アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

平取アイヌ協会の怒り

2016-11-17 06:23:35 | 日記

遺骨返還問題で木村ニ三夫さんが、北大に対してそうとう怒っておられることが木村さんのご友人のBlogを介して紹介されていました。 

北大側が平取アイヌ協会・三役に対して遺骨問題の説明をしに来たそうですが、「最初から白老への週骨ありきの、面倒な手続きの説明に終始した」と(週骨→集骨?)。「盗掘した側が条件を付けるとは!これでは逆さまではないのか」と怒りをあらわにされています。以下、引用。

********

「盗んだ物は元へ、自らの手で再埋葬する事が、先人達へのせめてもの供養、償いではないのか、盗掘に対する一言の謝罪もないのか」と散々悪態をついたが、北大側はなにも反論も言い訳も無しに帰ってしまった。 あの者達は、説明したことのアリバイ作りに来ただけの様だ。

そもそも、どこから持ち出されたか判明している遺骨を元の場所に環さず、国にとって都合の良い白老に集約するというのは、明治政府が川沿いに点々と住んでいたアイヌを国にとって都合の良い場所に移住させた「強制移住」と同じではないのか?

 アイヌは死んでからも強制移住させられるのか?「ふざけるな!」と俺は言いたい。(略)

 遺骨問題に関わっている者達よ。「人である人」であってほしい。こんな理不尽がまかり通る日本国であってはならない。賢明な皆さんの声と力を貸してほしい。

********* 引用、以上。

これは、FMピパウシで放送した原稿の一部でもあるとの事。そのご友人が木村さんから依頼されてご自身のBlogに掲載したそうです。

文科省が各大学に調査して2014年(更新)に「大学等におけるアイヌの人々の遺骨の保管状況の調査結果」を発表しました。

ただし、ずいぶんと「漏れ」があったようで、2016年、今年の8月3日に再度、文科省から各国公私立大学担当課宛に、前回の調査時に「教職員・研究室等への学内の周知・調査が徹底されていなかったため、結果として不十分な回答となっていたことが分かりました」ので、再確認をするとの知らせがあったようです。各大学も適当にやっていたのでしょう。あるいは、今回の杵臼への再埋葬で大事件である事を認識して焦ったのか、とも想像しますが。提出期限は10月31日で電子メールとのこと。すでに集積されていることでしょう。ちなみに、そのような動きがあることは、個人的に大学関係者の知人からの情報ですが、アイヌ政策推進会議等で公になっているのを見逃しているのか見た事はありません。

そのことは横に置いて、上述の調査結果をもとに、政府は「アイヌ遺骨の返還・集約に係る基本的な考え方について」(2013)をつくり、

「各大学等に保管されているアイヌの遺骨について、遺族等への返還が可能なものについては、各大学等において返還すること」

とし、それが返還に関する基本姿勢となっています。

さらに、この度、札幌地裁の裁判によって、遺族「」にあたる(のか?)、コタンの構成員が返還を「認められ」、杵臼に再埋葬という要望を実現させることが出来ました。

文科省はさらに「大学が保管する特定遺骨等の返還に関する手続の詳細について(意見のまとめ)」を今年(2016)の3月30日に出し、

「各大学は具体的な取組を加速することが求められるとともに、文部科学省は返還の促進に向けて、広範かつ積極的な関与、協力を行っていくことが必要である。これを契機に、広く我が国の先住民族政策におけるアイヌ、国、大学、その他関係者間の協力体制がさらに強固なものとなることを強く望むものである」

と、まとめています。

それなのに、北大側は最初から白老への持って行くことを前提としての説明をしに(「アリバイづくり」に)行っただけとは、問題にしなければならない事ですし、文科省も注意するべきです。

『北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書』(2013.3 P171)によると、平取町から掘り出されたご遺骨は4体、上貫気別から6体、長知内4体、荷負2体、二風谷1体の17体。

平取のご遺骨1体、および、上貫気別の全6体、荷負2体が全身骨で個人特定が「可能」、1933年10月20日、26日、28日の連続での発掘とあります。

ちなみに、手書きの『アイヌ民族人体骨発掘台帳』(医学部解剖学第2講座 P75)には、平取4体、上貫気別5体、長知内4体、荷負2体、(不明1体、二風谷未記入)で、15体となっています。

北大の「特定遺骨に関する情報の公開」によると、番号で書くのは気が引けますが、8番から13番までが貫気別のご遺体、14、15番が荷負の2体。 平取の1体のご遺体の公開はここにありません。

この表で目に留まるのは貫気別から持ち去られた60代の男性は、埋葬が1927年で「発掘」が1933年、埋葬の6年後に「発掘」、さらに、70代男性と40代の女性は埋葬して3年で「発掘」されていることが明記されていること。

