性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

【わたしの「履歴書」動画、本日からWEB公開】

2016年11月30日 07時48分55秒 | Weblog
本日は、タイトルのようなことがありましたので、
その動画公開まで、ブログの更新を待っておりました。
なので普段からはやや時間が遅れておりました。申し訳ありません。
ということで、先般来、うるさいなぁと思われながら(笑)、
J-comさんの策略に乗せられて、自分が出る番組の情報拡散に
一生懸命に取り組んできておりますが、
ついに本日からWEBで公開されました。アドレスはこちらです。

札幌人図鑑・リプラン編集長/三木奎吾

この上のリンクは、You-TUBEに直接飛びますが、
札幌人図鑑HPの方では、毎日更新で公開されていくので、
きょうは一番トップにありますが、明日以降は徐々に順番が下がっていく。
そのなかで、右上「11月30日」という日付で探してみてください。
テーマソングを憶えるのが大変でした、ふ〜〜(笑)。

で、こういった動画は、考えてみるといい自己紹介になるということで、
昨晩、動画編集ソフトを自分ではじめてさわって作って見てみました。
まぁ、著作権とかの問題があると思うので、公開は控えますが、
最近は動画がビジネス的にも焦点があたってきています。
Apple社のiMovieというソフトでですが、
まぁなんとか、アタッチしてそれをきちんと保存まではできた次第です。
やってみるとなかなか直感的に扱えるものなので、
これから、自分で撮影した動画や写真をムービー化させたものとか、
そういった情報加工で、住宅をもうちょっと直感的に伝える工夫をしたい。
そのスキルをちょっぴり身に付けるという意味でも、いい刺激でした。
で、公開された番組動画をダウンロードしてくれるサービスもある。
それを自分のYouTUBEページに保存しておくと、
遠距離の人に自分のプロフィルをお届けすることが、簡単にできる。
これからは、自分のメールにそのページへのリンクを張っておけば、
遠距離の人に、フレンドリーにコミュニケーション可能かと。
住宅の情報についても、動画へのスキルが高まると、
いろいろに表現の幅が広がっていくと思われます。

ことしはわが社でも、WEBの方の仕事の伸びが大きくなって来ています。
住宅の情報について、とくに「注文住宅」というのは、
マニュアル化では解決できない、感受性要素が非常に大きい。
「より深い」情報伝達が必要不可欠なのだと思います。
そういう意味で、専門的深掘りメディアの雑誌企業がWEB制作には適している。
雑誌が豊富に蓄積している情報力が、住宅企業のオウンドメディア、
HPとかSNSページ制作などで、大いに役立つという認識が広がってきている。
そういった流れの中で、こういう動画にも、可能性があると思います。
たまたまの機会でしたが、今後に活かしていきたいと思っています。
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【企業マシン管理者のため息 Macのお葬式】

2016年11月29日 05時59分24秒 | Weblog
当社はDTPでの出版関連企業なので、パソコン、それもMacが多い。
その管理については主にわたしも含めた2名で対応しています。
もう一人の方は、どっちかというと会社全体のネットワーク環境を管理していて
Mac自体についてはわたしの方がより専門的。
スタッフは常勤18名に対して、Macは全部で30台弱くらいはある。
その他にPCも5台くらいはある。
ネットワーク環境での仕事なので、いろいろな役割を果たしている。
普段働いてくれている間は、最近のOS環境は安定しているので、
ほとんどトラブルらしいトラブルはなくなった。
考えてみれば、MacのApple社が成長していった最大のポイントは
OSにモダンOSのOS-X(オーエステン)が採用されて、
MicrosoftのWindowsよりも安定性が高まったことが大きかったように思う。
それ以前のMac-OSの頃と言えば、頻発する「爆弾騒ぎ」で、
管理者としては心の安まる暇がなかった。ああ、なつかしい(笑)。
まぁ、Apple社企業業績としてはiPhoneの成功が最大要素だろうけれど、
その技術ベースを提供したのは、Macでの成功だった。

