性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

【Mac接続環境不都合の主犯?】

2019年10月17日 07時29分45秒 | Weblog
ここのところ、作業環境の整理をせねばならず、
十分ではないアタマをあれこれ悩ましていました。
Mac本体の記憶容量がそれほど増えていかないけれど、
常時扱いたいデータは20年以上撮影し続けている写真データを中心に
数テラサイズ以上。
そういうことなので、WEB上のクラウドサービスも試してみるけれど、
レスポンスの悪さには閉口してしまう。
追加するにも削除するにも、いちいち時間が掛かって実際的ではない。
人間には「作業レスポンス」の許容範囲というのがあると思うのです。
たしかにクラウドにデータがあれば便利ではあるのだけれど、
やはり常時管理できるデータ領域というのは身近になければ
ストレスが掛かりすぎる、というか、その点については
あまりにも身近すぎるので他者にデータ管理を依存することに
どうも納得できないのですね、それこそ「試行錯誤」する自由がなくなる。
試行錯誤にいちいち「通信環境」が介在されたのでは
発想の自由にまでGAFA支配が及んでしまうのではないか、
という実感がぬぐえない、困った中高年なのであります(笑)。
でもこういうのって、多くの人も感じているのではないでしょうか。
デジタルデータの「自由」をクラウドに委ねたくはない。

なので、数テラサイズのデータを自由に扱える環境としては
どうしても「外付け」ドライブに依存することになる。
わたしが扱うのは通常は静止画写真データが多いので、
応答速度としてはUSB2.0程度でもまったくストレスは感じない。
今後、動画編集が本格化していけば、USB3.0が必須化するかも、だけど。
そういう進化は徐々にできればいいや、と考えています。
たぶん環境よりコンテンツ創造の試行錯誤の方がはるかに重要でしょう。
こういったことからの「データアクセス」環境検討なワケです。
しかし、Macの場合には絶対の「バックアップ」としてTimeMachineがあり、
それでまずは絶対必須の「外部ドライブ」接続が不可欠。
そのほかに本体Macのデータ容量不足を「補う」外部ドライブが不可欠。
さらにそれ自体も、外に持ち出して扱うモバイル化が不可欠。
というようないくつもの「不可欠」が積み重なっている。
・・・あ〜、悩ましい(笑)。
本日、最近の不都合の原因のひとつが特定できた。
非常に疑わしいのがこの写真の存在であります。
お〜、なんとも容疑者らしいコードの絡まりぶり(笑)。
USBハブであります。
こうした外部ドライブが複数になればこの装置が必要になる。
でもときどき外部ドライブが認識されないとか「接続解除されました」
とかの挙動不審事態が頻発していた。
外部ドライブ事態の問題か、とか、そもそもMac本体側か、
いろいろ悩ませられていたのです。
で、それらの環境をしっかりチェックした末、こいつの問題が特定された。
電源パワーの問題もあろうかと独自電源を持たせてもいるのですが、
通信不安定はどうもやはりこれの不具合の可能性が高い。
いまはようやく静穏な環境でブログを久しぶりに書けております。
この環境が安定して継続して欲しい・・・。
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【台風被災 ラグビー精神 水の国ニッポン】

2019年10月16日 06時33分05秒 | Weblog
日本は水の国だと思う。
四方を海に囲まれ、とくに日本海を吹き渡る偏西風が
水蒸気を日本の国土に雨となって降らせる。
そのために国土は放っておいても基本的には緑が元気に繁茂する。
その水は水道でそのまま飲める水としてニッポン人に供給される。
「水に流す」という世界でも独特の精神を日本人にもたらしている。
しかし、そうであるがために水による災害と常に日本は隣り合わせだった。
ときには熱帯太平洋の巨大な雲塊が襲ってきたりもする。
今回の未曾有の台風による水害は、まさに想像を絶している。
きのう連休が明けてさまざまな台風被害の状況があきらかになってきた。
スタッフのひとりも床上浸水に遭遇していたし、
仕事関係の知人のみなさんの多くも被災したことが明らかになってきた。
これまでは日本のどこかでの局所的な被害という
自然災害への思い込みがあったけれど、
それこそ家族の住む直接的な関与地域だけではなく、
まさに広範な地域すべてが災害に遭遇している。
まことにその深甚さに驚くとともに、深くお見舞い申し上げます。

