花邑の帯あそび

1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…

「いわれ小紋」について

2010-10-27 | 文様について

presented by hanamura


季節の変わり目のためか、
冷たい雨の降る天気がつづいていますね。
風邪をひかれた方も多いようです。

生命力のあふれる夏から静寂の訪れる秋、
そして、景色も深閑とする冬へと向うこの季節は、
どこか気持ちがメランコリックになってしまいますね。

四季のある日本では、
季節の変わり目によって気持ちが左右されることも
昔から多かったことでしょう。

しかし、冬がはじまれば、
新しい年ももうすぐです。
新年の前後には景気をつける意味でも
縁起の良いものを身にまといたいものです。

昔の人々も暗い気持ちを吹き飛ばすために、
あるいは降り掛かる災厄から身を守るために、
明るい一年を迎えるために、
身にまとう衣装に吉祥文様を取り入れてきました。
以前にもお話ししましたが、
着物や帯など、和服の意匠には、
そうした縁起の良い文様が多く取り入れられています。

今回お話しする「いわれ小紋」も、
吉祥文様があらわされた「江戸小紋」の一種です。

江戸小紋とは、
江戸時代に各地の大名が着用した
「裃(かみしも)」とよばれる装束が元になっています。
裃は、男性の第一礼装として、
お祝いの席や江戸城に登城する際に着用されたもので、
よく時代劇のなかで将軍や大名などが
身にまとっているのを皆さんもご覧になったことがあるでしょう。

裃には、細かでシンプルな文様が
一色でくり返し染め抜かれています。
裃に染められた文様は、もちろん近くで見ると
はっきりとした柄になっていますが、
微細なために遠目からでは無地に見えます。
逆にいえば、遠目では無地に見えるものの、
近づくにつれどのような文様なのかということがわかるという
たいへん粋な意匠になっているのです。

このような江戸小紋の文様を染めるときには
三重県の伊勢で彫られた型紙(※1)が用いられるのが一般的でした。

裃は、室町時代にはじめて武士が着用したようですが、
当時の素材は麻だったようで、
この時点では礼装用の着物ではなかったようです。
また、文様もそれほど細かくはありませんでした。

しかし、江戸時代になり、
平和な時代が続くようになると、
裃は武士にとって威をあらわすものとして、
重要なものになっていきました。

裃に染めあらわされた文様は、
細かいほど、高度な技が必要とされます。
そのことから、武士が身にまとう裃の文様の細かさは、
その大名が抱える職人の技術力の高さをあらわすものであり、
ひいてはその大名の権勢を誇示するものでもあったのです。

そのため、その技を競うように、
たいへん精緻な江戸小紋が多くつくられました。

そのなかでも、
鮫の皮をあらわした「鮫」、
基盤上に細かな点をあらわした「角通し」、
斜に点を並ばせて配した「行儀」は、
最も高度な技術力を必要し、
とくに「(江戸小紋)三役」とよばれています。

やがて、裃に染められる文様は、
ユニフォームのように、
各地の大名で着用できる文様が決められていきました。

たとえば、極々鮫文様は紀州藩徳川氏、
霰(あられ)をあらわした大小霰文様は薩摩藩島津氏、
菱に菊を配した菊菱紋は加賀藩前田氏などが有名です。

やがて、裃のような細かな文様を染めた着物があらわれ
庶民たちの間でも評判となりました。
これが現在の江戸小紋の原形です。

しかし、身分制が厳しかった江戸時代、
武士にとって装う着物は、
庶民との違いを明確にあらわし、
武士の力を庶民に誇示するためのものでもあったため、
庶民は、鮫や角通しなど、裃と同じ文様を染めることはできませんでした。

そこで、登場したのが、
「いわれ小紋」とよばれる江戸小紋です。

裃のように、柄行きの細かさは同じですが、
その文様は、裃に染められたモチーフとは異なります。
たとえば、富士山に鷹、なすという、
みなさんもご存じの縁起の良いモチーフを配した「初夢」文様、
大根を食すると消化が良くなり、
禍に当たらないとされた、
大根とおろしがねの組み合わせがモチーフの「大根おろし」文様、
難(南)が転(天)じるとの語呂合わせの
南天の実の文様。
中には「カニのはさみ」と「柿の木」「栗」「うす」があらわされた
「さるかに合戦」文様といったたいへん変わったものもあります。

「いわれ小紋」には、縁起が良く、
めでたい文様が多いようです。
また、遊び心が溢れている点も特徴で、
モチーフが巧みに組み合わされた文様には、
その当時流行った判じ絵のような面白味のあるものが
多く見られます。



上の写真は、「七転八起(しちてんはっき、またはななころびやおき)」という
四字熟語の格言があらわされたいわれ小紋です。
小さな文様なので、一見すると花文様のようにも見えますが、
よくよくみると、「七」「転」「八」「起」という文字が
巧みに組み合わされています。

職人たちの精魂込めた高い技術力もさることながら、
その遊び心の効いた題材や、デザイン力には
目を見張るものがあります。

また、武士が身にまとう裃に負けまいと
アイデアを絞った負けん気の強い江戸っ子の心にも触れるようで、
吉祥の文様ということだけではなく、
その職人の心意気を感じて
元気になった人々も多かったのではないでしょうか。

一見すると無地にも見える
精緻な文様が配された江戸小紋は、
これまた、日本ならではの
繊細な文化の象徴といえるでしょう。

※写真は花邑銀座店でご紹介している着物の文様です。

※1
花邑日記「江戸小紋について」をご参照ください。


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次回の更新は11月2日(火)予定です。


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