presented by hanamura
長く降った冷たい雨が止み、
季節は春へと向かっています。
春を告げるように、
早咲きの桜は早くもつぼみを広げているようですね。
こころ持ち暖かい陽射しの中、道を歩いていると、
鳥の鳴き声があちらこちらから聞こえてきました。
その鳴き声は、まるで「春だよ」「春ね」と
喜んでいるようにも思えました。
空を飛ぶ「鳥」は、
昔から幸福をもたらしてくれると考えられ、
世界中で吉祥文様として登場します。
それは日本でも同様です。
今日は、その「鳥」のなかでも、
古代から幻の霊鳥とされてきた
「鳳凰」の文様についてお話ししましょう。
日本において鳳凰は、
古代から吉祥をもたらす鳥として
さまざまなものの意匠として用いられています。
鳳凰をモチーフにしたもののなかで
もっとも有名なのは、京都宇治市にある
「平等院鳳凰堂」の屋根に飾られた鳳凰でしょう。
「平等院鳳凰堂」は現在
日本の重要文化財のひとつとして知られ、
屋根に飾られた鳳凰は皆さんもご存じのように、
一万円札の意匠にも用いられています。
この「平等院鳳凰堂」は1053年(平安時代)に
藤原頼通(ふじわらのよりみち)が
建立した阿弥陀堂です。
当時の人々は、
鳳凰を吉祥を運ぶ鳥として崇めていました。
鳳凰はもともと、
古代の中国で崇められていた想像上の霊鳥です。
古代の中国では、
徳の高い君主が治めた平和な世に
鳳凰が現われるとされていました。
そして、君主を象徴する鳥として、
皇帝の衣装や調度品に多く用いられました。
また、鳳を雄、凰は雌を指し、
夫婦円満を主張するものともされていました。
上の写真の帯は、
向かい合った2羽の鳳凰が
円形になった
双鳳凰円文(そうほうおうえんもん)の意匠です。
この意匠は、室町時代の将軍足利義政がこの文様が用いられた舞衣で
能の「二人静」を舞ったことから「二人静」という別名も付けられています。
日本には、飛鳥時代に
中国からもたらされた品とともに、
鳳凰の文様が伝わりました。
多くの鳳凰の姿は、鶏のような頭をもち、
孔雀のように尾が長く、その羽は5色に彩られています。
しかし、その姿は時代によって変化があったようで、
鳳凰の発祥の地である古代の中国では、
頭が鶏、首は蛇、尾は魚、背中は亀と定義されていた頃もあるようです。
下の写真は、昭和初期に作られた和更紗の意匠になった鳳凰です。
鳳凰は羽をもつ動物すべての長であるとされています。
この季節にその鳳凰の文様を身につければ、
吉祥はもとより春を告げる鳥たちも寄ってくるかもしれませんね。
※写真の双鳳凰円文のお染め仕立て袋帯と、
鳳凰文様の和更紗名古屋帯は花邑銀座店にて取り扱っています。
花邑のブログ、「花邑の帯あそび」
次回の更新は3月2日(火)予定です。
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