ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

アラバスター 手塚治虫

2023-08-17 09:34:14 | 

手塚治虫が日本の漫画文化の象徴的存在であることは否定しない。

ただ、手塚氏は性格が基本的に善人だったので、徹底した悪役を描くのが下手だと思っていた。だが、表題の作品を思い出してみると、悪役を描くのが下手だったのではなく、悪役を描くのが嫌いだったのだと分かる。

週刊少年チャンピオンに1970年代初頭に連載された本作は、子供の心に深い傷をつけかねない危ない作品だった。そのせいで単行本化は遅れている。また秋田書店も積極的にセールスしたくなかったのか、どちらかといえば幻の作品に近い扱いであったと思う。

実際、手塚治虫全集が刊行されるまで、私は記憶の奥底にしまい込んでいたほどだ。後のインタビューで手塚治虫自身が嫌いな作品として、この作品を上げている。思うに1960年代に吹き荒れた劇画ブームに抗い、人気作家の地位を失っていた手塚の心情が、かなり影響していたと思う。

皮肉なことに、その後に週刊少年チャンピオンで連載が始まった「ブラックジャック」が再び人気に火をつけたため、なおさらこの作品は陰に埋もれてしまった。その後、手塚全集を発刊するにあたり、収録を一番渋ったのが本作である。結局、200頁にわたり改稿することで妥協したらしい。

それにしたって200頁って・・・よほど嫌だったのでしょうね。

もし再読するならば、改稿前の当初の作品が理想なのですが、私も手元にありません。それが残念でならない。実は虫プロの倒産や、人気作家からの転落など不遇の時期にあたる1970年前後に、手塚は心の暗黒面から生み出したような傑作を幾つか描いているのです。

私が一番評価している「火の鳥 鳳凰編」や「どろろ」を思い出して頂ければ分かると思いますが、必ずしもハッピーエンドではないが、人の心の闇を抉り出すような傑作を描いている時期でもあるのです。しかし、本作は傑作とは言いかねる。

主人公の迷いや、グロテスクさへの逃避は、手塚の迷いそのものではないかと思うのです。そのため結果的に中途半端であるというのが私の評価です。それが惜しい、悔しいのです。現在では改稿版しか読めないと思いますが、機会があったら一度は目を通して欲しい作品です。

 

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする