三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

楽しい買い物

2012年05月21日 04時49分47秒 | Weblog





休日の楽しみって、みなさんいろいろでしょうが、
わたしは至って家庭的なことが好きでして
買い物や料理などをするのが嫌いではありません。
きのうは、溜まっている原稿書き(汗)があって、
「きょうこそ片付けなきゃ・・・」というプレッシャーをため込みつつ
自宅デスクに向かっておりましたが、
その合間合間に、買い物、料理にいそしんでおりました。
で、きのう1週間分の買い出しに出掛けて
ふとスーパー店頭で見かけたのがこのズワイガニ。
見た目では大体、400~500g程度のものが出されておりました。
このスーパー、札幌中央市場の仲買さんがやっているスーパーで
なかなかの人気店であります。
ときどき、毛ガニが1パイ数百円、みたいな仕入大成功品が出ることがある。
安売りだけれど、まがい物はまず少ない。
値段を見ると、なんと、1パイ680円という値付け。
むむむ、と思いつつ、ものは試しであります。
さっそく購入いたしました。
まぁ、カナダ近海あたりの冷凍物とは思いますが、安い!
こういった思わぬお買い得体験が、やはり主夫感覚を刺激してくれる(笑)。
いそいそと早朝からの買い物から帰って、
パンの朝食。
そうなんですね、パン食にズワイガニであります(笑)。
まぁ、いいべや、という食卓でしたが、
さすがにブーイングで、冷蔵庫に入れて夕食、ということに。
でも、味見してみると、決して悪くはない。
で、カミさんは取材で1日仕事で外出。
ようやく帰ってきての夕食時に、黙々と食べましたが、
680円以上の満足感炸裂であります。
ということで、残った足の一部などは、今朝の鉄砲汁までお役立ち。

で、原稿の方はどうかというと
・・・、頑張らなければなりませんね(笑)。
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タラの芽&ウド

2012年05月20日 05時28分01秒 | Weblog





春の味覚2題であります。
金曜日に、わが家のメンテナンスをお願いしている
ヨシケン・吉田専務さんから、自宅近隣で採取された「タラの芽」をいただきました。
札幌ではじめて経験した「風速50m」の平成16年の風台風で
北海道内では一円で、風倒木被害が発生しましたが、
そのなぎ倒された森林では、その後、自立的な森林再生が進行中で
低灌木の自生が促進されているということ。
そういった条件が氏の近隣で進行していて、タラの芽の収穫と相成っているそうです。
まことにありがたく頂戴いたしました。
で、きのうカミさんが調理してくれました。
わが家では、揚げ物はカミさんの専門料理で、
タラの芽の天ぷらの登場。
わたしは、ひたすらお願いする立場であります。
夕食のご馳走として食させていただいた次第。
付け合わせには、これも最近頂戴したウドの酢味噌和えです。

いやぁ、実に日本人的な豪華料理。
でもまぁ、中年以上の人間の独特の嗜好かなぁと思っていたら、
なんと、高校生の坊主もおいしそうに食べている。
天ぷらにすると、苦みが少なくなって、
実に爽やかな食感と風味を楽しめる、ということなんでしょうね。
カラダが浄化されていくような、スッキリしてくる食感。
酢味噌のウドと、ごはんとの相性もぴったりで、
深く感謝の気持ちが沸き上がって参ります(笑)。
先日の宮城のタケノコといい、このタラの芽、ウドといい、
やはり自然の息吹、春の爽やかさがカラダいっぱいに吹き渡ってくる。
山菜料理は、気持ちまで爽やかにさせてくれる「癒やし」が感じられます。
あぁ、日本人に生まれた幸せ、であります(笑)。


<追伸>
きのう書いた「道路車線表示」の件、
つい最近、この道路の大きな交差点周辺で死亡交通事故が発生していたようです。
詳しい状況は不明なのですが、やはり危険性はあったと思う次第。
そういうことの影響でしょうか、
きのう車線表示は一部で、再度変更されていました。
くれぐれも安全運転、心がける必要がありますね。


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車道の線引き変更

2012年05月19日 05時29分33秒 | Weblog




わが家の近くには、琴似栄町線というこれまで4車線道路だった
幹線道路があります。
ほかの全国都市と比べると、道路幅が格段に広い札幌ですが、
この道路は開基も古く、いまでは、ごく普通の道幅の道路。
で、これまでは単純な4車線の線引きでわかりやすかったのですが、
この春から大きく変更されています。
札幌は積雪で冬を越えると車線表示ペイントがどうしても部分的に消えてしまう。
この春、それを再度ペイントするに際して、
大きな車線の線引き変更が行われたのです。
それは交差点での右折レーンの確保が大きな変更点のようで、
本州地域でよく見られる車線の考え方が導入されたのです。
それ自体はどちらかというと納得できる考え方だと思うのですが、
その弊害というか、反作用として、
対向車側の車線に「右折レーン」ができ、交差点を越えた道路幅が
狭くなって事実上、ごく狭小な1車線になってしまっているのですね。
この道路は左右に商業施設が集中しているので、駐車違反車両や
タクシーの客待ち状態が非常に多い。
したがって、信号を越えたところの車線が非常に狭くなってしまう。
安全走行をしようとすれば、若干、車線を越えて
対向車線の「右折レーン」側にはみ出さざるを得ない。
写真で言えば、対向車線側に駐車しているタクシーが直進車の妨げになっている。
こういう状況になって、事故を不安視していたのですが、
やはり先日、起こっていたようです。
どういった事故かは確認していないのですが、
こういった危険性が、なにがしか関連しているのではないかと心配しています。
写真のような状況で、たとえば、対向車線側のタクシーや駐車違反の車両から
後方を確認することなくドアを開けられたら、道幅にゆとりがないので
とっさの事態で、急ハンドルを切って対向車線に直進車がはみ出す危険性は高い。
さらに、冬になって、
こうした車線が雪で消えてしまった状態では、
いったいどのような車両運行ルール・状況になるのか?
右折レーンと信じて道路の中央に寄っていくクルマと、
車線が見えなくなって2車線だと信じて走行してくる対向車線側の
追い越し車線の直進車との整合性はどうなっていくのか、
生活道路として利用している近隣住民としては、
まことに不安感を募らせている次第であります。
そのうえ、この道路はバスの基幹通路でもあるので、
交差点近くの道幅の狭い箇所などにバス停もあって、危険性はさらに高まっています。
先日走行したときには、バス停にバスが駐車して、
その結果、後続車が信号待ちで交差点をまったく越えられない事態も発生していました。
こういう車線変更をするのなら、少なくとも交差点周辺での
タクシーの停車、駐車違反の徹底的な摘発などが不可欠でしょう。
が、伝統的に商店街側から緩やかな運用を働きかけられている様子もうかがえます。

こういう交通の決まりを決めているのは、
たぶん警察なのだろうと思うのですが、
早く危険性に気付いて欲しいものだと思っております。
現状では、少なくとも直進については、
以前に比べて渋滞状況が倍増しているように思っております。
ブログに書いて意味があるかどうか(笑)、ですが、
自分でも、こうした体験を書いてみて状況を整理できた次第。
こういうことって、結構多く発生しているのではないかと危惧しています。
ぜひ当局のみなさんの再検討を希望いたします。
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300km超、旭川往復

2012年05月18日 05時26分58秒 | Weblog





年を取ってきて
どうも、だんだんクルマの運転がきつく感じてきております。
動体視力の衰えというのは、やむを得ない部分なのだろうと思われるので
「疲れやすくなる」というのは、道理なのでしょう。
きのうは、旭川での住宅関係・北総研の年に一度の研究発表会があり、
ほぼ毎年通っているので、
大して考えることもなく、普通に朝早く出発したのですが、
どうも運転中、疲労感がこれまでよりもきつい。
ひとりでの運転なので、話したり出来ないので
気分転換というか、心理的な切り替えも出来ないのでしょうか?
札幌ー旭川間は現地まで150km超。
これまでなら、ノンストップでも別に苦になる距離とも思えないのですが、
どうも最近は、疲れが来やすい。
途中、岩見沢か、砂川のどちらかのPAで小休止すれば
大体、問題なく行けたところが、
きのうはその両方でトイレタイムを取って、その上、旭川についてすぐの
AEONで、コーヒーを購入したり、という次第。
これでは時間はぎりぎりにならざるを得ない。
で、なんとか時間ぎりぎりに北総研の建物に到着。
やれやれ、間に合ったと思って行ってみると、どうも雰囲気が静か。
事務所に確認したら、会場が旭川駅近くの「クリスタルホール」になっています、
という無情の宣告。ありゃりゃ、であります。
「会場」という案内は、そこで確認したらペーパーの一番上に書いている。
なんども来ているという慣れで、そういった部分に注意が働かない。
これも、高齢化の特徴なんでしょうか、
それとも単なるわたしのおっちょこちょいな性格の成せる技なのでしょうか?
苦い笑いと、ちょっと深刻な不安のタネの両方が、こころに生起してきます。
で、そこからも駐車場の場所を間違えたりと、失敗が重なって
会場に到着は、時間を遅れること30分以上。
お目当ての、鈴木大隆さんの基調的報告にはまったく間に合わず、
聞けたのは、最後のくだりの若干部分のみ。
その後、休憩になったので多忙な鈴木さんのところに行って
お願いしている件の念押し確認をしたのが精一杯でありました。
会場には、顔見知りのみなさんが多数いて、
休憩中はひたすら、挨拶のし通し。
その上、会場の建物の反対側には「旭川市博物館」があって、
そちらには、その著書を愛読させていただいている考古学者さんもいるのです。
あれやこれや、揺れ続ける発表会聴講でありました。

なんですが、昼食休憩時には
旭川市内の、旧岡田邸の見学にまで足を伸ばした次第。
写真のような建物です。
造り酒屋さんの私邸で、まことに贅を尽くした建築で
「動態保存」という保存運動を行っている歴史的建築物です。
どうも見ていたら、レストランのような施設にもなっているようで、
すでに「弁当」で昼食を済ませたことを後悔させられました。
せっかくなのに、内部観賞ができなかった、残念。
今度はぜひ内部を見てみたいと思います。

っていうようなことで、
ようやくにして帰って参りましたが、
帰り道もやはり睡魔もやってくる。
途中、岩見沢PAで、30分以上の仮眠も取っておりました。
ここんところの疲れや体調のせいか、それとも
本格的な高齢化の進展なのか、分析が必要だと痛感いたしました。
確かに、疲れは溜まってはいます。むむむ。
十分に注意して、安全運転を心がけたいと思います。
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おや、なにげに円空仏

2012年05月17日 05時15分18秒 | Weblog




先日、見学して来た北海道伊達の有珠善光寺。
北海道で一番古い開基伝承を持っている寺です。
なんでも、日本最初の「大師」号を朝廷から受けた慈覚大師・円仁さんが
この寺を826年に開基したということです。
このあたりの開基伝承はどうもあやしい。
というのは、円仁さんはこの年には30歳で、まだ伝教大師・最澄の弟子のときです。
この時期に、天台宗は盛んに関東や東北地域一帯で
布教活動は行っているようではありますが、
年号も、どうも間違いがあるように思われます。
たぶん、これより32年ほど後が、合理性もありそうな開基年代の可能性はある。
ただしその年だとしても、円仁さんは62歳だと言うことなので、
自分でこの地まで、足を運んだと言うことは信じがたい。
この慈覚大師・円仁さんという人物は、
遣唐使として唐に渡り、苦難の末に中国から多くの仏教経典や最新の宗教法理を
日本にもたらした功績を立てた。
かれが日本に帰着したときには、朝野を上げての
熱狂的お祭り騒ぎになったと言うこと。
政教分離の社会になっている現代日本人が想像できない、古代日本社会の一大事件。
朝廷はかれの功績をたたえて、
その師、最澄よりも先に弟子であるかれに「大師」号を与えたのですね。
そういった古代における民族的慶事の人物として大スターになり、
その後、国家が関与する宗教施設寺院にかれの「開基伝承」が残された。
歴史に残された事実としては、これらは確かなことで、
そういった脈絡から、北海道のこの地にまでかれの開基伝承が残されたのか。
ただ、火のないところに煙も立たない論でいえば、
やはりなにがしかの痕跡的事実はあったと思いたいところ。
有珠善光寺自体は、その後、江戸期になって存在が
歴史的にも明らかになっていくのですが、
この平安期にまでさかのぼることが出来るとすれば、
北海道には数少ない由緒深い寺院と言うことになります。
さてどうなんでしょうか?

そんな風に思ってみていたら、
お寺の内部で、ごらんの写真のような棚上の飾りを発見。
右側の仏像は、どうも風合いが円空さんのナタ彫りのようであります。
円空さんは江戸時代の仏師さんなので、
これはたぶん、間違いなく本物ではないかと思われました。
円空さんの仏像はたぶん、一種のブームになっていて、
各地の寺院がかれを招いて、制作させたに相違なく、
日本全国にたくさんの円空仏があり、北海道に来たという記録もある。
そんななかの一体が、これなんだろうと思いました。
ちょっとうれしい新発見でした。

さてきのうは、銀行さんのゴルフ会に参加。
なんと、大して練習もしていないのに、1位入賞。
まぁ、その上には準優勝・優勝がいらっしゃるので、実質は3位ですが、
思いもかけない幸運でした。
賞品を息子の目に付く場所に、「なにげに」置いておきました。
案の定、ほっそりした円空仏の目とは反対のびっくり目で
父への尊敬のまなざしが感じられました。えへん、であります(笑)。



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「伝える」ということの意味合い

2012年05月16日 05時55分28秒 | Weblog





一昨日、40名くらい集まった、ある住宅建築関係の会合で
東日本大震災からの東北の動きをほんの短時間、
お話ししました。
おおむね30分でしたが、
前振りに別のテーマの話もしたので、
そのテーマに触れられたのは、まぁ、20分ほどでした。
しかしそのあと、前振りの話への直接的な反応がたくさんと、
さらに、本論への反応が、翌日のきのう、
さっそく寄せられて、月末の別の会合で話して欲しいというリクエスト。
なんでも、今度は広く経営者のみなさんが集まる勉強会で話せということ。
わたしは別に評論家でもないのですが、
東北の状況についての、情報が徐々に社会的に伝わらなくなってきている
そんな雰囲気が感じられました。

大メディアは、
大災害や大事件を、そのときには大洪水のように流し続けるけれど、
それこそ、継続性というのはなかなか難しい。
そのことにこだわり続ける、
そこに暮らし続けている人たちの声を、発信し続ける
そういったことが、案外、続かないモノなのだと思っている次第。
わたしはたまたま、あの大災害に地域メディアとして
やらなければならない部分を感じて
そこから少しでも出来ること、情報を収集し、伝えていくということを
続けてきています。
別にそれほど難しいことをしている感覚はないのですが、
それでも、「伝えて欲しい」というひとがいるということに
うれしさがある反面、ほかの世間の情報というものは
どんどん情報の劣化というか、
情報の新奇性が薄れると、すぐに忘れていくスピードが速いと思います。
日本という社会は、情報社会だけれど、
その新奇性を追いかけるのに忙しすぎて
忘却していく速度も並外れて速すぎるのではないか。
そんなに新奇性を追いかけることに意味があるのかと不安になります。
もうちょっと、腰を据えて状況を深化して把握する、
そういった役割を果たすことも必要なのではないか、そんな思いをいたしました。
<写真は、ある晴れた日の岩手山>

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伝統的木造構法

2012年05月15日 05時09分32秒 | Weblog




木造工法って、実に奥が深いなあといつも思います。
写真は先日、仙台市内で見学させて貰った伝統的木造構法の家。
柱と柱の間、通常はタテに「間柱」という細い材料が立つのですが、
この構法では、ヨコに「貫」と呼ばれる構造材が入る。
こういう横架材は、しかし、現在の基準では構造耐力として認定されない。
木の耐力を判断する構造計算で、十分な検証ができなかったのです。
わからないから、価値がないと判断されてきていたのです。
現にこの現場でも、この貫の外側に構造用合板を張って、
構造計算をクリアさせているので、
数値計算的には、この貫は機能していないことになっているのです。
そんなバカなことはなく、実際にも大いに構造強度に貢献しているのですが、
それを判断しなければならない近代構造力学の側が
伝統的木構造を判定できないままに、放置されてきたのが現実。
ようやく最近、社寺建築の構造計算にどうしても必要と言うことから
東大工学部で、実証的な解析が進められているということです。
なんですが、それにしても、竹中工務店だったかの大手ゼネコンが研究に
協力してくれているから可能になってきたというお話しでした。
継ぎ手などの複雑な断面は、宮大工などの手仕事の「伝統」として継続しているけれど
あまりにも複雑すぎて、西欧近代を発祥として
主に鉄筋コンクリートを中心に据えている「建築力学」では解明しきれない世界。
以前、この「貫構造」の強度実験なども見学しましたが、
感動を覚えるほどの強度を見せられたものです。
こういう「ズレ」について、
東大工学部の本流そのもののような方から、
「建築の世界では、わからないことはいっぱいあるのですよ」と、
実に率直なお話しを聞くこともありました。
いつの日か、きちんとこういう木構造力学が解明されて欲しいものです。

