さくさく

中居正広ナシでは1日が始まらない、終わらない。元気をくれるのは中居&SMAP。

ジャニーズの歴史を振り返る Part3 SMAP の台頭(1)

2011年10月12日 15時22分49秒 | SMAP

教えて頂いた記事です(^_^) 

実は、2001年に書かれた古い記事のようですが。今読むと、逆に興味深くおもしろいです。時間がある人はどうぞ♪

All About  SMAPの台頭

文章:小島 聡 ~引用~


いまや“国民的タレント”という称号を得て、過去数十年にわたって業績を積み重ねてき たジャニーズタレントの一つの最終形態として完成されたのは、まぎれもなくSMAPだ。

これは疑いようのない事実。
彼らの行動のひとつひとつが芸能界に大きく影響する。ドラ マ・お笑い・CMと、もし仮にSMAPが居なかったら……明らかに私達の視野、メディア世 界は一変していたはずだ。

その時代、時代に芸能世界の中心となる流行がある。例えば、 70年代、ドラマを中心とした流れ、80年代歌番組・お笑い番組、など常にその時代の中心 となる流れ。現在ではその枠組みの大きな流れにジャニーズというひとつの芸能事務所が トレンドとなった。

SMAPは当時絶頂の光GENJIのバックで顔を売りながらドラマや特番に出演しはじめるが、 1992年の夢がMORIMORIが彼らの原点だというのが妥当な見方だろう。

夢がMORIMORIは、森口博子、森脇健二の両者が、実にうまく彼らの魅力を引き出してい た。特に、森口がSMAPの発展に寄与した功績は大きい。茶化したり、本音のトークを展 開してみたりと大人から子供まで安心してみることのできる番組であった。

また、夢が MORIMORIを基本としたコンサートやビデオなども発売し、SMAPの長期にわたる活動の 発射台となっている。現在のSMAPの形がここに凝縮されているのだ。

1993年から木村拓哉はフジのドラマ『あすなろ白書』、中居正広はラジオ、オールナイト ニッポンのパーソナリティをつとめるなどメジャーな流れへと一気に加速。 94年には木村拓哉がベストジーニスト賞、アンアンのかっこいい男第1位など、現在の木 村拓哉の原形がみられるようになり、SMAPとしても紅白への出場を果たす。

95年、中 居、サンデージャングルの司会、香取慎吾フジ『未成年』、稲垣吾郎フジ『BLACK OUT』 など各メンバーのドラマ出演が相次ぎ、中居テレ朝『味いちもんめ』、96年木村フジ『ロ ングバケーション』そしてメンバー全員参加のSMAP×SMAPへとつながっていく。 (執筆者:小島聡) (2)へ続く

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジャニーズの歴史を振り返る ... | トップ | 10月12日(水)のつぶやき »
最新の画像もっと見る

SMAP」カテゴリの最新記事