奥井みさき、旅の記録と徒然日記

仕事の合間に旅行、旅行の合間に仕事。
フリーライター・奥井みさきの旅日記と、日々思うこと。
札幌からです。

久しぶりの鉄分補給へ … 「北都プロレス・チャリティプロレス in 江部乙」、そして帰札

2024-08-25 05:17:40 | 北海道の“鉄旅”日記

8月11日

江部乙14:22、17:47ー妹背牛17:53、18:07ー岩見沢19:15、19:38ー琴似20:38


江部乙までやって来ました。
普段は下車することのないこの駅で降りたのはこれがあったから!

『北都プロレス・チャリティプロレス in 江部乙』

場所は“滝川市農村環境改善センター”、大層な施設名ですが場所は道の駅のすぐ裏で分かりやすい。
14時開場、15時試合開始、入場無料、これがなければこの日、鉄分補給をすることはなかったでしょう。

クレイン中条さん、神田愛実選手が体調不良で欠場する中、試合はいつも通りに進みました。

参加選手は久々にファイトを見る梅沢菊次郎選手、木藤裕次選手、藤原秀旺選手をはじめ、
お馴染みの磐城利樹選手、斗猛矢選手、仲川翔大選手に北都プロレス初参戦の七星(ななせ)選手ら。

会場が広いのでいつもより場外乱闘が多かったな。
あとはバトルロイヤルまで、いつもと変わらない北都プロレスでした。

久々に楽しかったよ。
試合終了後は時間調整で妹背牛まで一駅戻り、岩見沢で乗り換えて帰札しました。

ちゃんとした鉄分補給は本当に久しぶり、去年の夏以来です。
感想は、軽いリハビリになった、ということかな。

これで終わります。

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久しぶりの鉄分補給へ … 江部乙まで

2024-08-24 06:37:13 | 北海道の“鉄旅”日記

8月11日

旭川12:04ー石狩沼田12:46、12:56ー深川13:11、14:10ー江部乙14:22


旭川からは乗り継ぎよく留萌本線へ向かう列車があるのでその列車に乗る。
問題はだ、車両がキハ54で冷房がないということだ。

いやいやそんな非冷房車なんぞ、去年まで頻繁に乗っていたキハ40も同じだろうに。
そうなんです、キハ40も非冷房車で窓を開け放して乗っていた。

今や冷房という文明の利器に毒され、非冷房車に乗るのが面倒くさくなっている。
そんな文明に毒された生活とは一線を画さなければならない。

旭川出発時の気温は32.7℃、自然の風に吹かれ石狩沼田まで行き深川まで戻りました。

留萌本線はかつては増毛まで通じていましたが、それが留萌までになり今は石狩沼田まで。
それも再来年春での廃止が決定しています。

これから何回、乗ることができるのであろうか。

深川では折り返しの時間を使い小休止、何しろここまでずっと乗りっ放しだったからな。
駅前にローソンがあるので栄養と水分の補給をする。

さて江部乙だ。

江部乙なんぞで下車するのは初めてで、これからもあるかどうかはわかりません。
ここで本日のメインベントがある、そのために下車したのであります。

それは明日のブログで。

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久しぶりの鉄分補給へ … 札幌から上川、折り返して旭川まで

2024-08-23 05:43:41 | 北海道の“鉄旅”日記

8月11日

琴似5:38ー札幌5:45、6:00ー旭川8:51、9:16ー上川10:16、10:40ー旭川11:37


まずは札幌発旭川行の普通列車、車両はH100の2両編成です。
車両はキハ40から変われど、他は以前と何も変わりません。

車内は札幌から旭川までずっと混みあっており、座席は埋まり立ち客もいる状況、
こんなに混んでいるこの列車には今まで乗ったことはありません。

お盆だから混んでいるのだろうか、あるいは座席数が減ったH100だからか。
もしこれが座席数の多いキハ40だったらどうだったのだろうかと思う。

旭川からの上川行はH100の単行、この列車もずっと立ち客を乗せたまま上川まで行きました。
車内の客は半分以上(ほとんど?)が“鉄”、このまま遠軽行に乗り継いで行くに違いない。

待ち合わせの時間に北見発旭川行の都市間バス、サンライズ号がやって来ました。
乗客はわずか数名、お盆の最中で旭川行となればこれも仕方なかろう。

さて折り返しの旭川行はほぼ地元客、私はのんびりと旭川まで上川盆地の景色を堪能しました。

ところで上川までの帰りに安足間で上川発遠軽行のH100の回送列車と行違いました。
キハ40のときは2両編成でしたが単行になっていた。

座席数36のH100ではとてもではないですが上川からの乗客は全員着席とはならないだろうな。
席にあぶれれば遠軽までずっと立ちっ放し、その先もまた網走まで…。

これはたまたまお盆だから、ということを祈ります。

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久しぶりの鉄分補給へ … 行く前に

2024-08-22 05:46:32 | 北海道の“鉄旅”日記

去年までは札幌を起点に、たまに日帰りや1泊2日で道内で鉄分補給の旅に出かけていました。

その時のターゲットはキハ40、定番は札幌を始発の旭川行に乗り遠軽往復でしたが、
これだと札幌出て遠軽で折り返し旭川まで、ずっとキハ40の旅を満喫できました。

その他手を変え品を変え、「青春18きっぷ」で行っていたものでした。

そのキハ40も根室本線から消え、今年は石北本線からも消え残るはあとわずか、
これでは鉄分補給の旅に行こうという気にならない。

どうしようかと思っていたら、他に「青春18きっぷ」を使う予定ができたので日帰り旅を決行することに。
今回の行程は以下の通りです。


8月11日

琴似5:38ー札幌5:45、6:00ー旭川8:51、9:16ー上川10:16、10:40ー
旭川11:37、12:04ー石狩沼田12:46、12:56ー深川13:11、14:10ー
江部乙14:22、17:47ー妹背牛17:53、18:07ー岩見沢19:15、19:38ー琴似20:38


