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No787『ディア・ハンター』~失われてしまったものの深い悲しみ~

人生は引き返すことの出来ないもの、という悲しみが、
ずしりとおおいかぶさってくる。
その中で、スタンリー・マイヤーズのテーマ曲「カヴァティーナ」のギターが、
そっと寄り添うようにして、優しく語りかけ、慰めてくれる。

午前十時からの映画祭の1本。
タイトルの意味は鹿狩り。
前半、仲のよい男六人のうちの一人の結婚式が描かれ、
本当に楽しそうな、酔っ払っての馬鹿騒ぎ。
鹿狩りが楽しみで、結婚式の翌日も、ライフルを持って、山へ入る。
会話から、このうち三人がベトナムへの出征前だとわかる。

後半で一変。
いきなりマイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サベページ)が
ベトナム戦争の真っ只中に放り込まれ、
戦地での、偶然の再会に喜ぶ間もなく、
ベトコンの捕虜となり、水牢に入れられ、とんでもない目にあう。

予備知識なしで、観たので、いきなり驚いた。
前半の、念入りすぎるほどに、若者たちのたわいのない日常が描かれていただけに、
急に戦地での爆弾音、ヘリコプターのすさまじい音の中、
生死の狭間に放り込まれる、別世界に圧倒された。
でも、当時の戦争体験は、そういうものだったのかもしれない。

捕虜となった3人は、
銃弾が1発だけ入ったピストルを真ん中に置き、
向き合った二人が、順番に、こめかみに当てて引き金を引く
ロシアンルーレットをべトコンから強制される。

放心したスティーブンの顔、ニックの引きつった顔。
限界状況の中で、誰もが精神が錯乱しかける寸前。
マイケルが、生き残るための策を練る。
これぐらい冷静でタフでありたいもの、と思いながらも、
命からがらの脱出劇が展開する。

ニックが出征前に結婚を約束したリンダ(メリル・ストリープ)のことを
マイケルも想っていて、
ニックが行方不明のまま、マイケルだけが帰還したときの
会話が微妙で、切ない。
二人が訪ねたホテルでの、鏡の使い方もうまく、
疲れて眠っているマイケルの傍らに、そっと横たわるリンダを映して
そのまま、そっと窓の外の光景を映し出すカメラの優しさ。

再びベトナムを訪れ、ニックの行方を探すマイケル。
再会したときのニックは、まるで別人のような顔つきで、
ロシアン・ルーレットの射手として、命を賭け続けることで
人間らしさも過去もすべて忘れ去ってしまったかのよう。
すっかり憔悴し、人間が人間でなくなってしまったような
ウォーケンの表情は本当にすごかった。
それだけに、最後に見せる、ほんのわずかな微笑が
一層の悲しみを誘う。
ニックには、こういう生き方しかできなかったのかも、という諦念。

失ってしまったもの、傷つき、二度と帰らないあの頃への郷愁、
仲間たちの誰もが、悲しみを抱き、追悼の食卓につくラスト。
ニックの不在が胸を打つ。

彼らの人生は、きっとこのままこうして、
ニックの不在や空しさ、傷跡を抱えながら
それでも、人生が続いていくことを示唆するラスト。
そこにそっとテーマメロディが重なる。

ロシアンルーレットの賭場で、札束を握り締める男たちの熱気の中
一発の銃声に賭ける恐怖、放心。
戦争から帰ったマイケルが、鹿狩りに出て、
山頂で、大きな鹿を間近にして、思わず、狙いをはずしてしまう。
鹿の深い瞳に向き合うことが、マイケルに、己の心を見つめる営みを
瞬間的に促したようにもみえた。

みおわって、じっとこのまま座り続けたい気分だった。
見る前の心を真っ白な画用紙だとしたら
一体、何色に染められたのだろう。
赤い血の色でもなく、深緑のグリーンベレーの色でもなく、
結婚式の女たちのドレスの純白でもない。
鹿の深く澄んだ瞳の茶色であったならば、と思う。

人生引き換えしがきかない、傷つけられたものがいやされることは永遠にない、
その哀しさをつきつけられたような気がして、
深い深い人生の傷跡を目前に、ただ、美しい音楽だけが、そっとやさしく
哀しみに寄り添ってくれる。

だから、ずっとこのまま座って、再び、同じ作品の上映が始まり、
男たちのたわいのない会話が繰り広げられたら…と、ありえないことを願った。
このまま闇の中に包まれたい…、
映画を観たいというのは、いうならば、闇の中に包まれ、
観客の一人にまぎれこみたい、という衝動なのかもと思った作品。

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