性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

【中世商都市「草戸千軒」 曲がり材住宅群】

2018年08月31日 09時25分56秒 | Weblog


写真は6年前に探訪する機会があった、草戸千軒遺跡の復元住宅。
広島県福山市にある博物館に展示されている。
住宅取材を基本的な行動様式として見続けてくると、
必然的に人間の暮らしようとか、感受性の推移とかを知りたくなり、
古建築、古民家というようなものに興味が向かっていく。
普段から空間を取材してくると、時間を超えて「聞き取り」たくなってくる。

この草戸千軒、というのは、鎌倉から室町にかけて栄えた集落。
瀬戸内海の芦田川河口の港町として栄えた。遺跡の発掘調査から、
時期によって町の規模は変遷しているが草戸千軒町は近隣にあった
長和荘などの荘園や地頭、杉原氏や備後国人で一帯の領主であった
渡辺氏の保護の元、他の地方との物流の交流拠点として繁栄しており、
数多くの商工業者がいたと見られ、遠くは朝鮮半島や
中国大陸とも交易していたとみられている。〜以上、Wikipediaの記述。
瀬戸内海に面した河口で、周辺地域から物資が集まってきて
海からは他地域、遠くアジア地域からの物資も届く。
交易ということにほぼ専業化した人々の暮らしようがあったのだと思う。
なんとか千軒という呼称はこの瀬戸内海地域ではよく付けられる地名。
たくさん家があるというような意味合いなのだろうと思われる。
今日の都市のように多くの家々が立ち並び、人口が膾炙した。
復元された住宅群には、商家・小工業者・職人などの暮らし痕跡が刻印されている。
こういった職業階層から、有力資本家や交易業者が出現し、
江戸期には大阪を中心とした資本蓄積に至り、
やがて明治の革命のスポンサーになっていく。

住宅を見ていて気付くのは、構造材には曲がり材が随所に使われていること。
ほとんどまっすぐな材は見掛けない。
土台くらいしか、まっすぐなままという木材はほとんどなかった。
常識的に考えれば、こういう曲がり材は、価格的に合理性があったに違いないと
そんな理由がアタマに浮かんでくる。
木舞と土塗り壁という技術は、こういう曲がり材でも家が作れるようにするために
その補強的な意味合いから発達したようにも思う。
復元の工事にあたって、現代の職人さんたちは苦労したに違いない。
出来上がっている空間には、まことに融通無碍という印象が漂っていて、
なんとも独特の自由な空気感が流れている。
素材に合わせていくタイプの技術が育っていっただろうと想像も膨らむ。
わが家のご先祖さまもこういう都市の空気のなかから
生き延びてきたと伝承されています。こういう空気、なんか楽しい(笑)。
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【WEBで知る「この花の名は?」 ネムノキ】

2018年08月30日 07時36分29秒 | Weblog


一昨日、外出してクルマで札幌市内から郊外へ向かったとき、
道端に果樹園農家の路面店があった。
で、北海道ではあんまりみかけないキレイな花を付けた木が目に付いた。
とっさに「あ、ハナミズキ」と思ってクルマを停めてみた。
悪いので、一応プラムを購入してから、花の名を尋ねて確認してみた。
「あのこれ、ハナミズキですよね?」
とはいっても、自慢ではないけれど詳しいわけではもちろんない(笑)。
ただ、北海道ではほとんどハナミズキを見ることがなく、
多数派はヤマボウシ。在来種はヤマボウシでハナミズキは大正期以降の外来種。
というような知識はなぜか、持っている。
ヤマボウシは白い花が基本でときどきピンクの花弁個体もある程度。
人間の記憶というのはあいまいなもので、
外観的印象、色合い、雰囲気くらいしか木花のことを憶えていない。
北海道ではほとんど見ない木花なので、
本州地域に行ったときには、その印象が強烈に残る。
ハナミズキ、というなんとも語感のいい名前も美しくこころにリフレインする。
で、そういう心理に珍しきものを見たという興奮が湧き上がってくるのです。
こういう心理は本州のみなさんには理解出来ないでしょうね(笑)。

で、お店の方もほとんどの方は毎日見ているハズのこの木の名を
知らなかった(泣)。重ねて「ハナミズキですよね?」と問うても明瞭な答は返ってこない。
で、女性の方は奥の方で作業していた男性に聞いてくれて、ようやく、
「ネムノキです、これは」と答えていただけた。
おお、であります。ハナミズキも北海道では珍しいけれど、
この「ネムノキ」というのも、ほとんど見掛けることがない。
あとで調べたら熱帯原産でそのなかでは一番耐寒性が高い植物とか。
やはり印象的な風姿なので、写真に撮らせてもらって、
帰り道途中ではクルマの中で「ネムノキ、ネムノキ」とつぶやきながら帰った。
ちゃんとメモを取るなり、iPhoneに記憶させるなりすればよかった・・・。
で、クルマで15分ほどの道のりを帰着したけれど、
あっと、気付いたときにはこの木花の名前を思い出せなくなっていた(泣)。
健忘症なのか、認知が進んできたのか、ダメであります。
ということで、ここでようやくWEBを思いついて
こういう状態になった心理そのまま「この花の名は?」と検索してみた。
一発で、そういうサイトが見つかった(笑)。
健忘症ばかりではなく、そういう人が多いだろうことを身をもって知る。
で、写真をアップして、教えてもらうのを待つこと30分。
「ネムノキですね」という簡潔なお答え。
行間に、こんな木の名前も知らないの?みたいな底意を感じたのは
わたしの劣等意識のせいでしょうか?
年を重ねてきて、植物の名をはじめて知る体験って、
たいへんありがたいことだと深く感謝しております。ふ〜む、美しい。
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【手業にこだわる左官業者の住宅建築】

2018年08月29日 07時20分32秒 | Weblog



先日の住宅見学、アース21旭川例会からのもの。
この住宅は本業が左官業であるプラスター高野さんが建設も手掛けた住宅。
写真のように随所に職人仕事が目立っておりました。

左官業という職種はいまの住宅建築では
だんだんとその領域が狭くなってきている分野だと思います。
外壁仕上げはいまや基本的にはサイディングに替わってきていて、
一世を風靡した「モルタル」仕上げは激減した。
また、室内の壁仕上げも基本はクロス仕上げになっている。
お風呂もほとんどがユニットバスになって、タイル風呂はまったく見られなくなった。
本州西部地域などでは、本格的な竹小舞+土塗り壁という需要が
まだまだ生き残っていますが、現代的な家づくりでは仕事が減っている。
そういった業界全体の風潮の中で、
それも高断熱高気密住宅の最発展地域である北海道旭川地区で
職人仕事を復興すべく、最先端技術のなかで頑張っているのが高野さん。
モルタル壁の復興や、室内仕上げでも塗り壁仕上げが、
旭川でも最先端の高断熱住宅でこそむしろ増えてきている。
そういう職人仕事が生き残っていくために、努力されていると思います。
旧来型の職種として、殻に閉じこもるのではなく、
むしろ積極的に業界進化の過程の先端に参画し、その胎動の中で
自らの事業領域発展の方向を発見しようという姿勢には共感できます。
本州の伝統職人さんたちが既存の技術伝承世界の中だけに閉じこもって
革新を拒む姿勢をとっているなかで、住宅技術革新が必然である寒冷地域で
発展の方向で自分自身も革新しようという姿勢は正しいと思います。

今回の住宅では、写真のような手業をみることができた。
一見、タイル仕上げの上から塗装したのかと思った台所の壁面。
こちらでは、塗り壁に目地を型押しして変化を作ったということ。
どうしても平滑でのっぺらぼうになりやすいクロス仕上げのなかで、
こういう手業の平面が、そこに暮らす人にどのように精神的投影を与えるか、
たとえば微妙な凹凸感が、そこにあたる光を屈折させたり変化をつくることで
繊細な気付きを与えるきっかけになっていくと思う。
同様に、外壁のコーナー部分にも手業でしか作れない陰影、凹凸感を
造作していた。
たぶん長い年月を経ると、そこに時間がいろいろな変化を加える。
その光景が、住み暮らす周辺のひとに独特の印象をもたらす。
さらに、室内の階段コーナー柱にも、手業での土塗りを施している。
たぶん相当に手での接触頻度が高い部位で、
ざらついた質感をもたらすに違いない手ざわりを感じて欲しい、
そんな作り手の思いをそこに感じさせられました。
毎日の接触痕跡が、やがて家族の記憶に潜在していく、
そんなイメージを持った次第です。
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【家族への主婦目線を軸にした家】

