傑作。これは新たな体験だった。
いつか訪れる老い。認知症を患う当人の視点から見る世界。これまでの人生で育んだ豊かな世界が壊れていく恐怖。その喪失の大きさと絶望感に打ちのめされる。どこからが真実で、どこからが幻想か。観客をミステリーの世界に否応なしに巻き込み、翻弄し、結末への引力に転化する。その筆致はホラー寄り。
6人しか登場しない本作は、元は舞台劇という。「なるほど」という内容だが、本作のテーマを効果的に描くにあたり、撮影、美術、編集、音楽の使い方の技が練り上げられ、映画化することの価値を十二分に感じさせる。脚本も手掛けた監督、天才か。劇中の伏線が回収される終盤は鮮やかであり、その様相は一見シンプルにも見えるが、見れば見るほど新たな発見がありそうな深みもある。
主演のアンソニー・ホプキンスに圧倒される。そのパフォーマンスに鳥肌が立った。断トツにオスカーに相応しく、アカデミー賞の選考が公平だったことが証明された。彼が体現するのは自分を失うことの悲しみと、監督が切り離せなかった人間愛である。俳優がキャラクターを演じるということは、観客がスクリーンの世界を自分ゴト化する上で、必要不可欠なプロセスなのだと改めて認識した。
【85点】
<監督が切り離せなかった人間愛
うまい表現ですね!
前評判をうっちゃり、アカデミー主演男優賞
を獲得したことにガッテン!でした(笑)