アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

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アイヌ民族遺骨返還訴訟 一部和解 その2 

2016-05-27 05:51:29 | 日記

前回に一部和解の事を書きました。

和解内容をくわしく書いていきます。今回の和解で返還されるのは、故人の特定可能な(つまり、どなたのご遺骨か資料によってわかる)5人のうち、原告の小川隆吉さんのご遺族おひとりのご遺骨、そして、特定不可能なご遺骨11人のご遺骨です。小川隆吉さんのご遺族は全身骨で大きな箱におさめられています。過日、隆吉さんが確認にいったところ、頭蓋骨にご遺族のお名前が黒いマジックで書かれており、実験材料として粗末に扱われていた事に怒っておられました。11人分は頭骨のみが10人、他のおひとりは、どの部分か分かりませんが一部の「体部骨」のみ。これらは小箱におさめられています。

12名は北大から戻って来られるための儀式が行われる杵臼生活館に迎えられます。その「搬送」費用は北大が負担します。

杵臼から、盗み取られたご遺骨は、北大の資料によると、16名おられます。小川隆吉さんのご遺族以外の、故人が特定できるご遺体4名については、「被告(北大)が開設するウェブサイト上にて以下の情報を書くこと(公告)も和解条項に記されています。

1.祭祀承継者を特定する上で必要かつ合理的な情報

2.公告の日から一年を経過するまでの間に限り、当該祭祀承継者(返還希望のご遺族)から遺骨の返還の申出を受ける事。

この「公告」がどのようなものか気になります。なぜなら、いままで北大側は恐らく個人情報保護の名目で、開示請求された資料を黒塗りしてきました。それゆえ、個人認定ができずご遺族に知らせる事も出来ませんでしたし、ご遺族が気付くこともなかったのです。それをこの度、インターネットを見る事の出来るご遺族がご自身の関係者のご遺体であることの分かる情報を出すということは、どうするのでしょう。

そもそも、ご遺体を奪って持っていき、不当に保持していた研究者や大学側が真摯に資料を調査するべきですし、個人が特定出来るご遺体のご遺族を捜し出し、謝罪とともにお返しする努力をするのが筋だと思うのですが。

1年待って、4名のご遺体の引き取り手であるご遺族が名乗りをあげたなら返還し、ご遺族がインターネットを見ておられなかったり、知らないまま1年が終わった場合、また、ご遺族の希望があった場合は今回同様、再埋葬の儀式と埋葬をします。

和解条項には、「引き渡しを受けた遺骨及び副葬品」をコタンの墓地に埋葬し、「将来にわたり尊厳ある態様で維持管理する」ことが記されています。この度の返還訴訟の原告の皆さんは、尊厳あるアイヌプリ(アイヌ民族の伝統)で、供養したいと願い、返還請求と、ご遺体を盗まれたために「供養」が出来なかったその苦痛が今日まで続いていることを慰謝料請求しました。この和解で慰謝料請求はとり下げましたが、遺骨の返還が実現し、やっと供養できると原告の皆さんは喜んでおられます。

 

来る7月15日(金)より、17日(日)にかけてご遺骨を迎え入れる儀式を行います。

遺骨返還訴訟ニューズレターNO.13号(2016/04/17)に、和解条項全文、和解日の共同記者会見での原告のお話、ご遺骨を迎え入れる儀式のご案内を載せています。ご覧下さい。

http://hmjk.world.coocan.jp/newsletter/kokanu_ene013.pdf

 

今日はアイヌ民族情報センタースタッフ会が札幌であるので、いくつかの教会や手作りウタラの会を訪ね、夜はさっぽろ自由学校「遊」の2016年度前期アイヌ民族関連講座「北海道をもっと知ろう! アイヌ入門講座」を受講してきます。

http://blog.goo.ne.jp/sakura-ive

明日は、旭川の嵐山にて「第41回チノミシリカムイノミ」(聖なる地でのお祈り)に参列します。 

イヴェント情報ブログも充実させて行きます。

 

2009年に見た黒い狐「シトゥンペカムイ」。でも、いづれも冬にみているので単に冬毛なのでしょうか。

いやいや、5月23日に見たのも写真にはおさめきれなかったものの黒色でした。ん?冬毛から変わっていないだけ? この冬は、エゾクロテン、イイズナとも会えました。

 


アイヌ民族遺骨返還訴訟 一部和解へ

2016-05-26 11:56:21 | 日記

 先祖の墓地から遺骨を盗掘され、持ち去られたままになっている浦河町杵臼コタン出身の故城野口ユリさん、小川隆吉さんら3人の遺族が北海道大学に遺骨の返還と慰謝料を求めた裁判の和解が2016年3月25日に成立しました。

 1930年代から戦後にかけて北海道大学医学部の歴代教授らが研究名目で各地のアイヌ墓地を「発掘」して千人以上の遺骨を収集し、現在もなお保管しています。2012年9月14日、小川隆吉さんらは北海道大学に遺骨の返還と1人当たり300万円の慰謝料支払いを求めて、札幌地方裁判所に提訴しました。

 その後、2014年1月、畠山敏さんがモベツコタン(北海道紋別市)由来の遺骨4体の返還などを求めて北大を提訴。さらに、2014年5月27日、浦幌アイヌ協会(差間正樹会長)が遺骨64体の返還などを求めて北大を提訴し、これらの訴訟は併合され、同じ法廷で審理が行なわれました。三地域の訴訟のうち、この度、浦河から持ち去られた遺骨について和解が成立しました。

 持ち去られた遺骨は、浦河町杵臼コタン(集落)の墓地から1931年から35年ごろにかけて当時の医学部解剖学第1・第2講座の山崎春雄・児玉作左衛門教授らが掘り出したもので、小川隆吉さんの先祖のご遺骨1体と特定不可能なご遺骨11人分がこの夏(7月15日~17日)に地元に返還されます。

 原告のおひとりの城野口ユリさん(1933年生)は、闘いのさなか昨年3月に召されました。母親から「頼むから北大にあるオラの先祖のお骨を杵臼コタンに返してほしい。なんとか努力してくれ!」と頼まれ、遺骨返還を「おまえが仇をとってくれ」との言葉にうながされての原告としての思いでした。ユリさんの亡き後、その意思を引き継がれた弟の山崎良雄さんは和解成立を受けて、「姉は裁判ではなく話し合いで解決したかったが応じてもらえずにやむなく裁判を起こした。今日の和解の日をなんとしても姉が生きているうちにしてほしかった」と涙を流しつつ話されました。

また、原告の小川隆吉さん(80歳)は、「本当にうれしい。裁判長に感謝したい」と述べ、さらに裁判の支援をしている北大開示文書研究会のメンバーには、「コタンへ返還を求める遺骨はまだまだある、これからも頑張る」と、強い意志を表明されました。

※ブログ「さまよえる遺骨たち」より当日の記者会見の映像を見る事が出来ます。

http://hokudai-monjyo.cocolog-nifty.com/blog/

 

 今回の和解は、歴史的に重要な結節点になると原告代理人の市川守弘弁護士は述べます。それは、アイヌ民族の先住権にのっとって遺骨が返還され、元の場所に再埋葬することが認められたからであり、世界の先住民族の権利回復の流れに乗ったからだ、と。アイヌ民族は、各コタン(集落)が埋葬地を管理していたので、この度もコタンへの返還を求めていたのですが、日本政府及び北大は、日本民法に則って祭祀承継者への返還を閣議決定しました。この政府の基本を覆し、コタンの受け皿としての現在における継承団体(コタンの会)へ返還させるということは、先住権への大きな一歩になったのだ、と。

 今後は、浦幌より持ち去られた64体、紋別の4体のご遺骨もそれぞれ埋葬する準備がすすめられています。

 この裁判を支援して来た北大開示文書研究会は、アイヌ人骨および副葬品盗掘問題の告発と今回の裁判の記録を「アイヌの遺骨はコタンの土へ―北大に対する遺骨返還請求と先住権」(緑風出版)として出版しました。ぜひご購読ください。

「さまよえる遺骨たち」ブログより、「アイヌの遺骨はコタンの土へ」目次 

http://hokudai-monjyo.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-a6b9.html

  

話題になっているマンガ『ゴールデン・カムイ』の7巻に、黒い狐「シトゥンペカムイ」のことが記されていました。黒い狐「シトゥンペカムイ」は人の病気を癒したり、海に漁へ出て時化(シケ)にあったときは助けてくれたりするとありました。上の写真は黒い狐でしょうか。わたしは数年前に2回、そして、3日前(5/23)にも山のなかで出会っています。(写真は2年ほど前の冬に撮影)