賀状…といった具合に、やり残したことがあまりに多過ぎて、何から始めれば良いのか見当もつかずにただただ時が過ぎてゆきます。日暮れともなると「ならば、軽く一杯飲りながら考えよう」とビールを飲み始め、ふと気がつくと朝を迎えて自己嫌悪の日々が繰り返されます。まったく、成長がありません。

過日、夜からの約束に向けて華のお江戸は渋谷に向かいました。お出かけともなれば、お歳暮や年賀状の呪縛から解き放たれて、気分は「絶好調!」となります。普段、納品等で東京に向かう場合はクルマなのですが、今回は鎌倉から渋谷まで湘南新宿ラインで乗り換え無しに約50分。かつては「プチ乗り鉄」だったこともあり、車窓の向こうに広がる神奈川、東京の街並みを眺めているだけでとても幸せな気分に浸れます。

そして渋谷での待ち合わせの地は「ハチ公のしっぽ」。

古くからずっと「ハチ公」は待ち合わせの定番スポットでした。今から約40年ほど前の大学時代にも「ハチ公」前は常に多くの人たちでごった返していました。ワタシは仲間とこの場所で待ち合わせる場合には、必ず「ハチ公のしっぽの前だよ」ときっちり位置を指定してスムーズに集合して飲み屋さん街へ向かったことが昨日のことのように思い出されます。幸いにも「ハチ公のしっぽ」前はさしたる混雑もなく、友人と合流して近隣のカフェにて「暮れのご挨拶」。

師走のあわただしさをしばし忘れるゆったりとした時を経て、「良いお年を…」と年の瀬の名残惜しい気持ちを伝え合う頃には、街はすっかり夜のとばりが降りていました。

そしてこの日のお約束の場は、このきらびやかなイルミネーションの向こうにそびえるシティ・ホテル。


Facebookをとおして知り合った母校駒澤大学同窓の方から薦められてこの秋に入会したばかりの 駒澤不動産紫門会の忘年会に向かいました。同会は、不動産業界に携わっている駒澤大学出身者で構成されています。聞くところでは、多くの大学に不動産業に携わる卒業生から成る「不動産会」があり、各大学の不動産会の集合体である大学不動産連盟においては出身大学の垣根を越えて多くの交流が繰り広げられているのだとか。

ワタシ自身、不動産業には直接的なつながりはありませんが、さまざまな縁により同会へ入会させていただいたことはまさに嬉しい限りです。そして、ワタシの生業たる陶芸は大地の下に育まれた粘土から全てが始まることから鑑み、同会への入会資格は十分に満たしているのでは、と一人勝手に納得もしています。

今回の忘年会出席に際し「顔見知りの人はたった一人だから、スムーズに馴染めるかなぁ…」と、ちょっぴり心配していたのですが、それは全くの杞憂でした。駒澤不動産紫門会の方々はもとより、駒澤大学同窓会、そして各大学不動産会の方々と名刺交換を重ねながら、不動産、陶芸はもとより、かつての恋愛話やささやかな自慢話に至るまで、話題は尽きることなく進みます。

そして、今回の忘年会の主役は間違いなく、このお二人⁉ プロ野球・巨人軍の四番サードを務めた中畑清先輩と西武ライオンズの黄金時代を支えた石毛宏典同輩です。


中畑先輩はひとたびマイクを握らせたら決して離しません…。

いわく、

「オレの講演にはね、オレに対してギャラが発生するのね。この忘年会でのトークはノーギャラだから。ここに集まってる皆さん、とっても幸せだよ」

「こう見えてもオレさぁ、野球界に言う言葉にはけっこう発信力あるのね。オレはね、こう見えても野球界の功労者なのね」

「横浜DeNAベイスターズの監督時代は最下位、5位、5位、最下位だったけどさ、観客動員数はおおいに増やしたよね。でも、DeNAから功労金は無かったね…」

「このオフ、巨人は選手をけっこう補強してたよね。でも今からヨシノブ(高橋由伸監督)が心配だよな。球団が補強したのに結果が残せなけらば、責任を全ておっ被せられかねない…」

その他、かなりきわどいマシンガン・トークがさく裂していました。されど、いずれの発言も〆には必ず中畑先輩の満面の笑顔とともに会場には爆笑の渦。「絶好調」男・中畑清先輩の熱烈トークは「永遠に不滅」です!?

