のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『エル・グレコ展』

2012-12-23 | 展覧会
これ何やらすごくおっかない話なのですが。

不正選挙の疑惑は深まる【選挙システム会社ムサシと (社)原子燃料政策研究会との関係】 今日の驚き/ウェブリブログ


それはさておき
やっとこさ行ってまいりました。

「エル・グレコ展」

国内史上最大のエル・グレコ展と銘打つだけあって、代表的な作品から珍しいもの、肖像画に宗教画に陰影の習作めいた作品、受胎告知のヴァリエーション、比較的細やかなタッチで描かれた小さめの作品から巨大でダイナミックな祭壇画などなど各種取り揃えで、たいへん見応えがございました。

珍しいものと申しますのは、例えば20代前半の、まだ生まれ故郷のクレタ島にいた頃、つまりまだ「エル・グレコ=ギリシャ人」と呼ばれていなかった頃に描かれたと見られるイコン、聖母を描く聖ルカなんてのがございました。
いやはやビザンチンでございます。聖母の顔や陰影の付け方はいかにも様式的でございまして、ちっともエル・グレコらしさはございません。この同じ画家がせいぜい5年後に燃え木で蝋燭を灯す少年を描くとは信じられないようではございませんか。いやいやまさかたった5年でここまで変貌はするまい、きっとクレタ時代は注文に従って、いかにもイコンらしい型通りのイコンを描かざるをえなかっただけであって、影ではもっとこう、ぎらりとした作品を描いていたんじゃないかしら、などと思ったわけです。しかし後に展示されているイタリアでの修行時代の作品群を見ますと、やっぱりちょっとたどたどしい感じがいたしますので、やっぱりクレタにいた頃のドメニコスさん(本名)は没個性ないちイコン画家にすぎず、イタリアでの研鑽を経なければ巨匠エル・グレコの登場もなかったのかもしれない、と思い直しました。

まあ巨匠と申しましても、そもそもエル・グレコは決して技術的にものすごく「上手い」画家というわけでもございませんけれど。いかに時代はぐにゃぐにゃ上等のマニエリスムとはいえ、時々「それ、いいんすか...」と小声でつっこみたくなるほどに顕著な歪みが見られます。画面の中でバランスをとるために平気で腕を引き伸ばしたり手を寸詰まりで描いたりなさいますし、『修道士オルテンシオ・フェリス・パラビシーノの肖像』の椅子の歪みようなど一目瞭然すぎて、あえて手直ししなかったのが不思議なほどでございます。この修道士さんはわざわざ斜めに傾いだ床の上に左右非対称に末広がりな椅子を置いて座るのが常だった、というなら別ですが。



そうはいっても、その歪んだ椅子のデッサンや人物の顔色の悪さにも関わらず、ひどく生き生きとして魅力的な肖像画であることは否めません。見ていると何だか、細かいことはいーのいーのと押し切られたような気分になります。いや、いーのですよ。いーのですけれども、死後長らく貴方の存在が忘れられ、20世紀にそのアヴァンギャルドな表現が再評価されるまで歴史に埋没していたことの要因というのも、このへんにあるような気もするのですよドメニコスさん。

さて、「肖像画としての聖人像」と題された第二セクションで、暗い背景に内省的な面差しの人物像といういかにもグレコグレコした作品が続いたのちにハッと胸を突かれたのがこの作品でございます。


『フェリペ2世の栄光』

フェリペ2世といいますと、ワタクシの認識では「イベリア半島からユダヤ人やイスラム教徒を追い出してフランスのユグノー戦争に介入してネーデルラントを苛めぬいたあげくイングランドのエリザベスに喧嘩売って負けた人」なわけですが、スペインの黄金時代に君臨した押しも押されぬ絶対君主ではあり、この絵においては主役でございます。下の方でひとり目立つ黒服に身を包み、ひざまずいて天国入りの順番を待っているような恰好の人がフェリペさん。
この作品の何に驚いたかと申しますと、いとも明るく軽やかな色彩でございます。こんなに透明感のある色彩を使う方とは存じませんでした。とりわけ画面上半分の、天上界を描いた部分のきらきらしさといったら。下にはグロテスクな地獄の入り口が、けっこうな割合の大きさで描かれているにも関わらず、「地獄の口」自身の尖った鼻先や、上へ上へと向かう人々の視線、そしてダイナミックな明暗の雲に誘導されて、鑑賞者の視線も自然と天上の世界へと引き寄せられて行きます。その中央に輝いているのが、父なる神でも聖母でもイエッさんの姿でもなく、アルファベットのIHS(=救世主イエス)と十字架を組み合わせたイエズス会のロゴマークというのは、若干の笑いどころではございますが。
笑いどころといえば、神妙な表情フェリペさんですが、ひざまずきながらも下にきっちり2枚もクッションを敷いているというのも面白い。審判前という切羽詰まった場面を描くにしても、「太陽の沈まぬ国」一番の偉いさんを露地に座らせるわけにはいかなかったのでございましょう。

さて本展最大の目玉はもちろん無原罪の御宿りなわけでございますが、これは何だかもうもの凄すぎて、もの凄いという以外の形容が浮かびませんのでそれ以上突っ込まないことにして、最後に本展で一番のお気に入り作品、『キリストの復活』をご紹介いたしたく。
ばばーん。



悔い改めし者、C'mon!

どうです!
ロックスターのごとく颯爽と墓穴から登場するイエッさん!
それをモッシュしようと待ち構えるファンたち!...ではなく、奇跡におののいて天を仰ぎ地に転げる、見張りの兵士たち!
例によって青白く歪みがちに引き延ばされた身体で、問答無用の神の子オーラを漂わせるイエッさんもさることながら、下の兵士たちののたうちようの凄さといったら。荒木飛呂彦もびっくりでございます。劇的にねじれた肉体、ぎらぎらと激しい陰影とハイライト、そして衣装の波打ちまでも総動員して醸し出される混沌のただ中に、導きの糸のごとくピーンとまっすぐ旗の柄が突き経っており、それを上にたどって行くと後光まぶしいイエッさんのご尊顔がキラーン!
思わずハハーと拝みたくなってしまいますな。

そんなわけで
ぐにゃぐにゃドドーンぎらりんのビカビカのうねうねのグレゴグレコでお腹いっぱいになった展覧会でございました。胃もたれ気味でよろよろと2階のコレクション展会場へと上がって行きますと、「もの派」の寡黙な作品が並んでおりまして、これがカレーライスの後のブラックコーヒーのごとく食べ合わせがよろしく、美術館の心遣いにほっと感謝した次第でございます。