で、久しぶりにスタッフからのSOS。
聞けば、ノート型のマシンで「液晶が半分くらいブラックアウトしてます」。
ということで用意している代替のMacにデータ環境を入れ替えさせて、
半分黒死しているヤツをどうしようかと考えた。
わたしどもは情報産業に属する企業形態でしょうが、
その環境の中では、こういったパソコンは生産ラインネットワークの
重要なワンピースとしてはたらくものだと言えます。
これくらい多数のマシンがあると、スペアとしてのバックアッパーも必要。
2008年製だから、いまは8年というそろそろ寿命かというヤツでしたが、
液晶が悪いだけなら、ということで交換修理を依頼した。
「大体、4万円くらい掛かりますよ」とのことでした。
たぶん、中古で買った方がまだ安いかもと思いつつ、修理依頼。
そうしたら、数日後「着手前にチェック中、全面的に黒死」との知らせ。
液晶交換の前にロジックボードをチェックしていて、
そこに腐食箇所が発見されて、局所洗浄チェックしたら、逝ってしまった。
起動はするけれど、画面は真っ黒なまま。おシャカ減価償却。
であればやむを得ない。修理は中断してもらって返品されてきた。
腐食の原因はよくわからないけれど、外皮にシミ、液体乾燥痕跡があったので、
それが起因しているかも、という診断見立てでありました。
「着手前でしたので、料金はいただきません」とのこと。

ということで、それでも解体すると
HDやメモリなど、とりあえずは活用可能な部品もある。
とりあえずの「お葬式」での臨終写真であります。
自分自身も年齢を重ねてきて、こういう老兵への思いが
ついこみ上げてくるものがあるのであります(笑)。
よく頑張ってくれた、という感謝の念をしっかり伝えて上げたくなる次第。
南無大師遍照金剛・・・。
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【明治から平成へ 現代の「坂の上の雲」は?】

2016年11月28日 07時04分08秒 | Weblog
司馬遼太郎さん本人としては可能な限り事実に即したと判断した結果としての
明治の総決算としての日露戦争に至る「坂の上の雲」を読み終えた。
明治は、今に繋がるニッポンという「国」のスタート。
それまで、江戸や大阪の町人や、各藩に所属するとしか自己認識がなかった
この列島社会の人々に、突然真空的な「国家」や「国民」が現れ出た。
それまでは寺子屋で自分の生きるよすがとしての
読み書き算盤は習っていたけれど、
明治になって、国家が国民に教育を施すという施策を打ち出し、
教育勅語をもって、国民であることの自覚を植え付けた。
それは世界に新興国家として認識を訴える大きな意志の元に、
多くの人々がほとんど無私の精神で国民であることを受け入れた。
明治はひとびとのそうしたピュアな思いの上に成立した。
癸丑庚寅〜きちゅうこういん〜以来、と明治の指導者木戸孝允が繰り返して
言っていたという弱肉強食帝国主義との遭遇の時代。
50年以上にわたった大動乱の最終的決着として、
国家防衛戦争として主観的には位置づけられてこの戦いはあった。
そしてバルチック艦隊への勝利として、作品は締めくくられ、
無私に彩られ、坂の上の雲を追った輝きのままに明治の終わりを
残照として浮かび上がらせて、この歴史小説は終わっている。
司馬さんの作品としては太閤記に似た虹色の終わり方だと思う。
秀吉の成功がそのまま毒になってしまった歴史と重なるような
その後の40年、この国が自己をコントロールできなくなったことについて、
書くことをためらったのか、司馬さんはそこに小説としては踏み入らなかった。

