性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

【どうして中国はフカヒレを日本から買い続けたのか?】

2019年02月28日 07時33分47秒 | Weblog
わたしは料理は好きですが、材料についての知識が豊かなわけではない。
で、魚関係についてときどき料理で扱ってブログにアップすると
必ずチェックしてくれる貴重なお魚の「専門家」の友人がいます。
高校時代の友人Shigeru Narabeさんで、FBフレンズであります。
以下、先日の「サケ料理」などに関してのお魚の話題FB上でのやり取り要旨。

<三木 奎吾 (2万年前の列島古地図)を見ると
日本海というのは非常に面白い存在だと気付きますね。
対馬海峡しか太平洋と繋がっていない。想像を刺激される。
<Shigeru Narabe この時はほとんど淡水湖でシベリア系や揚子江系の淡水魚が
日本に分布を拡げることができたと考えられています。

<三木 奎吾 おお、ふたたびのお魚博士。
そういえば最近は中国人が日本食のおいしさに目覚めて日本的魚食習慣をはじめて
世界的に日本人好みの魚種の乱獲が見られると聞きました。
一説では中国の東シナ海というのは水深が浅くて、
従来はあんまり海産物への関心が薄いとされてきましたよね。
フカヒレは歴史年代を通じて日本の三陸産が珍重され続けたとも聞きます。
<Shigeru Narabe 中国全体の魚食文化としては、鮮魚は淡水魚、海産魚介は
乾物でというのが伝統だったのではないかと思います。
沿岸では新鮮な甲殻類の料理もありますが、上海ガニでさえ
淡水養殖されたものが主力だと思います。
そのような中で「俵三品」と呼ばれた煎海鼠・乾鮑・鱶鰭は、
日本産が最高とされました。その伝統があって乾燥ナマコの取引単位パレットは
60kgで一俵がもとになっていると聞いたことがあります。
もっとも今の単価では1パレット5,000~7,000万円くらいになりますので、
実際はもっと小口の取引も多いようです。・・・

っていうような様子で、いろいろ教えてくれるのでありがたい。
で、このやりとりの中で中国ってなぜか歴史年代を通じて、
それこそ遣隋使・遣唐使の時代から、日本の三陸海岸で獲れる
海産珍味をずっと希求していた事実があることに強く興味を持つ。
俵三品といわれるアワビ・ナマコ・フカヒレのほか、
昆布もまた、中国はずっと日本からの輸入に頼ってきたとされる。
どうも漁業というのは、それほどに日本の大きな資源なのかと
疑問がドンドンと膨らんできているのであります。
司馬遼太郎さんの書いた文章の中でも、
「中国人はなぜ漁業資源は自力更生しないのか?」
みたいな疑問が呈されていた。
まぁ日本の三陸海岸から北方は寒流と暖流が大遭遇する地球規模の漁場メッカ。
プランクトンが大変豊富で食味に優れた魚種は獲れるのでしょう。
しかしひたすら1500-600年もの間、輸入に頼るのはどういうことなのか。
漁業資源について詳しくはないのでいまだに疑問を持ち続けています。
地球規模での漁業の資源分布を勉強し直したい気分。
またふたたび、多くの人からお教えいただければと思っています。ふ〜む。
コメント

【3/11発売Replan関西2「高性能な家。快適な日常」】

2019年02月27日 07時27分14秒 | Weblog
いまや温暖地域の住宅断熱気密の進化が熱い!
住宅性能の進化は、全国的なトレンドではありますが、
本来はその地域に根ざした工務店・ビルダークラスが目覚めて
地域の気候風土を知り尽くしている人間が、自分の体感センサーで
その地域の「高断熱高気密」の最適解を探っていくべきでしょう。
しかし1社1社での作り手の取り組みではできることに限界がある。
なんといっても、そうした作り手たちが忌憚のない意見交換をしあって
お互いの創意工夫を常に発表し合い、研鑽を重ねることが
きわめて重要なのだと思います。
とくに運動初期には家づくりの革新ポイントは見過ごす場合も多い。
そういうポイントを多くの仲間で情報共有していくことはきわめて重要。
北海道でも住宅性能進化の道のりとは、そのような作り手たちの
相互交流、活発な情報交換活動が基盤をつくってきたのだと思います。

こういった高断熱高気密「運動」とでもいえる活動で
北海道の30-40年前に似た活気が息づいているのがいまの「関西」。
中核として新住協関西支部の定期的勉強会がほぼ2カ月に一度程度開かれます。
きょうたまたま、その勉強例会の当日。
今回は当社スタッフも北海道から参加させてもらっています。
先日は中心メンバーのみなさんが冬の北海道で研修見学されていった。
こういった「情報交換」機会が家づくりの意識を高めていく。
という活動が昨年、Replan関西発行というカタチで結実したのですが、
ことしもVOL2が3月11日に関西圏の書店・一部コンビニで発売が開始されます。
こうした地道な住宅革新の活動の関西での「根付き」。
昨年の発行で、まだ少数ではあるけれど真摯に
高性能であってなお、デザインにもまっすぐに取り組む家づくりを求める
ユーザーの大きな手応えを感じていました。
ひとつの「波動」が反響を生み、それが次の波に引き継がれていく。
徐々にその波動が大きくなっていく、ということなのでしょう。
北海道で体感してきた活動がふたたび関西の地でも。

Replan関西VOL2「高性能な家。快適な日常。」
家づくりは日々進化し「住宅性能が高く冬も夏も快適な家」はあたりまえ。
それに加えて「素敵な家であること」も決して難しいことではありません。
関西圏特有の建築条件を克服しつつ
一年を通して快適で、見た目も美しい家づくりを厳選取材。
住まいの「ほんとうの快適さ」について一緒に考えてみませんか?
◆特集連動企画/「暮らすように泊まるホテル」 
       そこから見える家づくりの楽しみ
◆寄稿 今、知っておきたい。家づくりの新常識 <近畿大学教授・岩前 篤>
◆関西の優良住宅 実例集&ビルダー紹介
◆いごこちの科学 NEXTハウス <東京大学准教授・前 真之>
◆建てる前に知っておきたい! お金・土地・デザイン・性能
◆Q1.0住宅デザイン論 <新住協 代表理事・鎌田 紀彦>
性能美を備えた住まいは、豊かな暮らしの味方。
2019年3月11日発売・A4版 本体価格630円(税込:680円)

■webにて先行予約受付中!!2月26日(火)~3月4日(月)※期間中にお申込みいただいた方へは一部地域の方を除き発売日までにお届け。







コメント

【やっぱり北海道はサケだ! 定塩だ!】

2019年02月26日 07時39分14秒 | Weblog
さて、週に一度の「社長食堂」きのうも無事開店。
来週は東北関東への出張で帰ってくるのはムリなので、
ここで骨休めできる(笑)。ですが、手抜きはしません。
2週目に入った「焼き魚定食」メニューシリーズ。
今週はついに満を持して、北海道の食の王道、サケであります。
サケは先住民のアイヌからも「カムイ・チェップ(神の魚)」とされて
きわめて特異なソウルフードとされてきた。
別の名でシペ(本当の食べ物)と呼び、大きくその恵みに依存していたとされる。
石狩市では縄文時代の遺跡からサケ捕獲と推定される仕掛けが発見された。
一説では縄文時代が北海道と北東北で栄えた背景として
このサケ漁の安定した豊漁ぶりがあったのではとされている。
母川回帰性は生命のドラマを生み自然環境保護の目に見える指標でもある。
この列島に生きてきた人間のDNAにも深く関わっている気がする。
江戸幕府(松前藩)によるアイヌ統治時代には、コンブとサケは
アイヌ民族から和人への重要交易品目とされてきた。
和人との交易の重要な資源として移出されるようになり、
その運搬のために保存加工技術が高められていった。
アイヌの人たちにこうした「塩引き」の技術はなかったとされる。
わが家の家系伝承では高田屋嘉兵衛が活躍した江戸末期、
ご先祖様たちは広島県尾道周辺で製塩を営んでいたということ。
今で言う総合商社的な高田屋嘉兵衛の「北前交易」の活発化で
大量に移出されるサケの保存性を高めるため、製塩に適した瀬戸内海地域で
さかんに塩を生産したころに相当しているのではと推定しています。
もっとも家系の伝承では塩景気はその後、供給過多で価格暴落した(笑)。
そういった食品流通構造が広範に展開するほど、
サケという食品は,日本史に深く関わっていると思う。

