原作を知らないほうが楽しめる映画だ。
映画はシリアルキラー「森田」を人間性をもったキャラとして描く。過去の背景も丁寧に織り交ぜ、観客の価値観に近いステージまで下ろした印象だ。これはこれで十分面白いのだけれど、個人的には原作のキャラに挑んでほしかった。いろいろと日本映画にはないアプローチをしているのでとても惜しい。逆に、原作にはない脚色で成功している部分もあり。
高校時代に同級生だった「岡田」と「森田」が、1人の女子を巡り再会し、岡田は女子との恋愛に成就し、森田は連続殺人を繰り返していくという話。
古谷実漫画のなかでも正直「面白くない」ほうの漫画だ。なので、原作ファンというわけではない。そんな中でも原作に強く惹かれたのは「森田」の強烈な人物像だ。原作の森田は混じりっ気なしのナチュラルボーンキラーである。映画では学生時代の壮絶ないじめが彼を殺人鬼に変えたように描いているが、原作ではいじめの復讐によって殺人鬼の血が「覚醒」したという解釈が正しい。いじめた相手に対して、恐ろしい自分を目覚めさせた憎しみと同時に、真の自分に出逢わせてくれた感謝があったと察する。
しかもその正体は「快楽」だ。多くの男性が女性の裸を見て性的興奮を覚えるのと同じで、原作の森田は自らの手で相手を苦しめる感触と、息絶えた死体を見て性的興奮を覚える。「こんな体(性的志向)に生まれてきたことが不公平だ」と葛藤するが、決して悪ぶれることはなく「こういう性的志向だから殺人は仕方ない」と開き直っている。罪の大きさに対する自覚はあるものの、殺した相手への思いやりからではなく、社会的に裁かれる刑罰の大きさからである。いかに捕まらないように殺人を繰り返すか、原作の森田はそればかりを考えている。
映画でも快楽者たる森田の名残を感じさせるシーンが出てくるが、それよりも森田の人間性にフォーカスしているように思う。同情の余地のない原作の森田に対して、映画の森田は「かわいそう」とすら思えたりする。その大小は別として、「いじめ」という行為に対して多くの人が間接的、直接的に関わった経験があり、その延長線上に森田の凶行を描くことは観客の共感を捉えやすい。しかし個人的にはどうしても物足りない。映画の森田が普通にレイプしようとするシーンを見て「それは違うだろ」とツッコんでしまう。
例えば「ダークナイト」の「ジョーカー」や、 「ノーカントリー」の「シガー」あたりだ。モチベーションはまったく異なるが、いずれも日常の価値観を超越した悪の姿であり、それが物語の大きな求心力であった。平和に生きる常人には到底想像することもできない悪が確かに存在していて、それが身近な世界に潜んでいるという恐怖。。。観客の共感を置き去りにして「快楽殺人」という変態性を真っ向から描いてほしかった。それもホラーではなくスリラーとして描くことが本作であればできたはずだ。
しかしその一方で、映画の脚色によって面白くなった部分もある。もう1人の主人公である非モテ男の岡田と、可愛い女子ユカとの恋愛劇が、森田の凶行劇とちゃんと交錯している点だ。
まず、前半の呑気な青春コメディから、後半のスリラー劇への落差ある変化がモノ凄いインパクトだ。あんな遅いタイトルバックは初めてだ。物語の主人公がスイッチングするとともに、同じ世界に全く異なる日常と非日常が両立することを示す。岡田とユカのセックスシーンと、森田による凄まじいバイオレンスシーンが呼応するようにシンクロし、本作ならではの表裏性を強調する。そのシーンに思わず鳥肌が立ってしまった。そして、原作では岡田の物語と森田の物語が平行線を辿ったまま終わりとなり消化不良気味だったが、映画では終盤のクライマックスで岡田と森田が対峙するシーンがきちんと用意されていて、明白な結末まで提示してくれる。ノスタルジーを盛り込んだ描き方は望むところではなかったけど、映画版の描き方であれば全然アリだろう。
奇しくも同性となった「森田」演じた森田剛が素晴らしい。自身の年齢よりも一回り以上若い役柄を、声色を常に高く設定しながら自然なセリフ回しで演じてみせる。振り切った凶暴シーンは勿論のこと、虚しさと無意味さを漂わす岡田との会話シーンに役者としての巧さを感じさせる。森田剛ってこんな演技ができるんだな~と感心しきりだった。公開初日に観たが、劇場には作品の色には似つかわしくない若い女性層が目立った。森田剛の登場シーンに色めき立っていたので彼のファンだったのだろう。ギャップ萌えとなったのか、シンプルに引いてしまっのか、観終わったあとの彼女たちの感想が気になるところだ。岡田演じる濱田岳はいつものキャラどーりといった感じで特に新鮮味はなかった。相変わらずムロツヨシとは相性が良さそうである。
非モテ男が美女になぜかモテるという、世の中の男子に夢を見させる古谷実漫画のなかで「シガテラ」がまだ映画化されていない。おそらく「ヒミズ」や本作よりも映像化すると面白いので、いつか映画化されてほしいと思う。
【65点】