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奥井みさき、旅の記録と徒然日記

仕事の合間に旅行、旅行の合間に仕事。
フリーライター・奥井みさきの旅日記と、日々思うこと。
札幌からです。

名古屋から仙台への5日間 … 小高から仙台へ

2016-11-20 06:36:57 | 道外の旅日記
16日(月)





常磐線は小高から相馬までは開通していますがその先は浜吉田まで津波の影響で不通。
この間は一部区間を山側に移設し12月10日に全通予定です。

ということで小高駅、11:52の発車まで時間があるので駅でボケっと過ごす。
駅前には空間線量のモニタリングポストがあり0.144μSv/hと表示されています。





この数字の意味が分からない。

危険なのだろうか、安全なのだろうか。
人が住む許可が出ているのだから安全なのだろう、と思うしかありません。

2両編成の701系電車に乗り28分で相馬に到着、東日本急行の12:30発亘理行代行バスへ。

この区間は普通に人々が生活しているだけに先ほどの代行バスと違って活気があります。
この両不通区間の落差、原発事故はその周辺に人の気配を消すのだなと思う。

亘理駅に隣接しお城が建っています。





「悠里館」という図書館、郷土資料館、商工会などが入った施設、
予定を変更して郷土資料館を見学したくなりますが、しない。

亘理から先は仙台まで、常磐線で行くだけ。
仙台駅を降りれば活気があり先ほどまでとは全く違う風景が広がります。

ここまで、常磐線を乗り通してきました。
途中、フクイチの横を通った時には複雑な気持ちになりました。

いろいろ思うところはあるのですが、書かない。
私の気持ちの整理ができていないのである。

現実は簡単ではないな。
果たして私が生きている間に廃炉ができるのであろうか。
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名古屋から仙台への5日間 … 竜田ー小高間の代行バス

2016-11-18 04:22:48 | 道外の旅日記
17日(月)





この日のトップランナーは常磐線始発の勝田行、水戸といわきで乗り換え竜田まで。

常磐線は全線のうち2か所で不通になっておりバスで代行輸送を行っています。

そのうちの1か所は原発事故で不通になっているここ竜田から小高まで、
この間の代行バスは1日2往復しかありません。

福島第一原発は大熊町と双葉町に立地、常磐線では大野―双葉間になります。
そのフクイチが事故を起こし、常磐線が不通になりました。

竜田から乗るバスは10:05発の原ノ町行の浜通り交通、
途中は帰還困難区域を通り小高のみ停車します。





この間は国道6号線を通りますが帰還困難区域を含め自由に通行できます。

ただしこの区間を通行できるのは自動車のみで駐停車禁止、
本線外の道路や施設は立ち入り禁止、窓は閉めてエアコンは内気循環にとのこと。

バスは15名の乗客を乗せて発車、車内は空間線量をリアルタイムで表示しています。

その数字は当初0.1μSv/h程度でしたが徐々に上昇、
帰還困難区域に入ると途端に数字が跳ね上がり3μSv/hを超える場所も。

外の景色は人影がないだけで自然豊かな事故前と同じなのですが、
ここには放射能がたくさん降り注いでいるわけだ。

放射能は目に見えない、その厄介さがうかがい知れる。
そのような場所でも所どころ警察官や警備の方々が検問などをしています。

帰還困難区域を抜けると途端に空間線量が下がる、その落差が激しい。





11:00、小高駅に到着しました。

※明日のブログはお休みします
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名古屋から仙台への5日間 … 熈代勝覧

2016-11-17 05:07:58 | 道外の旅日記
16日(日)





「熈代勝覧」とは1805年ころの日本橋から今川橋を東から俯瞰、
江戸時代の町人文化を克明に描いた作者不詳の絵巻物です。

原画はベルリン国立アジア美術館に所蔵されています。

この絵巻には88軒のお店、人は1,671人、20匹の犬、馬13頭、牛4頭、
猿1匹、鷹2羽の他に暖簾、看板、旗などが描かれています。





お店の名前もわかるくらい鮮明。
この複製が東京メトロ三越前駅地下コンコースに設置されています。

私は画像では見たことがあったのですが何しろ全長17mもの大作、
画像だけでは全容が想像しにくい。

いつかは実物を見てみたいものだと思っていましたが、この日拝見することができました。

端から端まで、一つひとつのお店などをじっくり見ました。
今も営業している「三井越後屋(現・三越)」や刃物の「木屋」の名も見えます。





所々に建物や職業、暮らしなど江戸町人文化の解説もあり、
当時の様子をより知ることができる。

こんな貴重なものを拝見できるなぞ、さすが日本橋ですね。

ところで「熈代勝覧」とは「熈(かがや)ける御代の勝(すぐ)れたる景観」という意味。
その通り、華やかな江戸町人文化を今に伝える貴重な史料ですね。
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名古屋から仙台への5日間 … 鉄道唱歌の碑

2016-11-16 06:06:36 | 道外の旅日記
16日(土)

再開します。





新橋駅で有名なのはSL広場ですがその反対側、
烏森口(ゆりかもめの方)に「鉄道唱歌の碑」があります。

日本最初の鉄道は1872年10月14日、新橋ー横浜間に開通しました。

この碑は1957年10月4日に鉄道開通85周年と、
作詞者・大和田建樹の生誕100年を記念して建てられました。

尚、「鉄道唱歌」は1900年に発表されています。

大和田建樹(おおわだ たけき)は実際に汽車に乗り見聞したことを中心に、
「東海道」から「関西・参宮・南海各線」まで全5巻334番まであるそうです。

この碑にはもちろんその一番、新橋駅のあの歌詞が刻まれています。

♪汽笛一聲新橋を はや我が汽車は離れたり…

歌詞は実際に乗車した見聞録だそうです。

九州から東北まで実際に行って書いたとは、大したものだ。
日本鉄道発祥の地、新橋にふさわしい記念碑ですね。

ところで隣には「D51機関車の動輪」も保存されています。





この動輪は1976年の総武・横須賀線乗り入れ記念として札幌鉄道管理局から譲受、
鉄道発祥の地・新橋駅に設置されたものです。

SLの動輪はともかく、その由来は新橋駅とは関係なかったみたいですね。
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ファクトリーのクリスマスツリー

2016-11-15 06:22:03 | イベント



毎年恒例、サッポロファクトリーのクリスマスツリー、
今年の点灯式は11月3日でした。

点灯時間は毎日16:00~22:00、毎時00分から5分間はショータイム、
この5分間はアトリウムが光り輝くのだ。

これ、結構キレイです。

多分北海道で一番有名なクリスマスツリー、
点灯しているのは12月25日(日)まで。

是非ファクトリーにお越しください。
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小樽駅感謝祭

2016-11-14 06:11:36 | 鉄道
11月5日と6日、小樽駅で両日とも11:00~16:00まで感謝祭が開催されました。
日頃のご利用に感謝し、市総合博物館と駅マーケット各店舗との共同企画です。

駅長室を開放し駅員がいろいろ案内、市総合博物館による展示、更に物販など、
日頃のご愛顧に感謝して特別イベントを云々…。

この日に合わせ小樽に仕事をブッキングしいざ小樽駅、
駅なかマートの中にある普段は立ち入り禁止の階段を登り2階の駅長事務室へ。

そこはJRや市総合博物館のコレクションから時刻表やグッズの展示があります。

明治時代から昭和初期の時刻表の中から“北海道庁命令航路小樽稚内線”をアップします。





いつもより大きな画像をアップしましたがこの時刻表の見方、わかりますか?

それから昔の鉄道グッズの画像も。





特急“北海”は特急“おおぞら”よりも空いていたのでよく乗っていました。
キハ82系、連絡船の時代のお話です。

駅長事務室の奥が駅長室、駅長の椅子は座ることができましたし、
昔の駅長の制服・制帽も自由に着ることができました。





駅長室には案内のJR社員さんがいていろいろサポートしてくれました。
小樽駅構内作業ダイヤというものを初めて拝見、見方も教えてくれました。

がよくわからなかった、でもわかってもらおうという気持ちが嬉しい。
駅員個人個人はすごく親切で優しいのですが、組織になるとどうして…ねぇ…。

ところで小樽駅の2階は駅の構造上ホームの真横、事務室から直接行くことができます。
駅構内が丸見え、そういうシチュエーションでの公開イベントは小樽駅ならでは。

このようなイベント、もっといろいろな駅でできないものだろうか…。
小樽駅だからこそ、なのかもねぇ。
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一か月早い雪

2016-11-13 05:51:02 | 北海道のこと
毎年恒例、年末の道東出張に行ってきました。

札幌もそうですが今年は雪の降り始めも早かったですし、
気温も低く11月上旬は北海道全体で記録的低さとなりました。

さて今回の出張は9日に出発して幕別温泉に泊まり、
10日は北見、雄武、紋別と走り滝上、11日は滝上から士別、旭川とまわりました。

事前の天気予報では荒れるということでしたが幸いに好天続き、
幹線道路もほとんど雪がなく楽なドライブとなりました。

ですが帯広はともかくオホーツクや上川は少し横道に入ると雪が残り、
場所によっては走行が困難なところもありました。

今年は1か月早い、これが各地で聞いたことですしそれは私も異存ない。
外の景色は普通に12月のものでした。

場所によってはこのまま根雪になるのだろうな。

今からこれでは、先が思いやられます…。
今年はどんな冬になるのやら。
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名古屋から仙台への5日間 … 松尾芭蕉と南千住(南千住散歩)

2016-11-09 02:48:37 | 道外の旅日記
16日(日)





南千住駅前には、何気なく銅像が建っています。

南千住駅には何度も乗り降りしている私ですがこの銅像は気にしていませんでした。
ですがある方からこの銅像は松尾芭蕉のものだと知らされた。

よく見てみたら、確かにそうだ。

松尾芭蕉は1689年(元禄2)3月27日、
この地で矢立初めをし奥の細道への旅へと出立しました。





その場所は千住大橋、駅から北へ歩いて10分程のところ。
芭蕉は隅田川を船でさかのぼりここで下船、そこで詠まれた句がこちら。


“行く春や鳥啼き魚の目は泪”
(ゆくはるや とりなきうおの めはなみだ)

春が去ろうとしている。そして我々も旅立とうとしている。
その心細さに、鳥の鳴声が泣いている様に聞こえ、魚の目には涙が浮かんでいる様に思える。


素盞雄神社には芭蕉の碑があると書きましたが、
その他にも南千住界隈には芭蕉に関するいろいろなものがあります。

すごいですねぇ…。
ただ芭蕉が船を降りただけなのにこの盛り上がりだ。

松尾芭蕉はそれほど偉大だ、ということですね。


※“南千住散歩”はこれで終わります。今日から出張、ブログは少なくとも土曜日まで休みます。
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名古屋から仙台への5日間 … 南千住仲通り商店街(南千住散歩)

2016-11-08 05:23:56 | 道外の旅日記
16日(日)

南千住駅西口を出てすぐ、そこから都電荒川線「三ノ輪橋」まで伸びる商店街、
それが“南千住仲通り商店街”です。

これがまた、味がある通りでねぇ…。

「南千住検定」の案内がありました。
テキストがありそこから出題されるようです。





成績により3級からマイスターまで。
過去問はこちら → http://www.aen.arakawa.tokyo.jp/MINAMISENJU2-J/?action=common_download_main&upload_id=1496

地域限定の検定は北海道でもいろいろありますが、
それが“南千住”限定とはねぇ…。

そば屋の張り紙に“新そば”のお知らせがありましたが、旭川の江丹別産らしい。





お店の名は「やぶ茂」、東京でこんな張り紙を見ると不思議な気分になります。

手打ちらしいのですが、お値段はリーズナブルなお店という。
これもまた東京らしいな。

その他、何気ないのですが実は名店というところも結構ある。

この商店街は居心地いいなぁ。
ここに住んでもいいな。

で、商店街を通り抜け日光街道に出たところにあるのが“長寿庵”。





この界隈に立ちそばの名店があると噂には聞いていましたが、どうやらここらしい。

こういうお店は個人的には猛烈に惹かれる。
次回、絶対に食べに来よう…。
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名古屋から仙台への5日間 … 素盞雄(すさのお)神社(南千住散歩)

2016-11-07 05:06:41 | 道外の旅日記
16日(日)





南千住駅から北に続く商店街は“コツ通り商店街”といいます。

その商店街が国道4号線(日光街道)に突き当たる交差点、
その先にあるのが素盞雄神社です。

神社の由緒によると795年に役小角の高弟・黒珍(こくちん)が、
この地の小塚にある奇岩が光を放ち2柱の神様が現れたのを祀り創建したと伝えています。

“鳴くよウグイス平安京”の時代だ。

歴史が古いだけあって境内にはいろいろな文化財が散りばめられています。

「地蔵堂」は1678年、1673年、1811年に建てられた庚申塔などの石塔群。





庚申塔とは60日に一度巡ってくる庚申の日に寝ずに夜を明かす行事「庚申待」を3年続け、
その成就の証として建てられたものでそれが3基並んでいるのがここ。

また千住は日光街道最初の宿場、千住大橋は江戸で最初にかけられた橋です。
俳人・松尾芭蕉はここから「奥の細道」へと旅立ちました。

それを偲んで建てられた「芭蕉碑」もあるのですが、
銘文が達筆すぎて読めなかったので画像はありません。

その他さほど広くはない境内ですがいろいろあるのですよ。
ここでいちいち書いていられないほど、様々に。

創建から1200年以上経つのですから、それは当たり前ですね。
頭ではわかっているのですが、感覚がついていけない私はやはり道産子です。

平安時代から続く歴史ってねぇ…。
北海道では擦文文化やオホーツク文化の頃からだからねぇ…。
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