花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




presented by hanamura ginza


まもなく9月ですね。
暦の上では処暑を迎え、
暑さも峠を越える時季となります。
今年は残暑が厳しく、
東京では、猛暑日となる日もありますが、
夜には、どこからか虫の声が聞こえるようになり、
すこしずつ、夏から秋へと
季節が移りかわっているのだと感じられます。

過ごしやすい秋は、
お出かけするためのお洒落にも、
より一層気持ちが入る季節ですね。

花邑銀座店では、これからの季節の装いに向けて、
毎年ご好評いただいている
「更紗の帯展」を 今年も 9 月 1 日から催す運びとなりました。

江戸時代後期~昭和初期につくられた
和更紗やヨーロッパ更紗など、
お出かけするのが楽しくなるような、
洒脱なお色柄の更紗を素材に
厳選してお仕立てしました。

花邑銀座店のウェブサイトでも
9 月 1 日に新着の秋冬のお着物と合わせて
「更紗の帯展」で展示する全商品をご紹介します。
異国情緒漂う更紗布の魅力を
少しでも感じていただければ、幸いに存じます。

今日はその「更紗の帯展」でご紹介する帯のなかから、
和更紗の意匠としてはたいへんめずらしい
「蕨(わらび)文様」について、お話しましょう。

蕨は、日本を原産地とするシダ植物の一種です。
茎の先端が、くるっと渦巻状になっている姿が特徴で、
春から夏にかけて、日当たりの良い草原や林に、その姿をみることができます。
古くから山菜として食用にされてきた植物なので、
日本人にとっては、馴染み深い植物ともいえます。

現在でも人気の高い「わらび餅」と呼ばれる和菓子も、
蕨の地下茎から採れるでんぷん(わらび粉)が原料となっています。

蕨からでんぷんを採り、食用にしたのは、
縄文時代のころからのようで、
わらび餅は、日本人にとってお米より長い歴史がある食べ物なのです。

また、蕨は食用だけではなく、
そのかたちの面白さから、
古来より装飾にも用いられています。

古墳時代の古墳や遺跡から発掘された刀装具には、
その柄頭(つかがしら)※1に、
渦を巻いた装飾が施されているものが多いのですが、
この装飾は蕨のかたちからヒントを得たものとされます。
このような刀装具は蕨手刀(わらびてとう)とよばれ、
そこには呪術的な意味合いが込められているようです。

また、春に芽をだし、先端が巻き込まれた新芽の姿は、
早蕨(さわらび)とよばれ、
俳句では春の季語にもなっています。
この早蕨は、万葉集にもその名前をみることができます。

江戸時代には、絵師の俵屋 宗達(たわらや そうたつ)や
尾形光琳(おがた こうりん)などの画風を取り入れた
「琳派(りんぱ)」に属する絵師たちに
絵のモチーフとして好まれました。

蕨文様は、着物の意匠にも用いられましたが、
花文様や茶辻文様に比べ、
その数は多くありません。

それでも、どこかかわいらしく、風情が感じられる蕨文様は、
昔から風流な意匠として、密かな人気があります。

下の写真の名古屋帯は、大正~昭和初期につくられた和更紗から
お仕立て替えしたものです。
どこかアールヌーボー風の趣きを感じさせる
蕨文様がかわいらしいですね。



ちなみに、下の写真の和更紗も、今回ご紹介するものですが、
こちらは、諸国の名産品があらわされた和更紗です。



この和更紗が作られたのは昭和初期頃のようですが、
江戸時代に人気だった名物品があらわされているようです。

小田原ういろうやあべ川餅など、
現在でも名産品として残っているものも多くありますね。
その中に、「川崎大師 わらびもち」というモチーフがあります。
川崎大師といえば、現代ではくず餅が有名なので、
首をかしげてしまいます。

実は、葛の粉を原料にしたくず餅の原型は、
室町時代に考案されているようですが、
その当時から、そのお餅のことを「わらび餅」とよんでいたようです。
そして、そのよび名は江戸時代後期まで
庶民の間に、定着していました。
川崎大師では、江戸時代後期に
現代のような「くず餅」という名前が正式につけられたということです。

こういった庶民の暮らしに根付いた事柄が、
文様として残っているというのも、
更紗をはじめとする古布の魅力のひとつですね。

(※1)柄頭とは、刀の切っ先と正反対の位置にあたる金属製の部品。

※上の写真の「早蕨文様 和更紗 名古屋帯」と、「諸国名物文様 和更紗 名古屋帯」は、9月1日に「更紗の帯展」にて花邑銀座店でご紹介する商品です。

花邑 銀座店のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は 9 月 6 日(木)予定です。

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8 月も残すところわずかになりました。
残暑が続いていますが、
お盆を過ぎてからは朝晩がいくぶん涼やかに感じられます。

蝉もこれをを最後とばかりに、
早朝から大合唱をしていて、
いたるところで蝉しぐれが響いています。

この時期には、秋の気配が少しずつ感じられ、
厳しい暑さを超えたことにほっとする一方で、
季節の変わり目のせいか、
夏の疲れも出やすいですね。

土用の丑の日に鰻を食することにはじまり、
古来から夏バテ防止のためにさまざまな予防がされてきましたが、
昨今では、健康志向の流行で、
疲れなどを緩和するための健康茶が多く販売されているので、
そのようなお茶を飲んで夏バテ防止をされている方も多いようです。

健康茶のなかでも、
枇杷の葉からつくられた「枇杷(びわ)茶」は、
夏バテや夏の疲れ、あせもにも効果があるとされています。

淡い橙色をした卵形のかわいらしい枇杷の実は、
夏を代表する果物のひとつとして、
スイカやメロンなどと並んでいる姿を
果物屋さんで目にする機会も多いことでしょう。

その枇杷は、葉や茎、種などのすべてが薬用にできるということで、
古来より重宝されてきた果物でもあります。

今日は、その枇杷文様についてお話しましょう。

枇杷は古来より日本の南方に自生していた樹木で、
その原産地は中国の南西部とされています。

常緑樹で、1年中生き生きとした緑の葉を茂らせ、
11月ぐらいから2月まで、3か月もの間ずっと小さな白い花を付け、
その実は初夏から夏にかけて収穫されます。

枇杷の実には、皮膚を健康に保ったり、
咳を鎮める効果のあるベーターカロチンが多く含まれ、
葉には、腰痛やリウマチ、腹痛、気管支炎に効果がある
アミグダリンが含まれています。
このアミグダリンは種にも含まれていて、
焼酎などにつけると、その成分を抽出することができます。

こうした薬用効果は古来より知られていて、
日本同様に中国から枇杷が伝えられたインドでも、
枇杷を用いたさまざまな療法が試みられてきたようです。

インドでは、枇杷の木を大薬王樹(だいやくおうじゅ)と呼び、
古い経典にもその名前が記されています。

日本でも奈良時代には、
光明皇后がつくった「施薬院」という医療施設にて、
枇杷の葉療法がおこなわれていたようです。
また、江戸時代には薬屋が枇杷の葉でつくった枇杷茶を
街頭で売り歩いていたようで、
その光景は夏の風物詩ともされていました。

万病を治すともいわれ、重宝されてきた枇杷ですが、
昔は寺の僧侶が病人を治すために、
枇杷を境内に植えて病人を治したことから、
枇杷の木があるところには病人が絶えない
という迷信まで生まれました。

ちなみに、古典楽器の琵琶の名前は、
枇杷にかたちが似ていることから付けられたようです。

このように、古来から生活に根付いてきた枇杷ですが、
意外なことに、その枇杷を意匠のモチーフにしたものは、
梅や桜などと比べ、その数は多くありません。

また、その文様の多くは、
一枝に多くの実をつけた姿であらわされます。



上の写真は、大正~昭和初期につくられた絹布からお仕立て替えした名古屋帯です。
枝のついた枇杷の様子が文様化されて織りあらわされています。
季節を問わず着用できるように、
枇杷の実が赤い色で抽象的にあらわされています。

残暑がきびしくなるともいわれていますが、
秋はもうすぐそこまで来ています。
枇杷の葉などの力を借りて、
いまのうちに夏の疲れをとって、
実りの秋にそなえましょう。

※上の写真の「枝付き枇杷(びわ)文様 絣織り 名古屋帯」は、花邑銀座店でご紹介している商品です。

花邑 銀座店のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は 8 月 30 日(木)予定です。

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8月もまもなく半ばですね。
暦の上では、立秋を迎えましたが、
相変わらずの暑さが続いています。

入道雲が浮かぶ青空の下、
道を歩いていると、
汗が吹き出てくるにつれ
アイスが恋しくなってきます。
最近では、とくにいろいろな味のアイスが増え、
塩バニラや白クマなどのものめずらしいものもたくさんあって、
選ぶのにも迷ってしまうぐらいです。

