アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

アイヌ新時代~若者たちと語り合う、民族の現在と未来 最終回

2010-09-30 21:34:23 | インポート
27日(月)はチ・カラ・ニサッタの久しぶりの集いに参加。情報交換と今後について協議をしました。
気がつくと4時間近くにもなり、方向性を確認して解散。
とりわけ10月10日の北大のシンポジウムを聞こうということになりました。詳細は以下。
http://www.cais.hokudai.ac.jp/event/e_sympo.html

28日は午後に時間を見つけて「『アイヌ語知名を歩く』2010小樽」をゆっくり見てきました。瀬棚では気づきませんでしたが資料集が250円で売っていましたので購入。興味深いこともたくさん書いてありましたので時間があればいつか紹介します。

夜はさっぽろ自由学校「遊」の講座「アイヌ新時代~若者たちと語り合う、民族の現在と未来」第5回最終回で川上将史さんのお話を伺いました。
川上さんは平取町二風谷で生まれ、日常の風景の中に母親がアイヌ刺繍を作っていたり、ところどころの会話でアイヌ語用いられていたり、父方の祖父が書いた「サルウンクル物語」を小さい頃から読んで育ったとのこと。
2003年に平取町アイヌ文化基盤創出事業に半年勤め、イナウの削り方やカムイユカラ・ウエペレケなどを文献や音声データーをもとに学ばれたそうです。
その期間で特に印象深かったのは、プ(食料庫)作りで山に木を切りに行った際、自分の指導者が切る直前にこうアイヌ語で祈った場面。
「木の神さま、尊い神さま、天から降ろされた神さま、あなたさまに向かってわたしはお祈りしています。わたしは先祖の風習もままならないものでありますけれども、あなた様はこれからプになってくれるので、こうしてわたしはお祈りしているのです。たばこでもってお祈りしています。」
祈りのことは聞いてはいたけれど目の当たりにしたのは初めてだったとのこと。

その後、さらに半年間、アイヌ文化環境保全対策調査室に半年勤務。
この事業は計画中の平取ダムが出来ることでアイヌ文化にどのような影響があるかを調べるもの。アイヌ民族が用いていた動植物物や重要な場所(チノミシリというアイヌ民族個々の聖なる地)が沈むのではないかという調査をレット・データーブックなどを紐解きながら調査したようです(もう少し詳しく聞きたかったです)。

現在は、2008年から北大アイヌ・先住民研究センターにて、技術補佐員とアイヌ文化担当として勤務。こども達にアイヌ語を伝えられたらと月に一度は平取にアイヌ語教室に通ったり、FMピパウシにも出演(最終目標はアイヌ語で会話をすること)。
さらに、ニカオップ(過去ブログ参照)での学びも、新しいことばかりなので楽しみながらやっておられるようです。

わたしの彼の印象は、北大センター開催の講演で一生懸命にマイクチェックやプロジェクター調整をしている(技術補佐員としての)姿。
そして、昨年3月だったか、コンサートで現代音楽をBGMに流してカムイユカラを朗々と歌った姿。
後者の件について、ご本人が少しお話くださいました。
「ハイブリットなアイヌ文化」を意識してBGM(ロック調?)を流しながらやったけれど、実際はBGMのテンポに合わせなければならなかったので難しかった、と。普段は、自分がリズムを打ちながら、興奮するところはアップテンポにして自分のペースを守りつつやれるのに、と。
なるほど・・・・難しいですな。シンセサイザーのようにBGMのテンポも指一つで変えられたらいいのに・・・。
今回の感想は、川上さんの真面目で一生懸命な姿に感銘を受けたことです。ご本人曰く、「アイヌ伝承を自信をもってされておられる方や、伝承を一生懸命残そうとされる皆さんがすごくかっこいい」と。
そう言いつつ、謙虚にエカシ達を追い続けている川上さんがとってもかっこよかったです。
着実な姿勢を保ちつつ、じっくり自信を持ちつつ歩まれますように、今後のお働きをお祈りします。

もう一つ、興味深かったのは質疑でのこと。市民を巻き込んでの「遊」らしく、質問も素朴なものでした。
素朴ゆえにアイヌ民族の皆さんにとっては、「もっと歴史を学びなさい」という苛立ちもあったのは否めませんでしたが・・・。
この辺りに関しては、萱野茂さんの「壊れたレコード」発言を例にしつつ、アイヌ民族に同じ事を繰り返し答えさせることのないようにと書かれた上村英明著「知っていますか?アイヌ民族一問一答 新版」(解放出版社2008/1/10)を参照されるのがいいでしょう。

わたしにとっては、このような意見が「一般」なのかと学ばされました。しかし、それでも今回来られた方たちは、仕事帰りから直接「遊」に向かっているかの方だったり、アイヌについて学ぼうという真剣さを感じる方たちだったとわたしには写りました。また機会があれば、是非ともお会いしてゆっくりお話しを伺いたいです。

その後、内々で一杯やっているところに、原田公久枝さんと数日前にフォレスト・ストーリーに出展されてお会いしたsayoさんとが合流!sayoさんには絵葉書とエコバックを数部委託として預かることをお話できました。当センターでも販売したいと思いますので、乞うご期待!



久しぶりに虹を見ました。皆さんに祝福をお祈りします。


北教組「アイヌ民族の学習」を薦めるための指針

2010-09-27 08:49:34 | インポート
自由学校「遊」連続講座「アイヌ新時代~若者たちと語り合う、民族の現在と未来~」最終回が明日の28日にあります。山道陽輪さんをゲストにお迎えする予定が都合により変更。
新たなゲストは現在、北大アイヌ・先住民研究センター職員としてご活躍中の川上将史さん(Tukkantam)に、ご自身のアイヌ語・アイヌ文化との出会いや関わり、現在の活動や今後についてなどお話をうかがうとのこと。
この数年、よく頑張っておられる姿を拝見していました。先日の登別の銀のしずく記念館チセノミでも会い、少しお話しさせて頂きました。明日は楽しみです。

アイヌ新時代~若者たちと語り合う、民族の現在と未来~
第5回 川上将史さんを迎えて
日時:9月28日(火)18:30~20:30
会場:さっぽろ自由学校「遊」
参加費(単発):一般1,500円 会員・アイヌ民族1,000円 学生500円
●川上将史さんプロフィール
 平取町出身、札幌市在住。北海道大学アイヌ・先住民研究センター職員。チーム・ニカオプのメンバー。



瀬棚ファーム・ブレッスド・ウインド農場のイベリコブタ


北海道新聞(2010/09/22) のピヤラ「アイヌ民族の今」で、北教組のアイヌ民族に関する人権教育検討委員会報告「『アイヌ民族の学習』を進めるための指針」をはじめて作成し、組合員に配布したことが取り上げられていました。留萌の教会員のSさんからその資料を頂いていましたので興味深く読みました。
http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/piyar/103911.html

この「指針」は8月20日に職場討議資料NO.1として発行されています。はじめにアイヌ民族の現状を3月に全道で行ったアンケートを元に分析。09年度にアイヌ民族に関わる学習をしたかの問いに対し、小中全体で40%がしていないと回答。う~ん、推進機構の学習資料が全員に配布されている小学4年生と中学2年生の個別の結果がほしいですね。
「していない」の理由トップは「時数確保が困難」が62%、「教科書に記述がない」36%ありました。しかし、どこの学校も忙しく教科書記述がないわけだから「もう少し追求の工夫も必要ではないか」と書かれています。その通りですね。

「差別の実態認識」については、「実態を認識していない」が小学校で97%、中学校で94%、全体の96%にもおよんでいます。差別がないのではなく、認識されていないことの問題が指摘されていました。
4%の「認識している」を回答した人の自由記述された差別実態として
・家庭で「アイヌの子と付き合うな」と教えていて、学校で指導してもいじめが再発することがあった。
・「○○さんはアイヌ顔だよね」という言葉を以前聞いた。
・裏で悪口を言っているケースがある。

他に身体的な指摘や、差別的な呼び方、アイヌと聞いただけでバカにするような空気を感じるなどがありました。ここに記されたのも32項目中の一部との添え書きがありましたから、4%の「認識している」先生たちはよくよく差別の現状に向き合わざるを得ないということでしょう。「指針」は「わたしたち教職員自身が差別を見抜く人権意識を高めていく必要が求められている」と加えています。

さらに、学習の到達点と課題について調査されていました。まずは各教科書での記述検討、次に副読本の検討。70の各市町村からの回答から副読本でのアイヌ民族に関する記述は平均では4,5頁。内容を見ると、文化についての記述のみが多く、歴史に関しては三分の一のみが「アイヌ文化期」以前の歴史に触れている。しかし、シャクシャインの戦いについての記述は12市町村のみ、コシャマインの戦いに至ってはわずか3市町村のみ。「商場知行制」「場所請負制」という言葉はほとんどないという結果が出ています。他、様々な指摘がなされています。留萌は分析に入っていないので副読本そのものがないのか?確かに息子達が持ってきた記憶がありません。今度、聞いてみようと思います。

課題に加えて学習方法も詳しく書かれて全体が59頁におよぶいい討議資料だと思います。北教組のみなさん、しっかり学んでください。


今夕は久しぶりのチ・カラ・ニサッタの集いがありますので札幌に行きます。


感動!フォレスト・ストーリー

2010-09-26 07:33:05 | インポート
24日は清水町で開催されているフォレスト・ストーリーを見学に行きました。
結城さんの版画作品はいろいろなところで拝見していましたが、今回は初めて出会う作品が多く、
agueさんのシルバーによる彫金作品は、繊細、かつ、おしゃれにシックで感動。わたしには手が出ない高価なものでしたが、それ相応のものです。
sayoさんの絵は、かわいい! 思わず、熊の絵のエコバックと狼の絵葉書を購入。今回の展示品のほとんどは虫にアイヌ文様が見事に描かれているものでした。それらも絵葉書になったら買いたいです。
shogoくんの切り絵も、カッコよかったです。アイヌ文様を上手に用いながら切れのあるものでした。
縄文工芸作品を作るatsushiさんのも趣がありますね。熊が立っているのは家に飾っておきたいですし、土偶ランプもほしいですね。

今回は、たまたまagueさんと sayoさんが会場におられたので少しお話できました。お二人とも東京在住とのこと(今回の5名は結城さんを除いて全員が東京在住)。若手がそれぞれのジャンルでアイヌアートを豊かに展開させているのに感動しました。今後のご活躍を祈ります。


作品をここで紹介できたらよかったのですが、写真は個人鑑賞のみでした。残念・・・・
それぞれのWEBサイトなどが分かりましたらご紹介しましょう。


夜は台湾ブヌン民族の10名が千歳に着くのでお迎えに行きました。が、乗ってるはずの便から降りて来ない。あわてて飛行会社に団体が搭乗したかを聞こうとすると、それは個人情報ゆえに答えられないと。方法はこの空港で呼出放送をするか、相手空港で呼出放送をするかぐらいだと。こちらには降りて来なかったので相手空港に確認をするべく、今回、協力してもらっている旅行会社に連絡をしようとしたら・・・いたっ! 旅行会社側がひとりの漢字名を書き間違えたため、次の便に乗って違う出口から出ていたのです。あわてました。

25日はブヌンの皆さんと白老のポロト・コタンの見学に行きました。チセでの解説はハングル・ペキン語・英語・日本語での見事な使い分け。毎回のことですが皆が笑いの渦に巻き込まれました。
事前に10名以上ですとアイヌ料理をひとり千円で用意してくれます。チェプオハウ(鮭の汁)、いなきびごはん、お団子、それに、魚料理とアイヌ伝統ハーブティー(日替)。ご飯と汁はおかわり自由。美味しく頂きました。

帰ろうとすると、ブヌンの皆さんがお礼に歌を歌ってくださると言うので、たまたま通りかかった佐々木利和さんをお呼びして、この方が今後のアイヌ政策のために重要な働きをしてくださっている方で、皆さん、権利回復のために彼のことを覚えてお祈り下さいと紹介させていただきました。それはとても大切な働きだ、是非、しっかりやっていただきたいと叱咤激励。そして、素晴らしい歌声をわたしたちにプレゼントしてくださいました。
佐々木さんは前に働いておられた民博の「友の会」の皆さんをご案内中で、せっかくですからと、すでにバスに乗り込んだ友の会の皆さんを呼び寄せて、アンコール依頼。ブヌンの皆さんは快く引き受けてくださり、これもまた素晴らしいハーモニーをご披露くださいました。
佐々木さん、頼みますよ~。



夜は江別の対雁強制連行の劇に行こうと思ったのですが体力切れで帰宅。もう少し留萌に近ければ行けたのですが。


ムックル作り

2010-09-24 06:37:42 | インポート
アイヌ政策推進会議には現在、二つの作業部会があり、作業をしています。
各々の構成員は以下の通りです。

1民族共生の象徴となる空間作業部会
部会長
 佐々木利和  人間文化研究機構国立民族学博物館教授
構成員
 加藤 忠 (社)北海道アイヌ協会理事長
 川上 哲 (社)北海道アイヌ協会副理事長
 佐藤幸雄 (社)北海道アイヌ協会事務局長
 篠田 謙  国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長
 常本照樹 北海道大学大学院法学研究科長・法学部長
 北海道大学アイヌ・先住民研究センター長

2北海道外アイヌの生活実態調査作業部会
部会長
 常本照樹 北海道大学大学院法学研究科長・法学部長
        北海道大学アイヌ・先住民研究センター長
構成員 
 阿部一司 (社)北海道アイヌ協会副理事長
 佐々木利和 人間文化研究機構国立民族学博物館教授
 佐藤幸雄 (社)北海道アイヌ協会事務局長
 本田優子 札幌大学文化学部長
 丸子美記子 関東ウタリ会会長


ふと、あらためてメンバーを見ると、推進会議のメンバーではない方が入っています。
加えて、推進会議のメンバーでありながら作業部会に振り分けられていない方もいます。会議録を見ると、第1回ですでに作業部会を開くと人選もされて振り分けられ、その後の全体会議は約半年後の8月に一度しか開催されていません。その間の各作業部会での詳細な議事録と説明は推進会議のメンバーに正しく伝えられているのでしょうか。それとも「議事概要」だけをもらっているのでしょうか。
また、それぞれにアイヌ民族の皆さんが数名入っていますが、アイヌ民族全体の要望や意見を反映させているのでしょうか。
いまいち分かりずらいところです。
10月10日の北大での説明会と9名のアイヌ民族からの意見ではこの辺りの疑問を答えてくれることを期待します。常本さんも佐々木さんも作業部会両方に入っておられますから、一番ご存知でしょう。
アイヌ協会の佐藤さんもだぶっておられますね。このお三人がよくよく流れを把握されているのですね。


秋の空  寒くてジャンバーを着ています。

昨日の23日は、旭川カムイコタン祭のお手伝いに行ってきました。昨年同様、ムックル(旭川アイヌ語方言)作り体験コーナーにいました。今回はみなさんが興味を持たれ、短い時間で28本の製作のお手伝いをしました。その内、三本をわたしが作ってプレゼント。なかなかいい音に仕上がっていると自信を持ってきたのですが・・・・今回は大きな壁に当たりました。と言うのも、作成中に削り具合を耳で確認したところいい音になっているので紐を付けて鳴らして見るとぜんぜんだめなのです。その後、少し削りなおすということを何回もしてしまいました。
そのことを川村久恵さんに報告すると、そういうものなのだ、と。「いい音がしてきたな、と思ったところ、あとひと削りが大事なの」。なるほど~。前回に、こどもが一生懸命に削ったものを手直しするつもりで削りすぎてしまい、だめにしたのか数本あったので、おのずとブレーキがかかっていたようです。恐るべしムックル。奥が深い!
秋から冬にかけての安全を祈ってのカムイノミや踊りは、留守中のお店の番で見られずでしたが、たのしいひと時でした。
9月25日(土)は、旭川でもアシリ・チェップノミが開催されます。

今日は清水町で開催されているフォレスト・ストーリーを見学に行き、夜は台湾ブヌン民族の10名が千歳に着くのでお迎えに行きます。明日は皆さんと白老のポロト・コタンの見学。夜は江別の対雁強制連行の劇に行けたらと思います。


幸恵さんの最後の手紙

2010-09-22 19:09:29 | インポート
17日の登別での銀のしずく館チセノミの際に、二階に幸恵さん自筆の手紙が拡大して展示しているのを見つけました。
内容から結婚不可という病状告知を受けた後の両親に宛てた手紙かと思い、調べてみると藤本英夫著「知里幸恵 十七歳のウエペレケ」(草風館)に一部引用されており、1911年9月14日に両親宛に書いたものと分かりました。
自分の身体の弱いことは誰よりも一番良く知っているけれども結婚生活への憧れを持っていたゆえに最後の宣告は大変つらいものだった、と。ここまでは前掲書P30にも引用紹介されています。

しかし、その後に連ねられている言葉に変化が見えます。
「はっきりと行手に輝く希望の光明をわたしはみとめました」。
過去の罪深さゆえに今の苦しみをあじあわねばならかなったから心から懺悔する、とあり、
「そして、其の涙のうちから神の大きな愛をみとめました。そして、私にしか出来ないある大きな使命をあたへられている事を痛切に感じました。それは愛する同胞が過去幾千年の間に残しつたへた、文藝を書残すことです。その仕事は私にとってもっともふさはしい尊い事業であるのですから。・・・略」
と、続くのです。闇をくぐりぬけて希望を見出した、愛する同胞が口伝し続けたユーカラを書き残すというわたしにしか出来ない大きな使命を感じた、と。ググッと心にくる言葉です。
病と闘いながら最後まで力を振り絞って使命のために生き抜いた幸恵さんに感動します。彼女のこの働きがアイヌ民族のすばらしさ豊かさを世に示し、誇りを取り戻す一助になったのでしょう。

彼女がもっていた信仰について(罪をどうとらえておられたか、救いは?)に関しても、より深めていけたらと考えています。10月4~5日の登別・白老アイヌ民族フィールドワークも楽しみです。たくさんの方に来て頂ければ幸いです。


幸恵さん自筆の手紙一部

幸恵さん関連で、旭川六条教会の会員である中島さんが中心になっている「知里幸恵を歩く会」が、以下の日程で幸恵さんが通った旭川区立職業学校跡地から下校の通学路を歩こうと計画されています。

没後88年。彼女の足跡を追い、彼女の闘いを心に刻む。
「知里幸恵が歩いた道のり Part8
日時:2010年9月25日(土)

第1部 幸恵さんの下校の通学路を歩く
(午後3時半~5時半までおよそ6キロを歩きます)
ルート:現・北部中学校校門前→旭橋→川村カ子トアイヌ記念館→知里幸恵居住地跡
第2部 おはなし  新井章夫さん(詩人)「知里幸恵とその後」
午後6時半  近文生活館
参加無料(自由献金あり)


この日は、江別にて開催の北海道演劇祭で樺太アイヌの強制移住を題材にした演劇があるという情報も入りました。

「はるかなるイプツ ~江別~」 劇団ドラマシアターども  作:安念智康/演出:ども
日時:9月25日(土)19:00~
会場:江別市コミュニティセンター (江別市中央公民館)
大きく蛇行していた石狩川を、悲嘆と不安の気持ちを 乗せて行く船の中に、まだ見ぬ対雁をにらみつけている私が居る… 小さいときから何度も見た夢… 夢じゃない……
春から新米学芸員として就職が決まった「歴女」の千春。その友人の、春から就職浪人の知子。二人が卒業旅行をしていると、行く先々で歴史の記憶の光景に立ち会う。千春の身体を借りて、「歴史がみずから語る物語」。石狩川にそって対雁や江別を旅する二人が出会う、小さな土地の記憶とは、樺太アイヌの強制移住による矛盾に満ちた悲しい歴史の光景だった。
料金:大人・1回券¥1500  高校生以下・1回券¥1000 
お問い合わせ:北海道演劇集団 電話080(4043)4855


わたしは台湾原住民族のブヌン民族の10名が北海道入りし、お会いすることを考えています。


風の強い日でした。それにめげずにカモメが飛んでいます。見つかりますか?
今日もこどもたちが学校から帰ってきて遊びに来ました。短い時間ですが真剣に遊んでいます。


紋別における産廃処分場建設の問題点~アイヌ民族の権利と生態系保全~

2010-09-21 07:05:05 | インポート
16日は余市の友人宅や仕事先を訪ねて瀬棚へ。
開催中の「アイヌ語地名を歩く-山田秀三の地名研究から-2010・小樽/せたな」も見て来ました。山田秀三の「北海道の地名」はいつも参考させて頂いていますが、各地をまわって調査したのですね。今回の展示も細かいところまで訪れ、ノートに地形も書いていました。たいしたものです。
小樽会場では小樽地名がメインになるのでしょう。それも開催中に機会を見つけていければと思います。

17日は、登別に向かい、銀のしずく館のアシリ・チセノミに参列。
白老ポロト・コタンでも感心しましたが、祭司(この度は次郎太さん)が祭儀内容を丁寧に説明してくれるのです。参加者からはそれがとても良かったと感想を聞きました(今回は笑いも誘っていました)。
8年越しの夢が叶えられましたね。儀式のために展示物は隅に片つけられていましたので次回たのしみに。
最後のほうの「ハルランナ」は、「ハルランナ~」とかけ声をあげながら、お菓子や餅をみなさんに振舞う(いわゆる餅まき)がありました。KAYOさんが作ったコンブシトも美味しかったです。



緊急集会「母なるモベツ川を汚さないで」の案内が届きました。以下、引用します。

紋別における産廃処分場建設の問題点~アイヌ民族の権利と生態系保全~

 北海道紋別市のモベツ川支流域に産業廃棄物最終処分場がつくられようとしています。これに対し、地元のアイヌ民族は、国連宣言を根拠に「母なるモベツ川を汚さないで」と反対をしています。
 地元紋別の計画地周辺の状況や先住民族の権利との関わり、地域の生態系に与える負荷など、今回の産廃処分場建設の問題点について、多くの方々と共有したいと考え、緊急集会を開くこととしました。
お誘い合わせの上、ふるってご参加ください。
■ と き 9月26日(日)13:30 ~
■ ところ 札幌市教育文化会館 3F 301研修室
     札幌市中央区北1条西 13 丁目(地下鉄東西線「西11丁目」駅1番出口から徒歩5分)
■ 参加費(資料代) 500 円
<報告(予定)>
・紋別現地から   
畠山敏さん(北海道アイヌ協会紋別支部長) 鷲頭幹夫さん(半農半筆)
・研究者・専門家の立場から
 小野有五さん(北海道大学大学院地球環境科学研究科教授)
 藤原寿和さん(廃棄物処分場問題全国ネットワーク共同代表)     
 郷内満さん(シャクシャイン顕彰会・最高顧問)
・道内各地の事例から~夕張、函館など
主催:モペッ・サンクチュアリ・ネットワーク  http://mopetsanctuary.blogspot.com/
<問合せ先>
さっぽろ自由学校「遊」小泉雅弘 TEL.090-6266-0515 koizumi@sapporoyu.org 

*モペッ・サンクチュアリ・ネットワークとは…
 北海道紋別市のモ・ペッ コタンに生まれ育ったアイヌ民族漁師、畠山敏さんのアイヌ民族復権運動に共感、連帯し、「先住民族の権利に関する国連宣言」にうたわれた権利の実現に向けて行動する個人・団体のネットワークです。




瀬棚ではイベリコブタを飼育している友人宅を訪問。以前からゆっくり遊びたいと思っていた娘さんのYっちと会えると思いきや小学校でのお泊り会とのこと。夜はその豚を使って調理実習だと言うので、カレーでも作るの?と聞くと、な・なんと、イタリア料理の有名シェフが来て、放牧イベリコブタを使ってのイタリア料理を指導してくれたとのこと。すんごいですね~。
その夜は、数年前まで「瀬棚フォルケホイスコーレ」を開いていた川村牧場に泊めて頂いて、聖書のことなど熱く語りあいました。
18日のWIN AINU学習会はディバンさんに行って頂き、わたしは自由学校「遊」から急に依頼された原稿書き。19日は礼拝後に道北地区委員会のため名寄へ。アイヌ民族のことを知りたいと道北に訪れている農村伝道神学校4年のSさんと少し会って話が出来ました(すでに滝川の長井さんが旭川川村カ子トアイヌ記念館に案内)。同日、ディバンさんが新得の映画祭に。

23日は旭川カムイコタン祭です。


銀のしずく記念館オープン記念

2010-09-16 06:31:00 | インポート
10月10日の北大の「アイヌ政策の実現に向けて -現状報告とアイヌからの提言-」集会の開催趣旨に、

①「推進会議」などの報告が不十分だ。
②当事者のアイヌ民族が意見表明する機会が与えられていない。


ので、当センターが大学機関という立場を活かして

①現在の政策審議に関するできるだけ正確な情報を提供する。
②道内各地、東京在住のアイヌ民族から、アイヌ政策の意見を聞く。


と言う機会を設けるといいます。http://www.cais.hokudai.ac.jp/


期待したいですね。是非、理解につながる丁寧な説明と、アイヌ民族の皆さんの声を傾聴していただきたいです。大学機関という利点を十分に活かして、何度もこのような会を開いてアイヌ民族の皆さんにも他のマジョリティーにも信頼されて進んでいけるようにと願います。

北大先住民・アイヌ研究センターは毎月、研究者を招いて講演会を開いていました(最近は少なくなりましたが)。それが先住民族アイヌの権利回復にプラスになったか、あるいは北大そのものの改善になったかは疑問が残りますが、わたし自身は勉強になりましたし、いい出会いが広がりました。
しかし、「推進会議」の要になる常本さんと佐々木利和さんが北大におられる今、10月に行われるような会を頻繁に開いてほしいと強く望みます(研究者の話はもういいと言っているわけではないですが、こちらのほうに、より力を注いで頂きたいと)。

10日はアイヌ民族の皆さんにどのように呼びかけておられるのでしょう。
紋別の現状を訴えるHさんには? お年を召されたエカシやフチたちのための特別年金のを早急実施をはじめ、共有財産の問題解決や北大アイヌ人骨の調査を訴えているOさんには? 札幌さとらんどの問題解決を訴えているIさんは? 第76会期人権差別撤廃委員会に訴え、第三の分科会を要望したAさんは?
北海道アイヌ協会に批判的で距離を持ちつつ、自らの主張を訴えているKさんは?日本政府に期待はしていないと言いつつも、希望を握りしめアイヌ文化を一生懸命に学んでいるあの若者たち、今を生きるのに忙しくアイヌ文化を学ぶ暇も気力も出ないで自分のアインデンティティが揺らいでいる彼には?
広く、そして確実に呼びかけて頂きたいですね。質疑の時間もたっぷりとって下さいね。
わたしも宣伝したいと思います。

アイヌ民族を含む、草の根市民グループ「チ・カラ・ニサッタ」では、「有識者懇談会」に向けて、「提言」を出しました(2009/3/20)が、その中のひとつに、「植民地化や差別の調査機関設置」を要望しました。和解のために被害者の声を傾聴する必要を訴えたのです。そして、しっかりと調査をしその対応をするべきだと。傾聴は癒しと改善をもたらします。
しかし、有識者懇もその後の推進会議もそのことに触れませんでした。これからでも国はこれらのことを行うべきだと思います。



知里幸惠 銀のしずく記念館オープン記念が17日、18日と登別で行われます。
マレウレウも公演されるのですね。18日は札幌でWIN AINUの学習会があるので参加できませんが、17日のアシリ・チセノミには参列しようと思います。

知里幸恵フォーラム’10 in 登別 知里幸惠 銀のしずく記念館オープン記念
■9月17日(金) チセノミ(知里幸惠 銀のしずく記念館完成アイヌ式儀式)
 場所:知里幸惠 銀のしずく記念館(登別市登別本町2-34-7)
 開会:11:00~15:00 (開場 10:50)
    11:00~チセノミ
    13:00~古式舞踊、アイヌ料理試食
■9月18日(土) 講演
 場所:ホテル平安(登別市中央町5-1-1)
 開会:13:00~16:00(開場 12:30)休憩あり
     13:10~講演「アイヌ文化の中での知里幸惠の役割」
            講師 佐々木利和氏(北海道大学)
     14:40~公演(マレウレウ・アイヌ伝統歌唱ユニット)
     15:15~会場との交流の時間





昨日の初山別家庭訪問の後に、海で久しぶりにガラス浮玉をひろってうれしくなりました。
今日はこれから小樽を経由し、小樽市総合博物館運河館で開催中の企画展「アイヌ語地名を歩くー山田秀三の地名研究からー2010・小樽/せたな」を観て、瀬棚を訪問。近隣の教会もお訪ねし、明日は登別で銀のしずく記念館に参加してきます。


人権理事会へのレポート

2010-09-15 09:09:26 | インポート
情報ツウのwakkaさんから、「ウルトラマンと沖縄~脚本家・金城哲夫の見果てぬ夢~」の情報を頂きました。今日(15日)の22:00~22:43 NHK総合 歴史秘話ヒストリア

テレビ番組史上に残るヒーロー「ウルトラマン」の生みの親で、沖縄出身の脚本家・金城哲夫の生涯に迫る。
金城は戦後アメリカ統治下の沖縄から上京し、豊かな想像力を発揮して「ウルトラマン」で大成功する。
しかし彼の心の中には常に、本土に沖縄の姿を伝えたい、という願いがあった。
基地問題、ベトナム戦争など激動の沖縄と本土の懸け橋になろうとした金城と、ウルトラマンと現代史をめぐる、知られざる夢と悲しみと勇気の物語。
http://www.nhk.or.jp/historia/schedule/index.html


ドキュメンタリー映画「TOKYOアイヌ」が完成し、現在、試写会が行われています。今週末は新得の映画祭にも来るそうです。わたしは東京の試写会も新得もあきらめざるを得なかったので、いずれ札幌に来るのを楽しみにしています。試写会に行かれたYさんから、とてもよかったと感想を頂きました。乞うご期待!
http://www.2kamuymintara.com/film/index.htm


手元に「人権理事会第15 会期特別協議資格をもつNGOである市民外交センターの文書声明」(国連総会A/HRC/15/NGO/24)の日本語訳を頂きました。
以前のblogで報告しましたが上村英明さん(市民外交センター)が、アイヌ民族の土地における産業廃棄物処分場の建設計画によって先住民族アイヌの権利を否定していることをレポート提出したものです。

内容は、日本政府は国際連合総会において、先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)に賛成票を投じ、翌年に日本の国会は政府にアイヌ民族を日本の先住民族として認めることを求める決議を全会一致で採択したこと、さらにその翌年に政府は内閣官房室にアイヌ政策推進会議を設置したことなどの最近の進展を歓迎していることをはじめに述べています。

次に、しかし、そのような進展があるにもかかわらず、先住アイヌ民族の権利は、はっきりと否定されていることを今回のモベツ川水源域における産業廃棄物処分場建設計画の状況で訴えています。
以下、訴えの部分を少し長いですが引用します。

4.「私たちの母なるモベツ川を汚さないで!」この地域に暮らすアイヌ民族は、他のNGOと共同で、産業廃棄物処分場の建設計画に反対を表明した。彼らは、2009 年以来、北海道政府に対し、先住民族の権利に関する国連宣言(UNDRIP)のもとで与えられた自分たちの土地に対する権利、環境を保全・保護する権利、文化的権利を主張し続けている。
5.2010 年2 月、紋別市は地域のアイヌ民族との誠実な協議も行わず、国連宣言に明記された原則や権利を尊重するよう求めたアイヌ民族の要求を完全に無視し、建設計画を承認した。そしてさらに、北海道政府は2010 年7 月末に専門委員会によって出された報告に沿った計画への最終許可を与えた。委員会にはアイヌの代表は一人も含まれておらず、その報告は国連権利宣言(UNDRIP)には何ひとつ言及していない。北海道政府の見解によれば、国連権利宣言(UNDRIP)は、国内法や日本の行政システムになんら効力はなく、計画に与えた許可は、制度上、既存の手続にしたがって正当化されるということである。このことは、地方政府がアイヌ民族の権利を守ったり、促進したりする上で何ら責任ある役割を果たさなかったということを意味する。
6.2010 年4 月、人種差別撤廃委員会は、日本政府によって提出された定期報告を審議した後、最終所見(CERD/C/JPN/CO/3-6)を採択した。委員会は、日本における国連権利宣言(UNDRIP)の実行が十分になされていないことに対する懸念を表明し、政府にアイヌ政策推進会議の中に国連権利宣言(UNDRIP)の実行に関する作業部会を設けるよう勧告している。
7.市民外交センターは、アイヌ民族を先住民族として認めた日本の国および地方政府が、国連権利宣言(UNDRIP)やとりわけアイヌ民族の特別な権利を全く無視していることを憂慮している。日本政府は、今年10 月には名古屋で開催される生物多様性条約第10 回締結国会議(CBD COP10)を主催する。紋別のアイヌ民族や他の支援NGOによって北海道政府に提出されたモペッ・サンクチュアリ構想という代替案は、CBD COP10 において提案される「先住民および地域共同体の保全地域(ICCAs)」のひとつのモデルであり、よい実践例である。COP10に関して、日本政府は2010 年5 月に生物多様性に関する新たな国家戦略について解説するパンフレットを発行した。しかし、パンフレットでは、その大部分がアイヌ民族の伝統的な土地である北海道の豊かな自然環境について紹介されていながら、先住民族の権利、とりわけアイヌ民族の権利については言及されていない。
8.私たちは、先住民族の権利の尊重は文化の多様性および生物の多様性の保全や促進と密接な関係をもっていることを強調したい。言い換えれば、国連権利宣言(UNDRIP)は人類の未来に対する新たな社会的パラダイムをすべての人々に与えている。私たちはまた、先住民族の権利が国内および国際的なコミュニティのレベルのみならず、紋別のアイヌ民族が主張している事例に示されるような地方レベルにおいても実現されなければならないことを強調したい。




今日は小平と初山別へ家庭訪問に行きます。夜は横浜から高校時代の先輩が訪ねてきてくれます。
明日から彼と一緒に瀬棚に行き、翌日から八雲、室蘭、登別、札幌と教会や集会をまわろうと思います。
毎日来てくれているこどもたちとは、しばしの別れです。



「アイヌフォーラム北海道2010」

2010-09-14 16:05:06 | インポート
前回 (9/11blog)で「第76会期人種差別撤廃委員会(CERD)の審査と勧告」の報告をしましたが、いつもこのblogを見てくださっているMさんが興味を持ち、翻訳してくださいました。Mさんは以前に日本の外務省の出向職員と机を並べて翻訳などの仕事をされたことがおありとのこと。明らかに外務省は間違っているので、下記二つの原文リンク先を載せることを薦めてくださいました。

CERDの英文の原文
http://www2.ohchr.org/english/bodies/cerd/docs/co/CERD.C.JPN.CO.6.doc

外務省2010 年4 月6日(仮訳)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/pdfs/saishu3-6.pdf


原文第20節の「a third working group」は、外務省仮訳の「第三者作業部会」ではなく、「3つ目の作業部会」と言うことですよね。皆さんもご確認を!


恵庭の国道沿いの牧場につながれていたポニー。かわいいと思って近づくと顔が怒っていました。


さて、11日夜は、恵庭の道の駅で車中泊をし(駐車場はいっぱいでした)、12日午前は在日大韓基督教会で奉仕。礼拝後は慌てて「アイヌフォーラム北海道2010」に滑り込みセーフ。
いざ常本さんの話を聞こうと準備をするもICレコーダーの電池切れ。急いでホテルの売店に駆け込んだはいいけれど財布を車中に忘れた・・・。頭をひねってデジカメで録音。
お話内容は今までの流れ。政策が進んでないように感じるだろうが着実に進んでいるのだ、と。
何人ぐらい来られていたでしょうか。ホテルの大ホールにびっちし椅子が並んでほぼ満員状態。アイヌ民族の皆さんも何人かお会いしましたが、他の方たちはどういう関係の方たちだったのでしょう。一般の方?そうだとすると、常本さんのお話は「国民全般への理解促進」という点で、いいお話だったと思います。「なぜアイヌの人たちだけに特別なことをしなければならないのか」という素朴な疑問に、常本さんは丁寧に例を出しながら「歴史的に責任があるからだ」と説明。
ただ、個人的にはもう少し政策の進み具合を詳しく伺いたかったです(推進会議がオープンのようで閉鎖的ゆえ)し、推進会議に対するアイヌ民族の皆さんからの反応について伺いたかったです。

と、考えていたら、なんと下記の通り、来る10月10日、北大で、アイヌ民族の皆さんからじっくりと意見を聞こうという会が持たれるので、ぜひ来てくださいという宣伝を頂きました。

アイヌ政策の実現に向けて -現状報告とアイヌからの提言-
10月10日(日)10:00~16:00(開場:9:30) 
午前の部:10:00~12:00
アイヌ政策の基本と今後について-アイヌ政策推進会議の現況
北海道大学アイヌ・先住民研究センター 佐々木利和・常本照樹
午後の部:13:00~16:30
アイヌ民族からの意見(北海道・東京から9名)
ディスカッション
会場: 北海道大学 学術交流会館講堂(2F)
お問い合わせ先 :北海道大学アイヌ・先住民研究センター 011-706-2859
http://www.cais.hokudai.ac.jp/


意見を言われる方は年齢層、性別、所属など幅広くお話いただければいいですね。
加えて、東京では常本さんをお呼びして以下のシンポが行われます。これも要チェックです。
残念ながら日曜であったり東京であったりでわたしは聞きに行けません。どなたかテープ撮って聞かせて下さい。

専修大学 社会科学研究所 定例研究会
9月25日(土)14:00~17:00  テーマ「日本国憲法と先住権」
報告者:常本 照樹(北海道大学アイヌ・先住民研究センター長)
専修大学神田校舎1号館12階
コメント:本多正也(グループ・シサムをめざして)、寺地五一(映画「TOKYOアイヌ」製作委員会)
共催:NPO現代の理論・社会フォーラム http://www.senshu-u.ac.jp/~off1009/



「アイヌフォーラム」はそれだけ聞いて、今度は急いで、豊平川まで行き、アシリ・チェップノミを見学。石井ポンペさんとお会いして「さとらんど」問題の件を伺ったり、小川隆吉さんとお会いし、情報交換。数回前blog(8/31)の十勝アイヌの財産管理帳簿が見つかった追加ニュースを数枚頂いてきました。近く紹介します。



留萌の山の上から眺められる山々。ちょうど中央奥にトムラウシが見えます。

そうそう、アイヌフォーラムは受付で全員にムックリが配られていました。啓発のためかお金をかけていますね。わたしも頂きましたが、これまたいい音が鳴るのです。次回の大会はこれを使おう!ところで、前回は何位だったのかな・・・


登別での一日

2010-09-13 21:30:46 | インポート
とてもあわただしくも、充実した週末でした。

11日(土)に登別に向かい、まずは幌別へ。J.バチェラーがつくった「愛隣学校跡」の碑を、今回はしっかりと見つけ、確認しました。この場にわたしの母が住んでいたということを思い浮かべながら、愛隣学校がたてられていた時代や、その後のこの辺りはどんな風景だったのかと、ひととき、思いにふけました。



その後、一週間後に開館が迫っている、知里幸恵さんの記念館「銀のしずく館」の場所の確認と、外観だけでも写真を撮ろうと思い、そちらに向かいました。すぐに見つけて写真を撮りながら、中はどんなかなぁ~と窓をのぞいていると・・・、お隣から、「何を見ているのですか。こちらにいらっしゃい」とご婦人の声。説明すると、今、むつみさんも来られているから、ちょっとだけお入りなさいと中にいれてくだすった!! 展示の最終打ち合わせ中にも関わらず、少し入れて頂いて、10月にフィールドワークにお訪ねすることをお願いして来ました。こじんまりしていますが、とてもきれいな展示室でした。
以下の通り、今週の17日(金)、18日(土)と知里幸恵フォーラム‘10in登別 知里幸恵 銀のしずく記念館オープン記念が開催されます。わたしも行きたいところですが・・・

17日(金) チセノミ(知里幸恵銀のしずく記念館完成アイヌ式儀式) 記念館にて
    11:00~チセノミ  13:00~古式舞踊、アイヌ料理試食
18日(土) 講演 ホテル平安にて(登別市中央町5-1-1)
    13:00~佐々木利和「アイヌ文化の中での知里幸恵の役割」
    14:40~公演 マレウレウ   15:15~交流
 主催:NPO法人知里森舎(問い合わせ  0143-83-3677)




夜は、お待ちかねの一人芝居「神々の謡~知里幸恵の自ら歌った謡~」を鑑賞。150分もの大作で、しかも20人の役を見事に演じられました。
アイヌ神謡集の序言が最初に朗読され、4歳の幸恵さんが森の中でふくろうの赤ちゃんと出会うところから物語が始まりました。その後、旭川に移っての学校生活や伝道所でのお話、金田一が来てカムイユカラのすばらしさを知ってノートに書き始めたところまでが第一部。
途中で、アイヌ神謡集の中の「シマフクロウの神が自らをうたった謡=銀の滴降る降るまはりに」と、「小狼の神が自ら歌った謡=ホテナオ」も、劇の中で取り込んで演じてくれ、そのユカラに示されている
メッセージも伝えてくれました。
第2部は、上京して金田一宅にお世話になって神謡集を書き上げて天に召されるまでのお話。
最後の「ぶった切り」はインパクトが強かった(観ていないとわからない表現でごめんなさい)。他者を否定し切る剣が最終的に己に向かう。そこから一部で扱われた「ホテナオ」のメッセージが活きてくる。なかなかの見ごたえでした。
お話の中で知らなかったことも多く出てきました。それが着色なのか、どこかに書かれているものなのかを確認して行きたいと思います。特に関心を持ったのは幸恵さんのキリスト教徒としての罪感でした。
アイヌ民族の皆さんの感想も、聞かせて頂きたいと思いました。

もうひとつだけ、演出でなければ、きっとわたしだけが気づいたことがあったので書いておきます。
わたしは舞台前方の2ブロック目の最初の列で舞台に向かっていちばん左に座って鑑賞していました。第1部の「銀の滴降る降るまわりに」が演じられている時のことです。ちょうど彼女がシマフクロウのカムイになりきっている時、舞台に向かって左奥から中央の彼女を緑の光が照らしていたのですが、そのシルエットが舞台に向かって右側前の客席の壁に大きく写っていたのですが、ちょうどわたしのところからそのシルエットを見ると、なんと、巨大なふくろうが優雅に舞っているように見えたではありませんか。彼女の右肩からふくろうの羽をイメージしているようなストールがついていたのですが、それがシルエットでは本物の羽ばたく羽に写ったのです。
壁は微妙な角度がひとつついていたので、それを計算の上であの演出するほど凝ったとは思いませんから、偶然なのでしょう。会場の写真係がうろついていたので、教えようとも思いましたができず。
第2部の最後のほうに、最初に出てきたふくろうのこどもが成長して出てくるときも同じようなシルエットが出来たのです。わたしにとっては劇のはじめからおわりまでシマフクロウに見守られている幸恵さんが見えました。


第76会期人種差別撤廃委員会(CERD)の審査と勧告

2010-09-11 06:57:27 | インポート
前々回の集会報告の続きです。
上村さんより国連の第76会期人種差別撤廃委員会(CERD)の審査(2月)と勧告(3月)の紹介がありました。
日本政府は2001年以来の審査として報告書を提出。日本政府代表団は、内閣官房アイヌ総合政策室、法務省、文部科学省、厚生労働省、在ジュネーブ国連日本代表部から18名参加。
人種差別撤廃NGOネットワーク(84団体・個人で構成、事務局:反差別国際運動(IMADR)内)から代表12名が各NGOの意見をとりまとめて参加し、傍聴。
CERDからは日本の人種差別の問題と政府対応に対して厳しい質問やコメントが出され、29項目の懸念と勧告が総括所見として3月16日に発表しています。
*これらは「先住民族の10年ニュース」163号(2010年4月10日発行)に詳しく紹介されています。
その中の沖縄を扱ったところを以下、引用します。

21.ユネスコが数多くの琉球の言語(2009年)、そして沖縄の人々の独自の民族性、歴史、文化、伝統を認知したことを強調しつつ、委員会は、沖縄の独自性について当然払うべき認識に関する締約国の態度を遺憾に思うとともに、沖縄の人々が被っている根強い差別に懸念を表明する。委員会はさらに、沖縄への軍事基地の不釣合いな集中が、住民の経済的・社会的・文化的な権利の享受に否定的な影響を与えていると言う、現代的形態の人種主義に関する特別報告者の分析をここで繰り返す(第2条、5条)

委員会は締約国に対し、沖縄の人々の被っている差別を監視し、彼らの権利を推進し適切な保護措置・保護政策を確立することを目的に、沖縄の人々の代表と幅広い協議を行うよう、奨励する。   (仮訳:北海道アイヌ協会)


先月の8月に外務省とのCERD勧告のフォローのための懇談会では、外務省側は「沖縄県民は、通念上『民族』ではなく、先住民族の権利は適用されず、ICERD(人種差別撤廃条約)の対象でもない」と発言。

歴史上、差別がある中で平等のシステムを作っても問題は解決しないで差別は温存される。上村さんは、日本が琉球に対してやってきた歴史を確認し、上記の沖縄にある4つの差別の要素=(安全、環境、歴史、文化)を国はしっかり考慮にいれなければならない、と。


今年は場所によって秋の実りは豊作。近くの山でたわわに実ったくわの実(まだ熟してはいない・・・)


もうお一人、国際法を専門にされておられる苑原俊明さんが、この勧告についていくつか補足されました。その内の二つだけ紹介します。

ひとつは、アイヌ民族の権利に関しての以下の一文です。

締約国が、アイヌ民族の代表者との協議のもと、先住民族の権利に関する国連宣言など国際的な公約を吟味し実施することを目的とする3つ目の作業部会の設置を検討するよう要請するよう、勧告する。
                                              (北海道アイヌ協会仮訳)


これは現在、動いているアイヌ政策推進会議の中の二つの作業部会(「民族共生」「生活実態調査」)以外に、もうひとつの作業部会を作って、アイヌ民族への権利を国際的な公約をもとにしっかりと実施するように、という勧告です。
しかし、どうも、この勧告の訳を外務省の仮訳では「第三者の作業部会」と誤訳をしているとのこと。その誤訳の解釈は、アイヌではない「中立」な「第三者」の意味だ、と。
各種の協議体にアイヌ民族の参画が不十分だとの勧告をされているにもかかわらず、外務省はその誤訳と誤解を未だに訂正していないとのこと。

ふたつ目は、上記を含むアイヌ民族の項目(21)に関しては、通常の五年後ではなく、一年後の2011年3月までに改善報告を出しなさいと文章が付加されているほど、CERDは重要視している、とのことです。日本政府がどのように改善し、報告するか注目したいと思いますし、何か行動を起こせないか考えたいと思います。




留萌では秋らしくなってまいりました。道内全体的に稲穂も重そうに垂れていますので豊作のようです。
今日は登別に知里幸恵さんを演じた一人芝居を見に行こうと意気込んでいたのですが・・・札幌の宿がどこも満員。空いているホテルも普段の十倍の値段!! なにがあるのか新聞を見たらなんだかラリーが来ているのですね。断念せざるを得ないかも、と悩んでいます。日曜日は札幌ドーム近くの教会での奉仕ですから、混んだら午後のイヴェントも参加できるか不安です。どうしましょう・・・


「先住民族の権利に関する国連宣言」採択3周年記念集会の報告続き

2010-09-10 16:02:57 | インポート
間が空きましたが、「先住民族の権利に関する国連宣言」採択3周年記念集会の報告の続きです(9月3日)。
上村英明(市民外交センター代表、恵泉女学園大学教授)さんより、「2009-10 アイヌ民族と琉球・沖縄民族に関する論点」と題しての発題がありました。

過去blogにも報告していますが、紋別市・藻別川流域に計画されている産廃施設計画の動きを追いながら、問題点と課題を指摘されました。いつも通り、わたしが聞いた(理解した)ところで一部をまとめて紹介します。

まず、産廃施設計画に対し、2009年7月に畠山さんをはじめとするアイヌ民族団体の「反対」が起こります。それらは、単に全面反対というのではなく、計画の再検討とその検討のテーブルにアイヌ民族の参加を求めるものでした。さらに、国連先住民族権利宣言の尊重と漁業を営むアイヌ民族としての権利主張を含みます。
しかし、2010年2月に、紋別市は審議会を開き、「反対はあったが、現行基準上問題ない・・・」と数分で認可をします。
この際、注目することとして、紋別市は「国連宣言第29条2項に言う有害物質とは、危険な放射性廃棄物を指す」と独自の解釈をしたとのこと。
ちなみに、29条を市民外交センター(仮訳改訂2008年9月21日)訳で紹介します。

第29 条 【環境に対する権利】
1. 先住民族は、自らの土地、領域および資源の環境ならびに生産能力の保全および保護に対する権利を有する。国家は、そのような保全および保護のための先住民族のための支援計画を差別なく作成し実行する。
2. 国家は、先住民族の土地および領域において彼/女らの自由で事前の情報に基づく合意なしに、有害物質のいかなる貯蔵および廃棄処分が行われないことを確保するための効果的な措置をとる。
3. 国家はまた、必要な場合に、そのような物質によって影響を受ける民族によって策定されかつ実施される、先住民族の健康を監視し、維持し、そして回復するための計画が適切に実施されることを確保するための効果的な措置をとる。

一読して分かるように、1は先住民族の権利について、2と3は先住民族を有する国家の責任について書かれています。ここには有害物質=放射性廃棄物とは言っていません。さらに、この宣言を作るにあたっての長年の議論の中で問題になっていたのはまさに産業廃棄物なのだと上村さんが説明。
ちなみに権利宣言が出来るまでの議論に長年かかわってきた市民外交センターが、この29条の解説を以下のようにまとめています。

1)アイヌ民族には、伝統的な活動が行われるために環境を保護する権利があり、河川の水質の維持や森林の維持は、その環境権に含まれます。
2)国有地の維持や河川管理にも、アイヌ民族はその環境権の保障としても参加することが出来ます。
3)幌延の核廃棄物の処分や鉱山の廃棄物汚染、また産業廃棄物の処分に関してはアイヌ民族からきちんとした合意を取る必要があります。


昨年の09年5月に、有識者懇談会が道東でアイヌ民族の皆さんから意見・要望を聞いた「意見交換」でも、この問題が取り上げられています。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/kaisai.html
が・・・、最終報告書の中には環境保全問題や産廃の問題には全く触れられていません(言わせただけ)。
また、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」報告にもいっさい触れられていません。「民族共生の象徴なる空間」では、「民族共生」の理念を共有する必要性を訴えてはいるのですが。
ちなみに、アイヌ民族を含む市民草の根グループ「チ・アラ・ニサッタ」の要望書の中の「2.保障すべき権利とその具体的措置」の中においても要望しましたが無視されました。

上村さんの話にもどります。
紋別市は独自の、と言うより事実と違う勝手な解釈をしながら、アイヌ民族との合意を無視して認可します。
2010年7月には、北海道の認可がおります。その際は、道側は「国連宣言46条2項によっても正当である」と。46条2は簡単に言うと、他の人の人権も尊重するべきというもの。産廃を阻止することは他の人の人権が損なわれるとの言い分です。上村さんは、アイヌ民族が奪われた権利に対し正当に訴えていることなのだからこれには無理がある、と。
さらに、道側の循環型社会推進課とアイヌ政策推進室との話し合いの中で、道は「国連宣言は尊重するが、国連宣言にはいかなる法的拘束力もなく、現行制度上問題ない」と言ったようです。
では、国連宣言は読んだのか問うと「コピーは関係課に配布してある」(アイヌ政策推進室)、「宣言には、ざっと目を通した」(循環型社会推進課)と返事したようです。

以上の流れを紹介しながら、上村さんは大事なことを指摘します。それは、国は国民の理解を促すのが最初だと言うけれど、その前に国がしっかり指導して行政にこそ理解させるべきではないか、と。それをすっとばしておいて、国民の理解がなければ進まないというのであれば、それは単なるサボタージュだ、と。
全くその通りですね。先のような独自の解釈など国の指導で変えられるのではないでしょうか。

この件は9月13日からの国連人権理事会に報告書を書いているとのこと。その報告書も先日、別ルートでいただきましたので後日、紹介します。

次回は、国連の人種差別撤廃委員会(CERD)の審査(2月)と勧告(3月)を紹介します。



昨日、10日間の実習を終えて小野君が関西へ帰りました。6日は二風谷を訪ね、二風谷ダム裁判の説明、萱野茂アイヌ民族博物館・町立博物館見学、アイヌ彫刻体験学習などして札幌に宿泊。翌日は、同率博物館に行って、名寄のアイヌ民族について調査・資料集め。その後、開拓記念館も見学。最終日はそれまでのまとめを自分でやっていました。関西に帰ってすぐに教会で報告をしなければならないとのこと。次回のノヤにも感想報告を書いてもらおうと思います。よく動きました。
二日前は次男が東京に帰り、一気にさみしくなりました。こどもたちもさみしそうです。


「先住民族の権利に関する国連宣言」採択3周年記念集会

2010-09-04 12:22:56 | インポート
「先住民族の権利に関する国連宣言」採択3周年記念集会に参加しました。
暑い中、行って良かったです。ただ、能登千織さんが体調を崩されて来られなかったのです。道内でなかなか聞けない話だったので上京しましたがたいへん残念!

知念幸見さん(琉球弧の先住民族会)は琉球大の学生で、20代ウチナーが何を考えているかの発題でした。
彼女曰く、友達同士で自分たちはウチナーか日本人かを話していると、大半は揺らぎの中にありつつも、自身のほとんどがウチナーであり、日本人という感覚は小さいと。なぜ、揺らぎがあるかと考えると、教育の中で日本人であることを植えつけられ、ウチナーであるアイデンティティーを否定されてきたからだと。日本の天皇の名前は覚えさせられたが、琉球王国の王の名前も、その歴史そのものも言葉も教えられてこなかったと。
その話で会場のみんなが驚いたのは、「方言札」が彼女の親(50代でしかも読谷村!)も使用されていたと言うのです。
(「方言札」とは、日本語を強要するためにウチナーグチ(沖縄の言葉)を話したら「わたしは方言をしゃべりました」と書いた札を首からかけさせられたという「罰」で、札をかけている人が、次に話す人を見つけ交代させる一種のゲーム感覚的、かつ、皆が監視をする巧妙な強制)
しかも、彼女自身も日誌を書かされて、その度に「今日の方言使用数は*回」と赤を入れられたと!

知念さんは民族教育を大切にしてやっていきたいと希望を語られました。そして、次世代を担っていくこどもたちに自分たちの権利を行使できるための道具(国連権利宣言など)を教えていきたいと。ご自身もお若いのでたいへん頼もしいです。応援しています。
上村さんの話は次回に。



暑い中、東京芝公園内にある「開拓使仮学校跡」の碑をやっと見つけました(クリックして拡大)。


配布資料の中に、「琉球自治共和国連邦独立宣言」が紹介されていました。以下、引用します。
http://ryukyujichi.blog123.fc2.com/

琉球自治共和国連邦独立宣言
 2010年、われわれは「琉球自治共和国連邦」として独立を宣言する。現在、日本国土の0.6%しかない沖縄県は米軍基地の74%を押し付けられている。これは明らかな差別である。2009年に民主党党首・鳩山由紀夫氏は「最低でも県外」に基地を移設すると琉球人の前で約束した。
 政権交代して日本国総理大臣になったが、その約束は本年5月の日米合意で、紙屑のように破り捨てられ、辺野古への新基地建設が決められた。さらに琉球文化圏の徳之島に米軍訓練を移動しようとしている。
 日本政府は、琉球弧全体を米国に生贄の羊として差し出した。日本政府は自国民である琉球人の生命や平和な生活を切り捨て、米国との同盟関係を選んだのだ。
 琉球人は1972年の祖国復帰前から基地の撤去を叫び続けてきたが、今なお米軍基地は琉球人の眼前にある。基地があることによる事件・事故は止むことがない。日本国民にとって米軍の基地問題とは何か?琉球人を犠牲にして、すべての日本人は「日本国の平和と繁栄」を正当化できるのか?われわれの意思や民族としての生きる権利を無視して米軍基地を押し付けることはできない。
 いまだに米国から自立することができない日本国の配下にあるわれわれ琉球人は、絶えず戦争の脅威におびえ続け、平和に暮らすことができない。
 琉球人はいま、日本国から独立を宣言する。奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島からなる琉球弧の島々は各々が対等な立場で自治共和国連邦を構成する。琉球は三山時代(14C半ば~15C初期)を経て、1429年に琉球王国として統一された。
 その後1609年、薩摩藩は琉球王国に侵略し、奄美諸島を直轄領とし、琉球王国を間接支配下に置いた。1850年代半ばに琉球王国は米・蘭・仏と修交条約を結んだ。1872年に日本国は琉球王国を一方的に自国の「琉球藩」と位置づけ、自らの命令に従わなかったという理由で1879年、「琉球処分」を行い、「琉球王国」を日本国に併合した。
 その後、琉球王国の支配者たちは清国に亡命して独立闘争を展開した。日本国に属した期間は1879年から1945年、1972年から2010年までのわずか104年間にすぎない。琉球が独立国であった期間の方がはるかに長いのである。
 太平洋の小さな島嶼国をみると、わずか数万の人口にすぎない島々が独立し国連に加盟している。これらの島嶼国は、民族の自立と自存を守るために、一人ひとりの島民が「自治的自覚」を持って独立の道を選んだのである。国際法でも「人民の自己決定権」が保障されている。琉球も日本国から独立できるのは言うまでもない。
 これからも日本政府は、「振興開発」という名目で琉球人を金(カネ)で支配し、辺野古をはじめとする基地建設を進めていくだろう。長い歴史と文化、そして豊かな自然を有するわが琉球弧は、民族としての誇り、平和な生活、豊かで美しい自然をカネで売り渡すことは決してしない。
 平和運動の大先達・阿波根昌鴻は「土地は万年、金は一年」と叫び、米軍と闘った。われわれ琉球人は自らの土地をこれ以上、米軍基地として使わせないために、日本国から独立することを宣言する。そして独立とともに米軍基地を日本国にお返しする。

2010年6月23日 慰霊の日に
呼びかけ人
松島 泰勝(ゆいまーる琉球の自治/龍谷大学)
石垣 金星(ゆいまーる琉球の自治/西表島郷土史家)

(賛同人は省略しますので、上記URLへ)。 



飛行機から撮った富士。
東京は確かに暑いです。昨日は気合を入れて東京入りしましたが、息子のアパートに帰ったとたん気が緩み、ずっとクーラーをかけています。
(一応、窓を開けたのですが、なんと窓の外にクーラー排気機が4つも並んでいるのですからたまらない)
朝に近くのコンビニにパンを買いに行ったのですが、その数分でダウン。
これから空港まで行かなければならないのですが・・・コワイ。
本州のみなさん、本当に大変ですね。
夏はぜひ、道北へ休息にいらしてください。留萌の海は冷たくて入る気にもならないほどなのですから。
こんなことを書いているうち、隣のアパートに救急車が来てどなたか運ばれて行きました。早い回復を祈ります。



木の実採集実習

2010-09-03 06:32:20 | インポート
前回blogで十勝のアイヌ民族共有財産の帳簿が見つかったという記事について書きましたが、ネット上ではUPされませんでしたね。残念。追って情報が入り次第にUPします。

8月31日のさっぽろ自由学校「遊」の講座も考えさせられることが多かったです。

9/1は旭川アイヌ民族プチ・フィールド・ワークはこじんまりした6名での開催。旭川六条教会の熟年婦人三名がどんどん質問や意見を言われ、とても豊かなものでした。(時々、冷や汗をかいた部分もありましたが)。

2日は川村館長にご指導頂き、アイヌ民族が食したプシネプ(ホウの木の実)、シケレペ(キハダの実)、ペカンベ(菱の実)を遠方に行って採ってきました。川村館長と山を歩くと勉強になります。
いずれも詳細は後日に。


念願のペカンベ(菱の実)採りに行けました。


以下の記事が目に留まりました。今日は「先住民族の権利に関する国連宣言」採決3周年記念集会で上京しますが、赤坂のコンサートは同時間。残念。いつかコンサートに行きたいです。以下、引用。


差別と向き合い、アイヌ語で賛美歌 ジャズ歌手熊谷さん
 (朝日新聞 2010年9月1日)
 首都圏に暮らすアイヌの人たちを追った記録映画「TOKYOアイヌ」が完成した。5日から横浜市で試写会がある。映画の最後を飾るのは、同市在住のジャズ歌手、熊谷たみ子さんがアイヌ語で歌う賛美歌「アメイジング・グレイス」。50代を迎え、自身がアイヌ民族であることを活動の場で初めて宣言し、歌を通して生い立ちと病気に向き合っている。3日には赤坂でライブがある。
 ♪カムイ レン カイネ ソンノ ピリカ フミ ネ(アメイジング・グレイス=すばらしき神の恵み とても美しい音だ)。
 有名な歌い出しに、アイヌ語のカムイ(神)という言葉を入れた。
 熊谷さんは北海道本別町生まれ。アイヌ民族は同化政策で言葉や文化が奪われ、差別や偏見が根強く残った。熊谷さんも小学生になると、いじめられた。中学卒業後、東京で就職したのは、東京ではアイヌ民族かどうか誰も気にしないと思ったからだ。
 渋谷でスカウトされ、70年代に20歳で立木(たちき)マリの芸名で歌手としてデビュー。しかし公演で札幌市に来たとき、プロデューサーの言動から相手がアイヌ民族を意識していると気づいた。「日本ではまたつらい思いをする」と思い、米国に渡り1カ月過ごした。
 米国では黒人音楽を源流の一つとするジャズの哀調にひかれた。黒人が差別された歴史がアイヌ民族の歩みと重なって思えた。帰国してジャズ歌手として再出発した。
 首都圏でアイヌ民族の集まりにも参加するようになり、昨年末、求めに応じてカラオケで「アメイジング・グレイス」を歌った。歌声に感動した仲間から「アイヌ語で歌ったら?」と提案され、歌詞をアイヌ語に訳してもらった。これを知った「TOKYOアイヌ」の関係者が、映画に使いたいと申し出た。
 映画は、首都圏で暮らし、アイヌ民族としての生き方を模索する人たちへのインタビューを軸に構成。6月に横浜市であったアイヌ民族のイベントで曲を初披露した熊谷さんの歌声が、最後を飾る。
 アメイジング・グレイスは18世紀、米国で奴隷商人としての生き方を悔いて牧師になった英国人ジョン・ニュートンが作った。〈かつて迷えし者が今見出(みいだ)され、闇を出(い)でて光の中にいる〉という意味の歌詞を、熊谷さんはアイヌ語で〈カムイがいるおかげで今は先祖の生き方、アイヌの生き方が好きだ〉と歌う。
 3年前に大腸がんが見つかり、昨年4月に余命1年と宣告された。「アイヌ民族として生きる自信を教わったこの曲に、私の命を吹き込みたい」と語る。
 熊谷さんのライブは3日午後7時半から、赤坂のバードランド(03・3583・3456)で。映画の完成試写会は5~12日、横浜市港北区のスペース・オルタ(045・472・6349)である。(木村英昭)
http://mytown.asahi.com/areanews/tokyo/TKY201008310458.html



ペカンベの葉(沼一面にありました!)