アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

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「先住民族サミットin愛知」報告会(WIN-AINU学習会)

2010-11-19 10:51:43 | インポート
当アイヌ民族情報センターの機関誌「ノヤ」の全国発送(2000件)を終えました。
今日からアイヌ奨学金キリスト教協力会の募金趣意書発送です。
来週から約3週間留守します今のうちにブログ更新します。

まず12日の夜は「先住民族サミットin愛知」報告会(WIN-AINU学習会)に行って来ました。
田澤守さんの「樺太アイヌ」の話は考えさせられました。過去ブログにも紹介しましたが、「樺太アイヌ」は他称であって、自称「エンチゥ」だとの主張。
田澤さんは11世紀に元が攻めて来て闘ったのはアイヌではなくてエンチゥなので、旭川博物館の展示は間違っている、と。旭川博物館のHPを調べてみると以下がありました。
http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/files/hakubutsukagaku/museum/syuzo/59-tatakai/59-tatakai.html
確かに「骨嵬」をアイヌと表記していますね。
では、今までの歴史諸書はどう記されているのでしょうか。たとえば河野本道著「アイヌ史/概説」の年表には→「骨嵬」(エンチゥ(カラフト=アイヌ))と表記されています(P.210)。また、同書には「樺太土人調査書」(1930)を資料として、樺太南部でのエンチゥと「北海道各地出身アイヌ」と区別されて居住地図と人口表が紹介されています。
榎森進著「アイヌ民族の歴史」ではどうか、さっとめくって見たのですが「エンチゥ」そのものの記載はありませんでした(見落としている可能性もあり)。ウィルタやニブヒ、そしてエンチゥの違いや歴史を時間のあるときに調べなおしてみようと思います。
他に、南極探検犬のタロ・ジロは「カラフト犬」と言われているがエンチゥの犬だ、とも言われていました。しかも南極隊の防寒服も「カラフト犬」の毛皮六匹で一着を作ったので「カラフト犬」が減少してしまった、そのために生活利用していたエンチゥはたいへん苦しんだ歴史がある、と。

他の方の発題もよかったのですが、ここでは省略させていただきます。北海道新聞のHPの動画ニュースにその時の映像が流れています。飯島さんがこちらにカメラを向けていたので映るかと見てみたら、ばっちし!
http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/video/?c=news&v=676614384001

さて、翌日は朝から夕方まで「公開シンポジウム 人類学とアイヌ研究~日常としてのフィールドワーク~」を聞きに行ってきました。これはいろいろと書きたいことがあるので、もう少し調べて次回に数回に分けて報告できればしたいと思います。 少し、間があきますがあしからず。
夜は喫茶みんたるで「TOKYOアイヌ」の試写会に行ってきました。いい映画でした。一人ひとりに密着した内容でした。ただ、文化人類学会シンポでのモヤモヤした不快感を引きずっての鑑賞だったので、とても残念でした。DVDなど出たら購入したいと思います。
ちなみに、21日(日)に釧路上映会があります。
18:30~19:00 熊谷たみ子さんミニコンサートを予定
19:00 上映開始
◆ 料金  前売り 1,000円 当日券 1,200円
*こちらの上映会では、製作委員会発行のチケットはご利用いただけませんのでご了承ください。
◆ 会場  釧路芸術館
◆「TOKYO アイヌ」公式サイト



朝に留萌の冬に見られる幻想的な風景「ケアラシ」を撮りました。海面から湯気のようなものが出ています。

来週は沖縄で「植民地主義とキリスト教」のシンポジウムに参加するべく沖縄に飛びます。
http://www16.ocn.ne.jp/~nccj-e/osirase.html
続いて、翌日からカナダに行き、先住民族との出会いやカナダ合同教会での学びをしてきます。


明日、明後日のイヴェント紹介

2010-11-10 21:23:28 | インポート
新たな情報を得ました。
札幌での「TOKYOアイヌ」公開試写会はないであろうと予測し、賛同者券を東京の仲間に送ってしままいました。
今回はチケットを買ってウーロン茶注文して観ます。以下、引用。

ドキュメンタリー「TOKYOアイヌ」公開試写会 in 札幌
(監督/森谷博、2010年度、カラー、16:9、116分)
日程:11月13日(土)
第1回 14:30~(14:00開場)
第2回 18:30~(18:00開場)
料 金/協力者は無料 *ドリンク代別  (送付したチケットを必ずご持参ください)
    一般鑑賞希望者 1800円(ドリンク付)
会場/フェアトレード雑貨&レストラン「みんたる」北海道札幌市北区北14条西3丁目1-1



さて、その前日(12日)は、WIN AINUの学習会で先住民族サミットinあいちの報告があります(過去blog参照)。

13日の午前からは、日本文化人類学会のシンポですから要チェックです。
研究する側とされる側。若者の声を聞いてきたいと思います。

公開シンポジウム 人類学とアイヌ研究~日常としてのフィールドワーク~
日時:11月13日(土) 10:00~17:00(9:30会場)
場所:北海道大学学術交流会館 第1会議室
午前:アイヌ・先住民研究の現場から 
岩崎グッドマンまさみ(北海学園大学人文学部)→「調査する側と調査される側」
加藤博文(北海道大学アイヌ・先住民族センター)→「誰のための何のための研究か」

午後:アイヌ文化展示の現場から
北原次郎太(北海道大学アイヌ・先住民族センター)→「アイヌから見た人とモノ」
山崎 幸治(北海道大学アイヌ・先住民センター)→「博物館のアイヌ展示に集う人たち」

若者が語るアイヌ研究と伝承の未来
北海道でアイヌ研究を目指している学生、およびアイヌ文化の伝承者となるための訓練を受けている若者を招いて、将来のあるべき姿を語る。
総合討論
主催:日本文化人類学会 TEL:03-5232-0920
http://www.frpac.or.jp/event_s/event_s_SearchDetail.aspx?ID=2510



秋に見つけた花です。名はなんと言うのでしょう。


アイヌ政策室北海道分室開設

2010-11-09 19:56:02 | インポート
11月8日の読売新聞でニュージーランド政府が欧米などの博物館や美術館に入れ墨が施された先住民族マオリの戦士の干し首「トイ・モコ」を返還するよう呼びかけているというニュースが出ていました。
http://www.yomiuri.co.jp/column/world/20101108-OYT8T00339.htm?from=navlc
リンク切れは→http://blog.goo.ne.jp/ivelove/e/7ee886e73545434c7472270740ff4cf8

「トイ・モコ」は欧米では「美術品」として珍重されていて、17世紀以降、欧州系移民の間で美術品として商取引の対象となり、「干し首を輸出する目的で殺される例すら後を絶たなかった」とも記載。しかし、マオリにとっては「先祖の遺体の一部」だと、返還を要求したと。
これらに応じると、ルーブル美術館が所蔵するエジプトのミイラなど旧植民地から集めた他の展示品への影響もあるのではと、仏が難色を示したそうですが今年5月の仏国民議会(下院)にて返還を可能にする法案をほぼ全会一致で可決。

このニュースで目を引いたのは、入れ墨で埋め尽くされた頭部は入れ墨の部位やデザインから名前や所属部族・職業・地位などを割り出したり、子孫との血縁を証明したりすることも可能な、いわば「身分証明そのもの」(マオリ族の男性)なのだ、と。それらを取り戻し、ニュージーランドの国立博物館は、展示せずに出身地を調べて子孫に戻す方針を取るとのこと。

ニュージーランド政府がマオリを研究対象にしているかどうかの歴史や、研究していた場合のマオリの了解と共働があるかなど、また、先住民族サミットなどで出会ったケントさんやエディさんに伺う機会を持ちたいと思います。

お二人ともマオリのナイタフ族。エディさんとわたしたちセンタースタッフのディヴァンさんとが今回のサミットで仲良しになり、台湾ブヌン民族とマオリは良く似ていると話しがあったそうです。エディさんもキリスト者で伝道師を目指そうかとも考えておられるとか。いつかアオテアロアに行こうとディヴァンさんと話しています。


先日の「先住民族サミットinあいち」二日目の会場となった「愛・地球博記念公園」を歩いていると、小さな池がありました。
のぞいてみると、水面に何かが写っていて、わたしを見つめているではありませんか。見上げてみると・・・(下写真)


さて、もう一つのニュース「日本政府がアイヌ政策室北海道分室を開設」が各新聞に書かれています。
(北海道新聞 11/08  http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/259132.html )
「民族共生の象徴となる空間」の候補地決定や具体像づくりで、東京の本室と道内の関係機関との連絡、調整役を担う目的で、札幌市北区の札幌第一合同庁舎内に設置したそうです。

 「共生空間」作業部会についてはアイヌ政策室において今年の3月に設置。作業部会の会議内容は遅ればせながら、やっと過去開催分の議事録はHPで見ることができるようになりました(但し、「概要」です。また、当日配布の資料もUPしてないので「概要」で資料の言及がなされても分からず)。
 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/kaisai.html

第7回議事概要(9月27日開催)には、作業部会での合意事項が、「1.候補地の要件について」と、「2.具体的機能の整理、他の取組みとの役割分担等の考え方について」以下の通り記されています。

(候補地の要件)
・広大な自然空間(海、山、川等)や、豊かな自然環境が存在すること
・文化実践者・伝承者、学芸員等の人材が豊富に存在し、活動実績や素地があること
・歴史、文化等の紹介・展示・体験等の施設や機能(博物館等)が存在し、活動実績があること
・地域のアイヌの人々による自主的な文化実践・伝承等の活動、取組みの実績があること
・アイヌ文化の実践等に必要な植生のうち、共通性の高い植生が存在すること
・地元の理解があり、協力体制が既に構築されていること又は構築可能であること(地方自治体、地域住民、民間団体等)
・観光振興の観点も踏まえ、国内外の人々が訪れやすい地域 等


ここまで作業部会で合意したとのことですが、最初のニュースに関連することですが、「遺骨」に関しては、まだ、審議中ということでしょうか。

第6回議事概要では、それぞれの委員が自分の意見を言いっぱなしで終わっています。と言うか、意見は箇条書きのみで、誰が発言したかも書かれていないので(一人が異なる意見を言っているかも?)、正確にはかわりませんが、たとえば一人は「人骨問題に関しては尊厳ある慰霊と研究による成果還元の両立を求めたい」と研究賛成の意見を述べている一方、もう一人(?)は、「慰霊と研究を同列に扱うことは出来ない」と否定的です。さらに、この方の意見を見ると、現実、いますでにいくつかの大学でアイヌ人骨を保管しているのだから、アイヌ民族と協議して、大学で研究すればいい。新しいところで慰霊施設も作るとなると、その地域にも理解をえなくてはいけなくなるよ、と(わたしの解釈・補足も含めて書いています)。
この議事録概要には最後に「合意」が書かれていませんが、最後のほうに以下の一行があります。
「人骨問題は、徹底的に論議が必要。アイヌ側の創意集約が前提」
と。これが意見を言い合った後の合意ともとれますが、あくまでも議論途上ということでしょう。

気になります・・・・
アイヌ政策室は、日本国内外の大学や研究施設(者)の所有しているアイヌ人骨の把握をしているのかどうか?
昨年の10月29日に文化庁の委託で北大アイヌ・先住民研究センターが委託を受けて「アイヌ文化に関する研究の推進・連携等体制構築の検討事業」に係る調査がなされました(10/3/23blog参照)。その際の調査対象の「出土文化財」の項目には、「人骨は除く」とありました。その後、別に調査をしたのでしょうか(知人からは聞いていませんが)。さらに、海外に出ていった人骨の調査は?(最近、海外に出かけられた方がおられるとの情報を得ましたが)。
もちろん、現時点の遺骨の把握だけではなく、入手経路やそれに問題性がなかったかなどの詳しい調査も必要だと思います。
アイヌ民族への研究のあり方や遺骨収集の問題点を問い正し続けている小川隆吉エカシは10月16日付の北海道新聞夕刊にて、「過去をきちんと反省した上で研究してほしい」と述べています。反省や謝罪の面ではどうなのでしょう。

やっと、分室が北海道に来たのですから、アイヌ民族の皆さんもどんどん分室に行って意見を言われたらいいでしょう。


上を見ると、天井に穴が開いていてスノーマンがのぞいていたのです!こういう遊びは好きですね~


イタカンロー

2010-11-07 08:16:09 | インポート
6日はノヤ入稿のためもあって、北大で開催していた「第14回アイヌ語弁論大会「イタカンロー」を観て来ました。
毎年、感心するのがこどもの部。今回もみんな頑張っていました。ひときわ目立ったのが秋田からの出場の田澤天翔くんの「シマフクロウ神の謡」(「『アイヌ神謡集』を読みとく」片山龍峯より)。そうとう長いものですが、すべて暗唱したではありませんか。しかも「シロカニペランラン」の部分を高く歌い、他にも抑揚をつけて! たいしたものでした。
札幌市立石山南小学校6年一組の17名が二組に分かれて輪になり、アイヌ語でサザエさんと大きな古時計を輪唱しました。大きな声でリズミカルに歌われたのがとても良かったです。

おとなの部では、先日、さっぽろ自由学校“遊”でお話を伺った木村君由美さんがコムニフチ(カシワのおばあさん)をリズミカルに謡われました。また、堀多栄子さんはお子さんをおぶりながらイフンケ(子守唄)を謡われました。ホロルセという舌を震わせながらリズムを取るのが印象的でしたし、おぶられたお子さんがぐっすりと気持ちよさそうに寝ていた姿が目に焼きつきました。
午後も聞きたかったのですが、残念ながら翌日の準備のために会場を後にしました。
どの皆さんも一生懸命にアイヌ語を学び準備されたことでしょう。今後のご活躍をお祈りします。



WIN-AINU学習会の案内が届きました。以下、引用します。

「先住民族サミットin愛知」報告会
2010年11月12日(金)  18:30~21:00
北大大学院地球環境科学研究院講堂(D棟201)
※参加無料:資料代500円 (先住民族サミットの資料です)
プログラム
・挨拶:萱野志朗(WIN-AINU代表)
・生き物からのメッセージと先住民族サミット(秋辺日出男:WIN-AINU 事務局長)
・先住民族と生物多様性(小野有五:北大地球環境科学院;WIN-AINU国際部)
・先住民族サミットの意義 (稲村正也:愛知県立大学教授 {予定}) 
・先住民族サミットでの海外先住民族との交流(島崎直美:WIN-AINU役員)
・先住民族の語り(結城幸司:WIN-AINU副代表)
・田澤 守氏~樺太アイヌ
・畠山 敏氏~紋別の海と産業廃棄物
・阿部健一氏~里と里をつなぐ「関係価値」
<資料報告から>
・越田清和氏 ~COP10(生物多様性条約締結国第10回会議)と先住民族


資料は先住民族サミットの資料だと書いていますのでいい資料になります。
田澤守さん、畠山敏さんのお話は当日に直接は聞けませんでしたので楽しみです。



北大キャンパスの紅葉はとてもきれいでした。たくさんの人がカメラを手に、いろいろなアングルで写真を撮っていました。
わたしも急ぎ足で見とれながら歩いていましたが、思い切って一枚シャッターを。直に見たときはなんとも美しく柔らかく落ち葉が重なり、そこに木漏れ日が当たってきらきらしていたのですが・・・それを写真に写すのは技術がいるのでしょうね。

ノヤ最新号の入稿を終えました。近く、巻頭言がHP内の「メッセージ」に掲載されます。
ノヤの編集には一昨年に大阪東十三に移られた斎藤成二さんが今も時間を割いて協力して下さっています。
本当に感謝です。
5日のアイヌ協会札幌支部の学習会へはノヤ原稿の最終チェックが急遽はいり、残念ながら行けずでした。近く、参加された方に感想を伺おうと思います。


千島の地名

2010-11-05 04:35:02 | インポート
時事ドットコム(2010/11/01-12:05)に国後島の説明が載っていました。
 北方四島の一つで、面積は約1500平方キロ。沖縄本島よりも広く、北方領土では択捉島に次いで2番目に大きい。島名はアイヌ語の「草の島」に由来する。中心地は古釜布(ユジノクリリスク)。第2次大戦後はロシアが実効支配し、人口は現在6000人以上。以下、略。
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010110100309
上記、リンク切れの場合は下記(アイヌ民族関連報道)へ
http://blog.goo.ne.jp/ivelove/e/19450d20a195a0d0ef27621f3c996e88


そこで、山田秀三著「北海道の地名」(草風館)で、近辺の地名を調べてみました。
山田さん自身も千島諸島には行った事がなく、従来の記録などで輪郭だけを記述していました(P246ff)。いろいろな説が蝦夷知名解や最上徳内の蝦夷草紙などを引用して記されていますが、ここでは絞って簡単に紹介します。
国後 「夷語でキナシリ。キナ(草)、シリ(島)」
色丹 「シ・コタン=大きい・村」
歯舞 「アポマイ=氷島」
水晶 「シ・イショ=大・磯」
志発 「シベ・オチ=鮭・(多く)いる(島)」
多楽 「タラ・ウク・モシリ=鱈を・取る・島」、または「トララ・ウク=皮紐を・取る」
択捉 「エトゥ・オル・オ・プ=鼻水・所(鼻水をたらしたような形の石があった)」
    (1945年版北海道駅名ではエト・オロ・オプ=岬のあるところ)
得撫 「ウルップと云魚ある故にウルップ島とも云といへり」
    (知里真志保動物編でウルップは紅鱒)
新知 「シ・モシリ=大きい、主たる・島(この辺の小島中の主島ゆえか)」
    (1945年版北海道駅名ではシュム・シリ=西・島)
羅処和 「ルシ・オ・ア=毛皮が・そこに・豊富にある」
捨子古丹 「シャク・コタン=夏の村」
温弥古丹 「オンネ・コタン=大きい・村」
幌筵 「ポロ(パラ)・モシリ=大きい(広い)・島」
占守 「シュム・シュ=油・鍋」、または「シュム・ウシ=南に・ある、入る」

説がたくさんあって、山田さんもわからないと書いているので、どれを紹介したらいいか迷いますが、関心のある方は著作をご覧ください。
少なくとも、千島アイヌが古くから住み、アイヌ語に語源があることは紹介できたか、と。
ロシアとの領土問題が言われていますが、その議論にアイヌ民族の位置づけと彼ら彼女らの意見を聞くべきだと思います。


今日は出来れば夕方に札幌に向かいアイヌ協会札幌支部(国際・人権部)主催「アイヌ民族の『先住権』学習会」に出てきます。
明日はイタカンローを楽しみにしています。皆さん、最後の練習に励んでおられることでしょう。
わたしもいつか出てみたい・・・・



二週間ほど前の澄んだ夕暮れ時です。
このところ留萌は雨ばかり。時々みぞれに変わり、とても寒い日が続いています。
しかし、こどもたちは元気です。昨日、機関紙ノヤと奨学金募金趣意書の発送作業をしていたら、10人ほど遊びに来ました。そのうちの5年生が手伝ってくれるというのでお願いしました。するとなんと早いこと!! 全国の日本キリスト教団の教会の宛名シール貼り1700件が40分しないで完了。その手際よさに感動(涙)。但し、若干、荒いところもあったので皆さんの宛名が曲がっていてもお許し下さい。作業中に4年生がホットケーキを焼いてくれたのでみんなで食べて1時間ほど遊びました。


アイヌ民族復権の運動記録を映画に!

2010-11-04 12:52:40 | インポート
北海民友新聞の9月30日付に「産廃処理施設、本格工事スタート~元紋別の山中にリテックが建設」の記事が出ました。元紋別の豊丘地区に建設する産業廃棄物総合処理施設の工事が本格スタートしたとのこと。
http://blog.goo.ne.jp/ivelove/e/fa3d1f7092da39ecce8dbbab11ff1aa4

これに異議申し立てをしているアイヌ民族の漁師畠山敏さんは先月に名古屋で開催された先住民族サミットinあいちでアピールされましたが、今回、北海道新聞(11/02)で、新たな動きがあったことが報じられていました。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki4/258260.html
なんと、映画監督の藤本幸久さんが畠山さんを追ったドキュメンタリー映画の撮影を始めたとのこと!
藤本監督といえば「アメリカばんざい Crazy as usual」(2008年、森の映画社) を見ましたが、たいへん衝撃的なドキュメンタリーでした。
期待します。以下、道新記事引用。


アイヌ民族復権の運動、記録映画に 藤本監督 来年、紋別で撮影
(北海道新聞 11/02 14:18)
 【紋別】十勝管内新得町の(56)が道アイヌ協会紋別支部長で民族の権利回復運動に取り組む畠山敏さん(68)を追ったドキュメンタリー映画の撮影を始めた。来年1年間は紋別に滞在して畠山さんに密着する。アイヌ民族は「道内に移り住んでから意識してきた大きなテーマ」と語り、決意を示している。(竹中達哉)
 藤本さんは三重県四日市市生まれで早大卒業後、東京でドキュメンタリー映画の制作に携わった。1995年に新得に移住。米軍基地問題などを取り上げ、戦争と平和について問題提起をしている。
 藤本さんは権利回復運動について「民族が虐げられた歴史を痛みを伴う感覚で見てきた。ずっと向き合いたかった問題」と述べる。
 紋別市元紋別に建設中の産廃施設をめぐり、建設反対派の住民らが9月下旬に札幌で開いた決起集会に参加。「建設地はアイヌ民族の聖地」と訴える畠山さんの主張に聞き入り、質疑応答の時間に「産廃問題を含めて、アイヌ民族の活動を撮りたい」と公言した。
 10月上旬に紋別を訪れ、早速、畠山さんと産廃施設の建設地に赴き、カメラを回した。
 畠山さんはアイヌ民族伝統の捕鯨法の復活や藻別川のサケ・マス資源管理権の獲得を国や道に求めている。映画制作については「なかなか口にする機会がない自らの思いを形にしてもらえるのがありがたい」と歓迎する。
 藤本さんは来年、撮影スタッフと紋別入りし、撮影を本格化する。映画公開は再来年以降を予定。「四季を通した命の営みと産廃問題の行く末をじっくり見ていきたい」と話している。


紋別の動きは「モペッ・サンクチュアリ・ネットワーク」blogに詳しく書かれています。
http://mopetsanctuary.blogspot.com/

そこに、なんとイヴェントの紹介がありました。
アイヌ協会札幌支部(国際・人権部)主催で「アイヌ民族の『先住権』学習会」が明日の午後6時から札幌市ボランテイア研修センター第1 研修室で行われるとのこと。第1回目のテーマは「先住権って、何?」講師は市川守弘弁護士さん。

このところ機関紙ノヤと、アイヌ奨学金キリスト教協力会の募金趣意書作成で部屋にこもっていたので、明日は行きたいと思います。6日のイタカンロー(アイヌ語弁論大会)も観てきます。



先週の木曜に、日本キリスト教協議会教育部の大嶋総主事が11月に沖縄で開催するシンポジウムの打合せに来られました。川村カ子トアイヌ記念館や旭川常盤公園にある風雪の像などをご案内しました。空港まで行ったので少し足を伸ばして美瑛・富良野へ。美瑛の新栄の丘からの眺めは・・・この季節はきれいとは言えませんでした・・・・