こういう「貫」の代わりに
「筋交い」という、ちょうど×型の構造補強が対置され、
それについては、構造上のお墨付きが与えられているのですが、
日本建築の伝統的構造美の観点からは、醜悪そのものと指弾されている。
ちょうど、豊かな縄文社会に、暦に基づく栽培農業・計画的管理農業社会としての
「弥生」を強制していったような流れを
こういったいきさつに感じ続けてきた次第です。
まことに日本現代社会においても、闇は深いものがある。


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春、サクラと廃屋

2012年05月14日 06時29分46秒 | Weblog





きのうは久しぶりの好天の日曜日。
本当は東北で取材の仕事の予定だったのが、1日早く帰ってこられたので
カミさんとのんびりとドライブに。
向かった先は、そうアテもなかったのですが、
まぁ、なんとなくサクラはもう少し北なら見頃かも・・・、
くらいのアテずっぽうで、石狩から北の日本海側海岸線を浜益まで。
そこから内陸側の滝川に出て、高速で帰ってくるルート。
なんですが、クルマは石狩あたりの広い国道からずっと大渋滞。
「なんだろね、いったい???」
という当て外れでしたが、まぁどうせ陽光に誘われての
予定のない、ぶらりドライブでしたので
なりゆきに任せて延々と10km1時間くらいののんびりノロノロ道行き。
大体、最近は速く走るのが苦手になってもいるので
そうは苦にもなりませんでしたが、
望来~もうらい、と読む~の直前にある「戸田記念公園」というのがありまして、
そこのサクラが札幌周辺では有名だったことを
その頃になってようやく思い出しました。
それもいいかも、と思い始めたのですが、でも数珠つなぎの車列はさすがに
ごめん被りたい。
ということで、そこを抜けるまでに2時間超の時間が掛かりました。
浜益では漁港の朝市もあるのですが、
こちらは時間も遅れて行ったので、
あんまり品揃えもなく、まぁ見学のみ。
浜益には公営の温泉があって、「飲用」可能な温泉でして、
ファンなんですが、行って見ると「5月15日(火)まで、設備機器点検のため臨時休館」
っていうことで、ありゃりゃ。
ここんところ、あんまりツキはよくないようでありますね(笑)。
まぁ、こういう空振り続きの時もあるさ、という受け流しが、
われながら、最近は可能になってきました。
まぁ単なる老化の進行でしょうね(笑)。
で、老化の進行と、建物の老化現象への興味も深まってくる。
山間の道を走っていると、至る所で
ことしの大雪の残骸でしょうが、建物の倒壊が見られます。
なかでも相当激しい倒壊現場がありまして、思わず撮影。
どうも2階がなぎ倒されたようになっています。
1階は原形を留めているけれど、2階はその隣に残骸が無残に広がっている。
その背景に残雪と美しいサクラ、であります。
なんとも北海道的な、北国の春と言えるでしょうか・・・むむむ。
きっとこの建物、無人だったのではないかと思うのですが、
生活の術もなくなって、放棄された残骸が、きびしい気候で
追い打ちを受けて、このような状態になったのでしょう。

東日本大震災以降、
国家としても経済的にも厳しく、社会的な分裂状況が顕著になっています。
こういった状況がしばらくは続いていくのでしょうね。
そういうことを覚悟しながら、暗中模索をしていくしかないと思います。
そんなかでのこういう建物、
美観の問題もあるし、処理はしていかなければならないでしょうが、
生活が放棄された状態で、
しかし、放置されたままになっていくのが現実なのでしょうね。
間延びしていく自死の時間、そんな微妙な雰囲気が漂っている気がします。
ただ、わたしのような廃屋ウォッチャーには、
これはこれで、一種の感慨も覚えさせられる光景でした。
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新緑の季節・タケノコ料理

