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第94回アカデミー賞を振り返った件。

2022-03-29 21:29:25 | 映画


第94回のアカデミー賞から一夜が明けた。

今回は、個人的に思い入れの強い作品や俳優も少なかったため、いつもよりもテンション低めに授賞式の様子を見ていた。あと、会社の振休をとっていたのだけど、今の会社には「(誰かに)引き継ぐ」という文化がないため、休みとわかっていても用件があればバンバン、チャットやメールが飛んでくる。。。。なので、集中して見られなかったという状況でもあった。

受賞結果は、下馬評通り、あるいは予想通りだった。これほどサプライズのない結果も近年珍しいと思う。

大きく総括すると「コーダ」の躍進と、「デューン」の技術部門の総ナメだろうか。「コーダ」の作品賞に異論はないけれど、選考方法が変わって以来、「嫌われない」映画が選ばれやすい傾向を再認識。「コーダ」も配信系映画のため、何度も頑張っていたネトフリを差し置いてアップルがさくっと作品賞を取ってしまった。

国際映画賞を受賞した濱口監督、いつも淡々としている印象だが、授賞スピーチで明らかにいつもよりもテンションが高くて、見ているこっちも嬉しかった。1部門しか獲れなかったというのは予想通りだったけど、国際映画賞の受賞よりも、やはり作品賞と監督賞の候補入りのほうが快挙と思えた。

受賞結果はそんな感じだが、それ以上に印象に残ったのは「ウィル・スミス、ビンタ事件」である。

ちょうど授賞式の中盤だ。長編ドキュメンタリー部門の紹介で登壇したクリス・ロックが、ウィル・スミスの奥さんの髪型をイジったジョークをかまし、激怒したウィル・スミスが壇上に上がり、クリス・ロックにビンタを食らわしたというシーンだ。

あれから、このシーンが頭から離れず、いろいろ考えたのだが、一周まわって、結論、

手を上げたウィル・スミスが100%悪い。あの暴力に正当性はない。
逆にクリス・ロックに感服する。

あのシーンをリアルタイムで見ていて、最初、演出だと思っていた。理由は3つ、ビンタの音が「パチッ」ではなく「ボコッ」という音だった、平手を喰らった直後もクリス・ロックが動揺も見せずに同じテンションで話を続けた、そんなことが起こるワケないという先入観。しかし、席に戻ったウィル・スミスが「ファ〇キン」と放送禁止用語を発したことで「マジだ」と気づいた。

その直後のWOWOWのスタジオ解説で「(ワケがあった)奥さんを侮辱したのが悪い」という話に「なるほど、家族を守ったんだな、さすがウィル・スミス!」とシンプルにカッコいいと思えた。しかし、放送後、クリス・ロック側を考えたら「ウィル・スミスの暴力を容認しちゃダメだ」と普通に思うようになった。

「あれは言葉の暴力」という意見が日本では大勢のようだが、では、言葉の暴力に対して、実際の暴力で応酬するのはありのか、というシンプルな話。あれは防御のための暴力ではなく、ウィル・スミスの一方的な暴力であり、理由の如何に関わらず、あの行為をした時点でウィル・スミスはアウトだ。逆にあれが許されるのであれば、世界はおかしなことになる。

そもそも外見をイジって笑いをとるのはアメリカでは普通の文化と思える。映画のなかでも障がい者をイジって笑いにするシーンはよく見ている。それは無神経ということではなく、障がい者もフェアな存在として扱っている感覚が透けるのだ。問題は本人が傷つくかどうかという点だろうか。果たしてクリス・ロックが奥さんの状況をどこまで知っていたのだろう。苦しんでいる人へ言葉の暴力を浴びせること、言葉を商売にしてきたクリス・ロックがそこまで想像力がないとは思えないのだ。

100歩譲って、クリス・ロックが奥さんの状況を知っていたとしても、暴力を振るってしまった時点でウィル・スミスに正義はない。

その後の主演男優賞のスピーチ、クリス・ロックに対する謝罪は全くなかった。あの時点で、自身の行動は悪いとは思っていない。改めて、涙ながらに「愛」についてスピーチする様子を見ていて、「さっき暴力を振るったのに『愛』について語るんだな」と、感動のシーンが質の悪いコメディに映った。

逆に、クリス・ロックにタフさに感心した。自身を傷つけるようなハプニングがありながらも、取り乱すことなく「ウィル・スミスのパンチを喰らったぜ」「これはテレビ史に残るよ」と普通に笑いに転化して、会場を深刻なムードにしなかった。これがプロのコメディアンなのか、と感動すら覚える。また、暴力を振るわれたのに訴えることもしないという。カッコいい男はウィル・スミスではなく、クリス・ロックじゃなかろうか。。。

理由はどうあれ、壇上で暴力を振るったという前代未聞の出来事は、アカデミー賞に泥を塗ったことは間違いなし。このエピソードだけ、目立ってしまい、他の受賞作の注目を曇らせたということも良くないことと思う。

授賞式後、ウィル・スミスは会見に現れなかった。毎年、通例となっている演技部門の4人が揃って写真撮影するシーンも今回、彼の欠席により、なくなった。アカデミーファンにとってみれば普通に残念なこと。

日本とは反対に、アメリカ本国の反応はウィル・スミスに否定的だ。その世論を受けてスルーしたかった、アカデミーも”調査”に乗り出すということ。いったい、どういう結末になるのだろう。


【追伸】
ウィル・スミス、がっつり、インスタでクリスへの謝罪文を載せている。内容は全てが正しい。