アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ピリカ・ケイトゥム・アプカスのファイナル・コンサート

2008-06-29 16:53:00 | インポート
28日は北大アイヌ・先住民研究センターと北海道ウタリ協会共催の講演会があり、行って来ました。内容もとても良く、いい学びになりました。
早速紹介したいですが、忙しくしているので、後日に!

講演会のあとは走ってエル・プラザに向かい、「先住民族サミット」のサポーター最終打ち合わせ。最後の最後まで細かく見直し、終了が十時をまわっていました。
その後もいそいで、ピリカ・ケイトゥム・アプカスのファイナル・コンサートへ。
11時をすぎていたのに、いるいる・・・200人はいたろうか。若者うじゃうじゃ。
ちょうど結城幸司さんのアイヌ・アート・プロジェクトの演奏から入りました。
昨年の「先住民族サミット」を立ち上げる会にも聞きましたが、ロック調な激しさがUP!
若者ノリノリ!
会場の後ろに行くと、OKIとマレウレウの面々とお会いし
「どうして来てるのお? 明日、礼拝なんじゃないの?」と、心配までされる始末。
はい、皆さんの演奏を聞いたら帰ります。と、出番を待ち、傾聴。
いつも感心しますが、マレウレウ(ウレウレウといつも勘違いする・・・指摘感謝)の歌声はとっても優しい。
睡魔も助けてトランス状態に引き込まれそう・・・。おや、寝だした若者が目立つ。
そう、彼女らの歌声とトンコリのコラボは子守唄なんだ。
心地よさだけではない。抑揚と輪唱により神秘さも漂う。
う~ん、うまく表現できない。
7月4日の「先住民族サミット」最終日のファイナル・コンサートにも出場決定しています。
夕方6時半からコンベンションセンターへ集合! 無料です。

ウォークしたみんなとも会えたし、先日留萌までご一緒した東京のテレビ局プロデューサーのナオさんとも再会。
いろんな面々が集まっていました。おもしろかった。

OKIの演奏も終わり、その心地よさが引きずって睡魔に襲われながらの帰りは大変だった・・・・
空が明るみがかった3時過ぎ、やっと帰宅。

さて、いよいよ「先住民族サミット」です。今のところ、一日目から300名を見越して準備を行なっています。設営、会場係、雑用と今回も動き回る仕事です。
その中でも、先住民族の皆さんとの出会いと分かちあいができたらと願っています。
今日から札幌入りします。リアルタイムには発信できませんので、終わったあとに諸情報をUPします。



ピリカの皆さんが歩いた道。果てしなくまっすぐな長い道(稚内から天塩の間)


ピリカ・ケイトゥム・アプカスの皆さん最終地到着

2008-06-28 07:07:09 | インポート
6月1日から稚内宗谷岬を出発したピリカ・ケイトゥム・アプカスの皆さんは、16日の午後に留萌に到着して18日朝に留萌を出発。26日に無事、対雁に到着されたようです。
http://web.mac.com/pirka.kewtum.apkas/iWeb/Pirka%20Kewtum%20Apkas/home/home.html

対雁までの380キロを完歩し、想いを深めた彼(彼女)らは、さらに最終日は対雁の地で小川隆吉エカシからお話を聞き、心に深く刻み込んだことでしょう。
今後の歩みを祈ります。

今日、明日とファイナルイベント。
これまた盛り沢山のアーティストが来ますね~
盛会となりますように。
わたしは明日は日曜日で礼拝があるし、今日は札幌で北大アイヌ・先住民研究センターの講演を聞きにいき、その後は「先住民族サミット」のサポーター最終会議。帰りが遅くなるので、もう終わってしまっているかも・・・一応、顔を出したいと思います。

ウォーク通過地のアイヌ語を簡単にですが萱野茂さんの「アイヌ語辞典」(三省堂)や、山田秀三「北海道の地名」(草風館)、「旭川アイヌ語辞典」(監修:川村兼一さん、執筆・校閲:太田満さん)などを調べつつ、皆さんに提供させていただきました。
わたしも札幌往復でよく通る道ですから、調べられて良かったです。
しかし、歩くはやさでじっくりとその地の表情を感じたり、あるいは、暮らして分かることもあるでしょう。そんな部分を歩いた皆さんは実感できたところがあったのでしょう。
インターネット新聞のJANJANの記事にEsamanさんのインタビューで堀多栄子さんが答えている中で触れておられました。
JANJANのURL  http://www.news.janjan.jp/special/0806/0806210176/1.php

これらの確認できた記事は出来るだけこちらでも紹介させていただいています。
http://u-ko-usaraye.cocolog-nifty.com/

ついでですがイヴェント情報もこちらで紹介させていただいています。
http://blog.goo.ne.jp/sakura-ive




アボリジニ 「裸足の1500マイル」

2008-06-27 09:56:44 | インポート
一昨日から頭とPCを駆使して、先住民族サミット会場に掲示する先住民族ゲストと各国の状況を書いたパネルを作るべく奮闘しています。
資料も目を通しながら拡大し、余分な端を切り、ラミネートをかけての手のかかる作業をこつこつとしています。
一昨日は札幌からわざわざ友人が駆けつけてくれて手伝ってもらいました。
HELPを出したいところですが、留萌に来て頂くにはみなさん遠方すぎて
(って、わたしが皆から遠く離れて住んでいる!)、声をかけられずにいます。

単純作業に入ってからは、「裸足の1500マイル」を久しぶりに鑑賞しながらオーストラリアのアボリジニの現状レポートを読みました。
1788年、大英帝国が植民地とした後、アボリジニたちは土地を奪われます。
さらに、こども達(特に白人との混血)を親から引き離し、保護施設にて養育するという政策を行ないました。アボリジニを人種的に抹消する政策が広く行なわれたのです。
(映画の中で、施設長が「無知で野蛮なものたちを教育する」などと施設の目的をいうせりふがありました。)
映画の主人公デイジーとモリー、グレイシーは実在の方で、親から引き離されて入れられた施設から逃げ、1,500マイルを90日かけて家に帰ったという実話を映画化した映画です。
このようなこどもを隔離し、教育した施設は1970年まであったそうです。
政府や教会が主導して行なわれたこの政策で、こどものおよそ1割が施設に連れ込まれ、彼(彼女)らのアボリジニとしてのアイデンティティーは喪失したと言われています。それらの年代の人を「盗まれた世代」と言うそうです。

アボリジニの現状レポート(先住民族サミット当日資料にも掲載)には、‘08年2月にオーストラリアのケビン・ラッド首相がアボリジニに対して公式謝罪したことと、その謝罪演説が掲載されています(先住民族サミット終了後に、紹介させて戴きます)。
日本も謝罪を!

先住民族サミットには関係者も含めて、100名を越える先住民族の方が来られるといううわさ。
わくわくですね~

さて、パネル作成の続きだ。
今度は「クジラにのった少女」観よう。その次は「ラスト・オブ・モヒカン」、「氷海の伝説」、「ホビの予言」・・・
まだまだかかるかな・・




有識者懇談会にアイヌ民族も参加の方向

2008-06-25 05:23:48 | インポート
昨日の北海道新聞記事に注目のニュース。
北海道新聞(06/24 06:50)http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/100626.php

有識者懇談会にアイヌ民族も参加の方向で考えるとのこと。
 政府は、先の衆参両院の「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」に基づいて、アイヌ民族政策を新たに検討する有識者懇談会を設置する方針を固めました。
しかし、委員は数人規模として、その中にはアイヌ民族は含めずにアドヴァイザーとしての位置に過ぎないような考えを町村官房長官は述べていました。
それに対して
「当事者であるアイヌ民族の懇談会入りは不可欠」とする道ウタリ協会が、
高橋はるみ知事や超党派の国会議員を通じて働きかけを続けた結果、容認に傾いた。
福田康夫首相の判断を待って最終決定する。(記事より)

とのこと。当然のことなのですが。その当然のことを拒否してきた政府が少し前進するかという注目のニュースですね。



24日の昨日は、「先住民族サミット」関連で急きょ札幌に向かいました。
朝早く出かけたので、途中で石狩の八幡にある樺太アイヌ慰霊碑に寄りました。
18日にもアプカシウォーク参加されていたキムくんとアグネスさんを乗せて札幌に向かう途中、せっかくと思い慰霊碑に立ち寄って樺太アイヌの強制連行についての説明をさせて頂きました。お二人とも真剣に聞いて下さり、祈りを込めてムックリを弾かれました。
八幡墓地の奥のほうにひっそりと慰霊碑は建っています。周りが草ぼうぼうだったので昨日、簡単に鎌で切ってきました。
(慰霊碑については06年9月30日、強制移住に関しては07年6月18日のブログ参照下さい)

札幌に着いて、待ち合わせの時間が少しあったので「アイヌ文化振興・研究機構」に寄り、新しく出来た小中学校の副読本を頂きにいきました。道外からの来客にいいかと数冊をお願いしたのですが、注文が多く品薄でひとり一冊とのことでした。残念。担当の方のお話では、道外の高校からの依頼が多いとの事。中学生用でも十分使えると好評のようです。学校教育の中で十分に用いられて、アイヌ民族の存在と歴史が正しく伝わり、権利回復の道が開かれることを祈ります。
アイヌ文化振興・研究機構URL http://www.frpac.or.jp/

その後、「先住民族サミット」に参加する先住民族の皆さんの置かれている現状・課題レポートのデーターをやっとGET。
ようやっと手に入ったデーターを持って留萌へ帰宅。これから「先住民族サミット」会場に掲示する先住民族のパネルを作成します。たたみ一畳ほどの大きさのパネルですので、どうしたらいいかを考えながら、昨日は終わってしまいました。
今日一日で仕上げねば・・・


増毛の南にある別苅。アイヌ語地名pesh-tukari(断崖の・手前)の通り、その先の岬は断崖。


もう少し南にいくとある赤岩岬。アイヌ語ではkema-hure(脚・赤い)
この辺りの岩は赤いです。


ウォーキング前の祈り

2008-06-24 05:54:40 | インポート
アプカシヒーリングウォークの皆さんが毎朝ウォークに行く時に円陣を組んでこころをあわせて祈る祈りです。
遠山サキフチが作ってくださったとのこと。
文字を持たず、口伝の伝統を持つからでしょうか。言葉を丁寧に繰り返すように用いられていますね。
この祈りをして、それぞれひと言づつその日の思いを語りあい、聴きあって出発します。
ウォークも終盤に入りましたね。
http://web.mac.com/pirka.kewtum.apkas/iWeb/Pirka%20Kewtum%20Apkas/home/home.html


アペフチカムイ モシリコルカムイ イレスサポ ルコルカムイ タネ カムイノミアンナー
  (火の神様、大地の神様、育ての神様、道の神様、これからお祈りします)
タントオロワ タパン ウェカルパ ワ ウタリオピッタ 
  (今日は、この 集まった 皆様で)
シネ ケゥトゥム アリ カムイノミ シリネナー
  (一つのこころで お祈り します)
カムイアター イヨクンノカワ エンコレヤーン
  (神々の方々 私たちを かわいそうだと思って 面倒を見てください)
イタク ハイタネヤッカ クアニ xxx ハウェネナー
  (言葉は足りないけれど 私は xxx という者です)
ウェン ケゥトゥム サクノ ピリカピリカ ケゥトゥム アリ
  (悪い こころでは ないので きれいなきれいな こころですので)
モシリコルカムイ カムイアター 
  (大地の神様 神々様 どうか)
エネプンキネプ エンコレヤーン
  (私たちを 守ってください)
オロワノ ウタリオピッタ クアニアタ
  (それから この世のみんな 私たちとともに)
ピリカピリカ シクプ クネクス
  (いい きれいな 暮らしを 願って)
イヤイライケ カネ カムイアタ ホトゥイパ アンナー
  (感謝とともに 神々様に 唱えるばかりです)
ピリカ ケゥトゥム アプカシ パセノポ 
  (きれいな こころの 旅を ほんとうに)
イヤイライケレー
  (ありがとうございます)





日曜日をはさんでいろいろありました。
土曜日は留萌の太子祭に便乗し、教会を会場にフリマを開催。
中国四川省地震にNCC(キリスト教協議会)を通して救援を送ることが出来ました。

日曜日は午後に、同じ道北地区(四国より広範囲)のオホーツク側の
興部教会に三年ぶりに新たな牧師が着任しましたので就任式のお祝いに駆けつけました。
「スヌーピー」に出てくるチャーリー・ブラウンに似て、
レオ・レオーニー作の絵本「フレデリック」のような牧師を目指した持ち味豊かな方です。


月曜日は「先住民族サミット」の担当部分を整理して過しました。
夕方にはフリマでお手伝いしてくれた近所の女の子達が遊びに来たので
少しお付き合いしました。小学3年生の三人組ですが接客も上手だし、
すすんで呼び込みをしてくれるし、大変、助けられました。
そのお礼にと、一緒に教会でかくれんぼ。
ちっちゃい子がみごとに狭い隙間に収まっているのがとてもおもしろかった・・・
短い時間でしたが笑いっぱなしのリフレッシュタイムでした。


今日も自宅で出来ることをと思ったのですが、またしても札幌に行かねばならなくなり、
それならば、午前中に行ってしまおうかと準備中。
今回、来られる先住民族の皆さんの各状況や歴史を「先住民族サミット」会場に掲示する準備を任されていますが、
明日から数日でできるだろうか・・・大変、不安・・・。





道端で座って餌を待っているおねだりギツネ。今年も多いです。

政府の「先住民族の定義がない」発言について

2008-06-19 16:01:16 | インポート
昨日は、さっぽろ自由学校 遊 の講座で島崎直美さんのお話を伺うことが出来ました。
自分のお子さんと向き合うことからアイヌ民族として生きることを真剣に考え、歩んで来られているというお話でした。
現在は「先住民族サミット」の共同代表として準備にお忙しくされています。わたしもそのお手伝いに連ならせて頂くことで、より関係を持たせて頂ければと願っています。

今日はその先住民族サミットの開催会場にパネル(先住民族ゲスト全員分)作成を頼まれているので始めました。当日配布のプログラムには詳細に掲載されるのですが、会場にも簡単なプロフィールや先住民族の現状を短くして並べておくのです。
まだデーターが揃わず、明日の事務局には案を作って持っていけるかあやういですが、ついでに参加される諸民族のことを調べつつ、作業を始めました。
来られる方々は、はじめて聞く先住民族名ばかりです。失礼しました。
アオテアロア(NZ)のマオリ族や、ハワイ島のハワイヤンは以前に学びと出会いがありましたが、フィリピン・イゴロット族、アメリカ・コマンチェ族、プエブロ族、ニカラグア・ミスキート族、ニカラグア・ミスキート族の皆さんとは、今回お会いできるのを楽しみにしつつ、事前に歴史を調べておきます。
http://www.ainumosir2008.com/news.html
(現在、先住民族サミットの呼びかけをするべく実行委員のひとり酒井美直さんが惠原母娘と全道を駆け巡っている報告が同サイト内の「ブログ」にUPされています。ピリカ・アプカシウォークのメンバーを見ても思いますが、若いってパワフルですね。応援しています。)

札幌の帰りもアプカシヒーリングウォークの皆さんがテントを張っている浜益に立ち寄り、月明かりの中で少しお話をしました。
東京から彼女達を取材に来ていた方が留萌の宿に帰ると言うのでお乗せし、道中は興味深いお話をたくさん伺うことが出来ました。


さて、話題は変わって…
6月11日付のウェブニュースJANJANにて、上村英明さん(市民外交センター代表・恵泉女学園大学人間社会学部教授)のインタビューがUPされていました。
上村さんに関してはこのブログでも何度か著書「知っていますかアイヌ民族一問一答」(解放出版)やご発言UPしてきましたので、ブログ内検索をして頂けたらと思いますが、この度も、
6月6日のアイヌ民族を先住民族として認め、関連する政策を推進する決議が可決、採択されたことに関して、Q&Aで、分かりやすく説明してくださっています。
疑問がとけたところを二つほど紹介します(より詳しくは、JANJANのURLへ)
http://www.news.janjan.jp/special/0806/0806109151/1.php

Q:なぜこの時期に(政府はアイヌ民族を認めたか)?
上村:一番大きな要因はやはり昨年9月の権利宣言の採択です。政府は「国際的に確立した先住民族の定義がない」、「アイヌはその点先住民族と考えられるか疑問だ」とクレームをつけてきましたが、国連総会で、その権利体系が明らかになったのです。
 その国際的な流れの中、ボリビアでは先住民族のエボ・モラレス大統領が誕生しましたし、豪州ではケビン・ラッド首相がアボリジニに謝罪するなど完全に追い風の中に入ってきました。日本政府も1987年から採択のプロセスに関わってきたわけですから、20年以上関わってきた問題に、今さら定義がないと言う言い訳は通用しませんし、決議も権利宣言に沿ってアイヌ民族は先住民族だと規定しています。
 アメリカなどは、問題があっても、多文化や多様性は当たり前の国家ですが、日本はそこを否定して近代をつくってきたわけです。単一民族で国民を構成するという擬制を使い、多様性の部分は基本的に植民地だとしてきたわけです。しかし、国内にもそうした多文化や多様性があることを国際社会の頂上でみせなければならない矛盾にぶつかったのです。サミットは2000年以前はすべて東京で開催しましたが、前回は沖縄、2008年の今回が北海道で、日本政府は日本の多様性をみせるのだと言ってきました。
 これに対して、本当に日本の中の単なる多様性なのか、あるいは別の問題があるのかを明らかにすることが、メディアを含めた市民社会の役割になってきました。政府が言うように、アイヌ民族が「日本の文化の多様性」で終わってしまうのか、そうでないのかはとても大事なポイントです。

Q:先住民族に関する「定義」がないという政府の主張をどうお考えですか?
上村:定義がないという言い訳はこの問題を実は象徴しています。政府は国際的に確立した定義がないということでアイヌ民族を先住民族と認めてきませんでした。しかし、オーストラリアやアメリカ、ニュージーランドなどは、国際的定義がなくとも先住民族政策を行ってきたのです。では、なぜ定義がないのに行ってきたのかという議論にたどり着かなくてはいけません。
 日本の場合、アイヌ民族が要求した権利に政府がまともに取り組んだことがないのです。先ほどの国々は具体的権利問題の取り組み、その格闘の中から先住民族という概念にたどりつき、それを集大成したものが国連の権利宣言です。例えば、アイヌ民族が川を上ってくる鮭を獲って儀式ができないのはなぜか、という問題を考えていくと、今の法律ではできません。法律ができる前はアイヌの人々は自由に獲っていました。なぜそれができなくなったのか?
 日本人が法律をつくったからです。それはいつか? 開拓が始まってから、と考えていけば、日本人が入っていく前にアイヌ民族の権利があったということが明らかだし、それを日本人が奪ったということも明らかです。それをふまえてもう一度復活させたいという要求があるわけです。そのことを考えていけば、少なくとも儀式の時漁労の権利があってしかるべきではないか、という結論に達してもおかしくないわけです。つまり、定義がないという議論は国内でアイヌ民族の権利要求に真面目に対応しなかったという明確な証拠なのです。


上村さんの説明はいつも分かりやすいですね。

では、そろそろパネルのデーターが来るころですのでそちらにシフトします。


小平から留萌を望む(雲の上には暑寒岳)


暑寒岳の道でであった蝦夷雷鳥? 威嚇で尾を広げてブルブル震わせていました。
慌てたのでボケてしまいました。お初にお目にかかります。


アプカシヒーリングウォークの皆さんが留萌に到着!

2008-06-18 13:06:50 | インポート
6月1日から稚内宗谷岬を出発したピリカ・ケイトゥム・アプカスの皆さんは、
16日の午後に留萌に無事、到着しました。みんないい顔していました。
総勢12名が朝5時に起きてお隣のドラックストアー・ツルハの駐車場でヨガをし、
7時にはウォーキングの準備をして出発。
両日とも午後3時ぐらいには教会に戻り、温泉や休息の時間を持っていました。
夕食後、反省会とミーティング。そして、交流の時間を持ちました。

いろんな出会いがありました。セイクレット・ランに参加した方、六ヶ所村でボランティアにいっていた方、「先住民族サミット」の準備を手伝っている方、災害支援ボランティアをしている方、先住民族の権利を研究している方、お一人おひとりとゆっくり話しても一日以上かかりそうな面々でした。
個性も豊かで、中にはマクロビオティックをされている方、喰い溜め出来る方、やっかいな病気を持ちつつ「平気っす」と薬を飲む若者、タトゥ入った几帳面青年 etc・・・。
いい出会いが出来ました。

それと、多くの情報交換が出来ました。手持ちのDVDも見せていただきました。1925年や‘68年のアイヌ民族の歴史映像や、コタン・コロ・カムイのイオマンテを映した’84年のNHK特集、北のナヌークの映像などなど、大変、貴重な映像で大興奮でした。

二泊ゆっくりと一緒に過せてとてもよかったです。
今度は、「先住民族サミット」で共にボランティアとしての参加となるでしょうか。
再会を楽しみにしています。以下がヒーリングウォークのURL
http://web.mac.com/pirka.kewtum.apkas/iWeb/Pirka%20Kewtum%20Apkas/home/home.html


ところで・・・ 一日目の早朝、わたしもヨガに参加させてもらいましたが・・・
ご近所の目が(こっそり覗かれていた)気になり、呼吸がまったくできずじまいでした。
なんと言っても、最初とおわりに鼻から息を吸って、こころを落ち着かせながら一気に息を吐き出しつつ「な~~~む~~~~~」と言うのが出来なかった --:
声が町内中に響くんだもの。そうでなくとも怪しいと思われているのに・・・
早速、朝にご近所から「何やってたの?」と聞かれました。

元気な若者は路上でムックリ・ライブをして職務質問受けるし(本人は職質ではなかったと主張)、いろいろありましたが、楽しい出会いでした。感謝。


今晩はさっぽろ自由学校“遊”の講演会で、島崎直美さんが話されます。楽しみにしています。
別ブログにて、アイヌ民族関連イヴェントを実験的に掲載中です。そちらも時々、チェックして頂けたら幸いです。
http://blog.goo.ne.jp/sakura-ive

20日(金)は先住民族サミットの事務局会議で札幌。
翌日は留萌の太子祭に便乗して、教会でフリーマーケットを開催し、中国四川省地震の緊急募金を集めます。
日曜日は礼拝後、興部教会の牧師就任式で興部の日帰り。
忙しい日が続きますが、その合間をぬって「先住民族サミット」に参加する先住民族の皆さんの紹介パネル展示作成も頼まれていますのでやらないと・・・



ウォーク前の出発のお祈り中(アイヌ語で遠山サキフチが祈ってくださったもの)


皆さんはこの山々を越えて南下してくるのです(これは厚田から北の写真)。


アイヌは日本の先住民族!

2008-06-12 07:11:14 | インポート
帰ってきました。先週の後半からの活動報告をします。
6日金曜日に知里幸恵さんの記念会に参加しました。
長旅の準備で少々遅刻しましたが今年も港敦子さん、よかったですね~
幸恵さんの「アイヌ神謡集」の中のユーカラを歌い聞かせてくれました。
彼女の独特な節回しといい、日本語訳を語りの途中に入れる技法(?)といい、
見事です。今回も長い物語ふたつを暗記して歌ってくださいました。
遅刻せずにぜんぶ録音できたらよかったです・・・残念でした。

午後はそのまま札幌を経由して、苫小牧港から仙台、そして山形県小国へ。

そこからは別モードでメディアも目を通す時間がなく過してしまい・・・・
な、なんて重要な時に山ごもりしていたのだろうと、悔やまれる6月6日を過してしまいました。

6日に衆参両会議にてアイヌを先住民族と認める決議がされましたね。
報道によると、全会派満場一致で決議。
さらに、その国会決議を受け、政府は同日、アイヌ民族について「先住民族であるとの認識」を明記した官房長官談話を発表(G8で首相が「声明」を出すという話もあったかと思うのですが、官房長官談話となったのですね)。
それによると、具体的な認定手続きへ向けて「有識者懇談会」を設置することも表明。
先住民族と認定する対象者の範囲、先住権として保障する内容など検討されるもよう。
早急に、且つ誠実に作業をすすめていってほしいです。
懇談会のメンバーに当然、アイヌ民族が入ると思っていましたが、町村長官は「必要な時にご意見をいただく」とオブザーバー参加にとどめる考えを示したとのこと。
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20080607hog00m010004000c.html
当事者が入らないという大変おかしなことです。「有識者」に誰が入り、その検討がどうなされるのか注視したいと思います。


今まで、政府はアイヌを先住民族と認めず、アイヌの声を無視してきました。
どの博物館や関連図書、諸文書を見ても、あえて「アイヌの人びと」と書き、「アイヌ民族」と明記することをしてきませんでした(それは見事なほどだった)。
そのような過ちを早急に訂正することを望みますし、何よりも謝罪をするべきだと思います。
今回、あれだけ報道されたにも関わらず、謝罪に関することに触れた文章は以下だけ!

町村長官は、決議文で多数のアイヌの人々が「我が国が近代化する過程において、法的には等しく国民でありながらも差別され、貧窮を余儀なくされた」とした部分について「政府として改めてこれを厳粛に受け止めたい」と語った。
asahi.com 2008年6月6日13時27分
http://www.asahi.com/politics/update/0606/TKY200806060110.html


謝罪を!
懇談会にもアイヌ民族を!


北海道大学アイヌ・先住民研究センター長の常本照樹さんが、インタビューの中で、アイヌ自身の声を聞くべきことを前提にしつつ、アイヌ民族側の「交渉に責任を持てる全国的体制も必要」と指摘されていました。
http://mainichi.jp/hokkaido/seikei/news/20080607ddlk01010283000c.html
アイヌ民族の団体は「北海道ウタリ協会」だけではありません。ウタリ協会とは別組織の団体、またウタリ協会に入れない道外にもいくつかの団体があります。それらのことを言っておられるのでしょう。
ふと、アオテアロア(NZ)のマオリの、権利回復の話を思い出しました。149年闘い続け、マオリは権利回復を勝ち取りましたが、政府との交渉を行なうにあたり、マオリ自身の体制を整えるのに30年かかったと(民族として蔑まれ、あるいは無視され、さらに分断されられてきた先住民族の歴史の傷みの部分だと思います)。

「先住民族アイヌ」と政府が認めた今、具体的な権利回復のために、わたしたちの出来ることは何かを模索し、行動へと向いたいと願います。




山形から北上し、青森の三内丸山遺跡に寄り(よかったです)、函館の教会を訪ねてセンター活動の協力をお願いし、帰宅しました。
今日は「先住民族サミット」の事務局会で札幌泊です。


知里幸恵さん記念祭

2008-06-06 07:53:37 | インポート

二日、札幌にいました。
4日(水)の夜は、さっぽろ自由学校“遊”の連続講座に参加しました。
北大の小野有五さんが写真やグラフをふんだんに使って、環境の問題から先住民族の話を分かりやすくお話くださいました。

5日(木)は、先住民族サミット事務局の事務作業に行きました。
緊急に手伝いのお願いを募集したところ、3名の方がレスして下さり、
それがまた作業の早いスペシャリスト達で、あっという間に500近くの発送を終わらせました。
とても気持ちがよかったです。お手伝い下さったみなさん、ほんとうに感謝でした。
時間が少々あまったので、「よさこい」でにぎわっている大通公園の屋台でお話しながら一杯やって帰宅しました。


今日はこれから旭川にて知里幸恵記念祭があります。港さんのユーカラ楽しみです。
その後、私用も含めて苫小牧からフェリーで仙台、山形、盛岡、青森(三内丸山古墳)、そして函館の諸教会をめぐり、10日まで出かけます。
いろいろな出会いも含めて楽しみです。途中でPCがつながるようでしたら報告をUPします。

今日は6日。国会でアイヌを先住民族として認める決議が出来るのでしょうか。
大変、気にしつつ、いまから出かけます。


天塩の北にある川口遺跡に立つ竪穴式住居の址に作った再現。
天塩川に沿って230以上の址が確認できるそうです。
再現小屋はいいですね。北大敷地内にも作ればいいと思います。


ピリカ・ケイトゥム・アプカスの皆さん

2008-06-04 08:09:35 | インポート
昨日は天塩、初山別の教会員の家庭訪問を兼ね、足をのばして稚内でウォーク中のピリカ・ケイトゥム・アプカスの皆さんにエールとアメちゃんを届けに行って来ました。

一日目をけっこう飛ばして長距離歩いたようで、就寝も夜11時だったとのこと。
二日目の昨日にすでに疲労モードの方も・・・。
天気がいい上に、まだ歩くペースも出来ていないようですから、今週はきついでしょう。
応援しています。

ウォーキング様子を彼女らのウェブサイトでタイムリーにUPするとのことですが、昨夜からつながりません。
こちらで様子が分かり次第、またお伝えします。

昨日は8名で歩いていましたが、その中で、お年を召された方も参加されており、お話しました。
そうしたら、な、なんと、「静かな大地~松浦武四郎とアイヌ民族」著者の花崎皋平さんではありませんか。
お会いしたいと思っていた方とお話できて嬉しかったです。
思わず、「クオ・ヴァディス?」じゃなくって・・・、「いつまで歩かれるのですか」と伺ったら今日までとのこと。感服します。
彼女達は花崎さんから松浦武四郎さんの話なども聞きながらウォーキングしたのでしょうね。うらやましい・・・。
他にも若い方や、国際色豊かなメンバーで歩きながらの会話も弾みそうな面々でした。
わたしも一日は歩きたいと思います。

帰り道を走りながら、この30分の1のペースで地形や木々を眺めながら歩くと、きっと別の風景を感じられるのでしょうね。



2日のウォーキングのメンバー

今晩はさっぽろ自由学校“遊”の講演会で、小野有五さんが話されます。楽しみにしています。
別ブログにて、アイヌ民族関連イヴェントを実験的に掲載中です。そちらも時々、チェックして頂けたら幸いです。
アイヌ民族関連 イヴェント情報 http://blog.goo.ne.jp/sakura-ive

明日5日(木)は朝から先住民族サミットの案内発送作業の手伝いをしてきます。
明後日6日(金)は、旭川にて知里幸恵記念祭です。
いづれも上のウェブサイトに案内掲示しています



先住民族サミット ボランティア募集!

2008-06-03 00:01:19 | インポート
先ほど札幌から帰宅しました。
先住民族サミットの第2回目のボランティア(サポーター)準備会でした。
まだまだ詰めるべきところが多く、これから忙しくなっていくでしょう。
二年前の五百人を集めての修養会の事務局を思い出し、また耳鳴りひどくなるかもと覚悟しました。
しかし、当日、いま分かっているだけでも18人の世界の先住民族が来られます。楽しみです。

さて、急いで日誌をUPしたのにはわけがあります。
当日を含む前段階での作業ボランティア(サポーターとも言っている)を募集しています。

まずはきわめて単純作業ですが、急きょ、今週の5日(木)、午前から人手が必要な先住民族サミットの案内送付作業です。
9時半に札幌の南平岸駅に集合します。お手伝いできる方はメールにてご連絡下さい。
わたしもいくことにしました。前日がさっぽろ自由学校“遊”の先住民族サミット関連の講演で小野有五さんが話されますから、そのまま札幌に残ります。
500部ほどを封筒に入れて送る作業ですから、たくさんの人がいたら午前中で終わるでしょう。どうぞ、よろしくお願いします。

さらに、当日までのお手伝いは追ってUPさせて戴きますが、7月1日からの開催日当日のボランティアも募集しています。
会場は7月1日から3日午前中は日高の二風谷です。
3日午後からは札幌定山渓の手前にある小金湯の札幌ピリカコタン。
4日目は札幌コンベンションセンターです。

作業内容は、基本的にわたしが担当しそうなところは会場にイスを並べたり方付けたり、駐車場の係をしたりという雑用です。集まった人で上手にまわせば会議の内容も直に聞けるし、いい汗も流せるし、おいしい(?)奉仕であること間違いなし!
今の時点で二十名ほど足りないとのことですから、一日でも半日でもお手伝いいただける方はメールにてご連絡下さい。
よろしくお願いします。


さて、明日は稚内ノシャップ岬にPIRKA KEWTUM APKASの様子を見がてら、彼ら彼女らと朝食を一緒に食べようと思います。その後、天塩と初山別の教会員宅を訪問し、帰宅します。
カメラもやっと修理できて戻ってきたので、あしたから撮ります。




外部接触のない部族が100以上も!

2008-06-02 08:20:23 | インポート
わくわくしました。
アマゾンで外部接触のない部族の集落を撮影したとのニュース。
それによると世界には現在、外部社会と接触を持たない部族が100以上もあるとか。
そんなにいるのですね。
その半数以上がアマゾン地域で暮らしているそうですが、先住民族の権利を守る運動を続けるNPO団体によると、ペルー側に暮らしている部族が森林の違法伐採のためにブラジル側への移動を強いられていて、ブラジル側の部族との衝突が懸念されるというのです。
NPOは国際的な法に則って彼らの領土を守ることの必要性を訴えていました。
CNN/AP  2008.05.30 Web posted at: 20:27 JST Updated -
http://www.cnn.co.jp/science/CNN200805300041.html


もう一つのニュース。
北海道新聞(06/01 00:51)では、アイヌ民族を先住民族とする国会決議」についてのニュースがありました。自民党の大島理森国対委員長が「来週中の本会議にできるだろう」と、六日の衆参両院本会議で決議されるとの見通しを示したようです。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/96245.php
いやいや、今週も目が離せません。旅先であろうとチェックし続けます。


昨日は礼拝後、伝道所のメンバーと山菜採りに行き、てんぷらパーティーをして自然の恵みを満喫しました。
お腹が満たされた後、再度ひとりで山に入ってご近所のお年寄りにウドを採ってきて配りました。みなさん喜んで下さいました。

車で走りながら道路に落ちているクワガタなどの小さい虫を見つけるのが得意ですが、今回、新たな技術を身に付けました。
走りながら、ウド、たらんぼ、美味しそうな蕗など、すぐに見つけることが出来るようになりました。
さすがにワラビは難しいですが、だいたいの目安で探すことが出来ます。
いちばん食べたいキトピロは・・・・無理!

今日の北海道新聞でもうひとつ。
PIRKA KEWTUM APKASヒーリングウォークが無事、出発式を行なったとの記事が掲載されていました
(ただし、ウェブサイトには記事なし)。
今日、エールを送りに行くつもりでしたが、訪問先の教会員の都合で明日に行くことにしました。今日は午後から札幌に向かい、先住民族サミットボランティア会議にでてきます。
修理が終わったデジカメもとりにいきますので、やっとこの季節の写真が撮れます。