花邑の帯あそび
1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…
 




presented by hanamura


涼しくて爽やかに思えていた秋の風が、
少しずつ寒い冬の風に変わっていきますね。
北国からは、早くも雪のお便りが届きました。

冷たい風が吹く季節になり、
そろそろ紬の着物を
探されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで、今回は紬の中でも現代では「幻の紬」と
呼ばれている「白鷹紬(しらたかつむぎ)」についてお話しします。

「山形県の白鷹でつくられる織物」と聞くと、
シボのある「白鷹お召」を想像される方も多いでしょう。
しかし白鷹お召よりも、
この白鷹紬の方が歴史が長いようです。

白鷹紬は、長井紬、米沢紬と共に
「置賜(おきたま・おいたま)紬」ともよばれています。

置賜紬とは、山形県の置賜地方に位置する
米沢市を中心にした地域で
江戸時代より前からつくられている手織りの紬のことを指します。
昭和51年には伝統工芸品の指定を受けました。

置賜紬が織られているこの地方では、
古くから絹織物が盛んに行われてきました。
それを象徴するのが
置賜地方の中心部に位置する長井市の
白蚕(しらこ)村にある白子神社です。
この神社は、奈良時代(712年)に建てられたとみられ、
建てられた当時から養蚕の神と仰がれてきました。

安土桃山時代(1601年)に上杉景勝が
会津からこの地方へと移ってきたっとき、
既に領内では着物の材料となる
真綿や紬、青苧(あおそ)がつくられていたようです。

また、上杉家の家老だった今話題の
直江山城守兼続(なおえやましろのかみかねつぐ)は
京都から職工を呼び寄せ、絹織物の生産に力を入れました。

その後、江戸時代中期(1767年)になると、
後に「米沢の名君」とよばれた上杉鷹山(うえすぎ ようざん)によって
絹織物の生産は発展をとげました。

上杉鷹山は、越後や仙台、結城、足利から職工を招き入れ、
絣織りや染色の技術を取り入れていき、
江戸末期には現在の紬織りの技術がほぼ確立されました。

その紬織りに用いられる糸には、
県内の蚕の繭からとった糸がつかわれ、
染料にも県内に自生する天然の植物がつかわれます。

とくにこの地方では
江戸時代から紅花の栽培が盛んに行われていたことから、
紅花を染料に用いることが多いようです。



上の写真の白鷹紬も紅花を染料としています。
温かみがありながらも透明感も感じるような美しい色合いです。

この植物の染料は、手括り(てくくり)、
手摺り込み(てすりこみ)によって染められています。
手括り、手摺り込みとは、
糸の束に直接植物の染料を着色するという
太古からおこなわれてきた染色方法です。
一見単純な染め方ですが、
修正ができない染め方なので、
現代では少なくなってきた染色方法です。

糸には経糸(たていと)と緯糸(よこいと)ともに
手で紡いだ手紡ぎ糸(真綿糸)を用います。
真綿糸は、糸つくりの手間はもちろんですが、
経糸と緯糸の両方に用いると、
織るときに絣が合わせづらく、大変な手間がかかります。

この真綿糸で織られた白鷹紬は
ふっくらとして心地良く、
着れば着るほど、肌に馴染みます。

残念なことに現在では、白鷹紬は他の紬同様に、
年に数反しか織られていないようです。
しかし現在でも、白鷹町には上杉鷹山が植えた
蚕の食料である桑の木がその葉を青々と広げています。

※写真の白鷹紬は花邑銀座店にて取り扱っています。

花邑のブログ、「花邑の帯あそび」
次回の更新は11月9日(火)予定です。


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