花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




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「かいつ」について



私の母は「かいつ」を指し、
「帯を仕立てるときのお友達だと思いなさい」
とユーモアをこめて言いました。
この言葉は、「かいつ」の役割を
とても的確に表現していると思います。



しかし、「かいつ」のもつ重要な役割と、
どの段階でどこにつかえばその役割を生かせるのか
ということが理解できていないと
「かいつ」との良い関係は築けません。

「かいつ」という名は、
一説では「重しをかう」という方言に
由来するとされています。
その名前の由来どおり、
「かいつ」は、帯を仕立てるときに
重しとしてつかいます。



「かいつ」の直径は9cm、高さは5cmほど。
上の写真のように布で包んで使用するため、
一見、軽そうにみえますが、
重さ2~3Kgの鉄の塊でできていて、
手にもってみると、「ずっしり」としています。

この重さにより、
布を固定し、張った状態にすることで、
縫い目にたるみがでず、
ぴんと張りのある帯を仕立て上げることが
できるのです。

帯を仕立てるときには、
「かいつ」をほんとうによくつかいます。
そのため、いつでも手にとれるように
自分のすぐ脇へ置いておくようにします。

お友達、あるいは親友のように、
帯仕立ての良きパートナーとして
「かいつ」を上手に使いこなせるようになったとき、
帯仕立ての技術をひとつ習得できたと
きっと、胸をはっていえることでしょう。

● 次回は帯を仕立てるときに必要な道具~その3~のお話しです。

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今回から数回に分け、
帯を仕立てるための道具について
お話しをします。

道具とは、職人にとって体の一部であり、
また、上質な帯を仕立て上げるための仲間でもあります。

その道具たちを眺めてみれば、
帯仕立ての奥深さが
垣間みれるのではないでしょうか。
 


「仕立て台」について



上質な帯を仕立て上げるために
かかすことができないもののひとつ、
それが「仕立て台」です。



仕立て台は、桜のムク材(合板ではなく天然材)からつくられます。

桜の木は、とても丈夫で長もち。
そして表面はざらつきがなく、とてもなめらかです。   
そのため、ダンスホールや練習場の床などにも
よくつかわれているようです。

帯の仕立ては、仕立て台の上に
布などをひかず、
直接帯反をのせ、仕立てていきます。

ときには仕立て台の上に足をのせたりと、
からだ全体を使用する
帯の仕立て方は、
「男仕立て」とも呼ばれています。

そのため、からだの重さに耐えることができ、
なおかつ帯反に傷がつかないようなもの
でなくてはなりません。

丈夫で、なめらかという性質を持つ
桜材は、仕立て台にもっとも適した
材料だといえます。

仕立て台の寸法は、
巾は1尺1寸(約42cm)、
長さが3尺4寸から3尺5寸(約130cm)、
高さが6寸(約23cm)といったところです。

この寸法は、
帯の巾や、長さにちょうどよい
というだけではありません。

ときにはその長さを用い、
帯芯の寸法を図るなどの
役割もはたします。
  
そして、実際に帯を仕立ててみると、
「なるほど!」と納得してしまうぐらい、
仕立てるときの姿勢や、その作業についても
実によく考えられています。 

仕立て台は、帯仕立てを支え、
その作業を助けてくれる
「とても頼れる」道具なのです。

● 次回は帯を仕立てるときに必要な道具~その2~のお話しです。

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現在、一番ひろく活用されている名古屋帯。
この帯をいつ、誰が、このかたちを工夫し、
つくりあげたのでしょうか?

数年前、私の祖母が大切に持ち続けていた
一冊の本をみせてくれました。
それは著者杉江ぎんの『帯結び方百種』という本でした。



そこには小津安二郎映画の着物担当や、
「ミセス」などの雑誌に掲載された着物で知られる
浦野理一さんのコメントが添えられています。

浦野理一さんはそのコメントで、
「和裁のなかでも特にむずかしい仕立の一つといわれる帯の仕立て、
今日では帯の大部分を占める名古屋帯も、杉江さんの創案になるものです。」

と、杉江ぎんが名古屋帯を創案したことをつたえ、
また、この本を評して、

「百種もの姿をつくり出すということは帯に対する深い、
愛情と理解がなければできないことです。」

と杉江ぎんに賛辞を贈っています。



その杉江ぎんは、その生涯について
多くを語らない人だったようです。
少ない資料を参考にすると、

「明治31年、知多半島の農家に生まれ、
12才の時から針仕事をはじめました。
きもの、羽織り、袴など
なんでも縫いこなした」

とのことです。

その中で特に帯仕立てにこだわったのは、
「帯仕立てが一番むずかしかったからだ」
と杉江ぎんはこの本の中で語っています。

杉江ぎんは、家族がずっと幸せであるようにと願い、
一生懸命はたらきました。

大正3年頃、杉戸重次郎らと名古屋にて「名古屋帯」を創案。
創案当初は「田舎帯」とよばれ誰にも相手にされなっかたようです。

しかし、大正12年の関東大震災により、人々の生活が根本から変わり、
安くてしめやすい名古屋帯が注目されはじめ、
戦中、戦後を経て名古屋帯はまたたく間にひろがりました。

その後、東京日本橋にて『杉本屋』という帯の仕立て屋を開業。

昭和44年、杉江ぎん72才の時に、『帯結び方百種』(染織美術社刊行)の出版に至りました。

この本は限定二千部の非売品として製作、発行され、
親しい方や帯の仕立てに関わる人々に配られたようです。

私の祖父は杉江ぎんとは親戚にあたり、
杉本屋にて帯の仕立てを習っていたことが縁で、
この貴重な本をいただいたようでした。

杉江ぎんは「帯結び方百種」のあとがきでこう語っています。

「帯を仕立てる仕事について50余年になりました。
ふり返るとその間に大震災、戦争など様々なことがありました。
そして今、一本の帯を前にすると気も静まり、
帯が話しかけてくるような気がします。
…帯に教えられるとでも申しましょうか、
ほんとうに帯が生きているような心持ちです。」

名古屋帯を創案した杉江ぎんの生涯は
つねに帯と共にあり、
また、杉江ぎん自身も一本の帯のように
まっすぐに芯をもち、生きぬいた人だったのではないかと思います。

● 次回は帯を仕立てるときに必要な道具についてのお話しです。

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花邑ブログ、花邑の帯あそびにようこそ。
花邑の帯あそびでは帯を通じてさまざまな素敵な出会いがあるように、
そのお手伝いが少しでもできれば…と思っています。
ご質問やご感想などよろこんで受け付けていきます。
どうぞよろしくお願いします。

さて、1回目は名古屋帯についてお話します。

今日、一般外出用の帯として広く用いられている名古屋帯。
その歴史は以外と浅く、大正3年(1914年)に名古屋で
杉戸重次郎、杉江ぎんを中心に考案されたのがはじまりです。

それまで帯と言えば、腹合わせ帯が中心でした。
腹合わせ帯とは表裏同寸の帯地を2枚用いて仕立てられた帯のことです。
名古屋帯が画期的だったのは、表裏同寸で仕立てなかったことです。
お太鼓からたれの部分だけが引き返しのある表裏仕立てで、
前から手先は裏を付けず、表地を半巾帯のように
2つ折りにして仕立てられています。



上の写真は名古屋帯を真上から撮影したものです。 
前の巾がお太鼓からたれ下までの巾に比べ半分になっていますね。
(前の巾を広く仕立てる巾変えの技法もあります。)

こうすることにより、それまで活用されていた腹合わせ帯より、
帯地の総丈がぐんと少なくても仕立てられるようになりました。
(腹合わせ帯の総丈が2丈1尺=795cm必要なのに対し、
名古屋帯の総丈1丈2尺5寸=474cmと8尺4寸=321cmもの違いがあります。)
また、前が2つ折りにされて仕立てあがっているので、
帯を結ぶ手間が減りました。

そういった名古屋帯のもつ利点が、
関東大震災や戦中、戦後の布不足や激動の時代の中、
人々のニーズに答え急速に普及していきました。
現在では1番ひろく用いられている名古屋帯は、
当時の人々の切実な思いにより考えだされ、活用された帯だったのです。

● 次回は名古屋帯の創案者のひとり、杉江ぎんのお話しです。

写真は和更紗の名古屋帯です。
こちらは帯のアトリエ「花邑hanamura」にて販売しています。花邑のホームページへ


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