司馬さんの歴史小説では、やはり日本人を考えられるということが大きい。
わたしたちの骨身を構成しているものやことの始原や推移が見える。
だから、歴史を考えることは、そのまま現在を考えることに繋がる。
わたしたちが今日このように常識として考えていることは、
必ず先人の経験や合理的に判断した結果が反映されたもの。
作品を読みながら、しかし、常に現代へと繋がる部分を見ていた。
いまは、そのあとの1945年のカタストロフを超えてから71年。
アメリカという超巨大軍事国家による占領と、日本無力化政策によって、
これもまた、真空的な「平和国家」が継続してきた。
しかしいま、トランプ大統領という不確実要素が国際情勢の基底に出現した。
素人と言われる彼もまた、いまのアメリカの戦争は継続するに違いない。さらに
いまは基底としてのエネルギー爆消費文明、地球環境問題が迫り来る世界。
エネルギー消費の抑制が国家間争闘を超える大テーマだけれど
超大国指導者としてのトランプは、そっちの方向を指向してはいない。
癸丑庚寅〜きちゅうこういん〜以来、というのは、もう一方で、
明治の時代にはその輝きだけが見えていた「坂の上の雲」はしかし、
そういったエネルギー爆消費文明の受容のスタートでもあったのだろう。
どうやったら、こういう時代・リアリズムとしての「坂の上の雲」は描けるのか?
だんだんと現在状況へと、煮詰まってくる気がします。
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【住宅「リノベ」が目指す社会性と性能向上】

2016年11月27日 08時08分46秒 | Weblog
リノベという言葉は、なかなか定義が難しい。
リノベーションというコトバは「革新」というように理解されていて
どっちかというと、工業系的な進化という語感を感じる。
従来、住宅の改修を指すコトバとしては、リフォームが一般的だったけれど、
むしろ温暖地域で「まちづくりリノベ」というような使い方で
もっと幅広く社会的な広がりも感じさせる住まい〔方)の革新というような
そういった意味合いを「住宅リノベ」は持ってきている。
そのような温暖地域でのリノベについて、その作り手や施主さんの動向を
取材してみて、どちらかといえば建築社会学的な動きと感じた。
既存の建築に対して、その活用方法について
まったく異質なアプローチを試みて現代人の興味を向けさせている。
東大の松村秀一教授がよく、
「建築が廃棄されたり取り壊されるのは、その性能的要件からではなく、
社会的に利用価値がなくなっての場合が多い」と言われていましたが、
そこにどうも、この「リノベ」の核心的テーマはあるように思っています。

で、今回住宅金融支援機構では、フラット35リノベという金融商品を
実験的に打ち出している。
これはフラット35と比べても当初金利を0.6%引き下げるもので、
国策としても住宅の改修更新に対して、追い風を吹かせるもの。
そしてそのネーミングに於いて、「リノベ」がめでたく採用された(笑)。
若い世代のみなさんにとっては、既存住宅を購入し「リノベ」して
住み継ぐ方がむしろ有利だとされているのですね。
というような風が、温暖地域から吹いてきて、
多勢に無勢という感じで、北海道まで達してきて、
それではどうやったら、既存住宅を改修し根本的な意味でリノベできるか、
その手法開発が巡り巡ってきていると思われます。
無論、温暖地での住宅建築の「社会的価値再生」は大歓迎するところですが、
さりとて、寒くてもガマンして「こんなカッコよく暮らしている」みたいな
時代錯誤に引きこもるわけには行かない。
そこで「断熱リノベ」が大前提でしょう、というような返答が
きのうご案内した討論会セミナーの動きになっているのだと思います。
でも、北海道ではこれまでもすでに鎌田紀彦+北総研の研究成果として
住宅の下端、土台回りの外壁を剥がして、
土台の腐朽状況を確認して必要なら土台を入れ替えるなどの処置をし
既存の断熱材を活かして下端部分からの気流を留める
圧縮グラスウール充填による「リノベ」工法も地域として開発されている。
この工法では同時に耐震補強として必要な処理をして
その上から構造用合板でカバーリングを行っている。

今回さらに福島先生が、新たなチャレンジをはじめられた。
もっとローコストに出来る方法はないか、という志向性。
一方では、より根治的に改修する手法も探求されている。
今回のセミナーはそういった流れを踏まえてのものと思っています。

<写真は無関係の北欧住宅風景>
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【断熱リノベ・これからの施工方法は? 】

2016年11月26日 07時05分40秒 | Weblog
北海道科学大学教授・福島明さんが指導されて、ことし、
北海道仁木町の既存住宅で外壁重ね張りスタイルの「断熱」リフォームを行った。
従来は、結露被害が起こるからと忌避されていたスタイル。
じゃぁ、どんな工事をしたのですか、という現場見学会には参加できなかった。
そうしたところ、時宜を得たイベントのご案内。
この工事についての詳細を福島先生から発表され、
あわせて建築家・山本亜耕さんがいま行っている札幌市西区山の手での
減築・耐震・断熱リノベ工事についての工事内容の発表も行われる。
こっちでは、既存の材を生かして使うのに、解体工事の困難さを指摘されていた。

断熱リノベ、性能向上リノベについては、
いま、住宅金融支援機構でフラット35リノベという新しい金融支援が出て
既存ローンと比較して0.6%安いという金利優遇が図られている。
そういう意味では、事業者側の関心は高まっているけれど、
肝心の工法では当然、よりコスパの高い工法開発が求められている。
そのカギになるのが、福島先生の発表だろうと思われます。
また、山本亜耕さんからの鋭いツッコミも期待できそう(笑)。
いろいろな意味合いで、テーマが煮詰まっているセミナーだと思います。
ぜひ多くのみなさんの参加をオススメいたします。
セミナーでは山本さんがはじめにリノベ事例紹介をして、
その後、福島明先生が、問題の断熱リノベの詳細説明をされますが、
講演終了後、徹底討論会が40分間予定されています。
「ホントに大丈夫なんですか?」など、素朴な疑問大特集の予感。
以下、セミナーの概要です。

【これで良いのか断熱改修】
断熱リノベーションのこれからの施工方法とは?
福島明教授×山本亜耕先生講演対談
ソトダン21オープン研修会・忘年会
○ 日 時 平成28年12月8日(木) 午後2時から5時まで
受付開始 午後1時30分から
○ 会 場 エルプラザ札幌 3階ホール (札幌市北区北8条西3丁目)
○ 定 員 70名
○ 受講料 一般 2,000円 (同一社2名以上からは1名1,000円)

なお、当日はこの研修会の主催であるソトダン21の忘年会も兼ねています。
もっと講演者に突っ込んで聞いてみたいという場合には、
お酒を飲みながらの「チョー徹底討論」会場も準備されているとのこと(笑)。
こっちは参加費6,000円でバスでの送迎までついているそうです。
(会場は、市内南区の真駒内。帰りも送迎してくれる)
あ、もちろんわたしも徹底討論に興味津々で、参加させていただく予定です。
申込みは、ソトダン21事務局(担当/土田)
電話0133-73-9598 FAX 0133-73-9590
メールアドレスは shidayachi2727@gmail.com
以下のPDFに内容の詳細がありますので、ご覧ください。



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【明治日本と民の無私・奉公〜「坂の上の雲」】

2016年11月25日 07時34分32秒 | Weblog
ようやく大長編、それもあんまり好きではない近現代史ものでしたが、
司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」、読み終わりました、ふ〜〜。

読後の感想は、やれやれ長かったであります(笑)。
Kindle版なのに5400円もするという全8巻構成。
読む進めていくうちに、近現代の戦争の連続の歴史に対して
いかに自分がそれを知ることを忌避してきたかが、わかった。
現代の支配構造とも具体的に繋がってくるので、
いまを生きているひとたちの利害関係が即座に直結してくることから、
やはり踏み込みにくいのだということがよくわかる。
司馬遼太郎さんは、第2次世界大戦での従軍経験があって、
その敗戦に至る戦争指導に対しての強烈な反感をカラダに持っている。
であるけれど、明治国家、日露戦争までのそれについては
それこそ「坂の上の雲」を目指していた少年国家として
愛惜の念を持って語っていると思います。
士農工商という身分制度が固定化されていた江戸社会から、
少数の士族階級のなかで、それも薩長の少壮士族たちが領導する
明治維新が成立して、明治国家が生まれ出た。
そのことは、大航海時代以来の欧米社会の「発展」が帝国主義段階に至り、
とくにアジアでは陸軍的侵略として、ロシアの南下膨張との対峙が
非常に大きな、地政的な基本的国際関係として存在した。
他の欧州各国は、海軍的あるいは経済侵略的脅威であったのに対して
対ロシアにおいては、より死活的な陸軍的脅威だった。
維新首脳部の少壮士族たちは、そういう圧力の中で近代「国家」を作った。
かれら「列強」の弱肉強食的で生々しい帝国主義国家間争闘が
基本的な国際ルールという環境条件の中で明治国家のスタートがあった。
帝国主義国家と、それ以外の支配略奪される地域という国際関係しかなかった。
白人種が支配することが当然の「公理」であった世界。
そのなかで国家体制の大転換、封建支配から「国民国家」へと
ふつうの人が国家の成員であると自己認識し、はじめて日本人であると思った。
戦争の記述が大部分だけれど、そのなかに印象的なシーンがある。
宮古島のふつうの5人の人々がバルチック艦隊をはじめて発見したことを伝える
決死としか思われない「奉国」、国家に対する国民の義務として
石垣島までの往復という数日間の決死行で伝令行動をはたす件がある。
そしてこれを「国家機密」であると言われ、その後数十年も箝口しつづける。
家族・妻にも言わなかったとされていた。
帰路、生存帰還が絶望的になり、遺さざるを得ない幼い子どもと妻のことを思い、
ただただうずくまってしまった男性の事実の記述がある。
こういうところから、近代国家日本は生成されてきたという実感に打たれる。
そういう民のさまざまな「無私」から始まったということが胸に刺さった。
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【テレビメディアとの関係・自分史】