おっと、かなり脇道にそれた(笑)。
このサケの「焼き魚」定食であります。
きのうはなんと北海道出身者がひとりもいない編集スタッフの輪番。
ということで、このサケを選んだ次第。
で、一昨日、魚がウリの食品スーパーで物色していたら
「定塩」というPOP付きの魚体の見事なヤツが並んでいた。
じっと品定めしていたら、まわりの初老の夫婦連れの方から
「これ、うまいよね。絶対オススメだよ」
といういかにも、説得力抜群のひと言であります。
表情を確認させていただいたら、これはまことに真実性が高かった。
迷わず速攻購入でありました。
定塩というのは鮭に塩分を加える際に低濃度塩水に48~96時間ゆっくりと
漬け込み、表面だけでなく身の中まで一定の塩分を加えていくのだと。
食してみて、そうかこういうのを言うんだとわかった。
まぁこういうサケの味わいは何度も食べていたけど、
これを「定塩」と名付けることは初めて知った次第。
アブラも載って箸の通りも素晴らしかった。
北海道人として、このサケの味わいはまことにソウルフルであります。
コメント

【移動コスト低下は「住」のありようも変えて行くか?】

2019年02月25日 07時26分15秒 | Weblog
「少子化」の結果、住宅産業はゆっくりと
衰退産業化していくという固定的観念が長らく支配的とされた。
たしかに住宅への新規投資意欲を持つ新規購入者世代は当然減少していく。
しかし同様の危惧としてあった人口減少と経済規模の縮小ということは、
それを回避するための施策が政治の側で取り組まれることの結果、
現実に人口減少局面でもGDPの拡大が達成されてきている。
人口減少は具体的に予測することが可能であり、
それ以上に経済規模が拡大されれば社会として対応可能なのではないか。
そういったことにいま、日本社会は目覚めてきているように思う。
ひるがえって住宅の構造的規模縮小懸念。
ここにきて、ユーザー側の新しいライフスタイル変化が見えている。

北海道住宅通信さんの2.25号で
「デュアルライフ注目高まる」
〜一般層に広がる都市と地方の「2拠点生活」〜
という記事が掲載されていた。
ポイントして記事中では北海道が推進している北海道体験移住
「ちょっと暮らし」〜移住や2地域居住の希望者に対して
住宅などを用意して生活体験を支援する制度〜の利用者が
2006年度は209件だったのに対して2017年度は2099件になっていて
約10倍の伸びを示しているという。
・・・わたしとしては、こういう2地域居住の伸びは
移動のコストが劇的に下がって来ていることが大きいと考えています。
経済活動というのは動態的なものであるので、
ある時点での条件をそのまま未来永劫不変と考えれば、
住宅の主要な「動機」が新規の住宅建築、それも子育て世代、
というように市場限定になっていって構造的に規模縮小するけれど、
どうも市場環境の変化ということをしっかり見なければならないのでは、
というように強く思われるのですね。
この2地域居住ということも、その前提として
「移動」という概念が大きく変化してきていることが与っている。
首都圏や関西圏からの北海道への移動の飛行機コストが
現実的に大きく低下してきている。
ちょっと以前までの航空会社のトラスト的な価格維持が通用しなくなってきて
世界的にも大きく価格の低下が一般化してきている。
いまの千歳空港のビッグバン状態を見れば、おのずと明らか。
2居住地域間の移動コストが下がり、航空機という
非常に遠距離でも数時間の忍耐で環境チェンジが可能になれば、
居住と言うことの重さ・バリアは大きく低下する・・・。
すでに日本の観光来訪者は4,000万人という目標達成間近。
国内移動ニーズとを合わせれば、移動という市場規模の拡大、低コスト化は
世界的に見ても必然的な趨勢でしょう。
北海道ニセコ地区への欧米系や香港・中国資本の旺盛な投資意欲を見れば
この流れは今後とも加速していくことは間違いなさそう。
こういった市場環境変化が、住宅というものも変えてくる可能性がある。
誌面記事の流れとはまた違った印象を強く持った次第。あしからず(笑)。
コメント

【2万年前仙台・富沢の石器時代人痕跡】

2019年02月24日 12時00分17秒 | Weblog


先日昼時、ちょっと小1時間手待ち時間ができた。
で、以前から気になっていた「地底の森ミュージアム」を再訪していました。
たしか、相当以前に一度見た記憶はあるけれど、
時間が無かったので、駆け足だったような記憶。
2万年前のこの地の森の様子と、人間のキャンプ・焚き火痕跡があった遺跡。
その後、いろいろな人類史の最新知見をたくさん知って
とくに「サピエンス全史」などの考古の最新研究に接するようになり、
また昨年2018年7月には同時期のNHK番組にも感嘆させられて、
【サピエンス人類史・日本列島フロンティアの解明】
という記事も書かせてもらっていました。
ということから、以前の訪問記憶を再度確認したかった。
NHK番組で紹介されていた、当時の「スンダランド最北部・台湾」から
日本列島最西端、石垣へ当時の最先端技術である丸木舟で
海流を突っ切っての渡航チャレンジは、3万年前とされていた。
それに対してこの仙台市太白区長町の石器時代痕跡は
2万年前のものということ。
考古年代としてはどちらも根拠の正しい年代特定なのでしょうから、
当時とは日本周辺の陸海のありようも相当違っていたことが推定できる。
歴史年代的には2万年前というのは、まだ「縄文」は始まっていない。
縄文は15,000年前とされているので、
まだ石器時代ということになる。もちろん3万年前も石器時代。
日本列島最先端では3万年前からより南方からの移住が試みられ、
一方こちらの列島海岸線中北部、仙台周辺では
2万年前ころは、最終氷期のまっ盛りで依然として狩猟採集が行われていた。
この場所は、当時の海岸線(下の写真)から考えると
相当の「奥地」であって、この場所まで人間がやってきた痕跡があるのは
大型陸上動物の狩猟を狙っていたのだろう、という解説があった。
当時の樹木痕跡もあって、それの様子ではやはりいまよりも相当気温の低い
寒冷地適応型の植生。で、地面も湿潤な湿地的な場所だったとのこと。

展示を見ているうちに思わず時間を忘れそうになるのですが
今回も、いろいろな資料や知見をたっぷりいただいて
時間に追われるように施設を後にしていました。
それにしても、考古の世界の奥行きにはいつも想像力が刺激されます。
コメント

