ヌマンタの書斎

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プロレスってさ エル・カネック

2012-02-01 12:19:00 | スポーツ

悪役だって人間だ。

その日、彼は悩んでいた。対戦相手は、この海の果ての島国・日本における屈指の人気レスラーであるタツミ・フジナミだ。彼のベルトに挑戦する試合であり、ベルトを奪うことは許されない。

つまり勝ってはいけない試合だ。それはイイ。こんな世界の果てのジュニア・ヘビー級のチャンピオンベルトに未練はない。だが、問題はこの試合をいかに盛り上げるかだ。

この試合をしょっぱい試合にするわけにはいかない。観客を沸かせ、怒らせ、最後には喜ばせねばならない。それがプロの仕事ってものだ。

なにせ、この島国は世界屈指の豊かな仕事場だ。ここで継続して仕事を出来れば、メキシコの郷里に家が建つ。沢山いる家族にも、美味しいものを振舞ってやれる。

だが、問題はあいつの技を受けるのは危な過ぎる。タツミ・フジナミの得意技ドラゴン・スープレックスという奴は、後ろから手をフルネルソンでロックされて、その状態で背後に投げつけられる。受身をとりづらく、衝撃も大きい。

ちなみにこれが、ドラゴン・スープレックス



怪我をしたら、どうする。そりゃ、フジナミだってプロだ。上手く受身をとれるように加減してくれるはずだが、もし彼がミスをしたらどうする。下手すれば、半年は試合が出来なくなる。どうやって家族を養ったらいい。

他の技で試合を終わらせるように頼んでみるか。ねぇ、レフリーのタカハシさん、フジナミに伝えてよ。フィニッシュホールドは、他の技にしてくれって。

え、駄目なの。観客がドラゴン・スープレックスを望んでいるの!? ハイ、分りました。

どうしよう。先月の首の怪我も治りきっていないよ。この怪我を長引かせたら、選手生命に関るとドクター、言ってたよ。どうしよう、どうしよう・・・

悩んだ末に、彼は逃げ出した。

これが、私が聞いたメキシコのエル・カネックの試合逃亡事件であった。はっきり云って前代未聞の事件でもあった。プロレスには、たしかに八百長と言われても仕方のない部分はあると、私は思っている。

だが、私にとってプロレスは格闘演劇。シナリオがあってもいいが、要は演劇が面白ければいい。シナリオも大事だが、やはり出演者の演技をこそ楽しみたい。

その演技をこなす自信がなかったからこその、カネックの逃亡劇であった。ちなみにカネックは決して弱いレスラーではない。むしろ寝てよし、立って良しで、ラフファイトも得意な実力派のメキシカン・レスラーだ。

では何故に逃げたのか。想像だが、おそらく怪我もあったのだろうが、藤波との信頼関係が希薄であったのではないかと思う。

もともとスープレックスという技は、背面に投げつけるだけに危険な技だ。とくに藤波の使うドラゴン・スープレックスは腕をロックした上で投げる。受身の上手なレスラーでないと、首に激しいダメージを負う可能性の高い技でもある。

技を仕鰍ッる側と、技を受ける側との息が合わないと、非常に危険な技であることは確かだ。藤波もメキシコに修行経験はあるが、期間が短かった。それゆえ、カネックは藤波を信用しきれなかったのではないか。

繰り返すが、カネックは本国メキシコではトップクラスのプロレスラーであり、日本のみならずアメリカでも通用する実力派だ。

だからこそだろう。試合を逃げ出すような大問題を起こしながら、一年を待たずして新日本プロレスは再び、カネックを招聘した。本来ならば、駄目レスラーの烙印を押されて、見放されるのが当然なのだが、彼の実力を惜しんだがゆえに、もう一度チャンスを与えたのだろう。

カネックはその期待に見事に応えて、リングを大いに盛り上げた。たしか藤波との再戦は、流血試合となるほどの熱戦を演じてみせた。その激しい気迫で、藤波を圧唐キるほどの戦いぶりであった。

試合を逃げ出すなんて、プロとして失格だと思う。だが、見方を変えれば、カネックはそれだけプロレスに真面目であったのだろう。演技に自信がなくなり、それを恥じて逃げ出したのだと私は解釈している。

そして、その汚点を自らの努力と実績で覆してみせた。たいしたものだと思うぞ。



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2 コメント

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Unknown (ちいちゃん)
2012-02-06 07:24:15
私はこの方、全く存じ上げないのですが、お写真を見て

私がお慕いする小説の登場人物「怪犬仮面」のイメージにぴったりなのでびっくりしました。す、す、素敵。。

「怪犬仮面」は「ベルガ、吠えないのか?」という小説に登場する人。メキシコの麻薬カーテルのボス。でもあこぎな仕事ばかりしていてはお天道様に申し訳ない、と夜は覆面プロレスラーとして民衆に楽しんでもらおう!という変な親父。

ヘンチクリンなわんこ小説ですが、結構お勧めです。無意味なコメント、悪しからず。
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Unknown (ヌマンタ)
2012-02-06 12:18:26
ちいちゃん、こんにちは。怪犬仮面ですか・・・いやいや、本当に居そうですね。メキシコは覆面プロレスラーの王国ですから、いても不思議ではありません。昼は教師、夜はプロレスラーとか、昼間は警官、夜はプロレスラーなんてのもいたそうです。
「ベルガ、吠えないのか?」ですか、機会があったら読んでみたいです。
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