肉片をついた骨をメスを使って削ぎ落とし、北大に持って行ったという証言をテープで聞きましたが、ここでもそうだったのでしょう。

北大が今までの対応をあらため、ましてや「アリバイつくり」をやめて、誠実に向きあうことを望みます。 

2010年のカナダ研修の際、野生のオオカミを偶然見ました。同じく目撃したネイティブの友人がわたしにオオカミのしおりをプレゼントしてくれました。雪が舞う中にグレイのオオカミが立っており、しおりをゆらすと絵も動くものです。わたしの机のスタンドにぶらさがって動いています(写真は旭山動物園にいるカナダから来たオオカミくん)。

明日はさっぽろ自由学校「遊」の講座

http://blog.goo.ne.jp/sakura-ive/e/b0d1e0c1442efd9a0b8b4d689e8e8dc4

それに伴い、札幌周辺の教会を訪問し、土曜日からは八雲、利別、七飯、江差、函館、渡島福島と大移動の予定です。

 

 


森林認証とアイヌ民族

2016-11-14 07:48:45 | 日記

明治政府は、1872(明5)年に「北海道土地売貸規則」と「地所規則」を公布し、「私有地」を除く土地すべてを対象に、ひとり10万坪を限度に売り下げました。この「私有地」の対象は和人であり、アイヌ民族は対象外にされていましたので、「現実にアイヌが居住している宅地およびその周辺の土地に関してさえ、それを保証するための法的処置はなに一つ記されていなかったから、こうした土地さえもが一方的に和人による分割私有の対象になった」(榎森進著『アイヌ民族の歴史』P394)

さらに、1886(明19)年に「北海道土地払下規則」、1897(明30)年に「北海道国有未開地処分法」を公布。「北海道土地払下規則」は、資力のある資本家や地主に、一人につき10万坪を限度として土地の払い下げを行い、「北海道国有未開地処分法」は、開墾・牧畜あるいは植樹に供する土地を10カ年間無償で貸し付けたうえで、「全部成功」すれば無償で付与するというもので、開墾目的はひとり150万坪、牧畜用地は250万坪、植樹用地は200万坪を与えられた。さらに、会社や組合の場合はその2倍の土地を貸し付けられることが可能だった(前掲書P395)

 二風谷の裏山も、それにより三井財閥の山となったようです。先日、購入した『アイヌ民族の復権〜先住民族と築く新たな社会』(法律文化社)の第一・二部は貝澤耕一さんが執筆されていて、たいへん興味深く読みました。特に、2009年に三井財閥から二風谷のアイヌ達に「わたしたちはアイヌ文化の継承に協力していると言うことを承諾してほしい」と言ってきたくだり。

「三井財閥はこれまでアイヌに対して何もしてこなかった。いや逆にアイヌをいじめてきた大企業がアイヌたちのために、文化を守ることに協力していることを認めて欲しいと言い出してきたのである」(P27)

なぜ頼んで来たかと言うと、その背景に国際的に先住民族をおろそかにしている企業は、もう外国では受入れられないという現実があると貝澤さんは指摘します。先住民族アイヌの文化継承や文化伝承に必要な場所を無償提供するなどの協力がないと外国での評価が低く、仕事が出来なくなるのだ、と。それゆえ、三井財閥は自己の利益のためにアイヌ民族に協力を求めてきたのだ、と。

三井フォーレストとアイヌ協会平取支部(当時)の役員との話し合いの席上で、アイヌ民族側から「あなたたちはこれまでアイヌ民族に対して何もしていないし、逆にアイヌを苦しめたことはわかるでしょう」「あなたたちはアイヌの土地を奪って自由に使って、アイヌの人々を苦しめたでしょう」と言ったら、先方は「はい、それは事実です、今後そういうことは無いようにします」と答え、「最大限の努力は払います」と言ったので、先方の依頼に一応、承諾した、と。そして、今後、どのように協力するのかを見て行く、と。

 

森林認証制度(FSC)の認証基準の改定(2012年)に関して、過去Blogで紹介しましたが、今まで国が先住民族から搾取し、先住民族が自由に扱うことを許さなかったことが、今度は立場が逆転し、国や企業が先住民族に承諾を得なければならなくなった(いわば正常化)ことで、どのように先住民族アイヌの状況が変わるでしょうか。楽しみです。

FSC認証とアイヌ民族の新しい状況は、おそらく、来る11月19日に行われる「第3回アイヌ政策検討市民会議」での上村英明さんの報告でなされることでしょう。以下、ご案内です(以下、敬称略)。

 

