三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

ここに子どもたちが眠っている・・・

2012年05月31日 05時17分38秒 | Weblog





やはり東北三陸海岸を見て回るというのは、
鎮魂の思いの旅路ですね。
写真は、生徒さんの7割、70人以上、先生10人が津波の犠牲になった
宮城県石巻市大川小学校の現在の光景。
周辺には震災直後、大量のがれきがあったのですが、
きれいに片付けられています。
地形のままになっているグラウンドのなかに
鉄筋コンクリートの立派な小学校だけが残されているのですね。
このまま、鎮魂の象徴として残していく考えなのか、
どうにも痛ましい思いが突き上げてきて
いたたまれない。
ここに多くのこどもたちへの思いが残されたまま、
時間が止まったようになってしまった親御さんたちのことを考えたら、
万感が迫ってくる気がします。
このようにベアグラウンドになってしまえば、
なぜ地形的に明確になっている裏山に避難させなかったのか、
「てんでんこ」という言い伝えどおりのことをなぜしなかったのか、
いや、この海岸から6kmも内陸に入っているこの場所に
よもや、津波が押し寄せるという危機認識は持てなかったというのも理解できる。
さまざまな情報が出てきていて、
校長先生は厳しい立場に立たされ続けていましたね。
しかし、なんとも言葉が出てこない。
結局、どんな判断も下せないのではないだろうか、と
現場に立ち尽くしてしまっていました。

戦争と同じようなことが起こってしまったのだ、
という真実の圧倒的な現実感が襲ってきます。
わたしたちは、ここからスタートしなければならない。
尊い子どもたちの命と引き換えに、
どんな社会を作り出すことが出来るのだろうか?
お前に一体何が出来るのか?
そんな内語させるような現場力がここにはあるという思いが迫ってきます。
日本人なら、やはり一度は見ておくべき現場なのかも知れませんね。
合掌。
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うまいそばを食べたい

2012年05月30日 05時46分11秒 | Weblog




きょうは朝から血糖値の測定があって、
朝食を食べることはできません。
そういうプレッシャーがあると、頭のなかは
食べること一色であります(笑)。
まぁ、のどかな心象風景ですね。

写真は、ひと月ほど前にある業界関係の会合で
はじめて食べに行った仙台のおそば屋さん。
「麺房おおはら」っていうお店だったのですが、
そのときは夕食会で、サカナや料理でお酒を酌み交わし、という席でして、
それ以上に、交流の会話の方が忙しく、
あんまり料理には関心が行っていませんでした。
会の終わり近く、最後の締めあたりに板そばが出てきたのですが、
そこからの締めの挨拶、その他が一気に進んでいたので
この板そばを食べるのも、ゆっくり楽しむという具合にはならなかった。
でも、ひとハシつまんで食べてみたら、メチャクチャおいしい。
箸が止まらなくなるワ、食べたいけれど会は終わりそうで
いろんな人にもう一回挨拶はしなければならないワで
消化不良のまま、それでも会が終わってからもこのそばの食感の余韻が
残り続けておりまして、どうにもたまらない。
しかしまぁ、まさかそのために仙台に行くわけにも行かない。
ひたすらチャンスを待って、ようやく先週、再度行くことが出来ました。

そばって、
なんなんでしょうね。
粉なのか、打ち方なのか、切り方なのか。
まぁ、当たり前ですが、すべてが微妙に絡まり合って、
ああいう深みのある食感が実現するんでしょうね。
再度食べてみて、自分の食感のツボは完全に抑えられていることに気がつきます。
とにかく、そば自体のうまさ、なんでしょうね、結局。
素朴な風合いと味わい、ほのかな甘味があって、
飽きることがないような一期一会が展開していきます。
いろいろなところで、うまいそば屋って、
発見していく楽しみがあるのですが
わたし的に、久々に2重丸のお店発見で、うれしい。
日本人にとって、日本という国が世界の中で魅力を持ち続ける基本因子に
このそばのうまさの魅力って大きいんじゃないかという
そういう俗説が根強いですが
わたし、完全にその説に大賛成であります(笑)。
そばのうまさこそ、日本の最先端文化だと思います。
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がれき撤去がようやく進む女川