2018年08月28日 07時15分13秒 | Weblog



アース21旭川例会見学の住宅事例から、こちらは創樹さんの建てた家。
きのうは、人口減少期型の平屋・大空間・個室減タイプでした。
平成のニッポンでは女性の社会参加が促進され、たぶん、
専業主婦を強く意識した家づくりというのは、少なくなっているかもしれない。
いわゆる「奥さん」というコトバはどうも実態とそぐわなくなっている。
2016年の女性(15~64歳)の就業率は前年比1.4ポイント上昇の66.0%となり、
1968年の調査開始以来、過去最高を更新した。
その上、いわゆる地域偏差もあり、北海道のような地域では
この傾向はもっと強いかも知れないと実感しています。
とくに家を新築するという世代に関して言えば、
多数派がそういう「共働き」になっていることは想像に難くない。
「サザエさん」が視聴率的に苦戦が顕著になってきたことは、
いまの時代の現実の家庭の姿と乖離してきたということかも。
で、住宅の間取り的にも、省家事型の間取りが優勢ではないでしょうか?

そんななかで、いわゆる対極的な「家族関係保守」タイプもある。
むしろたいへん新鮮なものをそこに感じていた次第です。
こちらの家では、玄関が多目的的に広く取られている。
さらに2階の個室群に上がっていく階段がそこにいきなり設置されている。
2階は家族分の各個室が4つあって、個人主義的間取り。
しかし、この階段玄関(?)はスケルトンで家族の帰りを迎える
「母・主婦の視線の抜け」がしっかりと軸線になっている。
階段・玄関に面してスチール格子が装置され、そこにはガラスも嵌められていない。
その位置は「家事コーナー」になっていて、奥さまのパソコンなどもある。
たぶん普段の彼女の中心的「居場所」だと想像できる。
で、そこから奥に向かってキッチン・ダイニングが配置されている。
帰ってきた子どもさんやご主人は、そういう奥さんの目線で出迎えられて
まっすぐに「食の空間」に導かれていくようです。
この間には建具とかは一切ないので、たとえばその日の晩ごはんの
メイン料理がなんであるかもその匂いで伝わってくる仕掛け。
「ただいま〜、あ〜お腹空いた〜」
「おかえり〜」
「あ、きょうはカレーなんだね?」
みたいな会話が想像できる家族関係が「くらしデザイン」されている。
こういう家庭をしっかりと維持したいという意志をそこに感じます。
もちろんこういうライフデザインは、高断熱高気密で
家中が同じ温熱環境が自然に実現されているからこそ、でもあります。

久しぶりにこういう間取り設計の家を見たという感覚。
考えてみれば多数派2/3が「共働き」になったとしても、
現状でも1/3はこういったライフスタイルが維持されている家庭もある。
まことに多様性のある社会になって来ているということ。
こういう社会では、プロトタイプ的「中央値」志向は難しさが伴いますね。
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【平屋+大空間・個室減 「人口減少期型」間取り】

2018年08月27日 06時29分26秒 | Weblog


写真は先日の旭川地域での住宅事例・芦野組さんの施工物件から。
今回の見学では、間取り的に対照的な事例が見られていた。
ひとつはこの家が典型的ですが、平屋で間取り的には個室数が少なく、
主要居室である居間・台所・食堂が大空間志向の家が多いタイプ。
注文住宅の最近の間取りの主要な傾向をそのまま表現している。
一方でモデルハウス的な住宅事例では、2階建てで
2階に個室群をたくさん配置してあるという従来型が多数派。
まぁ、どちらかといえばファミリー層を想定した間取りということが鮮明。
この2つの傾向が両極化という様相でいま、家づくりがあると感じます。

考えてみればいまの日本の「家族」のカタチが
そのまま間取り選択の傾向を反映しているということでしょうね。
団塊ジュニア世代までの家づくりがほぼ終焉してきて、
戸建て注文住宅を依頼する層が2極化していることが、
こういう結果になってきているということでしょう。
9月発売のReplan北海道の特集も「平屋の間取り」特集ですが、
より特徴的な注文住宅の傾向として、表題のような志向が顕著。
平屋が大きな流れとして顕在化してきた7−8年前くらいから、
小家族化傾向が顕著になってきていた。
また、子どもが2人いたとしても、そのためにわざわざ個室を持たせることに
懐疑的な考え方が増えてきていると実感します。
それは高齢化とも関連していて、個室が必要な子育て期間は
たかだか10年程度であり、むしろ子育て後は使われない個室が
ただただ物置になっていくことに否定的なひとが増えてきた傾向がある。
大体50-60代で子育て期間が終わり、高齢化で子育て後の人生が
そこから先、人生が80-90年と伸びるようになり、
そういう20-30年の居住環境として、平屋環境の方がより永続的だと
考えられるようになって来たことが大きい。
そういった心理の背中を押すように、子育て期でも個室では勉強に集中できず、
むしろ「成績のいい子」にはリビングの一隅といった環境の方が適合している
という社会的教育効果アナウンスが行き届き始めた。
(これが真実かどうか、都市伝説かも知れないけれど。)
こういう変化はしかし、大手メーカーなどの大多数向け間取りとしての
「モデルハウス」的な作りようではメジャーにはなりえない。
一般的多数派対応のそれらではこれまで同様の「無難な間取り」として
個室群をそなえたモデルハウスが建てられる傾向にある。
建て売り的な作り方と、注文住宅的作り方の大きな傾向分化でしょうか。
こういう傾向は既存住宅流通でのニーズとウオンツの
ミスマッチ的なことにも繋がっていく可能性が高いですね。要注目。
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【現代技術と伝統建築。熊本城復興工事2年】

2018年08月26日 12時59分39秒 | Weblog
1年前ということが信じられないくらい過去のような気がするのですが、
昨年8月には九州、熊本に取材ツアーで行っていました。
日本建築学会・前会長の吉野博先生に同行させていただいて、
貴重な復元工事の視察機会を得た次第。
まだ、熊本城は被災からの復興途上にあり、
観光などにも公開はされていないだろうと思いますが、
きのう、なぜか娘から突然SNSで熊本城の写真が送られてきた。
「あれ、急に熊本にでも行ったのか・・・ありえねぇ」
と思っていたら、友人関係からのリツイート拡散のようで、
誰からの情報なのかもわからない様子でした。
インターネットで調べたら、「見せる復興」ということで
熊本城はその復元工事状況を一部は公開しているようですね。
しかし念のため、写真については案内地図のみにしておきます。

熊本城は広大な面積を誇っていて、約98ヘクタール(約98万m2)、
周囲は約5.3kmという巨大城郭であります。
この面積全体で2016年の地震では地盤面が20cm沈下したのだという。
なので、石垣などの崩壊が各所で発生しており、
いわゆる「復元」は完全には不可能だろうと言われています。
復元工事の担当者から聞いた情報では、
第一、どの時点へのカムバックが完全復元であるか、
その措定自体が気の遠くなるような作業になるし、そこから実際に復元工事するには
大土木工事が避けられず、予算なども考えれば不可能。
・・・というような説明を受けてから1年。
出回っている写真では、メカメカ風のトランスフォームをイメージさせる。
なんかゴジラがメカゴジラになったみたいな(笑)。
それともこれから変身して動き回るぞ、みたいな妄想も起こってくる(笑)。
世界に冠たる地震大国にして歴史蓄積も多く、
一方で近代化現代化工業技術においても世界最先端技術を持つ
ニッポンでしか現出しないような光景でした。
こういう建築を可能な限りに厳密なカタチで復元させようというメンタリティも
日本社会らしい営為であるのかも知れない。
そういえば、東日本大震災の津波で完全に近く破壊された陸前高田で
周辺の山を切り崩して長大なベルトコンベアで土砂を
旧市街地地区に輸送させる巨大装置を目のあたりにしましたが、
それこそハリウッドあたりのSFものの画像ネタとしても秀逸ではと感じていました。
そういう意味では、逆転の発想ですが、
やはりこういった現代技術と伝統建築というような対比の意味で
可能な範囲では、公開していくという姿勢が正解なのではないかと思います。
札幌でも冬期間の「除雪風景」〜大型除雪ブルによる集中排雪作業が、
アジア圏からの観光客に話題騒然だということも知られている。
時空超越の不思議の国ニッポンに萌えるという部分があるんでしょうね(笑)。
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【日ハム、ドラフトで金足農・吉田君指名?】