蛇足ながら、ワタシが「週刊ベースボール」記者当時、巨人の選手に取材の謝礼金を手渡した際には多くの選手は当然のことのようにさしたるお礼の言葉も無いままに、謝礼金の入った封筒をユニホームのポケットに入れていました。そのような中、謝礼金を渡すたびに男・中畑選手だけは「ありがとよ!哲(現 ベースボール・マガジン社社長 池田哲雄氏)にヨロシクな!」とにっこり笑顔で言ってくれた唯一無為な人でした。

宴もたけなわ、中畑先輩、石毛ご同輩が会場の各テーブルを廻って記念写真のひととき。

ふと気がつくと、ワタシは中畑先輩の左腕の中にどっぷり抱えられています♡。

石毛同輩⁉ とは、かつてともにプレーヤーと野球記者との関係において共通の知人の話題に話が及び、「あの人は今さぁ…。おっ、陶芸やってるの!?」と会話が尽きることなく進むことに。


「紫門会のなんとも素晴らしいひと時を過ごさせてもらったなぁ」という感慨に浸りながら、日付変更線間際にどうにかこうにか鎌倉に舞い戻り、ふと駅前を振り返るとタクシー乗り場にはそこそこに長蛇の列が出来ていました。


駅前ロータリーには、早くも年明けの交通規制の告知看板が…。

中畑清先輩のマシンガン・トークの余韻に浸っているそばから、年の瀬は確実にひたひたと押し寄せて来ているような感があります。

数日前の 駒澤不動産紫門会で得た興奮の余韻、少なからず今だ冷めやらず…。今から約30年近く前、縁あって出席させていただいた「中畑清・巨人軍引退記念パーティ」でいただた「現役引退記念サインボール」をあらためて引っ張り出してきて、ニンマリ、そして勇気が湧いてきます。

そして、気分はすっかり「絶好調!!」。

追伸 あらためまして、今回の駒澤不動産紫門会忘年会に際し、同会・永嶋会長はじめ企画運営いたたいた方々に心より御礼申し上げます。
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イマージュとオマージュの向こう側、「立場」と「先約」を貫いたレジェンドに「乾杯!」…

2016-12-12 07:47:14 | 日記

常日頃、大の新聞好き故に朝刊、夕刊ともに1面から最終のテレビ番組面まで広告も含めて隅の隅まで読み尽くしてしまいます。ワタシのこの習慣を知った友人、知人はみな「よくまあ、そんな時間がありますね…」と半ばあきれています。そして我ながら「ごもっとも…」ということになります。とはいうものの、とかくにあわただしい師走においても、俗に「隠れたベストセラー」とも評される新聞をひたすら熟読するスタンスは崩し難いものがあります。

そのような中、ふと目にとまった昨日10日 土曜日の新聞記事。来たるべき東京五輪後の新国立競技場におけるフィールドトラックのあり方を巡って、日本陸連と日本サッカー協会との間で意向がズレているそうです。記事によると日本サッカー協会の田島幸三会長は、フィールドトラックを撤去してサッカー専用スタジアムにすることを希望しているとか。


う~ん。五輪の運営や競技施設建設の計画を推し進めていた各部が口を揃えて「レガシー」「アスリート・ファースト」と唱えてきている今から、サッカー協会会長・田島氏が唱える「五輪後、新国立はサッカー専用に」は、いくらなんでも無茶振りのような感があります。田島会長はワタシと同世代で、かつては日本代表のフォワードを務めた選手でした。そのスカッとしたプレーを記憶しているだけに、「立場が人を変えるのか…?」というような気にもなります。

一方、こちらのまだ「レガシー」と呼ぶにはちょっと早いですが充分に「レジェンド」になっているこの方…。

10月にノーベル文学賞受賞が発表されて以来、その受賞自体の賛否から始まり、ディラン自身の反応やその行方その他、世界中が注目し続けていました。その関心の度合いは、同時期に展開していたかのアメリカ大統領選挙以上だったかもしれません。

そして、ノーベル賞授与式に対してディランが寄せたコメントは…

すなわち「欠席」でした。

我が家でも「ノーベル賞授賞式に優る先約って何だろう?」としきりに推理ゲームが続きました。もし仮にその「先約」が友人との忘年会だったら…、などと一人勝手に思いが膨らみます。

今回のディランのノーベル文学賞に際し、生年月日がワタシと1日違いの音楽評論家・萩原健太氏が新聞紙上に寄稿していました。萩原氏は世界のミュージックシーンに於いて「吟遊詩人」と評されているディランの軌跡や世界観とともに、歌詞に対しても明快に解説してくれています。


萩原氏は寄せた文の中でディランの詩を「時には内容に関係なく、韻を踏むためむりやり投入したとしか思えない語句もあった。が、それがまた奇妙な異化効果をもたらし、予想外の光景を現出させていく。つじつまは合わないのにイメージがさらにふくらむ」とも評しています。この一文を目にした瞬間、はなはだ先越ながらサザンオールスターズが今から約2年前にリリースしたアルバム「葡萄」に納められた「栄光の男」の歌詞がふつふつと浮かんできました。

サザン・桑田さんが手がけた、日本プロ野球史上最高のプレーヤー・巨人軍 長嶋茂雄さんの引退試合の場面からスタートする「栄光の男」の歌詞は、その後目まぐるしい展開に。

なぜか「涙こらえてネンネしな」「鬼が行き交う世間、渡り切るのが精いっぱい」と叫びをあげ。これもう、ほとんど橋田寿賀子さんの「渡鬼ワールド」に他なりません!?。そして「立場があるから」「酔ったフリしてさ、脚が触れたのは故意だよと」いうクダリに至っては、ウチの同居人さんをして「ほとんど意味不明!?…」の世界に突入します。そして「このオッチョコチョイ」と卑下したと思ったら「明日天気にしておくれ」と懇願し、〆は「可愛いあの娘とネンネしな」でジ・エンド。「立場があるから」においては、当ブログ冒頭のサッカー協会・田島会長とサザン・桑田さんのお互いの「立場」にまつわる見解もおおいに気になります。とにもかくにも、各センテンスのつながりという面においてはほとんど脈絡が無いようにみえて、トータルで確固たる世界を築き上げるスキルにはただただ「感服」…。

ともあれ、この曲をとおして「かつて良い時代がありました。そしてこの後、ボク達の住むこの世界はどのようになってくのだろうか…」という、ディランの詩の世界にもある種 共通する刹那感も満ちているような気もするのですが…。

時あたかも、工房では陶芸教室会員さんがこの夏前から手がけた多くの作品が焼き上がったばかり。その作品の中には、今回のディランの「ノーベル文学賞」を予見するように「Blowin the wind]の文字も。


この作品を作った若いお嬢さんは制作途中、「私、中学、高校時代はかなりヤンチャでした。そんなこともあり、なぜかディランの屈折したかのような詩の世界がめっちゃ好きです。Blowin the windという言葉にとっても惹かれます」と、にこやかな笑顔を見せていたことがとても印象に残っています。