2016年11月24日 06時19分20秒 | Weblog
きのうは自分史にスポットを当てる地元ローカルテレビ番組の放送。
自分のことを聞かれるという経験は初めてだったのですが、
番組パーソナリティを兼務する福津京子さんのリードに乗せられて、
楽しそうにしゃべくっている自分がテレビの中にいました(笑)。

みなさんはテレビに出た経験はありますか?
日本人とテレビって、戦後の力道山プロレスの時代から
いわば「大衆社会化状況」の象徴的なものとしてあったと思います。
日本でのテレビ放送は、1951年GHQの要請により電波監理委員会メンバーが
視察のため渡米。アメリカから3人のコンサルタントが来日。
軍事戦略のひとつとして占領国でのテレビ放送利用を
重要視していたアメリカの圧力によりスタートを切ったとされる。
で、1953年からNHKから放送が開始された。
ということなので、63年という時間が経っている。
わたしの年齢はほぼそういった時間と重なっている。
当初はもちろん、街頭テレビとして力道山のプロレスがブームを牽引した。
そういう創成期にはもっぱら受け止めるメディアだったけれど、
放送内容が多様化するにしたがって、「テレビに出る」ということも
どんどんと大衆化していったと思います。
わたし自身のことで言うと、小学校5年、10歳くらいの時、
ですから1962年当時に、札幌の街中の小学校だったこともあり、
NHKローカルで、子どもたち出演の討論番組のようなものに出たのが嚆矢。
たぶんNHK札幌に比較的近いということで小学校に協力要請があって
それに応えて出演したのだろうと思います。
高校3年17歳の時には、学生運動をやっていてアジ演説していたけれど、
その様子を映画研究会の友人が番組に編集してNHKに売り込んだらしく、
なんの事前予告もなく、その様子が「高校生の政治運動活発化」というようにして
NHK朝のニュースワイドみたいな番組で流されてしまった。
それまで親には「どうも学生運動しているみたいだ」と疑われていたのが、
どうにも動かぬ証拠映像として、食事しながらいっしょに見るという
なんとも居場所のない状態になった記憶がある(笑)。
逃げ出すように学校に出掛けていった。
で、星霜を経て、住宅雑誌リプラン創刊当時・28年前1988年には、
雑誌の宣伝のために「TVリプラン」というオリジナル番組を制作運営していた。
そちらの方で主に宣伝をやっていたけれど、
結局、住宅番組と言うことで番組内容まで全部引き受けざるを得なくなって、
その番組継続は制作企画進行が物理的にムリになってしまった。
その後、地元TBS系列HBCの昼ワイドショーで、住宅情報コーナー番組として
そのコメンテーター、番組企画運営などをさせてもらった。
ほぼ月一回程度の頻度で、実例住宅映像とわたしのコメント解説という
そういった番組を都合3年くらい継続していた。
テレビは即応性が要求される世界なので、コメンテーターには自在性が不可欠。
いい経験をさせてもらったと思っています。
どうしてもやや、テンションを上げ気味に対応する必要がありますね(笑)。
ということで、自分とテレビ54年の付き合いだなぁと少し感慨に浸っていました。
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【本日(より)J-com札幌でわたし出演番組放送】

2016年11月23日 08時35分16秒 | Weblog
さて、既報の通りJ-com札幌「札幌人図鑑」という超地元メディアにて
わたし個人へのインタビュー企画が放送されます(笑)。
たぶんだれも見るひとがいない時間、午前10:30から
J-com札幌で契約をしている方は無料放送チャンネルにて受信出来ます。
ということで、放送まではまだ2時間ほどの時点でブログを書いています。
もう胸が張り裂けそうであります(ウソ)。
でもせっかく出演しているので、なんとか視聴率を上げたい。
放送予定は写真にもありますが、
11月23日 午前10:30〜
11月23日 午後18:30〜
11月24日 午前 7:30〜
11月25日 午後18:30〜
11月26,27日 午前11:40〜
となっております。
また、インターネットでは  札幌人図鑑WEB
11月30日から無料で動画配信されることになっています。
このブログ読者のみなさんは、ほぼ7割方は本州地域の方なので
そちらの方でご覧いただきたいと思います。

この番組ではさすがのインタビュアー・福津さんの口車(笑)に乗せられ
あれこれと、人生でも一度も話したことがないようなこと、
っていうのは大袈裟ですが、でもまぁ本人も忘れていたような
幼少年期のこととか、いろいろお話ししてしまっていたのであります。
ここで話したことがきっかけで、長年ノドにつかえていたことを
もう一回思い出してしまって、さっそく行動に移してもいる。
そういう意味でまことにこのインタビューには感謝しているのです。
メディアの意味っていろいろあると思いますが、
自分自身のことがこのように取り上げられると、その効用にふと気付く。
いま、一昨日のブログ投稿に関して、活発なやりとりがあります。
そのなかで、建築家の西方里見さんから
「話題提供、度度有難うございます。自分がモヤモヤしている箇所が
整理でき方向が見えてきます」というコメント。
まったくその通りに自分自身も感じさせられる次第。
なお、このやり取りに関連して北総研の鈴木大隆さんからも
メールをいただきまして、関連情報知見も提供いただきました。
こちらのテーマも、じっくりと深耕させていきたいと思っています。
やはりメディアの仕事というのは、多くのひとの関心を呼び覚まして、
論議を起こしていくことが大きな役割のように思います。

ということで番組のご案内でした。
さてさて、あと2時間であります。ソワソワ。
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【札幌の11月前半104年ぶりの寒さ】

2016年11月22日 06時50分53秒 | Weblog


どうも札幌、最近寒いなぁと思っていたら、
表題のようなデータが発表されました。
11月の初めには、本州出張から飛行機で千歳に還って来て
大雪が降り始めていて、高速道路が冬タイヤ装着以外走行禁止で、
夏タイヤだったのでやむなく札幌までの帰路、ノロノロと
帰ってきたことがありましたが、
その後も厳しい寒さがうち続き、ほとんど紅葉を楽しむ期間がないまま、
真冬に突入したかのようだったのです。
なんでも、特に11月に入ってから北海道で極めて気温の低い状態で、
気象庁から発表された11月上旬の平均気温をみると、全国的に低温の中、
北海道では全地点で平年より3度以上低くとなっているそうです。
とくに札幌は2.1度で平年より5.4度も低く、1912年の2.0度以来、
なんと104年ぶりの寒さとなったのをはじめ、旭川は-0.4度で
平年より5.0度低く、110年ぶりの寒さとなったのだそうです。

折から北総研の鈴木大隆所長の講演を聞いていたら、
氏が学生の頃に住宅の「気密測定」を行っていた当時、いまから30年も前、
そのころには室内にC02を充満させて、それが単位時間経過後、
外気のC02濃度と比較しての減少を計測するという手法をとっていたそうで、
その当時の外気CO2濃度と比較しても、現在はそれが140%超以上にまで
地球環境の外気C02濃度は上がっているとのこと。
<2枚目の図は講演中に示された地球緯度別のCO2濃度の経年変化>
時間経過とともに加速度的に進行しているCO2の増大が、
気象に対して、暑さも寒さも「極端化」の進行として表れてきているとされた。
地球環境全体の中で、CO2を海洋が吸収してきたものが
飽和状態に到達して、本格的に大気環境に作用し始めたといえるのでしょうか。

最近、司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を読み続けています。
(とにかく大長編、全8巻のうちようやく第7巻に到達)小説というか
日露戦争叙事詩とでも言った方がいい叙述から考えることが多い。
世界全体の帝国主義の時代に、そのなかで遅れて近代国家になった
有色人種国家・日本が自衛的にそれを転換させていった歴史局面をみると、
人類社会はあの時代、客観化してみると帝国主義という妖怪と戦っていたと思う。
その類推から、今の時代はエネルギーの乱獲・消費という大問題と
対峙しなければならない局面なのだというように見通せてくる。
巨視的には、そう捉えて間違いはなさそうだと思うのですが、
それでは突破する方向性は、どういうものが考えられるのか、
なかなかクリアには見通しが見えてきていないと思っています。
しかし、そうであっても、地球環境からは待ったなしの警告が
このような異常な気候変動としてわれわれに迫ってきているのは間違いがない。
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【マンガ的に「カワイイ」縄文土偶メディア】

2016年11月21日 07時27分13秒 | Weblog
世界史のなかでも特殊な段階が日本の縄文時代。
およそ13,000年前から始まって約10,000年続いていたとされる。
文字という人類におおむね広く普及した「伝達手段」は、
「農耕」社会の成立をもって必要性が生まれたとされるので、
この縄文の世が文字を持たなかったことは、
逆に農耕が主流ではなかったことを明示してくれている。
アフリカから世界に進出した現生人類が日本列島を通ったこの時期に、
そのまま居着いたひとびとが、豊かな海生動物と木の実の採取で
生きていけると直感して定住した縄文時代。
世界史の主流としては、農耕と定住が同一起源とみなされるのに、
日本列島社会、縄文では、定住と農耕が一致しない。
しかし農耕がなかったからといって、食用植物の栽培がなかったわけではない。
たとえば三内丸山では、クリの栽培が行われていたとされている。
また、三内丸山のように集住生活、「都市」と呼んで過言ではない
そういった大きな集落も営まれていた。
文字記録を持たなかった縄文の遺跡からは
写真のような「土偶」が出土され、その「精神性」が
はるかなよすがとして、現代にメッセージとして送られてきている。
狩猟採集が基本である社会では、人間それ自体が最大の「生産手段」なので、
その誕生と死に対して、過剰すぎる祭祀性が集中されて、
このような多様な土偶を生んだことは、確からしく思われます。
土偶は縄文の世を伝えるメディアなんだろうと思える次第。
世界でも日本の土偶が「THE POWER OF DOGU」としてイギリス・大英博物館で、
2009年9月10日(木)~11月22日(日)の間、展示され話題になった。

まぁ、土偶の時代にはある程度、自由な解釈が可能でしょうが、
いろいろな土偶に接してきて、その精神性は伝わってくるものがある。
この写真の土偶は 埼玉県さいたま市岩槻区真福寺貝塚出土(東京国立博物館)。
人体をきちんとデッサンしているとは思えないデフォルメぶりが、
その後の日本マンガに繋がってくるような表現を感じさせる。
そうなんですね、マンガの原型を土偶に見る思いがしてならない。
ある表現目的にかられて造形をしていくときに、
ふと人間感受性の共通項のようなものがあって、その部分で
その感受性において、土偶とマンガが連なっていることを感じる。
どうも現代のマンガ表現ときわめて近接している。
おおむね人間のカラダをデフォルメ表現したには違いないと伝わるけれど、
その表現ぶりが、実に個性的だと思います。
このまんま現代マンガに登場させたら、人気を博すのではないか(笑)。
ヘアスタイルのユニークさは、現代人も及ばない発想力。
胴体部と脚部の幾何学形態ぶりもたいへんモダンを感じる。
現代マンガの「カワイイ」という感受性とも通底する部分を感じてなりません。
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