また、旅行に行くと、
巨峰やシークワーサーなど、
その地方の特産品が
アイスのフレーバーになっているものがあって、
そのようなアイスに出会うと
旅の気分もいっそう盛り上がるものですね。

そういったご当地品のアイスのなかでも、
とくにめずらしいアイスといえば、
岩手県でつくられている「たこアイス」ではないでしょうか。
この「たこアイス」はアイスの中に、
蛸の切り身が入っているそうですが、
どんな味がするのか、
こわいもの見たさでチャレンジしてみたい気もします。

それにしても、蛸をアイスに入れるとは、
古来より蛸を食してきた日本ならではの
アイデア(?)ともいえますね。
日本は、世界中で採れる蛸の60%を消費している
といわれるほど身近な食材です。

弥生時代の遺跡からは、
蛸壺形の土器が多数出土するなど、
日本人と蛸の関係にはとても古い歴史があります。
八本の足をもつ蛸は、
末広がりとも結びつき、
縁起が良いものともされてきました。

日本の伝統文様のなかには、
この蛸にちなんだ
「蛸唐草(たこからくさ)」とよばれる文様があります。

今日は、その蛸唐草文様についてお話ししましょう。

蛸唐草文様とは、渦巻き状の唐草の片側に、
抽象的な葉の文様を付けてあらわされる文様です。

蛸唐草文様の原型とされる唐草文様の由来は、
古代エジプトでまで遡ることができます。

唐草文様は、古代エジプトから古代オリエント、古代ギリシャ、
古代インド、古代中国を経て、飛鳥時代に日本にもたらされました。

古代エジプトでは、蓮をモチーフにした「ロータス」と呼ばれる
唐草文様がつくられましたが、
各国でその土地の文化と結びつき、
さまざまな唐草文様が誕生しました。

蛸唐草のような、葉の付いた唐草文様が見られるようになったのは、
10世紀初頭の中国です。
当時中国でつくられた陶器には、
そのような文様が多く描かれていました。

日本にこの文様が伝えられたのは、
鎌倉時代のようです。
やがて、この葉の付いた唐草文様の形が
蛸の足のように見えることから、
「蛸唐草」というよび名が付けられました。

この蛸唐草文様が人気となったのは江戸時代の中頃です。
当時、佐賀県や長崎県を中心とした肥前国でつくられていた伊万里焼には、
この蛸唐草文様を描いた器が多く作られています。

伊万里焼の陶器は、
当時人気になった屋台の料理屋でも使用され、
伊万里焼の人気に伴って蛸唐草も広く知られるようになりました。

ちなみに、当時作られた伊万里焼は、
現代では古伊万里と言われ、
コレクションされている方も多いのですが、
伊万里焼に描かれる蛸唐草文様は、
時代が下るにつれて、
渦や葉の文様が大きくなっていくようで、
時代が古いものほど蛸唐草が緻密のようです。

蛸唐草は、着物や帯の意匠にも用いられていますが、
その数は多くありません。
花邑に入ってくる素材のなかでも
目にすることは比較的めずらしいといってもよいでしょう。



上の写真は、生紬の地にその蛸唐草を
大胆に型染めであらわしたものです。
のびやかな曲線が煤色の地に美しく映え、
シンプルながら、存在感がある名古屋帯です。
伊万里焼にあらわされる連続的な蛸唐草文様とは
またひと味違った魅力が感じられますね。

こちらの名古屋帯は、最近作られたものですが、
蛸唐草文様は、現代でも人気があります。
蛸唐草文様があらわされた陶器を
好んで選ばれる方も多いほどです。
シンプルだからこそ、
色褪せない魅力があるのでしょう。
蛸唐草という名前にも親しみが持てますね。

さて、実際の蛸の話に戻りますが、
蛸の成分に含まれているタウリンは、
夏バテを防ぐとも言われています。
今年は残暑が厳しいといわれていますので、
意識的に蛸を食すのもよいかもしれません。
そのままお刺身にしたり、
お酢にさらしたり、
たこ焼きにしたりと
その調理法はさまざまです。

まさにひっぱりだこといったところでしょうか。

※上の写真の「煤色地 蛸(たこ)唐草文様 生紬 名古屋帯」は、花邑銀座店でご紹介している商品です。

花邑 銀座店のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は 8 月 23 日(木)予定です。

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