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No695『ヒアアフター』~寡黙さに滲む苦悩と、再生に向かう希望の光~

カタカナのタイトルよりも
邦訳として『再生の約束』(ジョージとマーカス、あるいは、マーカスと兄との約束)とか
『再生の夜明け』というのはどうだろう。

死者の声を聞くことができる霊能者のジョージ。
その声を伝える場面で、
一瞬、向こう側の世界の映像が映るが、すぐかき消え、
あとは、暗い部屋で、
声を伝えようと懸命なジョージの顔と、
依頼者の顔とが交互に映るだけ。
このことからも、
映画が焦点を当てようとしているのは、あくまで、
今、生きている側だとわかる。

話の途中で、死者は遠ざかり、声も聞こえなくなったと
ジョージは言う。
どこか気まずい空気の中に、
ジョージと依頼者とが取り残される。

ジョージは、向こう側の世界について自分が何も知らないことを
自覚しており、徹底的に寡黙だ。
この寡黙さがいい。


クライマックス、
マーカスが、ジョージを通じて、亡くなった双子の兄ジェイソンと話をする。
ジェイソンのことを生き生きと伝えるジョージの表情やセリフがいい。
映画冒頭での、
ジェイソンとマーカスとのたわいのない
楽しげなやりとりが、思い出される。

ジェイソンの声が聞こえなくなったと言うジョージに
マーカスは「どこへ行ったの?」と尋ねる。
わからないと答えるジョージ。
思わず、マーカスは「声が聞けるのに、わからないの?」と
率直な思いを口にする。

まだ幼いマーカスにとって、
ジェイソンの声を聞けた満足感で一杯というよりは、
なんだか信じられないような、
もっと知りたいような
宙ぶらりんな複雑な気持ちだったにちがいない。

ジョージも同じ気持ちで、
その場にいたたまれずに、すぐ「送っていくよ」と言う。

マーカスの家の前で別れる時も、ほとんど言葉はない。
でも、二人が交わす目と目を交わす表情からは、
マーカスの感謝と信頼の気持ち、
ジェイソンの言葉を胸にちゃんと生きていこうという
マーカスの決意が汲み取れ、
それはジョージにもきちんと伝わったとわかる。

マーカスは、これから生きていく中で、
毎日の生活を通して、
きっと、このジェイソンの言葉の重みを
実感していくにちがいない。

死者の声といっても、
結局のところ、誰にもわからない。
わかっていることは、それでも前を向いて
生きていかなければならない、という現実。

ラスト、新しい出発をしようとする3人それぞれを
柔らかく包み込むようにして、
陽の光が、アーケード街から、窓から
さしこんでいるのが、とても印象的だ。

思えば、イーストウッド作品は、
最近でこそ、『グラントリノ』『チェンジリング』『ミリオンダラー・ベイビー』と
ラストが劇的でわかりやすく
残された側の者の余韻を残していたが
それより以前の作品、例えば『ミスティック・リバー』など、
わかりにくく、もやもやしたものが残る作品も多かった気がする。

それにしても、マリーが遭遇する津波のシーンはすごくリアルで怖い。
実際に津波に巻き込まれた人間が、どんなふうに濁流に飲まれ、流されていくのか、
マリーを見つめながら、怖さで身がすくみそうになり、
マリーの頭にゴンと何かがぶつかった時には、思わず声が出てしまった。
(それと同じくらいびっくりしたのが、ロンドンの地下鉄駅での出来事!)

マリーが、スイスで臨死体験現象を研究するルソー博士に会いに行くシーンがあるが、
スイスといえば、
心理学者のユング博士や
『死の瞬間』を書いた女性精神科医のキューブラー=ロスが生まれ、活躍した国で、
なんだか意味深く、心に残った。

サンフランシスコでのジョージもいい。
若い女性メラニーが、
料理教室でジョージに出会い、
仄かな恋心を抱きかけていたが、
死者の声を聞いてもらうことで、
知られたくない過去を知られてしまい、
かえって、気まずくなって
急いでジョージの部屋を出て、
階段の途中で、座り込んで泣いてしまう。
そして、アパートの前の道を急ぎ足で帰っていく彼女を
自室の窓からそっと見送るジョージの辛さと孤独が心にしみる。

思い立ったら、即、飛行場へ向かい、
ロンドンへと旅立つジョージの身軽さと行動力もうらやましい。

三人が出会うロンドンの街がとてもすてきで、行ってみたくなった。

公開の初週、TOHO梅田では、席数としては大きいものの
向かいの別館に追いやられていた。
タイトルがネックで、興行側が客足に不安を抱いているせいだろうか。

このタイトルだと
『丹波哲郎の大霊界』のような映画だと誤解する人もいるかもしれない。
でも、hereafterには、死後の世界、あの世という意味のほかに
将来、未来、という意味もある。
イーストウッド監督としては、
タイトルには、二重の意味を込め、
むしろ力点を置きたいのは後者にちがいない。
書いているうちに、また見たくなってきた。


No681前回見た時のパラパラでの感想

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