2018年08月25日 14時00分55秒 | Weblog
本日は休日モードにつき、住宅ネタはお休み、あしからず。
日本中を興奮の渦に巻き込んだ甲子園決勝から数日。
秋田の方からは「金農ロス」というコトバも伝わってきていますね。
日本人的メンタルには、あの負け方もいわゆる判官びいき感情を刺激したのか?
「たったひとりで予選から全試合投げ抜いた」
「メンバーも9人だけで戦ってきた」
「公立校として、十分なバックアップ戦力確保は難しい」
などなど、こういうハンディキャップ要素にこれでもかとスポットを当てる。
いかにも日本人はこういうのが好きなんだなぁと、我ながら納得する。
写真は、わたし的にとにかくしびれた2ランスクイズ成功の瞬間、
サヨナラのホームを陥れた歓喜のガッツポーズ(産経WEBから)。
プロとはまったく違う高校野球らしいスリル、大興奮を呼んでくれた。

エースの吉田君はこれからの進路について、
どうやらまだまったく考えていなかったようで、
スポーツジャーナリズムからの質問で
「もし巨人から指名されたら・・・」みたいに誘導されて
「メッチャうれしいです!」と言ってしまったとされている(笑)。
予想を大きく上回る甲子園での大活躍で、自分自身でも信じられない注目度、
しかもまだそのことに慣れていない様子が見られますね。
そういった部分も、野球ファンにはたまらないウブさ。
で、人気商売のプロ野球球団は、こういうのを見逃しはしない。
わが北海道日本ハムファイターズ、さっそくスポーツ紙にアナウンスした。
金農・吉田君に超Aのグリグリマークを付けていく、という宣言。
わがチームはこういうことについては、まったく抜け目がない。
その年の最高の選手と信じた人材にまっすぐに向かっていくのが基本姿勢。
実力と人気の両面で、爆発的潜在力があると認定したようです。
まだどこの球団からも反応が出ていない段階で、
大向こう相手にさっそく目立つアクションを起こしたと言えますね。
プロ野球なんだから、こういうパフォーマンスはきわめて大切。
少なくとも吉田君には「あの、日ハムが」というように刷り込まれたと想像する。
そうなればダルビッシュ、大谷などの育成の成功例が想起され、
どんどん他球団を引き離して球団イメージがかれのなかに沈殿していく。
とりあえずのアクションとしては、十分に手応えを持てる動きでしたね。

わが北海道日本ハムファイターズの経営的戦い方には、
地元ファンとしてありがたいと同時に、北海道と名を冠する企業の中で
もっとも戦略的だと感じられ、非常に心強い思いを持っています。
(まごまごしているうちにその企業にホームタウンから逃げられた札幌市にはトホホ。)
人気ビジネスにおいて、こういう日本人のハートのありかをとらえる
抜け目の無さに、大いに賛同しております(笑)。
北に来い、吉田君! がんばれ、北海道日本ハムファイターズ! 
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【人口減少社会を直撃する「解体費」負担増】

2018年08月24日 07時25分03秒 | Weblog


きのう書いたブログについて、いろいろな反応をいただきました。
最後はFacebookへの投稿が消失したりまでした(笑)。
なんか、バグのようで夕方5時くらいから本日未明くらいまで閲覧できなかった。
けさ、チェックしたらふたたび閲覧できるようになっていました。
どうも最近、Facebookの運用が不安定のようですね。
ま、それは別として、人口密集地あるいは、過去の集積地に
残っている「空き家」と、その再生活用にあたっての困難のことです。

