花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




presented by hanamura


大暑を迎え、もう夏休みに入った子どもたちの明るい声が
朝早くから外で聞こえるようになりました。

親子連れで旅行に行くのか、
大きいリュックを背負っているというより、
リュックに背負われているような子供の姿を見かけると、
思わず微笑んでしまうこともあります。

子どもたちにとって、夏休みなどの長期休暇には、
海や山など、自然と親しむレジャーも、もちろん楽しいものでしょうが、
田舎の親戚の大きな家に親族などが集まって、
大勢で興じるトランプやかるたなどのゲームも良い思い出になりますね。

お着物や帯には、こういった昔ながらの遊び道具を
意匠に取り入れたものもあり、
伝統文様とはひと味ちがう柄行きのおもしろさが魅力的で、
とても人気があります。
今日は、そのうちの 1 つ、「トランプ文様」についてお話ししましょう。

トランプと聞くと、同じカード遊びである
花札やかるたなどの和のイメージと異なり、
西洋的なイメージが強いですね。

しかし、花札やかるたは
もともとはトランプから考案されたゲームなので、
トランプは日本の文化とも縁が深いものなのです。

また、その起源も実は西欧ではなく、
古代エジプト、あるいは古代中国といわれています。

東方で考案され、西欧に広められたトランプは、
各国でマークや絵柄などを替えながら、
14世紀に現在のようなトランプが誕生します。
その後、西欧ではそれぞれの国の文化が反映された
枚数やマークが異なるトランプがつくられました。
ちなみに、現在、世界中でもっとも多いトランプは、
日本でも用いられている52枚のカードにジョーカーを足したものです。

スペード、ハート、クラブ、ダイヤというマークは、
それぞれ騎士(剣)、僧職(聖杯)、農民(棍棒)、商人(貨幣)をあらわすものといわれています。
また、トランプの枚数は太陽暦を基準にしていると考えられています。
1から13を足して、マークの数の4をかけると364になり、
そこにジョーカー1枚を足すと365になるのです。

日本にトランプがもたらされたのは
室町時代後期です。
鉄砲などとともに、ポルトガルからもたらされました。

ポルトガル語では、トランプは「カルタ」と呼ばれています。
「カルタ」は「切り札」を意味していて、
当時の日本でもトランプのことをポルトガル同様に「カルタ」とよんでいました。
このトランプは、現在のものより4枚少ない48枚で、
「天正かるた」と呼ばれていました。
しかし、「天正かるた」は博打に使用されたため、
江戸時代になると幕府によって禁止されてしまいました。

そこで、トランプを和風にし、
絵札にスン(唐人)、ウン(福の神)、騎馬武者や龍などを用いた
「うんすんかるた」がつくられました。
ちなみに、どうにもならない状況に陥った場合、
「うんともすんとも言わない」と言うことがありますが、
「うんともすんとも」は、実はこの「うんすんかるた」に由来しているのです。
また、平安時代の遊びだった貝合わせとトランプを融合させた
「花札」や「かるた」、「百人一首」などもつくられ、広まりました。

トランプが、再び人気となったのは、
明治時代の頃です。
カルタ禁止令が解かれ、
西欧からもたらされた
トランプはハイカラな遊びとして、人気を博しました。

この頃から、トランプは「カルタ」ではなく、
現在のように「トランプ」と呼ばれるようになりました。
この名前は、英語の「切り札」を意味する「トランプ」に由来しています。

大正時代になると、当時流行したアールヌーボーやアールデコの影響を受けた
トランプ文様の着物や帯、羽裏がつくられ、人気を博しました。



上の写真の名古屋帯は、大正~昭和初期につくられた羽裏地から
お仕立て替えしたものです。
アンティークならではの渋みのある紫色に、
不均一に散らされたトランプの意匠がおもしろく、
現代でもモダンに感じられます。

実はこの意匠におかしな点があることに
皆さんはお気づきになりますか?

