性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

【スタートアップ「Replan関西」 <m(__)m>】

2017年08月31日 05時56分03秒 | Weblog


2日間の日程での関西出張から無事帰還。
要件は表題のようなことで、
きのう夕方、新住協関西支部長であるダイシンビルド・清水一人氏のブログ、
Facebookなどで情報拡散が開始されました。
清水氏のブログでは以下のように記載していただきました。

〜2017.08.30
ビックニュースです!
先日より少しずつ話を聞いてましたが
雑誌 Replanの関西版が発行される予定です。
昨日に雑誌編集社の人が弊社に来られました。
企画はこれから詰めていき掲載される工務店の募集も始まります。
以前からこの雑誌の編集長とは懇意にしていて
色々な場所で会い色んな意見交換をしてました。
北海道・東北で人気な真面目な住宅雑誌です。
商売オンリーの大手メディアと違い高断熱住宅を中心とした
本当に価値ある家づくりをされてる中小の工務店さんが掲載されてる雑誌です。
コラムに関しては新住協代表の室蘭工業大学 名誉教授 鎌田教授
分かりやすく説明をしてくれる 東京大学 前准教授
建築の専門の人達が雑誌に賛同をしてコラムを書いてくれてます。
ここが商売オンリーの住宅雑誌との違いです。
いままで他の地域では高断熱住宅を専門の雑誌はありましたが関西では無かったです。
建築業界向けでありました。
でも一般ユーザー向けは今回の試みが初めてになります。
こんな企画は久しぶりにワクワクしてきます。
高断熱住宅を中心に省エネ住宅等をされてる関西での工務店さん
是非、一緒に頑張りましょう!
ローコストでいい加減な断熱住宅をされてる会社とどこがどう違うのか?
メディアを通じて投げかけて行きましょう!
では、宜しくお願いします。〜〜

というたいへん熱いメッセージをいただきました。
関西はいま、高断熱高気密住宅の運動が熱く展開しています。
新住協関西支部の勉強会には70名を超える参加があるということ。
また、パッシブハウスジャパンの運動も一大拠点として活動が活発。
さらに昨年には地域工務店が参加する「里山住宅博」も展開するなど
住宅性能向上への地域としての大きな盛り上がりがみられてきています。
そういったなかで、当誌としても関西のユーザーへの啓蒙活動の一端で
これまでの経験と情報蓄積を活かすことができるのではという次第。
頑張ってなんとか成功させたいと思いますので、みなさんの格段のご支援を
深くお願い申し上げる次第です。
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【インターネット接続の不調、続く】

2017年08月30日 06時11分56秒 | Weblog


きのう今日と、大阪への出張です。
で、ホテルから通常のようにWifiやらiPhoneでのテザリングで
インターネット接続を行って仕事しているのですが、
どうにも接続が不調であります。
この接続の不調は自宅でも発生していて、
接続のJ-comに相談してみたところ、写真のように古くなっていた
接続の機械の環境を更新してくれているのですが、
一向に改善されません。
自宅ではなく、事務所では快適に動作してくれていたので、
どうも環境の問題だと認識していたのですが、
今回の出張では大阪府内の寝屋川市のホテルでも
ほぼ同様の接続不良であります。
まったく繋がらないのではなく、断続的に切れたり、たいへん時間がかかったりする。

いろいろMacでの所見をWEBで見ていますが、
それ自体もブツブツと接続が遮断されてしまう。
本日札幌に帰還後、Macの治療を試みたいと思っています。
ということなので、ストレスが非常に多くて
きょうは申し訳ありませんが、正常にブログの更新が不可能です。
明日以降、きちんと内容を吟味したブログをアップしますので、
お許しください。



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【ニッポン社会は北朝鮮の挑発に対応できるか】

2017年08月29日 07時01分01秒 | Weblog
こんなもの、鳴らなきゃいいなと思っていたJアラート、
今朝、鳴ってしまいました。
やはり戦時体制の国家、北朝鮮の発表らしく前に言っていた
「グアム」を攻撃すると公言していた軌道ではない、
東北地方を通過するミサイルのようでした。
本日はわたし、大阪までの出張を予定していますが、
この混乱で無事に飛行機が飛ぶのかどうか、
前回、Jアラートが整備される前の段階での同様の事態の時には
飛行機の運航には特段の影響がなかったと思いますが、
どうなるのか、情報を確認しながら移動したいと思います。

わたしのカンなんですが、
たぶん、こうした北朝鮮の行動は、ペリー来航と似た
日本社会へのインパクトを持つのではないかと思います。
いわゆる「太平の眠りを覚ます」というものになるのではと思うのです。
現実に今回は朝1番の時間帯になされた。
まさに眠りは覚まされた。
国際関係は相手があって成立する。日本だけが平和であればいいという認識、
日米安保で保全された状況のなかだけでの国内平和ボケは
さすがに説得力を持たないのだということが示された。
いつなんどき、こうした暴走国家によって、
その被害が津波のように日本に押し寄せてくることがあり得る。
現実に北朝鮮では「日本列島を火の海にする」のはたやすいとまで喧伝している。
こういう状況が見通せる事態が進行していたのに対して
安保法制はなんとか成立しているけれど、今年になって
国会で論議する内容は、国民の生命財産保全を考えたモノではなかった。
忖度がどうしたとか、どこにも犯罪要件が成立しないようなことがらで、
ひたすら政権へ政局を仕掛けるだけの偏った報道が跳梁していた。
朝日や毎日、テレビなどのマスコミ・野党には、大いに反省してもらいたい。
日本列島という地政学的位置関係を把握した上で、
どうしたら、いまこの東アジアの状況の中で、日本国民の生命財産を
守り切ることができるのか、国会で大いに論議を戦わせて欲しい。
金正恩なる、正気とは思えないような人物が巨大な戦力をもっている。
コトバは悪いけれどまさに「キチガイに刃物」。
残念ながら、かれにまともな話し合いは期待できない。
そういうなかで、どうしたら日本社会を正常なかたちで守り切ることができるか、
これが政治システムの最大課題でなくてなんなのだろうか?
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【ゴッホ展同行を娘にせがまれる(笑)】

2017年08月28日 06時31分46秒 | Weblog


一昨日、娘からLINEで札幌でのゴッホ展のことを知らされる。
どうも誰かに連れてって欲しいようなので、
なんなら、と言ったら即決定で、きのういっしょに参観してきた。
北海道近代美術館の開館40周年記念展覧会の一環として
その口切り展覧会として、このゴッホ展は企画されたようなのです。
わが家は比較的に美術鑑賞が好きなのか、
カミさんと娘で行っていたヨーロッパ旅行でも白眉としてルーブルと
大英帝国博物館での展示のことを聞かされたりしています。
坊主も友人とアメリカ旅行で「生ゴッホ、生ダビンチ見たぜ」などと返信。
わたしは、このブログの読者のみなさんご存知のように
あちこちで時間があれば、美術館・博物館を見まくっている。
ということですが、娘といっしょに行けるのはやはりとても楽しい。

なんですが、わたし不思議と海外作家の絵画は見る機会が少ない。
だいたいが日本の琳派周辺などが大好きゾーン。
コルビジェ建築として世界遺産にもなった上野の西洋美術館でも
見たときはなぜか宗教画が多くて、ああいうのはどうも苦手なのであります。
キリスト生誕の様子とか、マリアさんがどうしたとかいう絵は、
どうも生理的に受け付けない。ああいうのをいいと感じるのには、
やはりキリスト教体験を持たないと理解出来ないのではと
罰当たりにも感じてしまうのであります。
たまたま宗教画が多く展示される展覧会を見たことが多いのかも知れません。
そういえば、高校卒業の頃に見た「ルネマグリット」展には
それこそ人生を決めさせられた衝撃も感じていたことを思い出す。
マグリットさんの表現には、広告制作にも通じるものがあり、
意識下でのメッセージというようなことに気付かされた気がする。
高校の時には、旅行でパリやロンドンにも行ってモナリザも見た。
印象の巨大さに比較して、号数の小さな絵なんだという意識記憶がある。
ただ、西洋の美術を見るほどに日本を知りたくなって
最終的に俵屋宗達や尾形光琳などの世界に沈殿して生きてきたように思います。
そういえば酒井抱一とルネマグリットに似たような感覚を持ったりした。

そういうことで、ゴッホというのは名前だけ知っている程度で、
ヒマワリとかの花の絵静物というのも、それほど興味を持たなかったので、
ほとんどその作品を知りませんでした。
そういう意味では今回娘には感謝であります。
浮世絵がかれの制作モチーフだったということは深く興味をもつ。
でも、わたしよりもじっくりと娘の方が鑑賞しておりまして、
おお、わが家は絵が好きなんだということを再認識させられておりました(笑)。
娘には常盤貴子がナレーターの音声ガイドを聞かせていたこともあってか、
わたしの鑑賞時間の倍くらいをかけて丁寧に見ていました。
そういう様子を見ているのは、親としてなんとも楽しい。

で、いいものを見たらお腹が空く(笑)。
たっぷり中華料理をいっしょに食べた後、夕飯用にごらんのような
わたしの手作り炊き込みご飯のお弁当を持って帰らせた。
「うめ〜〜」というヤギのようなLINE書き込み(笑)でした。
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【19世紀⇒20世紀⇒21世紀 住宅とエネルギー】

2017年08月27日 09時03分47秒 | Weblog
先日の東京でのアメリカでのパッシブハウス運動
PHIUSのプレゼンからのひとこまです。
住宅とエネルギーという問題は、20世紀という
資源の大量消費によってもたらされた生活革命によって出現した、
そういったイメージが端的にあらわされたイラストを発見。

見ていて、気付かされたけれど、
この図では牧歌的にしか表現されていないけれど、
19世紀以前でも、大きな変動があったと思う。
たとえば江戸時代のように、ほとんど循環型エネルギー社会もあったと思うし、
自然環境へは「対応」する、という思考法が
むしろ人類普遍の考え方であったに違いないと思うのです。
それが決定的に変化したのは、やはり「産業革命」によってでしょう。
化石燃料の利用を発見して、それを当初は蒸気機関として利用することから、
エネルギー利用と、社会発展が相関関係を持って発展した。
20世紀に至って、それが極限まで発展し、天井が見えてきた。
その反省から、住宅においては自然エネルギー活用型に
エネルギーシフト変換を果たすべきであるという大きな流れになった。
その大きな方向には間違いはない。

さてきのうから、やや夏風邪気味でして、
喉の痛みにやられております。
今週も出張などの日程が立て込んでいるので、休息を第一にしております。
ということで、本日のブログはやや簡素ということで。
なんとか、1日で元気回復させたいところであります。よろしくお願いします。
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【安藤広重「東海道五十三次」傑作、特異な気象2題】

2017年08月26日 07時15分39秒 | Weblog


会合の合間時間を利用しての美術鑑賞。
江戸東京博物館で、安藤広重・東海道五十三次展示があったので参観。
展示されていたのは18枚の刷り原画でした。
江戸期の、やや赤みがかった紙に職人仕事で刷り上げられている。
本体画面はだいたいA4くらいの大きさのようでした。
スタート「日本橋」から、最後の「京師」に向かって展示されていた。
わたしは、この安藤広重・東海道五十三次は子どもの頃に好きだった
永谷園のお茶漬け付録で惑溺していた(笑)。
あの永谷園のお茶漬け付録広告企画が出版広告人の人生選択に繋がったのか。
そんなふうにも思える広告シリーズでした(笑)。
たしかに今でも永谷園のお茶漬けはふつうに買い求めるけれど、
子どもの時には、付録と本体、どっちにより魅力を感じていたかは
自分でもよく分からないくらいでした。

で、その五十三次の絵柄の中でも、
この「庄野」と「蒲原」の2枚が入っていると、無上にうれしかった(笑)。
安藤広重・東海道五十三次でもベストセラーだったとされていて、
日本人の美術鑑賞のポイントが明瞭にみえるのかと、興味深い。
ほかの五十三次絵画と、この2枚があきらかに違うのは、
その絵画対象として、気象条件を折り込んでいること。
それも、温暖地「蒲原」〜現在の静岡県静岡市清水区で、15番目の宿場。
ここで大雪が降るという情景を描いている。
一説ではこの絵を描いた当時、江戸で夏に雪が降った記録があるとされる。
そういう背景があってのことではあるでしょうが、
たぶん浮世絵画家として、「あの蒲原で」という鑑賞側が抱くだろう意外感や、
世相を捉えてのキャッチを意図していたに違いない。
そうした画家としてのセンスが、「庄野」ではさらにダイナミックに展開し、
まるで黒澤明「七人の侍」での雨中の激闘場面さながらの
劇場的な場面構成として、横殴りの大雨を主役に抜擢している。
とくに右下の坂道を転げていくかのような人の下半身は真骨頂。

なぜ、こうした画面テーマについて日本人は大きく反応するのか。
世界でも稀なほどの明瞭な四季変化をもつ、
この東アジア弧状列島において、人間は季節変化についてその感受性を
長い時間を掛けて、その部分を発展させてきたのではないか。
花鳥風月とかの独特の感受性表現は、
こういったことを根拠にしているのではというように思える。
大雨にあってダイナミックな走り方で坂道を走って行く臨場感は、
まさにさもありなんという、肉体的な感情移入を見る者に起こさせる。
その感情移入があることで、あらためて画面が際だってくる。
日本人としてこういう気象条件への独特の感受性が
大きなコミュニケーション要素なのではと思わされるのです。
現代でも災害は頻発し、台風シーズンには各種メディアが
競い合うように情報と、被害の情報を伝え合うし、
そのことが列島社会での情報アイデンティティになってもいる。
自分もそうした「一般的日本人」的な感受性を共有していることが、うれしい。
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【階段はみんなデザインしたくなる】

2017年08月25日 06時05分47秒 | Weblog


さてきのう、東京出張から帰ってきました。
どうもあちこち出没しているので、方向感覚が定かでない。
朝起きたときに「えっと、俺はいまどこにいるんだったっけ」と数秒間考える。
とりあえず、これについてはいまのところ、最長で十数秒。
で、毎日書くと決めているので、いろいろブログのテーマを考えているのですが、
移動が重なってくると、行動記録とは必ずしもパラレルにはならなくなってくる。
ということで、本日は今週の札幌での住宅見学からの階段風景であります。

みなさんは階段をたくさん見ることがあると思います。
「ああ、階段か」ですが、
この階段、やはりどこで見ても、二度と同じものはない。
どう考えても一期一会なんだと思います。
そのうちの数カ所がそのひとに寄り添ったモノとして
そのひとの人生とぴったり、随伴してきてくれる。
どんな工務店さんでも、建築家でも、階段という名前を聞くと
ひそかに内心で決意を固めている部分を感じさせられます。
次はどんな階段を考えたらいいかなぁと常に考えている感じがするのです。
ということで、住宅取材者としては、いつも階段には敬意を払う。
謹んで上り下りさせてもらいます。
まずは段数を数えながら、機能的に使いやすく、
ゆとりを感じさせられるかどうか体感センサーが働いて感知する。
踏み板の長さや、段差の寸法、見た目のやさしさも気になる。
その踏んだ感触、応力というか、足への感覚に安心感があるかどうか。
傾斜角度や曲がりのあるなし、などもチェックポイント。
手すりがあれば、その手ざわり感なども楽しい。
そして徐々に高低差が生じてきて、家の中での風景に変化が出るかどうか。
登り切っての室内の演出がどうであるのか、
などなど、たくさんの要素が階段にはあると思います。
数秒間の上り下りには、一期一会の「その家」との対話があると思うのです。
家の中での階段の使用頻度は相当に大きい部分。
ただ鑑賞するものではなく、体感するモノという建物の本質として
実にさまざまな事柄が集中的に表現もされる。
ぜひ、階段を家づくりの時に大いに論議して欲しいと思います。
わたし階段、大好きであります(笑)。
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【蒸暑気候対応。急普及USパッシブと連携「PHIJP」発足】

2017年08月24日 07時54分40秒 | Weblog




既報のように、きのうは東京で表題の会合に参加しておりました。
パッシブハウスという概念は長い歴史を持った住環境の運動として
アメリカ、ヨーロッパ、日本と世界に広がってきている。
ドイツのパッシブハウス運動が政府の支援も受けるようになって
現代ヨーロッパにおいて大きく進展を見せているのは承知の通り。
そういうなかで各国においてその中身が進化しつつあると言えるのでしょう。
ドイツは世界の国の中でも気候環境的に単一っぽいとされます。
比較的高緯度でそこそこ寒冷条件ではあるけれど、
北欧やカナダ、北海道のように寒さは厳しくなく、一方で冬の日照は少ない。
基本的にこうした気候環境に沿ってドイツ「パッシブハウス」基準は作られている。
その基準をそのまま持ってくると、たとえば日本の北海道や北東北では
制約の大きすぎる基準になってしまい、
事実上、これら地域ではその基準での家づくりは進展していない。
岩手県北上の高性能住宅ビルダーが挑戦し、なんとか設計基準はクリアできたが、
その要求を満たす住宅を、多くの生活欲求もあるなかで建てるかどうかと、
悩んだ末に鎌田紀彦先生からも言われて計画を諦めた経緯は広く知られる。

