“神様”ボブ・ディランの“奇跡の国内ライブハウス・ツアー”が始まっています。まずは大阪、そして名古屋。明日からはいよいよ東京です。もちろん東京は、私も見に行って当ブログでライブ・レポートをする予定ではおりますが、あまりに気分が盛り上がっていて待ちきれないので少しディランの話を書かせてもらいます。
思い起こせば、私が生ディラン体験をしたのは78年の初来日での武道館。今思うと、神聖な雰囲気と言うか、いやむしろ見に来た日本人の多くが“神”にどう接していいのか分からない戸惑いと言うか、そんな一種異様な緊張感が会場には充満していたように記憶しております。ただ私自身がまだディラン初心者であったのと“本物”を初めて見た感激ばかりが大きくて、曲の判別もおぼつかなかったということ以外あまり明確な記憶がないというのが今となっては残念でありますが…。以降何度かディランは来日をしてはいるのですが、ちょうど初来日の2~3年後に彼がキリスト教へ改宗し、私にとって彼の作品的魅力が急降下したために結局その後は一度も来日公演に足を運ぶことなく今日まで来てしまったのでした。ただ近年は、ディラン自身もかなり往年のパワーを取り戻し、宗教観だなんだを飛び越えた理屈抜きでロックなライブを続けているということを耳にして、ここ数年来日を心待ちにしていました。そしてそして昨年末、なんと日本のライブハウスでディランが見れると言う吉報を耳にして、居ても立ってもいられずチケットをゲット。日一日とその日が近づくにれて鼻息も荒く、興奮の度合いが増してきていると言う訳なのです。
このライブハウス・ツアーが何を意味しているかですが、私がイメージするのは私にとってのディランのベスト・ツアーである75年の「ローリング・サンダー・レビュー」に他ならないのです。旅芸人一座のテント・ツアーをイメージしキャパ2000人以下の会場を回ったこのツアーは、60年代型ディランへの原点回帰と“囚われのボクサー”ハリケーン・ルービン・カーターの無罪を訴えたミンストレル・ショー(説明が面倒臭いので、意味はウィキペディアご参照)をコンセプトに大々的に繰り広げられたのでした。もちろん、今回のツアーにミンストレル・ショーのイメージはないのですが、原点回帰はコンセプトとして明らかに見て取れ、その意味からは個人的にもっとも見たかったタイプのディランのショーである訳です。今回のツアーのギタリストは、70~80年代のアイドル・ロッカーだったチャーリー・セクストンなのですが、「ローリング・サンダー・レビュー」の時のギタリストが、グラム・ロック時代のデビッド・ボウイの片腕としてアイドル的人気を博したミック・ロンソンだったのとも符合して、面白い感じがしています。
実は80年代のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとのツアーや90年代以降の「ネバー・エンディング・ツアー」のライブ音源もこっそりブートレッグでチェックはしてきているのですが、70年代に比べるといささか迫力不足が否めない感がしていました。ところが最近のライブ映像をYOU TUBEで見る限り、「何だこの迫力は?」といったノリで、まさに“ロッカー・ディランここにあり!”を印象づけられるほどの元気さ加減。一時期のセールス不振が嘘のように、立て続けに出すアルバムを全米No.1にしているこのところの勢いをそのままステージにも持ち込んでいるようで、彼自身が70年代以来30数年ぶりのピークを迎えて気力・体力とも充実しまくっている様子です。もっとも、よほど今の自分のパフォーマンスに自信がなければ、アラが目立つライブハウス・ツアーなんてやるわけがないですがね。
連日、大阪、名古屋のセットリストをネットでチェックしまくっていますが、例によって一部を除いて日替りメニュー的展開で、「こりゃ東京全部見ないといかんか?」とさえ思わされてしまいます。「ハッテイ・キャロルの寂しい死」「廃墟の街」「女の如く」「雨の日の女」といった大好きな曲が日替りで登場していて、自分が見に行く日には一体何が飛び出すのか、本当に楽しみです。今回はコンセプト通り60年代の曲と最近の曲が中心のセットリストのようですが、願わくば70年代の超名曲「愚かな風」が聞けたらなと…。レコードコレクター誌の来日記念「ディスク・ガイド」も思わず買ってしまい、連日ipodでは60年代の名作「ブリング・イット・オール・バック・ホーム」「追憶のハイウェイ61」「ブロンド・オン・ブロンド」の3枚を聞きまくっています。こんな盛り上がり方、ザ・フー以来ですな。今はただただ「ディランを見たい!聞きたい!感じたい!」といった状況であります。すべての洋楽ファン必見の、ディラン恐らく“最後の日本公演”。新旧ディラン・ファンの皆さん、これが“生ディラン”の見納めですからZEPP TOKYOで目一杯盛り上がりましょう!
