性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

年度末の列島移動風景

2014年03月31日 05時19分26秒 | Weblog


さて、先週末はずっと首都圏におりまして
新生活の家族のさまざまな環境整備をおこなっておりました。
で、無謀にもフェリーで札幌ー首都圏を往復したので、
復路で、疲労感はMAXになりました(泣)。
首都圏では「圏央道」の整備がなかなか進んでおりませんね。
どうしても地価の高い首都圏西部地域の用地買収が困難なのでしょうか。
なので、神奈川から東北道を北上したい場合でも
いったんはどうしても首都高速を走らねばならない。
ところが、首都高速内でいったん事故が発生したら、
こういう交通体系は瞬時に破綻する。
ちょうどそんな道行きになって、川口ジャンクション寸前の加賀ー入谷間で
こういう事態に遭遇。
事故でクルマが炎上したようでけたたましくサイレンを鳴らした消防車。
やむなく2つ前のインターで下りて逃げ道を探すが、
はじめて走るような場所なので、見当がつかない。
渋滞に追尾していても、情報がない不安感が襲ってくる。
ノロノロ運転を慰めるかのように、ことしのサクラ初見物(笑)。
なんですが、こりゃ困った、どうしよう、であります。
その上、ガソリンがだんだん心細くなったので、いったん渋滞を離脱して
ガソリン補給、トイレタイム。
ちょうど、高架上で消防活動中の地点近くのGSで補給し、
道を確認して再度渋滞に追尾したら、ほどなく入谷インターで
高速に復帰して、すぐに川口ジャンクションから東北道へ。
やれやれでありました・・・。



予定が見えなかったので、
フェリーは、大洗からの便が満席になってしまって
やむなく、苫小牧までは仙台からしか乗船できなくなっていた。
土曜日の、復路総走行距離はそういうわけで
ほかにも別件があった関係で、なんと580km超という殺人的距離。
どうも年度末ー年度初めの時期って
特異日のようにフェリーが大賑わいになるようなのですね。
引っ越しも兼ねて、家族がクルマで移動するというのが増えるのでしょう。
やっと仙台港から出港できた次第であります。
でも、長距離ドライブの疲れを日帰り温泉でいやして
再度ハンドルを握ったら、国道4号線バイパスがここでも大渋滞(笑)。
ヒヤヒヤ、なんとか滑り込みセーフであります。



で、昨日日中ようやく札幌のわが家に帰還したら、
岩盤のようだった玄関前の氷状の積雪がほとんどなくなっている。
東京はサクラの開花ですが、こっちは雪解けであります。
さっそく家の前に残った雪の処理、雪割りも徹底的にして、
春よ来い、早く来いと、北国人はがんばりたいと思います。
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前真之東大准教授 「いごこちの科学」

2014年03月30日 09時52分39秒 | Weblog


きのうReplan北海道版の新発売告知をしましたが、
書き忘れていましたので、追記です。
今号から、表題のように気鋭の住宅技術研究者である
東大准教授の前真之先生に「いごこちの科学」と題した連載記事をお願いしています。
Replan誌はもちろん一般読者向けの住宅雑誌ではありますが
北海道や東北といった寒冷地では読者にも
基本知識として、いごこち、住宅性能についての理解と興味があります。
そしてこのことは、知ることで豊かな住生活が可能になる、
ひとが幸せになる、大きな手段だと思っています。
そういった信条から、一般向け住宅雑誌ではありますが、
信念を持って住宅性能的な記事を載せています。
住宅デザインについては、東京で出版されている住宅雑誌は
それこそたくさんの情報が発信されていますが、
このような「住宅性能」についての基本情報はあまり見掛けられません。
それはひとつの見識であって、否定はしませんが、
わたしどもとしては、それだけで本当に人の暮らしは幸せになるのだろうかと
そんな風に考えている、という次第であります。

これまでもさまざまな住宅研究者の方の発表を掲載してきました。
で、今回から、寒冷地住宅雑誌ですが
あえて、東大の研究者である前真之先生に執筆を依頼して
快諾していただいたのです。
先生は東大を卒業されたあと、建築研究所勤務を経て
29歳の若さで東大准教授になったという経歴。
住宅研究領域の次世代を代表する存在と言えるでしょう。
現代の住宅にはさまざまな「住宅設備」というものが欠かせません。
わたしたち北海道東北の立場からすると
まずは基本的に「断熱技術の進展」があって、そのうえでさらに
家の中の「快適性」を考えていくと、設備のふるまいが次の大きなテーマになる。
先生と出会ったのは、建築研究所がまとめた
「準寒冷地版自立循環型住宅」テキストの説明会でのこと。
その際、とくに住宅設備関係の部分の主要スタッフとして
説明役を務められていたことで注目させていただいてからです。
ご存知のように、北海道では高断熱高気密住宅の普及が進んできて
全体としての住宅性能として考えたときには
地球上でも有数の先進地域になっているのだと思います。
北欧や北米カナダと比肩しうるほどに平均レベルの住宅の性能が高く
そのことをユーザーも理解しているし、
大変分厚く設計者・技術者が存在しているという意味でも先進性があると思います。
しかし、住宅設備についてはその多くの開発部門が東京以南に拠点があり、
さらなる進化を期待すれば、そうした地域でのイデオローグの存在が不可欠。
そのような意味から先生に、このような企画趣旨で連載記事をお願いしたのです。
先生は、一昨年以来、頻繁に北海道の先進的な研究者やビルダーと
深い接触をされてきていて、
断熱と言うことの真価をしっかり体感されています。
先日の東京での「エネマネ」では東大の住宅がダントツの省エネぶりを達成しましたが
その背景には断熱技術がしっかり実現されていたという点があります。
いま北海道で普通に達成されているQ値1.3レベルの駆体を建てて
そのうえで最先端の住宅設備を探求されている。
他の展示住宅の半分以下のエネルギーに納まっているのも
むべなるかな、であります。

今号からの新連載「いごこちの科学」にご注目ください。
寒冷地以外のみなさんも、Replanホームページから通販で購入できますので
ぜひお読みいただければ幸いです。
目からウロコが落ちる、「いごこちの科学」であります(笑)。
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Replan北海道vol.104 発売!

2014年03月29日 05時25分01秒 | Weblog


【特集】水まわりの工夫。キッチン・ユーティリティ・バスルーム
どんな暮らしがしたいのか、どんな空間で過ごしたいのか。
住まい手の希望と個性を反映した住まいだからこそ、
水まわりにもさまざまな工夫が凝らされています。

○空間に広がりを与える水まわり
○毎日を楽しむための水まわり
○心地よさを生み出す水まわり
○主役を生かすための水まわり

「食」が暮らしの中心という設計者が、
とことんこだわってリフォームした自邸のキッチンも大解剖!
そのアイデアの数々を公開します!

Contents



●巻頭特集/ 水まわりの工夫。 キッチン・ユーティリティ・バスルーム
○空間に溶け込む/タカトタマガミデザイン
○暮らしの拠り所/新岡康建築設計事務所
○デザインと機能を満たす/ARCHI-K
○設備を厳選/設計島建築事務所

●新連載 いごこちの科学〈東京大学準教授・前 真之〉
●リフォーム特集
●New Building Report 〈新築実例集〉
●連載・ STORY OF ARCHITECTURE
●第13回きらりと光る北の建築賞・受賞作品紹介
●北の建築家
 「ウチ庭がつなぐ暮らし」 堀尾 浩
 「居の階段」 五十嵐 淳
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朝日新聞をめぐる状況変化

2014年03月28日 06時36分04秒 | Weblog


このところ、日中間3カ国関係を巡って
ひそかに、というか、かなり明白に日本のメディアが試されてきている。
とくにいわゆる「従軍慰安婦」問題を巡って
朝日新聞がかなり微妙な位置に立たされていると思う。
朝日が果たしてきた主導的な役割が中韓両国の日本叩きに大きく利用され
結果として、本来タブーに留めておくべきで、不分明なことがらで
日本国家の尊厳性が危殆に瀕してしまっている。
そろそろ、朝日新聞はこのことの責任を公的に認めた方がいいのではないか。
戦争における性の問題は現代においてすら大きなタブーであり、
そのことが正面切って国家関係問題になってしまっている
現在の不幸な東アジア3カ国関係の状況について、
朝日はそろそろコメントを出すべきなのだ。
過去の自分自身を裁くかのようで、確かに出しにくいだろうけれど、
戦前までのイケイケ軍国主義新聞が、
戦後、コロッと思想転向して「やや左側」の良識派、という
「もっとも安全な思想的スタンス」に立って、
「進歩的文化」を先導してきて、その流れの中で、
国家としての大きな道義的問題を惹起させてしまったことについて、
そこまでの影響力を持ってしまうとは思わずに行ってしまったに違いない。
このポイントがクリアされない限り、朝日は日本のなかでの思想潮流において、
主導的なスタンスに二度とは立てないのではないか。
このことを朝日のために深く憂慮している。
突き詰めて言えば、
このことが大きなトゲになって、いまの日本は「右傾化」が強まっていると思う。
中韓の執拗な日本攻撃的態度によって日本人の民族感情が、
大きく尊厳性を傷つけられていると感じざるをえない。
反発を強めて行っている最大の根拠が、朝日がしたこの情報提供なのだ。
いま、安倍政権は従軍慰安婦問題の再検証を言っているが、
本当は、これは朝日がその主体性のすべてを掛けてでも
日本のためにやらなければならないことなのだと思う。
安倍政権や、その心情的支持者だけにこの検証を任せていてはいけない。
産経などが指摘している従軍慰安婦の問題点について
朝日こそが、それに真正面から取り組んで
より真実の姿を日本国民に知らせる必要性があると思うのだ。
その過程で、過去の朝日の問題がえぐり出されることもあるかも知れない。
しかし、それを怖れていては、前に進むことは出来ないのではないか。

朝日新聞のメディアとしての大きな決断に期待したい。

<写真は明治三陸津波の報道画>

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やや無謀なクルマでの関東遠征

2014年03月27日 05時58分56秒 | Weblog


さて年度末を控えて
ひとの移動の多い時期ではありますが、
わたし故あっていま、神奈川県の方に来ております。
あ、べつに夜逃げではありません、念のため(笑)。
それもなんと25日夕刻苫小牧からフェリーに乗って
26日14時に茨城県大洗港に着いたあと
クルマで常磐道ー首都高速ー湾岸道路ー横浜新道ー国道1号を抜けて
昨日午後7時半過ぎに到着。
大洗からは180kmちょっとでしたが、
さすがに首都高の渋滞にやむなくハマって、
坦々と平常心を維持しながら、今度は左、今度は右と、
カーナビの命じるままに、唯々諾々と従って修行に似た道中でした。
たまにこういうのもいい。
でもまぁ、あんまり頻繁にはしたくない経験であります。
我がことながら、やや心配しておりましたが
途中、首都高の空中遊泳のようなカーブ+アップ道路のあたりで、
やや胸苦しさを感じましたが、
それ以外はなんとか、平衡感覚も維持し続けて
無事乗り切った次第であります。ふ~やれやれ。
さすがに「札幌」ナンバーのクルマはほとんどいないでしょうから
行き交うドライバーのみなさんも、道行き不案内を察してくれているのか
比較的親切に道中、行き交わさせていただいたようです。
って、まぁ、考えすぎですね(笑)。
でもまぁ、こっちがかなりの遠隔地からだからか、
みなさんのクルマのナンバープレートを注視していましたが
まことにナンバープレートのるつぼのような状況ですね。
ヘンなことで感心しながらの道中でした。

ということで、昨日のブログ更新は
事前に期日と時間指定での前日投稿で済ませておきました。
フェリーの中、全然「圏外」なんですね。
もうちょっと使えたのではないかと記憶していましたが、
まったくダメ。
しかもスマホの電池の消費がムチャクチャ早い。
あっという間に残量数%になってしまいます。
どうやら、スマホは必死に近くの通信スポットを探し続けるように思います。
いっそ、ダメなんだから電源は切って置いた方がいいのかも。
ではでは、本日から数日間、こっちで片付けごとに勤しむ予定であります。

<写真は幕末、フェリーで(笑)日本に上陸したアメリカ軍人さんたち>
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江戸の大衆社会状況 5

2014年03月26日 05時26分50秒 | Weblog


最近、人口減少社会の本格的到来を前にして
社会インフラとしての「コンパクト化」の流れが顕著だと思っています。
人口が減少していって、このままの「福祉」を維持していくとすれば
総トータルとしての社会活力は減少し、
高度成長期から拡大してきた国土社会基盤のインフラ維持は困難になる。
わたしが住んでいる北海道のJRや、北海道電力の経営危機は
広大な地域でインフラ維持していくことの困難をある意味で証明している。
各企業体の困難はそれぞれの事情があるにせよ、
その根底には、拡大したサービスネットワークを維持していく困難が
大きく横たわっているのだと思う次第です。
JR北海道では広大な地域の鉄路網の維持メンテナンスと、
経営合理化とのハンドリングがいかに難しいかを表しているし、
北海道電力については、原発問題で隠されていた、より本質的な問題
電力輸送の巨大なコスト負担の問題が露わになってきたといえるでしょう。
原発という解決策が見えにくくなってきて、袋小路に入ってしまった。
ただ、この問題、先般の都知事選での小泉・細川さんの主張
「なんとかなる、進歩を止めろ」
では、いま生きていて、未来に希望を持ちたいと考えている
ふつうの国民はたまったものではない。
もうすでに功成った悠々自適な老人層が、生きていくことに必死な
若者たちに無責任な倫理観を押しつけ、あっさりと見限られた図だと思う。
原発が動かなくなって、では日本の社会をどう変革し、
エネルギー、経済を含めてどう生き延びていけるのか、
その道筋を明確にしていかなければ、路頭に迷うのは国民だと思う。
エネルギーコストの急上昇で貿易収支が大赤字になって
国富がドンドン毀損しているのが、不都合な現実なのですね。
そういった無責任な論議に既得権を持たない世代が憤ってきていて
極右的な政治家に期待するような若者層が増えてきている。
突き詰めて言えば、エネルギー問題とともに
この社会構造の問題が一番大きくて、それへの改造策が見えてこない。
こんなにお金がかかる社会構造をつくってきて
それを放置したまま、自分たちだけは既得権益で守られて
逃げ切ろうとしていて、なお、捨て台詞にきれい事を言っている、
というような感覚が若い世代にはあるのだと思う次第です。

いまは、やはり江戸の終焉期に近くなってきているのかも知れないと
やや諦観に似たような感覚も持っています。
経済的に江戸時代というものをしっかり見据えていくことで
現在の情勢を、より相対的に俯瞰することはできないだろうかと考え
こんなシリーズを始めて見ています。
始めて見たら、けっこう興味を持ってくださる方が多いことを発見しています。
まだ続けてみたいと思います。

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江戸の大衆社会状況 4

2014年03月25日 06時16分03秒 | Weblog


きのうは分権的であった江戸時代の経済構造の基盤に
日本全国の「回船」ネットワークという物流システムがあったと書きました。
地方分権的な政治システムである幕藩体制においては、
権力主体である各藩は必死に生き残り作戦を考えていた。
西南地域の各藩、とくに薩摩藩などは琉球を属国化していて
アジア世界~その先との「密貿易」という手段もあっただろうけれど、
そうした手段を持たない藩は、コメ経済だけではまったく立ち行かなくなっていって
勃興発展する商品経済を通しての藩財政の健全化を図った。
江戸期には幕府支配層は、何万石というコメ生産量への収奪経済だけに
ひたすらたかった。
コメ生産だけにたかり続けた武士権力機構に対して
多くの経済主体たる商人、庄屋層たちは、
それからの脱却を考え、より有利な商品生産を志向していて、
武家権力者と民衆との乖離が生じていた。
こういう社会体制の中で、経済をうまく回転させるのに、
面倒だから賄賂というわかりやすいシステム短縮手段が横行した。
一方で各藩では、さまざまな商品経済対応型の
地域での「名産品」づくりに励んでいった。
人口集積と権力機構の集中で
江戸では呉服などのファッション産業が大きく進展していった。
上の写真は、呉服をメインとして繁盛した「越後屋」の店先風景。



一方、上の写真は明治になってからの北海道積丹半島部の余市町での
ニシン漁の様子です。
江戸期には、ファッション産業としての呉服産業が大盛況を呈して、
その原材料としての綿花生産が活況を呈したといわれますが、
その綿花栽培には金肥といわれるニシンを原料にした肥料が不可欠だった。
それを大量に収奪したのが、北海道西部海岸地域。
写真の下の方は、海辺に大量に山積みされたニシンなのですね。
高田屋嘉平など、この交易で財を成した連中は多い。
日本社会が始めて経験するような「大衆的消費」が現出して
こういった社会構造が出来上がっていったのだと思うのです。
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江戸の大衆社会状況 3

2014年03月24日 06時00分22秒 | Weblog


きのうも書いた「日本の歴史人口」という概念は
日本の人口の変遷に詳しい上智大学教授の歴史人口学者、
鬼頭宏氏の著作にあった図表をもとにしています。
それによると、関ヶ原の年の人口が1,400万人、それから約120年後で
1720年には3,112万人になり、
幕末明治直前期・1846年で、3,229万人となっていて、
江戸時代は、はじめの100年で人口が倍増して
その後、平衡状態になっていったことがわかります。
この間、ヨーロッパ世界では産業革命が起こり、
それにともなって、経済拡張とそれを合理化する「近代国家」が生成し
そのような「国家」が、まだ「国家」をもっていない世界に対して
植民地拡大を仕掛けていった時期になる。
近代国家ならざる「国家」であった日本は、
政治運営主体である江戸幕府自身に明確な「経済政策」概念がなかった。
この時期にヨーロッパ世界と交流していれば、
たぶんまったく違った世界史が書かれていたに違いないだろうと思います。
そういった政治支配体制の中でも
いやむしろそうであるからこそ、
日本は、活発な国内経済の交流が行われていたのだと思う。

鎖国と幕藩体制のなかで、
国内各地域は自立的な経済拡大を計り続けていた。
関ヶ原という国内軍事戦争の勝利者側は、
領土分割においては圧倒的に有利な線引きを行ったけれど、
その後の「支配領域内経済振興」政策運営の必死さにおいては
薩長などの敗北者側の活発さの足許にも及ばなかった。
領土を1/3以下にさせられた長州は必死に農地の拡大を図ったし、
産業振興にも大いに力を注いだ。
薩摩は関ヶ原の敗北後、藩としての膨張方向を
琉球に求め、しかもその方針を幕府にも認めさせて
江戸期を通じて密貿易を活発に行ってきたに違いない。
江戸時代を終わらせた主要勢力がすべて西南地域の海に開かれた
地域の勢力であったのは、経済的な必然だったのだと思う。
写真は江戸期の国内輸送ネットワークの状況を表している。
日本列島は、伝統的運輸手段は水運なのだと思います。
というか、近現代になってクルマと舗装道路というネットワークシステムが
取って代わっただけで、
歴史を通じて「大量輸送」というのは水運が基本を担ってきた。
この水運に乗せて、物資が活発に交流し、
実体経済が回ってきたことは、この列島にひとが住み始めた当座から
間違いがないことだと思います。
人口の急拡大に伴って、こうした水運経済も活況を呈する。
江戸の大火で、紀州の紀伊国屋文左衛門が一攫千金を実現できたのは
こうした国内輸送体制があったればこそなのですね。

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江戸の大衆社会状況 2

2014年03月23日 08時50分38秒 | Weblog


江戸の人口は、Wikipediaよりおおむね以下のようであったと推定される。

ロドリゴ・デ・ビベロによって1609年ごろに15万人と伝えられた江戸の人口は、
18世紀初頭には100万人を超えたと考えられている。
なお国勢調査の始まった1801年のヨーロッパの諸都市の人口は
ロンドン 86万4845人(市街化地区内)
パリ 54万6856人(城壁内)であり、
19世紀中頃にロンドンが急速に発達するまで、江戸の人口は北京や広州と同規模か
あるいは世界一であったと推定されている。
また、人口に関しては、記録に残っているのは幕末に60万人近くとなった
町人人口のみであり、人口100万人とは、
幕府による調査が行われていない武家や神官・僧侶などの寺社方、
被差別階級などの統計で除外された人口を加えた推計値である。
武士の人口は、参勤交代に伴う地方からの単身赴任者など、
流動的な部分が非常に多く、その推定は20万人程度から150万人程度までと
かなりの幅があり、最盛期の江戸の総人口も
68万人から200万人まで様々な推定値が出されている。

一方で「日本歴史人口」という調査では全国で
関ヶ原の時代で総人口は約1400万人で、約100年後には3,000万人を超えている。
ものすごい人口増加ぶりだったに違いないと思われます。
戦国末期から江戸初期の時代は、
たぶん、明治開国時期、戦後と並んで、日本の人口の急拡大があったのだと思う。
これだけの人口拡大でしかも新開地が急発展した。
それまでの京大阪の大店が、江戸に出店して市場の獲得に向かった。
「下らない」という言葉は、
お酒の良し悪しを表現することから始まった言葉だそうですが
それは、京から「下ってきた」酒と、「下らない」酒の品質を表していたといわれる。
こういう急拡大の時期には
文化も大発展を見せるのは自明のことでしょうね。
しかし、もともとの上流階級や資産家が少ない新開地では
大衆自身が町人文化の主体者になった。
それまでの貴族が中心だった文化護持システムではない、
民衆型の文化が起こっていったのでしょう。
やはり生きるなら、こういう時代の方が
るつぼのように燃えさかっていて、楽しいのでしょうね。
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江戸の大衆社会状況 1

2014年03月22日 09時47分57秒 | Weblog


江戸というのは、徳川幕府が首府として定めてから
新興都市として発達してきた街であり、
政治都市からスタートしたことは明瞭だと思うのですが、
為政者の側に、人口を集めようとした考え方はあったでしょうが、
そこで「文化」が生まれてくるというようなことまでは
考えが及ばなかっただろうし、
それが日本の「大衆社会」の原点的な位置になるとも
思っていなかっただろうと思います。
しかし、今日から考えていくと、経済でも政治権力機構でも、
江戸という人口成長する大都市を持ったという意味合いは
決して小さいものではなかっただろうと思われます。
江戸という街は、「新開地」であって、
そこには明瞭な民族的「希望」が託されていたに違いない。
上方と言われた京・大坂経済機構にとっては
成長する巨大市場という意味合いが強烈だったに違いない。
たぶんそれまでの歴史でも、京・大阪には「市民社会」のような
ものはあったに違いないと思うのですが、
江戸の「大衆社会」のパワーは、きっと民族的にも初めての
巨大な市場原理実験だっただろうと思うのです。
今日のニッポン社会が持っている「大衆社会」状況は
やはり江戸に端緒を持っていると言えます。

やはり人口規模の拡大によって
今日に連なってくるようなさまざまな人間社会の姿が芽を出していた。
ひとびとの娯楽機会としての演劇における歌舞伎の隆盛だとか、
男女比率の極端な不均衡から発達した遊郭文化には
今日の「芸能」の基本形式が表出していると思います。

<長くなるので、この項、続けます。>

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