アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

日本テレビ番組「スッキリ」におけるアイヌ民族への差別発言に関する声明

2021-04-20 09:45:24 | 日記

UPが遅くなりました。

さる2021年3月12日に放送され日本テレビ番組「スッキリ」の中での問題発言に関し、声明文をつくり、北海道新聞、朝日、毎日、読売、キリスト新聞各社、内閣官房アイヌ総合政策室(アイヌ政策推進会議)、そして、日本キリスト教団北海教区内諸教会、全国各教区事務所、教団事務所に送付しました。

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各位                                                                           2021年3月13日

日本基督教団北海教区総会議長 原和人

日本基督教団北海教区アイヌ民族情報センター主事 三浦忠雄

 

日本テレビ番組「スッキリ」におけるアイヌ民族への差別発言に関する声明

 2021年3月12日に放送された日本テレビ番組「スッキリ」の中で、アイヌ民族の女性をテーマにしたドキュメンタリー作品が紹介されました。しかし、その際お笑い芸人によるジョークとして、到底許されない蔑視発言がありました。

 私たち日本基督教団北海教区は、先住民族の有していた土地、歴史、言語、文化を収奪してきた私たちの歩みを省察し、今もなお奪われたままの先住民族の権利回復のために、差別撤廃のために働いております。そのための機能として、アイヌ民族情報センターを組織し、アイヌ民族をはじめ様々な先住民族との交流と支援、学習を通して、働いてまいりました。そうした中で、今回、全国放送を通して、差別発言が流布され、更なる差別が助長されることに危機感を抱いております。

 そこで、今回の発言を通して何が問題であるかを検証し、ともに考えるべくこのような声明を発する次第です。

1.発言の内容について

 今回の発言は、アイヌ民族を侮辱し、差別されるものとして用いられ、それを聞く人々が傷つけられるというものです。さらに、今後この言葉が多用され、更なる差別を生じさせることを懸念します。たとえ、差別する意図で用いられなかったとしても、そうした歴史があることに全く無知であることは問題です。加えて、このような発言が「笑い」の場面で用いられたことは大変残念です。

現在もなお、このような侮辱を受けている方々がいることを知るべきです。差別は、悪意(ヘイト)だけではなく、「無知」から起こる何気ない発言にも、現れることを自覚するべきです。

2.日本テレビによる謝罪について

 番組による謝罪がありましたが「不適切な表現」であったという曖昧な言葉にとどまっています。この問題は、「不適切」どころか、アイヌ民族の心情を著しく傷つけるものであり、私たち、とりわけマジョリティである「和人」の差別性を大きく表したものです。不適切な表現というだけでは説明が十分ではなく、批判が起こったから謝罪したということに過ぎないと感じます。もし、一連の収録が担当プロデューサー、ディレクターによって監修がなされたのならば、このような発言を許すにいたってしまったことの自己検証がなされるべきです。また、この出来事によって、私たちの何が問われているのか検証すべきです。また、謝罪したことによってこの問題性が忘れ去られ、同じことが繰り返されることを危惧いたします。

3.この問題は私たち和人の問題

 この発言の問題は、当該番組における発言者だけにあるものではありません。私たち和人がいかにアイヌ民族に対して無知であり、無意識のうちにアイヌ民族の方々を踏み躙っているのかという問題です。

 2020年7月に民族共生象徴空間「ウポポイ」が開館し、伝統文化の発信という観光としての政策が展開されています。一つの側面としては喜ばしいことですが、一方で、先住民族として有していた権利(特にサケを獲る権利など)は奪われたままですし、研究目的で収集、盗掘されたアイヌ民族の遺骨返還訴訟についても、なんの謝罪もなされず、それらの問題と向き合う政策はなされていません。

 現在この国を形成しているのは、「和人」だけではなく、多種多様なルーツを持っている人々です。アイヌ民族以外の人々にも、ヘイト、差別が繰り返しなされていることも加えておきたいと思います。この発言問題を機に、私たち和人の歩みを問い直し、本当に「共生」することは何なのか、差別のない世界を作るにはどうするのかを共に考える機会とすることを望み、また、日本テレビをはじめ、この国に住む私たちが差別に立ち向かう姿勢を示していくことを求め、この声明を発します。


「北海道アイヌ政策推進方針(素案)」に関する意見 2021年2月25日

2021-02-25 11:47:00 | 日記

 「北海道アイヌ政策推進方針(素案)」に関する意見を以下の4点に絞って書きました。締め切り(3月2日)が迫っており、あわてて書いたため、変な文になっているかも知れません。述べたい意見を羅列しました。

「北海道アイヌ政策推進方針(素案)」は以下のH Pにあります。http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/ass/pubcom-hosakusoan.htm

 

1.「第2 背景・歴史・現状」の記述について

  3頁上6行目「理科や地理などは教えられず」とありますが、ここに「歴史」を書かないことに差別教育をしていたことを軽減する意図を感じます。アイヌの歴史を教えず、否定し、同化教育を強いたことは重大な点だと考えます。「など」で終わらせるのではなく、より正確な記述を望みます。

 

2.「第4 推進施策 1理解の促進 に関して」

この「理解の促進」は、マジョリティ(和人)へのマイノリティ(アイヌ)理解の促進、すなわちアイヌの歴史や差別の現実の理解を促す内容となっています。しかし、アイヌの実態をより理解することを促進する必要を感じます。

 アイヌ施策推進法の第4条には「何人も、アイヌの人々に対して、アイヌであることを理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」とあり、第5条には、アイヌ差別禁止について「国と地方自治体が・・・施策を策定し、及び実施する責務を有する」と定めています。しかし、この法では、罰則規定がなされておらず、これは単なる「お願い」でしかありません。さらに、「北海道におけるアイヌ施策を推進するための方針」(以下、「道施策方針」)も、罰則規定はなく、加えて、差別解消のための啓発には触れているものの、実際に差別がある中で、どのように対応するかが欠けています。それゆえ、「道施策方針」案のパブリックコメントで、罰則規定を盛り込むよう提案をいたしました。しかし、意見としてのみ聞かれたままでした。

 2017年度に道が実施した「北海道アイヌ生活実態調査」の結果を出さないまでも、差別の現実はあり続けています。また、昨今のインターネット上では、頻繁に「アイヌはもういない」などの発言や、「アイヌは不当な利権を受けている」などというデマやヘイトスピーチが綴られています。また、先日も40代女性がこどもの頃から今に至るまで差別発言を受けていることが北海道新聞に掲載されていました(2021年2月15日夕刊紙面)。

 アイヌ施策推進法を制定する国会審議において、「民族としてのアイヌなんてもういない」という発言はヘイトスピーチであることが認められ(衆議院 国交委員会 4月10日)。また、「明確にアイヌの人々を差別することを目的としたヘイトスピーチは本条に反するもの」「第4条においては、アイヌの人々に対してと規定しており、必ずしも個人を対象としない差別的言動も本条に反する」と答えています(参議院 国交委員会4月18日)。これらのことから、特に差別を目の当たりにする道における「道施策方針案」には、差別(ヘイトスピーチ)に関する具体的な罰則規定を盛り込むべきでした。

 「道施策方針」の「3 その他アイヌ施策の推進のために必要な事項」にある「アイヌの人たちの課題やニーズ」、「アイヌの人たちの意見を十分踏まえる」とありますが、参考に挙げている「平成29年度アイヌ実態調査」だけでは、正確な実態とは言えないと考えます。

 カナダの場合は政府が主導して1991年から先住民族委員会を設置して詳細な調査を行い、2008年に「真実と和解のための委員会」をつくり、さらに寄宿舎学校問題を調査し、2015年に「報告書」を出します。そこには、「同国の同化政策を文化的ジェノサイドとよび」、政府に対して先住民族と和解するための具体策を国連権利宣言に基づき94項目あげて、その実行を迫りました。日本政府はそのような動きに見習うべきですし、道においてもそのような提案を積極的に行うべきと考えます。特に道は、自分の居住地域において差別があからさまにあります。道として差別の現実を聞き取り、癒しの対策を練ることを願います。

 

3.「第4 推進施策 3文化の振興 のアイヌ語に関して」

  台湾政府は16原住民族を国内の先住民族と認め、各民族の語学研修を促進させています。アイヌ語もより学びの場を増やすことが求められています。また、ニュージーランドでは地名表記がマオリ語と英語の並列表記となっています。旭川市教育委員会が独自に、アイヌ語と日本語で並列表記した地名看板を2005年より現在までに37箇所に設置しています。道も積極的に看板設置を推進することを願います。

 

4.「第4 推進施策 4地域、産業及び観光の振興 に関して」

昨年の2020年8月17日、北海道浦幌町のアイヌ民族グループ「ラポロアイヌネイション」(旧浦幌アイヌ協会)が、祖先がサケを捕獲していた川でのサケ漁は先住民族の権利だとして、国と道を相手に漁業権を認めるよう札幌地裁に提訴しました。ラポロアイヌネイションは、浦幌町内に居住・就業するアイヌで構成されているアイヌ民族集団であり、現在の構成員のほとんどは浦幌町を流れる浦幌十勝川の左岸沿いおよびその周辺に存在していた複数のコタン(アイヌ集団)の構成員の子孫です。明治になるまで浦幌地域を支配領域(イオル)とし、サケをはじめとする自然資源を独占的・排他的に使用し、利用していました。このうちサケはアイヌにとって主要な食料であると共に重要な経済活動の交易品としての資源でもありました。訴状では原告ラポロアイヌネイションが十勝川河口地域でのサケ漁を行う権限を現在においても有していると主張し、それを認めることにより、同地域のアイヌが経済的自立のために極めて重要だと付け加えています。先住権を認め、経済的自立にもつながる政策推進方針を望みます。以上。

留萌はまだまだ吹雪く日があります。しかし、確実に日は長くなってきていますし、春が近いことを感じられます。この23年、毎年のように暴風雪警報で大荒れの数日を過ごして来ました。その時は建物も揺れ、どうなるかと不安になります。しかし、嵐は必ず終わり、その後に暖かい日差しがわたし達を包み込むことを体験して来ました。希望をもって歩みたいと願っています。


ラポロアイヌネイションの捕獲権確認訴訟が始まりました

2020-09-09 13:36:22 | 日記

さる、8月17日、北海道浦幌町のアイヌ民族グループ「ラポロアイヌネイション」が、祖先がサケを捕獲していた川でのサケ漁は先住民族の権利だとして、国と道を相手に漁業権を認めるよう札幌地裁に提訴しました。

訴状は、以下のURLにUPされているので、全文を読むことができます。

http://hiratatsuyoshi.com/KamuycepProject2020/archive/20200817raporoainunation_complaint.pd

訴状によると、ラポロアイヌネイションは、浦幌町内に居住・就業するアイヌで構成されているアイヌ集団であり、現在の構成員のほとんどは浦幌町を流れる浦幌十勝川の左岸沿いおよびその周辺に存在していた複数のコタン(アイヌ集団)の構成員の子孫であり、明治になるまで浦幌地域を支配領域(イオル)とし、サケをはじめとする自然資源を独占的・排他的に使用し、利用していました。このうちサケはアイヌにとって主要な食料であると共に、和人との交易品としても利用されており、重要な経済活動の資源でもありました。

明治6年に明治政府は現札幌市の主要な河川におけるサケの引き網漁を禁止し、明治11年に札幌郡におけるサケマス漁を一切禁止しました。その後、サケマス捕獲の禁止が全道に広がり、明治30年には、自家用としてのサケマスの捕獲も禁止しました。アイヌに関する唯一の例外は文化的伝承等のために北海道知事の許可を受けて一定数のサケの捕獲が認められているにすぎません。

しかし、明治以降の日本政府によるアイヌ諸集団のサケ漁を禁止する合法的理由は現在に至っても全く明らかになっておらず、かえって違法と考えられています。

『アイヌ政策史』(高倉新一郎著)によると、江戸時代におけるアイヌは「部落若しくは部落集団は共有の漁猟区を持っていて、団員はこれを自由に使用し得たが、団員以外の者が無断で闖入狩猟することは是を禁じ、若しも是を犯したがあれば贖罪が要求された」(P21)と記述されています。コタンが集団の漁猟区(イオル)を有し、その構成員のみが独占的・排他的に漁労を営んでいました。ところが、明治政府はアイヌ集団が有していた漁猟権を「一般人と同等」という同化政策のもと、和人による開発という目的のため、「為政者の都合」(高倉P406)によって完全に「無視」しました。

行政がまとめた最新の北海道史である『新北海道史』(昭46年北海道庁発行)にも「アイヌには、部落もしくは部落郡の共同利用に任され、その管理処分は部落を代表して酋長の手中にあった一定の漁猟区域があって、他の団体に対して排他的な権利を持っていた」(P886)と、行政として認めています。

以上から、アイヌはそれぞれの地域で一定の漁猟区域を有し、その土地や河川を独占的。排他的に利用していたことが明らかであり、それらが明治以降、和人への開拓地の提供のために「無視」されたまま、現在に至っていること、ゆえに、江戸時代に存在していた各地のアイヌの集団の漁猟権は法的には未だ存在していることを主張しています。

松浦武四郎が1856年に十勝の調査し、その内容を記した『武四郎廻浦日記』に、十勝川河口地域には100名を超えるアイヌが5つ以上のコタンで生活していたことを挙げます。さらに、諸資料によりアイヌは自らの食料としてサケを狩猟しただけではなく、交易品として用いていたことを挙げます。

そして古くからサケの網漁を行っていたと。その証拠は、かつて北海道帝国大学(北海道大学)の教授が1934年にこの地域のアイヌ 墓地からアイヌ遺骨65体と副葬品を発掘し持ち去った事件に対し、原告が返還請求を行い、返還された副葬品の中に漁網を修理する網針が含まれていたのです。他の文献証拠でも補強しています。

これらのことから原告ラポロアイヌネイションが十勝川河口地域でのサケ漁を行う権限を現在においても有していると主張し、さらに、サケ漁の権利を認めることにより、同地域のアイヌが経済的自立のために極めて重要だと加えます。より詳細な文献証拠を挙げつつ、結論として、原告ラポロアイヌネイションは浦幌十勝川河口から4キロメートルまでの範囲における、刺し網を使用したサケ捕獲権を有し、被告らはこの原告のサケ捕獲権を禁止し、制限することはできないと確認を求めています。

2017年、ラポロアイヌネイションのみなさんはアメリカにサケ漁を生業とする先住民族に会いに西海岸のオリンピック半島に出かけ、サーモンピープルと呼ばれるトライブの皆さんの豊かさに触れます(『アイヌの権利とは何か』(北大開示文書研究会編P125)。日本においても先住民族アイヌの権利としてのサケ狩猟権を勝ち取ろうと力強い一歩を踏み出しています。

訴訟の第1回期日は10月9日と決まりました。応援すると共に、今後も諸情報をお伝えして行きます。


浦幌のアイヌ遺骨返還訴訟が和解

2020-08-09 06:44:50 | 日記

浦幌のアイヌ遺骨返還訴訟が和解

2020年8月7日の北海道新聞に、東京大学が保管するアイヌ民族の遺骨6体の返還訴訟の和解成立の記事が出ました。https://www.hokkaido-np.co.jp/article/448558

ラポロアイヌネイション(旧浦幌アイヌ協会 差間正樹会長)は2019年11月1日、国立大学法人東京大学(五神真学長)を相手取って、同大学研究者によって地元の墓地などから持ち去られたままになっている先祖の遺骨ならびに副葬品の返還と、損害賠償金の支払いを求める訴訟を、釧路地方裁判所に提起しました。

持ち出された遺骨は5体は1888(明治21)年に、1体は1965(昭和40)年に東京大学の研究者が町内の墓から掘り出したアイヌの遺骨6体。さらに副葬品。これに、今回は明らかな盗掘であるため損害賠償を要求していました(但し、盗掘は100年以上前なので時効が成立します。しかし、盗掘され持ち去られた現時点まで常に原告の慰霊行為が妨げられているという信教の自由を侵害されている無形的利益の損害賠償を要求)。当初、東大は争う姿勢でしたが、一変して和解に応じました。

和解内容は、8月20日に遺骨6体および副葬品をラポロアイヌネイションに返還すること。東京大学は墓地造成費用、墓地使用料、遺骨等の運搬に要する費用等すべてを負担すること。ラポロアイヌネイションはその余の請求を放棄すること。

(詳しくはhttp://www.kaijiken.sakura.ne.jp/urahoroainuassociation/2019/trial/todai_case.html

 和解後に釧路市内で記者会見したラポロアイヌネイション名誉会長の差間正樹さん(69)は「遺骨が手元に戻ることになり感無量。アイヌ民族も先祖を慰霊し、私たちの生活をお守りいただくことが当たり前のことと認められた」と喜びを表したと同時に、一方では「謝罪がないのは不満」と苦言も(HBC 8/7、HTB 8/7 いずれもニュースブログに掲載 https://blog.goo.ne.jp/ivelove )。

遺骨は20日に返還され、22日に埋葬されるとのこと。浦幌での遺骨返還は北大、札医大、東大と続きました。詳細は明らかになっていませんが、各大学に「保管」されていた遺骨はすでに白老にできた民族共生象徴空間の隅にある「慰霊施設」に移されました。


新刊『アイヌの権利とは何か 新法・象徴空間・東京五輪と先住民族』

2020-07-02 19:22:22 | 日記

たいへんご無沙汰しておりました。北大開示文書研究会より新刊『アイヌの権利とは何か 新法・象徴空間・東京五輪と先住民族』が出ましたのでご紹介します。

第1部は開示研メンバーでもあるオーストラリア国立大学名誉教授のテッサ・モーリス=スズキ氏の論考(1章:演出された民族共生 2章:世界の先住民族とアイヌ 3章:「共生の五輪」と先住権)、第2部には、アイヌのみなさんからの声(葛野次雄/楢木貴美子/差間正樹各氏)と、アイヌ遺骨返還裁判の原告代理人である市川守弘弁護士によるアイヌ民族の先住権についての論考(アイヌ先住権の本質)、はじめの挨拶と結びは開示研共同代表の殿平善彦さん、清水裕二さんが書かれています。

第1章のテッサさんの論文は、このブログの過去記事(2019/03/20~03/22)に掲載した、さる2019年3月9日に行われた「アイヌ先住権をめぐる連続出前講座18−19」のテッサさんの講演内容と重なりますので、あらためてご紹介します(下記事)

・テッサ・モーリス=スズキ氏による講演「世界の先住権の常識で再考するアイヌ政策」

https://blog.goo.ne.jp/ororon63/e/614f450d3246a56344ef570a1489e170

・テッサ・モーリス=スズキ氏による講演「世界の先住権の常識で再考するアイヌ政策」続き

https://blog.goo.ne.jp/ororon63/e/215873356ae99114e342a52801100b0e

コロナ禍で、開館が数回延期されたウポポイ(民族象徴空間)が、いよいよ7月12日に決定しました。日本初の国立アイヌ民族博物館ができ、期待も多いところです。しかし、世界の先住民族の権利回復の動きに対して日本の先住民族アイヌへの対応は問題だらけであることが指摘されています。

3章「『共生の五輪』と先住権」には、共生が主張されながら、実は「調和」のほうが強調され、「多様性」への理解は、食品、衣装、儀式、祭りといった「うわべだけの多文化主義」に限定されてしまい、マイノリティの法的権利の保障にはつながっていないと指摘。そしてこのことはアイヌ社会にとってとりわけ重要な問題だ、と。

第2部には、葛野次雄さんによる「静内アイヌ協会」設立の経緯、楢木貴美子さんはご自身の体験を樺太アイヌの戦後というかたちで書かれ、差間正樹さんは遺骨返還を実現したこと、さらに先住権として鮭漁の権利を訴える闘いを準備していることが記されています。

市川弁護士は2019年4月に公布された「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(以下、「施策推進法」)の問題点を法律家の立場から分かりやすく説明します。アイヌ遺骨をめぐる施策推進法の問題点、先住権や自己決定権とはなにか、そしてその根拠など納得がいきます。

清水裕二さんのむすびのことばには、ご自身の差別体験が綴られ、アイヌ民族についての教育の必要性が述べられています。

資料編には、関連年表(遺骨返還裁判に詳しい)、そして、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(2007/9/13)、「施策推進法」全文がついています。

どうぞ、お手にとってお読みください。

『アイヌの権利とは何か 新法・象徴空間・東京五輪と先住民族』

テッサ・モーリス=スズキ/市川守弘/葛野次雄/楢木貴美子/差間正樹/殿平善彦/清水裕二:著

北大開示文書研究会:編   四六判200頁

かもがわ出版 2,200円(税込)+送料(180円)

ISBN  978-4-7803-1100-6 C0031

 

購入方法は

1.下記の振替口座に本の送付先を記入してご入金ください。確認次第お送りいたします。複数冊のご注文、その他のお問い合わせは事務局のメールでお問い合わせください。

1冊2200円 (税込定価2200円+スマートレター180円)

ゆうちょ銀行 振替口座:02790-1-101119 口座名:北大開示文書研究会

北大開示文書研究会 〒077-0032 留萌市宮園町3-39-8 

事務局長 三浦忠雄 TEL/FAX 0164-43-0128  mail:ororon38@hotmail.com

 

2.かもがわ出版に直接、お申し込みください。

http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/a/1100.html


2019年9月16日開催 旭川アイヌ民族フィールドワーク報告 その3

2019-11-14 10:47:50 | 日記

榎森進さんの講演の続きです。今回もメモ調に内容を紹介します。

(前回のまとめ:幕末までアイヌ民族は幕藩制国家の統治外に位置付けられていた)

 

明治4年11月、新政府が「北海道」の開拓政策を立案するに当たって重視したお雇い外国人・アメリカ農商務長官ホーレス・ケプロン(Horace Capron)が黒田清隆開拓使次官に宛てた報告書の中で、参考としてアメリカに於ける土地取得に関する例を紹介している。それが、昭和12年に発刊されている『新撰北海道史、第6巻、史料2』に掲載されている。日本の歴史学者は今までまったく論じてきていない。このことを初めて紹介したのが市川守弘弁護士(『アイヌの法的地位と国の不正義―遺骨返還問題と{アメリカインデイアン法}から考える{アイヌ先住権}―』寿老社、2019年4月)だ。わたしも見落としてきた。

初期合衆国とアメリカインデイアンとの関係(19世紀)は、一般に合衆国の連邦政府とアメリカインデイアンの各部族(tribe→法的には、国家と同等の主権を有している)との条約締結が行われた。これらの条約で連邦政府が土地を買い上げて連邦政府側の「公有地」として取得し、その上で植民者達に土地を分けていた。二段方式をしていた。アメリカの場合はまず形式的な条約をきちっと結んでいた(実際は破っていくんだけど)。ケプロンはこのような法律内容の見本を示しているのだから、北海道はそれと同じことをすべきだった。

 (以下のフレーズは当日のレジュメから)

 しかし、明治政府はケプロンの参考意見を無視し、アイヌ民族との交渉をすることなく、近世末までアイヌ民族の居住地域であった旧「蝦夷地」に早期に移民を入植しただけでなく、ケプロンが「北海道」の開拓事業に関する意見書を提出した明治4年の翌5年には、「北海道土地売貸規則」と「地所規則」を公布して、1人に付10万坪以内の土地を和人に払い下げ、アイヌ民族はその対象外とした。この規則により明治18年(1885)迄に和人に払い下げられた土地は、「売り払い」2万9239町歩、「無償付与地(工業用)」7768町歩、計3万7007町歩に達した。

 釧路にある「松浦武四郎蝦夷地探検像」とても小さいものでした。

日本政府は、当時、アイヌは国家を作っていなかったと言う。しかし、私見では、17世紀後半(つまりシャクシャインの戦い)は、アイヌの地域社会がまとまった時期だ。松前藩はこの時期にアイヌの地域集団を分断していった。そのためにアイヌの地域のつながりは弱くなっていくが、実体としては場所請負制度というアイヌにとっては労働力として働かされた制度だが、しかし(明治2年に廃止されるが)、場所ごとに「乙名」(人工的に和人が付けた役職ではあるが地域のアイヌの長)が存在していた。そして、静内から釧路に至るまで、アイヌ集団の婚姻関係も交流もあった。広範な地域でひとつのまとまったグループが存在していた。各コタンの上に部族連合体が存在していた(その後に松前藩や幕府の権力でバラバラにされた)。そうすると、明治初頭にはアメリカ方式を示されていたのだから真面目にすると新政府の役人と旧場所毎の役アイヌ達と「条約」を結ぶことも可能であった。

それを踏まえると、旭川の近文では川村さんのご先祖がリーダーであって、現在も御子孫がいらっしゃるわけですから、そういう方達とお話をして、先住民族の権利をどういう風にしていくか会議を持つことは可能だと考える。ほんとうに政府側が先住民族の権利に関する国連宣言に基づいて真面目に考えるとすれば、このことは全く不可能ということではないと考える。

  

以下、当日のレジュメより、ケプロンによる3種の土地制度の内容を紹介

ケプロンが紹介したアメリカの3種の土地制度

「聯邦ニ於テ地所ヲ分與スルノ律例三條アリ。又許多あまたノ補法アリ。参考ノ爲メ左ニ附述ス。

土人ノ法(ホーム、ステット、ロー)、此法ニ依レバ、移住者其土着スベキ區ノ地所掛リニ銀拾元ヲ納ムリノ外、他ノ失費ナクシテ、公有地ノ一區、卽チ一百六十「エーカー」(「一エーカー」ハ「千二百十坪」)ヲ受ケ、以テ眞實ノ地主トナアルヲ得ベシ。蓋けだシ、律例上要スル所ノ箇條アリ。曰ク、移民者ハ六ヶ月内ニ親シク其地所ニ移リ、五ヶ年間連綿茲ニ居住セザル可カラズ。相當ノ家屋ヲ造リ其他各種ノ改良ヲ為すサザル可カラズ。而シテ、二ヶ年ノ末ニ至テ其箇条を盡ク實踐シタルヲ證スルトキハ、政府ヨリ之ニ免狀卽チ地券ヲ附與ス。

 

先得ノ法(アクト・ヲフ・ブレエンムシオン)

此法ハ、前條ノ諸箇条ヲ實踐シタルモ、事故アリテ地所掛リニ報知セザリシ者ヲシテ、下地は一「エーカー」ニ付一元廿五錢、上地ハ二元半の定額ヲ政府ニ納メ、以テ其地ヲ有スルノ權利ヲ得セシムル者ナリ。

 

第三條ハ拍賣ヲ以テ現金ニ公地ヲ賣與スルノ法ニ係ル」とある。

(「ホラシ・ケプロン初期報文摘要」『新撰北海道史、第6巻、史料2』、ルビは榎森)。 

これでフィールドワーク報告を終えます。

 

 

 


2019年9月16日開催 旭川アイヌ民族フィールドワーク報告 その2

2019-10-25 10:15:09 | 日記

榎森進さんの講演の続きです。メモ調に内容を紹介します。

日本におけるアイヌ民族の歴史的位置の経緯。

まず、江戸時代の幕藩制国家におけるアイヌ民族の位置について、慶長9年(1604)に松前氏宛家康黒印状(全国の諸大名に与えた土地を安堵する重要な記録)の内容が以下の通り。

  定

1、諸国より松前へ出入りの者共、志摩守(しまのかみ)に相断(ことわ)らずして、夷仁(いじん)と直ニ商売仕(つかまつり)候儀、曲事(くせごと)たるべき事。   

1、志摩守に断り無くして渡海せしめ、商売仕候者、急度言上(きっとごんじょう)致すべき事。

附(つけたり)、夷(えぞ)の儀は何方(いずかた)へ往行(おうこう)候共、夷次第致すべき事。

1、夷人(いじん)に対し非分申し懸けるは、堅く停止(ちょうじ)事。

  右条々若違背(もしいはい)の輩(やから)に於いては、厳科に処すべき者也、仍件(よってくだん)の如し。

                         松前志摩守とのへ(北海道博物館所蔵・松前家文書、読み下し文)

第1条は、松前氏に対するアイヌ民族との交易の独占權を公認したもの。第2条は、松前氏に対して松前に渡来する和人船頭・商人に対する課税権を公認したもの。これが松前藩の経済基盤になる。第3条は、和人のアイヌ民族に対する非分行為を禁止したもの。「附」の文言は、アイヌは何処へ行こうとアイヌ次第であることを謳ったもの。

以上から、アイヌ民族は幕藩制国家の外に位置づけられていたと言える。

アイヌの人たちを統治しているかどうかの一番大きなメルクマール(指標)は、税金をとっているかいないかにある。そこからすると統治外。

 寛永年間(1624年~1643年)、松前藩は、「蝦夷えぞが島しま」を渡島半島部を城下町の松前を中心に、西は江差湊の北部にある「熊石村」から東は、箱館湊の東部にある亀田村に至る地域を「和人地(松前地)ともいう」と称し(いわゆる日本の領地)、この地域以北の「蝦夷島」の大部分の地域をアイヌ民族が居住する「蝦夷地」(差別用語だがアイヌの土地であり、日本の領域外)という二つの地域に区分し、熊石村と亀田村の両地に番所を設置して、人物の往来を厳しく取り締まった(その後省略)。こうした地域区分体制は、原則として幕末まで続いた。したがって、江戸時代の「蝦夷島」は、「松前・蝦夷地」とも称され、「松前地」までが松前藩の領地=日本の領地で、「蝦夷地」は原則としてアイヌ民族のみの居住地として位置づけられていた。アイヌ民族=日本国以外の異民族。「松前地」の和人の「宗門人別改帳」に相当する「人別帳」は無く、各場所毎のアイヌの「人別帳」は労働力を把握する爲の台帳にすぎない(こられは幕府や松前藩に支配されたという証拠とはならない)。

ところが、突如、明治2年8月15日、「松前・蝦夷地」両地を「北海道」と改称し、11国86郡を画定。「松前・蝦夷地」を一括して一挙に日本国に編入した。

近代日本に於ける「北海道」を歴史家たちは「内国植民地」と位置付けて来た。けれど、前々からそこに住んでいるアイヌ民族と政府がどうなったかに関して全然論じていない。

以下、当日に配布されたレジュメから:

近代北海道を「内国植民地」との理解の仕方は、近代北海道を「植民地」的な地域としてとらえ、先住民族に対する強圧的な支配、同化政策の実施及び当該地域の経済構造の後進性だけでなく文化や住民意識の中に植民地性を見るという歴史觀に位置づけられた地域のこと。

つづく


2019年9月16日開催 旭川アイヌ民族フィールドワーク報告 その1

2019-10-11 14:40:17 | 日記

さる9月16日、当アイヌ民族情報センターと日本キリスト教団北海教区道北地区社会担当委員会主催で旭川アイヌ民族フィールドワークを開催しました。

常盤公園の旭川美術館前に集合して公園内にある「風雪の群像」を説明する予定でしたが、この日は旭川最大の祭「食べマルシェ」の最終日で、常盤公園の駐車場に集合することは困難と判断し、急きょ、集合場所を川村カ子トアイヌ記念館に変更し、「旭岡墓地」、市立北門中学校にある「知里幸恵文学記念碑」とまわりました。記念館に戻り、川村シンリッ エオリパック アイヌ館長のお話を伺い、お昼には川村久恵副館長が準備してくださったチェプルル(鮭汁)を美味しく頂きました。部分参加も含めて42名の参加でたいへん盛会でした。

旭岡墓地での川村さんの解説

午後に榎森進さんの講演が行われました。2019年4月26日に公布され、5月24日施行された「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(略称「アイヌ施策推進法」)をとりあげ「アイヌ民族の歴史と『アイヌ施策推進法』」と題しての講演をしてくださいました。現在、この法に対し、最前線のアイヌ民族の歴史の研究者がとり上げて講演するというたいへんタイムリーで貴重な講演となりました。

榎森さんは「アイヌ施策推進法」を、中身にごまかしがたくさんあるのをそうでないように見せるためにきれいな言葉をところどころにおいていると批判。

法名に「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するため」とかっこいい言葉が使われているが「施策」すなわち「アイヌ対策」であり、それは政策を実行する側の考え方であって、本来はアイヌ民族が主人公になった法律であるべきなのに、この法の主人公は内閣総理大臣にあることが問題。また、先住民族と述べながら「国連宣言」で謳っている先住民族に関する権利について何も書かれていないし、具体的な経済政策や教育政策も述べられていない、あくまでアイヌ文化についてのみとなっている。文化は大切だがそれのみで誇りが出てくるのか疑問だ、とさいしょに概観しました。

 

以下、榎森さんのお話(一部)をまとめます。

この法は第1章から8章(45条)まであり、政府としてなにをしようとしているのか基本的内容を示しているのが第1章総則の第1条~第6条に詰まっている。

総則(目的) 第1条には、アイヌ民族を「北海道」の「先住民族」と謳うが、「国連宣言」で謳う先住民族の「先住権」については、何一つ記していない。したがって、アイヌ民族を法律で「先住民族」と謳ったのは、本法が最初であるが、「先住民族」が有する「先住権」が保証されなければ、「名ばかり先住民族」規定と言わなければならない。

第4条にはアイヌ差別の禁止が述べられているが、罰則規定はない。日本国の基本的法規である「日本国憲法」で国民の「基本的人権」を謳った第11条の規定及び第14条第1項で「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」との国民の法の下の平等をすでに謳っているのにそれが守られておらず差別はなくなっていない。それゆえ、今回も差別禁止を謳ったところですぐ差別がなくなるわけではない。守られるような政策を国がやっていないのだから、このままでいけば基本的にアイヌ差別はなくならないだろう。

 知里幸恵文学記念碑前で川村さんの解説

2、本法の基本的性格。

アイヌ民族の生業・生活基盤を強化するための政策は無く、アイヌ文化を中心とした政策で、その中心政策は国による「民族共生象徴空間構成施設」の設置。

「民族共生象徴空間構成施設」とは「国立アイヌ民族博物館」・「国立民族共生公園」・アイヌの遺骨を収納・慰霊するための「慰霊施設」の3施設で構成される。

「国立アイヌ民族博物館」という施設は、日本で初めて建設されるものなので、「博物館」それ自体の新設は問題ないが、「アイヌ施策推進法」なる新たなアイヌ民族政策の中核的政策としての「民族共生象徴空間構成施設」なるものの重要な要素として位置づけられているだけに、問題は、極めて多い。

まず、展示の基本的な考え方として、政府の資料に「国内外の多様な人々に、アイヌ民族の歴史や文化を正しく学び、正しく理解する機会を提供するために、アイヌの歴史・文化等を総合的・一体的に展示する」とある。

しかし、館内の「基本展示室のゾーニング」を見ると「歴史」コーナーは、4面の内の1面のみで、「私たちの歴史」なるコーナーのみ。かかる狭い空間のみで、「旧石器時代から現代までの時間軸、および周辺の人々との交易を含めた空間の広がりを重視し、重要なトピックを取り上げながら歴史を紹介する」ことも、アイヌ民族の「苦難の歴史」を展示・説明することも技術的に不可能。博物館学では説明文の字数は、400字以内でないと読んでくれない。

「国立民族共生公園」という施設は、所謂テーマ・パークで、「伝統的コタン→チセ群等の再現によるアイヌの伝統的生活空間を体感できる施設」の他「体験交流施設」・「工房」・「芝生広場」で構成されている。嘗ての「ポロト・コタン」のイメージと基本的に変わらない。

「慰霊施設」→これは大問題の施設。北海道大学・札幌医科大学・東京大学・京都大学・東北大学・新潟大学・金沢医科大学・大阪大学・大阪市立大学・天理大学・南山大学・岡山医科大学の計12大学で保管している1、636体のアイヌの遺骨の他、全国の博物館で保管しているアイヌの遺骨(これらの多くは、過去に東京帝国大学{現東大}の小金井良精、京都帝国大学{現京大}の清野謙次、北海道帝国大学{現北大}の児玉作左衛門を初めとする解剖学・自然人類学を専門とする研究者達がアイヌの墓地から盗掘したもの)の内、その祭祀承継者や関係地域に返還出来なかった遺骨を集約し、慰霊するための施設。なお、これらの大学・図書館の大部分は、現在保管しているアイヌの遺骨を自主的にその祭祀承継者や関係地域に返還する意思なし。→関係者がこれらの機関(北大・札医大)を提訴して初めてその一部が関係地域へ返還されているのが現状(北大開示文書研究会の活動)。  つづく


「北海道におけるアイヌ施策を推進するための方針(素案)」に関する意見

2019-08-20 21:01:25 | 日記

たいへんご無沙汰しております。久しぶりの投稿です。

道のアイヌ施策を推進するための方針(素案)に関するパブリックコメントの締め切りが今日でした。あわてて午後9時前に書き終えて、メールにて送りました。内容を公表いたします。

   最近、家のまわりに頻繁に現れて畑を荒らしてはみんなに怒られる鹿ちゃん。鹿ゆえにしかたがない? わたしはとても可愛いと思っています。

 

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アイヌ政策推進グループ 御中

「北海道におけるアイヌ施策を推進するための方針(素案)」に関する意見

                                      留萌市宮園町3−39−8

                                                  三浦 忠雄 

1.差別(ヘイトスピーチ)に関する罰則規定を盛り込むべき

 アイヌ施策推進法の第4条には「何人も、アイヌの人々に対して、アイヌであることを理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」とあり、第5条には、アイヌ差別禁止について「国と地方自治体が・・・施策を策定し、及び実施する責務を有する」と定めています。

 しかし、この法では、罰則規定がなされておらず、これは単なる「お願い」でしかありません。さらに、「北海道におけるアイヌ施策を推進するための方針(素案)」(以下、「道施策方針案」)も、罰則規定はなく、加えて、差別解消のための啓発には触れているものの、実際に差別がある中で、どのように対応するかが欠けています。

 2017年度に道が実施した「北海道アイヌ生活実態調査」の結果を出さないまでも、差別の現実はあり続けています。また、昨今のインターネット上では、頻繁に「アイヌはもういない」などの発言や、「アイヌは不当な利権を受けている」などというデマやヘイトスピーチが綴られています。

 アイヌ施策推進法を制定する国会審議において、「民族としてのアイヌなんてもういない」という発言はヘイトスピーチであることが認められ(衆議院 国交委員会 4月10日)。また、「明確にアイヌの人々を差別することを目的としたヘイトスピーチは本条に反するもの」「第4条においては、アイヌの人々に対してと規定しており、必ずしも個人を対象としない差別的言動も本条に反する」と答えています(参議院 国交委員会4月18日)。

 これらのことから、特に差別を目の当たりにする道における「道施策方針案」には、差別(ヘイトスピーチ)に関する具体的な罰則規定を盛り込むべきだと考えます。

 

2.広くアイヌ民族の方々からの意見を聞くべき

 「道施策方針案」の「3 その他アイヌ施策の推進のために必要な事項」にある「アイヌの人たちの課題やニーズ」、「アイヌの人たちの意見を十分踏まえる」とありますが、アイヌ民族からの意見聴取は「アイヌ協会」に偏り過ぎているように見えます。アイヌ協会に加入していない大多数のアイヌの皆さんの意見にもしっかりとこころと耳を傾けて頂きたいです。

 また、􏲲「国のアイヌ政策に係る国連人権関係諸機関による勧告や、諸外国における先住民族政策の状況にも留意する」とあります。是非とも、今までの勧告を真摯に受け止め、改善策を実行して頂きたいと願います。

 なお、カナダの場合は政府が主導して1991年から先住民族委員会を設置して詳細な調査を行い、2008年に「真実と和解のための委員会」をつくり、さらに寄宿舎学校問題を調査し、2015年に「報告書」を出します。そこには、「同国の同化政策を文化的ジェノサイドとよび」、政府に対して先住民族と和解するための具体策を国連権利宣言に基づき94項目あげて、その実行を迫りました。日本政府はそのような動きに見習うべきですし、道においてもそのような提案を積極的に行うべきと考えます。

瞬く間に、夏が終わり、秋の空になっています。

先週にはアイヌ民族情報センター機関紙「ノヤ」を発行・送付し終えました。

また、日本キリスト教団出版の「教師の友」冬号にアイヌ奨学金キリスト教協力会の記事を複数で書き、掲載されました。


「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」

2019-04-23 12:48:25 | 日記

さる2019年4月19日、参院本会議にて「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」が成立し、それに関する各報道社で報じられたニュース26本を「アイヌ民族・世界の先住民族関連ニュースブログ」(こちら)にUPしました。全記事に記事元のURLを書いていますのですぐに確認できます。ロビー活動で奔走して下さった方達の努力もあり、10点の付帯決議が付されました。感謝です。実際の付帯決議を含めた法律をわたしはまだ未確認ゆえ、今回は各新聞社が賛否の声を紙面で紹介しているものをまとめました。羅列するだけにします。

菅官房長官「アイヌの人々が、とりわけ北海道の先住民族である、その認識を示したことは我が国における共生社会の実現に向けた大きな前進である」(STV4/19)

石井啓一国土交通相は19日の閣議後会見で「アイヌの人々が民族としての名誉と尊厳を保持し、これを次世代に継承していくことは多様な価値観が共生し、活力ある共生社会を実現するために重要だ」と述べ、新法の意義を強調。(朝日4/19)

アイヌ協会加藤理事長は「泣いています。うれしくて。北海道旧土人保護法からアイヌ文化振興法、そして今の新法へと、抱えきれないような苦しみと悲しみの歴史があり、長い時間がかかった。いま先住民族と認めていただき、今日から出発できるということは、歴史の大きな一ページ。感謝しています」と話した。(朝日4/19)

アイヌ協会阿部一司副理事長(72)は「国が初めてアイヌのことを先住民族と認めて法律にしてくれた。(国に認められるよう訴えてきた)先輩たちに感謝したい」と話した。(道新4/20)

2020年4月にオープンするアイヌ文化の振興拠点「民族共生象徴空間」(白老町、愛称・ウポポイ)の地元、白老アイヌ協会の山丸和幸代表理事(70)は「アイヌの歴史や文化を伝え、若いアイヌが誇りを持てる拠点にしてほしい」と歓迎。新たに設けられる地域振興交付金は「アイヌだけでなく地域全体の生活が良くなる」と期待を込めた。(毎日4/20)

高橋はるみ知事は「アイヌの人たちの社会的、経済的地位の向上が図られ、民族としての誇りが尊重される社会の実現に向け、大きな一歩となる。法律制定はアイヌ政策を進める上で大きな力となる。道としては生活向上に加え、地域の活性化や産業・観光振興を含めた政策を総合的に推進しなければならない」と強調。交付金制度に関して「アイヌ文化振興が図られ、地域活性化にもつながることを期待する」とした。(道新4/20)

北海道大アイヌ・先住民研究センターの常本照樹センター長は「アイヌ文化振興・地位向上を実現し、地域も受益者とすることで新たな差別を生じさせなくしている。立法の趣旨を生かすため、関係自治体とアイヌとの緊密な連携が必要になる」としている。(毎日4/20)  

「現状ではアイヌ個人の特定が難しく、アイヌ個人を対象とする政策を全国的に実施するのは難しい。(新法は)民族共生の理念に基づき、アイヌ民族が地域の人々と共に豊かになることを目指す日本型先住民族政策」と評価する。(毎日4/20)

札幌大の本田優子教授は、「アイヌ民族の経済的な自立につなげることが何より大切です。特に市町村が対象の交付金事業は、目先の利益や短期的な成果を目標とせず、例えばアイヌ民族が伝統的に活用してきた植物や木を育て加工品を商品化するなど、10年後や20年後を見据えたグランドデザインを明確にすべきです。

交付金を受ける市町村は、アイヌ民族や文化への理解を深めるとともに、アイヌ民族による専門的な役職や部署を設けるなど、当事者が主体となる仕組みを整えてほしい。

新しい挑戦に意欲的なアイヌ民族の若者も増えています。交付金の地域計画策定に携わる組織を各地のアイヌ協会につくるのも良いでしょう。アイヌ文化に関わる事業を自治体や企業に助言するアイヌ民族のコンサルティング会社など、事業を広く受注遂行するアイヌ民族の企業ができることも期待したい。

新法に足らざる点が多いのは事実です。ただ、アイヌ民族を先住民族と位置づけたことで国際的な先住民族政策のレベルを意識していくことになる。一足飛びに権利を保障することが難しいとしても、まずは新法が次世代のために有効に活用されることが大切です。(道新4/20)

 

二風谷民芸組合 貝沢守代表「いま本当に第一歩だと思う。文化を守っていく中にいくらかでも力を貸していただければという考えが多い」(STV4/19)

国会審議の中で、差別発言の事例として「アイヌなんていない」などが該当することが確認されたものの、差別にあたる言動の定義は曖昧な上、抑止策は決まっていないという課題が残されたようです。その報道のあとに、アイヌ民族に対するヘイトスピーチ(憎悪表現)への対策を求めてきた東京在住のアイヌ民族の新井かおりさんは「アイヌ民族への差別は法律違反だと明記されたことは大きな意味がある」と評価した上で、「抑止につながる実効策を進めてほしい」と求めたと。(道新4/20)

新法には土地や資源の回復など先住民の権利は明記されていない。伝統的儀式のための自由なサケ漁を求めてきた紋別アイヌ協会の畠山敏会長(77)は「アイヌから奪った権利に踏み込んでおらず現状と変わっていない」と批判。 (毎日4/20) 

1997年のアイヌ文化振興法はアイヌ民族が長年求めていた生活、教育支援が盛り込まれなかったものの、アイヌ文化に関わる個人や団体を助成し、伝承活動を後押ししてきたことに対し、萱野志朗さん「十分ではなかったが、草の根の活動は根づきつつある」と。その振興法が内容を新法に包含したとして廃止となることを受け、民族共生象徴空間(ウポポイ)開設やアイヌ文化を活用した地域・産業振興に取り組む自治体への交付金も新設したが、そこに多くの人や予算が割かれると「これまでの地道な活動への支援がおろそかにならないか」と懸念を表明。

萱野公裕さん(志朗さんのご子息)は新法について「文化振興に地域、産業振興が加わったことで、苗木の幹は確かに太くなったと思う」と述べつつ、一方で「踊りや工芸など単にアイヌ文化を観光に利用するという発想ではなく、人(アイヌ民族)が主体的に関わることが欠かせない」と強調。(道新4/20)

アイヌ民族が長年求めてきた先住権や生活、教育支援が盛り込まれなかったことへの落胆の声として、日高管内平取町の「平取アイヌ遺骨を考える会」の木村二三夫共同代表(70)はかつての同化政策から大学進学率などに格差が残る現状を踏まえ、「新法では不十分。差別をなくすためにも、スタートラインの差がなくなる施策を進めてほしい」と訴えた。(道新4/20)

「奪った権利を回復する。当たり前のことに理解が得られるようにするのは、国の責任と義務ではないのか」と憤る。(毎日4/20)

目的はあくまで文化や経済、観光の振興。それに反対するアイヌ民族の団体「コタンの会」代表の清水裕二さん(78)は「生身のアイヌを観光の飾り物にすることは賛成できない。学校でアイヌの歴史や文化をきちんと教え、生活支援を考えてほしい」と訴える。(朝日4/19)

「こんな状態で『法案ができました』と言われて『はい分かりました』なんて(言えない)。悲しいという気持ちしかない」(HTB 4/19)

 紋別アイヌ協会の畠山敏会長は、「先住民族であるアイヌの土地や資源に対する権利を保障しておらず、国際的な基準を満たしていない。過去にアイヌは住んでいた土地を追いやられて、過酷な労働を強いられた。国はそうした歴史を調べて国民が理解できるよう説明すべきだ」と国の対応を批判(NHK4/19)

日本共産党の紙智子議員は18日の参院国土交通委員会で、アイヌ新法案について、アイヌ民族への謝罪もなく議論が進んだと指摘し、「先住民族の権利に関する国連宣言」が認める諸権利を盛り込むよう求めた。(赤旗4/19)


テッサ・モーリス=スズキ氏による講演「世界の先住権の常識で再考するアイヌ政策」集会声明

2019-04-02 12:11:45 | 日記

 東京では桜満開のようですが、留萌はいまだ時おり雪が散らついています。早朝の散歩も始めました。

テッサさん講演の後、アイヌ遺骨返還のために尽力くださっている市川守弘弁護士の報告、さらに、アイヌ民族のみなさんからの発言が熱く語られました。発言内容はすでに北大開示文書研究会のHPに掲載されていますのでご覧ください。

会場から質問や活動に対するエールが送られました。印象深かったのは、エンチウ(カラフトアイヌ)の方が、法案にはエンチウに関する配慮が全くないと言われたこと、また、アイヌの若者が勇気を出して意見を述べたことでした。

最後には集会声明を採択し、翌日には政府アイヌ政策推進会議や各政党本部、大手メディア各所に発送しました。

(毎回のことながらどこからも一切応答なし)。

これもすでに北大開示文書研究会のHPに掲載されていますが、ここであらためて引用します。

 留萌の浜で釣れたヒメマス(釣人に写真を撮らせて頂いた)

集会声明

政府は「「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」案を閣議決定し、現在開会中の国会に提出して成立をはかるとしています。  

私たちは、発表された法律案を読み、深い失望と疑念の思いに駆られています。

本日、私たちはアイヌ先住権をめぐる連続講座に集い、オーストラリア国立大学名誉教授テッサ・モーリス=スズキさんを招いて「法律案」の中身を吟味、学習しました。ここに、参加したアイヌと、アイヌと共に生きることを願う者たちの共同の意志として、以下の声明を発表し、政府と国会、並びに国民のみなさんに伝えようとするものです。

先住権を欠いた法律案をアイヌ新法とは呼べない

法律案は、アイヌを日本における先住民族と初めて表現しました。それであるなら、2007年に国連総会で採択され、日本政府も賛成した「先住民族の権利に関する国際連合宣言」に明記されている先住民族が持つ権利である先住権が明記された法律を制定すべきです。先住民族が持つ先住権とは、自己決定権、自治権のことであり、国連宣言には「先住民族は、自己決定の権利を有する。この権利に基づき、先住民族は、自らの政治的地位を自由に決定し、ならびにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する。」とし、自治の権利として「先住民族は(中略)自らの内部的および地方的問題に関連する事柄における自律あるいは自治に対する権利を有する。」と謳っています。    

しかるに、このたびの法律案にはアイヌの先住権に言及した文言は一切見当たらず、それに相当する条文も存在しません。世界の流れは先住民族の先住権の確立であり、拡充です。先住権を行使する主体はコタンを継承する地域のアイヌ集団です。政府はアイヌが求めている先祖を祀る権利や漁業権を行使する権利をはじめ、アイヌ自らが求める先住権に最大限配慮した法律を制定する責任があります。先住権に関する言及のない法律案をアイヌ新法と呼ぶことはできません。

法律案は政府主導の観光政策であり、アイヌの自立と尊厳を促さない  

法律案が検討される過程で、2017年から行われた「アイヌ政策再構築に係る地域説明会」で北海道各地の286人のアイヌが意見を述べました。その場での意見は、先住民族としての立場を明記すること、国有地などでの活動の権利、漁業権の復興など自律的な経済活動、奪われた遺骨の返還、アイヌ語など文化と教育の充実、若者への教育支援、農業・林業・漁業などへの財政的支援、高齢者への福祉向上、差別と抑圧の歴史への謝罪などでしたが、その後の推進会議において、それらの要求はほとんど検討されることすらありませんでした。その代わり法律案から見えてきたのは政府主導の観光政策です。

法律案には白老に建設中の民族共生象徴空間構成施設に関して記述されています。民族共生象徴空間は2020年4月、白老町に開館予定ですが、オリンピック直前の開館であり、アイヌ政策推進会議座長である菅官房長官の指揮で年間100万人の来場者を実現すると繰り返し強調されています。法律案ではアイヌ政策推進本部を設けるとされていますが、本部長は内閣官房長官であり、副本部長、本部員は国務大臣であり、アイヌの意見が反映されるシステムではありません。管理運営に関する決定権はすべて日本政府が握っているのです。アイヌ政策推進地域計画が策定される場合も、決定主体は該当する市町村であり、アイヌは申告しても自主的決定権は認められないでしょう。このような法律案がアイヌ民族の自立と尊厳を促すとは到底考えられません。

アイヌの遺骨は「慰霊施設」ではなく元のコタンに返還すべきだ

さらに問題なのは民族共生象徴空間の中に慰霊施設を作り、全国の大学に留め置かれているアイヌ遺骨を集約するとしていることです。戦前から戦後にかけて人類学者などが少なくとも1600体を越えるアイヌ遺骨を研究のためと称して、アイヌコタンから持ち去りました。それはアイヌの先祖の命を研究材料にすることで、アイヌの宗教的精神を傷つけ、アイヌ自らが先祖を慰霊、追悼する権利を踏みにじる、人間として最も卑しい行為です。2012年以来、アイヌの訴えにより遺骨返還訴訟が起こされ、日高や十勝、紋別、旭川のアイヌコタンに遺骨返還が実現しました。しかし現在、一部のアイヌ協会が地域返還に反対し、白老の慰霊施設への集約を主張したため地域返還の動きが中断する事態になっています。開設されようとしている象徴空間がアイヌの自己決定権に基づく遺骨の地域返還と再埋葬を妨害する結果を招いているのです。

さらに、国立科学博物館及び山梨大学の研究者は2007年から、浦河町をはじめ道内各地で発掘された115体の遺骨からDNAサンプルを抽出し、研究材料としましたが、その際、発掘地のアイヌに対して何らの承諾も得ようとしませんでした。今も遺骨は無断で研究材料にされ続けているのです。私たちは全国の大学に留置されている遺骨が慰霊施設に移されることで、新たな研究材料にされるのではないかという疑念を払しょくできません。コタンから持ち去られたアイヌの遺骨は元のコタンに返還されるべきです。政府は地域への返還を認める見解と聞いていますが、それならばアイヌが求める地域への返還要求を最優先すべきであり、白老の慰霊施設への移管を実施すべきではありません。  

以上の問題点から、私たちは「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」案 に反対します。政府は速やかに法律案を撤回し、アイヌへの差別と抑圧の歴史を謝罪し、アイヌとの真摯な対話によってアイヌの先住権の確立を支援する新たな法律案を作成することを強く要求します。

2019年3月9日


テッサ・モーリス=スズキ氏による講演「世界の先住権の常識で再考するアイヌ政策」続き

2019-03-22 09:31:06 | 日記

さる2019年3月9日のテッサ講演の続きです。

その前に前回紹介した政府のアイヌ政策推進作業部会第34回議事概要(こちら)に2017年12月から2018年3月までの間に12箇所でのべ286人の声の概要が記されているので、みなさんも是非、確認して頂きたい(特に、説明会に参加し発言された方)のですが、このまとめ方はなんとも狭い解釈で偏ったものかとあきれるほど。いや、政府に都合のいいようにまとめていると言えるでしょう。ふたつだけ引用します。

「アイヌの皆さんを先住民族として認めることについては、法律などを規定して、それに基づく政策を実施してほしい。その際、過去を振り返って、謝罪すべきという意見がある一方で、そういったものから正しいことは生まれてこないので、未来志向で物事を進めるべき。これは後者の意見が多数だった。」

ここで分かるのは謝罪すべきという意見があったということ。しかし、それを覆い隠すように「そういったものから正しいことは生まれてこないので、未来志向で物事を進めるべき」という意見を多数意見として紹介し、そちらのほうが正論であるかのように印象付けし、謝罪することの意味や重要性を無視してしまっています。

先住民族への謝罪はつい最近では、台湾にて2018年8月1日の台湾の祝日「原住民族の日」に、蔡英文総統が原住民族に謝罪。オーストラリアではテッサさんも言及していましたが、2008年2月13日にラッド首相がアボリジニに謝罪。ノルウェーでは1997年10月にハラルド5世国王が第3回サーミ議会の冒頭でサーミに対して過去にノルウェー統治下に苦しみを与えたことを謝罪。

また、2017年11月25日、カナダのトルドー首相が先住民族を傷つけたと謝罪NHKニュース。その謝罪の中で「国民すべてが過去を認識し未来に向かって歩まなければならない」と述べたとあります。先ほどの「そういうもの(謝罪)から正しいこと(さらに未来志向)は生まれてこない」と真逆のことが言われているのです。トルドー首相が言うように、過去をきちんと認識し謝罪してこそ正しく未来にむかうことができるとわたしも考えます。が、謝罪を拒みたいがゆえに、先ほどのようなまとめとなるのでしょう。

 川村カ子トアイヌ記念館のチセ 雪下ろし前

もう一つ、次の文を紹介します。

「土地・資源の返還、利用については、謝罪を求める方の中でも特にそういったものに強い思いがある方から、北海道をアイヌに返すべきという意見がある一方で、今からアイヌの皆さんに土地を返すことは現実的でないので、むしろ国有地等について、アイヌの皆さんが共同して使えるような仕組みを作って欲しいという意見。これも後者の意見 が多数だった。」

日本政府も賛成票を投じた2007年に採択された先住民族の権利に関する国連宣言(ここ)26条には、「先住民族は自己が伝統的に所有し、占有し、又はその他の方法で使用し、又は取得した土地、領域及び資源に対する権利を有する」とあり、国はそれらの土地、領域および資源を法的に承認・保護しなければならないとあるのだから、政府はまず返還することを真剣に考えなければならないはずです。そして、返還を求める声があったということを重く受け止めるべき。それを「現実的でない」という言い方でごまかし、国有地等についてアイヌアイヌの皆が共同して使える仕組みをつくってほしいという意見でまとめあげています。この意見には「返還」が削がれ、「使用許可」をお願いするかたちに変えられています。ちなみに、国連宣言28条には土地や資源が返還不可能な場合には「正当で公平かつ衡平な補償によって、救済を受ける権利を有する」とあり、先住民族が「自由に別段の合意をしない限り、補償は、同等の質、規模及び法的地位を有する土地、領域及び資源という形態、金銭的補償又はその他の適当な救済の形態をとらなければならない」と義務付けているのですが、そんなことは無視されています。国の都合のいいように意見を捻じ曲げているのです。

その後も、漁業権もなぜか許可制度の改善のお願いになっていたり、「多数」と言う言葉で少数意見をもみ消すような報告のしかたが続きます。大問題です。

 チセ雪下ろし後

さて、テッサ講演の続きです。

この度の法律案はアイヌ民族の「権利」のためではなく、「管理」のためではなかろうか、と述べた根拠として、他国の先住民族の法律と比べて極めて明瞭だ、と。資源権は各国によって違いがあるので一概には言えないがカナダの場合はすでに先住民族に返還された土地を除外しても国有地の一部や広大な国立公園の半分に採集・収穫・狩猟権がある。オーストラリアでは連邦ゆえ各州によって法律は異なるが原則として国有地の一部および国立公園における採集・収穫・狩猟権が保障されている。ニュージーランドはワイタンギ条約により諸権利が保障されている。以上の3カ国は先住民族の資源権のみならず、土地権もある程度まで認められていると紹介。

ひるがえって、今回の法律案では先住民族アイヌの権利を全く認めていない。代わりに文化維持活動のために政府あるいは自治体が作成した計画の枠組みだけで先住民族の資源利用を配慮してくれるとなっている。これはアイヌの経済的社会的な自立拡大のためものではなく、むしろアイヌに対する国家の権限と任意裁量権を増大させるものだと考える、と言われました。

この法案によってアイヌ関連の予算は増えるだろう。しかし、それらの最終決定権を持つのはなんと内閣で設置されるアイヌ政策推進本部だ。また、アイヌは地方自治体を通して文化事業などを提言は出来るが、それを採択されるかどうかを決めるのは地方自治体。結局、地方自治体が認可して、さらに国が予算支出の決定を下すことになっている。白老に設置される民族象徴空間を管理するのは政府が認定する指定法人。行政府が法人の運営などの最終決定権を持つことになる。これでは、アイヌの先住権や自己決定権(自決権)を認める法律とはとても言えない。むしろ国家がアイヌのアイデンティティ、文化、未来を管理できる法律となっていると考える、と。

安倍首相は今回の大198回通常国会における施政方針演説において、「広くアイヌ文化を発信する拠点を白老町に整備し、アイヌの皆さんが先住民族として誇りを持って生活できるよう取り組みます」と、はじめてアイヌ民族に関することを述べた(ココ)。しかし、たいへん驚いたのは、この発言は人権や共生の項目ではなく、「観光立国」の項目だ。観光問題として扱い、さらに驚くべきことはこの問題に関して大手メディアが一切批判にしなかったことを指摘。

オーストラリアでは2000年にシドニーオリンピックが開催された。この機会に政府は開会式においてアボリジニの文化に関するセレモニーを行い、観光・産業の活性化を目論みました。当時のハワード首相は「奪われた世代」への謝罪を拒んだ保守派だったが、先住権に関する議論が盛り上がった。30万人を超える抗議デモも行われた。おりピックではアボリジニのキャシー・フリーマン選手が女子400mで優勝し、オーストラリアの国旗と共にアボリジニの旗で自分のからだを包んだという大変感動的な場面があった。そして、閉会式で人気歌手のミッドナイト・オイルが「sorry=謝罪」の文字の入ったTシャツを着て、政府の先住民族政策に抗議する歌を披露。

「時は来た。公正でなければならない。借りている家賃を払おう。負担すべきものは負担しよう。時は来た。事実は変えられない。この土地は彼ら彼女らのものなのだ。それを返そう」

2000年シドニーオリンピックはアボリジニの先住権の闘いの節目となったと記録されている。前例に習うとしたら、2020年の東京オリンピックは日本の先住民族アイヌの声を世界に届ける絶好の機会となるのではないかと、わたしは信じるとエールを送ってくださいました。

最後は、シドニーオリンピックの閉会式の一部を披露。ミッドナイト・オイルが「地球が変わっていこうとしているのに、どうやって踊ればいいんだ。ベットが燃えてるっていうのに、どうやって寝るんだ。時は来た!公正でなければならない!事実は変えられない!」と歌っているのが大変印象的でした。


テッサ・モーリス=スズキ氏による講演「世界の先住権の常識で再考するアイヌ政策」

2019-03-20 11:27:53 | 日記

さる2019年3月9日に札幌教育会館にて、テッサ・モーリス=スズキ氏による講演「世界の先住権の常識で再考するアイヌ政策」があり、司会をさせて頂きました。

講演では、はじめに2月に国会に上程された「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律案」(以下、「法律案」)に関して、「大変驚いた」とコメントされました。アイヌ民族を先住民族として初めて明記したことはいいことだが、先住民族が有する権利(先住権)に関しては一切触れていない、国際的に言っても奇妙な法案だ、と。世界の共通認識として先住民族には先住権があることは切り離すことができないことなのにそれが記されていない。しかも、メディアは取り上げているところもあるが、その内容と背景は不十分だ、と。

海外における先住権獲得の事例として1970年代にアボリジニ(オーストラリアの先住民族)に無認可でオーストラリア大学が過去に「発見」し持ち帰って研究したムンゴーマン(ムンゴー湖で見つかる4万2千年前の人骨)をアボリジニに返還したことをビデオを含めて紹介。(オーストラリアには公共放送として先住民族テレビ局がある)。

特に、研究に加担した学者のひとりが43年という長い時間をかけて反省し、「遺骨は我々に語りかけている、あなたがたはわたしの土地になにをしたのか、わたしの仲間になにをしたのか、と」の言葉から、植民者側が真摯に先住民族の声を傾聴することの大切さを訴えました。

オーストラリアでは「奪われた世代」(同化政策でこどもを親から引き離して寄宿舎生活を強いられた世代)の誤りに気づき、1980年代に政府は調査委員会を設置、1997年に調査委員会の報告書ができた。そして2008年にラッド首相は分厚い報告書をすべて読み、先住民族の声を時間をかけて傾聴し、謝罪を行った。その後、奪われた世代のサポートシステムの構築、先住民族の教育、住宅、医療等の改善を行った。さらに、国として「謝罪の日」を設定した。傾聴することの大切さを強調。

ひるがえって今回の「法律案」作成時に関連付けて検証すると、日本政府はアイヌの声と意見を聞くのがあまりに不十分だと指摘。アイヌ政策推進会議(以下、推進会議)報告では2017年5月から2018年3月まで、のべ36回の意見交換会や説明会があり、のべ530人が参加したとある。この数はアイヌ人口の多くとも2パーセントになるかならないかの少数。アイヌ構成員すべての意見を聞くことは困難だろうが、わたしのような者でもこの報告書は不思議だ。まず、意見交換に関わる手続きに関する情報が不十分。報告書には2017年12月から2018年3月までの間に12箇所でのべ286人の声を聞いたとあるが、それ以外の24箇所はいつ、どこで、誰と行われたかは明記されていないし、4ヶ月弱に真冬に行っていたことに疑問がある。なぜ急いだか。海外の事例を見るとき、このような法律が成立する前には2〜3年の意見交換がある。

たぶん、この疑問の答えは2020年の東京オリンピックが関連するのだろう。つまり全世界が注目する国際行事の前になんとかアイヌに関する法律を制定させておきたかったのでしょう。しかし、この法律の目的であるアイヌ文化に対する尊敬やアイヌの権利とオリンピックにいったいどんな論理的関連性があるかまったく理解できない。

それとアイヌの意見がどれほど反映されているのかも大きな問題だ。推進会議の報告(参照)によるアイヌの側が要望した内容は、資源権に関する要望、特別議席、文化保存振興、教育充実支援、高齢者生活支援、差別罰則規定などあったが、今回の法律案とはほぼ接点はない。新しい法律案のキーポイントはこうであろう。象徴空間の管理について、地方自治体が作成するアイヌに関連する項や、農林水産業の推進に関する項、そしてアイヌの商品登録について、内閣に設置されるアイヌ政策推進本部に関すること。法案にはアイヌへの差別の禁止が書かれているが、不思議なことに罰則規定がない。すなわち、政府からのお願いでしかない。説明会でアイヌからの提案・要求にあったもので、アイヌ文化振興と知的文化保護については一定程度盛り込まれているが、それ以外は接点はない。

国有地の資源利用や鮭の漁業権の設定について法律案では山林での採集や鮭狩猟に関する項目が含まれてはいる。資源権に対応しているかのように思う人もいるかも知れないが、法律案の文言にはアイヌに関する権利ではなく特別措置となっている。それは中央政府や地方自治が「配慮する」となっている。それも生活のためではなく伝統技師式継承のためとなっている。しかし、先住民族の権利に関する国連宣言(2007)26条には、先住民族には土地や資源を有する権利があると書かれている。アイヌが有するはずの権利を「行政が配慮する」とはいったい何事か。

ここでこの法律案の根本的な問題に触れる。この法案には先住民族が有する「先住権」という言葉はひとつもない。「権利」という言葉は4回出てくる。第1章第4条に国民一般の権利について触れ、第1章18条に商標登録により生じる権利、第1章第16条には林産物の採取の権利。しかし、16条は「認定市町村の住民」がアイヌであるかどうかは不特定だし、いちいち農林水産大臣に認可を得なければならないところから考えると、権利とは言えない。実は、この法案の中でしばしば出てくるのが「管理」という言葉だ。「権利」の4回に比べ、「管理」は25回も使われている。これはアイヌの権利に関するものではなく、アイヌの管理に関する法律だ。

参考:推進会議記録(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai34/gijigaiyou.pdf)

皆さんに紹介したく途中から、テープ起こしのような文になりました。まだ、続きがありますので後日UPします。なお、当日のアイヌ民族の皆さんからの発言はYouTubeにUPされていますので、コタンの会のフェイスブックからご覧ください。

コタンの会

https://www.facebook.com/kotannokai/?__tn__=kC-R&eid=ARCEyGN7rp7xxOQ63dFheDP2XHijec4JMdRy-A1-DCgG3KcYn-Io_mPx3P6jlfRROyM1Jwl_Df263ONs&hc_ref=ARQ6_fp-Lyr594p3p1XmlEctKzhtNOx0IlwX7vglACDLSfXJYMMeGamnNDuOwAOrg7I&fref=nf

当日の資料(500円)


慰霊施設へ集約した遺骨もすべてのアイヌの皆さんもDNA検査をするということ?

2018-10-06 18:57:52 | 日記

新ひだか(旧静内)町遺骨返還訴訟の報告です。この裁判についての説明は過去ブログを参照ください。

昨日の10月5日に公判がありました。先方被告側の補助参加人(新ひだかアイヌ協会)が、こちら(原告:コタンの会)の求釈明に対し、回答を出して来ました。

こちら(原告:コタンの会)は前回、遺伝子を調べて遺骨を祭祀承継者に返還することは不可能だと主張しました(前回の裁判報告2018/06/26記事参照)。それに対し、今回、被告補助参加人(新ひだかアイヌ協会)は、斎藤成也氏(国立遺伝学研究所教授)の文章を証拠品として提出し、「現在においては、数世代離れた親族関係を推定することが理論的には可能となっており、さらに近い将来には、より離れた親族関係の推定も可能となると推測している」と回答してきました。

結論から言うと、こちら(原告:コタンの会)からは、被告に対して再度、求釈明(説明を求める)文書を出しました。内容は、遺伝子によって仮に「親族」ないし「遺骨の子孫」が解明されたとしても、さらにそれらの人々が「祭祀承継者」であることをどのように判定するのかを明らかにしなさいというものです。

繰り返しになりますが、前回の公判(2018/06/26記事参照)でも指摘したところを先方は無視しているのです。その部分を少し長いですが、あえて再掲載します。

引用始め****

3. 祭祀承継者というのは法的な概念(科学的に断定できるものではない)

仮に遺骨のDNA鑑定によって現在の特定人と遺骨とが血縁関係にあることが判ったとしても、それだけではその特定人が祭祀承継者か否かはわからない。祭祀承継者を明らかにするためにはまず戸籍が明らかであること、次に家督相続人が明らかかであるか(戦前の遺骨の場合)、慣習ないし相続人間の協議内容の確定(戦後)がない限り、祭祀承継者の特定は法的には不可能。しかも、その遺骨の死亡時から数世代が経過している以上、その間の相続関係(戸主の変遷(戦前)、相続人間の協議等(戦後))も明らかにされなければ現在における遺骨の祭祀承継者は確定できないことも明らかであり、これは不可能。

****引用終わり。

 

さて、斎藤成也氏(国立遺伝学研究所教授)の文章ですが、一読して感じたのは極めて一方的な専門分野からの報告で、被告側の主張に対し、まったく的外れでした。もちろん、被告側の証人ですからそうなるのでしょうが、この違和感は、先日、コタンの会らが国立科学博物館と山梨大学宛に出した質問書の回答を読んだ際にも感じられたものでした。この件に関しては後日、詳しく書こうと思いますが、そのやりとりはこちら

(質問 http://hmjk.world.coocan.jp/sapporoikadaigaku/questions20180514.html

(回 答 http://hmjk.world.coocan.jp/sapporoikadaigaku/kahaku_reply20180729.pdf

(再質問 http://hmjk.world.coocan.jp/sapporoikadaigaku/questions20181001.html

を参考にしてください。

原告のコタンの会らが、遺伝子研究のために遺骨を損傷したことは先祖への冒涜であり、人間の命の尊厳を無視した研究倫理上、大きな問題であると責任追及した際、この回答(国立科学博物館も山梨大学も全く同じものが送られて来ました)には、分析には損傷は必要なんだということと「貴団体がかんがえておられる「損傷」の程度はわかりませんが、私たち研究者もむやみに遺骨を損傷しようとしているわけではありません」と述べるのです。「損傷」すること自体を批判されているにも関わらず、「むやみに損傷しようとしているわけではない」とは、全く噛み合わない回答です。

 

この度の斎藤文書もDNA研究が「爆発的に加速し」、「(解析の)コストの劇的な下落」もあり、「この分野の基礎研究や応用研究を加速している」と、自ら行なっている研究に関して絶賛しています(まるで宣伝トーク)。が、しかし、とても大切なことが抜け落ちています。この裁判で原告側の主張は、遺骨を傷つけることなく直ちに返還し再埋葬したいという願いです。遺骨収集過程の問題はもちろんのこと、地元コタンに対する反省や謝罪もなく、さらに再度、研究材料として用いることへの説明と同意(インフォームド・コンセント)なくして、いくら研究の効果を述べても、全く響きません。

以前にも書きましたが、昨年に日本考古学会・日本人類学会・北海道アイヌ協会の三者が共同で作成した「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル最終報告書」(概要はこちら。最終報告書全文はこちら)には、従来の研究はアイヌ民族の声を聞いてこなかったし、遺骨等の収集に関しては十分な説明と同意の取得がなされなかったとし、「研究者は真摯に研究の目的と手法を事前に適正に伝えた上で、記録を披瀝、自ら検証していくことが必要である」と述べています。さらに、研究倫理の観点から見て今後の研究対象とすることに問題があるものとして「研究の実施についてアイヌの同意がえられないもの」とあります。同意がえられることを前提としている宣伝トークに納得がいきません。

また、これらの前提となっていることは、大学等にある遺骨は白老に集約保管しながらDNA鑑定を行うこと、遺骨は全道から「発掘」されたものですから、祭祀承継者を適合させるためには、いまおられるすべてのアイヌ民族の皆さんのDNA鑑定も行い、祭祀承継者が判明した遺骨を順次、返還していくということになっています。

アイヌ民族の皆さんはこのことを承知し、承諾しているのでしょうか。少なくともコタンの会やわたしの身近で遺骨返還を望んでいる皆さんは認めていません。このことを広くアイヌの皆さんにお伝えすることが大事だと考えます。

もうひとつ、前回にも述べましたが、アイヌ政策推進作業部会が検討した際(2014/4/16)に、遺骨からDNAを抽出して遺族を確定することは事実上、不可能だと東京歯科大学名誉教授水口清氏が説明しています(議事録(第16回)を参照)。この説明は4年前ゆえ、もう意味がないのでしょうか。 

様々な疑問がわく斎藤文書でした。

留萌の夕日


浦幌にてアイヌ遺骨の再埋葬とイチャルパが行われました。

2018-09-25 12:40:00 | 日記

ひと月も前のことになりましたが、さる8月18〜19日にかけて、浦幌にてアイヌ遺骨の再埋葬と慰霊のための儀式イチャルパが行われ、協力と参列をしました。

昨年に82箱のご遺骨が返還され再埋葬が行われました(ニュース動画参照)が、他に13名のご遺骨が北海道大学に保管されていました。いずれも1934年(昭9)10月27〜31日の間に、浦幌待ち愛牛(旧十勝郡浦幌村大字愛牛)にて北大医学部解剖学第2講座が「研究資料収集のため」「発掘」したものです。 

今回の13名は名前が判明しており、大学側がインターネットにて情報公開をして引き取り手(祭祀継承者)を探していたものです。1年を経て引き取り手がなかったことで、返還請求をしていた浦幌アイヌ協会に返還することになりました。

✴︎北海道大学は保管しているアイヌのご遺骨を「祭祀承継者等」に返すことを基本としてるため、ご遺骨と名前が一致するものにかぎり、「祭祀承継者」ではないコタンの会やアイヌ協会等にはすぐに返還せず、1年間、情報公開して「祭祀承継者」が返還を希望されたらそちらに返還し、名乗り出なかった際は返還請求している団体に返還するという手続きを取っています。北大側のくわしい説明は北海道大学遺骨返還室HPへ。

ただ、情報公開と言っても、公開されるのは発掘・発見された時期と発掘・発見された場所。性別、推定年齢にその他参考事項のみであり、個人名については、「個人情報やプライバシーの保護の問題が生じる可能性を排除しきれず公開しない」とのこと。名前が分からないでどうやって「祭祀承継者」は自分の遺族を探せというのでしょう。また、この返還の問題については、かつて市川弁護士が批判をしていますので参考にしてください。こちら

 

さて、当日、北大から返還された13体は、昨年に埋葬した墓地の隣で行いました。

昨年の返還と再埋葬の報告ブログ

今回は、北大の納骨堂での確認はせず、浦幌墓地にて13箱の中身を確認しました。13箱中、北大の資料には11箱に「全身骨」と記されているものの、いずれも全ての骨はなく一部分のみ。「全身骨」の表記はどのような意味があるのか前回から不思議に思うところです。「発掘」当時の「研究対象」は頭骨でしたから、他の四肢骨はどうでもよかったのでしょう。ちなみに現在、コタンの会で返還訴訟を起こしている新ひだかのアイヌ遺骨は、大学側が頭骨だけを持ち去り、残りの遺骨はまとめて焼却しています(くわしくは過去ブログを参照してください)。

残りの2箱のうち、ひとつは成人女性の頭骨の一部、残りのひとつはこども男子の頭骨の一部。さらに、今回はもう一箱、昨年に埋葬された遺骨と同一人物と確認できた環椎の一部の計14箱を確認し、埋葬しました。 

埋葬とイチャルパの後、浦幌アイヌ協会の差間正樹会長は以下のコメントをされました。インタビュー記事

「私たちは、あくまでも、先祖の骨は地元に返していただいて埋葬するという、そういう考え方で今まで行動して参りましたけれども、全道的にもそういった動きになってくれればと思っております。先祖を自分たちの土地にお迎えして、それでつくづく分かったことはですね、私たちは先祖と友にある、という考え方。たいへん私たちの心に強く影響を与えております。これをぜひ全道のアイヌのみなさんにお伝えしたいと思います。」

北大に対しては以下のコメント。

「いろいろあるんですよ。やっぱり謝罪と賠償というのは、私はやっぱりこれは、私たちは裁判では和解ということで取り下げておりますけれども、やはりこれは研究者に対してですね、責任ていうものをもう少し感じてほしいと思っております。」

 

今回も遺骨に対応する副葬品が複数あり、計21件が返還されました。

副葬品の中のひとつに、魚を捕る網を繕う道具である「あばり」がありました。この写真は、萱野茂二風谷アイヌ資料館の展示品のひとつ。ここでは「アパリ」とありますが、ほぼ同じものでした。

 

浦幌から出土した遺骨は、現在、札幌医科大学にも1体あり、現在、返還の裁判が行われています。詳しくは過去ブログのこちらを参照にしてください。

浦幌の朝焼け(撮影:三浦 結)