陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

395.真崎甚三郎陸軍大将(15)永田を陥れんがためひそかにそれを所持していた

2013年10月17日 | 真崎甚三郎陸軍大将
機密文書と断定してしまった以上、その出所を追及され、下手な答弁をすれば、軍法会議ものであった。真崎大将ほどの狡智にたけた男も、すっかり渡辺教育総監の智謀に引っかかってしまった。

 一座はシーンとして一言も発する者がいなかった。たまりかねて、荒木大将が次のように発言した。

 荒木大将「その書類は軍事課長室の機密文書を収蔵している金庫の中にあったものである。不穏なる文書なるが故に、陸軍大臣たる自分の許に届けられ、当時参謀次長たる真崎参議官に回付したもので、機密漏洩などもっての外のことだ」。

 渡辺教育総監「書類が真崎次長の許に回付された経路はそれで判ったが、その書類が教育総監が所持せねばならぬ書類であるか、さらに教育総監を辞めて参議官となった真崎大将が所持せねばならぬ書類かどうか、憶測をたくましゅうすれば、永田を陥れんがためひそかにそれを所持していたとも解せられぬことはない。この点について弁明があれば承ろう」。

 これで、真崎大将も荒木大将もグーの音も出なかった。鬼の首ならぬ永田軍務局長の首を取るつもりで出した書類が、どうやら両刃の刀で自らの首を斬りそうになってきた。

 阿部大将「渡辺総監の言われるところはもっともである。真崎参議官が今日までそういう書類を所持されていたことは、永田軍事課長が執筆した書類の処置を失念していたと同じ過誤であったと思われる。この書類に関する限り、この辺で打ち切り、同時に陸軍の手許に返還されては如何なものか」。

 この助け舟で真崎大将も荒木大将も生色を取り戻した。この論戦で肝を冷やされた皇道派の両勇士は、なおいろいろと林人事について、非難したが、もう勝負はついた。四時間の論戦は終わった。

 「本庄日記」(本庄繁・原書房)によると、当時侍従武官長・本庄繁大将の昭和十年七月十六日の日記に、真崎教育総監の強制的更迭に関して、天皇の思惑が次のように記してある。

 「十六日早朝、長距離電話にて菱刈、奈良大将等経験者の意見を聴き、又参考として侍従長の意見も伺いたる上、午前九時半頃拝謁を願い、教育総監の強制的更迭は事重大にして、三長官協議権の取極(大正二年七月勅裁を経)の価値を軽減するものなりとの懸念を抱かしむるものにして、軍の統帥みの関係するものなるが故に、閑院宮、梨本両元帥を御召し遊ばれ、右の御憂慮を尠名からしむよう善後策処置に務むべく御沙汰あらせらるるを宜しかるべく存ずる旨内奏す」

 「陛下は、之に対し事前ならばともかく、事後に於いて効果なかるべしと仰せられしも、陸相に於いて元帥の同意を経来れりとして内奏せる以上、事前の御下問は如何かと存ず又効果たとえ少しとするも、事の重大性を認められ充分其の善後の事にまで慎重に御処置遊ばされたりとせば、其一般に与える効果は相当之あるべく、不満のものも之を納得せしむるに便なるべしと申上げし処、夫れも、然らん。然らば可成早き方宜しと思はるるが故に速やかに参内する様取計へと御聞けらる」

 「尚は、此時、陛下は、林陸相は真崎大将が総監の位置に在りては統制が困難なること、昨年十月士官学校事件も真崎一派の策謀(恐らく事件軍法会議処理難を申せしならん乎、まさか士官学校候補生事件を指せしものにあらざるべし)なり」

 「尚は又三官衙の人事の衝に当たる課長は、悉く佐賀と土佐のもののみにて一般より此難多く、要するに真崎一派は少なく反対派は非常に多き実情に在りと話せり。其他、自分としても、真崎が参謀次長時代、熱河作戦、熱河より北支へ進出等、自分の意図に反して行動せしめたる場合、一旦責任上辞意を奉呈するならば、気持ちよろしきも其儘にては如何なるものかと思へり」

 「又内大臣に国防自主権に関する意見を認めて送りしが如き、甚だ非常識に想はる。武官長は左様に思はぬか」

 「自分の聞く多くの者は、皆真崎、荒木等を非難す。過般来対立意見の強固なりしことも、真崎、荒木等の意見に林陸相らが押されある結果とも想像せらる。旁々今回の総監更迭に関する陸相の人事奏上の如きも、余儀なき結果かと認めたり、と仰せられたり」

 「之に対し繁は大臣の言及風聞は必ずしも当たれりとは存じ兼ねるも、とにかく大臣の今回人事に対して採りし処置は、法理上は否定し難く、軍事参議官に諮詢さるることも将来に悪例を遺すべく、従て、元帥に於て御同意なりし以上、御裁可は当然と拝す」

 「只人事の協議に当り、大臣として三長官の一人が反対するからとて直ちに、之を除きて自己の同意のものを挙げて意の儘人事を運行し得るとせば、御勅裁を得たる三長官の協議権なるものは甚だしく価値を減ずることとなり、統帥部の長官に対しても同様なりとせば、軍部の或方面には之を大に遺憾とし、不満とするものを生ずるを恐るるが故に、両元帥を召され善後処置に尽くすべく御沙汰あらせられ、陛下の、御慎重なる態度に感激せしめらるることの必要なる旨を重ねて奉答せり」。