花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




presented by hanamura


大寒を迎え、冷たい風の吹く
寒い日がつ続いています。
それでも陽射しは、
少しずつ春めいてきている気もします。
街角では、猫が気持ち良さそうに
日なたぼっこをしていました。

さて、今日は亀文様について
お話ししましょう。
亀と前回お話しした「兎」とは、
イソップ童話の「ウサギとカメ」のお話や
「もしもし かめよ かめさんよ~」
という童謡でもおなじみのコンビですね。

童話や童謡で紹介されているように、
ぴょんぴょんと飛び跳ねて走る兎に比べ、
亀の歩みはとても遅く、ゆったりとしています。

しかし、ゆったりと動く生き物は
寿命が長いものが多いようで、
亀も寿命が長く、
100歳以上も生きるものもいるようです。

また、亀は寿命が長いだけではなく、
人類が誕生する遥か昔の
約2億2,000万年も前から地球上に棲息し、
その歴史も長いのです。
そのためか、亀は昔から神秘的な存在として
考えられてきました。

日本においては、すでに弥生時代の銅鐸に
亀の文様があらわされ、
古墳時代には北を守る神様として
壁画の北側に亀の図が描かれました。

昔話の「浦島太郎」でも、
亀は浦島太郎を竜宮城へ導く使者として登場しますね。

亀は文様のモチーフとしても、
長寿を象徴する吉祥文様として、
平安時代の頃から用いられてきました。

なかでも「蓑亀(みのかめ)文様」という亀の文様は、
長生きした亀の尾に海藻が蓑のようについた様子をあらわしたもので、
最も縁起の良いものとされています。

しかし、その一方で、亀は手が合わせられないことから、
「手打ちができない」=契約や和解が成立しないともいわれ、
昭和の中期ごろまで、花柳界や証券界では、
亀の文様が敬遠されたこともあるのです。

また、正六角形の亀の甲羅を文様化したような「亀甲文様」もあります。
もともと亀甲文様は、飛鳥時代に大陸から伝えられた幾何学的な文様でしたが、
そのかたちが亀の甲羅に似ていることから「亀甲文様」とよばれ、
平安時代には有職文様となりました。

この亀甲文様には多くの種類があります。
亀甲に花が入った亀甲花菱、
亀甲が入れ子状になった子持亀甲、
亀甲を山形状に3つ組み合わせて繋くげた毘沙門亀甲、
亀甲繋ぎが意匠の所々に配された破れ亀甲があります。



上の写真の亀甲文様は、
亀甲の中に四季折々の草花が配されたものです。
亀甲文様はこのようにとても自由度があるため、
現代でも着物や帯の意匠として多く用いられています。

亀の文様は亀の寿命と同じく、
昔から長く息づいている文様のひとつなのです。


※上の写真は花邑 銀座店にてご紹介している名古屋帯の文様です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」
次回の更新は2月2日(水)予定です。


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presented by hanamura


1月も半ばを過ぎ、
1年のうちでもっとも寒さが厳しい時期になりました。
それでも、東京では梅の木に薄紅色のつぼみが付きはじめています。
この寒さを越えれば、春もすぐそこまでですね。

さて今日は、前回にひきつづき今年の干支である
「兎」の文様についてお話ししましょう。

古今東西を問わず、
愛され、親しまれてきた兎。

日本において、
その兎が着物や帯、調度品などの
意匠のモチーフとして
盛んに用いられるようになったのは、
桃山時代の頃です。

当時、京の豪商として有名だった
角倉了以(すみのくらりょうい)は、
草花の下に兎が座る
「花兎金襴」(かときんらん)と呼ばれる文様を
愛用しました。

角倉了以は、豊臣秀吉の朱印船に加わり、
安南国(ベトナム)との貿易を行って富を得て、
私財を投じ京都の高瀬川を開削した功績が称えられ、
名を残した人物です。
その角倉了以が愛用した「花兎金襴」(かときんらん)は、
のちに「角倉金襴」(すみのくらきんらん)とも呼ばれ、
名物裂の文様となりました。



江戸時代のはじめには、
波の上を跳ねる兎の図を意匠化した
「波兎」(なみうさぎ)という文様が大流行しました。

波に兎が跳ねているという不思議な組み合わせは、
琵琶湖から眺める竹生島(ちくぶしま)の
神秘的な美しさを歌い上げた
「竹生島」という謡曲(能)に由来しています。

謡曲「竹生島」の中には、
『月海上に浮かんでハ 
   兎も波を奔(カケ)るか』
(月が湖面に映えて浮かんでいるときは
   月の兎も湖面の波の上を駆け跳ねているのですね)
というとても美しい詩があります。

「波兎」はその詩にあらわされた情景を
簡略して意匠化したもので、
狂言装束の肩衣(かたぎぬ)の文様としても用いられました。

また波に兎とは、月に兎という意味合いをも含むことから、
月の神秘な力をあらわす吉祥文様として
庶民の間にも広まり、人気となりました。

江戸時代中期になると、
兎に植物や人物を組み合わせて意匠化したものが
多くつくられるようになります。
その中でも、兎が好物とする木賊(とくさ)を組み合わせて
意匠化した着物や帯は人気を博しました。

また、しゃがみこんでいる兎の姿を
3方向から捉えて組み合わせた「三つ兎」と呼ばれる文様もつくられました。
日本では古来より数字の「三」は縁起の良いものとされていたので、
こちらも吉祥文様として現在でも多く用いられています。

さて、偶然ですが今日1月18日は、
満月(望月)ということなので、
寒空の中、月を眺めれば、
月で餅をつく兎の姿をみることができるかもしれません。

※上の写真は花邑 銀座店にてご紹介している名古屋帯の文様です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」
次回の更新は1月25日(火)予定です。


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新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

花邑 銀座店では、私の祖母がつくった
毎年恒例の干支人形を飾って、
新年のお客さまをお迎えしております。

新年はじめてのお話のテーマは、
やはり、その干支の兎。
兎の文様についてです。

兎の年は、跳躍や発展に繋がる年といわれています。
実際に、兎年のときは株が上がるという統計もあるようですね。

兎はその愛らしい姿はもちろん、
性格も穏やかなことから、
古今東西を問わず、人々に愛され、
親しまれてきた動物です。

童話やおとぎ話など、
話の主役に兎が登場するものはとても多いですね。
日本では、「古事記」に記された「因幡の白ウサギ」、
「カチカチ山」や「ウサギとカメ」のお話が有名ですが、
西洋では「ピーターラビット」が有名です。
「不思議の国のアリス」にも登場しますね。



しかし、兎といえばやはり「月に兎」を
イメージされる方も多いことでしょう。
満月の夜に月を眺めると、
餅をついている兎のシルエットが見えてしまうのは、
日本人ならではの感覚かもしれません。

しかし、この「月に兎」というイメージは、
日本から遠く離れた古代インドの神話に由来しています。

その神話とは、
帝釈天という神様が、
やせ衰えた老人に身をやつして、
兎と、狐と猿のまえにあらわれたとき、
兎が老人の飢えを防ごうと
自ら燃え盛る炎の中に飛び込んで、
我が身を捧げたというものです。
老人に身をやつしていた帝釈天は、
その兎の行動を称え、
黒ごけになった姿を月の中に納めたので、
月には兎のシルエットが残されたというお話です。

やがて、この神話は古代のインドにおいて、
仏教に取り入れられ、
中国を経て飛鳥時代のころに日本へ伝えられました。

正倉院に伝わる当時つくられた織物のなかには、
兎が織りこまれた意匠があります。
その織物には、不老不死の霊薬をついている
兎の姿があらわされています。
この不老不死の霊薬には、
中国の神仙思想の影響があるようです。

やがて、日本では当時の人々が満月のことを
「望月(もちつき)」と呼んだことから、
発音の似た「餅つき」を連想するようになったようです。
そして、ぺったんぺったんと餅つきをする
どこか茶目っ気のある兎の姿が「月にうさぎ」のイメージとして、
定着するようになったようです。

桃山時代になると、意匠や調度品などの文様に
兎は盛んに用いられるようになりました。

次週は、桃山時代以降に用いられた兎の文様についてお話ししましょう。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」
次回の更新は1月18日(火)予定です。


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