三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

料理は、生きる最大の力

2014年09月30日 06時11分18秒 | Weblog


きのうから東京に来ています。
って、あ、泊まっているのは神奈川県ですが(汗)。
夕食は坊主と、その友人に栄養補給をさせられました。
で、神奈川・横浜といえば、ということで中華街の予定だったのですが、
なんと、焼き肉を食いたいという強い希望。
中華なら、わたしもなんとかシェアできるのですが、
焼き肉では、なかなかいっしょにバクバクとはいかない。
5箸、6箸くらいで油分がハラに来る感じであります。
仕上げにビビンバや冷麺がちょうどいいくらい。
なので、その後は若いふたりの食欲をニコニコしながら
感嘆しておりました。
それにしても、まぁ、よく肉をたくさん食べること、食べること。
親のゴチだからか、食べられるときにいっぱい詰め込む感、ハンパない(笑)。
しょがないですね。若いことは良いことだ。

で一方、写真は中高年夫婦手作りでの、きのう朝の食卓であります。
それも朝早く、6時頃にできあがった食卓。
思い立って突然写真に撮ったので、申し訳ありません、食べかけです。
夕食の余り物の挽肉とナスの中華風炒め和え。
カミさん好物のトマト鶏肉煮込みスープ、
ほうれん草と油揚げの和風和え物、
青物入りの玉子焼き、
そして、白米・黒米・黒豆・玄米・ムギの5穀米です。
やはり年代の差、ということでしょうね。
こういう彩り豊かな食事に、無上の楽しさを感じております。
最近はこのバランスの5穀米に依存症気味(笑)。
ふつうの白米にはない、歯触り、食感の多様性が大好きです。
こういう主食があると、少量でも豊かさを感じられる。
それと汁物1品、プラスおかず1~2品というのが、わが家の定番。
っていうか、最近のわたしの食事の基本であります。
帰省中には、坊主にもこの5穀米を食べさせて、
それなりにいいとは言っていましたが、
やっぱり、白米ばっかりの「腹にどっさり入れる」感覚のほうが、
しっくりと来るようであります。
まぁ、年代の違いでしょうかね。
でも、自炊生活、それなりにきちんと作って食べているようで
「今日は300円、きのうは500円」とかと、切り詰め生活で
毎日、食材を買い物して、考えて食事を作っているようです。
食べ物を、食事の満足感と経済コストとのバランスで考えながら、
日々、興味を持って料理に取り組むというのは、
「生活力」の基本ではないかと思っています。
がんばっていって欲しいなと
少し軽くなった財布を抱えながら、若いふたりを見送っておりました(笑)。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

香港民主主義の戦い

2014年09月29日 05時31分42秒 | Weblog


香港はアヘン戦争によってイギリスが租借した都市。
先年、100年にわたったその租借期間が終わって
中国に返還されて以降、1国2制度というような方針で
中国国内とは違う統治形態で比較的に自由な社会が容認されてきた。
それが、徐々に中国共産党の締め付けが強められて、
ついには、首長の選挙に
共産党の意に添わない人物は立候補できないことになった。
そうした流れに反発する民衆の大規模な反抗が巻き起こってきた。
きのう行われた民衆デモには催涙ガスが使われたと言われ、
反発を強めた民衆は、きょう、香港のビジネス街でのデモを予告している。
13億6500万人という巨大人口を抱える国家にして
中国共産党独裁という「人治」という政治形態が今後も機能するのかどうか、
この現代史の最大の疑問符について
ふたたび大きな結節点が訪れそうな予感がしてきます。
折しも、中国が突っ走ってきた改革開放路線による経済成長に
大きくブレーキが掛かり、都市部での異常な不動産価格上昇がストップし、
どうやら、日本の経験したバブル崩壊が、
あの国家規模で起こりそうな状況が差し迫ってきている。
中国という社会が、大きな転換点に差し掛かりそうな気がしています。
未確認だけれど、インターネットでは中国人民解放軍が
香港周辺に部隊移動をはじめているというようなきな臭い噂もある。

少年期に「アルジェの戦い」というドキュメント的な映画を観たことがある。
以下DVD紹介文より抜粋

民族の激しい怒りと憎しみと執念に殺気立つアルジェリアの独立運動を
生々しい迫力でとらえる、ニュース映像のように
緊迫したドキュメンタリー・タッチで見るものの感情と感覚を奮い立たせる。
1950年、フランス政府は北アフリカのアルジェリアで沸きあがった
独立運動を阻止するために、大軍を投入した。
民衆は怒りに燃え上がり、テロ活動に火がついて首都アルジェは騒然、
双方が目には目、歯には歯で復讐する憎しみの非人道的テロをくり返し、
多くの血が流れた。フランス側はテロの巣カスバ地区を包囲して
住民に残酷な拷問を加えた末に殺し、家を爆破した。
独立運動の指導者アリ・ラ・ポワンは若い生涯を閉じ、
テロは根絶されたと見えた。
1960年2月、突如、アルジェの街は群衆に埋めつくされた。
もはや独立の火を消すことはできない。
出演者の大部分は現地の素人、実際に独立運動に加わった者も少なくない。

主導者はフランスの暗殺者の手で消されてしまうのだけれど、
その絶望の場面のあと、壮大などんでん返しで
一転してスクリーンにあふれる圧倒的な民衆蜂起がアルジェの街を埋め尽くす。
そのシーンの感動は、あの時代の多くの若者の心を虜にしたと思う。
邦題の「アルジェの戦い」は、まさにその本質を伝えていた。
中国がどうなっていくのか、現代世界は固唾をのんで見つめている。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

陸奥国一宮・鹽竈~しおがま~神社

2014年09月28日 07時00分13秒 | Weblog


先日、ちょっと出来た時間で参詣してきた鹽竈神社であります。
現在では仙台市から、多賀城を経て塩釜までは
市街地がひとつながりになっています。
戦国の収束とともに、陸奥国を領した伊達家は、
それまでの伝統的な陸奥国の中心地、多賀城ではなく、
おもに防衛的な観点から、現在の仙台市の中心の青葉山に仙台城を築いた。
で、仙台で神社といえば、大崎八幡宮も知られていて
こっちは社殿建物が「国宝」指定を受けているので
社格も高いように思われているけれど、
本来的な意味で陸奥国の中心的神社は、一宮とされるこの鹽竈神社。
でも、なにか腑に落ちないものがある。
Wikipediaの記述でも(以下、要旨抜粋)

鹽竈神社は、武甕槌命・経津主神が東北を平定した際に
両神を先導した塩土老翁神がこの地に留まり、
現地の人々に製塩を教えたことに始まると伝えられる。
弘仁11年(820年)に撰進された『弘仁式』の『主税式』では
「鹽竈神を祭る料壹萬束」と記載され、祭祀料10,000束を
国家から受けており、これが正史における鹽竈神社の初見と言われている。
さらに延長5年(927年)の『延喜式』の『主税式』においても
祭祀料10,000束を国家正税から受けている。
『延喜主税式』によれば当時の陸奥国の税収は603,000束、
鹽竈神社の他に国家から祭祀料を受けていた3社の祭祀料は、それぞれ
伊豆国三島社2,000束、
出羽国月山大物忌社2,000束、
淡路国大和大国魂社800束であった。
これらと比較しても国家から特別の扱いを受けていたのは明白であるが、
同式の神名帳に鹽竈神社の記載は無い。
また、近世に至るまで神階昇叙の記録も無く、
式外社となったことと併せて朝廷が
一見矛盾するような扱いをなぜしたのか、その理由はわかっていない。
<抜粋ここまで>

同様のことは、熱田神宮についてもあって、
かの神社も国家から「一宮」の扱いを受けていない。
神道は、王朝以来の国家施設管理機構であり、
その内部的な扱いには、それなりの理由があるのだろうけれど、
いま、詳らかにはなっていない。
歴史過程との対比で考えると、立地的に見て、
王朝国家の遠の朝廷~とおのみかど~としての多賀城国府と
一体的に運営されていただろうことは見て取れる。
よくわからない経緯があるのでしょうね。
けれど、創建の説話の「塩の作り方を当地に伝えた」というのは、
その当時、相当に大きな事態であったのは間違いないことだと思う。
塩を作るというのは、海産物の交易にとって基本的な産業革命だっただろうし、
たぶん、それの「大量生産」技術のようなものを
この地にもたらして、三陸の海産物を輸出商品とさせたのではないか。
そんな妄想をいだいています。
現在の社殿は、見て明らかなように安土桃山様式の大好きな
伊達家の気風をそのまま表したような金と赤と黒という
極彩色キッチュデザインであります。
単純に、わかりやすくて、楽しいですね。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

戦国の戦争実態

2014年09月27日 12時35分54秒 | Weblog


「百姓から見た戦国大名」という歴史書を読んでおります。
戦国時代というと主に武士の親玉、戦争に勝利した人間を主人公にした
偉人伝記的な認識が刷り込まれやすいけれど、
そんなバカげたことはないだろうと思う次第。
歴史小説家の典型でいえば、山岡荘八などが当たるでしょうね。
あのようなアプローチでは、
たとえば現代での政治家ですら、みんな立派な人間で
社会正義を実現するために立ち向かっている、というような
どう考えても合理性に乏しい歴史判断になってしまう。
まぁ歴代のNHK大河ドラマも、五十歩百歩。
たぶん、みんなそういった醒めた視点は持っているでしょうが、
そういう醒めた視点からの体系的な
歴史分析アプローチ研究には出会ったことがなかった。
そんななか、網野善彦さんの電子本を1冊、読み終わったところ、
Kindleから「こんな本もありますよ」というオススメがあって、
素直に電子本を購入したうちの1冊がこの本であります。
著者は、黒田基樹(くろだ もとき、1965年4月~)さん。
日本の歴史学者、駿河台大学法学部教授。
専門は日本の戦国時代・織豊時代史で、
相模後北条氏や甲斐武田氏に関する研究を展開する。
というお方であります。
不勉強で、名前もまったく存じ上げませんでした。
『戦国期の債務と徳政』校倉書房(歴史科学叢書)2009
というような著作もある方で、戦国期の社会実態の様子が
その経済的な側面、社会発展的なとらえ方で把握され展開している。
この「百姓から見た戦国大名」という本も、そうした把握が見える本です。
なぜこんな本に惹かれたのかと言えば、
やはり最近の「戦時の状況」をめぐっての国際的な対立ということが大きい。
現代の倫理意識に基づいて過去を断罪するなどと言う
バカげたことがまかり通っている現状が隣国にある。
過去に学んで未来を考えるのは当たり前だけれど、しかし
その実態について、もっと冷静に捉える必要がある。
これまでの歴史において戦争時、どのようなことが起こっていたか?
もっと冷静な歴史の発掘が必要だと思ったのが契機でしょうか。
この本では、といってもまだざっとしか読んでいませんが、
戦国時代の為政者、戦国大名とその地域の民衆が、
どのようにして戦争に駆り立てられ、
あるいは主体的動機を持って向かっていったか、が解明されている。
そこでは、基本的な「飢饉」状況から、他国への侵略戦争によって
「百姓」たちが、「好景気」を謳歌していた実態が解明されている。
武田信玄という他への侵略を旨とした武将は、
つねに甲斐国外に戦場を展開し、それに従う「軍勢」という名の百姓たちには
「乱取り」という略奪行為を、むしろ奨励していたのだという。
この略奪行為には基本的な食料から家財などはもちろん、
当然のように人身売買も含まれ、
戦争後、勝利者側の陣営では戦利品としての
人身売買、女性や奴隷的に使役される子どもなどの
取引が行われていたのだという。その単価も、
現代貨幣換算で2000円とかの数字まで解明されている。
このような略奪経済が、甲斐国内的には好景気を誘発し、
百姓たちに、「いい時代」という意識も生んでいた。
百姓はけっして武家権力側から搾取されていただけの
かわいらしく、いたいけな存在ではなく、
ふてぶてしくどう猛でもある存在として活写されている。
秀吉の海外派兵も、国内では「平和」が実現してしまって
そのような白昼公然たる略奪経済機会を
百姓たちに提供できなくなったことを明示しているのだと。
「一歩でも国の外に踏み出して戦え」というように武田信玄は
遺言したとされていますが、その本意とはそのような「兵の実態」を
証しているということができるのでしょう。

いやはや、読む進むほどに、恐ろしい実態であります。
しかし、まぁ、きれい事ではなく、そうだったんでしょうね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

朝日新聞購読の友人から

2014年09月26日 07時09分06秒 | Weblog


Facebookで、こんな写真がアップされていた。
添えられていた文章。
「朝日の集金、社長のお詫びのしるしとか、
なんか違うのでは、
産経にしたいが札幌は日配がないので。」
ということ。
なんとも、言いようのない虚脱感を感じざるを得ない。
朝日は今回の一連の「誤報」についてのお詫びを
こういうことで決着させる気なのだろうか?
期を同じくして、ベネッセから500円の「お詫び」の知らせが来ていたけれど、
まさか報道メディアが、こんな対応をするのか?
信じて読み続けてきた人間の尊厳に対して、失礼ではないのか?
メディアとしての姿勢に照らしてみて
自分自身、こういうことで本当にいいと思っているのだろうか?

朝日は、誤報自体については謝ったけれど
いわば「主張」については間違っていませんでした、
という姿勢を維持しようとしている。
しかし、その主張の根拠が薄弱になったことについての
批判に対しては答えようとはしていない。
朝日が紙面できちんと答えていない間に、
その空隙についてすら、朝日以外のメディアが解明してきている。
韓国側の反日団体が慰安婦聞き取り調査の様子の動画を公開したそうだ。
それについては読売新聞が、詳細に問題点を解明している。
朝日新聞は、その事実報道だけしか行っていない。
もし朝日が「主張を貫く」とするのであれば、
こうした反日告発慰安婦の声を、肯定的に、その主張を補強するような
事実の解明を行わなければならないのではないか。
いまの朝日新聞の姿勢に沿えば、このような報道姿勢が、
まだしも、まっとうな対応だと思われる。
朝日新聞を購読しているわけではないので、不勉強で
どこか紙面の果てで書かれているのかも知れないが、
インターネットという、いろいろな報道機関のニュースが並列的に
見られるような今日のメディアが置かれた環境条件の中では
朝日からそのような情報発信があった事実は確認されない。

そういうなかで、この「お詫び」。
・・・虚脱感にも襲われる。
まぁ、こうした販売店の動きからすれば、進行している事態はなんであるのかが
正直に見て取れるとも言えるのだけれど、
こんなことでお茶を濁そうとするくらいなら、
きちんと真正面から答えた方が良いのではないか。
受け取る購読者は、朝日の論旨を信じて購入してきた人たちが多い。
別にモノに吊られて朝日を読み続けている人ではないだろう。
であれば、紙面で起こした事態に対して、もっと誠意を持って対処すべきだろう。
いやはや、情けない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広域営業移動

2014年09月25日 06時45分39秒 | Weblog


きのうは、朝自宅を早くに出て
千歳までクルマ移動で、スタッフと合流後、飛行機で仙台へ移動。
飛行場でレンタカーを借りて、仙台のオフィスに立ち寄って
若干の連絡事務を済ませたあと、
岩手県北上まで往復。クルマで約300km。
営業要件の打合せで約2時間。
まっすぐ仙台まで帰還で、往復時間はおおむね4時間。
で、事務所で仙台のスタッフとミーティング後、食事会でした。
どうも、結局移動距離の長さに疲労はパラレルのようであります(笑)。

広域で動き回るのが常態になっていて
こういったスケジュールでもなんとも思わなかったのですが、
さすがに加齢してくると、最近、ややきつい。
たぶんきのうの移動距離は1000kmは超えている。
でも北海道で住宅取材を続けてきているので
効率も考えると、移動距離の常態はどうしても長くなってしまう。
東北で出版を始めた頃、仙台で午前中に打ち合わせしていて、
「午後はどちらにいかれますか?」
と問われて、普通に「八戸に移動して夕方アポがあります」
と答えたら、それこそ仰天されてしまった。
北海道の感覚では、移動が300kmと言っても
そうは感じなくなってしまっている次第。
ただ、そういう「常識」は、世間になかなか通用しないということも飲み込めた。
ただ、こういった出張移動というのは
近年の日本の仕事環境では増えてきていると思います。
航空路線の整備、高速道路網の拡充などなど
交通機関の時間短縮が顕著になってきて
各企業の支店などの統廃合がさかんに行われるようになった。
その状況を活用して急成長したのが東横インのような業態企業。
日本の企業は、これまでの支店拠点を廃止する代わりに
出張で片付けるようになっていったのですね。
そういった動きがまた、交通機関の競争もさらに刺激して
JR以外は、価格競争が本当に激しくなってきている。
ビジネスの環境、これからももっと変化していくでしょうが、
やはり避けられない趨勢なのでしょうね。
さてさて、負けずに体力を涵養しながら、がんばるぞ、っと。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Macの外科手術 HD→SSD交換