【震災特需仙台で「寒くて」新築数年で住み替え?】

2019年02月23日 06時54分34秒 | Weblog
最近、仙台市内のビルダーさんから面白い情報を聞いた。
仙台地域は震災以降、被災地からの移住需要などが集中したけれど
その需要に応じて首都圏などの大手建て売り住宅メーカーが、
大量に「建売住宅」を建設して大量販売したとされる。
で、その住宅を入手して住んでいたユーザーは、元々は賃貸住宅などでの
寒冷地住宅体験はそれなりに持っていたのに、
これら建売住宅のあまりな「寒さ」に震え上がっているという。
「寒くって、とても耐えられなかった」
という実感をビルダーさんに吐露していたという。
資本の論理で土地を高値で仕入れて建て売り住宅を販売した
当の大手建て売り住宅メーカーのせいで仙台では土地価格が急騰したが、
その急騰を利用し築後数年しか経過していない「新築住宅」を売り抜けて、
また新たに新築戸建て住宅を建てる事例があるというのだ。
たくさん税金を納めることにはなるから、国の財政としてはいいのかも?
しかし、個人としてはまことにムダの多い投資をしたことになる。
なんとも、笑い事では済まされないようなことが今日起こっている。
たしかに仙台というマーケットでは転勤族も多いとされるので、
必ずしも寒冷地仕様の住宅知識をそれほど必須と感じないユーザーもいる。
しかし建てられる土地の気候条件を十分に把握せずに
製造業としての矜持、ポリシーなく建てられたと言っても過言ではない。

今日、「高断熱高気密」はセールス文句としては
どんなビルダーもそのように宣伝しているので、
ユーザー側でもまさかそれがただの宣伝文句とも思えずに
そういうところはそこそこマシなんだろうと考えて手を出すようなのだ。
逆に首都圏以西では、高断熱高気密技術は「普及期」にあって、
その技術要素が大きな「差別化」要因になっていく実態がある。
むしろ温暖地域の方がユーザーの「ホンモノ選別」がキビシイ。
一時的な特殊要因で大量生産がなされた仙台マーケットでの
きわめて特殊な事例であることを願う次第。
コメント

【油断大敵 ふたたび北海道地震情報 from仙台】

2019年02月22日 06時38分54秒 | Weblog
「すごい大きい地震❗️会社は物も落下せず大丈夫」
「でも今まで一番大きい。余震ありそうだね」
「ひええ…余震あるかな?でもこのまえはすぐ停電したよね?」
「それと比べたら停電してないからこの前より被害すくないかな…?」
っていうようなLINEでの家族のやり取りを、出張先の仙台のホテルで
それも夜中11時半ころ、ふと目覚めて確認して北海道の地震発生を知りました。
とりあえず、家と事務所の内部は特段の被害がないとのこと。
ですが、夜が明けてみてどうなのかと案じてはおります。

いままででいちばん大きいと感じたと言うことなので、
屋外などでなにか、異常がないかどうか気がかり。
また、スタッフは全員帰宅した後だったようなのですが、
無事の確認もこれからすることになります。
札幌の状況が夜間でもあり確認できないので、
対応についてはみんなに任せるしかないのですが、さて。
夜が明けて、LINEでの対話では「平常営業」が当然視されるとのこと。
今回は前回のように停電は事務所周辺ではなかったようです。
まだ情報は完全には確認できませんが、
ひたすら被害が大きくないことを願う次第です。
一昨日、月と地球の距離が近接する「スーパームーン」だったそうで、
ちょっと前には震度3程度の地震が発生もしていたという。
昨年の大地震の「一連の地震活動」という発表が気象庁からあったようです。
日本列島、どこにいてもこういう天変地異はいつ何時でも起こりうる。
つねに心のどこかで「油断大敵」と肝に銘じていなければなりませんね。
北海道のみなさんすべての無事を祈念していたいと思います。
コメント

【お元気(笑)ですね、アルミサッシの結露クン】

2019年02月21日 06時28分28秒 | Weblog
きのうまでの数日の札幌はすっかり春の陽気で
3月下旬並みのあたたかさというアナウンスでした。
雪まつりに合わせての市内一斉除雪からうち続いた暖気で
道路路面が露出している箇所も多くなって、
すっかり春の風情が漂っておりましたが、しかし、
そううまく冬将軍殿が遠征を止めてくれるとも思われません。
ドカ雪、寒波に身構えながら、春を待ちたいと思います。