第3回アイヌ政策検討市民会議

日時:11月19日(土)14:00~18:00 

場所:北大学術交流会館小講堂(正門から入ってからすぐ左手の建物)

14:00~14:15 ご挨拶 宇梶静江

14:15~14:45 アイヌ民族の伝統的狩猟権 畠山 敏

14:45~15:15 教科書問題 若月美緒子

15:15~15:45 落合講演問題 若月美緒子

15:45~16:00 休憩

16:00~16:30 森林認証と先住民族 上村英明

16:30~17:15 市民会議の今後の運営について

17:15~17:45 総合討論


10月の二つの新聞記事

2016-11-10 13:07:23 | 日記

瞬く間に11月となりました。先月(10月)にあった新聞紙面上で気になったニュースを二つ取り上げます。

ひとつは、北大と札医大がアイヌ民族の遺骨の情報を公表したというニュース(苫小牧民報 10/12付)。

北大のホームページに「北海道大学アイヌ遺骨等返還室」をつくり、

身元(個人)が判明している16人分を公表

札医大はこちら

身元(個人)が判明している4人分を公表

北大は身元判明していたのがもう1体あったが、「想定していたアイヌ民族の遺骨と異なる可能性が浮上」(北海道新聞10月1日記事)したため、公表リストから外したとのこと(もし返還希望者が名乗り出ていたら問題になるでしょう)。

残念ながら北大も札医大も、遺骨返還に伴う情報公表でありながら、その歴史的経緯にはまったく触れず、自分たちが勝手につくったガイドラインに従って「返してほしければ返してやるよ」と言わんばかりの上から目線!

遺骨を「発掘」して、持ち帰り、ずさんな管理をして何十年も研究所の隅にダンボールに入れてほったらかしていながら、返してほしければ返すよ、名乗って来なさいという態度はいかがなものか。本来ならば、大学側が真剣に遺族を調べ、お返しに上がるのが筋ではないか。さらに、インターネットを見る事の出来ない方達への配慮は出来ているのでしょうか。問題がありすぎです。

ガイドラインとは国のアイヌ政策推進会議がつくった個人が特定されたアイヌ遺骨等の返還手続に関するガイドラインのこと。 その「3.返還に向けた手続」には、

「文部科学省は、ホームページ等で当該情報を周知するとともに、当該区域を管轄する市町村及び(公社)北海道アイヌ協会等関係機関に対して、当該情報の周知等の協力を求めるものとする。」

とありますが、きちんと行っているのでしょうか。

 

次に、気になったのが、以下の記事。

アイヌ民族遺骨2500箱安置可能 白老の慰霊施設概要 モニュメント先行整備(北海道新聞 10/10付

 全国の大学や博物館で研究目的などで保管しているアイヌ民族の遺骨を集約するため、政府が胆振管内白老町に2020年春に開設する「民族共生象徴空間」の慰霊施設の概要が9日、判明した。「墓所」となる建物には約2500の遺骨箱を収納する納骨室を確保。慰霊儀式を行う建物は約80人を収容できる規模とし、慰霊施設全体を象徴するモニュメントは先行して17年度末の完成を目指す方針だ。

 慰霊施設は、 国立アイヌ民族博物館 、国立民族共生公園とともに象徴空間内に設ける主要施設の一つ。ポロト湖畔東側の太平洋を眺望できる約4・5ヘクタールの高台に整備する。最大で一度に千人程度の訪問者受け入れを想定する。

 「墓所」の納骨室には、政府が13年に全国の大学に対して行った調査で個体ごとに特定できた遺骨1600体余りと、特定できなかった遺骨約500箱分を安置し、予備のスペースを設けることも想定。1体の遺骨箱は高さ29センチ、幅41・5センチ、奥行き67センチを基本とする。建物には約5千点の副葬品を保管する場所も設ける方向だ。(略)

ここで驚いたのは副葬品の数が「約5千点」と公表されたこと。はじめて見る数字です。北海道大学医学部アイヌ人骨収集経緯に関する調査報告書(2013.3 PDF)には、児玉作左衛門の「調査研究ノ大要」の一文を引用して、児玉自身が副葬品も多数発掘したと記述している部分を掲載しながらも(P.49)、副葬品盗掘に関しては一切調査してはいないし、公表もしていません。おかしなことです。

それともう一つ、2500の遺骨箱を収納する納骨室を確保したという記述部分。それだけ収納出来る大きさだよ、といういい方なのか、大は小を兼ねると言いますが、2500の数字に疑問。今現在、全国12大学に保管されている遺骨は、1624体。それに加えて特定出来なかったバラバラにされた遺骨500箱を単純に合計しても2100ほど。それなのに2500箱分のスペースを作り、さらに予備のスペースも用意するというのはいかがなものか。確かに、7月の報道では、国内の博物館など13施設から74体(後に苫小牧美術館に+2体)のアイヌ遺骨があったと報道(北海道新聞7/30)されたり、アメリカ(1体)やドイツ(17体)、オーストラリア(2体)などの海外の博物館にも保管されているという事実、さらに、過去に国立大学に行った遺骨保管のアンケートが、あまりに適当で再度、アンケート調査を行っているという報道もあったので、次々と増える可能性もありますが、それにしては多い数です。

ほかにも「モニュメントはアイヌ文様をあしらい、イクパスイ(捧酒(ほうしゅ)べら)をモチーフにしたデザイン」などの外装デザインもすでに示されていますが、慰霊施設の設置にいたる説明は明記するのでしょうか。なぜこんなに大量のアイヌ民族のご遺骨がここに集約されたかを謝罪と共に丁寧に説明するものを作るべきです。


道内の3つの博物館にアイヌ民族の遺骨が

2016-11-07 13:48:20 | 日記

さる、11月3日に行われた札幌郷土を掘る会主催に参加したことを前回書きました。その補足です。

八幡智子さんの講演前に、今回の案内チラシの以下の一文に関して、主催者側からの謝罪と、「コタンの会」代表の清水裕二さんからの説明がありました。

その一文とは、以下。

「盗掘のアイヌ遺骨・装飾品問題は北大(他大学等にも遺骨保存)の謝罪のないまま、「金目」で解決しようとしています。」

 清水さんは、今回の遺骨返還に関して、知人から「いくらもらったんだ? ふところが暖かいだろう」などと、あたかも和解金が入ったかのような言われ方をする。今回の案内も「金目」が入ったかのような誤解を招く言葉で、昨夜にこの案内を読んで目玉が飛び出しそうにビックリした。今回の杵臼への「ご先祖様」の再埋葬に関しては、北大納骨堂から杵臼までの霊柩車運賃と墓地使用料、再埋葬のための工費は北大が負担したが、それ以外の一切の金銭のやりとりは全くない! 再埋葬は三日かけたが、数ヶ月前からの様々な準備から当日に至るまで多くの費用がかかった。80万円を超える費用は全て全国の賛同者のカンパでまかなったと説明されました。 

主催者側は、誤解を招くような文章を書いたことに謝罪しました。

 和解金をもらったのではないかと言う誤解があることに驚きました。和解条項は北大開示文書研究会のホームページ内にあります。その1にある「引き渡し場所(杵臼)までの搬送に要する費用は被告(北大)の負担とする」というところと、6の「墓地の使用料及び埋葬に要する費用106万7600円を・・・支払う」のところです。

さらに、8の「その余の請求をいずれも放棄する」、10の「訴訟費用及び和解費用は、各自の負担とする」とあるように、裁判費用も自己負担となったのです。わたしたちの杵臼までの往復交通費も自己負担でしたから、みんなで乗り合わせて行きました。わたしは小川隆吉さんと隆吉さんのお姉さんをお乗せして、再埋葬への喜びと緊張感を持ちつつ杵臼に向かいました。

 清水さんは、一週間ほど前にアメリカで行われた先住民族のある会議に参加され、遺骨返還の報告をされて来ましたが、その際に多くの先住民族から、「遺骨」という言葉をわたしたちは用いないで「ご先祖様」(ご本人が日本語でこのように紹介されたのでそのまま)と言うのだと聞き、自分もこれからそうすると言われていたことも印象的でした。

 当日に配布された『〈資料〉アイヌ差別証言—過去と現在の人権侵害』は、10頁ほどの重複がありますが、A3用紙で表裏の100頁という厚いもの。なんとアイヌ民族の皆さん22名の講演をまとめてあり、たいへん読みごたえのあるものでした。葛野次雄さん、熊谷カネさん、伊藤稔さん、楢本貴美子さん、横山むつみさんなど、はじめて知ることばかり。個々に了解を得られたら、ここでも紹介します。

 

函館アイヌ協会より、イチャルパのご案内を頂きました。文部科学省による「博物館におけるアイヌの人々の遺骨及びその副葬品の保管状況に関する調査」において、市立函館博物館にもアイヌ等の遺骨が保管されていることが明らかにされたこと、市教育委員会や博物館と協議の結果、11月13日(日)の午後1時より博物館横の函館公園にてイチャルパを開催するとのこと。

同封の資料「アイヌの人々の遺骨の保管状況」によると、アイヌ民族の遺骨と「考えられるもの」が10体。そのうち、出土場所が函館市3、樺太1、択捉島1、千島シュムシュ島3、十勝伏古1、不明1。シュムシュの3体は1994年に児玉コレクションの一部として寄託(1998年に寄贈)とあります。児玉作左衛門によって1937〜8年に発掘されたとあります。では、1994年までどこに「保管」されていたのでしょう。そして、寄託する側の責任、受け取る側の責任も発生するのではないでしょうか。わからないことだらけです。

 

さらに、リストにはアイヌの人々の遺骨か「特定できないもの」というのもあり、それが19体もあります。出土時期、場所、経緯、保管に至った時期、経緯には「不明」が目立って多く記入されています。中には1961年に「市立函館博物館・市内高校が発掘調査」「採集」し、同年に保管したものがあります。これらの詳しい情報も探せばあるのでしょう。

北海道新聞(7/2付)の記事によると、アイヌ民族の遺骨は大学以外に道内の3つの博物館に16体が保管されていると報じられていました。

道が運営する北海道博物館が5体を、函館市立函館博物館が10体(10人分に相当するか調査中で正確には「10件」)を、室蘭市民俗資料館が1体を、それぞれ収蔵室などで保管していると回答した。

3施設の遺骨は、寄贈などで外部から持ち込まれたり、前身施設から受け継いだりしていた。いずれも、身元や埋葬時期、発掘の経緯などについて詳しい調査は行われていなかった。また、遺骨返還の権利を有するアイヌ民族らに保管状況が広く知らされていなかった。

この記事がさほど問題になっていないような気がしますが、いかがなものでしょう。それらが「収蔵室などで保管している」とありますが、今まで「資料リスト」に記し、公にしてきたのでしょうか。

11月13日には参列できませんが、翌週の20日に八雲に出張ゆえ、数日、道南の各所を訪ねる予定です。函館アイヌ協会にもお訪ね出来ればと考えています。

 

もう少し、写真を大きくしたいのですが、難しい… 


八幡智子さんによる『アイヌ民族の現状と展望』講演

2016-11-04 11:00:31 | 日記

札幌郷土を掘る会主催で、八幡智子さんによる『アイヌ民族の現状と展望』講演を聞いて来ました。

昨年の7月にアイヌ文化振興・研究推進機構主催のアイヌ文化普及セミナー(前期)で一度お話を伺ったことがあり、杵臼での遺骨再埋葬の際もご一緒しました。

小学2年でお母様を癌で亡くされ、長女で兄弟が多かったので、母がわりをした。学校で先輩から「小川が二本足で歩いている」とバカにされたり、ドッチボールではいつもアイヌだけが標的になるなど、あからさまな差別があった。しかし、兄も弟も含めて小学校教師に助けられた。貧しくて弁当をもって行けなかったころ、担任の先生がだまって兄弟三人分のおにぎりを差し出してくれた。教師のおかげでアイヌとして生きてこられた、と。

千葉に引っ越しても差別がひどく、人一倍頑張った。妹も会社の同僚からお前が来るところではないと言われ、自殺未遂をした。東京でも差別された、と。

厚生労働省の委託でアイヌ電話相談員に選ばれて働きだし、3年目。

(そのお働きは北海道新聞でも取り上げられました。)

職員は電話を受けるアイヌが3名、和人の職員1名。相談は北海道だけではなく、全国から寄せられる。最近の相談では、小学生で画鋲を上履きに入れられたり、上履きを投げられたりといじめられ、引きこもっているというものがあった。自身のいじめられた体験談などを語り、対応した、と。

お働きに感謝しつつ、伺うことが出来ました。

 

相談窓口はフリーダイヤル(無料)

0120−771−208 平日・土曜日10時〜17時

 

この電話窓口は厚生労働省が公益財団法人「人権教育啓発推進センター」に委託したもの。

同センターでは、過去の相談事業報告を2年分だしています。ここをクリック→

 

2014年(平26)年度の報告書を見ました。4月から翌年3月末までの一年間(日祝日他、休みあり)の相談総数は666件。そのうちアイヌ民族からは426件。そのうち北海道内157件、道外269件。

相談内容は多い順から

「13.政府・自治体への要望等に対するもの」(122件)、

「2.身体に関する悩み」(109件)、

「1.暮らし向き」(105件)、

「19 その他」(104件)、

「16.アイヌであることを理由とした差別・いやがらせに関するもの」(93件)、

「3.心に関する悩み」(82件)、

「5.仕事・職場に関するもの」(62件)、

「8.アイヌ文化や学校での歴史教育・多文化理解等に関するもの」(58件)

などとなっています。「13.政府・自治体への要望等に対するもの」が一番多いのは、

「生活の困窮や将来への不安等から、アイヌ民族に対する民族年金制度の創設、生活費や教育費の支援などの要望が多いことによる ものと考えられる」

さらに、暮らしの中や学校、職場での差別への対応を政府に要望するなど、重複しているところもあると分析しています。

 

注目したのは、第6章総括において、「国際的な先住民族の視点からの分析」がされていること。

2007年の「先住民族の権利に関する国際連合宣言(以下「宣言」)から、今回の相談を取り上げ、「先住民族としてのアイヌの人々が抱えている問題が明らかとなった」と結論しています。

相変わらず、「アイヌ民族」ではなく、「アイヌの人々」と記述しているのは気になりますが、それは別にして、相談の「いずれも「宣言」で取り上げられている重要な権利に関連する問題でもある」とし、各相談に対し、「宣言」に照らしてのコメントをしています。たとえば、遺骨返還問題の下りでは、

相談には遺骨返還についてのものも含まれていたが、これに関連して、宣言には以下の規定が存在する。第12条では、「1.先住民族は、自らの精神的および宗教的伝統、慣習、および儀式を表現し、実践し、発展させ、教育する権利を有し、その宗教的および文化的な遺跡を維持し、保護し、そして私的にそこに立ち入る権利、儀式用具を使用し管理する権利、遺骨の返還に対する権利を有する。 2. 国家は、関係する先住民族と連携して公平で透明性のある実効的措置を通じて、儀式用具及び遺骨のアクセス及び/又は返還を可能にするよう努める。」と規定している。以上のように、今回寄せられた相談は、相談者の個人的な問題もあったが、相談者が先住民族アイヌとして直面している様々な人権問題が明らかにされた。これらの相談には、国連の先住民族宣言に規定されている主要な権利が関わっているといえる。その意味で、相談は目に見えることのない先住民族としてのアイヌの人々が抱える人権問題が浮き彫りになったことで、大変意味あるものである。

ちなみに2013(平25)年度の報告書を確認しましたが、この視点からの分析はなされていませんので、画期的なことですね。

アイヌ民族への差別はまだまだあるのです。

アイヌ語トランプを購入しました。白老にて。

このBlogは、行間隔が勝手に変わったり(修正方法がわかならい)、写真がアップロード出来なかったりとぷららのに比べると面倒です。


沖縄派遣の大阪府警機動隊員による市民に対する差別的言動

2016-11-02 21:39:54 | 日記

さる、10月18日、沖縄県東村高江における米軍基地ヘリパッド移設工事周辺で抗議活動をしている市民に対して、大阪府警巡査部長および巡査長が「どこつかんどんじゃ、ぼけ、土人が」と唾を吐きかけるように発し、別のところでは「黙れ、こら、シナ人」と暴言を吐くなどの差別的言動をとり、翌日にその内容がインターネットで流されました。ネット流出日の夜、松井一郎大阪府知事は、「表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」とネット上の情報サービス「ツィッター」でつぶやきました。さらにその翌日20日、記者団の質問に、松井知事は「沖縄の人の感情があるので言ったことには反省すべきだと思う。・・・そのことで個人を特定され、あそこまで鬼畜生のように叩かれるのはちょっと違うんじゃないか。相手もむちゃくちゃ言っている」と主張しました。ネット上では、抗議活動をしている市民たちの「暴言」などが流されることもありました。

大阪府警巡査部長らの暴言は、沖縄の人々を劣った民族と見下し、さらに威嚇したものです。このような暴力を機動隊という圧倒的な公権力を持つものが、公務執行中に行うとは断じてゆるされることではありません。「沖縄市民もひどいことを言った」と言うような擁護もされますが、市民と公権力の違いは重要です。

さらに、そこで使われた「土人」「シナ人」との用語は、アイヌモシリ(北海道)や沖縄等に対する日本の植民地支配の歴史の中で、被支配者に対する侮蔑や嫌悪を煽る文脈で使われて来たもので、明らかに相手を見下して貶める差別用語に当たります。

アイヌ民族を「土人・旧土人」と蔑む呼び方は1997年まで「旧土人保護法」(1899年制定)によって使われていました。この法は貧困に追いやられたアイヌ民族に対する保護を名目としてつくられましたが、結果的には法的に土地を奪い、「旧土人=アイヌ」であることは恥ずかしいことだと同化教育によって劣等感を植え付けるものでした。

沖縄においても琉球処分官の松田道之が処分後に出した「沖縄県下士族一般に告諭す」という布告において、政府の命令に従わない琉球人は「土人」であり、職業も権利も失う。だから、言うことを聞いて琉球処分への反抗をやめなさい、という趣旨の脅し文句が公文書にあるとし紹介されています(沖縄タイムス琉球大学名誉教授 比屋根照夫さんインタビュー)。