2012年05月13日 08時12分53秒 | Weblog




この時期、新幹線で移動しても車で走っても
野山のみどりのはつらつさに心が躍ります。
きのうは宮城県大崎市古川で住宅の取材。
そちらではなんと、
新鮮なタケノコご飯と煮付けをご馳走になってしまいました。
東北の春を感じさせてくれる家庭料理であり、食材。
しかし、その振る舞っていただいた前振りに
「セシウムは安心だそうですから・・・」
という言葉が交わされました。
こうした会話は、つとめて明るく交わすのが最近の東北でのマナーかなと。
どうしても鬱屈する部分があるのだけれど、
そういう部分に負けてはいられない、
明るく前向きにいこう、という共有の雰囲気がある。
結局、日本を明るくしていくのは、
こういう日々の暮らしの中で、
これまでも日常がそうであったことを、確認しながら、
坦々と積み重ねていくことが、復興していくと言うことを
証だてていくことの実質なのではないかと思われます。
ありがたく食させていただきましたが、
口の中に広がる歯ごたえの切れの良さ。
まさに春の息吹を感じさせてくれる食感がこたえられない。
炊き込みご飯の方は、餅ゴメとおぼしきお米もすばらしい食味。
薄味なんだけれど、深みのある爽やかさが
体の中を通り抜けていくような、まさに新緑の空気感が立ち上ってきますね。

きのうは仙台市内で仙台・青葉まつりが行われていて、
帰りの交通渋滞は結構なモノでした。
やや時間にゆとりを持っていたのですが、
帰りの飛行機には、滑り込みでセーフ。
タケノコ料理、お土産にお弁当まで仕立てていただき、
帰りの飛行機の中でも、引き続き楽しませていただきました。
本当に感謝いっぱいの思いでありました。


<写真は、当社事務所建物の前庭部分に植え込んだ「カツラ」近影>
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あぁ、落とし物&勘違い

2012年05月12日 05時23分48秒 | Weblog





ダメであります。
あきれた失敗で、しばらくダメージが残りそうです。

きのうは、朝一番で東京を出発して福島へ。
で、定刻通り取材をはじめたのですが、
そのために確認していたボイスレコーダーがそのときになって
ありゃりゃ、ない、・・・。
おい、このためにわざわざ札幌から確認して持ってきていたのに、
それも、確か、新幹線の中でもふたたび確認していたのに、
なぜか、その時になって出てこなくなってしまった。
やむなく、メモを必死に取りながら、
あれこれと中心的テーマをまとめながら、頭のなかに記憶させていく。
やや不安だったのですが、まぁなんとか終了。
で、取材先を辞して、ふたたび探したのですが、やはりない。
どうも新幹線内に落としたとしか考えられない。
むむむ、・・・。
そのうえ、取材の時間が大幅に伸びてしまったので
予定の仙台移動の新幹線には間に合わず。
で、時間あわせに写真のような掻き揚げそばでのかき込み昼食。
それから福島から発12:51の便を「13番線」で待っておりました。
その時間には、対抗の14番線に「山形新幹線」が到着して
ややしばらく停車後、出発していった。
「ふ~~ん、山形新幹線ってああいうんだ」のようにのほほんと見送っていた。
なんですが、さっぱり13番線には仙台行きの新幹線が入線してこない。
電光掲示板を見ていたら、そのあとの、13:12発の便の表示になっている。
「え、おい、12:51の便は・・・」
と、不安に駆られて駅員さんを探して聞いたら、
「さっきの、山形新幹線はここで分離して、ひとつは12:51の便で仙台に行ったんですよ」
という無常の宣告。
「え、え、えええ~~~」
次の約束の時間にギリギリ間に合うように待っていた便、
あえなく、ボケで大失敗という次第に。
やむなく、関係各所にお詫びと変更の連絡後、
やっと次の便が入線。
ひと息ついて、つい掻き揚げそばの満腹感が眠気を誘う・・・。
「次は仙台です~~~」というアナウンスと、他の乗客のみなさんの
ザワザワ感に慌てて飛び起きて、なんとか仙台に滑り込みセーフ。
まぁ、結局は約束時間から30分以上遅れて多賀城の取材先に到着。
・・・・。

春なんでしょうか。
どうも自分自身が情けなくなってきて、
しばし呆然と、反省しておりました。
なにが一体・・・というボケの進行なのか?
大きな失敗に繋がる前に、自らの行動をもう少し慎重に考えないとダメですね。
かき揚げそばはわたし、好きなんですが、
失敗に頭をかき通しで、中身が大混乱していた1日でありました。
むむむ。
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