一方で写真は断熱にはやや鈍感な仙台の賃貸ビル、非暖房のトイレ窓面。
なにを隠そう、当社の仙台オフィスの「恥部」であります。
事務室部分の方はオーナーさんに承諾を取って
「窓の複層化・樹脂窓化」をさせていただき、
暖房器具もエアコンにプラスして灯油FF暖房機を設置しています。
しばらくこの暖房熱源への灯油供給パイプの不具合で
寒い環境を耐え忍んでおりましたが、
年明け早々には復旧して、いごこちのいい暖房空間が実現しております。
ただ、このトイレの方は樹脂窓化をしていなかった。
この「樹脂窓化」改造の時に、忘れてしまっていたのですね(泣)。
断熱思想のないRC建造物での内外温度差は自ずとあらわれるもので
窓面とアルミサッシ枠には、盛大に結露水。

非所有の賃貸建築であり、
自由に手を加えることはできないので、
もう一度工事をさせてもらうにしても許可を得る必要がある。
本格的な「断熱工事」まで行うのはオーナーを説得する必要があり
そういうことまでする意志はない。
どうしようかなと、考えることは考えるけれど、
常駐していないし、ついつい忘れてしまっているのですね。
窓メーカーのHPなどではいろいろな方法もあるようです、
一度、きちんとコスパの優れた対応策を考えたいと思っております。
コメント

【書という芸術分野を共有する東アジア】

2019年02月20日 12時06分49秒 | Weblog
「王羲之を超えた名筆」という書が日本で公開されている。
顔真卿さんという一般の日本人には馴染みのない名前ですが、
中国の人たちにとっては、その漢字文化の究極を表しているようです。
以下インターネット上で見られた「美術手帳WEB」の案内の要旨。
「中国において、東晋時代(317–420)と唐時代(618–907)は、
書法が最高潮に到達したとされる時代。そして「書聖」とも呼ばれる
王羲之(おうぎし)が活躍した東晋時代に続いて、唐時代には虞世南(ぐせいなん)、
欧陽詢(おうようじゅん)、褚遂良(ちょすいりょう)ら
初唐の三大家が楷書の典型を完成させた。
 そして顔真卿(がんしんけい)は三大家の伝統を継承しながら、
「顔法」と称される特異な筆法を創出。王羲之や初唐の三大家とは異なる
美意識にもとづく顔真卿の書は、後世に大きな影響を与えた。」
というように紹介されていました。

たまたま東京出張の機会に、ちょっと見てみるか、
というような軽い興味で東京博物館に行ったけれど、
顔真卿の《祭姪文稿(さいてつぶんこう)》という名書を見るには
なんと、行列3時間ということだったので、
そこまでの強い思いがあるわけでは無論ないので、体感は諦めた。
しかしそこを起点にして、こういう中国史での「芸術」について
考えたりし始めています。
中国の山水画の類というのは、どうも日本人にはいま馴染みがない。
テーマが老荘の思想の極致を表現する、みたいな
なまの人間の叫びを感じさせるテーマではないために、
人類的共感としてはどうも感受しにくい。
個人的にわたしはそう思い込んでいるようです。
ただ、この「顔真卿の《祭姪文稿》」の紹介エピソードからは
この生きた個人、顔真卿さんという人物の個性とか息づかいというものが
立ち上ってくるように感じられました。
「乱によって従兄とその未子を亡くした顔真卿が亡骸を前に書いたという。
冒頭は平静に書かれているが、しだいに気分の高まりや激情が見られる筆致となり、
書き間違え、行そのものが曲がっている部分なども現れる、劇的な書」
というような紹介なのですが、実際にポスターなどでも
そういう書き間違えの部分などもあって、
激した感情というものが強く感じられてくる。
書というものに馴染みがなかったのですが、そういう劇的シーンが
感情移入されてくると、ようやく見方のスジがみえる。
まぁ入門としては貴重な機会だったかなと、見ることはなかったけれど
ふしぎに納得感が広がってきています(笑)。