そういうなかでラグビーワールドカップ大会。
このスポーツをしっかり観戦するのはわたしは今回がはじめてだけれど、
どこか、相撲と球技が合体したような魅力に取り付かれています。
非常にはげしい格闘技スポーツでありながら、
つねに「ルールとマナー」について覚醒させられる競技だと。
日本戦よりも他国同士の戦いの方が「見やす」かったりする(笑)。
日本戦だとついわたし自身もエキサイトしすぎるのだ。
そういうエキサイトしやすい肉体同士のぶつかり合いがベースにありながら、
試合後は「ノーサイド」という「水に流す」風のカタルシスがある。
そのことで殺伐さが拭い去られて、お互いへのリスペクトが交感される。
先日の対スコットランド戦で戦場でエキサイトはしたけれど、
しかし敵ながらあっぱれな活躍をした選手に対して、マンオブザゲームとして
日本チーム主将のリーチ選手が「日本刀」をプレゼントしたそうだ。
また、水害被災した釜石でのカナダチームの清掃奉仕活動。
きわめて一体的な社会であるこの国では一般人に広く情報共有され
かれらカナダチームに対し、民は空間を超えて感謝を示していたとされる。
「国際」ということについて、最近
いろいろな動きが目まぐるしく騒がしいなかで、
この水の国ニッポンでのノーサイド精神のラグビーワールドカップが
わたしたち日本人のこころに染みわたる浄化作用を見せている。
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【Mac環境移行に長時間かかる件】

2019年10月15日 07時45分42秒 | Weblog
写真は先日訪問した「土の博物館」土壌層の展示。
土って普段はなにも考えない存在ですが、
地球の創世は46億年前で、土って4億4千年まえころから出来てきた。
っていうことなのだそうです。
まぁそういった年代時間からすれば、あっと言う時間ではありますが、
Macの環境移行にずいぶんと手間取っている(笑)。
昨日娘にこれまで使っていたMacbookAirは仕事の依頼とともに
持って行ってもらったのですが、
移行先のMacBookProの方の環境整備はまだまだ終わっていません。

そもそもこれまでの20年以上の仕事などのデータを
「全部」持っていたいというのが特定の仕事を長く続けてきたことからの
大きな要件になっている。
デジタルデータなのでディスク容量はどんどん巨大化するので
はじめのうちは「なんぼでも大丈夫」みたいに考えていた。
なので、ソフトの側のデータもドンドン巨大化していった。
画像のPhotoshopデータなど、隔世の感があるほどの容量差。
ところがパソコンの側で、不安定なHDDへの見直しが始められて
記憶媒体がSSD化していく趨勢になった。
それもすぐに大容量化するとタカをくくっていたけれど、
これがなかなか進まないというか、ほとんど停滞している。
パソコンは高齢化、移動の日常化もあって、なるべく軽量化したい。
そういうなかでデータの個人管理の重要性が増しているのですね。
しかしSSDとHDDの混在が一般化して、さらにHDDの方が
なかなか安定しない、またSSDにしたってそのうちボロも出るだろう。
HDDは壊れるということを前提にすれば、大容量のドライブのその
バックアップも必要になる、ということなので、イタチごっこ。
さりとてクラウド管理もまた情報管理の面でイマイチ信頼性がない。
というような2019年段階というようにいえるのでしょうか?

まぁ大容量データ記憶媒体それ自体がおかしてなってくると、
バックアップに次ぐバックアップ地獄で、それも大容量なので、
時間はとにかくかかることになっている。
われわれは、便利になったのか、それとも機械の奴隷になってきたのか。
う〜む、わかんない。
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【明治末年北海道移民、長旅の写真記録】

2019年10月14日 06時33分14秒 | Weblog



わが家の家系はわたしの祖父の代に、広島県から渡ってきた。
北海道の歴史的な写真を検証しているなかで、
ほぼ同様の時期の「移民」たちの様子の写真があって、
気分として追体験しているような不思議な感覚に襲われています。
伝承として家族から聞いていたのは、
小樽に船で着いた、ということ。
そこから転入先である栗沢町まで荷物をかかえて、
一家祖父母、叔父叔母父の5人兄弟が移動したという。
移動手段は「幌内鉄道」を利用したということ。

まず、「船で着いた」ということの実質が見えなかった。
というか、想像すら出来なかった。
なんとなく大きな旅客船をイメージしていたけれど、
考えてみれば、そんな交通の発展した時代ではない。
このちょうど同時代の上陸写真からは、桟橋もなく、
大きな船は直接陸地に着岸できずに、
船から「はしけ」のような小舟に乗り換えて上陸したとみえる。
旅の出発港はたぶん広島県の尾道だったと推定できるので、
さてこの旅には何日かかったのか。
どう考えても1週間は間違いないだろうから、この上陸には
やっと船旅から解放されるという歓びがあっただろうか。
それとも地獄にでも突き落とされるような気分だったのか。
祖父は事前に「下見・準備」で往復はしていただろうから、
その祖父の「旅の慣れ」だけが家族に安心をもたらしていたのだろう。
そして北海道で石炭が産出され産業資源基地となった時代の
大動脈、幌内鉄道に家族全員で乗車した。
広島県福山市西部から尾道港までは十数キロの行程だと思われるので
この間で鉄道に乗車できたとも思えない。
だとすれば、祖父以外の家族は「はじめて汽車に乗った」のかも。
こういった移民行程体験での家族それぞれの心事には想像が膨らむ。
そして最後の行程は、歩いてということになったのだろう。
写真では北海道に多かったとされる「谷地」を行く様子が写っている。
開拓の時代、まずは目的地までの「道」すらこんな状況だったことが
自然とつたわってくる。先人の労苦が偲ばれ胸がすこし熱くなる。

北海道住宅初源の旅探索中ですが、しかし豊富な歴史資料写真が、
その時代のナマな空気感を伝えてくれることに驚かされる。
休日の1日、こんな想像に包まれておりました。

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【家族LINEで台風対応&Mac-HDメンテ】

2019年10月13日 07時32分18秒 | Weblog
全国で固唾をのんでの台風の通過状況チェック。
被害が出たみなさんに深くお見舞い申し上げます。
こんなに広範囲に被害がおよぶ台風もあまり記憶がない。
わが家でも息子が東京都町田市周辺に居住しているので
家族LINEで台風通過事前段階から深夜の通過状況などを確認し合って
災害への備え、安否確認などをしておりました。
幸いにしていまのところは無事が確認されております。
しかし、深夜10時になって地域に「避難勧告」が出されていたということ。
「22:06 避難指示出たけど・・・」
「22:07 絶対今避難するより7階いた方がいいよな笑」
というようなことでした。
しかしこれから一夜が明けてから、どんな広域被害が確認されるか、
関東から東北にかけて心配な状況ですね。

そんな過ごし方をしていましたが、一方で普段使いのMacに一部不調。
加齢と共に「より軽量に」ということでMacBookAirに乗り換えているのですが、
データ容量が少ないので、どうしても外付けHDなどにデータ依存する。
それらのディスク、いまはご覧のように3台のHDに分散している。
1つはバックアップ専用のものですが、
ほかのふたつは普段使うデータの保存先でメインとそのバックアップ用。
メインは出張などもあるので携帯性優先のために
2.5インチサイズのHDでして、こちらがどうも動作に不安。
メンテチェックしたら、バックアップを取っておく必要性のあるアラート表示。
過去20年以上分のあらゆる活動のデータなので、
全体で3−4TB以上のデータ総量になっている。
バックアップも、その指令を出すのがやや非力なMacBookAir仕様でもあり、
なかなか時間が掛からざるを得ないのであります。
いっぺんには難しいようで昨晩から1TB程度の最低基本データ移行させていますが、
「12時間」という時間表示が出て、けさ起きて確認してもまだ1/4程度完了。
本日は本格的に各種メンテナンスと、あらたなデータ環境構築にと
取り組まざるを得ないようです。
まぁ、新しい仕事領域の開発に取り組んでいることが
こういった環境整備の必要性を生んでいる次第ではあります・・・。
それとそもそも、MacBookAirの環境がメインでいいのかまで要検討。
・・・ということで、本日は住情報そのものではなく
そのマシン環境についてのチェック状況ということでした。
明日以降、はやく住情報に復帰したいと考えております。どうぞよろしく。
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【北海道開拓判官・島義勇の「石狩大府指図」】

