アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

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緊急:北海道知事への連名の要請文

2010-06-30 20:42:14 | インポート
紋別のモベツ川上流部への産廃処理施設の建設計画に対する道知事への緊急要請文をUPします。緊急ゆえ、ほぼ2日間という賛同者呼びかけにも関わらず、多くの方がレスポンスを頂き、感謝です。みなさんで呼びかけによる、賛同者は300名を越えました。29日の午後2時に高橋はるみ北海道知事に送りました。
以下、本文を添付します。

北海道知事 高橋はるみ 殿

緊急:北海道知事への連名の要請文

北海道紋別市のモベツ川の上流部に、産業廃棄物最終処分場の建設が予定されており、北海道は、今月中に本計画の最終決定を出す予定です。モベツ川は、アイヌ民族がはるか大昔から集落を営み、豊かな自然とともに生きてきた聖なる川であり、現在もアイヌ民族の手で鮭・鱒の特別採捕許可を得て、アイヌ民族にとって主食であり、聖なる魚である「鮭」を迎えるカムイチェプノミを毎年行っています。本計画は、アイヌ民族の参画が全く無いまま策定されました。北海道紋別市のアイヌ民族が「母なるモベツ川をこれ以上汚さないで」と産業廃棄物最終処分場建設に反対をしています。
2007年9月に国連総会で採択された、先住民族の権利に関する国連宣言は、先住民族の自己決定、資源、文化、開発、環境に関する権利全般を明記しています。特に、同宣言文の第29条は、次のように謳っています。「国家は、先住民族の土地および領域において彼/女らの自由で事前の情報に基づく合意なしに、有害物質のいかなる貯蔵および廃棄処分が行われないこと。」本条文そして、自由で事前の情報に基づく合意の原則という見地から、これまでの紋別の産業廃棄物最終処分場計画策定における行政的、法的プロセスは、国連宣言や国際社会の期待に背くものであります。
私達先住民族および先住民族への支援を目的とするNGOは、この反対表明に賛同し、建設への許可をしないよう、北海道知事に連名で強く要請いたします。
2010年6月29日

要請団体(先住民族および先住民族関連NGO) 26団体
モペッ・サンクチュアリ・ネットワーク
アシリチェップノミ実行委員会
チ カラ ニサッタ~われらつくる明日~
アイヌアートプロジェクト
ペウレウタリの会
旭川アイヌ協議会
アイヌ民族協議会
ウコチャランケの会
北海道アイヌ協会札幌支部
NPO法人ウハノッカの会
市民外交センター
日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センター
先住民族の10年市民連絡会
道南・アイヌ民族との連帯を考える市民の会
アプカシカリプ(APKAS KARIP)
AINU & WHALE from Mo-pet(quiet River)in Okhotsk
Tebtebba Foundation(フィリピン)
Asia Indigenous Peoples Pact (タイ)
North East Peoples Alliance(インド)
Forum for Indigenous Perspectives and Action, Manipur(インド)
Cordillera Peoples Alliance(フィリピン)
Indigenous Portal, Asia Region and Tedim Chin Development Society (TCDS)(インド)
Asian Forum for Human Rights and Development (FORUM-ASIA) (タイ)
TARA-Ping Pu (台湾)
Yachay Wasi, Cuzco(ペルー)
Nepal Kirat Kulung Language and Cultural Development (ネパール)

賛同 25団体 ・ 319個人名(略)


昨夜のさっぽろ自由学校“遊”の連続講座も、とてもよかったです。明日以降に内容や感想をUPします。



麦がいきいきしています。
わたしも昨日、生き生きと年をひとつ重ねました。息子からお祝いメールが来たので、
「おとなげない中高年とこども達から言われるよう益々ガンバリます」とレスしたら、
「それは頑張んなくっていい」と冷静に言われてしまいました。
夜はひとり静かにいつもの格安カプセルホテルで寝ていたのですが、
突然に「くっそ~~」、「え~~~っ」という声で目が覚めました。そう。ワールド・カップの試合を観ている人たちの声援。
気になって寝不足です。


北海道知事への連名の要請文

2010-06-28 20:41:51 | インポート
活動「日誌」ならず週間報告になってしまっています。
19日(土)は朝に道立図書館に行き調べものをしてきました。
その一つ、旭川に市制が施行されたころの記録「旭川回顧録」に以下の文があるのを確認しました。

一.蒙昧無知にして不潔なる旧土人を市街の中央に介在居住せしむるは衛生上極めて危険なり
二.師団および旭川市街間は、必然連接にして大市街となるべく、旧土人地の存在はこれが発展を妨げる
三.市街の発展は永久畑地の存在を許さず
四.在来の権利を保留し、和人と雑居生活をなさしむるも、彼等は生存競争上次第に和人のため亡滅駆逐せらるべし
五.在来の旨意により、彼等をして時代に適合したる新移住地を選定して、これに転居せしむるは畢竟彼等の幸福なり


写していてもめまいがします。このような差別意識と現実の差別が和人によってなされていたわけです。現代の人権意識との温度差をたとえ配慮したとしてもひどい文章です。この差別と偏見の意識は続くのです。

「アイヌ神謡集」を後世に残した知里幸恵さんが旭川で生活を始めたのが6歳の時の1910年。まさにこの文章が書かれた時代のただ中に、彼女は旭川で生活をしています。1917年に優秀な成績で女子職業学校へ進学するも、差別ゆえに孤独な学生生活だったといいます。同級生に「あなたの来るところではない」と言われたと言います。このことを過日の「銀の滴降る日」講演会で荒井和子さんが言っておられたのです。荒井さんの著書「焦らず挫けず迷わずに」(北海道新聞社1993年)も差別のひどさで胸が締めつけられる思いになる本です。

先の文章ですが、もしやと思い金倉義慧さん著「旭川・アイヌ民族の近現代史」(高文研2006年)を調べたところ、この段落はそのまま引用されていました。よく調べられていますのでお勧めします。


その日の午後2時からは第三十一回樺太移住受難者墓前際に参列しました。
樺太アイヌが対雁へと強制連行された結果、たくさんの犠牲者を出したたことを覚える慰霊祭です(過去ブログ参照)。以前にも書きましたが、この樺太強制連行や千島アイヌの強制連行といい、他にもある大小様々な強制連行といい、強者による暴力が多くの悲劇を生み出したのです。この歴史をしっかりと覚え伝えて、未来を豊かなものにしていきたいです。

夜は6時半よりWIN AINUの学習会がLプラザで開催されたのですが、葬儀が入り断念。
常本照樹(北大アイヌ・先住民研究センター長)さんの『広義の文化』は是非とも聞きたかったです(後日、参加者に情報を頂こうと思います)。

26日は札幌の北星学園大学付属高校の有志が旭川の川村カ子トアイヌ記念館で体験学習をするのにお手伝いをしました。みんな真剣に川村館長の説明に耳を傾けてメモを取っていましたし、アイヌ紋様刺しゅうやムックリ作りをやっていました。前日に学年遠足だったこともあり、参加者は少なかったですがいい出会いでした。


みな真剣に刺しゅうをしています。


さて、明日はさっぽろ自由学校“遊”の連続講座です。
今回は芽室町より村上恵さんをお迎えしてお話を伺います。歌や踊りも披露していただけるようです。

「アイヌ新時代~若者たちと語り合う、民族の現在と未来~」
第二回 とあるウタリのお話
日時:6月29日(火)18:30~20:30
会場:さっぽろ自由学校「遊」
受講料(単発):一般1,500円 会員・アイヌ民族1,000円 学生500円
●ゲスト 村上 恵(むらかみ めぐみ)さん 1984年・幕別生まれ。現在、芽室在住。
 アイヌ文化から離れていた自分が戻るきっかけになった出来事、それが自分を大きく変えてくれた事、今現在の自分とこれから先についてお話したいと思います。


昨日から緊急のお願いとして以下の賛同者を求めています。
あまりに緊急ですが、ご理解の上、賛同よろしくお願いします。

紋別のモベツ川上流部に産廃処理施設の建設計画があり、アイヌ民族の畠山敏さんらが反対をしています。しかし、6月中にも北海道は建設を許可してしまいそうな状況になっています。そこでこの度、先住民族の立場から緊急要請文を道知事宛に送ることとなりました。29日に知事に渡すとのこと。一度、紋別にもお訪ねしたいと思います。今後の報告もUPしていきます。




Cikap-un-i  鳥-いる-所  近文

2010-06-19 06:48:50 | インポート
暖かくなりました。
16日(水)は早朝から隣町の山奥に赤花豆を植えに出かけ(今年の場所もいかにも熊が出没しそうな山の奥。一人で行けません。コワ~)、その足で旭川へ。
NCC教育部の教育週間教材に二枚ほど川村カ子トアイヌ記念館の写真を使わせていただけるようにお願いに行って来ました。それと、旭川市が作成した下の看板も撮って来ました。

北大大学院教授の小野有五さんが著作「自然のメッセージを聴く」(北海道新聞社)の最後のところで地名説明の看板を変える働きかけについて書かれていたので、見てみたいと思っていました。よく通る近文小学校の校門前に建てたれていました。
過去ブログにも書きましたが、日本語とアイヌ語の地名が並列に並べられているというのは画期的なことなのです。今まで目にしてきたアイヌ語地名の看板はほんとが川の名前のアイヌ語紹介で、最初に日本語の地名が大きく書かれてあり、その下に小さくアイヌ語で表記され、さらに小さい字で解説が載っています(土木局河川課の管轄だったかと 過去ブログ07/7/14参照)。



17日午前2時にやっとNCC教育部に教材案を送り終え、早朝から暑寒別岳のふもとへオオウバユリの根を採りに行って来ました。今年は少なめにして一番粉を1キロほどと二番・三番粉を発酵させてかびさせずに乾燥させるように試みます! 昨年は少し成功したのでそれを鍋に入れて食べました。
とろみがついていいですよ。繊維も多いと言いますし。
発酵してきたのは少し甘い香りがしていい感じです。来客に出せるよう頑張ります。毒見も完成後の最初の来客でしておきます。
毒見といえば、川村カ子トアイヌ記念館の川村館長がコウライテンナンショウの根には毒があるが根の色のついている真ん中の部分を捨てて二日ほど乾燥させて食べると美味だと言われていました。それも食べてみたいですね~。山にその花が咲いていたのを見つけました。

友人も言っていたのですが、この季節から夏にかけて北海道の日照時間は長いのです。午前3時半とやたらと早く明るくなりますし、夜の8時過ぎまで明るいのです。そのため朝が早くなります。
今日はこれから道立図書館に行き、調べものをして、午後2時からサハリンアイヌが対雁へと強制連行されたことを覚える慰霊祭に参列。
夜は6時半よりWIN AINUの学習会がLプラザで開催されますので参加してきます。内容は以下の通り。

日 時 : 6月19日(土) 午後6:30から
会 場 : Lプラザ 環境研修室1
内 容 : 第1回アイヌ文化の集い : テーマ『広義の文化』  講師 常本照樹さん
海外からの報告: AIO「アンバサダープログラム」に参加して。ニューメキシコ 「民族としての力、才能は誰によって得たのか?」「家族・部族の歴史/価値観について」  報告者 島崎直美さん


海岸線沿いに見ごろの自生エゾカンゾウ。ちょっと写真が小さいですが、オレンジの花が見えるでしょ?


第20回 銀の滴降る日 集い

2010-06-12 09:53:35 | インポート
6月に入ってから教会の仕事が重なり、活動日誌がなかなかUPできません。先月は毎日のようにUPできたのですが・・・
6日(日)は、わたしたちの日本キリスト教団出版局「信徒の友」取材班が留萌を訪れました。「信徒の友」9月号「ここに教会がある」に掲載予定。教会に集う皆さんの豊かさを十分に載せて頂こうと思います。
7日(月)は、天塩の教会員の家庭訪問と初山別の家庭集会。その帰りに海岸沿いに咲く野生のエゾカンゾウの場所を確認。

8日(火)は、早朝の4時にエゾカンゾウを採りに行き、そのまま旭川へ。第20回「銀の滴降る日」集いに参列しました。
毎年、北門中学校の全生徒が参加してアイヌ民族に関する講演を聞き、旭川チカップニアイヌ民族文化保存会の皆さんのアイヌ古式舞踊を観ます。その後、文学碑の前で幸恵さんの誕生を覚えてイチャルパが行われます。

今回の講演は荒井和子さん。和子さんのご両親と幸恵さんのエピソードをお話下さいました。やさしさにあふれ、同時に芯のしっかりとしている方だったと。また、アイヌであるがゆえに幸恵さんも荒井さんご本人も大変いじめられたと。いじめがいかにいけないことかをお話しされました。

この中学校はかつて知里幸恵さんが通った上川第五尋常小学校(「旧土人学校」)があったところで、この校門のすぐ近くの近文講義所(聖公会の伝道所)に叔母の金成マツさん(婦人伝道師)と一緒に住んでいました。
金成さんはここで日曜学校を行い、65名の生徒が通ったようです。また、若いご婦人達に裁縫、編物、読書を教えたと記録にあります(日本聖公会北海道教区九十年史)。
さらに病人を休ませるためにレスト・ハウスを作るなど幅広い活動をしたとのこと(福島恒雄著「北海道キリスト教史」)。
「旧土人学校」の教育内容は偏ったもので、アイヌは「心性ノ発達和人ノ如クナラザル」として一般の修学年齢より1年遅らせて7歳からとしたり、6年制を4年間と短くしたり、科目も歴史、地理、理科は除かれ、「修身と国語とは国民的性格養成上特殊の地位を占むべく…」と、皇民化教育を徹底するものでした。 1901年から全道に25の設置があり、1940年にすべての学校が廃止されます(幸恵さんの通った上川第五は大正12年に廃止され、生徒は北門、近文へ)。


よく育っているのが野生。一目瞭然ですね。来年も協力できたらいいと思います。

最後に代表の川村シンリツ・エオリパック・アイヌさんが挨拶されました。
まずは中学生たちに知里幸恵さんアイヌ神揺集の一文を読んで、「幸恵さんも望んでいることだから、是非とも神揺集をアイヌ語で練習して聞かせてほしい」と。
また、先日に「先住民族アイヌの権利回復を求める」署名を集めて国会に持っていったけれども受け取り拒否をされた、その後にアイヌ政策推進室を訪れて渡してきたとのこと。川村さんは怒りを込めて参列している民主党議員に「しっかりとやれ」と言われました。



6月19日(土)~20(日)に大雪山旭岳「山のまつり」が旭岳温泉青少年野営場で開催されます。北海道新聞ブログにチラシが掲載されています。
http://blog.hokkaido-np.co.jp/0141kome/archives/2010/06/post_429.html

そろそろトレップ(オオウバユリの根)を採りに行きたくてうずうずしているのですが、NCC教育部からの宿題がまだ全く出来ていません。こどもたちに分かる言葉で当センターの働きを12枚ほどの写真パネルにまとめ、それぞれ100字ぐらいの説明をつけるというものです。
写真は紋様や人の場合にご本人の了解を得なければならないので、今回はわたしのブログにUPしている自然風景や動物の写真のみを使うことを考えています。そのため頭を悩ませています。と言うか、悩みながら目につく細かい作業をやってしまう(逃避)ので、机の上やその回りの資料が整理されてすっきり! 午後4時近くになるとこどもたちも来ますので、そこからは完全逃避! 18日までまとまるのでしょうか・・・
こどもたちは相変わらず毎日来ていて、その輪も広がり、入れ替わり立ち代りで名簿上では30人強。集団となるとギズモからグレムリンに変身するのでみんな凄い。ここでやるゲームが面白くてしょうがないらしいです。明日の日曜日には運動会があるので礼拝の前後は応援に行きます。



アイヌ新時代~若者たちと語り合う、民族の現在と未来~ 第一夜

2010-06-03 15:08:22 | インポート
6月に入りましたね。留萌は冷たい雨が一日おきに降っています。
1日(火)は教区関連の仕事を終えて、さっぽろ自由学校「遊」 2010年度前期講座に行って来ました。
テーマは「アイヌ新時代~若者たちと語り合う、民族の現在と未来~」。
お話は旭川市在住で旭川チカップニアイヌ民族文化保存会所属の八谷麻衣さん、1982年生まれ。(“遊”の案内にお年も書かれていますので・・・)。コーディネーターの原田公久枝さんと小泉雅弘さんが質問をし、それに八谷さんが答えるかたちで行われました。今回もたくさんのことが語られましたが伺った一部を紹介させて戴きます。

八谷さんとは旭川ではよくお会いしていますが今回のようなお話を伺えたのはとてもよかったです。
彼女はマレウレウ(女性4名によるユニット)のメンバーの中でも目立たず、静かな方と言う印象を持っていました。お姉さまたちが目立っていたと言いましょうか・・・。ところが、今回のお話から芯がしっかりしていてどっしりと落ち着いた方だと分かり、感心しました。

かつて川村カ子トアイヌ記念館にはウェブページが作られていて、その中に記念館秘蔵写真のページがありました。全ページを印刷して持っていますが、歴代館長やご家族の写真などもよく見て記憶していました。なんと今回、八谷さんの家系からよく覚えているお名前ばかりが出てきたのです。門野ハウトムティさん、門野トサさん、門野ナンケアイヌさん、門野ハルコロさん、川村カ子トさんなどなど・・・
ご自身はアイヌとして生まれ、アイヌとして生きていると言っておられました。

小学校の時は熱心な教師がおり、八谷さんが踊りでニュースに出ているものなどをビデオに撮って教室で紹介したりと、開けっぴろげに言ってくれていたので差別らしき差別はなかったとのこと。中学校時は「アイヌは学校に来るな」とあからさまに言われもしたが、父親から「アイヌとは『人間』という意味だ」と教えられていたので、『人間』に学校に来るなというその人は『人間』じゃないんだと思っていたと。
こどもの差別は無知から来るのだから説明をしたらいい。おとなはある程度知っていて、しかも価値観を押し付けてくるのでいま苦労していると。

おじいちゃんやおばあちゃんたちが使っていたアイヌ語(旭川方言)がなくなるのはもったいないと思った、自分が死んだあとおじいちゃんやおばあちゃんたちとはアイヌ語で話したい(アイヌ語でしか通じないニュアンスがある)という思いから、アイヌ語を学ぼうとアイヌ語を学び始められたそうです。
アイヌ語の教師を養成する講座(アイヌ語指導者育成事業)を受けるべく4年前から師匠について基礎を学び、その2年後から講座を受講。現在はアイヌ語教師として認定されたようです。二年前のイタカンロー(アイヌ語弁論大会)の弁論部門で優勝されています。
今後はアイヌ文化を学び、自分の子ども達に伝えていきたい、と。

今は若者にアイヌブームが来ているがいつかは波が引くだろう、それでも地道に文化伝承を続けていたらまたブームがやってくる頃には声の出るいい年ごろになっているだろう、という事も言ってました。
じっくりしっかり着実にという感じがなんとも頼もしく聞こえました。応援しています。

今回の講座は皆さんが関心を持っていたようで、50人は来られたでしょうか。その後の「反省会」でも新たな出会いがあり、感謝でした。
今後の連続講座の話し手の方達も楽しみです。
http://www.sapporoyu.org/modules/sy_course/index.php?id_course=218