「キャプテン・フィリップス」を観る。
ホームラン。素晴らしい。
本作は2009年に実際に起こった、ソマリア沖で海賊に襲撃され、
人質となったアメリカ人(フィリップス船長)の話。
一艘の小舟が猛スピードで、数万倍もの巨大な貨物船に接近する。
小舟はボロボロで、武装しているものの、乗組員はたったの4人だ。
巨大な貨物船と一艘の小舟。その画にはシュールさを感じるほどだ。
しかしそれが、以降の展開にもつながるアメリカとソマリアの構図を象徴する。
鑑賞中、何度も熱いものがこみ上げてくる。
船員たちの身代わりとなったフィリップス船長の勇姿によるものではない。
フィリップス船長の4日間にも渡る恐怖と絶望からの解放によるものでもない。
アメリカとソマリアという異なる世界、境遇で生まれ、
出会うはずのなかった2人の船長が命をかけて戦わざるを得なくなった悲劇に対してだ。
本作が素晴らしいのは、主人公フィリップス船長だけでなく、
ソマリアの海賊船長(ムセ)にも主眼を置いている点だ。
フィリップス船長を人質にとったあと、
「俺は前にオランダ船で身代金として6000万ドルせしめた」とムセが話す。
痩せこけ、粗末な服を着るムセたちの姿を見て、
「その金は誰の懐に入った?」とフィリップス船長が話す。
2人は互いの目的、背景を冷静に理解しているのだ。
ムセもアメリカを敵に回すことの恐怖を十分理解している。
物語を縁取るセリフの数々が説得力に満ちていて、隙がない。
歴史とグローバル経済がもたらした史実であるが、
ジャーナリズムを語った映画でなく、あくまでエンターテイメント。
事実を誠実に折り重ね、冒頭からラストまで、
生死をかけた駆け引きを弛まぬ緊張感とスリルで描き出す。
このあたりは監督ポール・グリーングラスの真骨頂。
さらに本作では映画的なスケールが加わる。どんどん面白くなる。
それはこちらの想定を遥かに凌ぐもので、目が離せなくなる。
そして本作を成功へと導いたのは2人の船長を演じた、
トム・ハンクスとバーカッド・アブディの名演だ。
トム・ハンクスの奇跡的な演技に圧倒される。
経験と技術に裏打ちされた船長の所作は勿論のこと、
後半にかけて極限状態に置かれた人間を体現する。その様に息を呑む。
フィリップス船長と看護師のラストシークエンスは神。
後世に語り継がれるに違いない。
そして、ムセを演じたバーカッド・アブディ。
本作が映画初出演で、演技自体も初体験とのことだが、
彼のパフォーマンスによって、物語が一層深いところまでに行き着いた。
宙を仰ぎ、自らの宿命を静観した眼差しが忘れられない。
本作の上映時間は約130分とやや長尺だが、リピートも全然アリだ。
異なる見方もできるので、また違った味わいになりそうな気もする。
監督ポール・グリーングラスに心からの喝采。
今月から、ようやく日本でもオスカー有力作が公開を始める。
その先発となった本作だが、オスカーノミネートに大賛成である。
これだから映画はやめられない。
【90点】
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