人それぞれに、風に吹かれて風に乗り、そして風に舞いて、風と共に去りぬ…。そしてあらためて、ディランに「乾杯!」。

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ヒストリックなカーシーン、師走間近に昭和が薫る…

2016-12-03 08:17:29 | 日記

時、あたかも師走です。毎年、この時期には、ワタシがこよなく愛する落語家・立川志らくさんの「芝浜」を市内にて聴いて、あらためて「あぁ、今年も暮れていくのだなぁ…」と少しばかりの感傷とともに師走の日々を過ごしてきていました。こと今年の暮れに限っていえば、諸般の事情により、市内で志らくさんが「北芝」を演じることにはなりませんでした。つくづく「なにか忘れ物をしたような…」気分です。が、その少しばかり無念な気持ちを持ってしても余りある楽しいひと時が、ほんの少し前にありました。

時は今から数日前の日曜日。ご近所のお店仲間「ブンブン紅茶店」のマスター・小木曽さんに誘われて、大磯プリンスホテルで開催された「湘南ヒストリックカークラブ」のイベントに馳せ参じてみました。小木曽さんと同倶楽部との沿革、そしてこのイベントの概要は、春にアップしたブログをご覧いただければ幸いです。

朝7時過ぎ、愛車メガーヌを小木曽さんにドライブしてもらいながら、イベント会場の大磯プリンスホテルへ。到着するととも何をさておき、居並ぶ旧車を愛でてしまうのは当然の成り行き。このようなイベントの場合、誰が指示するわけでもなく同一車種が何となく群れってしまうことがまた面白いところでもあります。

ミニだけでも10台近くはいたでしょうか。


こちらはロータス群団。

カタチだけみるとクラシックなのですが、1980年代の比較的新しい⁉クルマです。

ポルシェ911も、このサイズがじつにしっくりきます。

このボディカラーも、周りから「渋い」の声がしきりに…。

春のイベントの際、テスト走行で同乗させてもらったアルピーヌ・ルノー。

ドライバーの加藤さんに「その節は…」と声をかけると、「あぁ、やっぱりあの時の…」と、笑顔で迎えてくれました。嬉しい限り、です。

それにつけても、会場にはロータスがやたら目立ちます。


小木曽さんは「やっぱり、車重が軽いので」…。すなわち、このイベントで競われるジムカーナ―には、車体が軽く、小回りが利くロータスがジャストフィットなのでしょう。

一方、国産の懐かしいクルマも数多く参戦しています。


スバルや三菱ランサーは、かつてラリーで鳴らした雰囲気をそのまま伝えています。


高校時代の友人が乗っていたセリカ        野球部の先輩がかっ飛ばしていたいすゞベレット

スペシャルティカーの先駆けだったこのセリカは良く回るエンジンと固くしっかりした乗り味が、とても魅力的でした。

ワタシが若かりし頃は日産のクルマを乗り継いでいました。そのようなこともあり、日産の旧車にはひとかたならぬ想いがあります。

フェアレディSR311、ブルーバード、ハコスカGT-R、フェアレディZ…。ドライブした時の感触が昨日のことのようによみがえってきます。

そして今回も、小木曽さんからの「サプライズ…」。小木曽さんのクルマ仲間・内野さんのロータスでのプレ走行に同乗させていただきました。


小木曽さんが「ロータスは軽い」と言っていたとおり、その軽さゆえに実にキビキビとカーブを曲がり、加速・減速もメリハリが効いていて、助手席での走行も楽しいことこの上ありません。

小木曽さんが撮ってくれた写真をあらためてチェックしてみると、ワタシ、子供のように楽しんじゃってます、ほとんどバカ⁉、です…。




とにもかくにも、駆るも観るも、撮るも語るも、集うはクルマ馬鹿ばかりなり。

●メガーヌ・フロントガラス養生記
今から約2週間前に横浜ベイブリッジ上にて「ガツン」と痛めつけられたフロントガラスは、このほどどうにか修理を終えて無事に社会復帰しました。修理完了までの間、ねぎらいのお言葉はじめいろいろとお気遣いいただき、ありがとうございました…。








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