2014年09月24日 05時17分54秒 | Weblog


iPhoneの交換など、ここのところ
環境の変化がいろいろありまして、
なんとなく一区切りつけたほうがいい時期ってあるようです。
仕事の方の区切りも一応ついてきたので、
前からやんなきゃと思っていた愛機MacBookPro15の記憶装置を
HDからSSDに交換することに致しました。
わたしのMacBookPro15は、Macを過去18年近く使ってきた
その過去情報資産を受け継いできていて
データ領域節約のための情報の取捨選択には膨大な手間暇がかかるので、
記憶媒体は大容量にしておきたいところ。
で、2.5インチHDで1TBのHDとしていましたが、
記憶媒体としては、やはりHDには回転に伴う劣化進行の問題があり、
ようやく価格がやや下がってきたSSDの方が安定している。
そういうことで、SAMSUNGの1TBのSSDを通販で購入していた。
更新作業をするには、谷間のような祝日はピッタリ。

だったのです(汗)。
そう考えもせずに、HD交換はなんども経験しているので問題ないと判断した。
問題はHDからSSDにまるごと引っ越しするところで
間違いさえしなければ、ということなのですが、
「ここさえ気をつければ」というところでまんまとトラブル。
データ移行の設定で、「ソース元」と「移行先」のような選択場所で
つい、間違えてしまった(泣)。
まことにミスは単純そのものなのですが、歳は争えない。
やってしもうた。
判断直前に「よしこれが終わったら、データ移行に時間もかかるから温泉でも行こう」
と、雑念が入っていたのが致命的だった。
つい判断に、急ぐ気持ちが災いしてしまった。
普通、移行データが500GB近いので時間は数時間かかるはずなのに
移行はあっという間、3分ほどで完了した。
「???」と不安がよぎったときには、すべてが終わっていた。
500GB、18年分のデータがまっさらなSSDの情報に置き換わっていた。
汗汗、でありますが、
まぁしょがない。と、ゆったりと身構えていた。
というのは、最後の砦で、Mac標準のバックアップ、TimeMachineが事務所にあるのです。
休みでめんどくさいけど、やっちゃったものはしょがない。
このバックアップ外付けHDを取りに行って、帰って来てふたたび作業。
このTimeMachineには、作成されたバックアップが過去時間ごとに保存されている。
いろいろ段取りをしてから、この過去時間を見てビックリ。
なんと、最新でも2014.1.14という日付しかない。
ふたたび今度は切羽詰まった冷や汗がたらり。
で、ここでもまたまた判断ミス。
本当はここで冷静に視認できる情報選択を確認すべきだったのですが、
これしか目に入っていなかったので、
「やむを得ない」と2014.1.14時点への帰還を選択。
で、これには約5時間ほどかかった。
この間、消失したHDデータのレスキュー先を探したり
Appleのサポートに連絡したり、家族LINEで娘に相談したり・・・。
で、Appleのサポートと話しているウチに、
自分でようやく冷静になって、情報をまとめられるようになった。
というのはTimeMachineを直接見てみたら、ちゃんと2014.9.22の午後3時の
バックアップが存在している。
なのに、なぜ、選択可能にならないのか、という疑問に対する答がひらめいた。
わたし、内蔵HDをリネームしていたことを思い出したのです。
で、そうするとTimeMachineの方に、ふたつのユーザーネームがあった。
このうちのデフォルト表示されない方に、最新バックアップを発見できたのです。

ようやくトラブルからの帰還が叶った。
で、選択し直したら、きちんと表示され、
そこから5時間ほどの時間がかかって、ようやく内蔵SSDに環境が復元。
あとは、最新バックアップ以降の若干の情報リフレッシュ作業を経て全面復帰。
都合、12時間以上かかってのトラブル脱出でありました。
途中感じたのは、やはり人間ひとりだけでは判断にミスはあり得る。
そのときに、冷静になれるのは他の人との判断のシェア。
とくに身近な人間のサポートはいちばん力になると実感しました。
ということで丸1日、データ移行には時間がかかりましたが、
休日で、本当によかったなぁと振り返っている次第。
ふ~~~、よかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