2019年10月12日 06時19分06秒 | Weblog


さて週末になったので再び「北海道住宅初源の旅」であります。
調べるほど、北海道開拓、札幌都市建設は日本国家の意思そのものであり、
日本人に深く刻み込まれた「共同幻想」そのものと気付かされている。
比較するとすれば、奈良の都の建設、京都の建設、そして江戸建設
などと並ぶ、日本人がその後長く共有した民族のロマンそのもの。
前例はすべて国内的要因からの「首都」建設だっただけれど、
札幌の場合は、対ロシアあるいは白人支配の帝国主義列強との民族国家闘争。
生まれてすぐの青年国民国家ニッポンの命を賭けた戦いだったのだと思う。
明治維新の達成と同時にロシアは樺太を占領しはじめ、北から圧迫した。
この北海道を明確な自国領とロシアに対し認めさせられるかどうかは
まさに日本の独立が勝ち取れるかどうかの瀬戸際だった。
国際の外交としては、黒田清隆が中心になってロシアとの交渉が成立したけれど、
まさに虎狼のようなロシア国家との約定などは、ほんの一時しのぎだと、
正確に明治国家は肝に銘じ、ひたすら北海道の開拓に全力を注いだ。
近代国民国家のスタートは、まさに北海道開拓だったといえる。

図とGoogleマップは、島義勇判官の「石狩大府指図」と比定する鳥瞰写真。
各資料からは図は上下反対で示されているけれど、
開拓者目線で考えれば、このように日本海を下に見た方がわかりやすい。
ということで、わたし的に図を修正してみた次第です。
この図は、明治2年10月に小樽市銭函・白浜園の仮官符を定めた段階で
同行した誕生早々の官庁「開拓使」メンバー20名弱に示されたものとされる。
開拓使という官庁設立の政令そのものも十分に徹底されていない時期。
ようやくにして榎本軍の函館での反乱が鎮圧されたばかり、
江戸幕府との「権力引き継ぎ」もようやく江戸で始まったばかり。
この図にも「札幌」大府というようには書かれていない。
この段階では北海道西部海岸地域は漁業資源の基地としての
「場所」が13箇所で開かれ、この近くの「石狩」は有力な秋鮭漁場として
それなりの集落蓄積があった。
小樽もそれなりには集落形成があったけれど、
その後の発展のようではなかったとされている。
国家の地名確定で札幌となるまでにはいくつかのプロセスがあったことが、
この「石狩大府」の名前からも推量できる。
まだ現地入りもしていない段階ながら、この原始の森が覆っている札幌に
「五州一の都」を造営しようというグランドデザインが描き込まれている。
たった半年程度の北海道での在任期間だったけれど、
島義勇さんという人物のロマンチストとしてのDNAが、はるかに
わたしたち北海道人には刷り込まれてしまったようにも思える(笑)。
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【リビングルーム床材にタタミ】

2019年10月11日 06時53分41秒 | Weblog


わたしも不勉強なもので、リビングルームというのはフローリング、
と固定観念に取り付かれていたのか、こちらの住宅では「畳」が敷き込まれていて
感じたその肌合いについ意表を突かれてしまった。
こちらは積水さんの「MIGUSA」という床材で、
芯材と表材ともポリプロピレンなどの化成品仕様でカビダニなどの不安はない。
そういう仕様なので面材のカラーバリエーションは豊富。
肌ざわりは畳と違和感は感じませんでした。
短時間の滞在だったので、これが普段の暮らしの場になれば、
長期的な感受性がどう反応するのかは不明ではあります。
ただ、やはり足裏に感じる感覚は肌に優しい感じが伝わってくる。
天然のいぐさ畳とこの「MIGUSA」とで大きな感覚の違いを感じられるか、
比較して感じてみなければよくわからない。
足裏のことなので、たとえばフローリングの木材樹種の違いを見分けられるか
といわれれば、わたしにはムリだろうと思います。
しかしフローリングと畳床との違いはすぐに感受できる。
で、そういった感覚の領域で言えば、畳素材の持つ
微妙なやわらかい反発力はいごこちとして魅力的だと思う。

面材の色合いがそれこそ無限に選択できそうというのは
これはこれで「決め手に欠ける」という印象も持った。
人間というのはある程度は「受け身」で生きているので
無限に選択肢がある、というのは長所ばかりとはいえない。
ほかの商品で「無限に選べます」みたいなものの「成功例」が思い浮かばない。
ムクの木材が支持されるのは「おれ、これだから」みたいな
強いメッセージ性を持っているからだと思うのです。
色味・質感・雰囲気総体が人間にある「保守的」感受性を刺激するのだろう。
人間は革新的な部分ももちろん強く持つのだけれど、
突然変異的な世代更新は3%ほどだという説があって、
逆に言うと97%は「継続」していることの安心感が優勢なのだと思うのです。
ある新規のものが生活タンダードとして受け入れられて行くには
総体としてのメッセージが「一挙に」つたわって来たほうがわかりやすい。
そういった「生活合理性でのユーザー判断」での「市場濾過」が
選択肢としての「安心感」につながるように思える。
写真の面材も2枚でまったく違うのですが、
こうまで違うと「目移り」しまって、商品への「特定」認識を持ちにくいかも?
畳はいぐさという自然素材の表情の「ホンモノ」ぶりで
ユーザーからの歴史的長期の「信頼」を獲得してきたことを忘れてはならないかと。

っていうような印象を持った次第ですが、
さてユーザーの反応はどのようであるのか、強い興味を持った次第であります。
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【北海道で太陽光発電14k キクザワモデル住宅】

2019年10月10日 08時05分18秒 | Weblog
北海道はZEHについては後進地域といえるでしょう。
最近はあまり統計データなども参照しなくなりましたが、
やはり積雪寒冷という条件から躊躇するひとは多い。

冬の間は、屋根の雪のことが最大の心配事という地域性では
ユーザー心理的にも、その上心配のタネを背負い込みたくない心理が強い。
そうでなくても北海道の家では積雪荷重を考えた構造の負担があり、
雪の処理の仕方についても、落とす敷地が狭くなってきて
無落雪タイプの屋根選択が多くなってきた流れがある。
しかしこういった北国人の心理的負担感は実はある意味では杞憂ともいえる。
北国住宅が克服してきた「課題解決力」からすれば、
十分に対応可能な条件であり、ユーザーのメリットをきちんと確保することが出来る。
なんといっても売電を計算に入れられる生活コストメリットは大きい。
そのようなユーザーメリットを活用している地域工務店の代表とされるのが
札幌近郊・恵庭のキクザワさん。
高い性能的技術力を背景に、北国での太陽光発電に積極的に取り組み、
ユーザーにとって経済的メリットが大きい太陽光発電住宅の先端を走っている。
写真は今回の住宅見学で披露されていたモデル住宅。
ゆったりとした片流れだけれど、車庫も組み込みさらに中庭も組込むことで、
生活デザイン的な開放感を実現させると同時に
大きな屋根面積を確保して、合計14kの太陽光を搭載している。
比較的に敷地条件にゆとりのある北海道のメリットを活かせば、
こういった「賢い生活設計」可能な住宅をユーザーに提供できる。
そもそも住宅性能の進化は、よりあたたかくということはもちろんだけれど、
暖房のコストを下げるという大目的から支持されてきた。
そういった技術を使えば、鬼に金棒的にくらしにゆとりを生み出せる。
コスパ的には売電の価格が変動するけれど、
自家使用分の電力を確保した上で、現状でも10年以内程度で償却可能。

最近、北海道住宅の始原期、明治維新直後のさっぽろ住宅事始め
みたいな歴史探究を始めていますが、
開拓使でも当時の住宅資金としては破格の「家作料」補助という施策を
行っている事実が発掘できてきた。
この制度は明治3年頃から明治6年頃まで短期間、実施されたようですが、
その状況をつぶさに見ていると、民の側としては大いに活用すべきだと。
当時のお金で100円というお金が貸し付けられたのですが、
たぶん住宅資金の1/3相当のお金が「ゆるめに」貸し出されている(笑)。
その当時の世相状況などを見ていると、これは大いに役立っている。
今日でいえばこの太陽光のシステムということになるでしょうね。
大手住宅メーカーの戦略競争でも、
この対応の差で大きく企業業績に違いが出てきています。
ユーザーとしては賢く、しっかり活用するべきでしょうね。
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【北海道でも「大谷石」をインテリア利用】

2019年10月09日 06時58分16秒 | Weblog


昨日は北海道の工務店グループ・アース21の例会。
写真は北清建設さんの長沼町の現場です。
北海道は地域らしい暖房として薪ストーブがたいへん人気がある。
高断熱高気密を追究していけば、薪ストーブのような
エネルギー消費のコントロールのしにくい暖房は非論理的ではあるけれど、
やはり人間はそういう論理だけでは生きていない。
とくにこちらの住宅は農家住宅なので、屋外での作業から
室内に帰ってきたときに、炎が持っている体感輻射と
目で感受するその美感というか、DNA的なやすらぎが癒してくれる。
むしろ熱的には補助的な暖房装置ですが、設置を希望される方が多い。

そうなると、この輻射熱を効率よく「蓄熱」させることで、
より効果的な暖房とさせる必要が生じてくる。
石系の保温壁が効果が高いのですね。
で、ごらんの写真のような石の背景壁が装置される。
北海道ではこういった場合、レンガを積むのが一般的。
開拓期以来、北方建築の素材としてレンガは多用されたので
今に至るも、レンガ関係の流通が盛んに行われます。
しかしこちらでは、奥さんが「大谷石、使って」というリクエスト。
奥さんの希望は個人の出身地域的なこだわりからなのか、
あるいは「大谷石」ブランドへのこだわりなのか、は不明ですが
こういう施工が行われたのですね。
大谷石は東京でも明治以降、洋風建築などで多く使われた栃木県の特産品。
わたしは切り出しの現場も見学したことがありますが、
北海道では先日来触れてきた「石山軟石」が石材としてはポピュラー。
わが社の玄関前には石山軟石を踏み段として利用しています。
この石山軟石、最近、北海道遺産という指定を受けたとのことで、
注目度が高まったからか、需要と供給の関係から値段が上昇気味とか。
そういった間隙を突いて大谷石流通が盛り上がってきているのかも。
こういう輻射熱壁利用の場合には、たしかに石山軟石は軽い分、
蓄熱性能は劣る。まぁレンガの方がもっと性能はいいけれど、
っていうような市場状況、性能比較状況が見て取れますね。
地域の人間として地域産品への愛着もありますが、
物流が大きく変化した時代にあって、こういう選択肢の拡大も頷ける。
大谷石をこのような用途で利用するのはありそうでないかも。
ちょっと輻射感を体感してみたいなと思いました。
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【2019札幌円山ふもとオオウバユリ残照】

2019年10月08日 07時18分08秒 | Weblog


さてここのところ、すっかり明治初年札幌開拓期のことに
ほぼ集中してきております。
ブログ執筆を通して目的的に探究することができます。
そう考えて取り組み始めてみると、わが家は札幌山の手図書館から歩2分。
とくに地元地域ですので、いろいろ調べ物やらには便利そのもの。
日々の仕事デスク環境もそういう目的に対し微調整も。
人間にはそれぞれ好みの生き方というのがあるものでしょうが、
わたし的にはこういうライフスタイルが老後の生き方シアワセ感がある。
・・・というのはいいのですが、
今年はひどい夏風邪を2度もひいてしまって以来、
すっかり散歩習慣が途絶えてしまっておりまして、
長時間のデスク集中もあってか、やや腰のまわりに張りが感じられるように。
やはり健康にも留意して1日8,000歩程度は歩きたい。
で、先日久しぶりに円山公園、北海道神宮周辺のマイロードを散策。
春から夏に目を楽しませてくれていた「オオウバユリ」が結実していました。

このオオウバユリ、芽を出した頃から観察し続け
もっともドラマチックな開花時期をことしも楽しませてくれた。
それがイマドキにはこんな見事な変身ぶりを見せてくれる。
この結実がタネになって、やがて翌年のいのちを紡いでいく。
生々流転、万物は季節の輪廻をかさねていく姿を見せてくれますね。
と、そのまわりには「萩」とおぼしき花たち。
この円山自然林は150年前の開拓当時の自然を保全している地域。
いま、このように見ている自然のうつろいが繰り返されてきている。
すっかりモノクロ写真の世界にどっぷりと没入しているのですが、
先人たちも、こうした天然カラーの世界でこの地で生きてきた。
日本という国にとって、北海道開拓という民族体験は、
まことにかけがえのないものだったのだと思う日々であります。
島義勇さんはこの札幌開闢のときに「五州第一の都」(世界一の都)という
ロマンチズムを掲げて計画策定に取り組み、骨格をこの地に残した。
いまでは190万人を超えるアジア有数の「北方の都」になっている。
このロマンに結実を感じられることが、日本人が北海道を愛してくれる
その大きな根拠になっているように思う。
日本国家という共同幻想のなかでも北海道開拓事業というのは、
さらにまた「共同幻想」の結節点なのだと実感しております。
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