2012年05月29日 05時25分58秒 | Weblog




いま、わたしの方には、
岩手県宮古市の「復興ボード」の中心メンバーたちから
「高断熱高気密住宅」の札幌住宅研修ツアーの申し入れが来ております。
この「復興ボード」というのは、震災で大量に発生したがれきを分別して
合板の原材料として再生利用しようという運動です。
実際にこのボードを使っての住宅づくりも始められていて
国交省の「省CO2 先導事業」にも採択されて、
もうすぐモデルハウスも建てられます。
こういった被災地の元気を盛り立てようという運動には
ぜひ支援をしていきたいと考えています。
また、この「復興ボード」を使った家づくりを北海道でもできないか、
そんな思いも持っている次第。

というようなことなのですが、
被災地ごとに、このがれきの問題はいろいろであります。
宮古のみなさんからは、
「これからの俺たちの復興資源になるんだから、何年かかってもボードに加工したい」
というまことに元気な声も聞かれるのですが、
しかし、がれきの置き場が大きな面積を占めていて
とくに平坦地の少ないリアス式海岸地域では、
土地利用の制約になっているというのも明白な事実。
大きな復興困難要因であることは間違いない。
写真は、土曜日に見てきた女川町の津波被害地域の様子です。
よく震災の象徴のように写真に写されていたビル1棟まるごと横倒し現場。
いまは、周辺もすっかりがれき撤去が進んでいて、
全国からの支援の漁船が使われての漁業の再生も徐々に始められています。
リアス式海岸の漁師さんたち、船がほとんど失われてしまったのですね。
この倒壊したビル、
震災の象徴として、公園化する予定というこの平坦地に
そのまま置かれるか、どうかということだそうです。
まぁ、撤去の方向と言うことだそうですが、
「復興国民会議」の宣言冒頭にあったような
建築家・安藤忠雄さんの設計による「震災モニュメント」の制作よりは
事実の明瞭な後世への伝達という意味で、残した方が価値があるように思います。
で、このように平坦地がきれいに整備されてきているのは
女川町のがれきを東京都が100万トン、処理を受け入れてくれたことが大きい。
そういった道筋が明確になることで、
絵に描いた「復興計画」というものが進み始めるのですね。
今日の報道を見ていたら、以下のような記事も。

「放射能、ごく微量…北九州市のがれき試験焼却」
 東日本大震災で被災した宮城県石巻市のがれきの受け入れを検討している北九州市は28日、がれきの試験焼却で採取した焼却灰などの放射能濃度の測定結果を発表した。
 大半の試料から放射能が検出されず、最大値も1キロ・グラムあたり34ベクレルと、市が独自に設定した安全基準(1キロ・グラムあたり330ベクレル)の10分の1にとどまり、国の焼却灰の埋め立て基準(同8000ベクレル)を大幅に下回った。
 市は「人体や環境に影響はないレベルで安全に処理できる」としている。31日の専門家による検討会に報告して意見を聞いた後、6月6日のタウンミーティングで北橋健治市長が市民に説明し、6月中にもがれき受け入れについて最終的に判断するとみられる。
(2012年5月28日23時51分 読売新聞)

といような話題が発表されていました。
しかし一方で

「地獄に堕ちろ」がれき焼却の島田市にメール
 東日本大震災で発生したがれきの受け入れを始めた静岡県島田市は28日、「首を洗って待っていろよ」などと書かれたメール8通が、市の代表アドレスに届いたと発表した。
 受け入れに反発する内容が記載されており、市は、脅迫とも受け取れるとして、県警への被害届提出を検討している。
 市によると、メールは5月20~25日、同じアドレスから届き、「がれき焼却を続けるだと!」「地獄に堕ちろ」などと書かれていた。
 島田市を巡っては昨年12月にも、インターネットの掲示板に、がれきの受け入れ方針を示した桜井勝郎市長を脅す内容の書き込みがあり、静岡簡裁が今年2月、脅迫罪で略式起訴された男に罰金30万円の略式命令を出している。
(2012年5月28日20時38分 読売新聞)

っていうような記事も掲載されていました。
こういった国民意識の分裂、悲しいことですが、
やはり、共存共苦の心が復興を進めていくのではないでしょうか。
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店舗、目線的な訴求力

2012年05月28日 04時49分53秒 | Weblog





住宅というものを考え続けているのですが、
一方で、わかりやすい建築の価値ということでは、
店舗という世界もありますね。
町、というのは人の集まる「境界」的なところに
モノを交換するという機能を発展させていった空間が萌芽になったのでしょう。
きのう紹介した三陸の海の幸など、ひとからひとへ
贈与されることで、贈与の習慣が始まるのが、
「交易」のスタートであることは間違いないと思うのですが、
そこからどうやって「商売」になっていくのか、
物の価値を交換し、そこに平準的な「つりあい」をどう考えていったのか、
たぶん、自然に定まっていった、というのが実態だったのでしょうが、
人間という習慣性動物のふしぎな生態の大きな部分でしょうね。

で、そうやって成立した「市場」において、
人に何かを「伝える」というメッセージ性は、これも原初的な
コミュニケーションだったことでしょうね。
そしてそれが日々、更新されていっていく中で、
そのときどきの皮膚感覚のようなものが研ぎ澄まされていった。
写真は、仙台の街を歩きまわっていた最中に
自分的に、いまの感覚に強く訴えかけてきた店舗2題であります。
左側は、蔦の絡まる、なんの店やら、
という建物なんですが、どうも焼き鳥屋さんなんですね。
緑で鳥を寄せて、集めて焼いて食べるという類推はまさか、でしょうから
店主さんの個人的な建築的趣味でこのようにしたものでしょうか?
早朝に見たので、中には入れはしませんでしたが、
どうも気になってしまった店舗でした。
一方の右側は、コテコテのあぶらギッシュな明解路線。
色使いといい、この飾り気の無い正直さの雰囲気がいい。
あえてロゴタイプではない、
活字系の一般性を使い、正調な折り目正しさを感じさせる直球系です。
こちらも胃袋を狙う真っ正直な姿勢が感じられて好感が持てる。
2度ほど前を通りかかったのですが、
しかし食事時間から大きくはずれていたので、どうしても入りきれませんでした。
でも、残念さが心に残り続けている。
目線的な訴求力としては、正解にかなり近いのではないかと。

で、こういった食べ物系の目線的な訴求力、
最近は、地域特性がだんだんに失われつつあるのが、悲しい。
日本全国どこの町でも、
同じロゴタイプが氾濫している。
味覚や感じ方のような物の
日本全国コンビニ化というのは、できれば避けたいですよね。
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海のめぐみ再生

2012年05月27日 06時46分04秒 | Weblog





きのうは、朝早くから東北フォーラムの発表会と
午後からはバスを仕立てての石巻~三陸~名取市周辺と
被災地の現在状況、仮設住宅の状況視察など
見どころたっぷりの取材活動が出来ました。
とくに、JIA東北支部と東北フォーラムのはじめての交流だったのですが、
とくにフォーラム側のメンバーのみなさんから、
たいへん好感が沸き上がっていたのが印象的でした。
被災地の状況を取材し続けていて
今回の震災は、非常に「バラバラ」になってしまっている現代のニッポンという
社会的な弱点が浮き彫りになっていると感じています。
JIAにしろ、東北フォーラムにしろ
それぞれの目指すものは、東北の住まいをよくしたいという一点にあり、
そういった意味では同じ基盤なのですが、
交流とか、そういうプラットフォームがないことで、
それぞれバラバラの活動にならざるを得ない。
そういうことが、この1年間の活動の結果として、
問題点として見えてきて、逆に言えば、目指すべきものが明確になってきた、
そういった思いを強く持てた2日間でした。

さて、それはまた、ということで(笑)
わたし、海の産物、わかめとかめかぶとか、
三陸産の海産物は大好物であります。
いまだに髪の毛がふさふさとしているのは、こういった嗜好性が
大いに役立っているのではないかと密かに思っていますが
震災で、なかなか食べることが出来なくなってきていた。
しかし、ことしになって、ようやく出荷されるようになってきたようです。
写真上の「塩ワカメ」は、石巻市十三浜在住の建築家・佐々木文彦さんから
先日頂戴したもの。
氏の実家は漁師さんを営んでいたのですが、かれ自身は建築家を職業とした。
しかし、親戚関係はやはり漁業関係事業者だそうで、
ことし、ようやく出荷できるようになった旬のもの。
また、下の方はきのうの取材ツアーの途中で立ち寄った雄勝の
仮設店舗で購入させていただいたもの。
「まつも」は、海草の一種ですが、
ちょうど松の葉のようなやつでありまして、
味噌汁に入れて食べるとたいへんいい食感と味わいが楽しめる。
こちらも、ことし出荷できた新物なんだそうであります。
1袋840円という値付けでしたが、
土産に即、購入いたしました。
まだまだ復興への道のりの長さが厳しく伝わってくる状況ですが、
しかし、こういった明るさも徐々に見えてきているのは明らかです。
いま、わたしたち東北以外に住む人間に出来ることは
こうした動きに連帯して、
バラバラになっていく方向ではなく、
日本人として、ひとつになって行こうとする努力ではないのでしょうか?
昨日のお話の中で、やはり震災がれきの問題で
女川のがれきを東京都が100万トン処理してくれる、という話題が
誰とも言わず、問わず語りに好感を持って話が交わされていました。
やはり、東北地域のそういう気持ちを理解して欲しいと
願わずにはいられない気がします。
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歩きにほどよい距離感の街・仙台