やはり基準として、世界はたくさんの気候条件があるなかで、
それらを条件に加味し算入した、より柔軟な基準がふさわしいのではないか。
そういった状況が現在ではないかと思います。
とくに日本はドイツの気候風土条件よりも高温多湿でしかも日照が多い。
そういった意味では、アメリカの気候風土のほうにより親和性がある。
アメリカは国土も広く、日本以上に気候条件が多様に区分されている。
その中でもとくに東海岸から中部にかけての地域に親和する。
湿度の要素が大きな部分を占めている気候風土性。
このアメリカにおいて、ここ3年間ほどで急速に実績を拡大しているのが
PHIUSの動きだと言うことなのです。
プロジェクトベースで500棟以上、戸数では1,200戸を超える実績だという。
今回発足した「PHIJP」は、このアメリカでの動きを日本でも導入しようという活動。
特定非営利活動、NPO組織として活動を開始した。
きのうは、アメリカでパッシブハウスの「ジャンヌダルク」と言われている
Katrin Klingenbergさんが来日されて英語で講演を行った。
「PHIJP」の芝池英樹京都工芸繊維大学准教授が、解題とともに
随時、内容の通訳もされて「おおまかな」(笑)理解はできたように思います。
う〜ん、人生ここにきて英語力の不足を嘆くことが多い(泣)。

講演では、概要説明的な芝池英樹先生の講演のなかの初めの方に
先般、わたしがブログで公開した資料データも援用されていた(!)。
というような冷や汗、波瀾万丈のイベントでしたが、
その後、懇親の場ではなごやかに国際交流をさせていただいておりました。
そういうブロークンな雰囲気では恥ずかしさが消え楽しく交流できる(笑)。
また、首都圏の多くのみなさんと情報交換も出来て有意義でした。
そしてなんと、来月には北海道で講演会を予定しているということです。行動的。
気候多様性を前提としたパッシブ基準、今後の展開に注目したいと思います。
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【ZEHと薪ストーブ 2017北海道札幌住宅事情】

2017年08月23日 05時14分27秒 | Weblog


きのうは北海道の工務店グループ・アース21の住宅見学会。
当初はオホーツク地区での例会が予定されていたのですが、
予定が整わず、急遽札幌地区での例会に変更されていました。
札幌地区というのは、住宅市場としてはベッドタウンも含めて
道央圏250万人が形成するマーケットになります。
そういうことなので広域すぎる。で、今回は「札幌圏南地区」の地域行脚。
北海道の気候風土はいくつかのエリアに分かれる。
典型的なのは旭川地区で、ここは寒冷が厳しい上に冬場は積雪が多い。
道東帯広地区は積雪が少なく、その分堆雪による「断熱」がなく、
ひたすらに寒いけれど、冬場の日照は比較的に多い地域。
それらに対して札幌・道央圏地域は、バラツキはあるけれど、
それら地域よりは過ごしやすい。
旭川地区ではそれこそ300mm断熱がフツーで建てられているし、
帯広地区ではより太陽熱取得型の南面大開口が有効ですが、
札幌・道央圏地域は、都市化によって敷地の狭小化傾向が大きく、
壁厚もより薄目にすることが一般的には多い。
市場的には大手ハウスメーカーも多いけれど、地元大手なども強いし、
一方で地域工務店もむしろ高級対応も含めてシェアを確保している。

写真の住宅はアース21会長のキクザワさんの住宅事例から。
ZEHはどちらかといえば、性能要件というよりもコストとの関係性の方が大きく、
太陽光発電の便益を求めたいユーザー心理に対応するもの。
そういう意味では「市場環境要因」に近い状況だと思います。
キクザワさんは積極的にZEH対応してきているビルダーさん。
太陽光発電が特徴的になるZEHですが、ここでは対比的な薪ストーブも設置。
どっちかというとデジタルっぽいZEHと、アナログっぽい薪ストーブ。
そういえばこういった取り合わせはあんまり目にしなかったと気付く。
薪ストーブ好きでもZEH制度利用が自然なのだと腑に落ちますね。
ZEHについては、見学先へのバス車中でPVソーラーの南野会長と
じっくりと情報交換させてもいただきました。
自然エネルギー創電の買い取り価格が先行き大きく減衰することを見越して
蓄電池の導入さらにクルマとの連携、家とクルマのエネルギーコントロールが
これからの大きな潮流になるという認識が共有できました。
そういう大きな流れの中で、各企業の戦略がどのように市場に現れてくるか、
アメリカ、ドイツ、クルマ関連企業の動向にしばらく目が離せない状況が続きますね。

さて本日は、東京出張であります。
アメリカでのパッシブハウスへの取り組みを日本に紹介し、
日本と同様の気候区分をもつアメリカの経験知から
日本の温暖地を初めとする地域での市場活性化をめざした動きの取材です。
あんまり英語は・・・(笑)、なんですが、そうも言っていられません。
大いに取材してきたいと考えています。
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【自然木の風合いまんまを建築で使う】

2017年08月22日 06時22分16秒 | Weblog



いわゆるモダンという概念は、無意識的に現代の工業化を背景にしていて、
その合理主義精神を簡素に表現するという考え方のように思えます。
一方で現代の建築では、過度に「工業化」が進んだことへの
人間感覚の揺り戻しのような、ある種「ルネサンス」的な、自然派というべき
志向潮流が存在すると思います。
これはわかりやすい考え方だと思いますが、
しかし、モダンの合理主義を盲目的に否定する考え方には不合理もある。
自然素材での家づくりは目指すべき方向としては間違いのない方向。
ただし、そうであればあるほど、自然素材の当然の弱点である経年変化リスクも
高まらざるを得ない。たぶん完璧はあり得ない。ものづくりとしてどこかで
「折り合い」をつける必要がある。もちろん住宅建設者としては
自然素材の家づくりで問題が出ないようにする努力は頑張るべきだけれど
もしそのリスクがすべて「お金」に換算されたりするのであれば、
建築のビジネスとしては危険回避の方向に向かうしかないでしょう。
自然素材を使いたいとしながら資本主義的合理主義価値感だけは全開で、
工場生産品のように完璧を作れ、という考え方へ対応はなかなか難しい。
よく大手ハウスメーカーでは、自然木利用での経年劣化クレーム対応のために
工場生産したウッドチップ集成材を「これは木です」と言って使うとされる。
イヌは欲しいけど面倒をみたくないようですから、イヌ型ロボットにしますみたいな。
こういうのって、どうも本末転倒なんではないかと。
たとえば虫などの問題は典型ですが、自然素材であればあるほど
かれらにも「住みよい」のは自明。建物を自然素材だけを使って
薬剤塗布も人体への危険性があるからと使わずに、
完璧に虫が寄ってこないように作れというのは、現状では対応しにくい。
やはりできるかぎりメンテナンスを心がけるとともに、
それをどこかで許容し「愛でる」気持ちが人間的対応と言えるのではないか。

そういった現代の人間心理と建築のひとつの臨界点のような事例。
1枚目、2枚目の写真は、先般紹介したニセコのホテル外壁の一部。
たしか北海道下川から出荷されている外壁素材で、
表皮を剥かずにそのまま、自然木の風合いで半割して使っている。
まるで手作りの丸太小屋みたいな演出をしている。
わたしは木の専門家ではないので、こういったコロンブスの卵のような
木の使い方を見ると率直に面白いのですが、
たぶん、メンテナンスについてはいろいろ問題点もあるのではと想像しました。
第一、素材の寸法調整はいったいどうやっているのか、
まっすぐの木ばかりではないのは誰にだってすぐにわかること。
その結果生じる「すき間」についてどう対応すべきか。さらに経年変化も想定される。
3番目の写真では荒っぽく処理した自然木っぽい風合いで構造ともしている。
こういう使い方では、木材の樹質によっても千変万化すると思われます。
素材の木の乾燥度合いによって、経年劣化・変化がどのように現れてくるか、
まったく予断を許さないだろうと思います。
ねじれとか、曲がりといった自然木ならではの変動が大いにあり得る。
その自然木に、構造加重を持たせるというときには、
相当に変動スパンに余裕を持たせなければならないことは自明。
きのうの取材例でも、細部検証で雨仕舞いについては難しさもみられました。
愛情を持ってメンテナンス努力を注ぐしか対応はないと思います。
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