アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

一年の感謝をこめて

2010-03-31 21:48:36 | インポート
2009年度も今日で終わります。
ドタバタblog日誌を読んでくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。

本年度も気がつくと動いていた一年でした。
静止して状況を把握すべきときに待つことが出来ず走ったことや、
それで疲れすぎて、大事なときを逃したこと・・・
いろいろ想い出す一年です。
家族のことや、教会でのこともいろいろあった一年でした。
振り返ると、豊かな一年でした。感謝です。

しかし、アイヌ民族の権利回復の動きは、いまだ動いているように見えません。
明日からも動きます。


記録のために
日誌blog更新 113回(9月は悩み期間でUPなし)
マスコミ・ニュース更新 数え方が分かりません。すみません。
http://blog.goo.ne.jp/ivelove/
イヴェント情報更新  同上 (途中でさぼってます。すみません)。
http://blog.goo.ne.jp/sakura-ive

新年度もよろしくお願いします。

愛用していたORORON3号(教会員のSさんから頂いたオデッセイ)も、
4年も経ぬまま20万キロを超えて疲弊し、
燃費も考えて、4月より4号(フィット1.3*燃費20キロ)に変えようと準備中です。
3号には4年間、快適な時間を感謝!(ひとりカラオケボックス状態に特に。今日も300キロ走りました)

写真もたくさん撮りました。関心を持って下さり、感謝です。ほぼわたしの写真ですが、
このひと月は、次男の写真も数枚使わせてもらっています。すると、レスが入り、写真がすごいと!
これも次男の写真です。



二つのイヴェント紹介

2010-03-27 05:33:14 | インポート
二つのイヴェントのご案内です。
TOKYOアイヌ映像製作委員会から、勉強会のご案内が送られてきました。
明日のことですが、オーストラリアのラッド首相のアボリジニへの謝罪の様子を紹介したDVD紹介なども紹介されるようです。
東京近郊在住の方に以下、ご案内を添付します。

日時:3月28日(日)PM2:30 OPEN PM3:00 START
内容:「国連人種差別撤廃委員会勧告とアイヌ政策ーいま、求められているもの」

講師●澤井 アク氏(北海道アイヌ協会国際部会長)
パネリスト●寺地 五一氏(草の根先住民サポーター)
場所●新横浜スペース・オルタ(新横浜駅から徒歩6分、横浜線沿い東ガス手前)

 日本列島の基層文化と生活文化の多様性に大きく貢献してきたアイヌ民族が、先住民族とし認められたことはアイヌ民族だけの問題ではありません。
 日本の市民社会が真の国際化へと開かれ、この列島の永続可能な文明への道筋や多文化主義の開花にもつながる回路が大きく開かれたのです。

 その渦中、国連は、先日(3月12日)、人種差別撤廃委員会が、現在わが国で進められつつあるアイヌ政策への懸念と勧告を表明しました。この勧告文の背景や意味を学ぶ場を急遽作ります。
 講師には、北海道アイヌ協会国際部会長として、国連を含む数多くの国際会議を経験してきた澤井アク氏と寺地五一氏。寺地氏は元東京経済大学専任講師で世界の先住民政策に詳しく、TOKYOアイヌの映像製作委としても活動しています。

 利権や施策恩恵から最も遠いところで活発に活動してきた首都圏アイヌたち。しかし一方、世代を越え蓄積されてきた差別体験のせいで、もの言わぬ大勢のアイヌたちが首都圏で暮らしていることも事実なのです。
 この壁を打ち破るためにも、今回の国連人種差別撤廃委員会の勧告を真摯に受け止め、いま動きつつあるアイヌ政策に活かすことが求められています。

資料代/600円
主催/緊急学習会実行委員会、スペース・オルタ
問合せ/スペース・オルタ(TEL:045-472-6349佐藤)



札幌近郊にお住まいの方は、以下のドキュメンタリー映画をご紹介。台湾から原住民族ミュージシャンのスミンさんも来札されるようです。

★「トーテム Song for home」上映と トーク&ミニライブ@札幌
日 時 :2010年3月31日(水) 20:45
    20:45~ 上映
    22:10~23:00 ゲストトーク&ミニライブ
会 場 :札幌・シアターキノ(中央区南3西6 地図)
入場料 :入場整理番号付き限定チケット 前売1800円(当日2000円)
     (キノ会員及び学生は会員証・学生証提示で1,400円)
お問合せ:シアターキノ TEL 011-231-9355

 札幌の市民映画館シアターキノでは18周年記念企画第1弾として、「トーテム Song for
home」(公式HP、ブログ)を上映。写真家若木信吾の「星影のワルツ」に続く監督第2作で、今回は台湾の先住民族出身の若いミュージシャン達を3年に渡って追ったドキュメンタリー。2002年に結成された5人編成のバンド、トーテムは首都・台北でライブハウスを中心に活動しているが、メンバーの大半が原住民の部落出身。5人それぞれに田舎(部族)があり、田舎への熱い想いを寄せながらも、生活のために馴染めない都会で働くもどかしさを描く。2009年、日本、85分、ヤングトゥリーフィルムズ配給。詳細はシアターキノHPのNEWS欄で。

【来場ゲスト】 100331totem
  主役の台湾原住民ミュージシャン スミン(台湾より来札)
  台湾文化監修&通訳 青木由香(台湾より来札)
  写真家/映画監督 若木 信吾
  アイヌアートプロジェクト 結城幸司



今日は案内ばかりとなりました。年度末のまとめやら、新年度の諸計画などで忙しくしている中、子ども達とも豊かな時間を過しています。4月も近いのに週末になると吹雪いて大変です。


『現代アイヌの生活と意識』

2010-03-25 20:25:46 | インポート
blogを読んで下さっている皆様はすでにご存知かと思いますが、
北海道大学アイヌ・先住民研究センターが2008年に北海道アイヌ協会の協力を得て行ったアイヌ民族に関する調査の分析とまとめ『現代アイヌの生活と意識』が同センターのURLにUPされました。
160ページもので、pdfファイルでダウンロードできます。 http://www.cais.hokudai.ac.jp/

道はアイヌ民族の人々の生活の実態を把握するために1972年から’79年、’86年、’93年、'99年と7年毎に調査を行って来ました。その最新である2006年に実施された「平成18年アイヌ生活実態調査報告書」によれば、北海道に住むアイヌ民族は72の市町村に23,782人(8,274世帯)となっています。しかし、その調査方法が問題ありで、調査で用いられたアイヌ民族の定義は「地域社会でアイヌの血を受け継いでいると思われる人、また、婚姻・養子縁組等によりそれらの方と同一宇の生計を営んでいる人」であり、かつ、「各市町村が把握することができた人口」であり、さらに「個人や世帯に対する調査は、自らがアイヌ民族と表明した人が属する300世帯とその世帯で生活をともにする15歳以上の712人を対象にしたにすぎない」のだそう。
そのやりかたは過去の「調査すべてにおいてほぼ同一であり、北海道アイヌ協会を始め、関係者からは対象者が少なすぎて実態を十分に反映しきれていないとの問題が指摘されている」ようです。

これらを踏まえて北大アイヌ・先住民研究センターは専門家を集めてチームを組織し、北海道在住のアイヌ民族を対象に「総合的な生活実態調査を実施」。昨年から4年をかけて、初年は質問紙を用いた「量的調査」を開始し、その概要と報告書が今回まとまったということです。
内容に関してはじっくりと読んでみたいと思います。
(「」内は「現代アイヌの生活と意識」P.8参照)

ちなみに、以前にも紹介させていただきましたが(09/10/5 blog)、ジャーナリストの中村康利(道新勤務)さんが、18名のアイヌ民族の皆さんへ直接にインタビューされ、「調査」分析を含めた著書「アイヌ民族、半生を語る-貧困と不平等の解決を願って」(自由学校「遊」)を昨年7月に出版されました。
語られるアイヌの皆さんの生の声が心に刺さります。
中村さんのように現実のアイヌの声を聴く耳を養いながら、現状を変えていけることが出来ればと思います。


昨日と同じオビラシベ川の22日の朝。猛吹雪の中を霧立峠を越えて名寄へ向かう途中。


国連人種差別撤廃委員会の報告書

2010-03-24 20:21:58 | インポート
過去blog(2/28)に書きました国連人種差別撤廃委員会による対日審査会合の報告書をある方から頂きました。

肯定的な側面として日本が先住民族の権利に関する国連宣言を支持したこと、アイヌを先住民族と認識し、アイヌ政策推進会議を設置したことが挙げられています。
しかし、「懸念・勧告」として、設置された各種の協議体にアイヌ民族の参画が不十分であること、アイヌ民族の権利回復についてのいかなる全国調査がなされていないこと、そして、国連宣言の実施に向けて、限られた進展しかみられないことが挙げられています。

アイヌ民族の権利に焦点を当てた行動計画をふくむ政策やプログラムに結実させるべく、アイヌ民族の代表とともにさらに歩みを進めることを勧告し、国連宣言を吟味し実施することを目的とする作業部会の設置、アイヌ民族の生活水準に関する全国調査の実施、ILO169号批准の勧告が続きます。

また、沖縄の被っている差別を監視し、権利推進のための措置、高校教育無償化から北朝鮮系の学校を排除する動きへの懸念も書かれています。

今日はさっぽろ自由学校“遊”での上村さんの講演に行けず残念でした。ディヴァン宣教師も台湾基督長老教会総会出席のために今日から帰国されるとのことで、テープもとれずでした。
夕方に三男が帰宅し、我が家はいっそうにぎやかに。我が家はよく笑うので人が多くなれば笑いも増えます。次男が月末から東京に住むため、それまでの時間はできるだけ話をしようと思っています。


まだまだ雪に覆われているオビラシベ川


キュラトリアル・グラフィティ―

2010-03-23 14:35:12 | インポート
何日か前に朝日新聞夕刊に関連記載が出ていたと、東大総合研究博物館の催しをWAKKAさんに教えていただきました。
『キュラトリアル・グラフィティ―学術標本の表現』展について   
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2009CuratorialGraffiti_description.html


内容説明を読むと
中核テーマを人類学とし、日本における「骨」と「先史」の研究史上の「名品」「優品」を一部初公開している。我が国の先史考古学の曙期をまさに担った資料群と、当館が誇る古人骨コレクションの、近年5から10年にわたるキュラトリアル・ワークの成果発表の展覧会

「小金井石器時代人骨、第1号(加曾利貝塚、1907年出土)」


小金井良精の名前も出ており、「石器時代人骨」出土年も書かれています。
小金井については過去blog(09/11/20)に書きましたが、「帝国大学の命により人類学研究のため」1888年7月に北海道に渡り、アイヌ墳墓から頭骨を発掘しています。彼の論文の中には、発掘した頭骨の内部に脳が「しばしドロドロのかたまり」で残っていたと記述されているほど生々しい記述があり、埋葬して三年しか経ていないものまで発掘したことがわかります(植木哲也著「学問の暴力」春風社 参照)。
「キュラトリアル・・」に展示されている「名品」は「石器時代」のものなのでしょうが、アイヌ民族の骨はないのでしょうか。「古人骨」という言い方でごまかしているように感じます。
展示場には標本資料も同時に展示されているようですので、「古人骨」の「コレクションヒストリー」も調べられるのでしょうね。

ところで、昨年10月29日付けで北大アイヌ・先住民研究センターが文化庁からの委託で「アイヌ文化に関する研究の推進・連携等態勢構築の検討事業に係る調査へのご協力のお願い」を全国の大学・短大779、教育委員会486、博物館4032、計5297箇所に送付したようです。回収率は約半分の2160(大学532、教育委員会150、博物館1478)。
調査事項はアイヌ民族・文化に関する研究者や所蔵する資料ですが、不思議なことに対象に「人骨は除く」とあるのです。なぜでしょう。
一方では「遺骨」をおさめる箱ものをつくる準備をすすめながら、人骨の調査はしないということなのでしょうか。
はて?東大は調査書を出したのかな?


昨日、朱鞠内湖畔で出会いました。オジロワシでしょうか。

この数日は大変な風雪でした。留萌では風で家が震れました。周りの家の心配をしていたらなんと我が家のベランダが崩壊しました。
暴風雪の中、きのうは道北地区総会で名寄へ日帰りし、センターの一年の報告をさせて頂きました。それと、センターリーフレットの英語版とペキン語(繁体字)訳の案内をしました。繁体字とは台湾で用いられているペキン語ですが、これを見て、ある方が大陸で使われているペキン語訳も作ってくれることになりました。ちなみに英語訳はウイットマーさん、繁体字はディヴァンさんが訳してくださいました。

今日はチ・カラ・ニサッタの会合があります。
明日の24日は自由学校「遊」の講座で市民外交センターの上村英明さんが「アイヌモシリの植民地化と非植民地化プロセス」を講演されます。18:30~20:30
両日とも都合があわず断念!残念です。



「先住民族の10年News」

2010-03-18 06:31:55 | インポート
「先住民族の10年News」の欠番をやっと取り寄せることが出来、早速読み始めています。
が、内容が濃いため時間がかかっています。しかも150号から・・・
思えば3年前までは国連の動きなどいっさい分かりませんでした。
WGIPやWGDDなど、読んだ本に出てきていましたが言葉だけが入ってきていました。PFIIは、PF「Ⅱ」と勘違いしてましたし。
「10年News」の方たちは国連の動きや世界の先住民族の権利回復への働きなど、貴重な情報を出し続けてくれていたのですね。感心します。
最新の先住民族の蜂起、裁判についても知らせてくれます。
まだまだ分からないところだらけです。地道に学び続け、皆さんとも共有していきたいと思います。

さて、「10年News」が以下のイヴェントを開催します。


先住民族の10年市民連絡会 2010連続セミナー「生物多様性と先住民族」

2010年10月に生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)が名古屋市にて
開催されます。急速に進むグローバル化によって、生態系の破壊や生物多様
性の劣化は目に見える形で進行しつつあります。生物多様性をめぐる事象を
先住民族の視点からみていくと、どのようなことが浮かび上がるでしょうか。
人間と自然生態系とのつながりについて考えてみませんか。

会 場:アイヌ文化交流センター
    東京都中央区八重洲2-4-13 アーバンスクエア八重洲3階
    [東京駅八重洲南口徒歩4分、八重洲ブックセンターとみずほ証券の間入る]
    地図→ http://www.frpac.or.jp/prf/c_map.html

資料代:各回500円 ※予約不要。単発参加可。

●第1回 3月18日(木) 午後6時30分~8時30分
「グローバル化による生物多様性ビジネスの動向を考える」
お話:細川 弘明(アジア太平洋資料センター共同代表、京都精華大学教員)
*バイオパイラシー(生物資源・遺伝資源の営利掠奪行為)が先住民族に与
える影響と、それへの対抗策としての「先住民族知財権」について考えます。

●第2回 4月23日(金) 午後6時30分~8時30分
「先住民族の伝統知の保護について」
お話:松井 健一(筑波大学教員)
*事例を交えながら先住民族の伝統知(知識と知恵)の保護に関する動向を
さぐります。

●第3回 5月28日(金) 午後6時30分~8時30分
「アイヌ民族にとっての山のイウォル(伝統的生活領域)」
お話:貝澤 耕一(NPO法人ナショナルトラスト・チコロナイ理事長)
*北海道平取町で進められているイウォル(イウォロ)再生事業をとおして
「山のイウォル」をみていきます。

●第4回 6月11日(金) 午後6時30分~8時30分
「アイヌ民族にとっての海のイウォル(伝統的生活領域)」
お話:野本 正博(アイヌ民族博物館学芸員)
*北海道白老町で進められているイウォル(イウォロ)再生事業をとおして
「海のイウォル」をみていきます。

●第5回 7月9日(金) 午後6時30分~8時30分
「先住民族の権利と『自然の権利』訴訟」
お話:籠橋 隆明(弁護士、日本環境法律家連盟事務局長)
*「自然の権利」訴訟の事例から先住民族の権利について考えます。

■主催・お問い合わせ
先住民族の10年市民連絡会
Tel/Fax:03-5932-9515
E-mail:indy10-Lj@infoseek.jp




エンパワメント 潜在する力に息吹を

2010-03-10 17:01:21 | インポート
「ひとの内在(エン=内)する力(パワー)、もともとその人に備わっている潜在的な力をふたたび生きいきと息吹かせることをエンパワメントと言います。この言葉を日本に持ち込んだ森田ゆりさん(CAP主宰)は、著書の中でこんな説明をしています(「エンパワメントと人権」より)。
人は生まれながらにみずみずしい個性を備え持ち、豊かな感性、逆境にも生き抜く事の出来る生命力、そして様々な能力や美しさを備えている。しかし、周りから暴力や差別、無視や拒否、比較や批判を受けてしまうと、おのずとその豊かさが縮こまってしまう。その状態が今のわたしたちの姿だ。その縮こまったその人の豊かさを再びいきいきと息吹かせる力がエンパワメント。それは他者との関係の中で受容され信頼され共感され援助されることで得ることが出来る。そのことによって自分のありのままを認められるようになり、自分の権利意識が強められて、それがまた他者の権利を大切にする力になる、と。

森田さんと言えばデニス・バンクスの語りを本にした「聖なる魂」(朝日新聞社1989年)の著者でもあります。
また彼女のパートナーは牧師だと伺ったことがありますが、CAPの理論にしても、エンパワメントの考え方にしてもとても聖書的に感じて共感できます。エンパワメントによって人権意識を高めていきたいですね。

所用のため、次回の更新は来週以降になるかと思います。



(これも息子の写真)


“アイヌの人々”

2010-03-09 11:42:35 | インポート
以前にも書いたことを繰り返しますが、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(以下、有識者懇)がまとめた報告書を昨年の7月29日に国に提出した際、政府(官房長官)は「報告書」をしっかり受け取り、「報告書の各事項の実現を進めたい」とコメントしています(09/10/3blog参照)。
さらに政府が「アイヌ担当室を設置し」、「審議機関をスタートする意向を示した」と加えています。

国が有識者懇の報告書にどう対処するか心配していましたが、報道によると国はそのままで受け取り(つまり、報告書を承認し)、実現のために政策を進めたいと言っているのですね。
また、この度、発足した「アイヌ政策推進会議」の運営主旨にも
「『アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会』の報告書を受け、アイヌの人々の意見等を踏まえつつ総合的かつ効果的なアイヌ政策を推進するため、アイヌ政策推進会議を開催する。」
とありますので、報告書を元に政策が展開されることがわかります(推進会議URL参照)。

7月29日のことは、なんらかの公文書だったり、大々的にニュースにするなどが必要だったと思うのですが、少なくとも、報告書を認めたということは抑えておくべきことと思います。

その報告書「3(1)①アb アイヌの人々が全住民族であるということ」に、有識者懇の先住民族の定義が書かれています。以下、引用。
「先住民族とは、一地域に、歴史的に国家の当時が及ぶ前から、国家を構成する多数民族と異なる文化とアイデンティティを持つ民族として居住し、その後、その意に関わらずこの多数民族の支配を受けながらも、なお独自の文化とアイデンティティを喪失することなく同地域に居住している民族である」
この定義も問題があると思いますが、それは横において、日本政府がこの先住民族の定義を認め、その上で、アイヌ民族を「日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であると考えることができる。」と先住民族アイヌを認めたわけです。

その後に出来た「アイヌ政策推進会議」の中でも(先ほどの「主旨」の中も)、ほかの文書においても、国はあいかわらず、「アイヌ民族」を使わず、「アイヌの人々」と呼んでいるのは、意図があるのでしょうか。


倉田牧場のネコ

旭川博物館発行の「あらしやま通信」を頂いて読んでいると、いい香りを出す木についてありました。キタコブシ=別名:山蘭(ヤマアララギ)です。これはアイヌ語ではオマウクシ(オ=そこから・マウ=風または香気・クシ=通る・ニ=木)、「そこからいい香りを出す木」と言ったそうです。
しかし、もう一つオプケ・ニ(放屁する・木)という呼び名もあったそうな。屁? へへっ・・・?
これはアイヌの考え方のひとつに、美しいものややわらかいもの(つまりプラス的なもの)を、そのまま表現すると病魔までも寄って来てしまうことを避けるため、あえて逆の言葉をつけた習慣からなのだそうです。なるほど(2000.5 第38号参照)。
そういえば、生まれたばかりの子どもに名前をつける前(5歳ごろまで)は、みんな「シシベ」(うんこちゃん)と呼んでいたと、以前に聞いたことがありますが、これもそのひとつですね。

香る木と言えば、昨年10月に道北地区主催の一泊地区集会で環境問題について理解を深める集会を持った時のこと。プログラムのひとつにNPO法人もりねっとの皆さんと会場周辺を散策しながら説明を受けたのですが、とてもいい香りを出していた木がカツラだということを教えて頂きました。


飯豊連邦を眺める息子


札幌農学校植民学の世界(その3)

2010-03-08 07:15:12 | インポート
井上勝生さん講演の続きです(最後)。

1882年(明15)に当時開拓使勧業課御内用係であった内村鑑三が復命書「千歳川鮭魚産卵地および石狩川鮭漁の景況実地視察」を書いています。内容は千歳アイヌに鮭漁を許すように願うもの。アイヌは昔より鮭を漁して常食としていたのだから、禁漁にすればほとんどの千歳アイヌが餓死せざるを得ないか、法を犯すかの二つだ。アイヌ民族の漁法では持続可能なものなので(今風に!)、漁を許すべきだと実際に千歳に調査に行った内村は千歳アイヌの現状を見、データーを調べて書いているといいます。(山田伸一「千歳川のサケ漁規制とアイヌ民族」2004)
結局は、札幌県は漁を禁止し、その後、内村は札幌を去ったようです。

内村とアイヌ民族の接点ですね。前回の北大での講演(2008/01/12)でもこのことを言っておられたので井上さんの論文「札幌農学校植民学と有島武郎--『星座』と千歳川アイヌのコスモス」(北海道大学大学文書館年報)を調べて読んだ覚えがあります。内村とアイヌ民族についてはもっともっと調べていきたいです。

過去ブログ(2010/2/3)にも書きましたが、有島武郎が狩太にある450町歩の広大な私有農場を小作人に解放した1920年に札幌時計台の二階にて「アイヌ教化団後援会」の主催で演題「惜しみなく愛は奪ふ」の講演をし、300人からの聴衆に「多大の感動を与えた」とありました。J.バチェラーとの接点があったのです(仁多見巌訳「ジョン・バチェラーの手紙」P315)。

井上さんは、今回の講演に1892(明25)年2月6日の北海道毎日新聞記事を持ってきて、北海道禁酒会アイヌ矯風部の演説会の模様を紹介。会場の北水協会には開会前から聴衆でいっぱいになり、400名以上が来て、四分の一は立ち見で身動きが出来ないほど盛会だった、と。学者やバチェラーに加え、アイヌ民族からは有珠のパロピタさんが講演。一同「アイヌ種族に対して深き同情の感」を起こさせたという内容ですが、当時の札幌の人口を調べると26,022人。その内の400名とは大変多い人たちが聞きに来たということですね。それは人々が、薩長閥がやりたい放題のことをやったために、アイヌに同情心を持っていたからだと井上さんは語ります。薩長閥の批判は帝国議会においても追求されます。
帝国議会の議事録は一般のわたしたちでも読めるそうです。


飯豊頂上から朝日を眺める(息子の写真)

この春、高校を卒業する(ことを切に願う)次男とじっくりと話し合っています。自分という器の大きさ、限界、ありのままの形。他者との境界線の引き方、感性だけではなく知性を使うこと、などなど。とても有意義で豊かな時間を与えられています。
彼は樹木医になりたいと春からひとり東京に行きます。その前に高校の3年間のまとめと、人間関係の持ち方を整理出来ていることは家族にとって必要だったと実感しています。

さて、
こどもの喧嘩を一瞬で止める方法をこのあいだテレビで見ました。(時短生活 夢の大実験)
どうすると思いますか?答えはいたって簡単。カメラを向けて「はい、チーズ」とシャッターを押すだけ。
ケンカが一瞬に止まり、子ども達は「作り笑い」。
どうして?と聞くと、びっくりしたとか、かわいく映りたかった、ですと。
最近、息子の高校で女の子が写真を撮る際、メガネをはずし満面な笑顔で写真を撮るのを「勝負顔」というらしい。何に勝負しとんだっ!


札幌農学校植民学の世界(その2)

2010-03-07 08:25:54 | インポート
井上さんの講演の続きです。
大漁で豊かだった十勝アイヌから一方的に漁場と収益を奪い、農業を強制した。
「古民財産管理規則」(1893)を見ると割印を押しているなど、相当しっかりと管理されていたことがわかる
(但し、旧土法が出来たために無意味となった)。
また、十勝アイヌが共有財産請求と共同漁業・自営の出願を何度もおこなったり帝国議会へ陳情するなど、激しい請求運動が行なわれていた、
ということが分かります。

かつての歴史説明では、「アイヌの貧困を助けるために農業を覚えさせた」「アイヌ運動は微弱だった」「アイヌは財産管理ができなかった」という説明がなされますが、井上さんはそれは根本的に間違っている、アイヌの近代史はほとんど手が付けられていないと指摘。

「十勝外四郡土人関係書類」※1にある「十勝アイヌ 共有財産請求と共同漁業・自営の出願」(1892)には、こんなことが書かれています(わたしの要点のみ)。
「アイヌを保護することは釧路郡役所に委任されており、アイヌの共有財産の管理も郡役所が行なっている。そのため我々十勝アイヌ民族は自営を束縛されて困惑している。現に今年は312戸が共有財産で種子や農具を買うことを求めて3月に郡役所に出願したのに6月22日の今日になっても何も返事がない。このままだと餓死をまぬがれない。よって、アイヌは共同漁業を自営して雪中の食料にあてる魚の貯え、米の貯えをしたいので郡役所と道庁内務部にアイヌ共有財産の漁場取り戻しの件を何度も申請した。
われわれアイヌは相当の財産があるのに圧制され、共有財産の管理権を失い、役所の束縛のもとに苦しみ、自営活計の道をさまたげられ、まるで重罪人の治産を禁止されたものみたいだ。今年の鮭の時期を逃したときは、十勝アイヌの312戸は失業に苦しみ、雪中に餓死をまぬがれないので、道庁内務部に電報を打って救援護を願う。」


何度も請求したにも関わらず、6月末にいたっても種を与えられないでいたとはどんな管理だったのでしょう。
この問題を調停したのが白仁武。
白仁はアイヌが豊かだったこと、漁場を奪われたこと、アイヌが怒っていることをここで実際に見ているのです
(その白仁が旧土法の説明に当たるとは)。

この本文は筆字でわたしが読んでも分からないのですが、井上さんが現代文に変えて資料に加えてくださいました。さすが!


年表にあるように十勝アイヌ共有金を管理していたのが薩摩出身の橋口文蔵(理事官)。
その金を勝手に自分名義にして北海道製麻会社と札幌製糖会社の株に替えて、後に会社が倒産して金がただの紙切れになったわけです。
この橋口は非職にされ、その後にどこへ行ったかと言うと、メキシコ移民地探検嘱託(1894)を経て、1895年に台湾民政局殖産部の部長になります。そこで台湾の山間部からクスノキを大量に伐採して樟脳生産にたずさわるのです。樟脳輸出に関しては、かつてNHK総合で「シリーズJAPANデビュー第1回 アジアの“一等国”」(09/4/5放送 4/6blog参照)にも取り上げられていましたね。セルロイドの原料としてヨーロッパに輸出されていたようです。

橋口は日本が台湾を植民地化して最初の地方長官による台湾原住民族との「会見」に軍隊と共に同席しています。※2
しかし数年後、薩摩・長州が牛耳っていた民政局の不正が多すぎて、橋口も非職させられます。
その後に薩長グループは朝鮮、中国へと向かっていくと井上さんは指摘。「北海道」を植民地化した後に台湾へと続き、さらに朝鮮、中国へと植民地化が進められたことを、橋口(薩摩、長州の人々)という人脈から説明されたのです。

高倉新一郎「新判アイヌ政策史」にはこの下りのことも書いてはいるものの、橋口の名前は一切でていない。帯広出身の高倉はアイヌの事も橋口の事も知っていたはず。それをわざと落としたと井上さんは推測し、高倉が別のところで鮭が取れなくなったことを記述していることを指摘しつつ、十勝では2年しか不漁の年はなかったと疑問を投げかけました。高倉の「アイヌ政策史」も疑問が多い、と。

後の台湾の殖産部長は新渡戸稲造です(1901)。彼は糖業を成功させるのですが、当時、植民地では糖業を用いて国益を上げさせることを頻繁にやっていたと井上さんは説明し、クラークも北海道で糖業を導入すべきだと言っていたことを紹介されました。少し、調べてみようと思います。

少し前の2月23日のblogで間違いを書いてしまいました。日本の製糖会社の倒産原因について、
「この製糖会社が倒産した原因は日清戦争終結後に日本が台湾を植民地とし、台湾で製糖業を普及させたからですね。」
と書きましたが違っていました。先述の通り、新渡戸の「糖業意見書」により台湾での糖業は成功しますが、それと日本の糖業会社の倒産とはなんの関係もないそうです。日本の製糖会社は始めから経営不振だった、と。そのために株券偽装事件まで起こしたそうです。過去blogからは消して直しました。

※1 北大付属図書館北方資料室所蔵
※2 北村嘉恵「日本植民地下の台湾先住民教育史」2008年


雪の風景から少し離れて、息子が撮った夏の瀬棚(倉田牧場)の写真です


札幌農学校植民学の世界(その1)

2010-03-06 07:18:56 | インポート
3日のさっぽろ自由学校“遊”での井上勝生さんの講演内容を3回に分けてUPします(その1)。
今回は佐藤昌介関連での北大植民論講義について話されるかと思いきや、十勝アイヌ共有財産の歴史を掘り起しつつ、植民地支配がアイヌ・モシリを覆い、次に台湾、朝鮮へと広がっていくところを橋口文蔵(薩摩藩出身)をキーパーソンとして資料を深く調べ、お話くださいました。
十勝アイヌについては以前に書きましたが(2/23blog)、補足と訂正をしつつ昨夜の話を自分なりにまとめます。少々、長くなったので、3回に分けます。

明治初期は十勝アイヌは十勝川河口のとてもいい場所に何箇所も漁場をもっていたようで、相当の鮭の収量があり、高価で大量に売れていたとのこと。以下の年表を追いながら細かい分析をされました。

1875(明8) 場所請負商人の杉浦嘉七が漁場を返上。十勝アイヌと和人共同で「十勝漁業組合」を結成。このころの鮭の収量は平年2000石。(1石はネットで調べると40尾。しかし、以前の井上さんの説明では、1石=3束で、1束は20尾だから120000尾ということになります。それらが高価で大量に売れたというから、相当の収益があったそうです。

1880年(明13) 十勝が和人に「開放」されて、大量の和人が鮭や鹿を目当てに入ってくる。この時点で十勝漁業組合は解散させられ、当時の共有金は5万3819円(現在の億相当)と病院を建てた。

1882(明15) 十勝鹿、大雪と乱獲で絶滅の被害

1883(明16) 帯広アイヌの漁場を禁漁に。翌1884(明17)にはアイヌに農民になることを強要し「授産」開始(この年と翌年のみ鮭の不漁)

1886(明19) 北海道土地払下規則公布。アイヌを対象外にして一人につき10万坪を払下(2/24blog参照)。同年に道庁官吏である橋口文蔵理事官が十勝アイヌ共有金を管理。

1888(明21) 橋口文蔵はアイヌ共有金を自分名義にして北海道製麻会社と札幌製糖会社の株に替える。橋口は札幌農学校長(クラークの後の三代目)を兼任。(このころの鮭の収量は7000石以上)。 

1889(明22) 函館商人江政敏が十勝アイヌ漁場を一手借り請ける。はじめはアイヌを使うと言っていたが一切使わずに函館から人を連れて働かせた。

1890(明23) 札幌製糖会社竣工、しかし会社ははじめから経営危機。伊藤裕之新社長(理事官)に交代。株券偽造事件まで起こす。

1890(明24) 十勝アイヌ全戸総会を開く。アイヌの共有金回収運動はじまる。橋口は非職に追い込まれ、佐藤昌介が札幌農学校長就任。

1892(明25) 十勝アイヌ、共有漁場の取戻しを請求

1893(明26) 「古民財産管理規約」できる。アイヌが財産をしっかりとチェックする規則。十勝アイヌが共有財産請求と共同漁業・自営の出願を何回も行う。理事官白仁武が調停。白仁はこの激しい状況を知ることになった。

1895(明28) アイヌ民族が帝国議会へ陳情。共有金、全道教育(金)、十勝・対雁・沙流共有金など。製糖会社操業停止。

1899(明32) 旧土人保護法制定。起案と政府説明は白仁武

1901(明34) 札幌製糖会社倒産。新渡戸稲造が台湾総督府民生部殖産課長「糖業意見書」提出

1902(明35) 北海道長官が十勝アイヌ共有財産を指定(製糖会社の株券が紙切れになったところで共有財産を指定したということ)

今日は年表だけで終わります。



COP10

2010-03-05 07:06:15 | インポート
一昨日(3日)は、札幌へ事務作業を兼ねて、さっぽろ自由学校“遊”の井上さんの講演を聞いてとんぼ帰りでした。井上さんのお話はいつも勉強になります。少し整理したいので、詳しくは明日以降にUPします。

COP10(コップテン)が今年の10月に愛知の名古屋で開催されるというニュースやそれに伴う会議・講演会がすでに色々なところで始まっています。
「COP(Conference of the Parties)」とは、国際条約である生物多様性条約を結んだ国が集まって行なう会議(締約国会議)の10回目。

この地球上には、科学的に明らかにされている生物種が約175万種、未知のものも含めると3,000万種とも言われる生物が暮らしているそうです。それらの生物が、自然林や人工林、湿原、河川、サンゴ礁などのさまざまな環境に適応して生きています。このようにそれぞれの環境に応じた相互関係を築きながらつくられている生物の世界を総称して「生物多様性」と言うのだそうな。
それらの恵みを人は頂いて生きているのですが、人の都合で開発・乱獲のため破壊され、多くの絶滅種を生み出していることに警告を発し、持続可能なことを考えていくのがこの会議。
IUCN(国際自然保護連合)がまとめた2009年版のレッドリスト(絶滅種リスト)には、絶滅のおそれの高い種として8,782種の動物と8,509種の植物がリストアップされているよう。日本においても、2006~2007年に公表された環境省版レッドリストに3,155種が絶滅のおそれのある種として掲載されているとか。

「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約:Convention on Biological Diversity)」は、1992年5月22日に採択され、翌年に発効。2009年12月末現在、193の国と地域がこの条約を締結しています(日本も1993年5月締結)。
この条約の3つの目的に添って、今回の会議も審議されるようです。
・地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全すること
・生物資源を持続可能であるように利用すること
・遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること


ここまでの参考は「COP10支援実行委員会」URL⇒http://www.cop10.jp/aichi-nagoya/index.html

環境問題を考える会議ですが、この会議には、実は相当の世界の先住民族が集結するとのこと(上村英明さん情報)。
と、いうのは、環境問題を解決するということは、そこに住んでいる先住民族を守ることなのだという認識が世界に共通のこととしてあるからだ、と言われるのです。なるほど。今回も名古屋に多くの先住民族が集まるので、迎える準備で市民外交センターは大忙しのようです。
わたしたちも関連する会議に参加で来たらいいなと願っています。また、何か先住民族関連のイヴェントを名古屋で開催できたらうれしいです。
ついでに味噌カツ定食も食べて、ういろうを土産に買って、少し足を伸ばして松浦武四郎記念館も見学して、松坂牛も・・・と、夢は大いにふくらませておきます。


数日、春のような陽気でかなり雪も溶けたのですが、また冬に逆戻り!とほほ。

WIN AINU の報告集が送られてきました。
毎月のように開催された報告会や学習会の報告が掲載されています。
今回は創刊号と2号の合併号でもあり、内容も厚く、立派ですが、活動報告や案内を気軽に頻繁に出せたらいいと個人的に思います。
わたしも学習会の報告を書かせて頂きましたが、内容はこのブログで報告させて頂いた以上のものではありません。すんません。



今日は留萌にあるカトリック・聖公会・そしてわたしたちの三教会合同の平和祈祷会があります。今年は中央アフリカのカメルーンの女性たちがプログラムを作りました。この会は知らないことの多いことをいつも実感します。


「擦文アイヌ」

2010-03-02 09:05:01 | インポート
前回のブログで「擦文アイヌ時代」と書きました。
これは北大大学院教授の小野有五さんの講演でよく出てきますし、著書「自然のメッセージを聴く」(北海道新聞社 2007年)の中にも説明があります。
小野さんは旭川博物館の瀬川拓郎さんの「アイヌ・エコシステムの考古学」(北海道出版企画センター 2005年)を紹介しながら、縄文、続縄文、擦文時代とアイヌ文化の連続性を意識して、各時代に「アイヌ」をつけます。擦文文化を「擦文アイヌ文化期」と言うように。

瀬川さんの「アイヌ・エコ・・」によると、激動する周辺地域との交流の中でアイヌ民族は自然資源(鮭など)を単に自給自足のために獲ったのではなく、干して交易に使うシステムを持っていて、それがアイヌ文化をつくったと説明(それをアイヌ・エコシステムと名づけた)。そのシステムは擦文文化期にはすでに出来上がっていたという説。これをもとに、小野さんは「擦文文化」は9世紀から12世紀にかけてのアイヌの文化だ、アイヌの側から見た「日本史」をつくるべきだ、と主張。

ちょうどその話を聞いた頃に、(2007/4/16blog)にも書きましたが、かつて、北海道大学の敷地内にある「遺跡保存庭園」内に伊藤ヌプリエカシが「古代アイヌ竪穴住居跡地盛衰史」という大きな看板を立てた話と写真を小川隆吉エカシから見せて頂きました。その一部にこうあったのです。
「此地に訪れられる市民の皆さん。千年余の樹々がそびえて、さながら太古の名残を思わせるこの遺跡庭園の竪穴住居跡地は、誰あろう四千年前以降の古代アイヌの遺跡であり、北海道の先住民であります。
私たちアイヌ民族の文化の源流を成した、聖なる痕跡地であります。多くの方々に知られざる、この古代アイヌ遺跡が北大構内に突如降って沸いたのではなく、日本史以前から原始の星霜を重ねたこのたたずまいのなかにデーンとあったのであります。(以下略)」

アイヌ民族も「突如降って沸いたのではなく」て、小野さんの言う連続性の中にあるというのに納得したのです。


ジャージ種の乳牛(独立学園のモモコ5才 一日8キロほど美味しい牛乳をだしてくれます)


ところで、瀬川さんの「アイヌ・エコ・・・」も、「アイヌの歴史」(講談社 2007年)も持っているのですが、難しい・・・
今度、じっくりと読みます。

斜め読みしながら目に止まったのが、オオワシの羽の記述。瀬川さんは北の最高の宝だったと推測。
そこに先日お訪ねした宮城学院女子大学でお会いした菊池さんもワシ羽移出を論じておられるとありました。調べていきたいですね。

ワシの羽根は何に使われるかと言うと、矢羽。そう、弓矢の後ろ側についていて、命中度や耐久性に大きな影響をあたえるところ。矢羽には複雑なランクづけがされていて、中でもワシ・タカは強靭かつしなやかで最高の価値があったばかりではなく、鑑賞の対象として一種の美術品に扱われたそう。
特にオオワシの尾羽が最頂点で、成長度や尾羽の何番目かの場所によってその斑文が違うらしく、その多様性が人々を虜にしていたそうな。本州の貴族層にとっては「命ト等シキ財」だったと。
この5年ほど留萌管内、石狩によく渡って来るのです。生息地域はロシア極東地方沿岸で、冬にはるばる北海道まで来るのですね。
今度、オオワシが巣を作っているあたりを調べてよ~く見てみよう。尾羽の一枚ぐらい落ちてるかも・・・

明日(3日)は、札幌まで事務仕事に行き、夜はさっぽろ自由学校“遊”で公開連続講座:植民地主義を解剖する~私たちの中に潜むコロニアリズム~の第5回目。井上勝生さんの「札幌農学校植民学の世界-アイヌ民族やアジアとの関わりから」を聴きに行って来ます。


道北センター敷地内にある小さなかわいらしい小屋


最近の気になるニュース三つ

2010-03-01 19:16:36 | インポート
興味ぶかい記事をいくつかピック・アップします。

① 中日新聞 
「地熱住宅でエコ人気じわり 四日市の2業者PR」(2月28日)
http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20100228/CK2010022802000018.html

地熱を利用して冬は暖かく、夏は冷たくした空気を家全体に循環させる建築法で四日市の2社がアピールしているとか。
「主に地下1~5メートルの地熱を利用。冬でも16~18度と暖かく、朝、昼、夜とほどんど温度が変化しない。工法や家の構造で異なるが、室内を冬場で13~18度にできる。夏も25~28度と外より涼しい。」
なんでも、「家の基礎部分に断熱材を施して、地中からの放熱を効率的に取り込む。住宅の外側も高機能の断熱材ですっぽり覆う「完全外断熱」が特徴」だと。それが、アイヌ民族の伝統民家「チセ」の原理を使った工法だそうです。「暖かいというより寒くないという程度」でエコをアピール。
以前にも書きましたが、擦文アイヌ時代の竪穴式住居は地下に約90~120センチ掘り下げて、その上に屋根をつけたそうです。この深さは温度が常に一定に保たれていて、冬は暖かく夏は涼しいとか。北海道ではマイナス20度ほどに冷える夜や、長期で留守にするときは「水を落とす」ことをします。これは水道管の主管が地下120センチのところに埋まっていて、そこから家の水道管に上って来ているですが、管が凍りそうになったら地下120センチまで水を「落とす」=抜いて破裂を防ぐためだそうです。120センチは今も使われているのですね~

② 中国ニュース通信社
「ビビアン・スーが初妊婦役で体重アップも、念願の台湾映画に出演―台北市」(2月27日)
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=40042&type=5

人気女優のビビアン・スーが台湾出身とは知りませんでした。しかも台湾原住民族のタイヤル民族の方だったのですね。
現在、映画「セデックバレ(賽徳克・巴莱)」のロケで、台湾の山間部に滞在中だとか。1930年に発生したセデック民族による「抗日蜂起事件『霧社事件』を描くもので、ビビアンは事件で自殺した警官・花岡二郎(ダキス・ナウイ)の妻を演じている」とか。観たいですね~。

③ 読売新聞
「無償化から朝鮮学校除外、国連委が「懸念」」(年2月26日 )
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100226-OYT1T00347.htm

国連人種差別撤廃委員会の審査会合で一部委員が、鳩山政権が高校無償化から朝鮮学校の除外を検討していることについて「懸念」を表明したというニュース。

このことに関し、知人から重複の署名賛同願いメールが届いています。
「『高校無償化』制度の朝鮮学校( 高級部)への適用を求める要請書」全文が以下のブログに転載されていますのでご協力を。
「猿虎日記」 ⇒ http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20100301


千歳空港の花畑牧場「カチョカバロチーズ熟成中」の写真。美味しそうです。
今日から東京に行く予定でしたが諸事情で今は在宅しつつ、息子とじっくりと話をしながら、事務仕事をかたつけています。