これらの差別用語をどうして機動隊員が使ったのかに対し、たまたま二人が差別思想をもっていたという話ではなく、警察組織では聞くに耐えない侮蔑語が飛び交っており、研修などでは市民運度やマイノリティなどを「社会の敵」とみなす教育が徹底的に行われていると報じているものがありました(リテラ2016.10.26)。組織ぐるみで差別を教育していることの偏向教育は見直すべきです。

この差別発言に対し、国の対応として鶴保庸介沖縄担当相が31日、「発言したこと自体は許されないが、本当に差別かどうかというと、いろいろな問題が出てくる」と述べました。また「許されないことをした、謝った、それを受け止めたという(お互い)冷静な関係であっていただきたい」と、なんともあやふやな表現をしたことが報じられました(沖縄タイムス2016年11月1日記事)。

その後の松井知事の発言同様、機動隊員らの発言が差別煽動発言であり、職務中の公務員が絶対に行ってはならない言動であるという認識がまったくないことは大問題です。

これら言動は歴史的、マイノリティに対する構造的差別に基づく言動による攻撃、すなわちヘイトスピーチといえます。

 CMでおなじみの『お父さん」犬のこども「ゆめ」ちゃん。お座りしてくれました。白老博物館にて。

2014年8月に、国連人権条約機関による日本政府定期報告書の審査があり、人種差別撤廃委員会による日本審査においてヘイトスピーチは重大な問題とされました。ヘイトスピーチを行った個人および団体を捜査し、適切な場合には起訴する事、また、ヘイトスピーチをした公人および政治家に対する適切な制裁を追求することが勧告されました。この度の「土人」発言に当てはめると、これは単なる「言葉の暴力」ではなく、捜査や起訴の対象となる「犯罪」であり、発言者が大阪府警巡査部長らであるゆえに「制裁」の対象になります。対応しなければならない沖縄担当相ら政府であり、大阪府知事ら地方政府にあります。それらが揃いもそろって、対応しないのは国際法的にも大問題です。大阪府知事の発言は、公人が人種差別を助長、扇動することを認めない人種差別撤廃条約第4条 (c) 項の違反にもなっています。

さらに、2014年7月の国連自由権規約委員会による日本審査は、その総括所見に「人種差別に対する啓発活動に十分な資源を割り振り、裁判官、検察官、警察官が憎悪や人種差別的な動機に基づく犯罪を発見するよう研修を行うようにすべく、更なる努力を払うべきである」と勧告しています。本来、犯罪を発見する努力を払うべき立場にあるはずの機動隊員が、今回、真逆の言動をとったことになります。さらに、付け加えると「締約国はまた、人種差別的な攻撃を防止し、容疑者ら(今回は機動隊員)を徹底的に捜査・訴追し、有罪の場合には適切や処罰がなされるよう必要な全ての措置を取るべきである」と勧告されています。その勧告を重く受けとめ、必要な全ての措置をとるべきです。

これらの問題に、人種差別撤廃NGOネットワーク等が呼びかけ団体となり、国や警視庁、そして大阪府に対し、要望書を送る動きがあり、わたしたち日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターも賛同団体に加わりました。

国や地方自治が人種差別を行わず許さないよう機能するように、警察組織が差別教育をしないように、国民が人権意識をより豊かにするために、まだまだ課題がおおいことを感じます。

加えて、「酋長(しゅうちょう)」という言葉にも言及したいと思います。過日、わたしが管理している別のBlogに「先住民族関連ニュース」があります。そこにはネット上のアイヌ民族・世界の先住民族関連のニュースを紹介しているのですが、その記事の中に「酋長」という言葉が入っていました。知り合いの指摘を頂き、「酋長」も「土人」と関連する差別用語だということを伝えるべきと思い、以下の文を挿入することにしました。

「酋長(しゅうちょう)とは、主に未開の部族の長をいう。そもそも「未開」という認識そのものが差別であり、侮蔑的な語であるとして、現在では使用が忌まれる傾向にある。wikipedia「酋長」より

 

明日は、八幡智子さんの講演が午後1時半よりエルプラザであります。ぜひご一緒しましょう。

(写真は登別のクマ牧場にて)

 


集団的権利は認めない?? 

2016-11-01 11:48:48 | 日記

もう10年近く前のBlogに書きましたが(ここ)、国連では各決議の際に単に賛否の決をとるだけではなく、どういった意図で賛否の投票をするかを各国が演説をして表を投じるそうです。2007年の先住民族権利宣言が決議された時にも各国の演説があり、日本政府は賛成票を入れたものの、以下の演説をしたと某大学教授の講演で聞きました。

①自決権は分離独立権を含まない。

②土地権とその行使は、国法に従い、第三者の権利及び公共の利益と調和するように合理的な制約を受ける。

③集団的権利は認めない(webcastで流れた)

このことから、日本政府はアイヌ民族という集団的な権利を認めないことを最初から条件づけ、主張を続けるのだろうと考えていました。

2008年には国会決議でアイヌ民族を日本の先住民族と認めたにも関わらず、日本政府は相変わらず集団的権利を認めず論議すらしません。新たなアイヌ民族に関する法律をつくると言う話も出ていますが、そこにも触れられていないようです。

丸山博さんの言葉を借りれば、日本のアイヌモシリの植民地主義は「福祉植民地主義から文化植民地主義へと形を変えてつづいていると言わざるを得ない」ということでしょう。

上記は直前のBlogで紹介したさっぽろ自由学校「遊」の講演で配布された丸山さんの文章「世界基準のアイヌ政策を求めて」(『問題と人権』2016年2月号)からのものです。

11頁ほどの短い文章ですが、他にも紹介したい部分が満載です。いくつか紹介します。

先住民族として認められたアイヌ民族は、国連を中心に長い時間と労力をかけて構築された国際社会の人権保障システムからも保障されるべきだと述べます。

1966年には法的拘束力を有する二つの国際人権規約である

・「市民的および政治的権利に関する国際規約(自由権規約 ここ)」、

・「経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約(社会権規約 ここ)」

を採択し、さらに、

・「難民の地位に関する条約 ここ」(1951) 日本は1982年発効

・「人種差別撤廃条約 ここ」(1965) 日本は1995年

・「女性差別撤廃条約 ここ」(1979) 日本は1985年

・「先住民と種族民に関するILO169号条約 ここ」(1989) 日本は未批准

・「障がい者の権利に関する条約 ここ」(2006) 日本は2014年

・「先住民族に関する国連宣言 ここ」(2007) 日本は賛成票を投じた

と、マイノリティの人権を守るための条約や宣言をつくって来た、と。それらはすべて「集団的権利」だ、と。 

そして、それらの条約には、定期的に日本政府は国連の監視機関に報告書を出さなければならないが、常に国連から人権侵害に対する懸念と改善への勧告がなされている、と。

具体的にいくつかの監視委員会からのコメントが紹介されていますので、ピックアップします。

・「(自由権規約)27条の下で守られる権利は個人の権利であるが、それらはマイノリティの集団がその文化、言語あるいは宗教を維持する能力にも依存する。したがって、マイノリティのアイデンティティを守るとともに、そのメンバーが仲間と一緒に自らの文化と言語を享有し発展させ、宗教を実践する権利を守るためには、締約国による優遇策が必要となるだろう。」 すなわち、集団的権利が必要だと述べている!

・「(社会権規約15条a の全ての者の文化的生活権に関して)先住民族の文化的生活に関する集団的特徴は、彼らの存在や幸福、完全な発達にとって不可欠であり、彼らが伝統的に所有し、占有もしくは使用し、獲得した土地、領土、そして資源への権利をも包括する。先祖の土地や自然との関係とかかわる先住民族の文化の価値や文化的権利は、敬意をもって認められ、保障されなければならない。締約国はしたがって、先住民族がその共有する土地、領土、資源を所有し、開発し、管理し、使用する権利を認め、保障するための施策を講じるべきである。(中略)締約国は、先住民族の特別な権利にかかわるすべての事柄について、彼らの“自由意志に基づき、事前に十分な情報を与えられた上での合意の原則”を尊重しなければならない。」 (経済的、社会的および文化的権利に関する委員会による一般コメント21より。2009)

長い文でしたが、先住民族という集団への権利内容がよく分かるいい内容です。

う〜ん。2009年に出されたアイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会の報告書(ここ)にも、アイヌ政策は一般の日本人国民へのアイヌ民族に対する「正しい理解と知識の共有が不可欠である」(P.25)と、述べています。アイヌ政策推進会議は、もっともっと、この努力をするべきです。そして、集団的権利についてもすすめるべきです。

日本語で読める丸山さんの論文が入っている『アイヌ民族の復権』(2011 法律文化社)を早速、注文しました。

 

過日、所用で二風谷をお訪ねした際、貝澤輝一さんのところからはミニトマト(アイコ)を袋一杯に頂き、大喜び。まわりにもおすそ分けしました。また、貝澤耕一さんのところからは、なんと新米を頂戴しました。感謝感謝! もう5年ほど前から日曜日のお昼は近所のこども達を無料で招いての食事をしています。このような差入れはいろいろなところからあって、たいへん助かっています。

やっとリンクの貼り方を使えるようになりました。が、「ここ」はまずいでしょうか・・・。