花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




presented by hanamura ginza


立春を迎え、寒さのなかにも春の訪れを感じることが
少しずつ増えてきました。
今年は寒い日が多く、梅の開花も例年より2週間ほど遅くなったようですが、
東京でも、ようやく梅のつぼみが開きはじめました。

春の到来を知らせるように咲く梅は、
古来より人々に愛でられ、
現在でもこの時期になると、
各地では梅の開花を祝う梅祭りが行われます。

梅は日本を代表する花のひとつともなっていますが、
もともとこの梅は、奈良時代に中国から渡来したものです。

日本には、梅のように古来に中国からもたらされ、
長い月日を経て日本に溶け込んだものが数多くありますね。

今日お話する蜀江(しょっこう)文様も、
現在では着物や帯の意匠として多く用いられていますが、
こちらも、もともとは中国から日本にもたらされた
錦織(にしきおり)という絹織物に縁の深い文様です。

蜀江文様とは、
八角形と四角形を隙間なく連続的につなげた文様です。

蜀江という呼び名は、
中国の三国時代に魏、呉と共に三国時代を形成した国、
「蜀(しょく)」にあった「蜀江」という河の名前に由来しています。
蜀江は、蜀の首都を流れる河で、
古くから良質な絹織物の産地として知られ、
三国時代には紅地の豪華な錦織がつくられていました。

錦織とは、高機(たかばた)用いて多彩な色糸で文様を織り上げた絹織物で、
古代の中国で考案されました。
当時の中国では、絹はたいへん貴重なものでしたが、
錦織は、その中でも金と同じ価値をもつともいわれ、
貴族の正装に用いられていました。

蜀江でつくられた錦織は、
奈良時代に日本にももたらされ、
紅色の地の美しさと錦織による精緻で華麗な文様は
当時の人々を魅了しました。
法隆寺には当時もたらされた錦織が数多く伝えられていますが、
そのなかでも、蜀江からもたらされた紅色の錦織は「蜀江錦」とよばれ、
とくに珍重されました。

当時もたらされた蜀江錦は、紅色と金色を用いて、
二重格子の文様の中に、蓮文様と忍冬(にんどう)文様※を配したものでした。
この蜀江錦は法隆寺に伝わる宝物として
「法隆寺蜀江錦」とよばれています。

中国ではこの蜀江錦の図案をもとにして、
さまざまな文様の蜀江錦が織られましたが、
その中でも多く用いられた文様が、
八角形の中に龍や鳳凰、蓮の花などの吉祥文様を配したものでした。

こうした蜀江錦は、明の時代に多くつくられ、
日本には室町時代にもたらされました。
中国からもたらされた蜀江錦は能装束や茶器の仕覆、
書画の表装などに用いられるようになり、
「名物裂」として重宝されました。

当時もたらされた蜀江錦に多く織りあらわされた
八角形と四角形を繋いだ文様が
のちに「蜀江文様」とよばれるようになり、
この蜀江文様を模してさまざまな意匠が考案されました。
蜀江文様は、現在でも格調高い文様として、
錦織により多くあらわされ、
袋帯などに用いられています。



上の写真は蜀江文様に唐花と鳳凰が配された型染めの名古屋帯です。
こちらは、明治時代から大正時代につくられた紬地の絹布から
お仕立て替えしたものです。
藍色と灰色を基調としたシンプルなお色目ですが、
名物裂ともなった蜀江錦を由来にした蜀江文様ならではの
悠久の歴史とロマンの香りが感じられます。

※忍冬文様=忍冬(すいかずら)のようなツル草の文様。古代オリエントで発生し、
中国を経て日本に伝わった。

上の写真の「蜀江文 型染め 名古屋帯」は2月17日(金)に花邑銀座店でご紹介予定の商品です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は2月29日(木)予定です。

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立春を迎え、東京では春一番が吹いたようで、
少しずつ季節は春へ向かっています。
それでも、まだまだ寒い日は多く、
北国では、雪が降り積もっているようです。

先週は、その北国で生まれた「アイヌ文様」について、
お話ししましたね。
日本の最北で生まれたアイヌ文様は、
北国の自然がもつダイナミックな生命力が感じられる文様といえます。

その北国には、さまざまな野生動物が
棲息しています。
今日、お話しする鴛鴦(おしどり)も、
北国でよく見ることのできる水鳥です。

鴛鴦は、カモ目カモ科に属する水鳥の一種で、
中国の東北部やシベリア、北海道などに棲息しています。

鴛鴦は、他の水鳥などと異なり、
河原で子を生むのではなく、
大きな木のうろで子供を生みます。
また、樹木の上をねぐらとして植物などを食べます。
大好きな食べ物といえば、どんぐりのようです。
そのため、大きな樫や椎の木がある土地にいます。

冬になり繁殖期が近づくと、
鴛鴦の雄は、銀杏羽(いちょうばね)とよばれる銀杏のような形の羽を生やし、
羽の色が橙色、深緑色、白色などの色彩となります。

その体色とともに、赤いくちばしを持った雄は、
たいへん色鮮やかな美しさです。
そのため、古来より人々に愛でられ、
文様化されて、さまざまな工芸品や着物の意匠としても用いられてきました。

中国では、鴛鴦の「鴛」は雄を指し、「鴦」は雌のことを指します。
ペアで活動する習性から相思鳥という別名もあります。

鴛鴦といえば、
「鴛鴦夫婦」という言葉をよく耳にしますね。
「鴛鴦の契り(えんおうのちぎり)」とは
夫婦仲が睦まじいことを意味します。
鴛鴦の雄雌がぴったりと身体を寄せ合い、
仲睦まじくしている姿にたとえていわれます。