ご存知のように、日本人人口はこれから減少が急激になっていく。
これ自体は少子化の趨勢に歯止めが掛からない限り、
厳然たる事実として受け止めていかなければならない。
そうすると、経済規模が縮小していくことも受け入れなければならないのか、
ということになるわけですが、第2次安倍政権になって、アベノミクスという
経済拡大路線が打ち出され、その結果は株価や景気の上昇とか、
若年層の雇用の拡大などが生み出されてきている。明るくはなってきた。
しかし、そうではあるけれど少子化にブレーキまでは掛かっていない。
拡大する経済の結果、雇用で人手不足が進行して、いま現在の
外国人労働力は昨年末で127万人にまで拡大してきている。
という状況の中で、わたしたちは住宅業界にいて、
その条件下で将来展望なり、投資的活動を行っていかなければならない。
やはり将来悲観的にただただシュリンクしていくと考えるのか、
そうではなく、日本国内での国際化の方向で打開策を考えるのか
見方は分かれざるを得ないでしょう。
しかし、経済の基本を考えれば繁栄する社会が座して死を待つとは思えない。
社会資産としての住宅ストックについて、
それを維持し続けていくのか、更新していくのかについて、
その手法や、コスト検討はどちらであっても行っていかなければならないし、
社会としても、そこから打開策も見いだせるかも知れない。

そんな興味で、既存住宅を中古購入して建て主自ら解体を行ったという
そういう行動力に激しく反応してしまった。
で、施工に当たった藤井光雄工務店さんに「解体費外注の場合の見積もり」を
問い合わせたところ、上の2番目の写真のようなデータが寄せられた。
施主さんもこの金額を見て「たっけー、これなら自分でやる!」となったのでしょう。
On the AIRで消えてしまう費用にこんなに掛かるのであれば、
自分の労力提供でコストダウンできるならそうしたいと考えるひとは多い。
建設の側にしても、別にこのことでは利益はない。
むしろ人手不足時代に、消えてしまうコストは掛けたくない。当然。
もっといえば、こういった費用負担が社会資産としての都市環境維持には
総体としてコストが掛かっていくのだと考えると、
未来によりよい居住環境を残すために、みんなで考えるべきテーマ。
この解体費の増加には、現代の「ゴミ問題」が大きい。
きれいに「分別解体」しなければならないのでコストは増加せざるを得ない。
しかし、ゴミになるものを作った元々の世代はこのコストは負担していない。
これからの世代が、過去世代の尻ぬぐいをさせられているように思える。
そういった理不尽さが、このコストには感じられてならない。
現代の空き家問題もこの問題が大きい。
解体するにもコストが掛かって、それを現在所有者が負担しなければならない。
それならば、先延ばししたくなるのもよくわかる。
しかし、旧来の交通体系に寄生的に成立し衰退したシャッター街など、
この問題はきわめて深刻な問題になってきている。
さてこのテーマに三方一両得、というような回答はあり得ないのでしょうか?
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【最北旭川、好立地中古⇒300mm断熱リノベ】

2018年08月23日 10時11分39秒 | Weblog




きのうは地域工務店の全道グループ・アース21の旭川住宅見学会。
朝一番札幌を出発しての参加です。
旭川の住宅事例は毎回、みどころの多い事例が多くて、
楽しみにしている見学会です。

1軒目に訪れたのがこちらのリノベ事例。
リノベ事例なのですが、この家は中古住宅として購入して
それから構造材まで還元してから、最新の住宅技術で再建築した事例。
北海道ではこういった中古再生手法を制度的にも「北海道R住宅」として
制度設計までしてきた経緯がありますが、
確実にユーザーの住宅取得方法の一つとして認知が進んできている。
こちらの建て主さんは、家具作家の方で旭川の高速インターからもほど近く、
交通の便が良くてしかも3方向が緑の環境に囲まれている
すばらしい眺望環境が得られることから購入された。
中古住宅としてはいかにも古いデザインで熱環境的にもよくない物件。
それを骨組み構造まで完全に還元した上で、
いまの旭川での最先端的な断熱仕様、300mm断熱でしっかり性能確保し、
さらにデザインは、外装総板張りという自然派の風合いで仕上げた。
施工は家づくりの志向で共感を得られた藤井工務店です。
コストカットのために、手に入れた住宅の構造材までの還元について
自分で頑張ってやったということ(!)。
住宅リノベの場合、既存構造との対話という側面が大きな制約になるし、
また「住みながら改造」するのでは、そもそもコスト要因が複雑になりすぎる。
こういった構造材還元は、まことに合理的ですが、
なにを残して、なにを還元するか、判断も大きな問題。
それを家具作家としての自分のスキルの一端も活かして
自己責任と自己判断でおこなって作り手に渡すというのは、合理的な選択。
やや傾斜地に立地しているので、一部に地下室なども出来ました。
まだ足場の掛かっている状態でしたが、
重厚な300mm断熱・板張りの外観が背景の環境と調和してみごと。
構造材を活かしながらなのですが、外観的にもすっきりと整理されて、
長期的な資産としての風合いが漂ってきます。
旭川地域ではこうした300mm断熱住宅が積層するにつれて、
地域の中で最上位の品質物件としてユーザーに浸透してきている。
単純に窓周りを見るだけで、ユーザーにもその品質レベルの高さが
視認できるということは非常に大きいと思います。
性能とデザイン、という住宅のわかりやすい訴求として地域の作り手たちが
取り組んできたことが、大きな市民権を持ってきていると感じます。
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【感激は現場感覚 甲子園にかかった虹】

2018年08月22日 05時49分37秒 | Weblog


「甲子園球場って大阪だもね?地元高が優勝だと甲子園球場の盛り上がりも
すごそうやな~~~😊😊😊」
「ところがどっこい甲子園では大阪桐蔭完全アウェーだった」

ニッポン人なら夏の最後を告げてくれる
甲子園大会のことが気に掛かりますよね。
息子の帰省中はいっしょに良く観戦していました。
息子は大学の友人たちと、甲子園大会の決勝戦をナマ観戦したいと
今週日曜日には札幌を離れて関西へ行った。
で、決勝戦前日から甲子園球場に寝袋持参でか、チケット購入に並んでいた。
若者らしい夏休み、まことにうらやましいけれど、そういうのが特権ですね。
若い人たちはやはり現場でものを体験することが必要でしょう。
先日までは北海道をキャンプで歩きまわって、朝晩の寒さを体験したし、
なんと、シカと遭遇してクルマと接触したりもしたそうです(!)。
そんな仲間たちと、甲子園決勝を観戦したいというのは、
すばらしいことだと思います。

でも、イマドキは、こういう現場での感激が、
ツイッターなどで共有することが出来る。
息子は日ハム観戦経験が豊富なので、野球知識蓄積は持っている。
今大会を見ながら、「やっぱ、大阪桐蔭はひとつ抜けている」と
通ぶった解説をしてくれていた。
父はそういう解説を「そうだろうなぁ」と相づち打ちながら、
しかし、その戦いぶりに激しく共感を覚えた金足農高に
どんどんとシンパシーが深まっていった。
準々決勝第4試合で最終回9回裏、満塁からのツーランスクイズには
「おお、これこそ高校野球らしい戦いだ!」と感激が突き抜けてしまった。
公立高校で決勝戦当日は2学期開始にもあたるけど、
まさかの出場で全校たいへんな盛り上がりで授業を繰り下げたとか、
応援団を含めた滞在費が底をついて、OBたちがカンパを呼びかけたとか、
それに全国から支援が殺到しているとか、
わたしが感じていた共感力にしびれた人の輪が広がった。
高校野球が持っているこういったグランド外での「熱さ」に
現実の試合がからみあって、現場での空気が想像できるように感じていた。

金足農高の球児のみなさん、
あなたたちの戦いは素晴らしかったと思います。
もちろん勝った大阪桐蔭の実力はまことに素晴らしかった。
しかし、今大会の主役はまちがいなく金足農高の戦い方だったと思う。
甲子園には戦い終わって虹が架かっていたという。
「虹、ええなぁ・・・」
現場でこんな空気を吸えた息子たちを、祝福してやりたい。
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