チンパンジーの殺チンパンジー

2014年09月23日 06時58分03秒 | Weblog


って、へんな言葉ですね、本当は「殺人」と書きたいのですが、
チンパンジーは霊長類ではあるけれど、人ではないので・・・。
きのうのニュースでちょっとドキッとした記事です。

攻撃的な性質、生まれつき 
チンパンジー、京大解明

 チンパンジーが他の個体の命を奪うほど攻撃的になるのは、
多くの食べ物や配偶者を手に入れるために獲得した
生まれつきの性質だとする研究結果を京都大や
米ハーバード大のチームがまとめ、19日発表した。
成果は英科学誌ネイチャーに掲載された。
京大の古市剛史教授(霊長類学)は
「攻撃性は、森林破壊や密猟など人間によるストレスが原因との
仮説もあったが裏付けは得られなかった。
人の殺人行動を考える上で重要な発見」と話す。
 チームは、1960年代からアフリカで観察された
152件のチンパンジーによる殺害行為を調査。
多くの場合、雄が集団で関わり、殺されるのは、
遺伝的に関係のない他集団の雄だった。
他集団の雄を殺害した後、縄張りを引き継ぎ、
食べ物や雌を独占する例も少数だが確認。同じ集団内で、
特に雌と多く交尾する雄を殺す場合も観察された。

へえ~っと、驚愕しました。
不勉強そのもので、このような野生動物世界で
同種殺害ということがあるとはあんまり認識していなかった。
同じ生物種で殺し合うというのは、人類だけの特異な行為ではない、
ということに、正直驚いた次第です。
逆に、どうして自分でこんなに驚くのかが根拠不明でもあった。
どうも人間だけが悪いことをする、みたいな自虐が刷り込まれていたのか?
でもまぁ、考えてみるときわめて自然であるのかも知れない。
人類がほかの種と決定的に違って現在のような人口爆発のような
繁栄状況になったのは、戦争によってときに破綻するけれど、
人類社会において、一応、平時に於いては
「安全・安心」できる社会システムが機能する
掟支配、現代で言えば法による支配が出来上がったからだとも言える。
現代では基本的にどのような国家社会でも殺人は
正当防衛を除いて、基本的な最重篤犯罪行為であると認識されている。
だから、安心して生存可能性が保証されている。
常にこういう基本を再確認する必要はあるけれど、
一方で「人間だけが殺害行為をする」みたいな、いわば自虐的な人類観も
冷静な見直しが必要ではあるのでしょうね。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

都市集住遺構

2014年09月22日 08時46分21秒 | Weblog


人間の居住環境ということを見ていて
だんだん、年を取るにつれて
こういった過去の先人の暮らし方のありように惹き付けられるようになります。
当然ですが、住宅という最小単位でのことばかりではなく、
いわば集住のことについて、興味が深くなってきます。
人間の生存の本性として
「寄り集まって住む」ということは、歴史的にどのようであったのか、
そんなことへの興味が深くなってきます。

写真は、ことし訪れた「一乗谷遺跡」の風景。
「都市の遺跡」というのは、日本ではそれとして見ることは
たいへん少ない。
たぶん、世界的にもそうなんだろうと思います。
いちばんの「史跡」になりそうなのは、
人々が現にそこで暮らしている現状の都市であることは蓋然性が高い。
いまわたしたちが暮らしているその土地の深くに多くの痕跡があるだろうけれど、
多くの場合には、それは無視されて痕跡は破壊されていくだろう。
そういうなかで、日本ではこの一乗谷遺跡と、
瀬戸内海の草戸千軒遺跡が明瞭な中世の遺跡として発掘されている。
確かに古代の三内丸山なども都市的集住を見せてくれるのですが、
なんといっても、現代に連なってくる「商業」の根源が
これらの遺跡からは発掘されてくる。
草戸千軒は、まさしく商業を基盤とした中世集落だし、
この一乗谷遺跡は、朝倉氏という戦国大名がなにゆえに栄えたのか
その経済的側面を証し立てている史跡と言える。
そういう意味で、資本主義的な発展と言うことが
類推的に俯瞰できる「史跡」というように言えるのではないかと思っています。
草戸千軒の場合には、手形の記録が発掘されたりもしている。
そして一乗谷遺跡では、唐人街の存在も確認されているそうで、
人口の大集積地・京都に近い国際貿易港が存在して
その交易拠点としてこの一乗谷が経済的な結節点だったとされている。
だから、織田信長は、この経済的大動脈を制圧したかった。
交易が最大の都市を成立させる条件だったのだろうと思う次第です。

資本主義と都市の発展とは、双子のようにして
人類は歴史過程で作りだしてきたに相違ない。
そういう都市環境の中で、ひとびとの暮らしようはあった。
しかし、その要因基盤を少し離れて、
だんだんに、集まって暮らすということ自体の「快適性」も発展したに違いない。
たぶん、まだ無自覚なこうした部分が、
現代では、巨大化してきているのだ、
そんなふうに見ている次第。
いわば「都市の居住快適性」自体の把握、計算が面白そうだと思っています。
さてどんなものだろうかなぁ・・・。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

iPhone6+ 移行完了

2014年09月21日 06時43分11秒 | Weblog


青森からの帰途、疲れているし、時間もきびしいので
前から気にはなっていた道南の鄙びた温泉に、ふらりと
行ったのはいいのですが、建物は思い切り中途半端な風情(笑)。
なんていっていいのか、規格大量生産時代のRCで、内装は
そのちょっと前の和風を意識している、みたいなガッカリさ。
なんで、随所にカビ臭さもあって、そういう種類の「なつかしさ」はハンパない。
しかも部屋での夢見もあんまり良くなくて・・・。
まぁ、こういう「ハズレ」もありますよね。
ということで、かわいそうなので、名の公表は避けます(笑)。
でもまぁ、お風呂の湯自体は
道南地域らしい赤湯っぷりで、いかった~~。

ということで、朝からまっすぐ、札幌に帰還。
で、大切な出張での要件の残務処理を片付けてから、
カミさんが受け取ってくれていたiPhone6プラスのセットアップ作業。
これまではauショップに行っていましたが、
今回は、全部自分でセットアップをすることになった。
まずは、SIMカードの入れ替え。
これには専用のミニ工具があって、
iPhone5と6+では微妙に違いがある。
取り出すと、スライド金物の上に本体SIMカードがあって、
それを取りだして、交換移設することになる。
これで、電話機としての機能は移行する。
続いては各種データ、ソフトなどの引っ越し作業。
こちらは、事前に移行前のiPhone5をMacのiTunesにつないで
「バックアップ」を直前情報として作成しておく。
今回は、このとき、iOS8.0にアップグレードされる。
iPhone6+もiOS8.0なので、無用のトラブル回避策なのでしょうね。
で、このバックアップデータに対して
新しいiPhone6+上に、「データを復元」させる。
若干時間がかかるので、この間、日ハムー楽天の試合を見て暇つぶし。
負けちゃった(笑)。
これもスムーズに移行完了。
なんですが、起動をチェックしたら、
Facebook、LINE、Kindleなどでは、パスワード入力を要求されました。
まぁ、デバイスが変更されるので、必然なのでしょうね。
あとの細かい設定はおいおいにやっていくとして、
続いては、iPhone6+のカバーなどの購入作業。
ヨドバシに行ってきましたが、アクセサリー類も満艦飾で展示されている。
今回は手帳みたいなカバーにしてみました。
なんとなく、iPhone6+って、手帳の感覚にほとんど近くなった気がします。
ただし、ドラえもんの手帳ってところかな。
あいかわらず、表面保護のフィルム貼りはどうも苦手であります(笑)。
あんまり仕上がりは気にしないことにして、終了。

休みの日に移行が完了出来て良かったです。
iPhone6+、まずは老眼に優しい大画面、これが一番の印象。
でもOSもずいぶん、キビキビと動作していますね。
持ち応えは、思った以上に軽量。
電話で使うとちょっと大きさは感じられる。
まぁ、慣れだと思いますね。
となりにKindleを置いてみましたが、これから電子書籍端末としての
実証比較検証をはじめていきたい。iPhone6+だけになるかも。
これから、各種の細かい使い勝手の仕様変更などに取り組みます。
さてっと、・・・・。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする