花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




presented by hanamura ginza


いよいよ東京も梅雨入りです。
連日の雨で、傘を持つのも煩わしくなり、
どんよりとした雨の町を歩いていると、
気持ちも鬱々としてしまいそうですね。

それでも、どこかからか聞こえてくる嬉しそうな蛙の鳴き声や、
あちらこちらで咲き誇った紫陽花をみると、
この季節ならではの風情が感じられ、
鬱々とした気持ちに光が射すように思えてきます。

紫陽花は、英名で「水の容器」を意味する「Hydrangea」
という名前がつけられているのですが、
雨に濡れた姿をみると、その名前がしっくりくるような美しさが感じられます。
それは、曇り空の下で塊となった鮮やかな青色や赤紫色、白色の花の色が映えるためでもあるのでしょう。
とくに、白い紫陽花は清涼剤のような効果があるようにも思えます。

雨の中の白い紫陽花をはじめ、
暑い季節の白い色は目に爽やかで、とても綺麗なものですね。
白い色を装いに取り入れると、
そこだけ温度が下がっているような涼やかさが感じられます。

こうした「白色」についての印象は、
遠い昔から変わらないようです。

古代エジプトでは、白い色を穢れのない神聖な色として身にまとい、
死者を白い布をで包み、復活を願いました。
また、西欧では天使の衣装や花嫁衣裳にも白い色が用いられています。

日本においても、白は神聖な色とされてきました。
奈良時代 にだされた養老律令では、
白色が「天子の色」と定められ、最高の服色となりました。

この選定は、当時外国からもたらされた白い絹糸の美しさに驚嘆し、
貴重なものとして崇めたためともいわれています。

現代では、絹糸と聞くと白色を思い浮かべますが、
もともと、野生の蚕が吐く糸の色は黄色でした。
やがて、その蚕を人の手で飼うようになったことで、
白い糸を吐く蚕のみを集めて交配して、
改良を重ねていくことで、白い糸を吐く蚕を残したそうです。
また、麻の布も、もともとは生成り色なので、
日の光に晒すことで、漂白して白くしていました。

たいへんな手間をかけて「白色」をつくったものですが、
白色という美しさを得るためはもちろん、
美しい色を染めるためには、
まず布地が白色であることが必要だったのでしょう。

さて、平安時代の装束に用いられた襲の色目では、
この白色を用いたものがいくつもあります。
白と蘇芳色を用いて梅の花をあらわしたもの、
白と青(緑)を用いて初夏の緑と白い卯の花をあらわしたもの、
白と縹色(青)を用いて花をつけたススキをあらわしたもの、
白に白を用いて冷たい氷をあらわしたものなど、
どの色合いも白を用いることで、清らかさや透明感が表現されています。



上の写真は、白色の麻地に雀の絵図が墨書きであらわされた名古屋帯です。
ふっくらとした雀のかわいらしい絵柄ですが、シンプルな白色の背景が甘くなりすぎず、上品な雰囲気です。



上の写真は、白色の絽の地に、縦縞と花文様が染めあらわされた付け下げです。
白色の地の清涼感を引き立てるように、
控えめに配された縞や花の意匠からは、
すっきりとした印象の中にも、清楚なかわいらしさが感じられます。

梅雨が終われば夏本番ということで、
白色を装いに取り入れて、
気持ちだけでも涼やかに、暑い季節を乗り越えたいですね。


上の写真の「雀文様 手描き染め 麻 名古屋帯」「縦縞に花文様 友禅染め 絽 付け下げ 単衣」は花邑 銀座店でご紹介中の商品です。

●花邑 銀座店のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は 6 月 26 日(木)
予定です。

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立春を迎えましたが、
まだまだ春は先と思えるような寒い日がつづいています。

それでも、家の近くに植えられた梅の蕾もほころびはじめ、
木の枝には新芽が芽吹いています。

寒空の下で眺める鮮やかな紅色の梅も美しいものですが、
黄緑色の新芽にも生命力あふれる瑞々しさが感じられます。
初々しく顔を出した新芽の姿は、見ているだけでも心が緩みます。

遠い昔の人々も、こうした新芽に心を惹かれたのでしょう。
伝統色には、、若芽色、若苗色、若草色、若葉色、萌黄(もえぎ)色など、
新芽や若葉をあらわした色が多く残されています。
今日はその中のひとつ、「萌黄色」についてお話ししましょう。

萌黄色とは、藍に刈安などの黄色系統を加えて染め上げられた色で、
名前のように草木が萌え出る時の色を表現したものです。

若葉色や若草色など、
他の黄緑色も萌黄色と同じように
藍に刈安を加えて染め上げられた色で、
色の配分によりさまざまな黄緑色がつくられました。

その中でも萌黄色は、平安時代の頃より広く用いられ、
爽やかな色調のためか、若者の色として人気がありました。
平安時代の後期につくられた「今昔物語」や
鎌倉時代につくられた「平家物語」では、
萌黄色の衣装や鎧を身にまとった若者が登場し、
色を通して若者の初々しさや清々しさが表現されています。

江戸時代になると、
近江でつくられた萌黄色の蚊帳が大流行しました。
蚊帳そのものの人気もありましたが、
とくに萌葱色の蚊帳が人気だったのは、
萌黄色には人を和ませる効果があるとされていたためのようです。
当時つくられた浮世絵の中には、
この萌葱色の蚊帳を張った遊女部屋の様子が描かれています。

ちなみに、萌黄(もえぎ)色と同じ呼び名の萌葱(もえぎ)色という色もあり、
この萌葱色も江戸時代に流行しました。
萌葱色は葱の芽の色をあらわした濃い緑色とされ、
歌舞伎でみられる縦縞の幕の色としても用いられています。
同じ呼び名で、両方とも緑色系統の色合いなので混乱してしまいますが、
萌葱色は江戸時代につくられた色で、
浅葱色の人気に引きつられその名前がつけられたようです。





上の写真の信州紬は、
その萌黄色と若草色などの色合いと焦茶色で格子縞が織り出されたものです。
爽やかな萌黄色にあたたかみのある茶色の組み合わせは、
これからの季節にみられる萌え出る若芽の透明感のある美しさが感じられます。

春の訪れを感じさせる色合いの着物を身にまとい、
立春を祝いたいですね。

上の写真の「格子縞文様 信州紬(松本紬) 袷 」は花邑 銀座店でご紹介中の商品です。

●花邑 銀座店のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は 2 月 20 日(木)予定です。
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立冬を迎え、朝晩の冷え込みが厳しくなってきました。
それでも、晴れた日にはその寒さも和らぎ、
小春日和の穏やかな天気となっています。

都心では道を歩いていると、
街路樹に植えられた銀杏の葉が風に吹かれ、
ひらひらと地面に落ちる光景が見られるようになりました。
黄色に染まった銀杏の葉のかわいらしさに、
気持ちもほんわり温かな心持ちになり、
いつもの道も新鮮に感じられます。

銀杏の葉ひとつとっても、
まだ緑色がかっているものや茶色がかっているもの、
赤味があるものなど、さまざまな「黄色」を発見することができますね。

考えてみると、日本では秋の紅葉だけではなく、
黄色系統の花や実をつける植物を1年中見ることができます。

春にはたんぽぽや山吹などの黄色、
夏にはひまわりや紅花などの黄色、
秋には菊や女郎花などの黄色、
冬には紅葉や柚子や蜜柑などの黄色と、
さまざまな「黄色」が風景を彩ります。

「黄色」は、こういった身近で親しみやすい色という反面、
遠い昔には、古代中国で生まれたとされる五行思想からの影響を受けて、
高貴な色ともされていました。
五行思想では、「木、火、土、金、水」があり、
それぞれに赤や青などの色がつけられていますが、
黄は「土」の色とされています。

日本でも、聖徳太子が定めたとされる冠位十二階の中で、
黄色は七位、八位にの色に用いられています。
また、琉球王朝では一般の人々が着ることができない色でした。

現代では「こうよう」という言葉を「紅葉」と書きますが、
当時の日本では「黄葉」と書いたようです。

こういった「黄色」を染め上げるための染料には、
主に刈安(かりやす)というイネ科の草や
黄檗(きはだ)とよばれるミカン科の樹の皮が用いられていました。

法隆寺や正倉院には、
黄色に染められた染織品が多く伝えられていますが、
そのほとんどに刈安もしくは黄檗が用いられています。
「和の伝統色」として、刈安と黄檗は、
現代でも染織に欠かせない染料です。

奈良時代にあらわされた「正倉院文書」には、
現在でも刈安の産地として知られている
琵琶湖近くにある伊吹山のことが記されています。

刈安といえば、伊豆諸島の八丈島で織られている黄八丈が有名ですね。
黄八丈は、八丈島に自生する「八丈刈安」という名前の刈安で染められた
紡ぎ糸が用いられています。



上の写真は
細かな格子縞が織り出された黄八丈のお着物です。
深く渋みを帯びた刈安色が上品で、艶が感じられます。
この黄八丈は、歌舞伎の衣装にも用いられ、江戸時代の頃に大流行しました。