思い起こせば、私が生ディラン体験をしたのは78年の初来日での武道館。今思うと、神聖な雰囲気と言うか、いやむしろ見に来た日本人の多くが“神”にどう接していいのか分からない戸惑いと言うか、そんな一種異様な緊張感が会場には充満していたように記憶しております。ただ私自身がまだディラン初心者であったのと“本物”を初めて見た感激ばかりが大きくて、曲の判別もおぼつかなかったということ以外あまり明確な記憶がないというのが今となっては残念でありますが…。以降何度かディランは来日をしてはいるのですが、ちょうど初来日の2~3年後に彼がキリスト教へ改宗し、私にとって彼の作品的魅力が急降下したために結局その後は一度も来日公演に足を運ぶことなく今日まで来てしまったのでした。ただ近年は、ディラン自身もかなり往年のパワーを取り戻し、宗教観だなんだを飛び越えた理屈抜きでロックなライブを続けているということを耳にして、ここ数年来日を心待ちにしていました。そしてそして昨年末、なんと日本のライブハウスでディランが見れると言う吉報を耳にして、居ても立ってもいられずチケットをゲット。日一日とその日が近づくにれて鼻息も荒く、興奮の度合いが増してきていると言う訳なのです。
このライブハウス・ツアーが何を意味しているかですが、私がイメージするのは私にとってのディランのベスト・ツアーである75年の「ローリング・サンダー・レビュー」に他ならないのです。旅芸人一座のテント・ツアーをイメージしキャパ2000人以下の会場を回ったこのツアーは、60年代型ディランへの原点回帰と“囚われのボクサー”ハリケーン・ルービン・カーターの無罪を訴えたミンストレル・ショー(説明が面倒臭いので、意味はウィキペディアご参照)をコンセプトに大々的に繰り広げられたのでした。もちろん、今回のツアーにミンストレル・ショーのイメージはないのですが、原点回帰はコンセプトとして明らかに見て取れ、その意味からは個人的にもっとも見たかったタイプのディランのショーである訳です。今回のツアーのギタリストは、70~80年代のアイドル・ロッカーだったチャーリー・セクストンなのですが、「ローリング・サンダー・レビュー」の時のギタリストが、グラム・ロック時代のデビッド・ボウイの片腕としてアイドル的人気を博したミック・ロンソンだったのとも符合して、面白い感じがしています。
実は80年代のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとのツアーや90年代以降の「ネバー・エンディング・ツアー」のライブ音源もこっそりブートレッグでチェックはしてきているのですが、70年代に比べるといささか迫力不足が否めない感がしていました。ところが最近のライブ映像をYOU TUBEで見る限り、「何だこの迫力は?」といったノリで、まさに“ロッカー・ディランここにあり!”を印象づけられるほどの元気さ加減。一時期のセールス不振が嘘のように、立て続けに出すアルバムを全米No.1にしているこのところの勢いをそのままステージにも持ち込んでいるようで、彼自身が70年代以来30数年ぶりのピークを迎えて気力・体力とも充実しまくっている様子です。もっとも、よほど今の自分のパフォーマンスに自信がなければ、アラが目立つライブハウス・ツアーなんてやるわけがないですがね。
連日、大阪、名古屋のセットリストをネットでチェックしまくっていますが、例によって一部を除いて日替りメニュー的展開で、「こりゃ東京全部見ないといかんか?」とさえ思わされてしまいます。「ハッテイ・キャロルの寂しい死」「廃墟の街」「女の如く」「雨の日の女」といった大好きな曲が日替りで登場していて、自分が見に行く日には一体何が飛び出すのか、本当に楽しみです。今回はコンセプト通り60年代の曲と最近の曲が中心のセットリストのようですが、願わくば70年代の超名曲「愚かな風」が聞けたらなと…。レコードコレクター誌の来日記念「ディスク・ガイド」も思わず買ってしまい、連日ipodでは60年代の名作「ブリング・イット・オール・バック・ホーム」「追憶のハイウェイ61」「ブロンド・オン・ブロンド」の3枚を聞きまくっています。こんな盛り上がり方、ザ・フー以来ですな。今はただただ「ディランを見たい!聞きたい!感じたい!」といった状況であります。すべての洋楽ファン必見の、ディラン恐らく“最後の日本公演”。新旧ディラン・ファンの皆さん、これが“生ディラン”の見納めですからZEPP TOKYOで目一杯盛り上がりましょう!
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます