花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




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冷たい雨を降らせた雲がどこかに流れ、
青空が広がる清々しい天気になりました。
まさに「台風一過」ですね。
道路に溜った雨水もすっかり乾いています。

さて今日は、「立涌(たちわき・たちわく・たてわく)」という
伝統文様についてお話したいと思います。

立涌文様は、波状になった2本の曲線が向かい合い、
繋ぎ繰り返されている文様です。
正倉院の宝物としておさめられている古裂、
いわゆる「正倉院裂」にもよく見られます。
平安時代以降に有職文様(※1)のひとつとして、
格の高い文様とされました。

現代でも日本の伝統文様として格調高く扱われている立涌文様ですが、
実はこちらもその起源はササン朝ペルシア(226年~651年)のようです。
当時の日本には、シルクロードを経て、
ペルシアからさまざまな染織品がもたらされていました。
また、これらの染織品とともにペルシアでつかわれていた文様も
同時期に伝わってきたとされています。

風呂敷などで一般的にもよく知られている文様に
唐草文様がありますね。
よく昔のお笑いコントなどで泥棒が登場すると、
必ずと言ってよいほど担いでいた緑のアレの柄です。
唐草文様もこうしたペルシアから伝わった文様のひとつです。
ペルシアには、この唐草文様を縦方向に向かい合わせた意匠があり、
それが立涌文様の起源ともいわれています。

遥かなるペルシアからもたらされた文様は、
遠い異国の文化や人々の存在を証すものとして、
さぞや当時の日本でも珍重されたことでしょう。
しかし、これらの文様も平安時代になると、
日本の文化や美意識と融合した日本独自の様式へと変化していきます。
なかでも立涌文様の日本独自のアレンジはバリエーションがとても多いようです。

たとえば、向かい合わされた波状の線のふくらんだスペースには、
意匠によって、ほかのさまざまな文様が入り、
それによってそれぞれによび名が付けられています。
菊が配された「菊立涌」、雲が配された「雲立涌」、波が配された「波立涌」など、
数多くの意匠があります。
また波線の部分が、途切れとぎれになっている「破れ立涌」、
竹や藤の茎やつるで形づくられている「竹立涌」「藤立涌」
といったものもあります。

こうした意匠の上での遊びは、
その基となる立涌文様が、シンプルでありながらも無限に続くリズム、
つまり以前にお話しした七宝繋ぎと同様な力強さを持った文様だからこそ
生きてくるものでしょう。



上の写真は、江戸時代の和更紗につかわれている立涌文様です。
ペルシアから伝えられた立涌文様の原型を思わせる「唐草立涌」です。
手染めの味わいと立涌文様のゆるやかな曲線が美しく響き合っています。

リズムのある曲線からなる立涌文様は、
身にまとったときに人の動作をより優美にみせてくれます。
そのため、能装束などの所作の美が求められる衣装に用いられることも多いのです。

ちなみに、「立涌」のよび名の由来は
水や雲などが水蒸気となって立ち涌く様子をその形から連想することから
とされています。
古来より蒸気が立ち昇るさまは吉祥とされ、
立涌文様も吉祥文様とされてきました。

今日の秋晴れで、昨日までたっぷりと降った雨は、
立涌のごとく蒸発したことでしょう。
いよいよ季節が寒さの厳しい冬へと向かうなか、
あまり良いニュースも聞こえてこない昨今ですが、
どうか明るい兆しがありますように。

※写真の立涌文様の和更紗名古屋帯は花邑銀座店にて取り扱っています。

(※1)公職に就いていた公家や貴族の装束や調度品などに用いられた格の高い文様

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次回の更新は11月2日(火)予定です。


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10月半ばを過ぎて、
秋もいよいよ本番ですね。

先日、埼玉に住んでいる知人から
「秋桜(コスモス)が満開だよ。」という
秋のお知らせが届きました。

秋桜のようにこの季節に咲く花は、
落ち着いた色合いのものが多いですね。
そんな秋の花々をみると、
寒い冬を迎える心の準備が少しずつできてきます。

さて、これからの季節を代表する花といえば、
やはり、菊の花ではないでしょうか。
そろそろ各地で菊祭りも開催されているようですね。
そこで、今回は菊文様についてお話しします。

みなさんもご存じのように、
菊は日本を代表する花として、
皇室のご紋章、国会議員のバッヂ、
五十円硬貨などさまざまなものに
文様として用いられてきました。

その菊は、菊祭りなどで披露される華やかな大菊から、
道端に咲く野菊まで、実にさまざまな種類があります。
その種類は2万種以上ともいわれ、
日本だけでも350種類以上もが自生しています。

菊は現代では自生のものだけではなく、
観賞用に栽培されるものも多くあります。
遠い昔、菊は食用としてのみ栽培されていた花でした。
その菊が観賞用として栽培されはじめたのは、
平安時代といわれています。

その平安時代に、中国から日本へ「重陽(ちょうよう)の節句」という
行事が伝えられました。
「重陽の節句」は旧暦の九月九日に行われ、
邪気を払って長寿を願う行事で、
日本の宮廷でも年中行事とされました。
菊が咲く季節に催されたことから、
「菊の節句」ともよばれていたようです。

重陽の節句では、菊の花が飾られ、
宴の酒には菊の花びらが浮かべられました。
これを発端にして菊を愛でる美意識が高まり、
観賞用の菊も盛んに栽培されるようになったのです。

生命力が強く、花弁が放射状になって咲く姿は、
お日さまにもたとえられ、
精力をもたらす長寿の花としても尊重されました。

その菊が文様として広まったのは、
鎌倉時代の初期頃です。
歌人としても有名な後鳥羽上皇が好んで愛用したことから広まりました。
やがて、皇室でのみ使用が許される紋章にもなりました。
現代でも、皇室の紋章は菊ですね。



上の写真も、昭和初期頃につくられた乱菊文様の和更紗です。
艶めいた菊の姿を見事に意匠化しています。

下の写真は、アンティークのヨーロッパ更紗の菊文様です。
東洋の文化に影響を受けてつくられたもののようですが、
日本の菊文様とは一味違った意匠が面白いですね。
ゆるやかな曲線美が西洋の文化を感じさせてくれます。



種類が多い菊は、その文様の種類も多く、
図案の異なった菊がさまざまな着物や帯に用いられています。

菊は秋の花としての印象が強いものの、
種類によっては6月~8月に咲く「夏菊」や、
12月~1月に咲く「寒菊」もあります。
これから1月半ばぐらいまで
さまざまな種類の菊の開花とともに、
いろいろな菊の文様も長く楽しめそうです。

※写真の菊文様の名古屋帯2点は花邑銀座店にて取り扱っています。

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「芸術の秋」を堪能するのにふさわしい日がつづいています。
先日、遠くから秋風に乗り、
秋祭りのお囃子の音色が聞こえてきました。

今回はその「芸術の秋」にちなんで、
古典文学に縁の深い「源氏香文様(げんじこうもんよう)」についてお話しします。

源氏香文様は、正四角形状に並んだ5本の縦線と、
その縦線を繋ぐ横線から成り、
一見するとなんの変哲もない幾何学文様にも見える文様です。

しかし、そのシンプルな文様には
日本の伝統文化に由来する趣きが込められています。

「源氏香」とは、組香(くみこう)の主題のうちのひとつです。
組香とは、数種類の香りを組み合わせて
香りを聞き(嗅ぎ)分けるという風雅な遊びです。

この組香では、和歌や古典文学を主題にして、香りを組みます。
そして主題の中で最も人気の高い主題が
源氏物語を主題にした組香「源氏香」なのです。

源氏香では、5種類の香木をそれぞれ5包、
合計25包用意します。
その25包を混ぜ、中から5包とって、
順番に焚いていきます。

連衆とよばれる「客」は、
「点前(てまえ:香を扱い炷(た)くこと)」を行う
香元の炷(た)いた香を聞いて、
その香を紙の上に右から順に縦の棒線を引いて表し、
同じ香のもの同士は横線で繋ぎます。

この時できる図は全部で52種類。
54巻ある源氏物語の
初巻「桐壺」と最終巻「夢浮橋」を除き、
「浮舟」や「葵」「夕顔」といった題名から成る
52巻がその図に当てはめられています。
連衆は、その源氏香の図と自分の書いた図を照らし合わせ、
その図の巻名を書き、答えとします。

組香は、室町時代に貴族の間で流行し、
やがて「香道」と呼ばれる礼儀作法にまで発展しました。

その中で、源氏香の遊びは、
江戸時代に貴族だけではなく、
庶民の間にも広まり、流行しました。
さらに源氏香の図は、その文様のおもしろさから
着物や帯だけではなく、和菓子や蒔絵の意匠にも
用いられるようになりました。



上の写真は、源氏香文様に四季の花をあしらった西陣織の袋帯です。
大胆な意匠の中にも気品が感じられるのは、
源氏香文が風雅な遊びから生まれた文様だからでしょうか。
この帯からは、その高貴な香りまで漂ってくるようです。

※写真の源氏香文様の袋帯は花邑にて取り扱っています。

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まさしく秋の長雨というように、
一日中雨の降る日が続いています。
大型の台風も接近しているようですね。
しかし今年は、日本列島を通過する台風が少ないようです。

いつも台風の通り道となっていた沖縄でも、
最近では台風が少ないために水不足になっているようです。
これも異常気象のせいなのでしょうか。
心配ですね。

さて、今日はその沖縄でつくられる
「花織(はなうい)」についてお話しします。

花織とは、文様がまるで刺繍のように
生地から浮き出ている織物です。

「花織」という素敵な名前は、
この文様が、花のように
きれいに見えることから付けられました。

沖縄の中心部、首里でつくられているものと
中部の読谷でつくられているものが有名ですが、
そのほかにも沖縄県の各地でつくられていて、
その昔琉球王朝時代には王朝への献上品にもなっていました。

花織には、「浮織」という技法が用いられています。
「浮織」とは、生地を織っていくときに、
地糸とは異なった他の糸を入れながら
文様を織り出していく技法です。

花織の特徴といえるこの文様を織り出していくには、
やはり緻密な作業が必要になります。

まず、織り上げる文様の図案を方眼紙に細かく描きます。

次に地糸にする経糸(たていと)を手に取り、
一本一本を綜絖(そうこう)(※1)に通します。
このとき用いられる糸は、
沖縄で自生する草花を染料として先染めされています。

織るときにはこの綜絖が上下に動き、
経糸が引き上げられます。
そこに図案通りに文様となる糸を通していきます。

以前は手でこの糸を入れていたようですが、
最近では機を用いることが多いようです。



上の花織は、手で文様糸を入れながら織り上げたものです。

緻密な作業を必要とする花織の織り手には、
長く経験を積んだ年輩の女性が多いようです。
沖縄ではこうした老女たちを親しみを込めて「おばあ」とよびます。

とても緻密で精巧な技術を用いているのに反し、
花織にどこかおおらさが漂うのは、
織り手の「おばあ」たちがおおらかなためでしょう。

実際、花織のほかにも沖縄でつくられる染織品には、
その暖かな風土のためか、
おおらかで、土俗的な雰囲気を残しているものが多くあります。
その「おおらかさ」には、
ますます機械化が進む現代のなかでも
花を添えるような美しさがひときわあります。

(※1)綜絖(そうこう)とは四角形の枠の中に針金状のものが並んでいるもの。

※写真の花織りの名古屋帯は花邑にて取り扱っています。

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次回の更新は10月13日(火)予定です。


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