2012年05月26日 05時06分20秒 | Weblog




きのうは住まいと環境東北フォーラムの年次総会に一日、出席。
この時期はいろいろな住宅関係団体の総会などが集中します。
来週には、広島で新住協の全国総会も開かれます。
しかし、こういった会合というのはパフォーマンスは高いものがある。
きのうの会合では、それこそ8割方は旧知のみなさんなので、
出張で来て、会おうと考えたら、1週間でも会いきれないくらいの数の人と、
いっぺんに顔を合わせることが出来る。
それも特定の目的のために集まっているのだから、
集中力も途切れることがないし、情報のレベルも高くなっていく。
いろいろ、依頼していることの進行具合の確認とかまで
ちゃっかり出来てしまうので、ありがたいことだと思っております。

なんですが、ふだんはクルマで行動することが多いのに、
こういった会合では、必然的に人の集まりやすい都市中心街が会場になる。
そうなんです、歩きが多くなるのです。
北海道にいると、ほとんど歩いて行動するということは少ないのですが、
本当にきのうは一日、歩き通しでした。
まずは、早朝の散歩で、約1時間。宿泊先の仙台駅東口側のホテルから
総会会場の「戦災復興記念館」まで、歩いて30分ほどを往復。
ゆっくりですが、それでも4km以上はあったと思います。
で、そのあとホテルで身繕いしてスタッフに送ってもらって会場に。
ちょっと早かったので、国分町周辺を徘徊。
とは言っても、朝ですので(笑)。
で、総会に出て、その後、昼食時には
「そうだ」と思い出していた、定禅寺通り沿いのおいしいそば屋さんへ。
会場からはちょっとあったのですが、
昼食休憩時間が結構たっぷりあったのですね。
この行き帰りでも2kmくらいはあったと思います。
で、午後の総会講演会報告会に出席。
懇親会にも出席させていただきまして、
さて、帰り道ですが、ここまで来たら(笑)
ということで、早朝と同じくらいの距離をホテルまで徒歩で貫徹。
時間にして40分くらい掛かったのですが、
ややアルコールも入っていて、ちょうどほどよく抜けていって気持ちいい。
まことに丸一日、楽しく散歩習慣が戻って来るきっかけになりました。
人間、やはり歩くリズム感っていうのは
健全な思考にもプラスになってくるように感じますね。
それと、歩く速度で見る街並みというのは、
ひとつひとつの小さな建築にも興味が向いてきて
ちょっと久しぶりの楽しみを思い起こさせてくれました。

さて、本日も2日目の総会で、
その後、フォーラムのチョイスによる震災状況視察バスツアーにも参加します。
いろいろ興味深い取材ができることを期待しています。
さぁ、今朝も散歩に行くぞ!

<写真は定禅寺通りケヤキ並木>
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友人たちの健康状況

2012年05月25日 09時01分42秒 | Weblog




最近、ごく親しい人たちの健康問題をよく耳にする。
年齢も60を超えてきて
やはり、カラダは正直にあれこれの注意信号を発しはじめているのだろう。
ある友人は、2年ほど前から、ふとしたきっかけで
薬害のような問題が出て、それから派生的にアキレス腱に問題が出て
ようやく復帰し始めたと思ったら
今度は検診か人間ドックだかで、ガンが発見され、
セカンドオピニオンも確認したけれど、
2軒目の病院では、すぐにも手術をしなければ、ということになって
幸い成功したけれど、けっこうな大手術で現在、入院療養している。
酒もたばこも楽しんでいたとはいえ、
バイクなどのアウトドアも活発に楽しんでいたので、
そういった落差の大きさに、聞いていて驚くばかり。
そうかと思えば、もうひとりは人生の半分以上ほども
耳鳴りを抱え続け、不眠が常態化してしまって、
さらに逆流性食道炎という症状も抱え続けてしまっている。
一度など、誤診だったけれど、悪性リンパ腫も疑われたこともあった。
そのときは、文字通り水杯を飲んで、
「なにか、思い残すことはないか」と語り合ったりもした。

