ヌマンタの書斎

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プロレスってさ 輪島大士

2023-01-26 13:56:47 | スポーツ
プロレスラーの相撲へのコンプレックス解消の手段とされた哀しき横綱、それが輪島であった。

相撲取りは強い。あの異常な肉の分厚さと、ぶつかり稽古で鍛え上げた打たれ強さ、そして全体重を乗せての頭突きの恐ろしさ。私は幼少時、祖母に連れられて築地に買い物に行った帰り、両国の相撲部屋を見学したことがある。

土俵から10メートル以上離れているのに、力士のぶつかり合う時の頭蓋骨がぶつかる鈍い音に戦慄したものだ。世界には数多くの格闘技があるが、頭突きを公式試合で認めているものは少ない。あまりに危険だからだ。

私が子供の頃、特に小学生の時に強かった相撲取りといえば、北の湖であった。あの憎たらしいほどの強さは未だに忘れがたく記憶に残っている。その北の湖が「あいつは強い」と認めていたのがライバルの輪島であった。

よく黄金の左腕から繰り出す下手投げが有名だが、北の湖に言わせると右のおっつけが凄かったそうだ。常に冷静、酷薄に見える北の湖と異なり、熱く燃え上がる様な相撲をみせる輪島は角界屈指の人気力士であった。

この輪島の全盛期に、路上で喧嘩をふっかけようと待機していたのが、後の格闘王である若き日の前田明であった。しかし、いざ目前に輪島を見ると、その肉体の分厚さと迫力に気迫負けして、遂に喧嘩を仕掛けられなかったと前田本人が述べている。

身長では前田が上だが、筋肉の量が桁違いであり、むしろ喧嘩を避けた前田の経験値の凄さに私は驚く。それはともかく、角界を引退した後だが、輪島は賭け事や飲酒、借金とトラブル続きで、あまりの失態に角界を追放されている。

そこに目をつけたのがプロレス界だ。ジャイアント馬場は後継者たるジャンボ鶴田に物足りなさを感じていたらしく、この引退した横綱をスカウトした。実のところ、プロレス界には角界出身者が多い。

もっといえば、日本のプロレスのビジネスモデルが角界なのだから、当然と云えば当然である。ただ、なかなか人気プロレスラーは生まれなかった。年齢や怪我で引退した相撲取りは、そもそも身体が故障だらけ。

もちろん天龍源一郎のように若くして引退し、その後必死のトレーニングで身体をプロレス向きに作り替えた猛者もいる。ただ、この頃の天龍は知名度が低く、人気レスラーには程遠かった。

だから知名度だけは全国区であった輪島のプロレス・デビューには無関心でいられなかったのだろう。当初、馬場に云われて輪島のトレーニングに付き合った天龍だが、相当に複雑な心境であったようだ。

怪我で引退し、ろくに身体の管理もしないまま酒を暴飲し、借金を重ねて荒廃した生活を送っていた輪島は、なかなか真面目にプロレスに取り組もうとしなかった。厄介なことに、弱いレスラー相手なら、素で勝ててしまう程度には強い。

しかし、このままでは超一流のプロレスラーと試合をさせてもダメだと天龍には分かっていた。かつて憧れた先輩力士でもあった輪島のいい加減な態度に怒りを貯め込んだ天龍は、ついに実力行使に出た。

天龍と輪島の試合は酷かった。天龍は可愛がりだと言い訳したが、どうみても弱い者いじめであった。マットの上でのたうつ輪島を蹴り飛ばし、踏みつけ、リングの外へ蹴り出す。この試合の激しさは、観戦していた前田日明が動揺するほどのものであったとされる。なにせ輪島の胸に、蹴っ飛ばした天龍のリングシューズの紐の跡が残っているのだから凄まじい。

妙なことに、輪島を次代のスター選手にと期待していたはずの馬場も、それを冷淡に見過ごすだけ。もちろん鶴田は知らんぷり。むしろ外人レスラーのほうが輪島を気遣っていたように思えた。

そのうちに輪島もやる気をなくしたのか、いつのまにやらプロレス界から姿を消した。今だから分るが、相撲を引退して6年、30代後半でのプロレスデビューはいささか無理があったと思う。

実のところ、輪島は決してプロレスに手を抜いていた訳ではないと思う。ただ相撲取りの癖で、背中をマットに付けた相手を攻めることをしなかった。寝技が致命的にダメだったのは、やはり生粋の相撲取りであった意識が抜けなかったからであろう。

私自身は天龍の過度な可愛がりよりも、見捨てた馬場の冷淡さのほうが不快に感じました。当初はかなり期待していたように思えただけに、その後の冷たさが気になります。なにせ引退試合もセレモニーもありませんでしたから。

正直、あまり試合を作る巧さは感じられませんでしたが、足腰の強さと打たれ強さは印象的でした。別に確固たる証拠があるわけではないのですが、外人レスラーのほうが輪島の不器用さに上手に対応していた気がします。

なおプロレス引退後も、夜遊びが度が過ぎることは最後まで治らなかったらしい。晩年トンネルズのバラエティ番組に良く出演していて、好きなものを問われて「マグロの大トロと金髪のねえちゃん」だと言っちゃうヤンチャなおじいちゃんに笑ったものです。

でも北の湖との激しい優勝争いを覚えている私としては、いささか寂しく感じてしまいました。現役当時の横綱である輪島は、本当に強い相撲取りでした。ただプロレスラー輪島が、しょっぱいレスラーであったのも事実ですけどね。

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2 コメント

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Unknown (馬鹿も一心)
2023-01-26 17:04:30
晩年六本木のスナックに、
酔い潰れた輪島を何度か見かけた。
わかりました。
寂しかったのでね。
先程、メールしました。
返信する
Unknown (ヌマンタ)
2023-01-27 11:10:50
馬鹿も一心さん、こんにちは。輪島関の栄枯盛衰はいささか哀しくも憐れです。自業自得だとは思いますが、周囲に止められる人がいなかったのが致命的でしたね。
返信する

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