実際に「鴛鴦文」や「鴛鴦図」も、
カップルの睦まじい様を表現する縁起物として、
中国の古くからの文物に数多く遺されています。
日本でも平安時代に有職文様として扱われたり、
正倉院には中国から伝わった、
鴛鴦が唐草で囲まれている刺繍の古代錦が遺されてもいます。

しかし、実際の鴛鴦は始終寄り添っているわけではなく、
いつも一緒にいるのは、冬の間だけです。
春になり、子を生むと雄は子育てを雌に任せて、
雄は雄同士の群れをつくり、行動します。

着物の意匠としては、
江戸時代の頃より、友禅染めで
小袖などに鴛鴦文様が描かれるようになりました。
着物にあらわされる鴛鴦も、つがいの場合が多く、
四季の草花と組み合わされて描かれます。



上の写真の訪問着にも、友禅染めで四季の草花と鴛鴦があらわされています。
きれいな鴛鴦の姿は、華やかな意匠のお着物にぴったりなモチーフなのですね。

普段は北国で繁殖し、過ごしますが、
寒い冬になると南下するため、
東京などの河原でも鴛鴦を見ることができます。

昔の人も南下し、子を産むまでの間仲睦まじくしている鴛鴦たちを見て
着物の意匠にすることを考えたのでしょう。

上の写真の「草花に鴛鴦文 友禅染め 訪問着」は花邑銀座店でご紹介している商品です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は2月16日(木)予定です。

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北風が冷たく、顔が凍てつくような寒い日がつづいています。
日陰には、先週降った雪がまだ溶けずに
白い塊で残っています。

北海道や北陸では、大雪が降り、
3 メートル以上も雪が積もっているところも多いようです。
記録的な雪の量は連日ニュースにもなり、
辺り一面真っ白な雪の中で、
雪かきをしている人々の姿を映しだしています。

眺めているだけだと美しい雪も、
そこに住む人々にとっては、
昔も今も変わらないたいへんな自然の猛威なのですね。

その一方で、雪は春になると豊富な水源となり、
豊かな自然を育みます。
北国の人々は雪と共存しながら、
長い冬を過ごしてきたのでしょう。

その北国のなかでも最北の地域で生まれた文様が、
今日お話しする「アイヌ文様」です。

アイヌ文様とは、その名前のように、
主に北海道、樺太、千島に住むアイヌ民族が用いる文様で、
北海道の文化遺産ともなっています。

曲線や直線でうねるようにつづく迷路のように描かれた幾何学的文様は、
生命の連鎖と力強さが感じられ、
いわゆる日本的な伝統文様とは趣きの異なった美しさがあります。

アイヌの人々は、特定の神をもちません。
自分たちに恵みをもたらす自然界すべてのものを
「カムイ(神さま)」とよび、崇めてきました。
アイヌ文様にあらわされる文様は、
自然の姿を文様化したものとされています。

また、アイヌ民族は、文字をもたない民族です。
そのため、「ユーカラ」とよばれる神話や伝説、遺跡などから、
その歴史が探られてきましたが、
その歴史については、まだまだ分からないことも多いようです。

アイヌ文様もアイヌ民族の歴史と同じように、
いつごろにつくられたものか、
起源はどこにあるのかという点について
はっきりと分かっていないのです。

文献には、400年以上も前にアイヌ文様が施された衣装について
記されているようですが、
実際に残っているものとしては、江戸時代後期のものが最古になります。

しかし、遠い昔からアイヌ文様はアイヌの人々によって伝えられ、
親から子供へと先祖代々受け継がれてきたようです。

アイヌ文様には男の文様と女の文様があります。
男の文様は「イエヌ」とよばれ、
男の子は父や祖父から彫刻を習い、
木工品や刀のさや、骨にその文様をあらわしました。
文様の緻密さは、持ち主の技量をも示すものでした。

一方、女の文様は「イカルカル」とよばれ、
女の子は母親や祖母から刺繍を習って、
衣服や敷物などにその文様をあらわしました。

文様には魔除けの意味が込められ、
衣服では、衿、袖口、裾、背中などの
口が開いていたり、無防備なところにあらわされます。
そのため、女性たちは一針一針に願いを込め、
ていねいに文様をあらわします。

文様は持ち主の分身や守護霊とも考えられていました。
文様のひとつひとつには意味合いがあり、
例えば、「モレウ」とよばれる渦巻き文様は、
神の目が人の目の届かないところを守っているという意味があり、
背中や胸につけられることが多いようです。

また「アイウシ」とよばれる括弧のかたちが向かい合って連続する文様は、
植物の棘をあらわし、災いが入ってこないようにとの意味合いがあります。

アイヌ文様の大きな特徴ともいえる躍動感のある文様からは、
北国の自然がもつ野太い生命力が感じられます。

こうしたアイヌ文様は、
着物や帯の意匠にも取り入れられています。



上の写真の名古屋帯は、
昭和初期につくられた木綿布からお仕立てしたものです。
こちらはもともと羽織だったものですが、
型染めであらわされた幾何学的な文様は、
アイヌ文様を思わせますね。
柿渋色と生成り色といったシンプルな色合いが、
文様の美しさを際立てています。

現代でもモダンで、斬新に感じられる意匠ですね。
きっと、この綿布の製作者も、
アイヌ文様の美しさに魅入られていたのでしょう。

上の写真の「柿渋色地 幾何学文 型染め 名古屋帯」は花邑銀座店でご紹介している商品です。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は2月9日(木)予定です。

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