まぁほんとうに、そういう会話が多くなってしまって、
60というのはやはり、
それを超えるか、超えないか、
人生の大きな関所のようなものなのかも知れないと思いが募る。
ひるがえって、自分自身の健康を大切に考えなければと
そんな話を聞く度に、こころに強く念を押している毎日といったところ。
出張で来た仙台で、やはり、ということで
早朝散歩に出てみた。
仕事は一生懸命に全力でやって、
それ以外は、ごく控えめに慎ましく坦々と、
日々、小さな気付きを楽しく発見していくような
そんな毎日を過ごしていきたいと思っていますが、
やはりなにより、こころは健康な体の上にこそ存在するもの。
少しずつ、ちょっとした動作の中に
老いを感じさせるようなことが多くなってくるものですね。
そういえば、先日はほとんど練習などしていなかったのに、
銀行さんのコンペで1位になってしまった(!)
あれは、神さまが「カラダを動かすといいことがあるぞ」と
教えてくれているのかも知れない。
毎年は年3~4回のゴルフ、ことしは回数をもっと増やそうかと
思っている次第。・・・がんばらなきゃなぁ!で、あります。
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書院という空間

2012年05月24日 05時19分07秒 | Weblog




写真は、先日行ってきた北海道最古の寺、有珠善光寺の
僧坊、書院の様子です。
書院というのは、輸入された知識体系である
仏教教説などを学ぶためのたっぷりと採光の確保された
日本的な教養的空間です。
日本人というのは、世界でも有数の狩猟採集文化である
縄文時代のなかで、つい2000年前までは
海洋性の狩猟である漁業と木の実の採集で豊かな文化を実らせていたけれど、
それ以降はひたすら、海外からの文化摂取に取り組んできた。
その嚆矢が稲作農業の受け入れであり、
その後、その農耕社会が必然的に持つ、文字体系の文化を
まるごと受容してきたのでしょう。
王朝国家の最北端出先機関・秋田城の木簡記録に、
息子が勉強しないことを嘆く地方官吏の愚痴が発見されていますが、
たぶん、1600年近くか、それ以上の長きにわたって、
わたしたちは、「勉強」を尊いものと考え続けてきたに相違ない。
この「書院」という建築装置も、
その住まい手の「立派さ」を引き立てる装置として機能し続けてきた。
たぶん、見栄の部分の方が大きかったと思われますが(笑)、
しかしその「見栄」にみんなが同意していたことは間違いない。
書院造り、という言葉がわたしたちの独特の建築文化として
伝えられ、残されているくらいなのです。

まぁ、今日、こういった空間装置は
一般的には西洋的書斎に置き換わっていて、
こういった書院は、和室の定型デザインとして残っているのでしょう。
書院というのに、そこで座って読み書きするひとは
あんまり見たことも聞いたこともない。
しかし、この写真のような空間を見ていると、
机テーブルに落ちる光彩のみずみずしさ、
木格子の規格的な障子のデザイン。
光をやわらかく受け止め拡散させている白い紙の障子と、
「読み書き」する精神の集中力喚起の装置としては
かなり理に叶っているのではないか。
そんな風に思われてなりません。
ここんところ、集中的に書くという営為を続けていることもあって、
建築として「集中力を高める」という機能性に興味が湧いてきています。

こういった残されてきた建築文化と
現代のわれわれの日常性との距離感というのは
やはりものすごいものがありますね。
当たり前のように思っていることですが、
でもやっぱり一度、この「距離感」について、
目を覚まして考えてみる必要性はあるのではないでしょうか。


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仮設住宅での「改善」要望

2012年05月23日 05時20分22秒 | Weblog





昨年の10月に厚生労働省の仮設住宅の住環境を検討する委員会で
出された資料が公表されています。
全体として900の仮設住宅団地からのアンケート結果がまとめられている。
そのなかのひとつの設問結果が表のようなものです。
現状の提供されている仮設住宅に対して
どのような「追加改善策」を行ったか、
言いかえれば、どういう不満が国の施策にはあるのか、が明瞭になっている。
5と7が分けられているけれど、
これは動機としては「家が寒い、暑い」ということの結果指標。
これをひとつと考えると、263ということになる。
順番も、設問に添ってまとめられたモノか、わかりにくくなっているので
以下、多い順番に並べていくと

1 寒さ暑さ対策 263 29.3%
2 風除室の設置 237 26.3%
3 玄関網戸の設置 223 24.8%
4 手すりスロープ設置 218 24.2%
5 外壁への緑のカーテン 101 11.2%

というような状況になっている。
見てみると、2~5というのはいかにも「追加工事」的な部分。
建築的には後付けであっても、対応可能なものばかり。
それに対して、寒さ暑さ対策というのは、
ごく建築的なことがらであって、
制度として、準備段階で対応すべきことがらだと思います。
「断熱材の追加」というのは、一体どういう風にやったのか、
それ自体も検証しなければなりません。
北海道の経験で言えば、断熱材を外側から張り付けても
相当に考えられた工法と手法を開発しなければ
意味のある効果は得られにくいと思われます。
こういった工事は「応急的」に対応すべきものではなく、
建設システムの検証の段階から考え抜いていかなければならない問題。
窓の2重ガラス化というのも、
内窓を新たに入れたということであればある程度、理解は出来るけれど、
ちょっと、どんなことが行われていたのか、気になるところです。

さて、こんな内容も含めた「記事執筆作業」
ようやく出口が見えてきた状況であります。
毎日、朝早く、って2時とかだから朝じゃないですね(笑)
起床してパソコンに向かって根を詰めた作業が続いています。
だんだん小鳥たちのさえずりの開始時間が早まってきていますね。
夏至に向かってまっしぐらという今日この頃を
強く感じ続けております。
この時期、北海道はやはり天国に一番近い島であるのかも知れません。



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住宅設備の進化スピード

2012年05月22日 05時04分54秒 | Weblog





写真は、先日取り上げた「龍雲閣」のお風呂であります。
明治42年に北海道に建てられた皇室ゆかりの宿泊施設の「アメニティ」です。
まぁ今から大体100年以上は以前の建築であり、
当時の最高水準の水回りのレベルとはこういったものだったのですね。
古代ローマでは、現在の公衆温泉とほぼ同程度から
場合によってはそれ以上の豪華さと、快適性が確保された「公衆浴場」が
各都市に完備していたということだそうですが、
日本では、湯に入るという習慣は仏教の伝道手段として
施されるかたちで入ってきたと言われています。
しかし、個人の住宅レベルでは浴室設備をもった住宅というのは稀有の存在だった。
つい最近、たかだか50~60年くらいで
現在のような「家風呂」が当たり前の社会が実現してしまったのですね。
こちらの写真は、洗面であります。



見学していたとき、
まわりのみなさんから「こりゃぁ、ウチの風呂や洗面のほうがいいわ」
っていうごく自然な発言が聞かれました(笑)。
まぁ、当然なんですが、住宅設備の進化スピードって
どうしてまた、ここまで早まったのか?
っていうような疑問も湧いてきますね。
福島原発事故以来、エネルギー問題が話題になり続け、
倉本聰さんなどから、エネルギーを抑制した社会に暮らす覚悟を持たなければ、
といった意見も出てきているわけですが、
ひとの歴史として、いったん快適を知って、それを理性的に放棄する
なんていうことは実現可能なのかどうか、疑問に思います。
それがあり得るとすれば、全的な破綻しかないのではないか。
古代ローマ市民は一度、快適性のひとつの到達点まで行ったのでしょうが、
それが放棄されたのは、帝国国家が破綻し、
そのような社会インフラが維持できなくなったからなんだと思うのです。
言いかえれば、破綻するまで人間は快適を放棄できないのではないか。

しかし、人類は20万年以上の生存期間に対して
農耕社会を開始してからのここ5000年くらいの快楽欲求スピード
というものは、やはり異常なのでしょうか?
農耕が開始されてからはじめて「文字」を得て、
食料の生産コントロールも可能になると同時に大量の人口も維持でき、
さらに「知的蓄積」も可能になって、
科学文化が進化スピードを速めていっている。
こういった流れを「止める・停止する」というようなことが
本当に人類に可能なんだろうか?
ほんの百年前の、それこそ王侯貴族が感受した最高レベルの「快適性」と
今日のごく一般的な快適性との彼我の差に
そんな思いを抱かされた次第です。
みなさん、いかが思われるでしょうか?


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