絵札にご注目ください。まず K(キング)がありますね。J(ジャック)もあります。
絵札ではありませんが、A(エース)もいちばん下にあります。
商品ページでほかの部分もご覧いただくとよくわかりますが、
そのほかの数字札も全部あります。
ところが・・・、Q(クイーン)だけが見当たらないのです。
もちろん、もとの布地の状態からありませんでした。

これはいったいどういうことでしょう???
そうです。Q(クイーン)は、何を隠そう、
こちらをお使いになられる貴女ご自身なのです。

ちょっとしたバーなどでの気軽なパーティー、
ジャズなどのライブや、ポップアートなどの美術鑑賞などには
ぴったりですね。
装いの「トランプ(切り札)」な 1本になりそうです。

※写真は花邑 銀座店にてご紹介している名古屋帯です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は8月3日(水)予定です。

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7月も半ばを過ぎ、いよいよ夏本番を迎えました。
東京ではここ数日間、台風の影響のため、
どんよりとした雲の広がる不安定な天気が続いています。
そのなかでも、まもなく夏休みになる子供たちは、
いつもより元気な笑顔を見せています。

さて、元気になる最近の話題といえば、
やはり女子サッカー代表「ナデシコジャパン」の優勝ですね。

暗いニュースが多い中で、
選手たちの活躍ぶりに感動された方も
多いのではないでしょうか。

チーム名「ナデシコ JAPAN」の由来ともなった
撫子は、初夏から秋に咲く花ですので、
「ナデシコ JAPAN」もその花同様に、
この季節に花を咲かせたのかもしれません。

今日は、その撫子文様についてお話ししましょう。

撫子は、花びらの先が細かく裂けた
薄桃色や白色のかわいらしい花です。
日本各地に自生する植物なので、
日当たりの良い河原などで、
その姿を見かけることができます。

可憐に咲く撫子の様子は、
少女がにこやかに微笑む姿に例えられ、
撫子の名前は、撫でるようにいつくしみ育てられた
「撫でし子」に由来するとされています。

撫子には、日本に古来より自生する「大和撫子」とよばれるものと、
平安時代より中国からもたらされた
「石竹(せきちく)」とよばれるものがあり、
古来より観賞用としても栽培され愛でられてきました。
どちらも日本の伝統色にその名があり、
同様の色を示します。

万葉集の中で、山上憶良が撫子を秋の七草に選んだことから、
撫子は秋の花というイメージもありますが、
実際には、初夏から秋と比較的長く咲く花で、
「常夏(トコナツ)」という異名ももっています。

平安時代に編纂された
「源氏物語」ではその「常夏」を巻名にして、
夕顔の忘れ形見である玉鬘(たまかずら)を登場させ、
玉鬘が住む家の庭に撫子が咲き誇る様があらわされています。
また、「枕草子」では
「草の花はなでしこ、唐のはさらなり やまともめでたし」
とも詠まれています。
「草花のなかでもっとも趣きがあるものは、撫子ですね。
唐(中国)から伝来したものはもちろんのこと、
日本に自生しているものもとてもすばらしいものです」
という意味で、撫子の良さが語られています。

着物や調度品などの意匠に撫子が配されるようになったのは、
鎌倉時代です。
江戸時代になると、園芸がブームとなり、
撫子の品種改良がおこなわれ、
その数は数百種類にもなっていたようです。

また、着物や浴衣の意匠においても
人気の高かった撫子文様は
秋の七草とともに配されたり、
流水などと組み合わされたりしたものが
多くつくられました。

ちなみに、清楚で慎ましく、凛とした女性を表現し、
「大和撫子」と呼ばれるようになったのは、
明治時代の頃のようです。



上の写真は河原に咲いた撫子に萩ととんぼを配した絽の名古屋帯です。
刺繍が施された撫子は、たとえ帯といえど
思わず文字通りに撫でてしまいたくなるような
撫子のかわいらしさです。

※写真は花邑 銀座店にてご紹介している名古屋帯です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は7月27日(水)予定です。

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連日、暑い日が続いていますね。
東京では先日、梅雨明け宣言が出され、
空にはもくもくとした夏雲が湧き出ていました。
木立ちのなかからは早くも蝉の鳴き声も
聞こえてきています。

夏季の着物や帯の意匠に用いられる文様には、
暑い季節に涼やかな秋に想いを馳せたような
秋草をモチーフしたものが多くあります。

今日はその中のひとつ、桔梗文様についてお話ししましょう。

桔梗は、日本各地の野山に自生する植物です。
青紫色や白色の花は、
小さな星型のかたちをしています。
つぼみはまるで紙風船のようでとても愛らしく、
うつむいたように咲くその姿には清楚な美しさが感じられます。

桔梗は「秋の七草」の 1 つとされていますが、
実際の開花時期は6月から9月までと、
比較的長くその姿を愛でることができます。

桔梗の根は解熱や鎮痛作用があるとされ、
古来より薬用にも用いられてきました。

桔梗という名前の由来は、
薬用になる根が硬いという意味合いから付けられ、
後に音読みされて
「キチコウ(キチカウ)」となり、
現代のようなキキョウになりました。

このキキョウのほかにも、
桔梗にはいくつかの名前が付けられています。

奈良時代には歌人の山上憶良(やまのうえのおくら)が
万葉集の中で秋の七草を詠み、
桔梗を朝貌(あさがお)とよんでいます。

この朝貌(あさがお)とは、
現代と同じ「朝顔」を
指すのではないかという説もありますが、
朝顔は中国からもたらされた植物であり、
この時代にはまだ日本には存在せず、
平安時代の漢和字書『新撰字鏡』においても
「桔梗、阿佐加保」と記されていることから、
万葉集の朝貌(あさがお)は桔梗であるという説が
有力視されています。

平安時代になると、和歌や絵画の題材として、
桔梗は多く用いられるようになりました。
美しいだけではなく、前述のように薬用効果も高いことから、
「吉更=さらに吉」の植物ともされ、
桔梗の文様は吉祥文様として扱われていました。



上の写真は檜垣に桔梗文様が配された名古屋帯です。
大正~昭和初期につくられた布地をお仕立て替えしたものですが、
桔梗文様の清楚な美しさが見事にあらわされています。

また、桔梗は「オカトトキ」とも呼ばれました。
「岡に咲くトトキ」というのが語源とされていますが、
「トトキ」とは釣鐘人参のことで、
釣鐘人参は朝鮮では「トドック」とよばれていたため、
それが訛ったものとされています。

この桔梗=オカトトキがたくさん咲いていた美濃の地には
「土岐」という地名が名づけられ、
また、そこで栄えた一族が後に「土岐家」となり、
その土岐家は桔梗を家紋に定めていました。

土岐家は鎌倉時代から江戸時代まで活躍した武家で、
土岐家をゆかりとする家の家紋にも
同じく桔梗紋が用いられている場合が多くあります。
しかしながら、桔梗文様の縁起の良さから、
土岐家以外でも用いられるようになり、
しだいに広まっていきました。
明智光秀や坂本龍馬もこの桔梗紋を使用しています。

江戸時代なると、桔梗文様は
能装束や小袖の意匠にも用いられました。
また、当時活躍した絵師の尾形光琳や、
その弟で陶工の尾形乾山(けんざん)は、
桔梗を好んで題材にしました。

桔梗の名所は日本各地にあるようですが、
なかでも静岡県の周智郡森町草ケ谷にある「ききょう寺」や、
明智光秀ゆかりの京都府亀岡市の谷性寺(こくしょうじ)、
京都府京都市にある廬山寺(ろさんじ)の桔梗は、
たいへん美しいと評判です。
桔梗の見ごろは6月下旬ぐらいから8月下旬なので、
夏休みに秋の七草を眺めに行くのも
風流で良いのではないでしょうか。

※写真は花邑 銀座店にてご紹介している名古屋帯です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は7月20日(水)予定です。

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明日は七夕ですね。
東京では、ここ数日間、
夏本番ともいえるような日が続いています。

それでも、まだ梅雨が明けていないこともあり、
朝晩は幾分涼やかで過ごしやすいですね。
天気も不安定で、急に雨雲が広がることも多いです。
今年の七夕は天の川がきれいにみえるでしょうか?

蒸し暑くなってくるに従い、
いままで外に一晩出しておいても
大丈夫だった野菜も、
痛みやすくなってきます。

そういった野菜はついつい冷蔵庫に入れてしまいがちですが、
茄子やきゅうりなどは、冷蔵庫に入れると
長持ちしなくなってしまいますよね。

そういった野菜は、竹で編んだ籠にいれておけば
通気性が良いので、比較的長期間持つようです。
たとえ採れたての野菜でなくても、
竹籠に入れられた野菜は
新鮮そうで、食欲をそそります。

編み目によって空気がよく通る籠は、
夏に見ると、目にもたいへん涼しげです。
竹と竹が織りなす籠目は素朴で不均一ですが、
機械でつくられたものにはない
深い趣きが感じられます。

夏ならではの風情といえば、
花火やお祭りなどさまざまにありますが、
こういった日常的な風景で夏の風情を楽しむことも
大切ですね。

竹籠でつくったバックは、
夏のお着物や浴衣などにもよく合います。

今日は籠目(かごめ)文様について
お話ししましょう。

籠目文様とは、一筆書きの星のような形で
上下が反対になった三角形を重ねたものが
連続している文様です。
農業の際に用いる背負い籠(しょいかご)の目に
似ていることから、この名前が付けられました。

「かーごーめー かごめ かーごのなーかーのとーりーは♪」ではじまる、
「かごめかごめ」のわらべ歌のなかの「かごめ」も
この籠目のことです。
トマトジュースやケチャップで有名な食品会社の社名も
この文様をロゴマークに配していたことによります。



上の写真は、籠目文様に四季の草花が配された型染めの名古屋帯です。
幾何学的な籠目文様が華やかな意匠のアクセントとなっています。

籠目文様の起源は定かではありません。
一説には青銅時代にはすでに用いられていたと
されています。

伊勢神宮にある石灯籠には、
籠目文が単独で記されています。

また、清和源氏の家紋にも、
この籠目文様が用いられています。

単独にすると六芒星とも言われています。
この六芒星は「六角星」とも「ヘキサグラム」ともよばれ、
ユダヤ教では神聖な文様とされいます。
ユダヤ人の国、イスラエルの国旗の中央に配されているのを
皆さんも目にされたことがあるでしょう。
古代イスラエルのダビデ王の紋章として
「ダビデの星」とよばれることもあります。

ユダヤ人の言語のヘブライ語と日本語とはたいへん似ている、
もしくはほとんど同じという言葉が数々あるということもあって
ユダヤ人と日本人の祖先は同じではないかという
説も唱えられてもいます。

その真相はわかりませんが、
正三角形を上下に重ねた籠目文様は
日本でも同じように神秘的なものとされました。

「籠」という漢字は「竹」と「龍」にわけることができます。
籠の中には神秘的な力を持った龍が封印されていて
神秘的な力が宿るという解釈もされ、
そのゆえに籠目文様は魔除けのしるしともされました。

江戸時代の武将たちは、
こうした邪を払う力にあやかろうと
夏季に着る帷子(かたびら)に
この籠目文様を用いていました。

なぜ夏季の着物だけに籠目文様を用いたのか
という点についてはよくわかっていませんが、
やはり籠目の大きな編み目が
見た目に涼やかな意匠だったからなのではないでしょうか。


※写真は花邑 銀座店にてご紹介している名古屋帯です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は7月13日(水)予定です。

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