江部乙で空白の時間があるのがミソだな。

では、明日から旅行記です。

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今日から出かけます

2024-08-18 05:17:16 | つらつら思ったこと

今日から21日まで出かけます。

今日は昼前に家を出て夜に函館に到着、青函フェリーで青森に向かいます。

明日と明後日は弘前と五所川原を中心に津軽地方を徘徊し青森からフェリーで函館へ、
21日は函館からのんびり札幌を目指し夜に帰宅します。

道中のことはX(旧ツイッター)かフェイスブックでご覧ください。

期間中はあまりネットに接続しないので、何かあれば電話やSNSなどでご連絡ください。
またブログは21日までお休みします。

では、行ってきます。

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サンルダムとダムカード

2024-08-17 14:46:50 | マンホールカード他

天塩川水系の支流の名寄川、更にその支流のサンル川にあるサンルダム、
天塩川の治水と名寄市、下川町の利水を目的に建設されました。

ダムの建設によって形成された人造湖は「しもかわ珊瑠湖」と名付けられています。

サンル川は天塩水系でも有名なサクラマスの遡上河川で、
更に治水と利水の費用対効果の面から長年反対運動が続けられていました。

その反対を押し切り、2018年に完成したのがこのダムです。

ダムの型式は日本で開発された台形CSGダムで建設コストを削減しています。
堤高は46m、堤頂長は350mとなっています。

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テッシ武四郎カード … 下川町

2024-08-16 05:20:49 | マンホールカード他

武四郎一行は天塩川の支流の名寄川の、更にその支流のサンル川を遡ります。

名寄川上流に行くにつれ倒木や流木甚だしく、更に進むと水量が減り船を諦め歩いて調査に向かいます。
サンル川に向かうとガマ、柳、桑などが茂り山ぶどうの蔓もあり難航。

小さな沢も何本もありどれが本流かわからなくなります。
夕方、アイヌたちが使う仮小屋(チセ)に着き夜を明かします。

カードにもありますが一行が泊ったとされる地に碑が建っています。

場所は道道下川雄武線の起点から1.5㎞程先、
サンル川を渡る橋を超えたすぐ先にカーブがありますがその曲がったところです。

カードの裏は手延べうどん。

下川町は日本最北の手延べうどんの産地で、
町内で食べられるほか乾麺も売られています。

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テッシ武四郎カード … 名寄市

2024-08-15 04:21:31 | マンホールカード他

武四郎一行は名寄市日進に住んでいたアベルイカの家に、
この先の奥地調査の行きと帰りに投宿しています。

家のつくりは石狩などと違い家の中に煙が籠るようになっていました。
これは蚊やアブが多いのでそれを除けるためということです。

名寄市日進は天塩川から少し離れた平坦地になっており山の麓、
川の幸と山の幸に恵まれ鹿や水鳥なども多く生息していたと記されています。

武四郎一行も鹿をご馳走になり、大変美味しかったと述べています。

カードの裏は名寄名物の大福があります。

名寄市風連はもち米の産地として知られており、
伊勢名物の“赤福”も当地のもち米を使っています。

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テッシ武四郎カード … 美深町

2024-08-14 06:22:37 | マンホールカード他

前日、音威子府村頓別坊を出た一行は天塩川を遡り、
物満内(筬島)、音威子府、咲来を通り美深町恩根内付近(小車)で宿をとります。

投宿したのはエカシテカニの家族が住む家、
一行はウバユリの団子をご馳走になり代わりに粥をふるまっています。

家の女性が弾いた五弦琴を聞き、その音色に感心したとも記しています。

カードの裏を見ると道の駅びふかに隣接している「美深チョウザメ館」の案内が。
天塩川はかつてチョウザメが生息しており、武四郎も多くのチョウザメを見ています。

その復活を目指し、美深町ではチョウザメを養殖しています。
チョウザメといえばキャビアですが、今は生産量が少なく広く流通はしていません。

機会があれば食べてみたいものだ。

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テッシ武四郎カード … 天塩町

2024-08-13 06:42:16 | マンホールカード他

カードのモチーフはアイヌに見送られ天塩川内陸の調査に旅立つ武四郎の姿。
時は安政4年(1857)6月6日、新暦だと7月27日なので真夏の調査で蚊やアブで苦労した記録に残っています。

これは武四郎が蝦夷地調査の5回目、まずは石狩川沿いを調査し増毛から天塩川河口に至り、
ここから天塩川内陸部へと向かい24日間調査しています。

この時の記録は「天塩日誌」としてまとめられています。

この間、川を遡ることその先は天塩川支流の名寄川の奥の下川町、
更に天塩川源流を遡り士別市朝日町まで到達しています。

アイヌのガイドを伴い丸木舟でそんな奥まで行ったとは、
今では考えられませんね。

カードの裏には「天塩川資料館」と「シジミ」の案内があります。

天塩川資料館は来館者が減っており、展示内容の更新が検討されています。
シジミは漁業者の減少などにより漁獲高が減っており安定供給が難しいとのこと。

現地でしか食べられない名物のシジミとして売り出す、のもアリかな。

コメント (3)
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