黄檗(きはだ)には防虫効果があるといわれています。
そのため、古代の日本では仏教で用いる写経のための和紙は、
ほぼ全て黄檗(きはだ)で染められています。

ちなみに、同じ黄色系の染料である鬱金(うこん)にも
同様の効果があるといわれ、
現在でも呉服を包む風呂敷として、重宝されています。

平安時代になると、
黄色系統の色合いには、
山吹色や女郎花色、黄朽葉(きくちば)色、
柑子色や菜の花色、芥子色など
四季折々の草花や果物の名前が付けられるようになりました。



上の写真は
芥子色の地に、芋版染めで異国風の花が染めあらわされた名古屋帯です。
芥子色の深くコクのある色合いと、真綿紬の風合いが、
シンプルで素朴な花文様を引き立てています。
芥子色は、黄色系統のなかでも、
少しスパイスのきいた色という印象で、
異国風の意匠にとてもよく合いますね。

平安時代に書かれた源氏物語では、
その場面を象徴するような「色」が表現に用いられていますが、
黄色系統の色が登場するのは、
光源氏が最も愛したとされる紫の上との出会いの場面です。
光源氏と紫の上は晩春の鞍馬寺ではじめて出会うのですが、
まだ幼い紫の上は、そのとき、山吹の襲(かさね)を身にまとっていました。



上の写真は
やや沈んだ山吹色の地に、唐花文様が木版染めであらわされた名古屋帯です。
上品な華やかさをもつ地色の美しさが、
素朴でかわいらしい花文様を引き立てています。

黄色系統の着物や帯は、装いにさりげない華やかさと明るさを添えてくれます。
また、紺や茶、紫などさまざまな色と相性が良く、
帯揚げや帯締めなどの小物を変えることで、
四季を通して用いることができ、とても重宝する色合いです。

本格的な冬へと向かうこれからの季節には、
初冬のやわらかな陽射しに照らされた銀杏の「黄色」を
装いに取り入れてお出かけするのも素敵ですね。

上の写真の「本場黄八丈紬 格子文 袷」
「花文様 型染め 名古屋帯」
「真綿紬に唐花文様 芋版染め 名古屋帯」
は 全て花邑 銀座店でご紹介中の商品です。

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はやいもので、まもなく 9 月となります。
日中の陽射しはまだまだ強烈ですが、
日が暮れるとだいぶ涼しく、
夜には虫の音が聞こえてくることもあります。

いよいよ秋も間近ということで、
花邑銀座店では、これからの季節の装いに向けて、
毎年ご好評いただいている
「更紗の帯展」を 8 月 31 日(土)から催します。

今回の「更紗の帯展」では、
更紗の他にも、江戸時代から明治時代につくられた藍の型染めの木綿布から
お仕立て替えした帯も、いくつかご紹介します。

そこで、今日は「藍染め」について、
お話ししましょう。

日本には、古来より藍染めによりあらわされてきた
独自の「青色」があり、
この「青色」は、海外の方から「ジャパンブルー」とも呼ばれてきました。

日本で藍が染められたのは、
飛鳥時代のころとされています。
この時代、すでに藍の染料となる植物も栽培されていました。

飛鳥時代から平安時代にかけ、
藍は貴族たちの衣装を染める染料として重宝されました。

室町時代のころには、
乾燥させた葉を発酵させて、藍色の成分を凝縮させる
「スクモ作り」という技法が考案され、
より深みのある藍色を染め上げることが可能になりました。

また、鎌倉時代に書かれた「平家物語」には、
「紺掻屋(こうかきや)」という記載もみられます。
紺掻屋とは、瓶に入れた藍を掻き混ぜる姿から付けられた呼び名で、
すでに現代のように、藍を発酵させて染め上げる技術が
発達していたことが分かります。

やがて、江戸時代に入って木綿が栽培されるようになると、
藍染めの木綿布が庶民の間にも広がりました。

また、型染めの技法も使われるようになり、
さまざまな柄行きがあらわされたものが多く製作され、
人気を博しました。

藍染めを生業とする紺屋(こうや、こんや)も増え、
各地の城下町には、紺屋が集まった紺屋町とよばれる一角が誕生しました。
当時、その年の流行は紺屋町に行けばわかるともいわれ、
こうした紺屋町は流行の発信地でもあったようです。

落語には、「紺屋高尾(こうやたかお)」という有名な演目がありますね。
花魁の最高位であった高尾太夫が、
一介の紺屋職人のもつ純粋な心に胸を打たれ、
紺屋の妻となるという物語です。

この物語で、高尾太夫の相手が紺屋だったのは、
当時、紺屋が庶民の間で馴染み深いものだったからでしょう。
藍を育てると愛を育てるとをかけたものかもしれませんね。

実際に、藍は生きているとも言われています。
藍の色素は、時間が経てば経つほど
より繊維の奥まで染みこみ、
深みのある色となっていくそうです。





上の写真の 2 枚は、江戸時代の後期ごろにつくられた
藍型染めの木綿布からお仕立て替えした名古屋帯です。

ざっくりとした木綿の繊維に染みこんだ
深くて濃い藍色が美しく、目を引きます。
時代を経ることで、さらに豊かで深い色合いとなった
藍色の美しさと粋な柄行きは、
いつの時代になっても色褪せることなく、
心に染みこむようです。

※上の写真の名古屋帯は 8 月 31 日(土)に
花邑 銀座店でご紹介予定の商品です。

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梅雨本番ともいえるような雨の日が続いています。
1 年でもっとも日が長い時期なのですが、
陽が差すことも少なく、青空が恋しい今日この頃です。

青空といえば、これからの季節の装いでは、
藍染めの浴衣や、宮古上布などの麻着物など、
「青」を基調とした色合いのものが多くなりますね。

また、帯揚げや帯留め、帯締めなどの小物に
青色系統のお色目を用いるだけでも、
たいへん涼やかに感じられて、
季節感が演出できます。

日本には、古来より藍染めによりあらわされてきた
独自の「青色」があり、
この「青色」は、海外の方から「ジャパンブルー」とも呼ばれてきました。

藍染めの歴史はたいへん古く、
紀元前のエジプトや、印度、ペルシャ、中国など、
世界各地の遺跡から、
藍を染料とした織布が発掘されています。

日本においては、飛鳥時代には藍の染料となる
植物が栽培がされていたようです。

藍染めの材料となる植物は世界中で数多く自生し、
数多くの種類のものが日本へも伝えられ、
そのなかから日本の風土に適し、
大量に採取できるものが選ばれ、栽培されました。

日本だけでも、徳島でつくられるタデ科の藍の葉を発酵させた「すくも藍」、
沖縄でつくられるキツネノマゴ科の藍の葉を水中発酵させた「泥藍」、
印度産のマメ科の藍の葉を水中発酵させ、
乾燥させた「印度藍」などの種類があります。

藍染めでは、その濃度や染め方により
藍色系統のさまざまな色をあらわすことができますが、
そういった色のひとつひとつには
それぞれ名前が付けられています。

今日は、そのなかのひとつ、
浅葱色(あさぎいろ)についてお話ししましょう。

浅葱色とは、葱の葉の色のように若干緑色がかった水色のことを指します。
コバルトブルーにも似た爽やかで透明感の感じられる色合いは、
現代でも人気の高い色のひとつです。

しかしながら昔は、藍色や花田色に比べ
染める手間が少ないとされ、
あまり良い印象ではなかったようです。

平安時代には、この浅葱色が位の中では身分が低い
六位の官服の色として指定されました。
「源氏物語」では、光源氏の息子の夕霧が官位を授かりますが、
祖母大宮が夕霧に会った際に官服が浅葱色だったので、
光源氏に抗議するという場面があらわされています。
光源氏は、夕霧が自らの力で位を上がるように六位にした
という説明をするのですが、
このエピソードは当時の人々が浅葱色にもっていた印象が
とても良くあらわされていると思います。

また浅葱色は、江戸時代に新撰組が着用していた
羽織の色としても有名です。
しかし、江戸時代にも浅葱色は「野暮な色、田舎侍の色」として、
好まれなかったようなので、
実際には浅葱色だけではなく、
黒色の羽織などさまざまな色のものを着用していたようです。

それでも、当時の武士は、切腹時に浅葱色の裃を着用したので、
浅葱色の羽織に、いつでも死に向かうという覚悟で挑んだという
新撰組の気概をあらわして、
伝えたのではないかとされています。

この浅葱色が人気となったのは、
大正時代のころです。
当時、西洋からもたらされた合成染料で染め上げられた鮮やかな浅葱色が、
東京の新橋の芸者たちの間で好まれ、
ハイカラな色として広がり、人気となりました。



上の写真の名古屋帯は、大正時代頃につくられた絽縮緬からお仕立て替えしたものです。
観世水文が織り出された美しい浅葱色の地を引き立てるように、
白色で波立湧がすっと描かれた意匠からは、
涼やかな艶が感じられます。

この浅葱色には浅葱色より淡い水浅葱色(みずあさぎいろ)、
鼠色がかった錆浅葱色(さびあさぎいろ)、
浅葱色より濃い花浅葱色(はなあさぎいろ)がありますが、
現代では、少しひかえめな色合いがかえって好まれ、
どの色も人気があります。

古来、浅葱色には「あっさりとした」という意味合いが含まれていたようで、
蒸し暑いこれからの季節にはなおのこと、浅葱色が映えそうです。

※上の写真の名古屋帯は 6 月 28 日に花邑 銀座店でご紹介予定の商品です。

●花邑 銀座店のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は 7 月 5 日(木)
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