花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




presented by hanamura


「花邑日記」

日の光に木の葉が照らされる暖かな日が続いています。
この日、そよ風に草花が揺れる庭には、美しい紫色の野牡丹が咲いていました。
その野牡丹は「紫紺牡丹」という名前で、
もともとは南国で咲く花だそうです。
そのため、寒さに弱く本来ならば時期が過ぎた花なんです。
それがこの季節にこんなにも生き生きと咲いているのは、
この気候のせいでしょう。



さて、せっかくのおだやかな天気なので、
仕入れたばかりの「和更紗」(※1)を洗うことにしました。

仕入れた和更紗のほとんどは、
江戸時代後期から大正時代につくられたものです。
歳月を経て多少色が褪せていますが、
それがかえって和更紗を味わい深くしています。
しかし、埃や汚れはどうしても付いてしまっています。

こういった和更紗などの古い布は、
水に浸けて洗うことで埃や汚れが落ち、
布の繊維も整い、布そのものが蘇ったように「シャキッ」とします。

そのため、花邑では仕入れた和更紗の多くを洗ってから、帯に仕立てています。

しかし、全く水に通されたことがなく、
色が褪せていない和更紗は、
水に通すと色が落ちてしまうことがあります。
こういった和更紗は保存状態も良いので、
洗わずにアイロンでしわを伸ばすだけにしています。

また、たくさんの色が用いられている和更紗は
色移りが心配なので
プロの洗い張り屋さんに頼んでいます。

しかし何回か水に通され、ある程度まで色が褪せた和更紗は、
水を通してもほとんど色落ちの心配がないので
そのまま水で手洗いしています。

洗面所に水を溜め、弱酸性の洗剤をすこし入れ、
手で丁寧に押し洗いをします。
洗った和更紗は軽く脱水をかけて庭に干します。



物干し竿に干された和更紗が、
庭の草花と融け合って風に揺れています。
和更紗の文様が庭を彩ります。
その美しい光景に思わず見とれてしまいました。

しかし、見とれてばかりではいられません。
この日のようによく晴れた日は、布の乾きがとても早いのです。

色が落ちるのは、水に浸けたときよりも布が乾くときなのだそうです。
そのため完全に乾かすのではなく、
生乾きでアイロンをかけて色落ちを防がなければいけません。
また、生乾きの状態ならば、布の目を整えてアイロンがけができます。
布の織り方によって乾く速度も変わってくるので、注意が必要です。

そのため、乾きすぎることのないように気を配りながら
手で布をさわり乾き具合をみます。

暖かな風に揺られた和更紗の布が
帯へと生まれかわり、着物を彩ります。

(※1)「和更紗について」をご覧ください。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」
次回の更新は11月4日(火)予定です。


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「粋」な着物として、むかしから人々に愛用されてきた「江戸小紋」。
前回にひきつづき、今回も「江戸小紋」の「粋」をつくりだす
職人さんのお話しをします。

江戸小紋の「粋」は、職人の卓越した技がつくりだしています。
しかしその「技」を習得するには、長年の経験と努力が必要です。
このことを改めて感じたのは、
「型付け」の作業を実際に体験させていただいた時でした。

「型付け」とは長板に白生地を張り、
その上に型紙を乗せて、ヘラで防染糊を置いていく作業のことをいいます。
このときに、彫りぬかれた部分が白く抜かれて染められます。

「型付け」のときに、均等に糊が置かれないと、
染め上げたときの文様にムラができてしまいます。
江戸小紋のシンプルで精緻な文様は、
ほんの少しのムラさえも目立たせてしまいます。
そのため、少しのミスなく染めなければなりません。
失敗の許されない、大変な作業です。



この「型付け」では、へらと、防染糊、型紙を用います。

「防染糊」はもち米、ぬか、塩そしてすこしの炭をいれてつくられます。
これらの原料を混ぜ、だんごにして蒸し、
良く練ったものが用いられます。

型紙は伊勢の白子でつくられたものを用います。
「型付け」の体験のときに用意された型紙は、
「梅に松葉」の可愛く、女性らしい文様でした。
文様の美しさと、細かさにおもわずため息をついてしまいます。

さて、作業場に移動して、
いよいよ「型付け」の体験がはじまりました。

本来ならば長板に白生地を貼るのですが、
今回は白い紙を貼って、その白い紙に染めていきます。

この長板の長さは7メートルほど(一反の半分)、
巾は40cmぐらいの、つなぎ目のない1枚板を用いています。
この長板の原料はモミの木が1番だそうです。
しかし、長板になるモミの木も数が少なくなっているようです。
現在では、モミの木でつくられた長板は
人からもらいうけたものが多いのだそうです。



はじめに、おはなしをしてくれている職人の息子さんが
「型付け」の作業をみせてくれました。
息子さんも10年以上も江戸小紋を染めているベテランです。

型紙の隅に盛られた糊を少しへらにとり、
流れるような滑らかな手つきで、
糊を端から端に流すように置いていきます。
端まで置くとまたへらに糊を少しとり、
端から端へ置いていく作業を繰りかえします。

糊はまるで測られたように、毎回同じ分量がヘラにとられ、
隅から隅へ均等に伸ばされていきます。
その作業に見入っていると、
あっという間に型紙の上には糊が一面にひかれていました。
その表面は、凹凸が全くなく平らです。



1枚目の「型付け」が終わると、「型紙送り」をします。
この「型紙送り」とは、
型紙の「ほし」と「ほし」を合わせて文様を繋ぐ作業のことです。
型紙の長さはふつう20cm~30cmほどです。
そのため、文様を全体に染めるには、
文様と文様を繋ぎながら染めなければいけません。

江戸小紋の型紙はその端に、とてもちいさな「ほし」が彫られています。
糊を置いた文様の「ほし」と、
次に糊を置く型紙の「ほし」を合わせることで、
文様と文様が繋がっていくのです。

職人の息子さんはあっという間に「ほし」と「ほし」を合わせて、
先ほどと同じ作業をスムーズに繰り返し、糊を一面に置きました。
そして、型紙を取って紙についた防染糊をみせてくれました。
まるで印刷されたように、きれいについている
梅と松葉の文様におもわず感嘆の声があがりました。

「染めの工程のときには、型紙が乾かないように、
手早くやらなくてはいけないんです。
ほしを見つけるのにてまどったりすると、型紙が乾いて、
染めにむらが生まれますから。」
と職人さん。

さて、いよいよ「型付け」の体験です。

職人さんはあんなにスムーズに伸ばしていた糊。
液体のように軽いものなのかと思っていました。

しかし、じっさいにヘラの上に乗せてのばしてみると、
意外と「重い」ということに気がつきました。
そして、ある程度力をいれないと伸びていかないのです。
しかし、力みすぎてもいけません。
それでも力が入ってしまうと、糊が途中で切れてしまいました。



また、へらの角度によっても糊が伸びる分量が違います。
しかしへらの角度に気を使うのも大変です。

それでもなんとか、終えてみると、
糊と糊の境目に太い糊の線がくっきりと残っています。
「…。」

次は「紙送り」の作業です。
糊を置いた「ほし」がなかなか見つけられず、
「ほし」と「ほし」を合わせることができません。
「???」という状態が何分も続きました。
型紙に彫られた細かな梅と松の文様と「ほし」の区別がつかないのです。
その様子を見ていた職人さんに助けていただき、
なんとか合わせることができました。

さんざんな結果です。
そして、大変な仕事だと言うことが良く分かりました。

「簡単にできてしまったら、わたしたちは必要ないですからね。」
と職人さんは、笑顔で言ってくれました。

そしてその笑顔に、江戸小紋をずっと染めてきた職人の誇りのようなものを感じました。
その職人の誇りが江戸小紋の「粋」をつくりだしているのかもしれません。

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次回の更新は10月28日(火)予定です。


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日本の文化を語るときには、良く「粋」という言葉が使われます。
この「粋」には、研ぎ澄まされた色気という意味が込められているように思います。

そして「粋」は、着物のデザインを表現するときにも、
ひんぱんに用いられています。
その中でもとくに「粋」といわれる着物が「江戸小紋」です。
江戸小紋は遠くから見ると、無地一色の着物に見えます。
しかし近くから見ると、びっくりするぐらいの細かい文様が
全体に染められてるのが分かります。
その「仕掛け」はまさに「粋」そのものです。



さて、この「江戸小紋」をつくるときには、
精緻な型を彫る「彫り師」と、
その型を生地に染め上げる「染め師」と呼ばれる職人さんがいます。

その「染め師」の職人さんにお話しを伺えるということで、人形町まで行ってきました。

職人さんは江戸小紋の染めについて、
『江戸小紋をきれいに染めるには長い年月がかかります。』
と前置きして、
『縞や霰(あられ)など一見単純にみえる柄は少しの失敗でも目立ってしまいます。
単純な柄のものほどごまかしがきかないので、とてもむずかしいんですよ。』
と話してくれました。

そして、染めるときに使う道具の説明をしてくれました。
丁寧につくられた何種類ものへらと刷毛をみせて、
『こういった道具もなくなってきているんですよ。
作り手もいなくなり、道具の材料さえも手に入れるのが困難な状態です。』
と寂しそうに話してくれました。



なくなってきているのは、へらや刷毛などの道具だけではありません。
江戸小紋を染めるための最も大事な道具である「型紙」さえも、
少なくなってきているようです。

『江戸小紋の型紙は伊勢の白子で作られます。
しかし現在では、その後継者も少なくなり、良い型紙が手に入りにくくなっています。
染めの職人がいくらよい腕を持っていても、
良い型紙がないと、きれいに染めあげることはできません。』

そうきっぱりと言いながら、興味深いお話しをしてくれました。

『そのため、昔から彫り師はとても権限を持っています。
江戸時代では彫り師は特別に通行手形もいらないほどでした。
もしかすると、江戸時代にはそういった彫り師が忍者になって各地を
まわっていたのかもしれません。
伊勢の地方に忍者が多いと言われるのはそういったこととも
関係があるかもしれないですね。』

江戸小紋のお話しに忍者が登場するとは、驚きです。
しかし、伝統と歴史をもつ着物だからこそのお話しなんです。

江戸小紋の歴史は古く、
もともとは室町時代に武士の鎧や家紋に用いられたのがはじまりのようです。
やがて江戸時代になると、武士の裃(かみしも)の柄に
使われるようになりました。
しかし当時は徳川家は「鮫小紋」というように、
使う家によって文様は特定されていました。
しかし江戸時代中期には、町人にもそのデザインが広まり、
文様の細かさを競いあうように、より精緻でいろいろな柄の江戸小紋が増えたようです。

精緻な「型紙」を彫ることができる熟練した「彫り師」が重宝された様子が目に浮かびます。

その江戸小紋は現在では「東京染小紋」とも呼ばれています。
そして、伝統工芸品として国から認定を受け、
街着や礼装用として多くの場面に用いられているのです。

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どんよりとした雲がひろがった空。
昨夜から降り続けていた雨がようやく止み、
庭の柊の実には雨の雫ができています。
雨が降るたびに秋が深まっていくようですね。



さて、今日はお太鼓部分に帯芯を綴じる
作業にとりかかります。
「綴じる」とは、帯反と帯芯を縫い合わせていくことです。

綴じる作業では、まず針で帯反と帯芯を
仮止めしながら長さを揃え、帯芯の余分な部分を切ります。
この仮止めのときに
帯反と帯芯の長さを間違えて合わせてしまうと大変です。

帯芯の長さが足らないと、仕立て上がった帯は帯反がだぶついて、
しわができやすくなってしまいます。
帯芯のほうが長いと、仕立て上がった帯はひきつってしまいます。

そのため、仮止めの作業は一見簡単なように思えるのですが、
とても神経をつかいます。

そして、ちょっとした「さじ加減」が必要なんです。



帯反と帯芯をぴったり合わせ過ぎると、
縫っていくうちに帯反がわずかに伸び、
帯芯の長さが足らなくなってしまいます。

そのため、帯反は少し引っ張り気味にして
帯芯はかるくその上に載せ、合わせていきます。

しかし、このときに帯反を引っ張りすぎると、
帯芯の方が長くなってしまいます。

そこで微妙な「さじ加減」が必要になるのです。

また、帯反の素材は木綿や絹などさまざまです。
生地によって伸縮具合が違うので、
「さじ加減」を調節しながら、
合わせていくことが大切なんです。

しかし、この「さじ加減」を習得するのには、長い何月と多くの経験が必要です。

この「さじ加減」こそが「技」なのではないかと、
改めて感じてしまいます。

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次回の更新は10月14日(火)予定です。


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