奥井みさき、旅の記録と徒然日記

仕事の合間に旅行、旅行の合間に仕事。
フリーライター・奥井みさきの旅日記と、日々思うこと。
札幌からです。

「ろうそくの炎がささやく言葉」刊行記念朗読会のお知らせ

2011-07-31 05:18:34 | イベント
私も末席を汚しているOYOYOから、朗読会のご案内です。

この朗読会は、
8月8日に出版予定の管啓次郎・野崎歓編『ろうそくの炎がささやく言葉』の刊行記念イベントになります。

「ろうそくの炎がささやく言葉」は、
3.11以降の東北に捧げられた31人の作家達のアンソロジーとして勁草書房から出版されます。

出版記念に際して、8月5日にOYOYOで勁草書房主催、OYOYO共催の朗読会を行います。

東京からは、作家の菅啓次郎さん、札幌出身の詩人文月悠光さんらが参加。
OYOYOメンバーをはじめ地元からも数名読み手で参加します。

皆さんも札幌の美しい夜にろうそくのもとで、
ゆったりのんびり…朗読をお楽しみ下さい。

事前予約は必要ですが、無料ですので、お気軽にお申し込みの上ご来場ください。

フライヤーはコチラ → http://www.keisoshobo.co.jp/files/flyer_20110805.pdf

『月夜の朗読会』なので、夏の夜をイメージしています。



■日 時 8月5日(金)19:00(開場18:30)
■場 所 OYOYO(まち×アートセンター さっぽろ)
■出演者 倉石信乃(詩人、明治大学准教授)
       佐々木愛(美術作家)
       管啓次郎(詩人、明治大学教授)
       文月悠光(詩人)     
       +当日サプライズゲストも? 飛び込み参加歓迎。
■定 員 50名(事前予約制、自由席)
■入場料 無料
■共 催 OYOYO(まち×アートセンター さっぽろ)、勁草書房
■詳 細 勁草書房HP(http://www.keisoshobo.co.jp/)
■ご予約、お問い合わせ 勁草書房 関戸(sekido@keisoshobo.co.jp)

皆様のご来場を心よりお待ちしております。

ろうそくの炎がささやく言葉 公式サイト
http://lemurmuredesbougies.tumblr.com/
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かいとの風展 ~色鳥々の木~

2011-07-30 07:20:53 | イベント



ここのプロフにある私の似顔絵を描いてくれたKIYOMIさん。

サッポロファクトリーを拠点に活躍されていらっしゃる絵描きさんです。

ブログはコチラ → http://kaitonokaze.blog129.fc2.com/


8月1日から東京で個展を開催します。

日時:8月1日~8月7日 11:00~18:30(最終日は~17:00)
場所:ギャラリー銀座(東京都中央区銀座2-13-2)
電話:03-3541-6021


東京だ。
遠いな。
行けないし。

絵やポストカードや小物がいっぱいある、はず。
誰か私の代わりに行ってくれ。
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“いのちを大切さを伝える写真展”2011 ~人類は原子力と共存できるか~

2011-07-29 05:06:00 | イベント
今日からですね。

月曜までと期間は短いですが、
興味のある方は足を運んでみてください。

私は今日の午後に行く予定です。



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●日 時  2011年7月29日(金) 〜 8月1日(月)
        9:30 〜 19:00(最終日は17:00まで)

●場 所  北海道クリスチャンセンター 2階大ホール
        札幌市北区北7条西6丁目  TEL 736-3388

●内 容  写真:樋口健二「JCO事故翌日の東海村」(約20点)
      写真:広河隆一「世界の核産業や廃棄物処理の実態」(約20点)
      説明パネル:数点

●入場料  大人200円 高校生以下無料


●問合先  北海道クリスチャンセンター(011-736-3388 野沢・下村)
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温泉に泊まって思ったこと

2011-07-28 05:27:13 | 北海道のこと
26日(火)に、温根湯温泉に泊まってきました。

温根湯温泉を代表するホテルの1軒でしたが、
震災等いろいろな影響があるのか空いていました。

駐車場に止まっていた車は、
観光バスが2台と普通の乗用車が5台のみ。

この7月の、平日といえどもハイシーズンにこのありさま。
宿泊客は100名もいなかったでしょう。

ビジネスの一人客も私も含めて何名かいました。

オフシーズンには温泉ホテルでも閑散期対策でビジネス需要を格安で取り込むのはよくありますが、
今の時期に格安で取り込まなければいけない。

そこまで安くしていいのか?
と疑問に思っていましたが…。
(それで安く泊まった本人が言うことではないが)

でもそれも今回泊まってみて納得しました。

その日がたまたま空いていのだとしたらそれでよしですが、
こんな日が続いているとしたら観光産業は大変なことになる。

打開策は官民一体で考えなければいけない。

でも一番考えなければいけないのは直接携わる業者だよ。
今までの延長ではない、ちゃんとした策を考えて下さい。

簡単に答えが出ることではありませんが、
複雑な思いでチェックアウトしました。
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美唄市郷土史料館

2011-07-26 05:46:22 | 北海道の博物館



最後は街中に出て郷土史料館の見学です。








結構大きな建物に開拓以来の歴史を中心に展示されています。
自然分野はごくわずか、ほとんどは開拓、農業、生活と炭鉱となっています。

これでいいんですよ。

美唄のような単一産業の盛衰を経験してきた自治体は、
それを中心に街がどういう経緯をたどって今に至ったかを考察することが大事。
自然や考古はさわりだけでよろしい。

展示内容で目を惹くのはやはり炭鉱関連の展示。
特に坑内を再現したジオラマは目をひきます。

たぬき堀から近代の機械で大がかりに掘る方法までの変遷をまとめており、
坑内を知ることができない今となっては貴重な展示でしょう。

ただここにもっと詳細な解説があればより理解が深まったろうとちょい残念。

さて、この史料館ができたのは昭和55年。
この史料館のようにジオラマが大きいと展示内容を変える事は容易ではなく、
そこに今ここを訪れる人たちとのギャップが出てきます。

当時は美唄から炭鉱がなくなって7年後ですが人々にはまだ記憶が残っていたでしょう。
ですが今は多くの人にとって炭鉱の記憶は遠い彼方。

同じ炭鉱関係の展示を見ても当時と今では見る人の理解度が違ってくるのですが、修正できない。
これは当時建てられた博物館によく見られる傾向ですが、残念ですね。



*美唄市郷土史料館

住   所:美唄市西2条南1丁目2-1
開館時間:9:00~17:00
観 覧 料:一般200円、小中学生50円
休 館 日:月曜、火曜日、11月1日~4月30日
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東明駅舎と4110型

2011-07-25 05:46:57 | 北海道の旅日記
さて、びばい湖を瞥見したあと今来た道を引き返しました。
それにしてもこの道路、勾配がきつい。

道すがらところどころ美唄鉄道の跡が見えています。
車は難なく走りますがその昔、蒸気機関車が往来していた頃は大変だったでしょう。
このきつい勾配を石炭を満載した貨車をひいて蒸気機関車が上り下りしていたのですね。

さて、街に入る手前にあるのは廃止になった美唄鉄道の東明駅舎。





美唄鉄道には起点の美唄駅を含め6駅ありましたが現存するのは東明駅だけ。
駅舎は郷土史料館の収蔵庫になっているようで、内部は見学できません。

駅舎の裏には廃止までここを走っていた蒸気機関車の4110型が保存されています。





その車軸配置は0-10-0という動輪5軸のE型強力機関車。
前輪、従輪がない分粘着性能も向上、急勾配に対応する性能を確保しています。

なるほど、こういう機関車なら美唄鉄道の急勾配でも大丈夫だと納得。

構内には長いホームも残っており、その長さに当時の賑いを知ることができます。

それにしても駅舎、蒸気機関車とも保存状態が非常によろしい。
地元の方々の努力もあるのでしょうが、
廃止(1972年6月)から39年も経っているとは思えません。

このままずっと残して欲しいな。

残念なのはやはり中を見学できないこと。

美唄鉄道の資料と一緒に中を見学できればいいのになと、
でもそれは望みすぎというものなのでしょう。
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炭鉱メモリアル森林公園

2011-07-24 05:32:52 | 北海道の旅日記
美唄川に沿って車を山の中へ進めます。
そして美唄鉄道の終点、常盤台駅があったあたりに広がる、
「炭鉱メモリアル森林公園」に到着。

かつては駅があり石炭を運び出す貨車が並んだ側線が何本も錯綜し、
また駅の周りや高台に炭住が立ち並んでいた場所ですが今は完全な無人地帯。

ここの主要施設は3つ。

まず目の前に聳え立つのが「三菱美唄炭鉱立坑巻揚櫓」。
赤く塗装された2本の櫓ですが、それぞれ入気と排気だそうです。





道内で2番目に古いとのことですが、そんな古さを感じさせません。
威容、という言葉がまさに相応しい往時の繁栄を今に伝える遺構です。

その横にあるのは立派なコンクリート造りの「開閉所」。





炭鉱関連施設や設備機械の主要電源を総合的に管理していた施設です。
それが外観をほとんど損なうことなく残っていました。

そして「原炭ポケット」。
石炭の貯蔵施設です。





道内に現存する原炭ポケットの中では最大規模というだけあって、とにかく大きい。
一見しただけではそれが何であるか判別つかないくらいの大きさで、
全体を俯瞰するだけでもひと苦労するくらいです。

直前に「三菱美唄記念館」で最盛期の写真や地図を見た後だけに、
現在の姿とのギャップに歴史の無常を感じます。

それでもこの3つの施設は風雪に耐え残っている。
炭鉱とは何であったかを後世に伝えるためにずっと残していかなければなりませんね。
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三菱美唄記念館

2011-07-23 05:28:11 | 北海道の博物館
渡船に乗った後は美唄市内の観光です。
というと当然、炭鉱関係ですね。

ですがこの日は事前の準備をほとんどしてきていませんでした。
どこに何があるのかよくわからないまま、適当に車を走らせていきます。

美唄市内から元の美唄鉄道が走っていた地域を山へ向かって走りました。
途中に“アルテピアッツァ美唄”があるルートなので通った方も多いでしょう。

そのアルテピアッツァ美唄を過ぎてしばらく行った道路の左側に何か発見。
何かの記念館らしいということで早速車を停めて見学です。

ここは三菱美唄炭鉱閉山後に三菱が建て、市に寄贈した施設らしい。
展示内容は主に三菱を中心とした市内の炭鉱のことと美唄鉄道のこと。

注目すべきは美唄が炭鉱華やかりしころの市内の様子。
写真、地図、ジオラマ、その他の資料によって鮮やかに表現されていました。

美唄鉄道が走っていたところは三菱によって、
旧国鉄南美唄線が走っていたところは三井によって開発されたことがわかります。
その他茶志内駅からも山に向かって炭鉱専用線があったことが地図に示されています。

美唄の山間部は全部炭鉱だった。
そこに向かう谷筋や河岸段丘の上のわずかな平地は全て産炭施設や炭住で埋め尽くされていた。

当時の写真や地図を見ると当時どれだけの人が住んでいてどれだけ賑やかだったか、
今となっては想像もできないことですがよくわかります。

美唄の炭鉱遺産を見学しようという方は見学前にお立ち寄りください。
その後の見学に必ず役に立ちます。



*三菱美唄記念館

住 所:美唄市東美唄町(我路ファミリー公園内)
開館時間:4月29日~11月30日、9:00~17:00
観 覧 料:無料
休 館 日:水曜日と、12月1日~4月28日
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美浦渡船 … 後

2011-07-22 05:26:38 | 北海道の旅日記
船頭さんといろいろなお話をしました。
興味深い話がいろいろあったのですが、その中から。





美浦大橋が開通してから橋の上に車を止めて見物する方が増えたそうです。
確かに橋の上からなら船着場なども一目瞭然です。

船頭さん曰く、

「見物するなら乗りに来ればいいのに」

そうは言っても、1日3便で予約制となると、
そこに見えたから乗りましょうか…とはいきますまい。





洪水のお話もされていました。

私が覚えているのは昭和56年7月の洪水。
この年は私が大学に入学した年なので鮮明に覚えています。

「あの時は大丈夫だった」

そうでした、あの時は浦臼の下流にある北村あたりが浸水したのでした。
それはともかく、浦臼町も何回も洪水の被害に遭っています。

今でも年に何回かは川の増水を監視するために徹夜で監視することがあるそうです。

「水を治める者は国を治める」

といいますがそれは今でも同じなのですね。

また石狩川ではいろいろな魚が獲れるそうです。

私がパッと思い浮かんだのはヤツメウナギ。
江別ではヤツメウナギが名物になっていますがやはり、浦臼でも獲れるそうです。
私も子供の頃は濁川(滝上町)に行ってヤツメウナギを獲っていたな。

そこで追い討ちをかける一言が船頭さんの口から飛び出しました。

「上海蟹は毛蟹より美味しい」

石狩川では上海蟹も獲れるのか!

さすが北海道一の大河、石狩川は奥が深いな。

終わり
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美浦渡船 … 中

2011-07-21 05:23:27 | 北海道の旅日記
現地に着いたのはお昼前。
船頭さんは先に着いて待っていました。

乗船名簿に記入しオレンジ色のライフジャケットを着て乗船。
船は「美浦丸」、定員は5名。








小さい船ではありますがしかし、これが北海道に残る最後の渡船かと思うと感慨深い。

川の流れは穏やか、波もありません。
目指すはすぐ向こう岸に見える美唄市の船着場。

距離にすればほんのわずかですが、石狩川はそのわずかの距離を人が渡るのを拒んできました。
そしてこの渡船は開設以来97年間、人々を乗せてここを行き来してきたのです。

船外機を鳴らして出発し美唄側に行きますが、
私は美唄に用事があって乗っているわけではないので上陸せずにそのまま戻りました。

わずかな距離とはいえそこは船、乗れば快適なのであります。
事前に思っていた以上に楽しく、渡船を堪能させていただきました。

これがなくなるのか…。

市と町がコストを負担して運賃無料で運営している上に橋が開通した。
それでは廃止もやむを得ないのでしょうがこれを文化や産業遺産として残す術はないのか?

開拓以来連綿と続いてきた渡船の歴史が閉じるのは非常に残念。

乗り終わってから美唄側の船着場に行きました。
大きな看板を掲げ待合施設もある浦臼川とは違い、破れかけた小さな「船着場」の案内があるだけ。





人を送り出す側と受け入れる側の立場の違いですね。
そこに浦臼町と美唄市の姿勢の違いを感じました。

そか、美唄市としては間違いなく廃止したいのだな。

続く
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