しかしこの顔真卿の《祭姪文稿》は
国共内戦を経て、台湾に大量に貴重な文物が移転し、
「故宮博物館」が北京と台北にあり、そしてこの書は
なかなか公開されることがなくて、海外に出たのは
アメリカに次いで日本になったという経緯だと言うこと。
そういう経緯から中国本土のひとたちからは、
これが日本に行かなければ見られないことへの残念感が盛り上がったという。
しかし、旧正月休暇で実物に触れてきた人たちの口コミSNSなどで、
その素晴らしい「体験」への感動が多く語られているとのこと。
中国は繰り返し「易姓革命」が展開した。
それに対して日本は長く一体的国家意識が天皇制とともに継続した。
そういう社会の相違から、誤解も発生するけれど
こういう文化面での思わぬ局面も生まれるのだと興味深かった。
コメント

【北海道で「焼き魚」といえば定番は?】

2019年02月19日 06時47分08秒 | Weblog
って、ふつうは「ホッケ」だろうと考えていた・・・。
きのう「社長食堂」メニューが「焼き魚」に変わったタイミングで
社内スタッフに意見聴取していた。
「焼き魚といえば、なにがいいと思う?」
「アジ!」
「アジ!」
おいおい、であります。
昭和中期からの生き残り世代としては、少年期から青年期、
アジなんていうものは、見たこともなかった。
個人的には、大学で東京に行ってはじめてアジを食べた。
ホッケの肉厚ぶりとは比ぶべくもない薄さ。
味も脂身がホッケとはだいぶ違う淡泊ぶり。
しかし、たとえば「アジのたたき」などを食べたら、
その旨みには惚れ込んでしまう部分もある。
「そうか、東京の人って、こういう味わいに慣れているんだ」
というような食文化ギャップを味わっていた。
こういう体験を持っている世代として、北海道でアジを食べたいと
多くのスタッフから言われるのがちょっとカルチャーショック。
わたしなどの世代では魚は近距離の輸送しかできなくて
近海物に嗜好が限定されていたのでしょう。
東京で銀座に支店があった仕入取引先が若い北海道出身のわたしを
食事に連れて行ってくれたことがある。
メニューを見たら「ホッケの開き」と書いてあったので大喜びで頼んだ。
でも出てきたのはどう見ても「ホッケの干物(泣)」。ガリガリで泣けた。
しかし、ある時期からは冷凍技術が発達し輸送手段も発達して
高級魚は北海道の産地よりも築地の方がおいしいものが出回る、
みたいな逆転現象も起こったのでしょう。あ、いまは「豊洲」か。
そのような食嗜好の変化で、こういうリクエストになった。
で、きのうは焼き魚、アジでありました。
まぁ、ホッケよりも「特別」感があるのかも知れませんね。

写真は,食べ尽くされた残骸でたいへん恐縮です(泣)。
なんですが、この「食べ方」がオモシロくって記録した次第。
下の右側は,なにを隠そう、わたしの「食後」であります(笑)。
きのうは副食メニューも充実させたのでここまでで廃棄したのですが、
焼き魚の場合はこうして皮を集めてからガブリといくのが
乙な食感で、ついついこうやって集めたくなるのです。
他のスタッフの食べっぷりを見てちょっとオドロキ。
というのは「最近の若いヤツは・・・」というオヤジの小言定番で
魚の食べ方で「食い散らかす」、というのがあったのですが、
みんなの食べっぷりはなかなか礼儀正しいのであります(!)
こういうふうに食べられたらアジも本望だ、と思える。
一時期「家庭教育がなっていない」というアナウンスが行き届いてなのか、
こういう食文化でマナー伝統が復権してきているのかも。
社長食堂、継続しているといろいろなコミュニケーションができて
お酒を飲む以上にオモシロい発見もあり楽しい。
スタッフからの提案に感謝しつつ、頑張っていきたいと思います。
コメント