花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




presented by hanamura ginza


4月も中旬を過ぎ、
東京では、ぐんと気温が上がりましたが、
季節の変わり目だからなのでしょうか、
雨の降る日も多く、傘が手放せない日が続いています。

それでも、ゴールデンウィークのときには、
晴れとなる地域が多いようなので、
お出かけには最適な日和となるでしょう。

各地では、ゴールデンウィークに向けて、
さまざまな催し物が開催されていますが、
お着物にちなんだ催し物では、
東京の丸の内の三菱一号館美術館で開催されている
「KATAGAMI Style」展もおすすめです。

名前にある「KATAGAMIとは、型紙のことです。
型紙とは、和紙を重ねて柿渋で
貼り合わせた地紙に、
彫刻刀で文様を彫り抜いたもので、
織地に意匠を染めつけるために用いられるもので、
お着物にはとても縁の深いものです。

その型紙が、19世紀後半から20世紀初頭に
イギリスやフランス、ドイツ、アメリカなどの西欧に
千点から一万点もの数がもたらされたということで、
「KATAGAMI Style」展では、日本でつくられた型紙が、
各国でどのような影響を与え、
どのような美術品や工芸品のデザインに用いられたのかといった内容が
くわしく展示されています。

先週の日曜日にその「KATAGAMI Style」展に行ってきました。
雨の降る寒い日でしたが、
会場には、多くの人々が訪れていました。

さまざまな年齢層の方が来場されていましたが、
その中でも、テキスタイルの勉強をしにきているのか、
学生さんのような若い人の姿が目立ちました。

日本の伝統文様の普遍的な美しさを再認識するとともに、
型紙そのものについても美を感じることができた
興味深い展示内容でした。

今日は、その「KATAGAMI Style」展にて
紹介されていた型紙についてお話ししましょう。

日本において、
型紙がつくられたのは鎌倉時代のころです。
糊によって文様部分を防染する糊防染の誕生とともに、
型紙は誕生しました。

それまでの衣服の意匠は、
公家の装束に用いられていた、
錦織などの織りによってあらわされた
優美なものが主流でした。

しかし、武士が実権を握るようになると、
織りよりも、簡素で機能的な着物が好まれるようになり、
型紙を使用したシンプルな意匠が用いられるようになりました。
各地の権力者たちは、それぞれの美意識をあらわすように
独自の文様を精緻な型染めによってあらわすようになったのです。

江戸時代になり、友禅染めが考案されると、
上流階級では華麗な文様が染めあらわされた着物が人気となりました。
その一方、型染めは粋を美とする庶民たちの間で人気となり、
技法を凝らしたさまざまな文様の型染めがつくられるようになりました。

中でもで三重県の鈴鹿市白子、寺子の両地域では、
紀州藩の後ろ盾もあり、型紙の生産地として
多くの型紙が製作されました。
この地方でつくられる型紙は、現在でも「伊勢の型紙」とよばれ、
江戸小紋などにも用いられています。

ちなみに、伊勢の型紙は、当時つくられた和更紗にも用いられています。



上の写真の腹合わせ帯は、江戸時代後期につくられた和更紗からお仕立て替えしたものです。
異国情緒漂う唐花文様が、染めあらわされたもので、
現代見てもモダンな雰囲気ですが、
こちらも伊勢の型紙が用いられたものです。

こうした型紙が、海外に多くもたらされたのは、
明治時代になってからです。

西洋化が進んだ当時の日本では、
服装も着物から洋服へと変わっていき、
手間のかかる型染めによる染色は廃れていきました。
そのため、型紙をつくる仕事が減り、
型紙の作り手である職人も数が少なくなっていったのです。
また、いままでつくってきた使用済みの型紙も、
その用途が見出せず、破棄されたものもかなりの数があったようです。

この型紙に、価値を見出したのが、
イギリスやドイツ、フランス、アメリカ、ベルギーなど、
欧米の国々でした。

アールーヌーボーなどの新しい美意識が注目されていた当時の欧米では、
日本独自の文化が生んだ型紙の緻密な文様や斬新な意匠に、
美を見出していました。
そして、多くの型紙を国に持ち帰り、
その型紙の文様をヒントにして、
ポスターのデザインや食器、家具のデザインを考案していったようです。

こうした型紙は浮世絵などに並んで、
西欧において産業や芸術に新しい息吹をもたらし、
当時の西欧で盛んだったた美術工芸改革運動の流れに伴い、
新しい美意識を誕生させました。



上の写真の名古屋帯は、
明治時代につくられた絹紬からお仕立て替えしたものです。
松と冊子が交互に組み合わされ、
冊子の中には麻の葉が配された凝った意匠の藍染ですが、
こういった日本の伝統文様が海外に渡り、
さまざまな工芸品や美術品に応用されました。

「KATAGAMI Style」展では、
こうした型紙をもとにしてつくられた
タペストリーや家具、絨毯などが、
国ごとに分けられて展示されています。

芭蕉の文様が絨毯に用いられていたり、
菊文様がビビットな色合いのクッションカバーになっていたり、
お屋敷の階段に型紙のデザインが用いられていたりするなど、
各国においてさまざまなかたちで型紙の文様が取り入れられています。

それにしても、日本においては、
実用品として使用する道具でしかなかった型紙に、
美を見出して、自国に持ち帰った人々の眼識の高さには驚きです。

しかし、文明開化が進んだ日本において、
身近にあったものだからこそ、
その美を見失ってしまっていたのかもしれません。

当時つくられた型紙の中では、
現在つくるのが困難なものも多く、
そうした貴重な資料を手放してしまったことについては、
残念な気持ちがしてきます。

しかし、名もない職人が心意気で作り上げた型紙が、
西洋で評価され、さまざまなデザインに用いられて
普遍的なものになっていったということは感慨深くもあり、
当時、日本の職人たちがもっていた美意識の高さを
うかがい知ることもできます。

「KATAGAMI Style」展は、
5月27日(日)まで開催されているようなので、
ご興味のある方はぜひ、足を運んでみてください。


※上の写真の「和更紗両面染め、唐花と鳥唐草文様の腹合わせ帯 」と、「冊子に松文様 型染め 名古屋帯 」は花邑銀座店でご紹介している商品です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は5月3日(木)予定です。

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台風の影響で、雨が降ったり止んだりと、
不安定な天気がつづいていますが、
ゆっくり進んだ台風とともに、夏も遠ざかり、
ここ東京では、秋の気配が日増しに感じられるようになりました。

さて今日は、前回に引き続き、
ただいま花邑銀座店にて開催している「更紗の帯展」にちなみ、
更紗の発祥地であるインドでつくられている
印度更紗についてお話ししましょう。

紀元前 3000 年前からインドでつくられていた更紗は、
染色技術が進むにつれて、
さまざまな柄行きのものがつくられ、
16世紀には、ムガル王朝の支配下で
最高の水準に達しました。

そして 15 世紀中頃~17 世紀中頃の
大航海時代になると、
世界各地に広められました。

大航海時代のヨーロッパの各国は、
インドやインドネシアの島々に
東インド会社などの自国の貿易の拠点を設け、
アジアにおける利権を拡大していました。

インドやインドネシアには、
当時のヨーロッパでは貴重品とされていた香辛料が豊富にあったのです。
さらには、インドでつくられる更紗も珍重品とされ、
金や銀などと交換されていました。

ヨーロッパには、それまでインドのような染色の技術がほとんどなく、
布地に文様をあらわすには織物か刺繍に頼るしかありませんでした。
そのため、印度更紗の染色による鮮やかな色彩や斬新な文様、
木綿布の堅牢性が瞬く間に評判となったのです。

更紗の熱狂的な人気は、ヨーロッパの社会問題にもなりました。
絹織物の需要が少なくなり、
国内の絹織物を生産する工場がひっ迫し、
さらには国外に多額の資本が流れることになったのです。
そのため、フランス、イギリスは 1686 年に
印度更紗の輸入を禁止してしまいました。
それでも印度更紗の人気は衰えず、
密輸によってヨーロッパ各国に出回り、
とくにブルジョア階級などが買い求めました。

やがてインドでは、
ヨーロッパ人の好みに合わせた
華やかで流麗な花柄の更紗も多くつくられるようになりました。

オランダやイギリスは、
インドの南東部の海岸、コロマンデルコーストに
更紗の製作拠点をつくり、
輸出先の注文に応じた更紗の制作も手がけ、
ヨーロッパを中心として、各国に輸出しました。

一方、インドと近隣するインドネシアの島々とは、
昔から貿易や文化交流が盛んに行われ、
インドでつくられた更紗は、
14 世紀には交易品として
インドネシアの島々に輸出されていました。
インドネシアにもたらされた印度更紗には、
印度産の高級な絹織物である
パトラの絣文様を模して
格子や菱文を組み合わせた花柄の意匠のものも
多く見受けられます。



上の写真は、格子に花文様が意匠化された印度更紗からお仕立てした名古屋帯です。おそらく、インドネシアにもたらされた印度更紗かと思われます。

日本にはじめて更紗がもたらされたのは、
16世紀中頃です。

当時の日本でも木綿そのものがめずらしく、
異国からもたらされた更紗は、とても珍重されました。

17世紀になって南蛮貿易がはじまると
更紗の輸入は年々増加し、
とくにインド茜で染められた更紗は、
活力の旺盛な武将らにもてはやされました
こうした更紗は、戦国時代に入ると、
戦さのときに羽織る陣羽織などにも用いられたようです。
また、茶の湯の仕覆(しふく)としても多く使われました。

日本では、この更紗を名物裂(めいぶつぎれ)として、
小さな欠片のようになったものまでも見本帳などに貼り、
大切に保管していました。

ちなみに、当時のインドでつくられた更紗は、
世界中のいたるところで残されていますが、
日本にもたらされた更紗は、
その中でも一番保存状態が良いようです。

古の時代に遠く離れたインドから海を渡り
日本に届けられた印度更紗を眺めるとき、
それをつくった当時の人々のスピリットはもちろん、
そうした更紗を現代まで大切に保存してきた人々の想いが
印度更紗の深い茜色をさらに美しいものにしているように思えるのです。

上の写真の印度更紗は「更紗の帯展」でご紹介している名古屋帯です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は9月14日(水)予定です。

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8 月も終わり、季節は夏から秋へと移っていきます。
台風が近づいているせいで、
不安定な天気の日が続いていますが、
晴れた日の夜には、
虫の声が聞こえてくることもありますね。

花邑銀座店では、これからの季節の装いに向けて、
毎年ご好評いただいている
「更紗の帯展」を 9 月 1 日から開催します。

18 世紀のインドでつくられた希少な印度更紗や、
江戸時代後期~現代ものの和更紗やヨーロッパ更紗など、
洒脱なお色柄の更紗を厳選してお仕立てしました。

花邑銀座店のウェブショップでも
9 月 1 日に新着の秋冬のお着物と合わせて
全商品をご紹介します。
ロマンの香り漂う更紗布の魅力が、
少しでもお伝えできれば幸いに存じます。

そこで今日は、「更紗の帯展」にちなみ、
更紗の発祥地であるインドでつくられている
印度更紗についてお話ししましょう。

「更紗」というと、広義では
文様があらわされた木綿布を指します。

インドではすでに紀元前 3000 年頃には綿花が栽培されていて、
更紗の素材となる綿織物がつくられていました。
この綿織物に手書きでさまざまな意匠を染めたものが
当初の更紗です。

やがて、染色技術が進むにつれ、
インド茜などを染料とした鮮やかな色彩の更紗が誕生します。

インダス文明の古代都市であるモヘンジョ・ダロの遺跡では、
紀元前 2000 年前の地層から、
茜染めの木綿布が発掘されています。

印度更紗独自の茜色は、
インドで自生するインド茜を染料として、
媒染剤に用いられるみょうばんに
鉄分を混ぜ、染め上げられます。

この茜色に染められた更紗は、
紀元後まもなくには地中海広域にも伝えられました。
当時、その色の美しさは女性の持つ
崇高な美しさに例えられたようです。

また、インドではこの茜色が神聖な色とされ、
お祝い事の席などに茜色の更紗が用いられました。

7世紀には、防染による染色方法が考案され、
木版をつかった型染めや
カラムと呼ばれる鉄や竹のペンを用いて
蝋染めを施した更紗がつくられるようになりました。

ちなみに、印度更紗のこの技法は、
現在でもさほど変わらず、継承されているようです。

染色技術が発明され、使用されるのに従い、
印度ではさまざまな更紗がつくられるようになります。

広大な土地をもつ印度では、
さまざまな民族が移り住み、
その地域により信仰する宗教も異なりました。
そのため、更紗もその地域の宗教色が強く反映された
柄行きのものがつくられました。

イスラム教の影響を受けた北部では、
ペルシャ調の流麗な文様があらわされた更紗がつくられ、
ヒンドゥー教の影響を受けた南部では、
ヒンドゥー教の神々や人物、動植物があらわされた更紗がつくられました。

やがて16世紀になると、南部を除くインド全域を支配したムガル王朝が誕生します。
このムガル王朝は染織や工芸品に重きを置いて
職人を手厚く保護したため、
インドの染織技術は最高の水準に達しました。
また、ムガル王朝はイスラム教を信仰したため、
イスラム文化の影響を受けたペルシャ調の華麗な更紗が多くつくられ、
最高級のものは、王や貴族などが使用しました。

大航海時代になると、こうした最高級の更紗が
インドから世界各地にもたらされました。



上の写真は 18 世紀にインドでつくられた希少な鬼手の印度更紗です。
古来より人々を魅了してきた茜色の深い色合いが美しく、
木版染めによる素朴な花文様が可愛らしさを添えています。

次回はさまざまな国にもたらされた印度更紗のお話しです。


上の写真の印度更紗は「更紗の帯展」でご紹介している
お染名古屋帯です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は9月7日(水)予定です。

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